サイコメトラーItsuki 2nd season The 4th File(163-39)

Last-modified: 2017-02-01 (水) 13:02:51

概要

作品名作者
サイコメトラーItsuki 2nd season 4th File163-39氏

作品

「朝比奈!ちょっと来てくれ!」
「はい!多丸警部、何かありましたか?」
「三課の者からこちらにも要請があったんだが、女子高で妙な事件が起こっているらしい。すでに捜査を進めながら事故を未然に防ぐという役割で潜入している人間がいるんだが、いつ殺人事件に発展してもおかしくないとの報告が入った。そこで、君にも女子高に潜入捜査をしてもらいたい。学園の上層部もいつ死人が出るか分からないから早急に解決して欲しいそうだ。手続きはこちらで済ませる。制服も学園が用意してくれるそうだ」
「あたしが女子高に潜入捜査ですかぁ!?」
みくるの大声に周りの刑事達の注目が集まる。鋭い目つきをした男の刑事じゃいくら女装しても無理だろうな。
「とりあえず、これが資料だ」
「……被害に遭ったのは女子生徒二名。どちらもまるで火の気の無いところから突然衣服に火がついた……っ!!」
「多丸警部、先に潜入捜査をしているという方は、部活はどうしたのかご存じですか?」
「それなら確か資料が……あった。ソフトボール部に仮入部中だそうだ。潜入捜査だと言うのに部活動に参加しているなど、まったくけしからん奴だと思っ………どうかしたのか?」
「多丸警部、部活に仮入部したというのも、どうやら遊び半分でやっているわけではなさそうです」
「どういう意味だね?」
「すみません、もう一人潜入捜査に加えたい人物がいます。制服は二着用意してもらうよう学園に連絡をしていただけませんか?」
「それは構わんが、一体誰を連れていくつもりかね?まさか、外部の人間を……」
「とりあえず可能かどうか確認をしないといけません。すみませんがあたしはこれで失礼します」
「おい、朝比奈!………まったく、何をするつもりなんだ」

 

その夜、古泉の自宅でハルヒの帰りを待っていたみくるが事情を伝えていた。
「え――――――――――っ!?いきなりあたしにそんなこと言われても、仕事休めないわよ!」
「それについては心配いらないわ。あなたがOKしてくれれば、すぐにでも連絡が行くようになっているから。仕事の引き継ぎさえしてもらえれば、早ければ二、三日、遅くとも一週間はかからないはずよ」
「警察から連絡が来るなんて言われたら、仕事先の同僚にどう思われるか分かったもんじゃないわよ!女子高に潜入捜査だかなんだか知らないけど、朝比奈さん一人で行けばいいじゃない!」
「まだ承諾を得ていない状態で詳しい事情は話せないんだけど、あなた以外に適任がいないの!お願い!」
「朝比奈さんがまた警察に内緒で押収品を持って来た品をサイコメトリーしてみたんだが、どうもまた『アイツ』が絡んでそうなんだ」
「『アイツ』って、アンチサイコメトラーとか言ってた奴のこと?」
「ああ、サイコメトリーはできたが、どうも違和感がある。これまでの事件と同じ違和感がな」
「あんな奴等とは関わらなきゃいいじゃない!あんた、あいつらに殺されかけていたの忘れたわけじゃないでしょうね!?」
『今のコイツに何を言っても無駄だ。喧嘩を売られて尻尾を巻いて逃げるような奴じゃない』
「ジョン!いつの間に来てたのよ!?」
『あんたの叫び声が聞こえた辺りからだ。数年ぶりに高校の制服で身を包んでみたらどうだ?似合うかどうかは別として、あんたのそれを見てみたいようだからな?』
「はぁ!?どんな制服かは知らないけど、いつからそんな趣味になったのよ!?」
「しょうがねえだろ。アイツが絡んでくるんじゃ、俺が女装して潜入してもすぐにバレるし、他の女子生徒が目の前で着替えている姿を見てもいいっていうのか?とりあえず、アイツが情報を弄らなさそうなものを持ってきてくれ」

 

「ったく、しょうがないわね……分かったわよ。それで、どうしてあたしなのよ!?あたししか適任がいないってどういうこと!?」
「それにはまず、女子高で何が起こっているのか話す必要がありそうね。学園内の教室や部室内で突然服に火が付く奇妙な現象が起こって、火傷をした生徒が二人被害に遭っているわ。他の生徒が脅えていて、教員たちもこの不可解な事件が起きた理由が分からず、学園側から調査を頼みたいと連絡が入った。でも、あたし達警察でもそんな事例は今まで聞いたことがないし、もしこれが事故じゃなく事件だったとしたら、警察が来たと犯人にバレてしまえば警戒されるし、わたし達がいなくなるまで事件は起こらない。それで潜入捜査という形になったの」
『煙草でも隠し持っていたんじゃないのか?』
「煙草なら匂いですぐ分かるはず。教員たちもそれを疑って持ち物検査までしたらしいんだけど、誰一人として煙草を所持している生徒はいなかった。教員側も誰一人として吸う人間はいないそうよ」
「それで?どうしてあたしがその女子高に行かないといけないわけ!?話が全然見えてこないじゃない!」
「被害に遭った二人のプロフィールを見ていたら、どちらもソフトボール部に所属していることが分かったわ。単なる偶然の可能性も無いわけじゃないんだけど、わたし達より先に女子高に潜入している人はソフトボール部で何かあったんじゃないかと睨んでる。ハルヒさんが中学高校時代、ソフトボール部でピッチャーをしていたことは前に一樹君から聞いたわ。ハルヒさんが他の部員にピッチングを見せれば、部員たちもあなたに色々と話しかけてくる機会も多いはず。あたしと一緒にソフトボール部に仮入部して情報を集めてもらいたいの」
『なるほど、それならこれ以上の適任はいないな』
「確かに経験はあるけど、随分昔の話だしちゃんと投げられるかどうか……」
「ここに来る前に調べてきたんだけど、SOS女学園のソフトボール部はそこまで強いわけでもないし、顧問の男性教員も野球経験すら無いそうよ」
『SOS女学園!?』
すでにサイコメトリーして情報を得ている古泉は驚かず、ハルヒとジョンだけが驚いている。
『それなら眼と鼻の先だ。俺のバイクなら二分とかからない』
「そう。ここからならSOS女学園まで大した距離でもない。一樹君、捜査が終わるまでの間だけでいいから、あたしをここに泊めて!」
『はぁ!?』
「ちょっと待ちなさいよ!どうしてそんな話になるのよ!?朝比奈さんにはポルシェがあるじゃない!」
「これはあくまで潜入捜査。あたしのあの赤いポルシェで学園まで行くわけにはいかないの。目立つような行動はなるべく避ける必要がある。あたし達が犯人に尾行される可能性だって十分ありえるわ」
「なら、ハルヒをバイクで送ることもできそうにないな。ここから徒歩で通学することになりそうだ」
「あんた、朝比奈さんをここに泊める気なの!?」
「どの道ここでサイコメトリーしなくちゃならないんだ。駐車場も無いし、たった数日だけだ。我慢してくれ」
「もう、信じらんない!引き受けなきゃ良かったわ!本当に数日で解決できるんでしょうね!?」
「あなたの活躍次第よ」

 

「多丸警部、学園の方は何と……?」
「今日の夕方、生徒に見つからない様に学園長室に二人で来て欲しいそうだ。それで、潜入捜査に加えたい人物というのは誰のことなんだね?」
「昨日見せていただいた女子生徒の資料の中に二人ともソフトボール部であるという共通項が見つかりました。先に潜入捜査しているという人物もおそらくそこに眼をつけてソフトボール部に仮入部している可能性があります。まだ被害者が二名ですから、これがこの事件のミッシング・リンクなのかは分かりませんが、昨日は署内のソフトボール経験者に捜査協力の依頼をしてきました。将来有望な新戦力が入るとすれば部員の輪の中にも入りやすいかと。それから、すでに潜入されている方というのは、どういった人物なんでしょうか?」
「なるほど、そういうことだったとは。しかし、その人物に関しては私にもよく分からんのだ。とにかく彼女と同じクラスに編入という形になるそうだ。『クラス内で一番明るい生徒を探せばすぐに分かる』と私も訳が分からない説明を受けたよ」
「それだけ分かれば十分です。後は現地で探すことにします」
「たったそれだけの情報でどうやって見つけるというのかね?」
「転入してきたばかりで、周りの生徒から注目を集めるような存在なら、その中心にいるのが我々と同様、捜査をする側の人間ということです。彼女が目立っている分、こちらが動きやすくなるはずです」
「分かった。だが、これがもし事故ではなく事件だったとしたら、犯人がすぐ近くにいるということになる。捜査はくれぐれも慎重にな」
「心得ております。では、行って参ります」

 

二人がそれぞれ別の制服に着替えて準備を終えるとSOS女学院の敷居を跨いで学園内に入っていく。
「ちょっと!朝比奈さんは警察手帳を持っているから名乗りやすいでしょうけど、あたしはどうしたらいいのよ?」
「あたしと同じ『警視庁捜査一課涼宮ハルヒ』と名乗ってくれればいいわ。念のため警察手帳は持ってきているけど、必要のない限り見せるつもりはないの。他の生徒に悟られないためと言えば学園の人間も納得するわ」
「分かったわよ、それなら心配しなくても済みそうだわ」
職員室にいた管理職らしき人間に声をかけると学園長室へと通された。
「警視庁捜査一課朝比奈みくるです」
「同じく、警視庁捜査一課涼宮ハルヒです」
「私がこの学園の学園長だ。すでに以前起こった事件については資料が渡っていると思う。早急に解決してもらいたい。何かあれば私のところまで連絡に来て欲しい。よろしく頼んだよ」
『はっ!明日以降宜しくお願い致します!』

 

古泉の部屋へと戻ると、着替えもせずにハルヒが夕食の準備を始めていた。着替えられない理由が判明して、ハルヒがぶつぶつと文句を言っているのが聞こえてくる。
「まったく、どうして一樹が帰って来るまでこの格好でいなきゃいけないのよ!こっちが恥ずかしくなるわよ!」
『少しは要望に応えてやったらどうだ?あんただってアイツに甘えることくらいあるだろう?』
「そういうあんたはどうなのよ!?」
『そうだな、馬子にも衣装ってところだ』
「そんなんじゃ、一生彼女なんてできないわよ!!」
『今の俺が求めているのはスリルと面白さだけだ。特定の女がいたところで面白いと思わなければそれまでだ』
ジョンの一言を無視して料理を続けるハルヒ。ようやくバイクの音が鳴り響き、マンションで止まった。
「ただいまって、おぉ―――――っ!!俺が言い出したこととはいえ、予想以上で驚いたぞ。ハルヒの女子高生時代もこんな感じだったのか?」
「ジョンからは『馬子にも衣装』だって言われたわよ!あんたは!?」
「予想以上だって言っただろ?たまにでいいから、その制服着てもらえないか?」
「アホか――――――――――――――――――――――――っ!!」
ハルヒが古泉を殴り、殴られた古泉が壁に向かって吹き飛んだ。
「ハルヒさん、お風呂の掃除終わったわ。今、お湯を張っているところよ」
「えっ!?嘘だろ?朝比奈さん、メイク落としたらそんな顔になるのか?」
『警察手帳を見せても刑事に見られないから、厚化粧で大人メイクしてるんだそうだ。俺も別人かと思ったよ』
「それで、明日から着る制服はどこにあるんだ?早く着替えて見せてくれ!」
「明日になればいくらでも見られるでしょうが!今着替える必要はないわよ!」
「そこをなんとか頼む!できれば、朝比奈さんも一緒に!」
「ったく、しょうがないわね!今着替えるから、あんた達は後ろ向いてなさい!!」
 昨日、一昨日とは違ったランジェリーを見せ、ハルヒとみくるがSOS女学園の制服に身を包んだ。
「振り向いてもいいわよ!」
ジョンは無関心だろうが、古泉も何も言えずにいた。
「何よ!?あんたが注文するから着替えたのに、何か一言無いわけ!?」
「いや、何て言っていいのやらさっぱり分からん。文句のつけどころがない。ジョンの反応がないのは興味がないだけだ」
「まぁ、ジョンについては分かっていたから、あんたがそういうならそれでいいわ。料理もできたし、食べましょ!」

 

翌朝、学園長に挨拶を済ませた二人がクラス担任に連れられて教室へと赴く。担任、それにみくるとハルヒが教室に向かって廊下を歩いていく。教室には、クラスの女子生徒が登校していた。
「(いよいよね。女子高生として周りに溶け込めるといいんだけど……)」
「(メイクをしていないときの朝比奈さんがそんな童顔だとは思わなかったわよ!厚化粧の理由がこういうことだったなんて!あたしの方が心配になってきたわよ!それで、あたし達よりも先にクラスに潜入している人ってどんな人なの!?)」
「(あたしもまだ会ったことも、話したこともないの。でも、クラスの中で一番明るい人を探せばすぐ分かるそうよ)」
「(はぁ!?どうしてもっと詳しい情報を聞いて来なかったのよ!?もし間違った人に声をかけたらバレちゃうじゃない!)」
「(心配はいらないわ。たったそれだけの情報で分かるほど明るいってことだし、何より先に潜入捜査したのならつい最近転校してきたばかりってことになる。最近転校してきたばかりの生徒が誰か聞けば、間違うことはないわ!)」
「(本当に大丈夫なんでしょうね!?)」
教室に近づくにつれて、不安気な表情が顔に現れてきていたが、二人の耳にクラス内の話声が聞こえてくる。
「……そ、それで、そのあとどうなったっさ!?」
「………、…………」
「あっははははははは!それは傑作っさ!そんなのドラマの中でしかありえないにょろよ!あははははははは…」
教室の戸のすぐ近くでランジェリーを見せながら抱腹絶倒中の鶴屋さんを目の当たりにした。
『(分かりやすっ!!)』
「ん?何か言ったか?」
『いえ、何でもありません!』
「ほら、鶴屋さん、また下着が見えてる!先生も来たみたいだし、早く立って!」
「感謝するっさ!あたしも笑うのを抑えようとはしているにょろが、なかなか堪えきれなくてつい倒れてしまうにょろよ。……おぉ!そこの二人はもしかしなくとも新しく入る転校生っさ!?」
「転校してきてたったの数日で、ここまでクラスに馴染んでいるおまえとは違うんだ。とりあえず、皆席に着け。新しい転校生を紹介する」
出席簿で頭をポンと叩かれた鶴屋さんを筆頭に、クラス全員が席に着いた。真ん中二列の最後尾に誰のものでもない机と椅子が二つずつ。机の中には各教科の教科書が入っていた。加えて窓側三列目に空席が一つ。
『かっ、可愛い~!』
「今日から新しくこのクラスに入ることになった。じゃあ、みんなに自己紹介を……」
「『わたし』は朝比奈みくるです。皆さん宜しくお願いします」
みくるの猫かぶりに驚きを隠せずにいたハルヒだったが、いざ、自分の出番が回ってくると、凛とした姿勢でクラス全体に向かって一言。
「あたしは、涼宮ハルヒ!よろしく!」
「二人とも、自己紹介が簡潔過ぎないか?まぁ、細かいことは休み時間にでもみんなから聞いてやってくれ。二人の席はこの二列の一番後ろだ」

 

みくるとハルヒを追うようにクラス中の視線が次第に後ろに向いていく。担任がホームルームを始められずに困り果てている。次第に空気を読んだ生徒が前を向いていく。簡単な連絡事項が伝えられた後、
「最近、不審な事故が増えている。みんな十分注意して生活をするように!」
「起立、礼!」
委員長の号令が終わるとともに、担任が教卓から離れていくと同時に、生徒たちがみくるとハルヒに集まっていく。それを自席から見つめる委員長と暗い顔をして椅子に座っている生徒が一人。周りに囲まれ、質問されては返し続けながらもクラス内の様子に眼を光らせていた。
 一時間目開始のチャイムが鳴り、みくるとハルヒを囲んでいた生徒がサッと席に戻る。
「(何よこれ!英語の先生が厳しいの!?)」
「(まだ何とも言えない段階よ。気になることがあったら記憶に留めておいて)」
「(あたしそこまで記憶力良くないわよ!ノートにメモしておいたら駄目なの!?)」
「(ただでさえ、あの組織の人間が関わっている上に、ここは女子高よ!?さっきのクラス担任のような人間が監視カメラを設置していてもおかしくないわよ!)」
「(えぇ―――――――――――っ!?ちょっ、朝比奈さん、あれ!!)」
教室に堂々と足を踏み入れたキョンに、みくるが思わず口を塞ぐ。
「では、始めましょう。号令をお願いします」
「起立、礼!」
『よろしくお願いします!』
「はい、お願いします。では、前回の続きからですね。前の授業でやったところも範読しますので、どんな内容だったか振り返りながらやっていきましょう」

 

クラスを回りながら、キョンが英語の教科書の内容を読んでいく。みくると青ハルヒの視線はキョンに向いたまま、ヒロインと話すときと同様、ネイティブな発音で一気に読み進めていく。
「……えっと、涼宮さんでしたか?どうかしましたか?」
「えっ?あっ、いえ、前の学校の英語の先生と英語の発音があまりに違いすぎて吃驚しちゃって、これじゃALTの先生を呼ぶ必要がなさそうだなって……」
「ALTの先生を呼ぶくらいなら佐々木先生に来てもらいたいです!英語の授業は毎回佐々木先生が良いです!」
「先生、三週間だけじゃなくて、ずっと居て欲しいです!」
「そう言ってもらえると、僕も嬉しい限りですが、教育実習生という身ですから仕方がありません。ですが、僕がいる間に少しでも英語を好きに、もしくは得意になってくれると、僕も自信を持って正規の先生になることができそうです。では、佐倉さん、前回の部分は一体どんな内容だった和訳していただけますか?」
「はい、…………、………」
前回の内容を復習した後、この授業で扱う長文を和訳するにあたって必要になってくる関係代名詞の文法をキョンが筆記体で板書したあと、どのような内容が書かれているのか一つずつチェックしているうちに時間が過ぎ、授業終了のチャイムが鳴った。チョークをサイコメトリーしただけで、新川さんが作るスイーツのような見事な筆記体を黒板に書かれている。
「起立、礼!」
『ありがとうございました!』
「御苦労さまでした。次は体育のようですね。早めに着替えて次の授業に向かうようにしてください」
『は~い!』

 

 一時間目の授業が終わり、またもやクラスメイト達がみくるとハルヒのところに集まってくる。
「佐々木先生の授業、吃驚したでしょ!?」
「わたしも驚きました。でも、こんな時期に教育実習生が来るなんてどういうことなんですか?専任の英語の先生もいないようでしたし……」
「佐々木先生、アメリカの大学で教員免許を取得するみたい。向こうじゃ新年度が始まるのが九月からだから、今の時期が日本だと丁度六月くらいになるんだって。日本みたいに四月から新年度がスタートするのは世界的に見るとマイナーな方だって言ってた」
「でも、教育実習生なら専任の先生が付くんじゃないの?」
「それが、佐々木先生が来る前まで私たちのクラスで授業をしていた先生が交通事故で両足を骨折しちゃったらしくて、今も車椅子でないと身動きがとれないらしいよ?他の英語の先生も来られないし、学園長が何回か授業を見に来てたかな」
「そうそう、それで佐々木先生なら安心して任せられそうだって話になったんだって!」
「それであんなに英語が流暢なんですね。人気の理由が良く分かりました」
「フフン、実はそれだけが人気の秘密じゃないんだな~これが!」
「英語の他にも何かあるの?」
「隣でバドミントンの練習しながらそっちの様子を見てたら吃驚!バレー部があんな練習をしているところなんて見たことないもん!あれ一体何の練習?」
「多分それ、クイック技の練習のことだと思うよ」
『クイック技って?』
「バスケやサッカーで例えるなら速攻と似たような感じかな。トスが上手くないとあんな高等技の練習なんてできないよ。球出しもミリ単位の正確さで、あんなに気持ちいいレシーブやスパイク今までしたことなかったな。それに細マッチョでB組の子が佐々木先生に『上半身触らせてください!』なんて言ってた」
「佐々木先生の話で盛り上がるのはいいけど、皆そろそろ着替えないと遅れるわよ?」

 

 クラスの委員長と一部の生徒が教室から抜け、二人を囲んでいた女子生徒たちが着替えを始めた。女子高ということもあってか、スカートでランジェリーを隠すような生徒は誰一人としておらず、下着姿になった女子の視線の矛先は当然みくるの胸。ハルヒも女子高生の枠で考えるのならAAランクにはなるが、みくるの場合はSSSクラス。周りの注目を浴びるには充分すぎるくらいだ。
「朝比奈さん、胸おっきい~!」
「童顔で巨乳なんて、ギャップがあり過ぎよ!」
「とぅ!」
仮面ライダーのようなセリフが聞こえたと思ったら、鶴屋さんがみくるを押し倒して両乳房を鷲掴みにして揉み始めた。まだ着替え途中の女子までみくるに近づいて、鶴屋さんに胸を揉みしだかれるみくるの姿を眺めていた。
「ちょ、ちょっと鶴屋さん。やっ、やめてください~~~~!」
「ふむふむ、大きいだけでなく弾力も最上級のようっさ!同じ転校生同士仲良くなりたいにょろよ~。みくるって呼んでもいいっさ?」
みくると鶴屋さんが初めて出会ったときも、おそらくはこんな感じだったのだろう。これまで何度も見てきたシーンではあるが、いつになってもみくるの反応は変わらずか。
「それでいいですから、手を放してください~~~!体育の授業に間に合わなくなっちゃいます!!」
「それもそうにょろ!早く着替えて一緒に走るっさ!(ところで、噂のサイコメトラーはどっちっさ?)」
それを確かめるだけのためにみくるの胸を揉みしだいたのか?ハルヒとみくるにだけ聞こえるような声で呟き、メイクはしていないがみくるが刑事の顔に戻っていた。
「(それについてはトラックを走りながら話すわ。結論から言うと、どちらでもないの)」
「(了解にょろ!)」

 

ハルヒとみくるの着替えが終わるのを待ち、グラウンドに出ると三人でトラックの外側を走りだした。既に走り終えている生徒も見受けられたが、密談をするにはこっちの方が都合が良い。
「(でも、驚いたわ。誰も信じてくれないから、一樹君のことは一課でも最初の頃しか話を切り出して無かったのに)」
「(フフン!あたしの情報収集能力の右に出る者はそうはいないにょろ!その一樹君というのがサイコメトラーになりそうっさ。道理で『どちらでもない』なんて答えが返ってきたわけにょろ。女子高に男が入るわけにはいかなかったってことっさね。あたしも会ってみたいにょろよ。その一樹君と一緒に会議をするのなら、あたしも入れてもらえないっさ?)」
「(それは別にいいけど、一体何を持ち帰って一樹にサイコメトリーさせる気よ!?)」
「(まだ二時間目だし、めぼしいものは何もないわ。とりあえず、鶴屋さんも手がかりになりそうなものがあったら隙を見て確保しておいて)」
「(それはいいにょろが、あの教室だけで監視カメラがいくつあるか数えきれないほどにょろ!教室のものを持ち帰ろうとした時点でクラス担任にバレるっさ!)」
「(もうそんなところまで進展しているなんて思わなかったわよ!あたしがいなくても良かったんじゃないの?それに、監視カメラがそんなに沢山つけられているのに、他の女子は気付いてないわけ?)」
「(知ってても言い出せない状態のようっさ。それに気付いてから、見られても恥ずかしくないようにわざと派手なランジェリーを着けるようになったらしいにょろ。みくる達以外に空席が一つあったことに気付いたにょろ?あの席に座っていた子がその件で直談判したようっさが、不登校になってしまうほど追いつめられたと学園七不思議のような噂が飛び交っているにょろよ)」
「(その子が、ソフトボール部のエース的存在だったってところかしら?)」
「(察しがいいにょろね!あたしもそれでソフトボール部に仮入部中にょろ。みくる達はあの教育実習生のことも気にしているようだし、バレー部の部活見学が終わったらこっちにも来て欲しいっさ!)」
『(分かった)』

 

 トラックを回りながら捜査に関する話を終え、体育の授業が始まった。体育の教員は勿論女性。
「転校生が三人もいることだし、今日はちょっとしたスポーツテストを行います。50m走を何度か練習して、後半は実際にタイムを計ってみるから全員そのつもりで。じゃあ、スタート位置について。まずは腿上げジャンプを10回やってから30m走るところから始めます」
『はい!』
しばらくして、タイムの測定に切り替わり、鶴屋さんの出したタイムにも他の女子が驚いていたが、それ以上に注目を浴びたのが走っている最中に左右不規則に揺れるみくるの胸。他の女子は左右揃って上下しているだけなのだが、やはり格が違う。
「朝比奈さん、走りにくくないの?」
「もう慣れたというか、諦めたというか……仕方がないかなって」
「うんうん、羨ましい悩みっさ!この後また感触を確かめさせてもらうにょろよ!」
「え~~~~~~~っ!次の授業に間に合わなくなっちゃいます!」
体育の授業が終わり、教室に戻ったみくるの背後から鶴屋さんによる揉みしだきが始まった。有言実行と言えば聞こえはいいが、他の生徒が制服に着替えを終えている中、二人だけが未だに体育着のまま。周り中の生徒から見られていたものの、時間的なこともありハルヒと朝倉に止められて何とかチャイムが鳴る前に着替え終わることができた。

 

 一時間目開始の際の様子が嘘だったかのように、授業開始のチャイムが鳴っても誰一人として席に着くことなく、生徒たちはいつまでもだらだらと喋り続けていた。クラス担任がようやく教室内へ入ってきたのを確認して、ようやく三時間目の授業の準備をする始末。国語の教科書やノートが机上に出たのを確認した委員長が号令をかける。
「(一時間目のアイツのときとはえらい違いね)」
「(でも、それだけのスキルと鍛え上げられた身体を兼ね備えていたってことになるわね。念のため確認する必要はあるけれど、ミリ単位の正確さで球出しという証言もあながち嘘というわけではなさそうよ)」
「(一樹もどちらかと言えば体格は良い方だけど、『上半身の筋肉を触らせてくれ』なんて言われる程鍛えているわけじゃないわ。アイツと一樹がやり合ったら、もしかしたら勝てないかもしれない)」
「(あら、一樹君の身体のことをそこまで知ってるなんて意外ね)」
「(うるさいわね!そんなことどうでもいいじゃ……)」
「きゃああああああああああああああ!」
突如、女子生徒の服に火が付き、悲鳴が聞こえたと同時に二人が状況を把握した。素早くブレザーを脱ぎ、その生徒に駆け寄ったみくるがブレザーで火が付いた部分を抑えつける。ブレザーで抑え込むことによって酸素を入れない状態に持ちこみ火を消した。
「どうして火がついたのか聞いてもいいですか?」
「私にも分からない!さっきの体育で身体が暖かくなっていたから、カーディガンを着ないでブレザーを羽織っていたんだけど、寒くなってきたからカーディガンも着ようとしたら突然火が付いて……」
「分かりました。原因は分かりませんが、このままカーディガンを脱ぐのは危険です!また、発火するかもしれません。シャツも焼け焦げちゃっていますし、はさみで切ってもいいですか?誰かはさみを貸してもらえませんか?」
「それなら私が持ってます。新しく買ったばかりのブレザーを台無しにしてごめんなさい。朝比奈さんありがとう」
「気にしないでください。たまたまわたしが一番早く対応しただけですから」
周りの生徒たちも、自分たちが何もできなかったことを悔いて、女子生徒の心配をしていた。クラス担任も何を言っていいのやら分からないと言いたげな様子でいた。
「すみません、校内散策ついでに彼女を保健室に連れて行ってきます。カーディガンは職員室の先生に預けてきます。それでもいいでしょうか?」
「ああ、頼んだよ。咄嗟に君が対応してくれて助かった。ありがとう」
クラス担任の一言を機にクラス全体から自然と拍手が沸き起こる。みくるが女子生徒を連れて教室をあとにした。

 

 女子生徒を保健室にいた養護教諭に任せ、職員室で事情を説明すると、みくるの事を知る上司が学園長室にみくるを連れて入り、内密に警察に届けるよう連絡して欲しいとみくるから学園長に言伝があった。焼け焦げたブレザーを羽織ったみくるが教室に戻り、その次の休み時間。クラスの女子生徒たちがみくるに集まってくる。
「朝比奈さん、さっきはカッコ良かったよ!」
「いきなり悲鳴が聞こえて、あたしたちもどうしたらいいのか全然分からなくて……」
「でも、いくら緊急事態だったからって、転校初日でブレザーが焼け焦げるなんて何だか可哀想」
「先生たちにかけあってみようよ!古池じゃ頼りなさそうだし、私たちみんなで直談判すればブレザーの一着くらいなんとか工面してくれるって!」
「古池ってクラス担任のあの人のこと?」
「そう。二人もやらしい眼でアイツに見られなかった?特に朝比奈さんは注意した方がいいよ?」
「そう言われてみれば、そうだったような……」
「何にせよ、あの子が無事だったのもみくるのおかげっさ!」
「ところで、二人は入る部活とか決めているの!?」
「今日、色々と回ってみるつもりです。佐々木先生の球出ししている姿も見てみたいですし」
「それならあたしに任せるにょろ!あたしもこの校舎のことはまだよく知らないし、三人で回ってみるっさ!体育館くらいは分かるから平気にょろよ!さっき火傷した子も今日部活に来られると良いっさが、ソフトボール部に行くのが遅くなるかもしれないから宜しくっさ!ついでにソフトボール部のことも二人に宣伝しておくにょろよ!」
「あっ、鶴屋さん、それずるい!涼宮さん、バスケ部に入らない?」
「いや……それが、バスケットは未経験で……」
「中学のときは何していたの!?」
「あたしは、中学も前の高校でもソフトボール部よ!」
「あたしの眼に狂いは無かったにょろ!とりあえず、ソフトボール部に仮入部するっさ!」

 

 放課後、クラスで体育着に着替えているみくると青ハルヒ、そして鶴屋さん。
「(ところで、盗撮されているのは聞いたけど、盗聴はされてるの?)」
「(心配いらないにょろ。廊下に隠れている生徒がいないか注意していればこのくらいの声なら聞こえないっさ)」
「(さっき火傷した子もソフトボール部って話だったわよね?ソフトボール部関連の事件で間違いないわよ!)」
「(あたしもいきなり悲鳴が聞こえて吃驚したわ。この後もそうなるだろうけれど、百聞は一見にしかずってことになるわね。これが理科室とかならまだ分かるけれど、まるで火の気がないところから突然発火するなんて……)」
「(前の二件も似たような状態だったにょろ!片方はC組のクラスの生徒にょろが、もう片方はA組っさ!不登校になった生徒のことで何度かアプローチしてみたにょろが、ソフトボール部内どころか、このクラス全体でもみ消そうとしているようっさ!)」
「(これが事故じゃなく事件だとすると……その不登校生徒が関連してきそうね)」
「(とりあえず、まずはバレー部にょろね。ところで、二人とも佐々木先生とどんな関係にょろ?)」
「(あいつが自分でアンチサイコメトラーだって名乗ってきたわよ。一樹のサイコメトリーを妨害したり、情報を書き換えたりするの。英語の先生の交通事故の話も多分あいつらの仕業ね)」
「(ちなみに鶴屋さん、佐々木先生のフルネームを知っていたら教えてくれないかしら?)」
「(確か、佐々木貴洋と名乗っていたにょろ。でも、そういう経緯があるのなら偽名の可能性もありそうっさ!)」
体育館に向かう途中の廊下で、ソフトボール部の様子を見つめている朝倉と遭遇するが、みくると青ハルヒはそれに気付かず。鶴屋さんを入れた三人の方をジッと見つめていた。体育館の入口から中の様子を覗いている三人。バレー部はステージ側で入口の方ではバドミントン部が練習をしていた。バドミントン部の練習の邪魔にならない様に三人が移動して、バレーの練習風景を見つめていた。

 

『ハルカ~~優希~~くるみ~~玲子~~紗貴~~美夕紀~~貴子~~瑞樹~~舞~~……』
「身体がしっかりコートの中に向くよう意識しろ!」
『はい!次、お願いします!』
「授業のときとはまた別人ね。でも、あれだけ球出ししているのに一切ブレが無い。サイコメトリー能力といい、流暢な英語といい、どれだけのスキルを兼ね備えているの!?」
「スパイク」
「スパイク―――――!!」
『はい!』
バレー部の生徒がレフト、センター、ライトの三列で並び、セッターの位置にキョン、球を渡す役に一年がついた。
「何度も話しているが、自分のところに飛んでくると思って飛び込んで来い。でないと、相手にどこから撃ってくるかバレるし、跳んだ分の体力を無駄に消耗するだけだ。いいな!?」
『はい!宜しくお願いします!』
「これが、授業の終わりに話題に挙がっていたクイック技ってヤツ!?」
「そのようね。あたしもバレーは中学や高校の授業でしかやったことが無いけれど、セッターの上げた球に合わせてスパイクを撃つのが基本だったはず。でも、今の練習は飛び込んできた選手に対してセッターが合わせているわ。高等技って言っていたのが良く分かったわよ」
「じゃあ、そろそろソフトボール部の方にも行ってみるにょろよ。あの子も来てるかどうか確かめるっさ!それに、はるにゃんのプレーも見てみたいにょろよ!」
『はるにゃん!?』
「他に良い呼び方が浮かばなかったにょろよ。はるにゃんって呼ばせて欲しいにょろ!」
「いや、別にあたしは呼び捨てでも構わないわよ?」
「それじゃ、はるにゃんでも良いっさね!グラウンドはこっちっさ!!」
鶴屋さんの後を追いつつも、みくると青ハルヒの顔が引きつっていた。

 

時刻は夕刻。日が沈む頃合いにソフトボール部の練習を見にきたみくる達。先ほど火傷を負った女子生徒も部活に参加していた。部室からグローブを借りて準備体操をした後、練習に加わっていた。
「ところで、涼宮さんのポジションは?」
「ピッチャーだけど?」
『ピッチャー!?』
「はるにゃんの投球が見てみたくなったにょろよ!誰か打席に立って打ってみるっさ!!」
ハルヒの投球に正捕手が付き、我こそはと名乗りを上げた部員からバッターボックスに入った。ハルヒの第一球。外角低めを狙ったストレートがミットに収まった。
『おぉ―――――――――っ!!』
「だっ、誰かスピードガン持ってきて!!」
スピードガンを持ってくる間も与えられずに投じられた第二球、低速のチェンジアップが内角低めを通りバッターが見事に空振り。正捕手の後ろからようやくスピードガンを構えた第三球。どストレートからのジャイロボールが炸裂。こちらもバットに掠りもせず三振。
「球速は!?」
「ひゃ、118km/hです!!」
「118km/hって日本代表とほとんど変わらないじゃない!即戦力よ!即戦力!!球種も多彩みたいだし、前の子より涼宮さんの方が断然いいわ!……って、あっ、ごめん」
『前の子』というフレーズが出た瞬間に、ハルヒの投球に盛り上がっていた部員達が通夜の参列者のように沈黙してしまった。みくる達三人もその雰囲気にしっかりと気付いていた。今度は正投手を相手にみくるがバットを振る。外野を守っていた一年生たちがみくるの打球を追いかけていた。
「ここまでレベルが高いなんて思わなかったにょろよ!二人ともすぐにソフトボール部に仮入部するっさ!」

 

 予想以上のプレーに驚いた部員たちが、すぐにみくるとハルヒの部室内でのロッカーを指定。
「明日以降はここを使って!教室に戻るの面倒だし、先生たちに玄関を閉められたりするから」
「でも、ネームプレートが入っているところを使ってもいいんですか!?」
「その子、今不登校中で滅多に学校に来ないのよ!もし来たときは私から伝えておくわ!」
「分かりました」
教室で着替えを終えたみくる達がようやく下校。古泉の部屋に鶴屋さんが関心を抱きながら、ハルヒが夕食の支度をしていた。しばらくしてバイクの音が近くで止まり、古泉が仕事から帰ってきた。
「お――――っ!!君が噂を轟かせているサイコメトラー君っさ!?え~っと……確か、一樹君でいいにょろ!?」
「おいハルヒ、この人一体誰?」
「あの女子高であたし達より先に潜入捜査を始めていた刑事さんよ」
「まさかとは思うが、今後はここで捜査会議をするつもりじゃないだろうな?」
「そのまさかよ。一樹君、帰ってきて早々で申し訳ないんだけど、サイコメトリーしてほしいものがあるの」
「え――――っ!?朝比奈さんいつの間に持って来たのよ!!」
「一樹君には色々と報告しないといけないわね。まず、あなたが懸念していたアイツだけど、教育実習生として堂々と学園内に入り込んでいたわ。流暢な英会話と巧みなバレーボールの技術を併せ持っていた。そして、その彼につくはずだった英語の教諭が交通事故に巻き込まれて両足を骨折。例の組織の仕業とみて間違いなさそうね」
「例の組織って何のことっさ!?あたしにも教えてほしいにょろよ!」
「完全犯罪計画を立案して依頼主から多額のお金を支払わせる組織があるの。これまであたしが一樹君に頼んで色々とサイコメトリーしてもらっていたおかげで事件を解決に導くことができていたんだけれど、事件を解かれると困ると言って、組織のボス自ら一樹君を殺そうとしたこともあったわ。そして、最近彼らと同盟を組んだのが、佐々木貴洋と名乗るあの英語教師。アンチサイコメトラーの話は鶴屋さんにはしてあるわ」

 

 忘れていたとばかりに鶴屋さんのことを紹介すると、ようやく古泉がベッドに腰を下ろした。
「それで、サイコメトリーできるものは持ってきたんだろうな?」
「ええ、これよ」
「焦げた布きれと……ネームプレート?どうしてこんなものを持ち帰ってきたのか説明してくれないか?今日一日だけで一体何があったんだ?」
「鶴屋さんから聞いた情報も入っているから『今日一日で』というわけではないんだけど、今日の三時間目の授業の途中でカーディガンを羽織ろうとした女子生徒の腕にいきなり火が付いた。これがそのカーディガンの切れ端よ。残りは既に警察に渡っているわ。被害者はソフトボール部の生徒で、前の二件との繋がりがこれではっきりとしたわ。それに、涼宮さんに捜査協力を依頼して本当に良かった。涼宮さんの投球を受けてソフトボール部の生徒たちの反応も上々だったし、前の正投手に対する反応もあからさまなものだった。顧問を含めたソフトボール部の中で何かしらの事件が起こり、それをきっかけに前の投手が不登校になってしまった。そして、最近になって何者かが事故を装った計画殺人を実行に移しているのは間違いないわ。今日の一件も、前の二件も生徒が焼死していたとしてもおかしくなかった。殺人事件に至る前に何としても食い止めなくちゃならないのよ」
「朝比奈さんもあんな状況でよくこんなものを持ってこられたわね。だからあのとき、はさみを持っている人がいないか聞いてたんだ」
「それもあるんだけど、何も無いところで急に火が付くなんて摩擦熱のようなもので着火した可能性があると推理したの。それでも、あそこまで大きな火になるなんてあたしも思ってもみなかったわ。何かしら別の要素が付随しているか、まったく別の方法で火を付けているかのどちらかよ」
「じゃあ、このネームプレートは不登校になった前の投手のものってことでいいのか?」
「ええ、そっちの方はあの男に情報を書き換えられている恐れがあるけれど、カーディガンの方は弄る暇は無かったはずよ」
「書き換えられているかどうかは違和感で分かる。とりあえず、こっちの布きれの方からだな」

 

 四人分の夕食とばかりにハルヒが料理を運んで古泉の様子を伺っている。本来サイコメトリーをするのにここまでの時間はかからないんだが、まぁ、演出上ってヤツだ。
「サイコメトリーはできたし、違和感もないんだが……」
「一体どうしたって言うのよ!」
「犯人の目星は付いているのか?」
「無いこともないにょろが、可能性としてはあまり高くないにょろよ」
「一樹君の口ぶりから察すると、注意喚起したくても犯人が誰だか分からない以上、それができないってことになりそうね。一体どんなイメージが見えたっていうの?」
「部室のロッカーらしきところに『いつも頑張っている先輩へ』と書かれた無記名のメッセージカードとこのカーディガンが入れられているイメージが流れ込んできた。それと、何を現しているのかは俺にも分からないが15の数字が浮かんできた。背番号では無さそうだが、心当たりはあるか?」
「みくるの言った通りにょろ!犯人から送られてきたカーディガンを着ているソフトボール部の生徒が他にもいれば、いつ事件が起こってもおかしくないっさ!」
「何かしらの細工をされたカーディガンを着ていることになるわね。ハルヒさん、ソフトボールで15という数字に心当たりはあるかしら?」
「うー…ん、15で思い当たるもの……ダメだわ!何も浮かんでこないわよ」
「犯行の手口がはっきりしただけでも十分すぎるくらいにょろ!15が何を刺しているのかについてはこれから考えていけばいいっさ!ネームプレートの方はどうっさ!?」
「朝比奈さん……、この人本当に潜入捜査している刑事なのか?こんな口調で話す人が署内にいたら、俺なんかよりよっぽど噂が広まるんじゃないのか?」
「なんならあたしの警察手帳見るにょろ?」
「あたし達も吃驚したわよ。クラスで一番明るい生徒を探せば分かるって言われて、教室に入る前にそれが鶴屋さんだって分かるくらいだったんだから!普通ならそんな情報だけで探せるわけがないわよ!」
「とにかく、一刻の猶予もないことは今のサイコメトリーで明らか。一樹君、ネームプレートの方もお願い!」

 

 会話を続けながら、ハルヒの料理をどんどん食べていく鶴屋さん。古泉の分はどれだけ残るのやら……
「意外だな。アイツが弄った形跡が全く無いが、弄る必要もないってところか」
「今度はどんなものだったにょろ?」
「ユニフォーム姿の女子生徒が部室で……おそらく顧問と口論しているシーンが見えた。音は何も聞こえてこなかったから、口論の内容は分からない。ロッカーを背にしているからその生徒の背番号も見えなかった」
「それでも、確信に一歩近づくことができたわ!」
「ところで、その二人……こんな顔じゃなかったにょろ?」
鶴屋さんの持っていた資料の中から出てきたのはクラス担任と不登校生徒の写真が一枚ずつ。
「ああ、間違いない。この二人だ」
「じゃあ、口論の内容は例の盗撮の件ってことになりそうね」
「コイツ、そんなことしていたのか!?」
「鶴屋さんが確認しただけで、クラス内に十数台は取り付けられているそうよ。……それにしても困ったわね。すぐにでもこの男を確保したいところだけど、カーディガンの送り主が分からない以上、どんな行動に出られるか分かったもんじゃないわ。送り主さえ分かれば一緒に確保できるはずよ。クラスの生徒や部員達の反応の理由もはっきりした。一人が何かしらのアクションを起こせば、全員の着替えシーンがサイトに流れ出ることになる。たとえ自分が捕まったとしても何かしらの策を講じているはずよ」
「ちょっと待ってよ!じゃあ、あたし達が着替えていたシーンも全部保存されているってことじゃない!」
「そうことになるわね。もっとも、生徒に対する単なる脅しってことも考えられるし、容疑者も大分絞れてきたわ!あとはカーディガンにどんな細工を施したかのかってことと、犯人を決定づける証拠が必要ね!」
「もう容疑者が絞れたにょろ!?一体誰っさ?」
「部室のロッカーに何かしらの細工を施したカーディガンを入れたのなら、部室の鍵を持つ一、二年生と不登校になった生徒と深い友人関係にあった人間。被害者がこれで三人になったから、逆に容疑者が絞られたようなものよ」
「おいおい、メッセージカードには『いつも頑張っている先輩へ』と書かれていたんだぞ?どうして二年生まで容疑者になるんだよ!!」
「後輩からの贈り物だと見せかけるくらい、誰だって出来るわよ!そのメッセージカードがどこかに残っていれば筆跡鑑定で犯人を特定できるんだけど……」
「とりあえず、今日はここまでっさね。でも、三人のおかげでたった一日の間にかなり進展することができたっさ!はるにゃんの料理も美味しかったにょろよ!明日もよろしく頼むにょろよ!」
これ以上悩んでいても仕方がないと踏んで即座に帰り支度を済ませた鶴屋さんが古泉の部屋から去って行った。
「最初から最後まであのテンションを保ったままだったわね」
「って、俺まだ何も食べてないぞ!?ハルヒ、何か他にも作ってくれ!」
「はぁ!?あたし達明日も早いのよ!?コンビニで何か買ってきなさいよ!」
「それなら、あたしが行ってくるわ。ハルヒさんはその間にお風呂に入っていて。あたしも食べ足りないし、一樹君にサイコメトリーをお願いしたのはあたしだから。家賃代わりってことで」

 

古泉が青ハルヒを腕枕してシングルベッドで眠り、潜入捜査二日目。トップスタイリストとOLならまだしも、トップスタイリストと女子高生では生活のリズムのズレが大きく、古泉が目を覚ます頃には朝食と一緒に『ちゃんと朝食食べなさいよ!』という内容のメモが置かれていた。

 

「(あのクラス担任の身辺調査ぁ!?)」
「(しっ!声が大きい。とにかく、あの男が盗撮をして、そのデータを流出させない約束で生徒を脅しているのは間違いないわ。でも、教科が国語ってこともあって、そこまで情報機器に長けているとはとてもじゃないけど思えないの。一樹君のサイコメトリーを含めても、あたしのプロファイリングでどんな男か判断するには材料が足りなさ過ぎるわ。ソフトボール部の部員が狙われていることも、犯行の手口についても連絡してあるし、捜査一課も動き始めた。いつ焼死体が出てもおかしくない状態よ。理事長にも消化器の設置を要請しておいたから、ハルヒさんも使い方をよく読んでおいて)」
「(そんなの簡単よ!ピンを抜いて噴射するだけじゃない!それより、どこに置かれることになったわけ!?)」
「(いくら狙われているのがソフトボール部の部員と言っても、部室と部員がいるクラスにだけ置くわけにはいかないわ。こちら側がどこまで把握しているのか犯人に分からなくするためにも全教室と部室に一台ずつと伝えておいた。学園側も焼死体が出てマスコミに色々と詮索されるのも嫌でしょうから設置せざるを得ないはずよ)」
「(それもそうね。あれっ?じゃあ、ソフトボール部の部室と2-Aにしか置いてなかったアレは一体何なの?)」
「(アレって何のこと?)」
「(ロッカーの上に置かれてた変な機械。何て説明したらいいのか分からないけれど、他のクラスにはあんなものなかったから気になっていたのよね。まさかあれも盗撮のためのものだったりして!)」
「(興味深いわね。是非教えてもらえないかしら?)」
周りを警戒しながらSOS女学園へと入っていく。教室についた二人に猪のように突進してきたのは……当然、鶴屋さんだ。

 

「二人ともおはようっさ!昨日は二人のロッカーも決まったし、今日は最初からソフトボール部の練習に来て欲しいにょろよ!部員全員がはるにゃんの投げた球を打てるようになれば、春季大会を勝ち進むくらいわけないっさ!他のみんなもバッティング練習させて欲しいって話していたにょろよ!(ところで、あれから進展はあったにょろ?)」
「え―――――――っ!!あたし一人で全員の相手をするの!?最後までちゃんとコントロールできるかどうか」
「全員を相手にする必要はないわよ。一年生はそれよりも素振りの練習をしなくちゃどうにもならないし、二年生のごく一部に限られるわ。それに正捕手以外の選手にもキャッチャーを務めてもらえば動体視力を鍛えられるわよ!(捜査一課も本格的に動き始めたわ。クラス担任の身辺調査をさせているところよ。学園長にも各クラス、部室に一台ずつ消化器を置くように要請しておいたわ。このクラスとソフトボール部の部室だけだと犯人に怪しまれかねないわよ。それに、ハルヒさんが気になっていることがあるみたいなの。それを確認してからにしましょ!)」
掃除用具入れの近くにあった置物を指差して、三人がその物体に近寄る。
「(本当にここと部室にしかなかった物っさ?)」
「(休み時間の間に他クラスにも行ってみましょ!)」
「(多分、放課後まで無理なんじゃない?休み時間の度に周りに囲まれそうな気がしてならないんだけど……)」
「三人とも、その機械がどうかしたの?」
後ろから聞こえてきた声に三人が振り返ると、委員長と同様、転校初日に二人がクラスメイトに囲まれていたのを自席から見つめていた少女が立っていた。

 

「ええ、これ一体何の機械だか知ってる?空気が流れ出てるみたいだけど……」
「それ、古池先生が教室とソフトボール部の部室に置いた空気清浄機らしいよ?少しでも環境をよくしたいんだって。窓を開けて換気すると、寒くてみんな嫌がるからって言ってた」
「でも、他のクラスを見回っていたときは無かったわよ?あの先生もここだけしか授業をするわけじゃないし、空気清浄機の設置なら学校全体で考えた方がいいんじゃないかしら?二つともあの先生の自腹なの?」
「そこまでは良く分からないけど、それがあるのは今のところこことソフトボール部の部室だけみたい」
それだけ言って少女は自席に戻っていった。
「(鶴屋さん、今の子ってどんな生徒なの?)」
「(不登校生徒と仲が良かった子にょろ!その子が不登校になる前から次第に暗くなっていたようっさ!多分、色々と相談されていて、人間不信になったに違いないっさ!いつ不登校になってもおかしくないにょろよ。それより、これと同じものなら今朝別の場所で見たっさ!)」
『(どこで!?)』
「(教員の男性側の更衣室にょろ。今朝監視カメラを仕掛けてきたっさ!)」
『(監視カメラぁ!?)』
「(毒を以て毒を制すってヤツにょろよ!それに、古池のロッカーの鍵がかかってなかったにょろ。中を調べたら面白いものを見つけてきたっさ!)」
『(面白いもの!?)』
「(これっさ!)」
鶴屋さんの出した『面白いもの』を見て、みくると青ハルヒが絶叫したくなったのを、口を防いでなんとか押さえた。『いつも一生懸命な先生へ』と書かれたメッセージカードがポケットから出てきた。

 

『(えぇ――――――――――――――っ!!)』
「(鶴屋さん、こんなのどこから持って来たのよ!?)」
「(メッセージのとおりっさ!古池の教員用ロッカーの中にょろよ!こっちも監視カメラを仕掛けて様子を見ようと思ったついでに開けてみたらこれと一緒にセーターがおいてあったにょろ!古池も殺害対象として加えられている証拠っさ!セーターは見つかりにくいように奥に隠してきたから、その間に古池の身辺調査を進めて、逮捕しても盗撮された映像が流れないかどうかはっきりさせるにょろよ!)」
「(これで、証拠は手に入ったわね。あとはこのカードに書かれているメッセージと似た字を書く人物を探し出して、発火の秘密さえ分かれば、二人まとめて逮捕できるわ!)」
「(あたしにはアイツが生徒のために空気清浄機を買うなんて信じられないんだけど……潔癖症にも見えないし、そんなことをするくらいなら、盗撮用のカメラが見つかったときのことを考えて予備を用意しておくはずよ!)」
「(あたしもハルヒさんと同意見よ。ここと部室、そして教員用の更衣室で見つかったってことは、犯人からターゲットに送ったカーディガンやセーターと同様、自然発火に見せかけるための小道具の一つと見て間違いなさそうね)」
「(だったら、すぐにでも撤去した方がいいわよ!)」
「(ダメよ。昨日、一樹君が懸念していた通り、犯人が分からない以上それはできないわ。あたし達に同じ手は通用しないけれど、犯人がどんな行動を起こすか分かったもんじゃないわ!とりあえず、現段階ではカーディガンを羽織っているソフトボール部員を注意して見るしか対策が立てられないわよ。通常のものとほとんど違いがないし、いつ起こるかも分からない。事が起こった際にすぐに対処できるようにしておきましょ!)」

 

消化器を持ったクラス担任が教室に入ってきた。古池が使い方を説明し、教室の後ろの廊下側へと置いた。二日目の一時間目は体育。昨日とは違ったランジェリーを身に纏った生徒たちがクラス内で着替えていた。どんなに派手でも汗をかいても体育着の上からランジェリーが見えることなく一時間目の体育が終了。着替えを終えて、二時間目の理科の時間が始まったが、一刻も早く犯人を追及しようとしているみくる、ハルヒ、鶴屋さんはそれどころではなかった。
「……比奈さん、朝比奈さん!」
「はっ、はいっ!!」
「ちゃんと授業に集中しているのかね?試しに元素周期表を1~20番まで言ってみなさい」
「えっと、それなら……『水兵リーベー僕の船、斜曲がりシップスクラークか?』だから、水素、ヘリウム、リチウム、ベリリウム、ホウ素、炭素、窒素、酸素、フッ素、ネオン、ナトリウム、マグネシウム、アルミニウム、ケイ素、リン、硫黄、塩素、アルゴン、カリウム、カルシウムです」
『おぉ―――――――っ!!』
クラス中からみくるに感嘆の声と拍手があがる。敏腕女刑事ならこの手の基礎知識に関しては詳しくないとな。
「うむ、良く覚えているようだ。この後も授業に集中するようにしなさい」
「はい、すみませんでした」
「(朝比奈さん、朝比奈さん!!)」
「(ハルヒさん、どうかしたの!?)」
「(一樹が言ってた15ってこれじゃないの!?)」
元素周期表の15番目を指差したハルヒにみくるがハッとする。
「(でも、それを使っていたとしても、発火するには約60℃の熱が必要だったはず。摩擦熱くらいじゃ足りないわ。一体どうやって……)」
「うわあああああああああああああああ………!!」
「古池の叫び声!?」
「ハルヒさん、消火器を持って鶴屋さんに付いていって!あなたの足なら間に合うかもしれないわ!!」
「分かった!」
「はるにゃん、こっちにょろ!!」
「おい、君たち、待ちなさい!」

 

「一体どういうことよ!?奥に隠したんじゃないの!?」
「既に古池がこのことを知っていて、メッセージカードを記念品として敢えてそのままにしておいた可能性が高いわ!それなら、どこに入っているのかロッカーの中を隈なく探す筈よ!」
「犯人にバレないように処分しておくべきだったっさ!」
「犯人も同じことを考えているはず。更衣室にカメラを仕掛けておいたとしてもおかしくないわ!」
鶴屋さんの先導に従い、青ハルヒとみくるが後を追う。何人かの教師が集まっていたが、誰も手出しすることができず、高い室内では古池が足掻きもがいていた。すかさずハルヒが消火器を噴射し、火は収まったが、古池はそのまま倒れてしまった。
「すぐに警察と救急車を!急いで!!」
「わっ、わ……分かった!」
「じゃあ、君たちも教室に戻ってください。あとは我々で事情を説明します」
三人に声をかけたキョンに対して、真っ先にハルヒが動いた。
「(今教室に戻ったら、コイツに情報を弄られるわよ!!)」
「(仕方がないわね!)」
「あたしは警視庁捜査一課朝比奈みくるです。この学園の不審な事件を解明するため、潜入調査を行っていました。現時点を持って、この現場をこのまま保存します。誰も立ち入らないでください!」
「同じく捜査三課の鶴屋にょろ!」
『警視庁捜査一課!?』
「君たち、刑事だったのか!?」
「とにかく今は、生徒たちを落ち着かせることを最優先してください!」

 

警察手帳を取り出したみくると鶴屋さんを見て、ハルヒが自分はどうしていいものかと困っていた。更衣室の外にいる教員たちを無視してみくる達が現場調査にあたっていた。
「頭部がこんなに焼け焦げていたら、救急車ももう手遅れにょろ。……でも、出火場所がどうして頭部なのかが謎っさ!急にセーターに火が付いて脱ごうとしたのなら、頭部が一番燃えているのはおかしいにょろよ!」
「えっ!?これって、古池がセーターを着ようとしたんじゃないの!?昨日だってカーディガンを着ようとして火が付いていたじゃない!」
「とにかく、アイツに情報を弄られずにすんだわ!一樹君にサイコメトリーしてもらうものをピックアップして、あとは任せましょ。鶴屋さんもそのカードは持っていてください」
「任せるにょろ!」
「あれっ!?鶴屋さん、その袖についている赤い粉は一体何?」
「粉!?どこについているにょろ!?はるにゃん払ってくれないっさ?」
「………っ!ハルヒさん、払っちゃ駄目!!大事な証拠かもしれないわ!!」
「みくる、大事な証拠ってどういうことにょろ?」
「ハルヒさんがさっき教えてくれたアレの可能性が高いわ!鶴屋さん、ブレザーを脱いでもらえませんか?」
「良く分からないにょろが、こんなものが証拠になるにょろ?」
「これで確証がもてるはずです!」
現場にパトカーが到着し、圭一さんが現れた。みくるが圭一さんに事情を説明している間、青ハルヒと鶴屋さんは圭一さんから逃げるように教室に戻っていった。教室に入ると、教員がいるわけでもないのに全員が席に着き、どんよりとした空気が教室に漂っていた。

 

「ねぇ鶴屋さん、古池どうだったの?」
「火は消したにょろが、頭部が酷く焼け焦げていて、救急車でももう手遅れかもしれないっさ」
「そう……」
「あの人、佐々木先生みたいに人気のある先生だったの?」
「逆よ!このクラスのあちこちに監視カメラを仕掛けて私たちのこと盗撮してたんだから!!」
「それを誰かに告げ口したら、ネットに盗撮した映像を全部流すって脅されて……」
「私たちだけじゃないわ!ソフトボール部の部室でも同じように盗撮されて」
「じゃあ、あたしの前の子って言うのは……」
「そこの席に座っていた子。古池に直接文句を言いに行ったんだけど、次の日から私たちにいじめを強要してきて、その子と同じように逆らうようなら映像をすべてバラ撒くって脅されてたの」
「ってことは、たった二日であたし達までカメラで撮られてたってことになるじゃない!この際、カメラを全部取り払って訴えてやればいいわ!!生死はどうあれ、自業自得じゃない!」
「でも、『俺が逮捕されるようなことがあったら映像が勝手に流れるようになっている』って言ってたのよ!もし、死んでたら今まで盗撮され続けてきた映像が全部ネットに流れちゃうわよ!」
「冷静に考えるにょろよ!数学や理科の教員ならまだしも、古池の専科は国語っさ!情報機器に詳しいとは正直思えないっさね!このクラスに設置された監視カメラを全部警察に預けて、ネットに流される前に家宅捜索してもらえばまだ間に合うかもしれないにょろ!それに、その子に今まで古池に脅されていたことを正直に話して学校に来てもらうっさ!」

 

 鶴屋さんの一言を皮切りにクラスに明るさが戻り、カメラの位置をすべて把握していると言わんばかりにクラス中の小型カメラが教卓の上に出揃った。
「ここまでやるとは正直思ってなかったわよ。放課後になったら部室の方も取り除きましょ!」
返事は聞こえなかったが、クラス中の女子が首を縦に振った。
「じゃあ、すぐにでもこのことを知らせてくるにょろ!間に合うかどうかはまだ不明っさが、一秒でも早い方が良いっさ!!」
鶴屋さんと入れ違いにみくるが教室へと入ってくる。
「みくるも一緒に来るにょろ!一刻の猶予もないっさ!」
「えっ!?ちょっ、鶴屋さん一刻の猶予もないって一体どういうこと!?」
「わけは後で説明するっさ!」
みくるを連れて、現場検証中の圭一さんのところに戻り、部室を含めて盗撮されていたことをすべて伝えると、すぐに家宅捜索の指示が出た。カメラのうち一つはみくるがサイコメトリー用にと抜き取っていた。
「それで、これがその古池とかいう奴のロッカーに入っていたカードにセーターの切れはし、それに監視カメラか。つーか、もういいんじゃないのか?ハッピーエンドで。その不登校の生徒もようやく戻って来られるんだろ?」
「これはれっきとした殺人事件よ!一樹君が言っていた15の数字も元素周期表の15番目のリンだってことが分かったし、鶴屋さんの袖についていた赤い粉も赤リンという報告を受けたわ。でも、リンは約60℃の熱でないと発火しないの!そのトリックとこの事件を引き起こした犯人を捕まえない限り事件は解決しないわ!」
「仕方ねぇな。そこまで言うなら付き合ってやるよ。その代わり、監視カメラから女子生徒の着替えシーンが流れてきても文句言うなよ!?」
「そんなの、あたしでも大体の想像はつくわよ!いいからさっさとやりなさいよ!!」

 

 ハルヒに急かされて、布きれをサイコメトリー。眼を閉じながら流れてくる情報がみくる達に伝えられる。
「ハルヒ達が、アイツを止めてくれたおかげで助かった。こんな情報をサイコメトリーされたら一気に解決されてしまう。リンを発火させたトリックが掴めたよ」
『本当!?』
「一体どんな情報が流れてきたのか教えて頂戴!」
「古池って奴がセーターを着る瞬間の映像を客観視したものが流れてきた。頭を通そうとした瞬間に電撃が走っている。静電気が着火の原因と見て間違いなさそうだ」
「そう言われてみれば、昨日の一件もカーディガンを着ようとした瞬間に火が付いたんだったわね」
「ってことは、あの装置は一体何にょろ!?」
「酸素を充満させる装置に間違いないわ。勢いよく燃やして一人でも多く死傷者を出す予定だった。あとは犯人を割り出すだけね。明日の朝一番で国語のノートを回収させて筆跡鑑定にかけるわ!『どこまで進んでいたかを見るため』とでも理由をつけておけばいいはずよ」
「そんなことしなくても、犯人はあの子じゃないの!?あの装置を空気清浄機だって言ってきた……」
「そういうことか。筆跡鑑定は一人で済みそうね……一樹君他のものはどうかしら?」
「トリックも犯人も分かったのなら必要はないだろうに……このカードは駄目だ。情報を弄られている」
「ちなみに、どんな情報だったか聞いてもいい?」
「生徒が古池ってヤツにセーターを渡している場面だ。直接渡すならこのカードは必要ないだろう?」
「それもそうね。監視カメラの方はどうかしら?」
「どうせ撮影した女子高生の着替えシーンに決まって……」
監視カメラをサイコメトリーした古泉が流れ込んできた情報を受けて叫んだ。
「まずい!!朝比奈さん、メモ用紙とペン取ってくれ!時間が無い!!」
「時間が無いってどういうことよ!あんた一体何が見えたって言うの!?」
「パソコンに時限爆弾のようなタイムリミットが映った画面と八ケタの数字が流れてきた!コイツ、夜10時までに番号を入力しなければ、本当に盗撮した映像をネットに流すつもりだ!家宅捜索している奴にすぐに連絡を取ってくれ!」
みくるが持っていた警察手帳とペンが手渡され、古泉が『16248453』と八ケタの数字を記入した。それを元にみくるから情報が渡り、古池宅でパスワードの入力で困っていた刑事達によって映像の漏えいを防ぎ、盗撮されたデータはすべて削除された。

 

 三日目、不可思議な焼死体が発見されたことで当然のように報道陣が動き出し、古池がどんな人間だったのか生徒にインタビューしていた。みくるやハルヒもそれを無視して教室へと入りこむと、これまで不登校だった生徒が登校していた。周りの生徒たちから何度も謝罪を受けている光景がハルヒ達の眼の前に現れた。
「ごめんなさい、ちょっとあなたと話したい事があるんだけど、いいかしら?」
みくるから声をかけられた少女が涙を流し、「自首する」と告げた。例の装置はすべて撤去され、鶴屋さんを含めた三人が事の発端から顛末までをすべて説明。古池のパソコンに保存されていた盗撮映像もすべて削除されたと学園長に報告した。学園側は古池に関する情報を漏らさないよう全校集会で生徒に声かけをすると約束し、三人の任務も終わりを告げた。
『えぇ~~~~っ!!朝比奈さん、刑事だったの!?こんなに可愛いのに!?』
「涼宮さんの投球なら春の大会は勝ち進めるって思っていたんだけど……でも、正投手が戻ってきてくれたから!」
『鶴屋さんがいないとクラスが明るくならない!!』
「そう言ってもらえるとあたしも嬉しいにょろよ!でも、もう何も心配することはないっさ!」
「じゃあ、短い間でしたけど、お世話になりました!」
2-Aの生徒達に別れを告げてSOS学園を後にした。
「これでようやく明日から仕事に戻れるわ!皆になんて説明しようか考えておかなくちゃ!」
「みくるの人選に狂いは無かったにょろね!ソフトボール部でのピッチングもそうだったにょろが、はるにゃんの活躍あってこその解決だったっさ!今夜は一樹君の部屋で派手にパーティでもどうっさ?はるにゃんの料理がまた食べたくなったにょろよ!」
「あたしも賛成!一樹君も入れて四人でパーっと騒ぎましょ!!」
「ちょっと!事件が解決したら出ていくって約束忘れてないでしょうね!」
「あたしもこんなに早く解決するなんて思わなかったのよ!もう一晩だけ!お願い!!」
「駄目ったら駄目――――――――――――っ!!」

 

「今回はあまり仕事をさせてもらえなかったようね?」
「おいおい、俺を教育実習生として学園に配属したのはそっちだろう?まさか警察手帳を出してくるとは思ってなかったが、残り十数日間、俺はあの学園に縛られたままか?」
「あら?随分人気になっていたじゃない!生徒たちからキャーキャー言われて、あなたも嬉しそうだったわよ?」
「そう見えるか?こっちは大した仕事もできずにストレスが溜まっているんだ。次は自由に行動できるような場所なんだろうな?」
「ええ、依頼人から事情を聞いて既に動き始めているわ。次が彼らの墓場になるかもしれないわね」
「墓場とはまた大層な言い方をするもんだ。お手並みを拝見させてもらうとしよう」

 
 

……4th File END.