タカノツメ (78-760)

Last-modified: 2008-02-01 (金) 23:58:37

概要

作品名作者発表日保管日
タカノツメ78-765氏08/02/0108/02/01

作品

 先日の放課後、何の前触れもなくハルヒが、
「ねえ、キョン。冬といえば、やっぱ鍋よね。というわけで、今度の土曜日には、市内探索の後で、有希の家で緊急鍋パーティが開催される事に決定しました。みんな、いいわね」
 とか言い出したため、本日、即ち土曜日の晩に、SOS団の全員が長門のマンションに集結して、こうして鍋の準備をしている、というわけである。
 
 ちなみに、今回はチゲ鍋だ。一応、長門のリクエスト、ということになっているが、
「有希、あなたは何の鍋を食べたい?場所を提供してもらうんだから、あなたの好みを聞くわよ」
 とのハルヒの問いに、例によって、『カレー』とか答えそうだった、というか『カ』の字まで口に出掛かっていたので、俺の入れ知恵で『韓国料理のチゲ鍋』ということにしてもらったのだ。
 まあ、辛いモノ仲間ってことで、何とか我慢してくれ、長門。
「……」
 なんだか、少々残念そうな様子の長門だった。そんなにカレー食いたかったのか。解った、今度みんなで一緒に食いに行こうな。
「……二人がいい」
 ん、何か言ったか、長門?
「なんでも」
 
 朝比奈さんは、何処となくそわそわしているな、と思ったら
「あ、あのぅ、涼宮さん。わたし、その、あんまり辛いのは、に、苦手なんですけど……」
 と告げた。ハルヒは
「へえ、みくるちゃんって、辛いのがダメだったんだ。――そうだ、家に韓国土産に貰った唐辛子が結構一杯あったのよね。それを使うことにしましょう。大丈夫、みくるちゃんでも食べられるようなマイルドな辛さになると思うわよ」
 と、笑って答えたのだが、それでも何だか不安気というか、憂鬱そうに溜息を吐く朝比奈さんであった。なあ、ハルヒ。本当に大丈夫なのか?
「なによ、キョン。あたしが信用できないってわけ?あんたに罰ゲームで激辛フードを食べさせるんならともかく、あたしはみくるちゃんにはそんなイジワルはしないわよ」
 いや、別にそういうのを疑ったりってわけじゃないんだがな。本当にそれほど辛くないのか、ってのが心配なだけだ。
「まあ、ここは涼宮さんにお任せしてみては如何ですか。きっと勝算は十分お有りなのだと、僕は思います」
 古泉はいつもの笑顔で全肯定だった。どうでもいいが、顔が近いっていつも言ってるだろ。離れろ。
「失礼。それに、韓国産の唐辛子は国産のものよりも辛くない、という話を聞いたことがあります。きっと大丈夫ですよ」
 まあ、今更別の鍋に変えるとか言う代案ぐらいしか思いつかない俺に比べれば、前向きというか建設的な手段なんだろうな、ハルヒのアイディアは。
 
 というわけで、ハルヒは今、俺の目の前で、唐辛子の鞘をほぐして、種の部分を選り分けて捨てる、という地味というか退屈なだけの作業を、こいつにしては飽きもせずにひたすら繰り返していたのだ。
「キョン、知ってる?唐辛子って、種の周りの部分が特に辛いの。だから、種の部分を使わないようにすれば、あんまり辛過ぎなくなる、ってわけなのよ」
 そいつは初耳だったな。しかし、なんだか面倒くさそうな作業じゃないか。いっそのこと、細かく切って、鞘の部分だけ集めて使う、とかの方が手っ取り早くないか?
「ダメよ。唐辛子は細かく刻んでも辛味が増すの。こうやって、鞘の部分を破るのを必要最小限にしてるのは、ちゃんと理由があるんだからね」
 なるほどね。
 俺はそれ以上口出しせずに、ハルヒの作業を隣でじっと眺めていた。
「……ちょっと、キョン。なにニヤニヤこっちを見てるのよ。気味が悪いから、止しなさい」
 ああ、すまん。何ていうか、少々感心していたんだ、ハルヒのことをな。
「もう、今更なによ?」
 そう言って少し俯き加減になるハルヒだった。気のせいか、その頬が微妙に赤くなっているようだったが、唐辛子の辛味に当てられたんだろうかね。
「何って、ハルヒはいつも昼は学食みたいだし、弁当とか作ってる様子もないから、実は料理が苦手なんじゃないか、ってちょっと心配してたんだ」
 俺のセリフに露骨にムッとしたようなハルヒだった。文句が飛び出す前に慌てて俺は続ける。
「ああ、解ってるって。さっきみたいな知識も十分豊富だし、手先も相当器用だ。ハルヒが自分の弁当を作ってこないのは、出来ないんじゃなくて、作ることに意義を見出せないからなんだろ?」
「まあ、そんなところね」
「だとすると、誰かのためになら料理はするってことだよな。全く、ハルヒの将来の旦那さんって人が羨ましい限りだな」
「…………バカ」
 ハルヒはそう呟いたまま口篭ってしまった。
 なんだ、俺としては褒めてるつもりだったんだけど、何かヘソを曲げるようなことをいってしまったのだろうかね。
 
 台所では、先に朝比奈さんと長門が分担して具材の準備を進めていた。ちなみにレシピは長門がバッチリ調べていたらしい。
 魚介類を炒める音がする。早速ハルヒのほぐした唐辛子を二本ぐらい使うようである。ごま油とニンニクの香りが香ばしい。
 ところで、さっきから古泉の姿が消失しているみたいなんだが。
「ああ、古泉くんなら、卓上コンロを持ってきてくれるんだって。全く、副団長の古泉くんを差し置いてキョンがサボってるなんていい度胸じゃない」
 しかし、台所も狭いし、俺がいても邪魔なだけだろ。かといって他に何かすることもないじゃないか。
「仕方がないわね。……そうだわ。キョン、あんたを一日鍋奉行に任命するわ。ああ、大したことじゃないわ。あたしたち四人のぶんの具を取り分けてくれるだけでいいから」
 まさか、俺の分はみんなが食べ終わった残り物とか、暴走したAIに支配された未来を描いた映画のいかにも悪役顔の看守が言い出しそうなセリフみたいなこと言い出すんじゃないだろうな。
「当然よ――って言いたいけど、さすがにそれは可哀想だから、あんたも普通に食べても構わないわよ。ただ、みんなのリクエストには最優先で対応すること。いいわね!」
 ハイハイ、団長様のありがたきお心遣いに感謝痛み入りますよ、っと、口では言いながらも、何か裏がありそうな気がして、動揺を隠せないでいる俺なのであった。
 
 古泉が戻ってくるころには、鍋の準備もすっかり整っていた。
 それまで俺は台所から聞こえてくる三人娘の笑い声(実際に聞こえてくるのは二人分である事は言うまでもない)を耳にしながら、一人で炬燵に入って呆けていたのであった。
「おや、すっかり準備は整っているようですね。こちらも急いでセッティングした方が良さそうです」
 古泉が持ち寄った卓上コンロを炬燵の中央に配置し、点火確認を行う。
 本当は汚れないように天板の上に古新聞か広告のチラシ類を引いておきたいところだが、長門に聞いたところ
「ない」
 とアッサリ一言で返されてしまった。
 まあ、長門には新聞なんか必要ないということなのか、あるいは読んだものは即座に処分してしまう、のどちらかなのであろう、きっと。
 
 というわけで、チゲ鍋パーティの開始である。
 
 一日鍋奉行の俺の任務は、追加の具材投入と、煮えている具の取り分けだ。
 こら、ハルヒ。追加の豚肉はまだ火が完全に通ってないから、他のもので我慢しろ。
「もう、仕方ないわね。じゃあ、海老にするわ。そうそう、キョンが殻剥いてちょうだいよね」
 解った。だがちょっと待て。代わりにホタテで勘弁してくれ。
 ほら古泉。白菜はこっちのが透明になってきているから食べ頃だと思うぞ。
「どうも、僕のために、わざわざご丁寧にありがとうございます」
 だから、一々しゃべるときに顔近づけるなっての。
 はい、朝比奈さん。ご所望の豆腐ですよ。どうですか、辛くないですか?
「あ、キョンくん、ありがとう。ええ――これぐらいの辛さなら、わたしでもなんとか平気みたい。お豆腐も熱くて、お口を火傷しちゃいそうだけど、とってもおいしいです」
 そう言ってハフハフと豆腐を口にする朝比奈さんを見ているだけで俺の心は和んだ。
 しかし、さっきから豆腐しかお召し上がりでないような気がするんだが。
「……大根」
 ほらよ。
「……イカ」
 よっと。
「……キムチ」
 ほいさっと。
「……カレー」
 はい、カレー、カレー……って、おい!
「……間違えた」
 やれやれ、わざとやってるんじゃないだろうな、長門。しかし、食べるペースは相変わらずだな。
 今のところ、俺に対する取り分けリクエストは、長門が四、ハルヒが三、古泉が二で朝比奈さんが一という割合だ。
 って、今気付いたが、俺はまだ全然といっていいほど食ってねえ。普通に食べても構わないっていっても、結局こうなるんじゃ実際意味ないよな。全く、何の陰謀なんだよこれは。
 でも、まあいいか。ハルヒは案外おとなしく俺の取った分をパクついてるし、朝比奈さんがうっかり唐辛子を鞘ごと口に入れてしまう、なんてことも俺が気を付けていれば防げそうだからな。
 
「ねえ、キョン。ちょっと出汁が煮詰まってきちゃったんじゃないかしら。お湯を足しなさいよ」
 ハルヒに言われるままに俺は台所のヤカンを取ってくる。
 どれどれ、あんまり一度に入れ過ぎたら薄まってしまうからな。
 と、俺がチビチビとお湯を注いでいたのがハルヒには憤慨モノだったらしく、
「もう、キョンったら。なにチマチマやってんのよ。そんなの目分量で一気に――」
 って、おい。手を伸ばすな。危な――
 
「きゃっ、熱」
 
 なんということだ。ハルヒの手をかわそうとした俺だったが、そのせいでヤカンからのお湯がハルヒの袖口に跳ねてしまったではないか。
「おい、ハルヒ、……ハルヒ!大丈夫か?」
 ハルヒは手首を押さえて顔をしかめている。袖の染みを見た感じではかなり広範囲にお湯を浴びてしまったみたいだ。
「なあ、長門。ちょっと洗面台借りるぞ。――ほら、ハルヒ。ちょっとこっち来い」
「な、ちょ、ちょっと、キョン?」
 
 ハルヒの腕を掴んで無理矢理洗面台までつれてくると。俺は勢い良く水を出して、ハルヒの袖の染み部分ごと腕を突っ込ませた。
「冷!……ねえ、キョン。なにも、服の上から水掛けることないじゃない。腕捲りぐらいさせてくれてもいいでしょ?」
「ダメだ。火傷のときは無理に衣服を脱がせない方がいいみたいだからな」
「でも、ちょっと大袈裟過ぎない、これ?」
 俺はつい声を荒げてしまった。
「バカ野郎!――万一、火傷の痕が残ったりしたらどうするんだ」
「…………キョン?」
「あ、いや、その、すまん、怒鳴ったりして。そもそも、俺のせいで火傷したようなもんだし、俺が悪いよな」
「――責任、取ってくれるの?」
「はあ?」
「もし、痕が残っちゃったら、キョンはあたしのこと、ずっと……面倒見てくれるのかしら?」
「ハルヒ。それどういう意味――」
 
 次の瞬間、俺の足の甲をハルヒは思い切り踏みつけやがった。
「痛ってぇ!な、何しやがる」
「うるさい!……あんた、あたしが今言ったこと、全部忘れなさい」
「全部って?」
「さっきあたしはキョンになにも言わなかった。――――いいわね?」
 何だか知らんが、顔を真っ赤にして俺を睨みつけるハルヒであった。
「解った。俺は何も聞いちゃいない。だから……責任取らなくてもいいんだよな」
「……バカ~!」
 ハルヒのエルボーが俺のストマックに直撃する。
 やれやれ、口は災いの元、とは言いえて妙だな、本当に。
 
 その後は特に何事もなく、鍋パーティは終了と相成った。ちなみに、ハルヒの火傷は、あの後応急処置をしてくれた長門によれば『問題ない』、とのことだ。良かったな、ハルヒ。
 帰り間際、濡らしてしまったセーターを結局脱いでしまっていたハルヒは
「くしゅん!」
 と普段からは想像できないぐらい可愛らしげなクシャミを連発していた。
「なあ、ハルヒ。お前、ひょっとして寒いのか?」
「セーター脱いでるから、ちょっとだけね。ああ、大丈夫よ。帰るときは上にコート羽織るから平気だってば」
 でもな、お前の今日の格好は見てる俺の方が寒いぐらいだったんだがな。
「痩せ我慢するな。ほら、これでも中に着込んで帰れ」
 俺は自分が今着ていたブルゾンを脱いでハルヒに手渡した。
「え、でも、キョンこそ寒くないの?」
「俺のコートはあんなでも結構防寒バッチリなんだ。ああ、そのまま月曜にでも持ってきてくれたらいいから」
 ハルヒは、受け取った俺のブルゾンをすぐに着るでもなく、抱きかかえて臭いを嗅いでいるようだった。まあ、クリーニングに出したばかりってわけでもないんだが、そんなに変な臭いがするか?
「…………キョンの匂いがするわ」
 ポツリと呟くハルヒ。って、お前、何を当たり前のこと言ってやがる。
「な、なんでもないわ。……しょうがないわね。あんたがどうしても着てくれっていうんなら、着てあげないこともないわよ」
 ハルヒはそう言うと、俺のブルゾンと自分のコートを着込むと、俺に背を向けて玄関へと歩いて行ってしまったのだった。
 
 翌週の月曜日、ハルヒは妙に疲れたような顔で、俺のブルゾンをクリーニングに出したから返すのが遅れると告げた。って、なんだ、そのまま返してくれても構わなかったんだがな。
「あんたが構わなくても――あたしが構うの」
 よく解らんな。帰る途中で汚したとか?でも、上にコートを着てたらそんなことにはならんはずだが。
「それより、火傷の具合はどうだ?まだ痛むのか?」
「別に、もう何ともないわよ」
 それにしては、えらくやつれてるな。何かあったんだろうかね。
「ああん、もう、昨日は死ぬかと思ったわ。……結構腫れちゃって」
 腫れる?なあ、ハルヒ。火傷はもう何ともないっていってたが、また、別の箇所をどうにかしたのか?
「!」
 ハルヒはその頬をピンク色に染めると、俺から目を逸らしたままずっと黙っていた。何なんだ、この反応は?俺、ナニも変なこと言った覚えはないんだがな…………。

イラスト

78-768 haruhi_kunka2.png
 
マイルドなのを目指したはずなのに、オチがお下品でごめんなさい。
ヒント:下のサイトで『唐辛子』を単語サーチだw
ttp://shinukatoomotta.jp/2000_03.html
 
ついでに落書き。腕とか諸々がどうみても変です。
キョンの服ならもっとブカブカで良かったと、描き終わってから気が付く orz