エンドレス・看病 (105-541)

Last-modified: 2009-02-06 (金) 23:37:19

概要

作品名作者発表日保管日
エンドレス・看病105-541氏09/02/0509/02/06

作品

「ふええ、キョンくん、あたし……未来に帰れなくなりました」
朝比奈さんが半泣きになりながら俺に語りかけてきた。ええ、いつもの俺なら朝比奈さんの力になるべく努力します。でも残念ながら俺の頭は朦朧としていて、いまはとても力にはなれないんです。
 
「この前の夏と同じく我々は同じ時間を延々とループしているのですよ」
おい古泉、俺はタダでさえ頭が痛いのに更に頭痛の種を増やす気なのか、お前は。
 
「今回が、百八回目に該当する」
長門、なんか除夜の鐘みたいだな。だが年はもう明けてるぞ。
 
「キョンくーん、ぅぅぅしくしく、なんとかしてくださいぃぃ」
「大変申し訳ないのですが、あなたに協力して頂きたいんです」
「この現象は以前に観測された事象と同じで特に目新しいものではない。だから情報統合思念体も解消する事を望んでる。あなたに協力してほしい」
朝比奈さんは泣きべそ顔で、古泉は少し強張ったうすら笑いで、長門は少し憂いをおびた無表情で、3人が3人とも真剣に俺を覗き込んでた。この前の夏の事を思えば俺が何とかしないといけないのは、朦朧とした俺の頭でも何とか理解することは出来た。でもたぶん何も出来ないんだ。なぜかと言うと…
「俺、熱あるんだが…」
そう、おれは自分のベッドで熱を出して寝てるのだ。頭痛がするが、少し前から思い出してみよう。
 

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何か熱っぽいと気がついたのは木曜の放課後、部室の中で、だった。体育で少し疲れただけだと思っていたが、下校時の坂を下ってる最中は少し朦朧としてフラフラするまでになった。部室での俺の反応の悪さにおかんむりだったハルヒもさすがに俺の不調に気がついたらしく、心配なのか俺の家までついてきた。その後、俺の部屋にまであがりこんでその晩は泊まりこむとか言い出したが、さすがにそれは色々とまずいので何とか言い聞かせて帰した。食欲の無い俺は常備薬を飲んだ後、そのままベッドで寝てしまった。
 
で、目を覚ましたらなぜかこの3人がベッドの横に立ってたというわけだ。

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「ループはともかく、俺は下校時間過ぎまで寝てたって事か」
学校に連絡してないぞ…そう思っていた俺に意外な事を古泉は言い出した。
「いえ、朝です。金曜の朝です、今は」
な、なんだって?と思ったところに長門が駄目押しをした。
「正確には金曜日の朝06時05分54秒」
待てくれよ長門、お前は早朝に熱出して寝てる俺のベッドまで押しかけたって事かよ。まぁ未来人の朝比奈さんや宇宙人の長門ならともかく、古泉、お前は超能力を持ってるってだけで多少なりともの常識くらいは備えてる奴だと思ったんだがな。それに男に夜這いならぬ朝這いされる趣味は俺には無いぞ。
「僕にそのような趣味はありませんし、こんな早朝に押しかけた事が失礼である事もご無理を言ってるのも百も承知しています。でも今しかないんです」
「俺の風邪が治って、いや、せめて熱が下がってからじゃ駄目なのか?」
「駄目なんです」
そう断言した古泉は眉を寄せるような表情をした、と思った瞬間に微笑に戻ってた。こういう表情をこいつがする時は本気でまずい時だとはわかったが、その理由とは何だ?
「今日、金曜の放課後からずーっと涼宮さんはあなたの傍に張りついていて話す機会がないんです。そして、日曜二十四時ジャストになった瞬間に金曜に戻ってくる、というプロセスですよ。今日早朝にセーブポイントがありそうですね」
 
おいおい勘弁してくれよ…ハルヒ。
 
タダでさえ頭痛がする俺にお構いなく、古泉は続けた。
「この前の時と同じく、涼宮さんが望んでる”何か”を見つけて、ぜひそれを解消して頂きたいのです」
古泉は強張った笑い顔を続けた。ハルヒはいないんだからそんな無理に笑わなくともいいのに律儀な奴だ。
「古泉、たぶん無理だ」
「無理に見つけろとは言いません。でも今回は涼宮さんはあなたにべったりなので、会話してみてください。そしたらヒントの一つくらいは見つかるかもしれないですから」
古泉、俺はとてもそんな気力すら起こらないくらいキツイ状態なんだ。
「正直、会話するのも億劫なんだ」
「…」
古泉はとうとう複雑な表情で黙ってしまった。こいつはそんな表情出来るんだな、と思っていた俺の額に冷たいタオルが乗っかった。誰かと思ったら朝比奈さんで、俺を覗き込んで語りかけてきた。
「キョンくん、辛いのはわかってます。本当にごめんなさい。でも、だけど…あたしからもお願いします」
朝比奈さんは涙目だが真剣な表情で俺を見てる。朝比奈さん、頼むからそんな目で見ないでください。
「私からも…」
朝比奈さんの隣にいた長門がぽつりと一言。その目からは何の表情も読み取れないが、何となく憂いをおびている感じはする。長門、お前がそんな顔したら何とかしないといけないといけないじゃないか。
「わかった、やってみる」

俺は覚悟を決めた。ただ長門によれば俺は熱があるなりに3日ループで色々な手を尽くしたらしく、閉鎖空間すら登場させるパターンすらあったらしいが、どれが決定打なのかは不明とのこと。おいおい何すればいいんだよ、ハルヒ。
 
さてその日、金曜の夕方だ。俺が寝てるベッドの隣には”名女医”と書かれた腕章をつけたミニスカのナース姿のハルヒがいた。放課後、古泉の言う通りハルヒは俺の部屋にお見舞いと称して押しかけてきたって訳だ。
これは毎回押しかけてくるとは聞いたが、ナースのコスプレまでするとは聞いてなかったぞ。それに医者がどうしてナース姿なんだ、おい。そして古泉、朝比奈さん、長門の3人もハルヒと一緒には来たのだが早々にハルヒに”風邪がうつってはいけないから”と帰らされてしまった。
しかしハルヒのナース姿は…いや胸の大きさこそ朝比奈さんに負けるが…もともとのスタイルの抜群の良さも相まってばっちり決まっていた。これなら部室でハルヒ自身がコスプレしてればいいのに、そう思って見ていた俺にハルヒは気がついたみたいだった。
「なによ、キョン?」
「いや、何でも無い」
俺の回答が気に入らなかったらしいハルヒは畳みかけるように問いかけてきた。
「なんか言いたいことがあんなら言いなさいよ。どうせロクなことじゃないんでしょうけど、黙って溜め込むのは精神に悪いわよ」
どうやらハルヒの機嫌を損ねたらしいが俺はその挑発に乗れるほどの元気もないので、正直に答える事にした。
「ナース姿、似合ってるぞ」
「!?」
ハルヒの奴、俺の言葉に驚いた表情をし、真っ赤になり、もじもじしたかと思ったら急に怒り出した。
「な、なによ、キョン、あんた何言ってんのよ。熱でもあるんじゃないの?」
おいおい、ハルヒ、お前は何を言ってるんだ。
「ハルヒ、俺、熱あるんだが」
「あ、そっか」
お前は何しに来たのかと小一時間…
 
で、文句言いつつもハルヒは俺の傍から離れようとしなかった。いつの間にか俺の母親と妹を籠絡したらしく、今日は俺の家に泊まって看病すると宣言しても止めるどころが歓迎しやがった。男の家に泊まるってどうよ?と思うのだが、看病するという大義名分を振りかざすハルヒを俺は説得する元気も無かったので、早々にあきらめた。ハルヒは着替えとかは妹の部屋で行い、例の寝袋で俺のベッドの横に寝ることにしたらしい。
 
やれやれ。
 
はい、次の日。
 
「はい、あーん♪」
ナース姿なハルヒがおかゆをレンゲでふーふーと冷ました後、俺に差し出してきた。すごく恥ずかしい気もするが、誰が見てるわけでもないしそんなのを気にする余裕もあまりないので素直に食べる事にした。パク!っとそれを一口。もぐもぐもぐっと。ただのおかゆなのに旨く感じるのは気のせいかね。
「美味しい?」
「ああ、うまい」
考えるのも億劫だったので思った通りに答えたら、ハルヒは100Wの笑顔になった。
「当然よね、あたしが作ったんだから!」
「そうだな」
ハルヒはうんうんと嬉しそうにしている。まぁ弱ってる俺からしてみれば、あのハルヒがこれだけ甲斐甲斐しく看病してくれるだけでも単純に嬉かった。
「ふふん♪キョンがこれだけ素直なんて、いい事もあるものよね。あんたこのまま熱出しててくれない?」
おいおい、ちょっと待て。まさかそれでループに入ったんじゃないだろうな!?と焦る俺を尻目にハルヒは上機嫌で答えた。
「冗談よ、キョン。あんたが元気になってくれないと、教室も部室も楽しくないじゃないの」
いや、あぶないあぶない。俺は地雷を踏んだかと焦ったじゃないかよ、全く。
 
そうだ。看病と言えば、俺が”あの”入院してた時もハルヒは一人でずーっと居てくれたんだよな。あの時はどんな感じだったんだろう…と思って何も考えずに質問してしまった。
「ハルヒ…」
「なに?」
「俺が入院してた時も、こんな感じだったのか?」
「え!?」
ハルヒの顔色が少し変わった。しまった、俺は別の地雷を踏んだらしい事にその時になって自覚した。何やってんだ、俺は!?
「すまないハルヒ、今の質問は忘れて…」
「違ったわよ」
俺の焦りの言葉に被さるようにハルヒは答えた。
「そう、違ったのよ。キョン、ほら、今はあんたとこうやって話出来てるもの」
俺は何とか話を逸らそうと次に語りかける言葉を考えていたが、朦朧とした頭では直には浮かばなかった。そうやって黙っていたらハルヒは遠くを見てるような目をして語りだした。
「あの時はね、キョン。あんたと二度と話せなくなるかも、って本当に心配したのよ」
「…」
「夢であれば、って何度思った事か」
俺は長門みたいに黙るしかなかった。考えるだけ頭が痛くなりそうだったのもあるが…そう思ってると、意外な事をハルヒは言い出した。
「夢と言えば、キョン。夢で学校の中をあんたに引っ張り廻された事もあるわよ」
おいおい、また妙な方向に話が飛んだな。しかしお前の夢の中で起こった事まで俺のせいかよ。
「何か光る怪獣みたいなのに追いかけられて…それで…それで…」
そう言ったハルヒは何やら赤くなって口をおさえる仕草をした。おいおい何してんだ、お前?
「う、うるさい、このエロキョン!」
 
しばらくして、俺はハルヒのその夢とかいうのが例の閉鎖空間の事を言ってると遅ればせながら気がついた。
どうやら熱で記憶力も判断力も無くなってたらしい。やれやれ。そうこうするうちに、あっという間に日曜の夜を迎えてしまった。熱は下がって来たので俺はハルヒを帰らせようとしたが、頑として俺の説得を聞かずに居座ってしまった。制服などの月曜日の準備も万端みたいだが、それってお前は週末はずっと俺の横にいるつもりだったって事か?
 
そして当面の重大事項だったループの解消方法については糸口すら見つからなかった。すみません、朝比奈さん、長門。古泉、だから病人に期待するなと……俺はベッドで、ハルヒは妹の部屋でパジャマに着替えて来たあと寝袋に入ったと思ったらすぐ寝息が聞こえてきた。
 
またやり直しか。俺はそのまま眠りに落ちて行った。
 
「……キョン!キョンってば!」
まだ目覚ましは鳴ってないぞ。何度鳴ってもすぐ止めてしまうけどな。
「起きてよ」
いやだ。俺は寝ていたい。胡乱な夢を見ているヒマもない。
「起きろってんでしょうが!」
首を絞めた手が俺を揺り動かし、後頭部を固い地面に打ち付けて俺はやっと目を開いた……固い地面?
上半身を跳ね上げる。俺を覗き込んでいたハルヒの顔がひょいと俺の頭を避けた。
「やっと起きたの?」
俺の横で膝立ちになっているセーラー服のハルヒがいた。
「目が覚めたと思ったら、いつの間にかこんな所にいて、隣りであんたが寝てたのよ」
ここは…校内で、俺はブレザーの制服が俺の身体をまとっている。だが俺は以前ここで寝てた覚えがある。そう、あの閉鎖空間だ。だがあの時のと何か微妙に感じが異なる。それが何かはわからないが。
「ここ、あの時と同じ夢の中なのかしら……ってキョン、あんた熱大丈夫なの?」
ようやく俺の心配をしてくれたらしいハルヒだが不思議な事に俺は健康体そのもの、という感じだ。どういう理屈で治ったのか知らないが、おそらくハルヒがそう望んだからなんだろう。
 
結局、ここにいても仕方が無いと校外に出ようとした俺たちは例の不可視の壁に邪魔されてしまい、電話も通じず、部室に行くしかなかった。そしてハルヒは俺は熱を出したんだから部室にいろと命じて探検に行ってしまった。ここまでは以前の閉鎖空間で起こったのと同じ行動の繰り返しだった。違うのはハルヒがおれをずんずんと引っ張って行った事と、そもそものこの閉鎖空間に何か違和感を感じた事だ。そうこう考えているうちに例の赤い玉が窓の外に現れた。遅いぞ、古泉。
「やあ、どうも。遅くなってすみません」
 能天気な声は、確かに赤い光の中から届いた。赤い光のままという事は、この閉鎖空間は古泉達にとっても問題な空間って事だな。それはさておき確認したい事があるぞ。
「今回はこれでループから抜け出せそうなのか?」
「わかりません。閉鎖空間が出るパターンは1度経験済みです」
ということは失敗なのか?
「そうとも言えません。長門さんによれば閉鎖空間が出たのは一番最初のループの時だったらしいですから」
正解かも知れないって事か。そう思っているところに古泉が思いがけない事を言いだした。
「ところでこの閉鎖空間。妙だと思いませんか?」
「俺は凡人だからわからんぞ。ただ前回と異なる感じを受ける気はするが、何が妙なんだ、古泉?」
「ここには神人の気配が感じられないんです」
なに!?
「だから前回と同じ手で出られる保証はありません」
まいったな、ループを抜け出す前に閉鎖空間からの脱出法も探れってか。脳内が混乱していた俺は、大失言をしてしまった。
 
「ハルヒとキスする以外の方法を考えろ、って事か?」
 
赤い光は俺の問いかけに対してなぜか沈黙した。どうしたと思っていたら、しばらくして答えがあった。
「前回はそうやって脱出されてたんですね、なるほど」
何を言ってる古泉…って、俺、何を言ってるんだ!
「こ、古泉、いまさっき俺が言った事は忘れるんだ。いいな!」
しまった…と頭を抱える俺に構わず、古泉は続けた。
「すみません、事は急を要するので。伝言を伝えます。朝比奈さんは”力になれずごめんなさい”、長門さんからは一言です”リバース”と」
ちょっと待て、朝比奈さんのはともかく長門の伝言って何だ?どういう意味だ?パソコンの電源を入れろじゃないのか?
「いえ、間違いありません。そして先ほどのあなたの発言でやっと真意がわかりました」
わかったって何をだ、古泉?
「要するに、今回は涼宮さんの要望を満たすように行動すればいいんです」
古泉、お前の発言は遠回り過ぎてわからんぞ、どういうことだ…と問い直す前に時間が来たらしい。
「涼宮さんが戻ってくるようです。それにもう長くはいられません。後はよろしくお願いします」
そう言った次の瞬間、赤い光は消えていった。
 
ちょっと待て古泉、肝心な事を聞いてないぞ。結局俺は何をすればいいんだ!?
 
バタバタバタ、と廊下を走る音がする。古泉の言うようにハルヒが駆け足で戻ってきたらしい。今回はパソコンの電源を入れている暇はないらしいと思った次の瞬間、部室の扉が大きな音で開いた。
「キョン!思いだしたわ!」
喜色満面のハルヒを見て、違和感を感じた。なぜならこの空間で目を覚まして以降、ハルヒの笑顔すら見てなかったからだ。そして何を思い出したのか問おうとした次の瞬間、ハルヒは俺の右腕を掴んで部室から飛び出した。
「ちょ、ちょっと待て、ハルヒ。どこ行くんだ?」
「グラウンドよ!」
ハルヒは俺を旧校舎から外に引っ張って行った。おいおい、例の光る神人とかは出てないぞ、なんでそんなに焦ってるんだ? と疑問に思ったが、とりあえずどうしていいかわからなかったのと、古泉の言う通りハルヒの望んでる事なんだろうと思い、素直についていく事にした。しかし足早いなハルヒ、付いていくので精一杯だ。
「キョン、あそこ!」
ハルヒは指差したのは、グラウンドのど真ん中だった。そしてそこまで俺を引っ張って行って…止まった。ここは例の俺がハルヒに無理やりキスした場所だ。息を切らした俺をハルヒが見ている事に気がついた。その目は不安とも期待ともつかない複雑そうな色をしている。
「ハルヒ、ここがどうしたんだ」
「キョン、これは夢なんでしょ?」
詳細にいえば違うと思うが、似たようなものだと思うからイエスと答えておこう。
「ああ、たぶんそうだ」
「だったら起きたら忘れてるってわけでしょ、キョン?」
実際には夢じゃないし忘れないと思うが、ここは同意しておこう。
「夢なら覚えてないだろうさ」
その次の瞬間、ハルヒはキッとにらんだかと思うと俺の両肩を掴んで地面に押し倒しやがった。バターン、と勢いよく後ろに倒れた俺だが幸い頭はハルヒがかばったから地面に打つ事はなかった。そしてデン!と俺の腰の上に座って動きを封じてしまった。
「ちょ、ちょっと待てハルヒお前何を…」
「黙んなさい!」
有無を言わさぬその雰囲気に俺は不覚にも圧倒されてしまい、沈黙を余儀なくされた。その俺に満足したのかハルヒはニッと笑ってこう言い放った。
「この前の夢の中ではね、キョン。あんたにここで強引にキスされたのよ」
えーとそうだっけ、と誤魔化そうと思ったが、そんな俺の回答を待たずにハルヒは続けた。
「キョン、あんたはあたしの大切なものを奪ったのよ。許せないわ」
いや、ハルヒ、反省してる。でもあの時は仕方なかったんだ…と思った瞬間、ハルヒはとんでも無い事を言い出した。
 
「だ・か・ら。あたしがあんたのを”奪って”やんないと気が済まないの。覚悟しなさい!」
な、何だって!?
 
長門の”リバース”=”逆”という発言の意味を悟ったその時、俺の唇にやわらかいモノが触れた。
そして世界が暗転した。
 
……うーん。俺は目を覚ました。幸い今回はベッドから落ちなかったらしい。すぐ横に置いた携帯を開くと、3件のメールが入っていた。
 
”キョンくん、ありがとうございました”
”もう心配ない”
”御無事でなにより。すべてうまく行ったようです”
 
やれやれ、無事抜けたらしいと安堵してふと反対側を見て、すぐ横に誰かが寝てる事に気がついてびっくりした。そいつは、何とハルヒだった。おい、いつの間に寝袋から這い出して俺のベッドに入りこんだんだ!?
俺は慌てて起こそうとしたが、ハルヒの顔を見て俺は静止してしまった。なぜならハルヒは、ものすごく幸せそうな寝顔をしてたからだ。
 
…あたしの大切なものを奪ったのよ。許せないわ…
 
ああ、悪かった、反省してる。だがあの時はそれしか方法が無かったんだ、ハルヒ。しかし今回のループからの脱出のカギがキスの仕返しだとは想像だにしなかったぞ、おい。まぁハルヒらしいけどな。そう思ってまた俺はハルヒの寝顔に見入ってしまった。全く、なんて幸せそうな顔してるんだ、こいつは。その寝顔に釣られるかのように俺は妹の髪を撫でる感じでハルヒの柔らかい黒髪をなでながら独り言を言ってしまった。
「静かにしてれば天使なのにな」
「…じゃあ、いつものあたしは悪魔だって言うの?」
え、ハルヒ?
気がつくと、ハルヒはこっちを睨んでるじゃないか。ちょっと待て、お前いつから起きてるんだ?
「ついさっきよ。でもあんたが髪を撫でるからぱっちり目が覚めちゃったじゃないの」
ああ悪かった、と手を髪から離した。俺は髪を撫でてたことを非難されるかと覚悟したが、ハルヒの次の言葉は意外なものだった。
「それよりキョン、あんたもう熱は無いの?」
「え、あ…ああ、もう熱は無いと思う」
「じゃあ今日は北高に行けるわよね」
「たぶん大丈夫だ、ハルヒ」
「よかった」
俺はついついハルヒの顔を見入ってしまった。そしてその先のハルヒのパジャマからちらっと見える胸元に目が行ってしまった。朝比奈さんほどじゃないけど…いや、別に見ようと思ってみたんだじゃないぞ。しかし…ハルヒが俺の視線の先に気がついてしまった。やばい!
「ちょっとキョン、あんたどこ見てんのよ!」
「ち、違う、ハルヒ、誤解だ」
しかしハルヒは俺の発言など無視して俺の首の後ろに腕を回して締め始めた。ってお前、顔はキスするくらい近いし、更に胸を押しつけてどうする!
「このエロキョン。あたしが真剣に看病してたのに、あんた何考えてんのよ!」
「いや待て、ハルヒ、何かが間違ってる。俺は無実だ」
「この嘘つきキョン!」
ぐいぐいと首を締めつつ俺に密着するハルヒ。この狭いベッドの上で暴れるな、というかそう言いつつ胸を押しつけてどうする。
 
しかし、俺もハルヒも間近に迫る脅威に全く気がついてなかった。
 
突然、バターンと俺の部屋の扉が開いた。
「キョンく~ん、ハルにゃ~ん、起き……」
部屋に飛び込んできた妹はピタッと止まっている。ちょっと待て、そこから見るとハルヒがベッドの中で俺に抱きついてるように見えるわけで…だが、しかし、俺が動くよりも妹の動きは素早かった。妹は俺の部屋から飛び出し、こう叫んだ。
「お母さーん、キョンくんがハルにゃんをベッドで仲良く抱き合ってるよぉ」
おい妹よ、大声で言うな!
「キョン、誤解されちゃったじゃない。どうしてくれんのよ!」
ハルヒは顔を真っ赤にして腕に力を込めて更に密着してきた。
 
だ、だれか、誰か助けてくれぇ…