サ○リ (77-906)

Last-modified: 2008-02-10 (日) 22:15:59

概要

作品名作者発表日保管日
サ○リ77-906氏08/01/2508/01/25

作品

 どうしたんだろう?ここしばらく、ずっと調子が良くない。
 ええ、別に風邪をひいた、とか、頭が痛い、とか、耳鳴りがするってことじゃないわ。
 ただ、何ていうのか、あたしのすぐ傍に、つけっ放しのテレビかラジオがあるような、そんな感じ。そう――うるさい――というのが一番ピッタリ当てはまるのかも知れないわね。
 でも、周りの音はちゃんと聞こえてるし、今、深夜三時過ぎなんだけど、何も音がしない、静かな状態というのも、ちゃんと把握できてるわ。
 なのに……これは一体、どういうことなのよ?
 
 ああ、もう。わかんない!
 
 憂鬱な気分のまま、あたしは布団を頭から被って無理矢理目を瞑ることにした。明日は、ってもう日付変わっちゃってるから今日のことだけど、SOS団市内不思議探索パトロールの日だ。
 寝坊して遅刻、なんてことになったら、団長として示しがつかないってものよね。
 
 
 危ない危ない。本当に寝坊するところだった。
 といっても、この電車に乗ることができたから、集合時間の三十分前には余裕で到着なんだけどね。でも、みんなはもう、あたしのことを待ってるんだろうな……約一名を除いて。
 有希もみくるちゃんも古泉くんも、ちゃんとあたしが来るまでにスタンバってるのは立派だわ。それに引き換え、キョンの奴は……。
 思わず溜息が漏れてしまう。
 ふと前を見ると、お腹の大きな女性、要するに妊婦さんなんだけど、その人がなんだか辛そうな様子で立っていた。
 あたしには、その人が『もう少しの辛抱だから、我慢しなきゃ』って言ってるみたいな気がしたので、
「あの、どうぞ座ってください。あたしは次の駅で降りますから」
 と言って席を譲った。
 それにしても、周囲の人たちって何なのかしら。『自分が譲らなくて済んで助かった』って声が口々に聞こえたような気がして、あたしは何だかいたたまれない気分になった。
 
 駅前では、予想通りキョン以外の全員が勢揃いしていた。
「みんな、おはよう。って案の定キョンはまだなのね。そうだ、ねえ古泉くん、今、キョンが何時頃ここに着くかみんなで賭けをしてたでしょ?あたしは、――そうね、有希と同じで八時五十三分、って所だと思うんだけど」
 あたしがそう言うと、何故だか三人とも驚いたみたいだった。といっても、有希はいつも通りだったけど、みくるちゃんも古泉くんも意外そうな表情であたしのことを見てる。
 あたし、なにか変なこと言ったかしら?
「あ、あの――す、涼宮さんって今来たばかり、なんですよね?え、あ、ご、ごめんなさい、わたし、当たり前のこと訊いちゃって……」
「確かに、僕たちはつい先程、涼宮さんが仰ったような内容の話をしていました。が、それにしても驚きました。まるで僕たちの会話内容を最初から聞いておられたみたいでしたので」
 そっか。そういえば何でだろう?あたしはついさっきここで今日初めてみんなに声を掛けたばかりなのに。
「…………」
 有希も不思議そうにあたしの方を無言のまま見つめている。
 
 そして、その日キョンが到着したのは、あたしと有希の予想時刻ピッタリだった。
 
 いつも通りのことなんだけど、キョンの奢りの喫茶店。恒例のクジ引きの結果、午前中の班分けは女子三人と男子二人ということになった。
「こら、キョン!なに退屈そうな顔してるのよ。あんたには緊張感ってものが無いわけ?」
 面倒くさそうに適当な返事をするキョン。なによ、その態度。あんたってやる気とか覇気ってものがすっかり消失してるんじゃないの?
「いい、古泉くん。キョンがサボったりしないように、ちゃんと監視お願いするわね」
「畏まりました、閣下」
「それじゃあ、あたしたちは東側、キョンと古泉くんは西側ね。それから……」
 あたしはちらっと有希の顔を見てから続けた。
「今日のお昼はC○C○壱番屋でカレーにしましょう。有希のリクエストの、グランドマザーカレーだったかしら、あれって毎年やってる奴よね。ああ、勿論キョンの奢りだからね」
 正午に再集合することにして解散。
 男子二人はだらだらと西の方へ歩いていった。全く、それにしても、キョンはいつになったら一団員としての自覚を持ってくれるんだろう。
 さて、あたしたちは、っと。
「そういえば、みくるちゃん。いつもお茶買ってるお店のスタンプカードが全部埋まってるんだったわよね。せっかくだから、ついでにお店の入ってるデパートにも行くことにしましょう。いい?決まりね」
 あたしの提案にみくるちゃんはキョトンとした表情で尋ねてきた。
「あ、あの、涼宮さん。……どうしてスタンプカードのこと、知ってるんですか?――わたし、さっきお財布の中を見て今日初めて気が付いたんで、まだ、誰にも話していないはずだったんですけど……」
 え、あれ?そうなの?たった今みくるちゃんに聞いたばっかりだったと思うんだけど。おかしいな。
 ふと、有希もあたしに声を掛けてきた。そういえば、有希の方からあたしに何か話を切り出すってのも、滅多になかったような気がするわね。
「わたしも……話していなかった」
 え、有希。何のこと?
「リクエスト……グラマカレー」
 ちょっと、有希までなにを言い出すの?さっきの喫茶店であたしは有希に――そういえば何も訊かなかったような……。
 なにこれ、さっきからあたしは訊いてもいないことを既にもう知ってしまっているみたいじゃないの。
 まさか、あたしに予知能力が芽生えたとでもいうのだろうか。……バカみたい。そんなこと、あるわけないじゃないの。
 ふとみると、有希もみくるちゃんもあたしの方をじっと見てる。あたしが急に黙っちゃったから、変に思われたのかな。
「何でもないわ。なんとなく、あたしがそう思っただけなんだから、別に気にしないでちょうだい」
 あたしは、二人にではなくあたし自身に言い聞かせるような感じでそういうのがやっとだった。
 
 というわけだったので、午前中はデパートの開店時間までブラブラと歩き回ったり、みくるちゃんのお茶の買い物のあとも、冷やかしでしかないウィンドウショッピングもどきで終わってしまった。
 ああ、何だか全然集中力を欠いてしまったわ。みんな、ごめんね。あたしがこんな調子じゃ、キョンのことを偉そうに説教できたものじゃないわね。
 それにしても、やっぱり妙だわ。まるで予行演習でもしていたみたいに、みくるちゃんが行きたがっていたところばかりを先回りするような今日の巡回コースもね。
 あたしが次の行き先を告げる度に、みくるちゃんはただ目を丸くするばかりだったわ。
 そういえば、やたらと『禁則』、『禁則』って、みくるちゃん、校正のアルバイトかなにかでも始めたのかしら?よくわかんないけど。
 有希はつまらなくなかったかしら。お昼のカレーが待ちきれないってわけでも無さそうなんだけど、ずっと食べ物のことばかり考えているような気がしたわ。
 それにしても、ジョーホーメーサイってなんだろう。中華料理の一種かなにかしら?
 
 午後の組分けは、あたしと古泉くん、両手に花のキョン、となってしまった。――なによ、キョン。言い訳なんか聞きたくないわ。あたしが言いたいのはデレデレすんな、ってことだけよ。
「おい、まだ何も言ってねーだろ」
 うるさい。却下。
 
 班別行動を開始してすぐ、あたしは思い切って古泉くんに話を切り出した。
「ねえ、古泉くん。実は今朝からあたし、ちょっと気になることがあるんだけど……」
 そう言ってあたしは、集合場所でのみんなの賭けの一件を始め、有希のカレーのリクエストのこと、みくるちゃんのスタンプカードなど、ことあるごとにあたしが先回りしてばかりだったことなどを説明したわ。
「なるほど。いわゆる『デ・ジャ・ヴュ』、つまり既視感のことですけれども、涼宮さんは今朝からことごとくそのように感じていらっしゃるということでよろしいでしょうか」
 それからは古泉くんの独壇場だった。
 人間の記憶管理の仕組みや夢を見るメカニズム、果てはあたしの意識だけがタイム・リープをして未来から今日に戻ってきた、というSFチックな仮説まで披露してくれたのよね。
 時間一杯まで熱弁してくれた古泉くん。それは、きっとあたしのことを気遣ってくれてのことだったんだと思う。
 でも、古泉くんには申し訳なかったけど、あたしの耳はその話をほとんど聞き流していたと思う。
 だって、そのときの古泉くんが、次になにを言うかを、あたしはハッキリと予測してしまっていたんだもの。
 どうしたのよ、これは一体。
 あたしは表面上は平静を繕いながら話を聞いていたものの、言い知れぬ不安に押しつぶされそうでたまらなかった。
 
 あたしは、あたしが怖くなった。
 
 午後四時、駅前広場に再度集合したあたしたち。
 気のせいか、みんながあたしのことを心配しているように思えてならなかった。ひょっとして、今のあたしの気持ちが顔に出てしまっていたんだろうか。――いけないわ、こんなんじゃ。
「みんな、お疲れ様。今日も特に成果はなかったけど、あきらめずに探し続けていれば、きっと不思議はみつかるはずよ。それじゃ、解散」
 少々無理気味に笑顔をこしらえて、努めて明るく宣言する。
 でも、その自分自身の言葉に、あたしはなんともやりきれない思いになってしまった。
 今のあたし自身に起こっていることは、多分不思議なことだ。
 だけど……。
 
 こんなの、あたしが望んでいたようなワクワクするような不思議じゃない。
 
 ――こんなのは嫌。
 
 周囲の空気が、またザワザワと騒ぎ出した気がする。耳を塞いでもダメ。止まらない。
 暴走を始めた自分の意識が、辺りの景色を暗転させ始める。
 もう少しで、あたしは叫び声を上げてしまいそうになった。
 
『ハルヒ!』
 キョンの呼びかけにあたしはふと我に返る。
 辺りを見れば、もう有希もみくるちゃんも古泉くんもいなかった。
「なによ、キョン。そんなに大声出さなくっても――」
 怪訝そうなキョンの顔を見て気付いた。今、あたしはキョンの声を聞いたわけじゃない。
「な、何だよ、ハルヒ。俺はまだ、何も言ってないぞ。……というか、、まあ、声を掛けようとしてたのは確かなんだが――その」
 キョンの唾を飲み込む音。なにかを決心したような表情で、キョンは更に続けた。
「ハルヒ、俺と付き合ってもらってもいいか?」
 
 え?
 
 時間が止まったみたいな気がした。
 多分、その時のあたしの周りにいた人なら、いわゆる『目が点になっている』状態の顔を拝むことができただろう、って気がしないでもないわね。
「ちょ、ちょっと、キョン。な、な、なに言い出すのよ、あんた――」
 思わず動揺してしまったじゃない。パニックになってでしどろもどろのあたしを遮るように、キョンはこう続けたわ。
「いや、この後、何も用事がないんだったら、ってことで、特に深い意味はないんだが……。ん?どうしたんだ、ハルヒ」
 
 唖然。
 
 次の瞬間、あたしの渾身の右ストレートが、キョンの鳩尾を貫いた。
「うぼぁ……な、なにしやがる!」
「アホー!あんたが急に変なこと言い出すからビックリしたじゃないの」
「変なこと、って俺が何言ったんだよ。……まあいい、って全然良くはないが、ハルヒ。お前、都合がいいのか悪いのか、どっちなんだ?」
「どっち、って、まあ――あんたが、どうしても、っていうんなら……その、つ、付き合ってあげても構わないわよ」
 何故だろう。あたしは自分の言葉にドキドキしている。
 
 河川敷のベンチであたしが待っていると、キョンは近くの自動販売機でレモネードを買ってきてくれた。自分の缶コーヒーを一口飲んでから、キョンは、何の脈絡もない話を切り出した。
「なあ、ハルヒ。お前は俺に対して、秘密にしてることはあるか?……って、まあ、誰でも秘密の一つや二つ位はあるよな」
 しばらく気付かなかったけど、古泉くんのときと違って、あたしには次にキョンがなにを話すか、ということはそのときは解らなかったの。
 ただ、何だろう、何度もキョンが『ハルヒ』ってあたしの名前を呼んだ気がして、その度あたしはつい、声を上げそうになってしまったわ。
「勿論、俺にだってお前に秘密にしていることはある。……ああ、訊かれても教えられないぞ、当然だが。――そうだな、お前が逆の立場だったら、ってことを考えてみてくれ」
「そりゃ、まあ、キョン如きのプライバシーにまで関心を払っていられる程、あたしはヒマじゃないもんね」
 やれやれ、とでも言いたげに苦笑するキョン。そんなキョンを見ていたら、あたしの中のさっきまでのモヤモヤはどこかに行ってしまったみたい。
「じゃあ、例え話だが……もしハルヒが周りに誰もいない部屋で、俺の日記が置いてあるのを目にしたら、お前はそれを読みたいって思うか?」
 それは――読みたい。っていうか、あたし、絶対すぐに手にとって読んじゃうに決まってる!とか思ってたら、意外にもキョンは、
「まあ、そんな状況に置かれたら、誰にだって読みたいって気持ちは起こると思う。でも、さっきのハルヒの言葉を信じれば、お前は読んだりはしないはずだよな」
 と言って、あたしの方に向かって優しげに微笑んだ。
 
 胸に小さな針が刺さった気がした。
 
 あたしは、自分でも好奇心は旺盛な方だと思う。確かに、キョンのことも含め、みんなのことを何でも知りたいと、あたしは思っていた。
 でも、キョンにだって、あたしに知られたくないことはあるはず。仮にそれを知ってしまうことで、今の関係が壊れてしまったら――あたしは、ずっと後悔するだろう。
 知らないうちにあたしは俯いてしまっていた。そのあたしの両肩に手を置いて、キョンはあたしの身体を自分の正面に引き寄せた。
 って、ちょっと、キョン。一体何のつもり――
「ハルヒ。俺が今、何を考えているか、お前に解るか?」
「キョン……」
 ま、待って。その、か、顔が近過ぎるわよ。ってなにこれ、何だか前にもこんなことがあったような気が……。
 キョンは真剣にあたしの目を見つめている。
 頭に血が上る。キョンの瞳に映るあたしの顔は、多分もう真っ赤に違いないわ。
 そうだわ。これは古泉くんたちの陰謀よ。きっと、そのうちヘルメットを被ってプラカードを持った有希が『……大成功』とか言って出てくるに決まってるんだから。みくるちゃんもきっとその辺に隠れて――、
 わけのわからないことばかりを考えてしまうあたし。でも、何も起こらず、ひたすら見つめ合うあたしとキョン。
 
 やだ、どうしよう。どうしたらいいの、あたし。どうすればいいのか、あたしには――
 
「……わ、わかんないわよ」
 
 あたしがそう呟くと、肩から手が離れるのを感じた。
 キョンはもう一度あたしに微笑んだ――さっきよりもずっと優しげな表情で。
「俺にも、お前が何を考えているかなんて、正直解らん。でも、それも悪くないな、って思う。最初から何もかも知ってしまう、なんてのは、最初に犯人とトリックがバレてしまってるミステリを読まされるみたいでつまらんからな」
 わざとらしく咳払いして、キョンは話し続ける。
「まあ、全然理解し合えないってのは寂しいだろうが、限度ってモノもあるだろ。変な例えだけど、いくら健康にいいからって、ビタミンとかのサプリを一気飲みするのはいくらなんでもおかしいって、ハルヒ、お前もそう思わないか?」
「……うん」
 キョンはなにもかも納得尽くと言った感じで、
「俺が言いたかったのはそれだけだ。……なあに、昨日お前が『あんたがなにを考えてるか全然わからないわ』って憤慨してたから、俺の考えってのを伝えてみようとしたんだが、上手くいったかどうか、正直自信はないな」
 といってベンチから立ち上がった。
「長々と付き合せて悪かったな。じゃあ、また、月曜日に学校でな。――寒いから、風邪引かないように気をつけろよ」
 
 え、なによ、もう終わりなの?
 
 あたしは呆然とキョンの背中を見送ることしかできなかった。
 気が付けば、キョンが買ってきたレモネードにあたしは一口も手をつけてなかった。
 はあ、持って帰るのもバカバカしいから、今更だけど飲んでしまおう。
 妙に甘ったるいレモネードは、ぬるいというよりは、もうすっかり冷たくなってしまっていた。
 でも、何故だかわかんないけど、あたしは不思議とポカポカしてくるのを感じていた。
 そう、まるで心の中にキョンからなにかを補給してもらったみたいに……。
 
 
 
 
 
 
 
 
「……涼宮ハルヒの周辺から、思考探知フィールドの収束を確認。もう、大丈夫」
「それは一安心です。しかし、まさか涼宮さんに『テレパシー』めいた能力が発現するとは思ってもみませんでした。僕の『超能力者』という立場はお役御免なのではないかと冷や汗モノでしたね」
「ふぇ~。わたし、ひょっとして『禁則事項』や『禁則事項』まで『禁則事項』だったんじゃないか、ってとっても不安でした~」
「って、やっぱりお前ら、覗いていやがったんだな。やれやれ」
 というわけで、ハルヒに急に芽生えた『サトリ』の能力の件は何とか収拾がついた――のだが、事態はそれだけでは済まなかったのだ。まあ、その話は気が向いたら次回にでもな。