クリスマスをあなたと (121-970)

Last-modified: 2009-12-26 (土) 15:06:02

概要

作品名作者発表日保管日
クリスマスをあなたと121-970(122-32)氏09/12/18~09/12/25

12月18日 ハルヒ (121-970)

去年のこの日、俺が階段から転落したというのは事実ではあるが、俺の中ではそうではない。
しかし、今頃それを蒸し返しても仕方の無い事で、おそらく周りの連中は過去の事として忘れているだろう。
その後のクリスマスのパーティーは今でもいい思い出として、皆の記憶に残ってはいるはずだがな。
 
「今年はねぇ、パーティーはやめておこうと思うのよ」
いつもの文芸部室でハルヒは突然そんな事を宣言した。
「なんでだ? 何か都合でも悪くなったのか、お前は」
胸に引っかかる物を感じつつ、それが何かはわからないもどかしさを抱え、搾り出したのがそんなセリフだった。
「別にあたしの都合じゃないけど、みくるちゃんも鶴屋さんもセンター間近だし……」
なんだそっちの心配か。何故かは知らぬがほっとした俺は、自ら淹れたお茶を飲み干した。
「朝比奈さんも追い込み大変みたいだな。明日は我が身でもあるんだが」
「あんたは人並み以上に努力しないとね」
ああ、充分わかってるさ。しかしパーティーをやらないとなると、今年はどうしたものかね。
「何よ、あんたクリスマスに一緒に過ごす女の子もいないの?」
いるならこんな事言わんだろう。まったく誰のせいだと思ってるんだろうねこいつは。
「あのさ……誰もいないんだったら」
ハルヒが何かを言いかけた瞬間、長門がドアを開けて入ってくる。どうもお隣に出張だったようだな。
「今何か言いかけたな? 何だ、ハルヒ」
「……何でもないわよ」
それから古泉が来ることもなく、3人で放課後を過ごしていたが、長門が本を閉じて活動の終わりを告げた。
「古泉には俺がメールしておくよ。クリスマスの件」
「わかったわ、じゃあよろしくねキョン。有希、帰りましょ」
 
部室を後にして、3人で階段を下りる、そう、去年のあの階段だ。まあ、2度も落ちる事は無いけどな。
などと、考えていた俺の手を優しく包む誰かの手。誰かって俺の隣にはハルヒしかいないじゃないか。
あわてて横を向き、ハルヒの顔を見る。その顔は真っ赤になって、まるでトマトのようだ。
「あんたが……また落ちたりしたら嫌だからよ」
俺が何かを言う前に、ハルヒは俺の手を握った理由を言う。
「ああ、そうか。お前、覚えていたのか。すまんな気を使わせちまって」
ちょっとからかい気味に手を握り返してみる。おお湯気が出んばかりになってるな。
「ちょ、あんた何か勘違いしてるんじゃないの。あたしは只、団員の事を心配してるだけなんだからっ」
「というか暴れるなお前が落ちるぞ」
長門が俺たちをじっと見て、何も言わずに歩き出す。ハルヒはそれを見てクールダウンしたようだ。
「もう、有希が行っちゃうじゃない。さっさと歩きなさい」
「へいへい」
しかしあれだけ暴れて、もう階段の『か』の字も無い平地だってのに、こいつは何で俺の手を握ったままなのかね。
 
手を握られたまま、それを悪い気はしないとぼんやりと思いながら、俺はハルヒと並んで歩いていた。
もうすぐ冬休みだな……そう、去年とは違う2年目の冬休みが始まるんだ。俺はなんとなくそんな事を考えていた。

12月19日 長門 (122-32)

さて、冬休みが始まるなんて言ってはみたが、実際は週末の休みの後もまだ学校はある。
そして今日は冬休み前の休日で例の不思議探索の日。俺はペアとなった長門と図書館に居るわけだ。
 
今日に限って俺の隣でもくもくと本を読む長門。いつもはふらふらとどっか行っちまうんだけどな。
俺が本を閉じ書庫へ行こうと立ち上がると、長門が俺のことを見ている。いつから見てたんだ、長門。
「結構前から」
そうか。どうかしたのか? と問いかけると、長門は考え込むような仕草で首を傾ける。
「今年はクリスマスに集まらないと涼宮ハルヒは言った、あなたは当日どうする?」
「あー、どうするって言っても、妹とでもケーキ食うくらいしかないな」
長門はくりくりとした目で俺を見つめてくる。何だ、ケーキにでも反応したのだろうか。
「わたしもあなたとケーキが食べたい」
何ですと。長門が、俺と、クリスマスに、ケーキを食べたい……え?
「今年はクリスマス中止と聞き、昨年の記録情報を閲覧した。わたしは寂しいと感じた」
ああ、そうだよな。去年が初めてのクリスマスパーティーで、今年はそれが無いなんて聞いたらそう思うよな。
なんたってこいつはまだ生まれて間もない、子供みたいなもんだしな。
「そうか。じゃあ妹の都合があるから返事はちょっと待ってくれ。あいつは去年友達の家でパーティーだったらしいし、今年もそうかもしれん。今日帰ったら聞いてみるよ」
「わかった」
俺は長門の頭をくしゃくしゃと撫でる、目を閉じてくすぐったそうにする長門は俺に問いかけた。
「あなたはわたしの頭部に触れる事が多く見られる。何故?」
そんなに頻繁に撫でてるかと、しばし考えるがたしかによく撫でている気はする。なんでだろうな。
「妹がもっと小さかった頃に、こんな感じで接していた記憶があるなぁ。お前はなんだか、でっかい妹みたいに思えるんだ」
「……そう」
あれ? なんか長門のトーンが下がったような。俺何か変な事言っちまったのかな。
「いけね、もう戻らんと待ち合わせに遅れちまうぞ。行こう長門」
気まずさを振り払うように、俺は長門と図書館を後にした。
 
その後は特に何も無く解散となった。俺は自宅にてだらだらとして、後は寝るだけというところなんだが。
クリスマスの件を妹に聞くと、やはり今年もミヨキチの家で友達とパーティーらしい。
どうした物かと考えていると携帯に着信が入った。この時間はハルヒだな。
ディスプレイを見ると確かにハルヒ。一ヶ月前くらいからこんな感じで夜に電話がある、何故かは知らんがな。
「よう」
「出るのが遅いわよ。3コール以内に出なさい」
どこの会社のルールだ。まあ、いつものやり取りだな、これも。
しかし普段から色々と話しているわりに、こいつとの会話は途切れるという事が無いな。
話し始めてかれこれ1時間。いつもならそろそろ終わりになるはずだ。
「ねえ、昨日も聞いたけど、あんたクリスマスはどうするの」
「ん、まあ予定も無いし妹とケーキでもなんて考えていたが、あいつは友達と先約があるそうだ」
「ふーん、そっか。じゃあね」
いや、おかしいだろそれ。通話終了の挨拶として間違ってるんじゃないのか。
何なんだあいつは、パーティーを中止にしたくせに、妙に当日の事を聞いてくるのはどういうわけだ?
どこか納得できないが、既に切れてしまった電話を放り投げて、俺は布団をかぶって寝る事にした。

12月20日 谷口 (122-101)

ハルヒの電話から一夜明けての日曜日。俺は母親に命じられ、ケーキを予約しに街に出ていた。
妹曰く、家でもクリスマスしたいとの事だそうだ。どんだけケーキ漬けになるつもりだあいつは。
早々に使命を果たし街を歩く。妹にプレゼントを選ぶついでにあちこち見て回ろう。
しばらく歩くと目の前に谷口がいるのを見つけた。俺はそのまま通り過ぎる事にした。
「いや、待てよキョン。目が合ってるのにそのまま行く奴がいるかよ」
ちっ、見つかっちまったか。ナンパ野郎の相手はしてられんのだが。
「お前は俺を何だと思ってるんだ、今日は只の買い物だ。そうだ暇なら付き合えよ」
「ああ、それならいいぜ。何を買うつもりなんだ?」
どうやら谷口もクリスマスプレゼントを買うらしい。相手が誰とかはあえて聞かん事にしよう。
谷口の買い物も済み、俺は手頃なぬいぐるみを妹の為に購入した。
「メシでも食うか、キョン」
ファミレスで昼飯を済ませ、ドリンクバーでだらだらと駄弁る男2人というのも高校生らしいな等と思いつつ谷口とくだらない話をしていた俺は、谷口の振ってきた話題に少し考え込む事となる。
「なあ、お前と涼宮ってやっぱ付き合ってるんだろ。俺にだけは本当の事言えよ」
コーヒーをすすりつつ、身を乗り出してくる谷口に俺は答えた。
「それは無いって何度も言ったはずだが。どうしてもそういう事にしたいらしいな、お前は」
「最初はあの涼宮がとは思ったが、今のあいつなら…いや、お前と一緒にいるあいつなら俺はアリだと思ってる」
中々引き下がらないなこいつ。恋愛は精神病とまで言い切るハルヒだぞ。
「じゃあ、お前がそう思うならそれでいいけどよ。こっからは真面目な話だぜ。もし涼宮がお前の事を好きだったとしたら、お前もそろそろ真剣に考えろよ。好きとか嫌いは別にしてさ、向けてくる好意を知らぬ存ぜぬで済ますわけにはいかないだろ」
「そうだな」
「いつまでもこのままでなんてのは幻想だ。態度なり言葉なりで示さなきゃ、向けられてた好意は他の奴にいっちまうぞ、例えばお前んとこの古泉だ。俺が見た所あいつは涼宮に惚れてるくさい。お前がグズグズしてる間にあいつが告白でもしたらどうするよ? 涼宮だって女だ、自分に好きだなんて言ってくる男がいたらそっちに気持ちが向くかもしれんぞ」
俺は谷口の言葉に何も言う事が出来なかった。いつに無く真面目な谷口の言葉に俺は黙らざるを得なかったんだ。
「まあ、あんまり脅かしてもしょうがないけどよ。のんきに構えて何処の誰とも知らん奴にかっさらわれたら、泣くに泣けないぜ、キョン」
谷口は言うだけ言って先に帰ると席を立ち、自分の分の金を置いてファミレスから出て行ってしまった。
後に残されたのは冷たくなったコーヒーと、谷口の言葉に呆然となった俺だけだった。
 
ベッドに寝転がりハルヒからの電話を待つ。谷口の言葉を思い返すが、俺はあいつの事をどう思っているんだろうか。
自分の事がわからんとはまるで他人事みたいだな。俺は一体どうしたいんだろうな、ほんとに。
携帯の着信音で現実に引き戻された。2コール目で通話ボタンを押す。
「あら、今日はちゃんと出たわね」
昨日の今日だぜ、忘れるかよ。身体を起こし、ベッドに腰を掛ける体勢を取る。
それからの会話の内容は取るに足らないものだった。それでも1時間以上話していられるんだから驚きだ。
そろそろお開きとなりそうな雰囲気の中、俺はハルヒに問いかけた。
「なあ、昨日は俺の事を聞いてきたけど、お前はどうなんだ? 何か予定でもあるのか」
「何よ、急に。そうねぇ、あたしくらいになるとお誘いがひっきりなしよ」
「ま、くだらん冗談言うくらいなら暇なんだなお前も」
そのまま後に倒れこみ横になる。だが、ハルヒの次の言葉は俺を驚愕させた。
「まあね、今のは冗談だけど…でも、誘われてはいるのよ」
誰だ。絞り出すかのように一言だけ、それだけ言うのが精一杯だった。
「…古泉君よ」
瞬間、俺の頭に今日の谷口の言葉と、あの時の古泉の言葉が思い浮かぶ。
「お前はそれを受けたのか」
「ううん。でも保留って事にしてもらってる」
保留とはいえ、正式に受諾したのではないという事に俺はほっとする。
「だってさ、もしかしたら何処かのマヌケが、あたしを誘ってくるかもしれないじゃない」
ちょっと前の沈みがちな声とはうって変わって、いつもの弾んだ声でハルヒは言う。
「だからね、あたしは待ってるの。何処かのマヌケをね。あ、ちょっとお母さんが呼んでるわ、じゃあまた明日ね」
一方的に切れた電話を握り締めながら、俺は溜息をひとつついた。
何処かのマヌケねぇ…さて、俺はどうするべきなのか。ちょっと一晩悩んでみようかね。

12月21日 古泉 (122-176)

「ハルヒも長門もどこ行っちまったんだろうな」
「長門さんはお隣です、なんでもゲーム製作のお手伝いだそうですよ」
長門の手伝ったゲームか、なんだかえらい物が出来そうな気がするな。
「涼宮さんはお母様とお出掛けだそうです、先程メールがありました」
何だよ、俺の後ろの席なんだから言っとけってんだ。じゃあ今日はお前と2人きりかよ。
「そうなりますね。一勝負しますか?」
古泉はボードゲームをちらつかせてきた。今はそんな気分じゃないんだがなぁ、ま、付き合ってやろう。
「ところで、何か僕に聞きたい事があるんじゃないですか」
「いきなりだな。何をもってそう思ったのかは知らんが、確かに聞きたい事は無くもない」
ゲームの駒を進めながら古泉は2割減くらいの微笑みを返してきた。
「何をもってと問われれば、あなたは気付いてないかもしれませんが顔に出ていますから」
ふむ、そんなに便利な顔なのか俺の顔は。気をつけるとしよう。
「じゃあ、単刀直入に聞くとする。お前、クリスマスにハルヒを誘ったんだよな」
「おや、もう知られてしまいましたか。もう少し後かと考えていたのですが」
駒を置く場所を考えて、盤上を行ったり来たりする古泉の手。俺はその先を読みつつ、お茶をすする。早く置け。
「どこまで本気なんだ」
「どこまで……とは? 僕はいつでも本気ですよ」
相変わらず戯れ言を言わないと気が済まないみたいだな、お前は。
「今は涼宮さんからの返答待ちでしてね、それ次第とでも言っておきましょう」
「煽ってるつもりかよ。まあ、乗ってやってもいいけどよ」
古泉がようやく駒を置く、俺はすかさず次の手を指した。
「おやおや、乗ってくれるという事は、あなたも涼宮さんをお誘いすると判断してよろしいですか」
「まあな」
今まで減量されていた古泉の笑顔が、一転して4割程増えた様だ。何がそんなに嬉しいのかね。
「前から気になってたんだが、お前はハルヒが好きなんじゃないのか? お前に話した事はないが、去年の世界改変時に出会ったお前は少なくともそう言っていたんだが」
またもや駒をいじくっていた古泉の手が止まり、俺の目を見つめてくる。
「それは初耳ですね、そんな事を言ったのですかその時の僕は。……そうですね、今僕と涼宮さんの間にはいくつもの壁があると僕は考えています。僕が一方的に作った壁です。機関からの監視者たる僕、SOS団副団長としての僕、等々です。それらが全て取り払われた存在が、あなたの出会った僕の知らない僕と言えるでしょう。プレーンな状態で涼宮さんと僕が出会っていたとすれば、僕は恐らく彼女に好意を寄せていたでしょう、1人の女性としてね。しかし、今の僕ではそれはありえないと断言します。今回のお誘いも、単純にパーティーを取りやめた彼女を、ただ楽しませる為だけに僕が独断で企画したに過ぎないのですよ」
「いくつか引っかかるが、ここは素直にお前の言う事を信じる事にしよう」
「ああ、あとひとつだけ。くすぶっているが火の点かない状態を、どうにかしようと画策したという面もあります。これは機関は関係なく僕個人の企みですがね」
なんだろうね、こいつは。何処のオセッカイザーだよ、まったく。
「そんなにまどろっこしく見えるのか俺は、いや俺達は」
「多分、あなた達以外の誰もがそう思っているでしょうね」
そうかい、と返事をして俺は残ったお茶を飲み干した。古泉は苦笑しながら駒を盤上に置く。
「古泉。これで決まりだ」
返す刀で置いた俺の駒は、ゲーム終了を告げる一手であった。
 
長門が戻って来た所で今日はお開きとなり、俺達はそれぞれ帰り支度を始めた。
3人で坂を下り、それぞれの帰途へと別れていく。俺は長門の小さな後姿を見て、少しばかり考える。
俺とハルヒがクリスマスを過ごすってだけで、ハッピーエンドってわけにはいかないよなぁ、と。
 
その日の夜、うとうとしていた俺はいつの間にか寝てしまっていた。
ふと目が覚めて時間を見れば午前2時、あわてて携帯を開くがそこにはハルヒからの着信はなかった。

12月22日 みくる (122-232)

今日は終業式。明日からは待望の冬休みだ。いつもの坂道も、いくらか足取り軽く歩けるってもんだ。
少々浮かれ気分でいた俺は、坂の途中で前を歩いている朝比奈さんに気付いた。
小走りで朝比奈さんに追いつく、正直久し振りだ。おはようございます、朝比奈さん。
「あ、キョン君おはよう。しばらくぶりですね」
「そうですね、試験勉強で忙しいんでしょうが少し寂しいですよ」
ごめんなさい、と返す朝比奈さん。いやいや、謝る事はないですよ。受験生ですし仕方のない事ですから。
しばらくの間、朝比奈さんと至福の時を過ごす。学校に着くと職員室に用があると朝比奈さんは別棟へ消えていった。
 
終業式が終わり、俺は部室棟へと向かっている。というか俺らくらいだぞ、他の部は一週間前に活動終了してるのに。
階段を下りたところで鶴屋さんと出会う、こちらも久し振りだ。
「おっ、キョン君じゃないかっ。おひさしぶりだねぇ、元気にしてたかいっ」
「ええ、元気です。鶴屋さんも相変わらずで安心しましたよ」
「言ってくれるねぇ、随分口がうまくなったみたいだねっ」
俺が苦笑いで返すと、鶴屋さんは豪快に口をあけて笑い飛ばしてくれる。
「そうそう、今年のクリスマスはどうなってるんだい? うっとこのパーティーをキャンセルして連絡を待ってるっさ」
「え?」
鶴屋さんが訝しげな表情に変わる。もしかして知らないのか、パーティーが中止だって事に。
「あれぇ、もしかして都合が悪くなってるとかなのかなっ」
「いえ、ハルヒが中止だと決めたんですが、朝比奈さんからは聞いてませんか」
「うん、みくるも知らないみたいっさ。昨日、パーティー楽しみですねぇって言ってたくらいだしさっ」
俺は鶴屋さんに少し時間をもらい、状況の確認をする。
「受験生って言っても1日くらい大した事ないっさ。ほらほらこれ見て」
鶴屋さんが差し出したのは、予備校の模試判定表だった。どれどれ、と見てみると驚いた事に超とまではいかないが誰でも知っている一流校で全てA判定が出ている。これは凄い。
「みくるも同じ判定が出てるよっ。ちなみに志望校はこの判定の大学よりランクが落ちるけどねっ」
何ですかそれ。志望校より高ランクで判定を受けてって、もしかして相当余裕って奴ですか。
俺の問いかけに鶴屋さんは胸を張って、正に自信満々といった具合である。
「まあ、受験に絶対は無いけれど、クリスマスで遊んだくらいで揺らぐようなあたし達じゃないっさ」
ハルヒの奴、2人に気を使ったはいいが、当の本人達の状況を把握して無かったって事か。しかも連絡してないし。
「鶴屋さん、24日は空けておいてください。後でまた連絡します。あと、朝比奈さんはどこにいますか」
みくるなら教室にいると言う鶴屋さんに挨拶をし、俺はダッシュで3年生の教室へ向かった。

「ええっ、そうだったんですかぁ」
教室にいた朝比奈さんを発見し、先程の鶴屋さんの話を交えて説明をする。
「でも、教えてくれてよかったです。わたし涼宮さんに電話で聞いちゃうところでしたから」
「鶴屋さんにも伝えましたが、朝比奈さんも24日空けておいてください。朝比奈さん達と同じ学校に居られるのは後わずかなんですから、せめて持てるだけの思い出を持って卒業してほしいですしね」
ハルヒの独断専行でこうなったのなら、それを知った俺がする事はもう決まっている。朝比奈さんに俺は宣言した。
「24日はSOS団でパーティーをします。準備は俺に任せてください、古泉にも手配を頼みますから」
「わかりました、楽しみです。あ、でもお手伝いがいる時は言ってくださいね」
了解です、朝比奈さん。俺は次の手を打つ為部室へと走り出した。

まるでハルヒが乗り移ったかの様に、俺は勢いよくドアを開ける。ハルヒがポカンとした顔で俺を見ている。
「あ、あんた。そんなにしたらドアが壊れるじゃない」
お前が言うな。俺は返事をせずにハルヒに近づく。団長机に手をつきハルヒをじっと見て俺は言い放つ。
「古泉の誘いは断れ」
さらに輪をかけてポカンとするハルヒ。俺はそのまま続ける事にした。
「24日、午後3時に駅前で待ってろ」
俺はハルヒに何も言わさず、踵を返して部室を後にした。次はコンピ研だな。
「長門、居るか」
コンピ研の部室で長門を捕まえ、部屋の提供を承諾してもらう。長門もパーティーをやると聞いて少し嬉しげに見えた。
さて、次は古泉だな。電話をかけると1コールで出やがった。
「やりましたね。たった今涼宮さんから断りの電話がありましたよ。あれだけ嬉しそうに断られるとちょっとショックですよ」
なあ、古泉。すまないが、お前の期待には応えられそうも無い。俺はこれからの計画を古泉に話し始めた。

12月23日 キョン (122-341)

ごく普通の高校生を自負する俺は、ごく普通でない出来事に数多く遭遇していたりする。
もし柄にも無くその事を日記にしたためるとすれば、恐らく1日3~4ページは消費するだろう。
しかし、いつでもそんな事があるわけでもなく、多分数行で済んでしまうのが俺本来の生活だと思う。
今日はそんな数行だけの日だったと最初に言っておこう。
 
俺は朝起きるとSOS団関係者に電話を掛けた。ついでに谷口と国木田にもな。
それから俺は街へと出た。いくつかの買い物を済ませた後、それとは別の大量の買い物をすべくスーパーへ向かった。
長門の部屋に荷物を搬入すると、既に古泉の手配でツリーと飾りが用意されていた。
その後、長門のリクエストで俺がカレーを作る事となる。明日にはいい感じになるだろう。
帰り際に長門に釘を刺す事も忘れない。長門、待ちきれずに食べたりしたらダメだぞ。
 
今日の出来事はこれだけだ。まあ、そんな日もあるだろうよ。
さて、いよいよ明日はクリスマス・イブだな。……楽しみだぜハルヒよ。

12月24日 SOS団 (122-424)

まあ、そんなわけで俺は今、ハルヒに指定した場所に向かっている。待ち合わせの30分前には着くだろう。
駅前の待ち合わせ場所が見えてきた。駅に向かう人が何故か皆一様にある方向を向きながら改札を通っていく。
何かのイベントか撮影でもあるのかと、その方向を見てみると。……えらい美人がそこにいた。
 
普段自分の服装すら無頓着な俺が、女の子の服装に関して知っている事等ほとんど無く、解説しろと言ってもそれは無理だ。
だが、目の前のハルヒの服装はそんな俺が見てもとても似合っていたし、気合が入っているという事は理解できた。
「どうしたのよ、あんた。ぼーっとしてないで、今日はちゃんとエスコートしなさいよ」
「あ、その、行こうか」
改札を通り電車に乗る。何かを話していた気がするが、正直うっすら化粧をしたハルヒの顔ばかり見ていて覚えていない。
俺は上の空で、ハルヒは上機嫌に笑っている。だが、それも目的地である長門のマンションの前までだった。
「ねえ、なんで有希の家なのよ」
まあ、疑問もごもっともだな。俺は長門のルームナンバーを入力し、さらにパスナンバーを入力する。
「あんた、なんでそんなのまで知ってんのよ。そんなに有希と仲良かったっけ」
いや、色々面倒だから教えてもらっただけだ。変な勘ぐりするな。不機嫌方向にシフトしたハルヒを引っ張りエントランスへ入る。
「まぁ、今更隠しても仕方がない。今日はSOS団全員でパーティーをする」
「はぁ? 何言ってんのよ。あんた、みくるちゃん達が心配じゃないの。受験生なんだから」
俺はやれやれとばかりにハルヒの肩を掴み、ゆっくりと説明してやる事にした。
「お前が朝比奈さん達の事を気遣って今回中止を決定したのはわかる。だけどな、本人達に聞かずにってのはまずかったと思うんだ。開催は本人達の意思だ。あの人達はえらい努力してる、1日やそこら遊んだくらいじゃびくともしない程な。これは俺の考えなんだが、朝比奈さん達にはあと数ヶ月の間に、忘れられない思い出をいっぱいあげたい。お前はどうなんだ、ハルヒ」
ぽかんとした顔で俺の話を聞いていたハルヒは、わなわなと震えだし顔を俯かせる。震えが止まった瞬間にハルヒは顔を上げた。
「……ふっざっけんなぁっ。雑用の分際で団長たるあたしを通さず、勝手な真似してくれちゃったわね。いい、キョン。あんたに言われるまでも無く、みくるちゃん達には抱えきれないで、道端にこぼれるくらいの思い出を作ってあげるのよ。ほら、さっさと案内しなさい。主役がいなくちゃ始まらないでしょ」
セリフは怒ってるけど、顔が笑ってるぞハルヒ。……黙ってて悪かったな、それとありがとうよ。
「まったく、あたしの乙女心はどうすりゃいいのよ。気合入れたのが馬鹿みたいじゃない」
あー、ハルヒ。その格好な、凄く似合ってるぞ、最初に見たときは見とれてぼーっとしちまったくらいにな。
「うぁ、なっ何言ってんのよ。別にこれくらい普通よ、普通」
「そうか、あんまり綺麗でびっくりしたけどな」
耳まで真っ赤なハルヒを促し長門の部屋へと移動する。俺は部屋へ入る前に、ハルヒへクリスマスカードを手渡した。
「後で……そうだな10時くらいになったら開けて見てくれ」
不思議そうな顔をしたハルヒを置いて、俺は長門の部屋へと上がりこんだ。
キッチンでは朝比奈さんと鶴屋さんが料理の真っ最中だ。チキンを買うより安上がりと、山のようなから揚げが用意されている。
昨日作ったカレーもさらに煮込まれて刺激的な匂いを漂わせている。長門、随分減っているのは見なかった事にしてやるぞ。
鼻メガネの古泉、トナカイ兄弟となった谷口・国木田、例の三角帽をかぶった長門。皆それぞれの準備を終えてハルヒを待っていた。さぁ、団長様、開会のご挨拶をよろしく頼むぜ。
「おほん、皆様本日はSOS団主催のクリスマスパーティーへようこそ。我が団の寝ぼけた雑用が、団長に内緒で企画したってのが
気に入らないけど、今日は正月が過ぎても語り継がれるようなパーティーにするわよ。さあ、みんなグラスを持って、かんぱーい」
 
そこからはまあ、一言で言うと大騒ぎだったってところだ。買ったプレゼントが無駄になった谷口は国木田と、トナカイ漫才始めたり。
国木田がボケで谷口がツッコミだったのが意外とハマってたな。古泉は怪しげな手品を披露したり、長門はカレーばかり食べてたりと、
開始から全員が全速力で突っ走った、そんなパーティーだった。
ある程度落ち着いた10時頃、俺は隣の部屋でサンタ服に着替えて白い袋を持って会場に舞い戻る。今回は時間も無かったしプレゼント交換ではなく、サンタからプレゼントという形を取る事にしてみたわけだ。
じゃあ、朝比奈さんと鶴屋さんにはおそろいの毛糸の帽子をどうぞ。古泉にはファーストエイドキットだ。まあ、使わない様に気をつけるんだな。トナカイどもには朝比奈さん手作りのクッキーと、朝比奈さんとのツーショット写真だ。家宝にしろ。それから長門だな、お前にはこれだ。小さなオルゴールに、SOS団全員の集合写真が入った物を用意した。長門は目を丸くして見入っている。
ふむ、見渡した限りでは各々満足しているようだ。俺のセンスも捨てたもんじゃないな。
「あれぇ、キョン君。涼宮さんのは無いんですか?」
朝比奈さんの的確なツッコミが入る。いえいえ、ちゃんとありますよ。後で渡そうと思ってるんですよ。
内心焦りながら返答する、そうですかぁ、なんて言いながら朝比奈さんは、鶴屋さんと帽子をかぶって見せ合いをはじめた。
肝心のハルヒはといえば、俺が渡したカードを穴が開く程見つめている。俺と目が合うと逃げる様に、洗面所へ駆け込んでいった。
 
そろそろ午前0時になるな。夕方から騒いでいたからだろうか、朝比奈さんと鶴屋さんは寝てしまっている。
トナカイどもも何故か折り重なって寝ているな、こいつらに何があったんだ。まあ、どうでもいいがな。
古泉は寝る場所を確保する為に周囲の整理中だ。その鼻メガネはいいかげん外せ。
長門は俺から渡されたオルゴールを手に、窓の外を見て座っている。すまんな長門、ずいぶんと騒ぎすぎたようだ。
「構わない。わたしは今日とても楽しかったと感じている。ありがとう」
わしわしと長門の頭を撫でる、オルゴール気に入った様だな長門。
「まあ、なんだかんだで騒がしかったけど、楽しいクリスマスになったみたいでよかったぜ」
こくりと頷く長門に見送られて、俺は長門の部屋を後にした。

12月25日 ふたり (122-439)

まあ、これで終わりなわけがなく、俺のクリスマスはまだ終わっちゃいないわけで。いや、むしろこれからなのか。
長門の部屋を出て、エレベーターに乗り込む。押したボタンは屋上だ。
長門に頼んで開けておいてもらったドアの向こうには、俺の渡したカードを持って待っているハルヒがいた。
「遅いじゃないの、いつまで待たせる気なのよ」
「ああ、すまんな。みんなが落ち着くまで出られんかった」
「あたしみたいにさっさと出てくれば良かったのに」
お前が出て行って、すぐ後をのこのこ付いてッたら何言われるかわからんだろうが。
「いいじゃない、別にさ。あんたの企みなんてみんな知ってるんでしょ、どうせ」
「ま、そうだろうけどよ。ほれ、お前へのクリスマスプレゼントだ」
俺はポケットから細長いケースを取り出す。ハルヒはそれを受け取りしげしげと見ている。
「これ、なんで簡易包装なのよ」
「お前がすぐ開けるだろうからだ。店員さんも楽そうだったぞ」
ふんっと鼻息も荒く、ケースを開けるハルヒ。出てきた物はシンプルな飾りのペンダントだった。
「へぇ、いいじゃないこれ。あんたが選んだの?」
今回のプレゼントは全部俺が選んだんだ、当然それもな。ただしそれだけは俺からのプレゼントなんだぜ。
「ふぅーん、あんたにしちゃあいい買い物したじゃない」
ハルヒはケースからペンダントを取り出し胸に当てる仕草をする。やっぱり思ったとおりだな。
「何がよ」
似合ってるってことだ。と言いつつ俺はハルヒの手からペンダントを奪い取り、チェーンの止め具を外した。
「あ、ちょっと、何すんのよ」
「俺が付けてやるよ」
しかし、他人にペンダントを付けてやるというのは、意外と難易度が高い。正直言って後悔した。
悪戦苦闘しつつなんとかペンダントを付け終えた俺は、妙な汗が背中を伝うのを感じていた。
「ふふーん、いいじゃない。あれっ、あたしの名前が彫ってあるのね」
ああ、特に深い意味は無いんだが、店員さんが彫ってくれるって言うからやってもらったんだ。
「ふーん。それとさあ、このケースなんだけど何かもう一つ入ってた様な感じがするのは気のせいかしら」
こいつ、どうしてこういう所に勘が働くんだ。俺は知らぬふりをして誤魔化そうとする。
「ねえ、これさペアなんじゃないの」
はい、大当たり。でもこれはちょっと言えないよなあ。恋人でもないのにペアでしたとか。
明後日の方向を向いて口笛でも吹けばいいのか、ここは。しかし背後に忍び寄ってきたハルヒは、俺の首辺りに手を突っ込むと俺が今もっとも隠しておきたい物№1である、対となったペンダントを探し当てた。
「なるほどね、そういうわけだったんだ。ふむふむこっちにはあんたの名前が彫ってあるのね」
「いや、そのデザインがいいなと思ったんだが、ペアでの販売しか無くてだな」
ハルヒは意地悪そうな目で俺の顔を見つめてくる。こいつ楽しんでやがるな。
「んー、これ受け取れないわね、返す」
あー、やっぱし、いきなりペアとかやりすぎたか。
「バカね、違うわよ。こっちはあんたがしなさい。あんたが付けてる方をもらうわ」
ハルヒは俺の付けているペンダントを引きずり出し、腕を首に回して外そうとする。傍から見れば首にかじりついてる風に見えるな。
「ちょっと、この体勢は少し、その、ダメじゃないか」
「いーの、あんたは黙ってなさい。はい取れた。大体ペアで名前入りなら、お互いに相手の名前の物を持つのが筋ってものよ」
そうなのか、と呟く俺にハルヒはそうよと笑って応える。実際どうなんだそこんとこ。
「で、あんた、あたしに何か言う事があるんじゃないの」
……いや、特に無いが。言った途端に頭をはたかれた。
「ほんと、どーしようもないわね。まあ、いいわ、あたし結構気が長い方なのよね」
気が長いって感じじゃないけどなぁ、と思いながら自らのヘタレ具合を反省する俺に、ハルヒは追加でこうも言った。
「来年は指輪がいいわ。もちろんペアじゃなきゃダメよ」
「わかったよ。約束だ」
俺は小指を差し出す、ハルヒはニンマリとした顔で自らの小指を差し出した。
いわゆる指きりって奴だ、子供っぽいけどわかりやすい約束の儀式。
「あのさ、ハルヒ。来年もいいけどまだ今年のクリスマスは終わっちゃいないんだぜ」
小指を絡めたまま、逆の手でハルヒの手を包み込む。
「ちょっと、指切らないと約束にならないでしょ」
「まあ、ちょっと待てよ。明日…じゃないなもう今日か。昼過ぎからでいい、一緒にどこか行かないか」
手を握られて慌てていたハルヒの顔が、ゆっくりと柔らかい笑顔に変わっていく。
「うん、いいよ」
ハルヒの返事と共に握っていた手を離し、絡めていた小指を切る。これで約束成立だ。
「よし、決まりだ。どうするこのまま長門の部屋で寝ちまうか。女性陣は別室で寝てるんだが」
「あたしはこの服だし、雑魚寝ってわけにもいかないわよ。一旦家に帰るわ」
確かにしわくちゃになったらもったいないような服だしな、長門ならどこからかパジャマでも出してきそうだが。
「じゃあ、行きますか」
改めてハルヒの手を取り、長門のマンションを後にする。
とりとめの無い話をしながら、ふたりで夜道を歩く。気が付けば、ハルヒの家はすぐそこという場所まで来ていた。
「なんだか、あっというまに着いちゃったわね」
「そうだな。じゃあ俺も帰る。待ち合わせは2時くらいでいいか? 寝る時間も確保したいんだが」
くすくすと笑いながらハルヒはいいわよと答える。ハルヒはドアを開け手を振りながら家の中に入ろうとする。
「ハルヒ、メリークリスマス。おやすみ」
「メリークリスマス。おやすみなさい、キョン」
はじける様な笑顔で返事をしてくるハルヒの首には、俺の名前が刻まれたペンダントが輝いていた。
 
クリスマスをあなたと おしまい