ツンデレに効く薬 (48-696)

Last-modified: 2007-07-17 (火) 02:42:10

概要

作品名作者発表日保管日
ツンデレに効く薬48-696氏07/05/1307/05/13

作品

「キョン、ちょっとこれ飲みなさい」
或る日の放課後。ハルヒが透明な液体入りの小瓶を俺に差し出してきた。
小瓶にはラベルも何もない。怪しいにも程がある。そうでなくとも、お前の差し出す
物をホイホイ飲んでたら延べ5回目くらいで入院するハメになりそうなんだが。
 
そもそも何だこれ。
「ホレ薬」
…すまん、何?
「ホレ薬よ!媚薬!古今東西、伝承に例を事欠かないマスト謎アイテムよ!」
そうか。で、そんなミステリックアイテムをどこで手に入れた。
「ネット通販」
悪い事は言わん。捨てろ。
 
「なんでよ!3000円もしたのよ!?」
いやそれはなんか微妙に安いだろ?!それに3000円出すお前もお前だけど!
ていうか何でそんなもん俺が飲まないといかんのだ。古泉でもいいだろ、別に。
 
「……古泉くんに何か危険が有ったらまずいでしょ。副団長なのよ」
俺ならいいのかよ。
「ごちゃごちゃ言わずにさっさと飲む!!そうそう危ない物なんて入ってないわよ!」
結局押し付けられた。俺の意見とかほんと聞いちゃいねえ。
 
さてこんな時に頼りになるのは…。朝比奈さんはいつも通りおろおろしている。
古泉はいつも通りにやにやしている。で、いつも通りここまでの騒ぎに全く動じずに
本を読んでいた長門は、俺のすがるような視線を感じたのかふと顔を上げ、
 
「生命および健康に害が及ぶ物質は混入していない」
と言った。お前のお墨付きなら少し安心だ。が、止めてはくれないのだな、長門。
「しかし、何が起こるのかは私にも未知数」
とも言った。お前にそう言われてしまうと非常に不安だぞ、長門。
「涼宮ハルヒが貴方に害を為す事は有り得ない」
……いや、全く同意できないが。
 
「大丈夫。何か有っても修正可能範囲内」
腹を括れって事か……?
 
そんな風に長門とこしょこしょ喋っていると、矢張りと言うか何というか、ハルヒが
すこぶる不機嫌になっていた。バランスを崩したヤジロベエのように眉を吊り上げ、
「ちょっと、みくるちゃんと有希は外に出てなさい。キョンがホレ薬でけだものになったら
 襲われかねないわ。2人が従順なのをいい事に何を要求するか分かんないわよ」
ひどく人聞きの悪い事をいいやがった。俺は紳士で通ってるんだがな。
 
「紳士はみくるちゃんの着替え覗いて鼻の下のばしたりしないわよ」
俺の意思で覗いた記憶はねえよ。不可抗力で覗いてしまった事はあるし、それで
鼻の下が伸びた事実も否定せんが。あの姿に無反応というのは逆に冒涜という
ものであろう。ていうかその条件だと多分地球上に紳士が存在しない事になるぞ。
 
「黙りなさい!ともあれ2人は外に出て、扉から5m以上離れて。襲われるわよ」
もう俺のことは猛獣か、どこかの3世盗賊かと言わんばかりだな。……っていうか
そうなるとお前はいいのか。もしそうなったらお前しか襲撃対象がいなくなる訳だが。
「あたしは別にキョンの1匹や2匹撃退できるもの」
ひどい事をきっぱりと、しかし何故か目を逸らしながら言った。匹てお前。
 
「……ところで、僕はどうしたらいいでしょうか」
いたのか古泉。
「あ、うーん。これ男相手には効くのかしら。それはそれで面白い気はするけど、
 でも一瓶しかないし。取り敢えずキョンの視界に入らないようにして観測係お願い」
「そうですか……残念ですが、かしこまりました」
残念がるな。
 
「さあ、準備はOKよ!飲んでみなさい、キョン!」
ハルヒは期待に目を輝かせている。拒否の道はないようだ、どうやら。
 
意を決して飲んでみる。あまり味はしない。薬品臭もしない。微妙に柑橘系の味。
少なくとも毒ではなさそうだ。……と、頭を捻られ、がしっと手で固定された。何をする。
 
「じ、事故を避けるためよ。突然入ってきた谷口とかに惚れたら困るでしょ、あんたも」
まあ、それは確かに困るが。何はともあれ顔が近いぞ。随分と真剣な顔でこっちを
見つめてくるのを、じとーっ とした目で見返してやる。あれ?という顔をするハルヒ。
 
「効いてないの?」
ホレ薬の効果の事を言ってるんなら、効いてないみたいだな。捻られてる首は痛いが。
「何よそれ、3000円もしたってのに……!弁償しなさいよ!」
なんで俺が。……やれやれだ。ネットの宣伝文句を鵜呑みにするお前が悪い。
「もぉー!!つまんないわね! 有希!みくるちゃん!入っていいわよ!」
この話は終わり、という事らしい。ぷりぷり怒って団長席にどすん、と座り、パソコンで
ブラウジングを始めてしまった。いまいち全然懲りてない気がするのは気の所為かね。
 
さて、そうなると。ちらりと古泉の方を伺う。古泉は声をひそめて、
「取り敢えず、閉鎖空間の類は発生していないようです」
そりゃ何よりだな。後はお前の顔が近すぎる問題が解決すればオールグリーンだ。
「最初から、眉唾な品である可能性も考えていたのでしょう」
成程。お前がよく例に挙げるハルヒの常識フィルタか。長門の保証もそういう事だな。
 
「……さて、どうでしょうか」
何か有るのか。またいつもの、聞かなくても困らない講釈なら要らんぞ。
「長門さんは、『結果は未知数』と言いました。あの『ホレ薬』が何も効果のない、
 無害なだけの液体であるなら、わざわざそんな言い方をするでしょうか?」
それを飲んだ人間の前でいけしゃあしゃあと。この能面野郎。
 
「いえ、長門さんはあの液体が害を為す可能性はない、とも明言しています。
 つまり害にならない、だが不確定な因子は存在した、という事ではないでしょうか」
……いつもながら回りくどくて分からん。長門の方を見れば、もう読書に戻っている。
団活が退けた後に聞いてみれば、簡単な回答編を語ってくれる気はするんだが。
 
「失礼ながら、長門さんにも正しい結論を導くのは難しいのではないでしょうか」
む。それは聞き捨てならんな。長門が俺たちなんかより遥かに高性能な存在なのは
お前だって認める所だろうが。長門に分からなくてお前に分かる事なんて有るのか?
 
「怒らないでください。彼女を貶めている訳ではありません」
微笑ましい、とか言いながら笑っている。なあ、そろそろお前殴りたくなってきたぞ。
 
「そうですね、誰しも得意分野、不得意分野があると言う事です。長門さんなら
 人の心の機微について。12月にあったという一件を忘れた訳ではないでしょう?」
……ああ、忘れられる訳がない。長門は感情というものを理解しきれず、暴走した。
「そして涼宮さんにも、丁度似たような弱点があります」
待て。なんでハルヒの話になる?
 
「涼宮さんの話だったからですよ。彼女はオールマイティな能力を持つ反面、ご自身、
 および他人の感情活動についてはあまり鋭い嗅覚は働かない方です。無意識下で
 抑制をしているのかもしれませんが……とにかく、言ってみれば『鈍い』方です」
まあ……そうかもな。文化祭後の昼休みを思い出す。
 
「その特性が今回も発揮されたのだ、と僕は考えています」
んん?感情を察するも何も、俺には何の変化も無かったぜ。これはマジでだ。
「そうですね。貴方はいつも通りの貴方でした。しかし、涼宮さんはあれをホレ薬で
 あってほしいと願い、長門さんはそこに確かに不確定要素が存在すると感じた」
……何だか妙に居心地が悪い。それで?
「つまりあれは、ホレ薬だったんですよ」
 
いやだから、何の効果も無かったって言ってるだろ。
「そう、そうです。何故かそれは目に見えた効果を発揮しなかった。何故でしょう。
 さてそれは何故かと考えると──、病気で病院に掛かった場合を考えましょう」
 
話が飛びすぎだ。なんで病院?古泉は構わず続ける。
「病院で医師の診察を受けると、処方箋が出されます。患者はそれに従って、
 薬局で薬を受け取ります。医師、薬局、どちらが欠けても治療は片手落ちです」
そうだな。で、その説明に何の意味がある。
 
「そろそろピンと来る筈ですが……。つまり、今回のケースだけを例に取るならば、
 涼宮さんは万能の薬局ではあったものの、医師としては赤点だった、という事です」
……いや、全っ然わからんのだがな。俺がそういうと、古泉はしばらく驚いた顔を
していたのだが、すぐに得心がいったようにいつものニヤニヤ仮面を装備し直した。
 
「まあ、貴方も貴方で、貴方ですからね」
何故だろう。言ってる意味は全く分からんのにこんなに強い殺意が。
 
「今回涼宮さんがしたのは、もう治っている病気の薬を出したような物だったのですよ。
 彼女が望んだ効果を挙げようとするならば、今回の薬では駄目だったのです」
やっぱり分からん。いい加減、かみ合わない問答に疲れていた俺は投げやりに聞く。
 
 
「それで、ハルヒは本当はどんな薬を作るべきだったんだ?」
「簡単ですよ。『素直になる薬』です」

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