バッドラック・プリンセス (72-86)

Last-modified: 2007-12-09 (日) 22:35:13

概要

作品名作者発表日保管日
バッドラック・プリンセス72-13氏07/12/0907/12/09

1-1

涼宮ハルヒは事件を待っている。
あいつに言わせると、平凡な日常など焼いた餅を何もつけずにそのまま食べるようなものであり、宇宙的・未来的・超常的事件こそ日常を引き立てる調味料なのだそうだ。
だからハルヒは何の間違いだか持ってしまった不思議パワーによって、意識的または無意識的に事件を引き起こす。
もっともハルヒ自身は自らの不思議パワーを知らず、引き起こされる事件を味わうことになるのは大概俺及びほかの3人であり、ハルヒ的にはまだまだ退屈であるらしい。
……俺はもうかなりお腹いっぱいだぞ。
SOS団とその周辺でのんびりやればいいじゃないか。
調味料だってかけすぎれば味は壊れるもんだろ?
そんなことをハルヒ本人に言えるはずもなく、あいつはまたもこんな事件を引き起こした。
季節は冬真っ只中。
冬休みのダラケ気分も抜けきらぬ1月半ばのことである。
 
最近、涼宮ハルヒはツイてない。
たとえば今朝はこうだ。
登校時、駅から北高に向かう長い長い坂に差し掛かったところ、不機嫌全開のハルヒが道の真ん中で立ち往生していた。
「いきなりよ!普通に歩いてただけなのに、い・き・な・り両足ともビリビリって!」
靴が破れたという。
北高に向かう坂は登校中の生徒で混雑とまではいかないが、かなりの数の生徒がアマゾン奥地のナントカ蟻のように群れて歩いているにもかかわらず、ぴょこぴょこと大げさな身振り手振りに足振りを加えて憤りを表明するハルヒ。
見れば両足ともローファーが派手に裂けている。これでは歩けなさそうだ。
しかも昨日は大雨で地面はまだ濡れており、脱いで歩くというのもつらそうだな。
しかしどうやったら革靴がこんなに壊れるんだよ。誰かのいたずらか?
「さあ?家を出るときは普通だったけど。それよりキョン、ちょうどいいわ。しゃがみなさい」
ハルヒはアスファルトを指差して訳の分からないことを言う。
何がちょうどいいんだ?
「あたしを学校までおんぶしていくの!団長命令よ、ほらさっさとする!」
当然に俺は全身と全霊を動員して拒否したが、SOS団における最高権力者が雑用係の意見を聞き入れるはずもなく、俺はただでさえつらい朝の坂道を修験者のように重量物を背負って登るハメになり、登校中の生徒たちのいろいろな感情がない交ぜになった視線を四方八方から受け、運動と羞恥による体温上昇によって俺は汗だくになった。
俺もハルヒも厚着をしているため体の感触などは伝わってこないのだが、首筋にかかるハルヒの息。これがヤバイ。
早く学校に着け、俺が妙な考えに至らぬうちに。
10分間の苦行を終え、ようやく昇降口について降ろしたハルヒは礼も言わず、視線を合わせようともしない。
ただ、不機嫌なそぶりをしつつも顔は耳まで真っ赤であり、俺はあえて追求しなかった。
きっと俺もそんな顔をしていただろうからな。

1-2

そして今は午後一番の古文の時間。
柔和な老教師による食後の授業は誰彼を問わず眠気を誘い、この時限は毎回全編に渡って弛緩した空気が漂うものだが、今はクラス中が妙な緊張感に包まれている。
好奇心と言ってもいい。
クラスメートの注意の対象は教師によって詩吟のように読み上げられる李白の漢詩ではなく、机を並べて授業を受けている俺とハルヒだった。
ハルヒによると昨日の大雨で通学かばんの中までびしょ濡れになり、乾かさなかった教科書が開かなくなったという。
その教科書を見ると、確かにくっついて開かない。
選んだように今日の授業の箇所だけ、しわしわで分厚い一枚のページのようになっている。
隣席のクラスメイトに見せてもらえばいいだろうに、折り合いが悪いのか、ハルヒはわざわざ俺の隣に机を持ってきて、教科書を見せるよう命令した。
普段から仲良くしておくものだぜ、お隣さんとは。
「うっさい。どーせあんたウトウトしてるだけなんだからいいじゃない」
と、ひどい言い草である。確かに否定はできないが。
授業中もハルヒは「あんまり濡れてなかったのに」とかぶつくさ言いながらそっぽ向いてるし、まったくしょーがないな、こいつは。
わざわざ机を移動させてまで教科書を見せ合う男女。
勘ぐりたくなるかも知れないが、これは俺たちが付き合ってるとか甘酸っぱい話じゃない。
単にハルヒが人見知りなだけだ。
 
さて、こまごました事件を列挙する根気はなく、そうするとキリもないわけだが、最近のハルヒの不運をご理解いただけただろうか。
そしてハルヒの不運には大抵俺も巻き込まれる訳で。
些細なことばかりなんだけど、巻き込まれる俺はたまったもんじゃないぜ。
……しかし、こうも立て続けに起こるってのは、単なる偶然なのか?

1-3

数日後、体育の授業が終わったところだ。
冬になると生徒を外に追いやってマラソンをさせるのが趣味らしい体育教師に対して心の中で恨み言を並べながら更衣室に向かって廊下を歩いていると、ハルヒが蛇口から水をがぶがぶ飲んでいるのが見えた。
ブルマーのままで体をくの字に折り曲げているのはいたいけな男子諸君にとって目の毒以外のなにものでも無いと思われたので、俺は隠して遠ざけたい衝動に駆られたが、もちろんやらなかった。
しかしこの寒いのに元気な奴だ。腹壊すぞ。
「おーいキョン、さっさと着替えて戻ろうぜ」
寒くてしょうがねえ、と谷口。
煩悩が服を着てオールバックにしたような谷口ですら体操服の女子を眺めるよりも寒さから逃れることを選択したようだ。
俺が生返事をしつつ谷口に向き直ると、カラン、と音がした。ハルヒのほうだ。
カラン、もう一回。軽い金属音。
嫌な予感がする。
高校に入ってからの数ヶ月間で鍛えに鍛えられた俺の危険感知センサーが反応している。
振り返ると、ハルヒも不審に思ったのか廊下の天井を見上げている。
カラン、さらにもう一回。
音の正体はどこかのナットが外れて落ちてきた音のようだった。
「おいハルヒ―――」
俺は背中にムカデを突っ込まれたような感覚がしたので、見当違いの方向をキョロキョロしているハルヒの肩をつかんで引き寄せた。
その瞬間、ブシュー――――――っと圧力釜を開けるのに失敗したような音が響き、外れかかった配管の継ぎ目の部分から真っ白な蒸気がもうもうと漏れ出してきた。
「おわ」「キャッ!」
驚いた俺はハルヒの肩をつかんだまま転倒し、二人でもつれ合った。
さらに、っっがこん!と配管が外れ、撲殺せんとする勢いで宙を薙いだ。
ちょうどハルヒがいた辺りだ。
廊下にたちこめる蒸気を見て生徒から悲鳴が上がる。
誰かが呼んだ教師が駆けつけてきた。
野次馬が野次馬を呼んで、すぐに大騒ぎになった。
もし俺がハルヒを引き寄せなかったらどうなっていただろう。
背中にゴカイの成虫を突っ込まれたような感覚がした。
「ちょっと、キョン……いつまで抱きしめてるのよっ!早く退けっ!!」
ヒステリックな猫みたいなハルヒの声に我に返ると、俺はブルマー姿のハルヒを後ろから抱きすくめるような格好になっていた。
 
あとで聞いたことだが、老朽化したボイラーの継ぎ手が外れたらしい。
”たまたま”ハルヒはその下にいたということになる。
おいハルヒ、お前いったい何をやらかした?
もはやツイてないとかそういうレベルじゃないぞ?

1-4

その放課後。
俺はさっきの配管事故のショックを引きずっていたけれども、残念ながらそれで続く授業が中止になることはなく、またSOS団も休止になることはなかった。
律儀にというか、しつこくというか、俺の感想はだいたいそんな感じだったのだが、いつもと変わりない朝比奈印のお茶や長門の読書姿はショックを和らげてくれて、休止にならなくて良かった気もしていた。
「本日はこれにて解散!」
長門がハードカバーを閉じるとハルヒが元気よく宣言した。
ハルヒは相変わらずの早足でたかたかと下校していく。
あんなことがあったばかりだってのに、やっぱりハルヒは頑丈だ。
心身ともに超合金製だな。
「さてと……」
ハルヒとの距離が十分に開くと、きびすを返して俺は北高へと向かう。
帰るフリだけ。SOS団の三不思議人たちに聞きたいことがあったんだ。
 
 
文芸部室の鍵は文芸部員でもないのに何故かハルヒが管理しているため、かなり寒いが中庭で話すことにした。
長門に開けてもらおうかとも思ったが、そんなことにいちいち力を借りてたんじゃ悪いもんな。
「涼宮さんが何かに巻き込まれていると?」
「いや、気のせいかもしれないんだが、あいつ最近妙に運が悪いんだよ」
俺はかくかくしかじかと最近のハルヒっぷりを説明した。
「はあ、涼宮さんをおんぶしてたのにはそんな理由があったんですか。あたしてっきり二人が付き合い始めたものだとばっかり……」
朝比奈さんは白雪姫が食べた毒りんごのように赤くなった頬をふわふわの白ミトンで暖めながら恐ろしく見当違いなことをおっしゃった。
そういう寒気のする勘違いはご遠慮いただきたいと釘を刺しておくべきか、少しも残念そうでないコメントは俺が全く眼中に無いことの証明かと嘆くべきか、例え仲のいい恋人同士でもおんぶして登校することはありえないと突っ込むべきか迷ったが、とりあえず乾燥した笑いでスルーすることにした。
俺のスルーパスを受けた古泉は、
「涼宮さんの不運ですか……僕は特に思い当たる節はありませんね。最近の彼女はどちらかというと幸運のほうだと思ってましたから」
と、要領を得ない返事。
こうなると俺たち3人の視線は自然と長門に集まってしまう。
頼るまいと思ってはいるのだが、こういうときはやっぱり長門に教えてもらうしかないんだよな。
すまん、長門。何か心当たりはないか?
すると長門は無表情ながらも得意な授業で当てられた小学生のような風情で、
「涼宮ハルヒは災難を実現させるために情報改変を繰り返している」
と言った。

2-1

「涼宮ハルヒは災難を実現させるために情報改変を繰り返している」
ええと……今なんつった?
未知の言葉はなかったが内容が突飛過ぎて理解できん。
思わず顔を見合わせる俺と朝比奈さん。
「誰かがハルヒを攻撃してるってのか?」
長門はふるふると、寒がりな猫のように首を振る。
「他者による介入は今のところ見られない。彼女自身による情報改変」
つまりハルヒの最近の不運は自分で作り出しているということだな。
やっぱり何事かやらかしてやがったか。
しかしなんだってまた、そんなことを。
長門は宇宙から来た悪い魔法使いの表情で、
「予言された災難を実現させるため」
なにやらおどろおどろしい響きだが、予言された災難って何だ?
20世紀末はとっくに過ぎ、年末ですらないというのに、今更ナントカおじさんの大予言でも思い出したのか、ハルヒは?
「あっ、あっ…もしかして」
なんですか、朝比奈さん。
「おみくじ……おみくじです!涼宮さん大凶だったじゃないですか!」
 
朝比奈さんの言葉で、ついこないだ正月3が日付近の記憶がプレイバックされる。
おみくじ、確かに引いた。それも嫌ってほど何度も。
何しろ我々SOS団は神社・仏閣を問わず何箇所も参拝したからな。
大きいところから小さいところまで、12月の坊さんかと思ってしまうほど駆け足で巡った。
ハルヒは合宿開けの1月3日だけでこの町の寺社をすべて制覇せんとする勢いで、大してうまくもない屋台の焼きソバやらたこ焼きやらを次々に食しては熱量に変え、俺たち4人を引っぱりまわした。
新年のあたまっから騒々しいやつらが訪れて、さぞや神仏も迷惑したことであろう。
すべての参拝先でおみくじを引いたのだが、記念すべき一箇所目でハルヒは大凶を引いた。
二箇所目も大凶だった。
三箇所目でようやく半吉を引き、くじ引きでハワイ旅行を引き当てたかのように大喜びしていた。

2-2

まさかあの大凶を実現させるために情報改変を起こしてるってのか?
長門はコクリと頷く。マジかよ。
「涼宮ハルヒはおみくじの内容を実現しようとしているものと推測される」
はあ……変わった奴だとは思っていたが、今回ばかりは本当に理解しかねる。
良い占いを実現するならともかく、自分をピンチに追い込んで何の得があるのか?
全く理由が分からん。
「不運な出来事が必ず不幸な結果になるとは限りませんが・・・涼宮さんの心理を説明するなら、バーナム効果といったところでしょうか」
したり顔で古泉が言う。何だそりゃ。
「バーナム効果とは、心理テストや血液型占いなどでの誰にでも当てはまるような記述を自分にだけ当てはまっていると勘違いしてしまう現象のことです」
やいエスパー少年、何でそんなこと知ってるんだ。
「僕は涼宮さんの心理にかけてはスペシャリストだと自負してますから。…というのは冗談で、心理テストが流行ったときにたまたま聞きかじっただけですよ」
いたずらっぽい表情でウインクしてくる古泉。
悔しいことにサマになってはいるが、向ける相手が俺では不気味なだけだった。
しかしなあ……あれを真に受けるったって、確か大凶を引いた二箇所とも自動販売機だったと思うのだが。
八角形の筒からカラコロでてくるやつならまだしも、何のありがたみも無い自販機から吐き出されるおみくじなんかを信じるか?
「涼宮さんもおみくじに運命を予言する効力なんてないことはもちろんご存知でしょうから、心のどこかに引っ掛かっているといったところでしょう」
まとめると、ハルヒは初詣のおみくじで大凶を引いた。
実はそれを気にしていて、自らの謎パワーで災難を実現してしまっている、と。
俺はそれに何度も巻き込まれたと言うことか。
なんという……ああ、なんという傍迷惑な奴であろうか。
何度認識したか分からないけどな。

2-3

で、どうする?
良いことが書いてある占い雑誌でも探してそれを読ませるか?
「何度も引いたおみくじの中には良いものもありましたが、それでも大凶を気にしているのです。良い占いやお祓いではあまり効果は無いでしょう」
お前はそう爽やかに言うけどな、巻き込まれる俺の身にもなってみろ。
今日のなんかは下手すりゃ大怪我するところだったんだぞ。
「きっとそう酷いことにはなりませんよ。涼宮さんは元来明るい性格ですから。ほかに楽しいことが見つかれば忘れるのではないでしょうか」
涼宮さんの安全には僕も気を配りますから、と付け加えつつも古泉はあくまで楽観姿勢を崩さない。
長門、お前の力で何とかならないか?
俺が尋ねると、長門はケサランパサランを探しているような雰囲気で、
「原因は涼宮ハルヒの意識にある。彼女自身を情報改変の対象とすることはできない。それに」
一呼吸置いて、俺から目を逸らした。
「涼宮ハルヒの情報改変能力は私のそれを遥かに上回る。私単体では彼女が起こす改変を止めることができない」
淡々としたいつもの無表情だが、なんとなく悔しそうに見えた。
夕暮れのせいかもしれない。
「今回は静かに見守るのが正解です。心配いりませんよ。簡単なことです。困っている涼宮さんを見かけたら助けてあげればいいだけじゃないですか。それは情報改変であろうとそうでなかろうと、あなたは助けるでしょう?」
そりゃあ困ってる知り合いを放っておくほど冷血漢ではないが……
「涼宮さんが楽しめるようなことを僕も企画しましょう。2月にはいろいろイベントがありますし、涼宮さんもじっとしてはいませんよ」
 
その日はそんな感じでお開きになった。
ハルヒの不運の原因は明らかになったものの、有効な対策手段は、なし。
大丈夫かね。
さて明日は土曜日、もはや恒例となってしまった不思議探索だ。
何も起こらないように今から祈っておこう。
この場合何に祈ればいいのかは分からないけどな。
 
 
……これは当然前フリだ。
思えば俺はこの時もっと頭を捻っておくべきだったんだ。
そうすればこの後に続く事件を回避できたかもしれないのに。
もちろんそんなことが事前に分かっていたなら俺の辞書から後悔という単語が消えることになるだろうが、朝比奈さんが教えてくれないことを俺が知りえるはずもない。
翌日、俺たちはヘビーな事件に唐突に放り込まれた―――

3-1

懸念を抱えたまま迎えた土曜日であったが、俺の心配とは裏腹にその日の不思議探索は驚くほど普通に、トラブルなく過ぎていった。
集合は俺がドベになって喫茶店でおごり、午前中はくじ引きでチーム分けをして探索し、午後は5人全員で町を徘徊した。
ともかくいつものような時間の無駄。
当然何も見つからず、何も起こらず、傍から見ても自分たちからしても単なる散歩にしか見えなかった。
「この世の不思議も新年を迎えて油断してるに違いないわ!この隙を逃さずひとつ残らず見つけ出すのよ!」
なんてハッパをかけていたハルヒだったが、探索が不発に終わってもあまり不機嫌そうではなかった。
あいつもだんだんSOS団の楽しみ方を見つけてきたのかもしれず、俺的にはそれはとても良いことである。
冬の寒い日の朝日のような、やたらと眩しいハルヒの笑顔を見てると、
こいつがおみくじの結果を気に病んでいるなど俺たちの勘違いではないかと思えてきた。
 
だが残念ながら勘違いではなかったらしい。
事件は帰り際に起こった。
 
 
一年で昼間がもっとも短いこの時期、はや街灯に明かりが点り始めた。
「そろそろ帰りましょっか。
新年早々から根をつめすぎるのも良くないわ」
ハルヒは満足したのだろう、解散を宣言した。
もちろん俺たちに反論があろうはずもなく、たとえ反論があっても聞き入れられるはずがない。
5人で歩く人気のない路地。
主婦が買い物する時間よりは遅く、会社員が帰宅する時間よりは早いからだろうか、通りには俺たち5人しかいない。
ハルヒは相変わらず出所不明の自信を全身にみなぎらせ、先頭を堂々と闊歩している。
 
 
ブツンという音がして、突然空から巨大な蛇が落ちてきた。
蛇はべしっと地面に衝突すると花火のように暴れまわった。
「なっ……」
あまりの予想斜め上の事態に体が硬直する。
一体なんだ!?何が起こったんだ?
山から離れたこんなところになんで蛇が出てくるんだ!?
って、よく見ると蛇ではなく、どうやら電線のようだった。
電線が途中で切れて落ちてきたみたいだ。
蛇は先端から閃光をスパークさせながら盛大にのたうち回り、ハルヒに向かって飛びかかった。

3-2

不意に、電線の動きから何もかもスローモーションに見えた。
そのかわり音や色が全く無い。
長門か何かしてるのか、それとももしかしてこれはあれか、よくバイクで事故った人なんかが言う、事故の瞬間はスローモーションに見えるって言う現象か?
なんてことが俺の頭にあるまじき高速処理を続ける意識の中に浮かんでは消えた。
ハルヒはあんぐり口を開けて向かってくる電線を見ている。
「馬鹿、逃げろ!」
俺はハルヒに向かって駆け出した。
視界の端では朝比奈さんが腰を抜かしており、長門は例の早口言葉を唱えているようだ。
古泉は俺と同様ハルヒに向かって駆け出しているが、距離が遠い。
スパークする電線の突端が夕闇に光の弧を描く。
「d?・・朽槙級斧・÷・÷・Uゆ・"・蛟楳÷・・・÷楳!」
長門の呪文が完成したようだ。
電線の動きが緩み、ビデオの逆再生のように戻りかかるが、結局戻りきらずにハルヒに向かって突撃を再開する。
「…!」
長門はわずかに目を見開き、再び超早口言葉を再開する。
長門でも止められないのか!?
 
…どうも俺がやるしかないみたいだ。
電線と俺、スローモーションでの競争だった。
たった数メートルなのに、なかなかハルヒまで辿りつけない。
切れた電線に触るとどうなるんだろう。
電力会社のCMでは切れた電線には近づかないでと言っていた。
ハルヒはきっと無事では済まない。
怪我で済む話じゃない。
こんなことお前は望んでないだろ。
願望を実現する力があるってんなら、もっと楽しいことに使えばいい!
文芸部室に宇宙人がいるとか、未来からやってきた先輩とか、転校生は超能力者とか、そういうほうが絶対楽しいだろ!
こんなのお前らしくねえ!
「ハルヒっ!!」
俺はハルヒに向かって思い切り腕を伸ばした。
間に合え!
手に感触があり、ほぼ同時に頭に衝撃。
瞬間、俺の意識はブラックアウトした。

4-1

目を開くと、白い壁と学校にあるような事務的な蛍光灯。
見覚えがある。去年の12月に俺が入院した病院だろう。
「キョンくぅ~んっ」
「どこか痛みますか?」
ベッド脇には目を真っ赤にした朝比奈さんと古泉。
ちなみに目を真っ赤にしているのは朝比奈さんだけだ、念のため。
「ハルヒは?」
「その質問からすると、直前の記憶ははっきりしているようですね。……涼宮さんは怪我もなく無事です。ただかなりショックを受けていらしたようですので、お隣の病室でお休みになっています。長門さんがついているので心配ありません」
「そうか……」
よかった。正直言ってほっとした。
だが、いかにハルヒと言えどいきなり電線に襲い掛かられてはショックを受けるということか。
「あなたが倒れたことに、だと思いますよ。去年の12月を思い出されたのでしょう」
 
「まず謝ります。事態を軽視した僕の責任です。
ここまで重大な事故が発生するとは、予想できませんでした」
古泉は律儀にも立って深々と頭を下げた。
別にお前のせいじゃないだろ、謝る必要は無いさ。
みんな無事だったんだからそれで良いじゃないか。
「……そう言っていただけると助かります」
『機関』からは大目玉確実ですけどね、と力なく微笑んでから、古泉は状況を説明した。
それによると、電線が切れたのはやはりハルヒの情報改変によるものらしい。
なぜなら電線には著しい経年劣化や破損などは見られなかったからだ。
長門が唱えた呪文で辺り一帯はしばらく停電になり、間一髪ハルヒを突き飛ばした俺の側頭部に、電気を失った電線が激突したという。
長門は電気を止めると同時に俺の頭の強度を高めてくれたそうで、気絶はしたものの、軽症で済んだ。
古泉が呼んだ救急車によって、俺は去年に引き続いての入院となった。
古泉はいつものようなわかりにくい例え話を交えることもなく、淡々と事実を語った。
 
 
しかしこれからどうするかなあ。
俺はニューヨーク市警のマクレーン警部補ではないのだから、さらにエスカレートしたら身が持たないぞ。
「涼宮さんの安全には機関から人員を割きます。
長門さんにもほかのTFEIに協力を仰げないか打診を……」
「あの、あのぅ、思いついたんですけど……」
それまで涙を拭いていた朝比奈さんが、珍しく古泉の話を遮って手を上げた。
 
「……なるほど、それならうまくいくかもしれません。いえ、涼宮さんの性格と能力からして十中八九うまくいくでしょう!」
と、古泉。
朝比奈さんの提案はあまりにも単純だった。
本当にうまくいくだろうか?
疑うのは俺のために涙を流してくださった朝比奈さんに大変申し訳ないのだが……

4-2

週明けて月曜日。
昼休みにハルヒを中庭に連れ出した。
本当は始業前に済ませておこうと思っていたのだが、今朝ハルヒは遅刻ぎりぎりまで姿を現さなかったので、結局昼休みになってしまった。
ハルヒの前を歩く俺のブレザーのポケットには、朝比奈さん発案のあるものが突っ込まれている。
昨日の日曜日、俺は念のため病院で各種検査を受け、その帰りの足でわざわざ仕入れに行ったのだ。
珍しく歩みの遅いハルヒを急き立てて、中庭に到着。
できれば人がいないところがよかったが、やはり昼休みの中庭は無人ではないな。まあいい。
「……なによ、何か用?わざわざこんなところに連れて来て、文句でも言うつもり!?」
プイと横を向く。腕を組んで偉そうにふんぞり返っているが、いつものハルヒではない。
その目はまるで一晩中泣きはらしたみたいに腫れており、その肌は食事がのどを通らなかったかのように青白い。
憔悴したハルヒなんて滅多に見られるものではないが、これは見るもんじゃないね。
いつも無駄に元気なやつがこんなにもへこんでいると、座りが悪いというか、無性に不安を煽られる。
だから俺はこいつを元気付けなきゃならない。
「これ、やるよ。いろいろあっただろ?」
ブレザーのポケットから小さな紙袋を取り出す。
「なにこれ……お守り?」
そう、お守りだ。
 
 
朝比奈さんが提案したのは俺からハルヒにお守りを渡すことだった。
古泉曰く、
「あなたから手渡されたお守りなら絶対効力がある、と涼宮さんは信じ込むはずです。彼女が信じたことは実現する。そうなればもう、そのお守りはある種マジックアイテムですよ。たとえ地球が滅亡したとしても無事残ることでしょう」
だとさ。
ハルヒが俺の渡したものを信じるという前提からしておかしいだろうと思ったが、朝比奈さんの提案だし、試してみるしかない。
だというのにハルヒときたら、
「あ、あんたが持ってなさいよ。怪我したのあんたなんだし」
と突っ返そうとしてくる。
しかし俺もここで折れるわけにはいかない。
 
「お前が持ってなきゃダメなんだ。
お前が無事なら、俺は大丈夫だから」
このときのハルヒの顔と言ったら、もう。
前代に未だ聞かれず、かつ空前を絶後にし、筆舌に尽くしがたいので、説明しない。
俺一人墓場まで持っていくことにする。
ハルヒは豆が鳩鉄砲を喰らったような顔で黙りこみ、思い出したように俺の手からお守りをぶん取った。
なぜか周りでメシ食ったりしてたやつらまでこっちを注目している。
俺何か変なこと言ったか?
聞きようによっては愛の告白をしてるような台詞だったかもしれないが、恋愛なんて精神病と切って捨てるようなハルヒだ、誤解することもないだろう。
ハルヒが不運の情報改変を起こさなければ、俺も巻き込まれない。
うん、間違ってないよな。
……だってのに、くそう、何でこんなに顔が熱くなりやがる。
「っ……ありがと、キョン」

4-3

はてさて、それからどうなったかというと。
ハルヒの鞄にアクセサリーがついたんだ。
女子高生にはちょっと似合わないような、クラシックなデザインの渋いお守りだ。
そのお陰かどうか分からないが、ハルヒは不運の情報改変を起こさなくなった。
鰯の頭もなんとやらってやつか。
ようやく俺も平穏を取り戻したってことだな。
とは言えハルヒのパワーゲージは事件の前よりはるかに増量しているみたいで、だからこの平穏もいつまで続くか分からない。
いつトンチキな事を始めるか、嵐の前のなんとやらなのだろう。
でも俺はそのことで愚痴をこぼしたりはしないのさ。
お守りを渡したときのハルヒの顔。
思い返すだけで俺は不思議とハイな気分になれるからだ。
 
あと、これは誰にも明かしていないんだが、俺の鞄の中にはハルヒにあげたお守りと同じものが忍ばせてある。
俺だって自分の身は大事だからな。
誰かに言うと余計な勘違いをされそうだから、内緒にしておく。
 
 

 

ハルキョンSS 「バッドラック・プリンセス」 以上。
 
バーナム効果は拡大解釈。信じないでください。
あと設定おかしいだろとか、自分でも承知しています。
長々と失礼いたしました。