ホワイトデーの贈り物 (70-420)

Last-modified: 2007-11-22 (木) 23:58:55

概要

作品名作者発表日保管日
ホワイトデーの贈り物70-420氏07/11/2207/11/22

作品

「ねーねーキョン君。わたし新しいマンガが欲しいの~」
 
夕食後の一時をのんびりと過ごしていた所に突然妹が部屋に入るなり言って来た。
何だ藪から棒に。そういう事は親に言え。俺に言うな。
 
「えーだってキョン君に言う日だよー!だって明日は~…」
 
妹にマンガ代だと言って500円を渡し俺は自転車に飛び乗った。
何てこった。すっかり忘れていた。この事だったのか。
そう考えればこの一週間の疑問は全て説明がつく。
ハルヒのいつか見たような、俺にしかわからない範囲で乱高下する微妙なテンションの変化や、朝比奈さんの遠足前の子供のようなソワソワした態度。
長門さえもその雰囲気が伝染したかのようにナノ単位で揺れ動く落ち着きの無さ。
古泉の俺に対する何か言いたげな、俺が何かを言うのを待っているかのような意味不明の挙動。
 
それは何かというと、今日という日を考えればおのずと答えは見えてくる。
今日の日付、それは…
 
3月13日土曜日
 
明日が何の日なのか、通常の精神状態であれば忘れるはずも無い。
二ヶ月連続で気づかないとは何たる不覚。
それをすっかり忘れていた俺は久しぶりの休日をどこに出かけるでもなく家でゴロゴロと過ごしてしまった。
 
駅前のデパートに着いた時は既に閉店を知らせる音楽が店に響いていた。
プレゼントのお返しを忘れたなんて言ったらどんな目にあうか想像するだけ無駄というものだ。
しかし、今からハルヒを満足させられるような凝ったものを用意する時間なんぞ無い。どうする。
 
明けて日曜日。
 
集合時間15分前に駅前に着くといつもの風景、勢揃いしたSOS団の面々がそこに居た。
こいつらはいったい何分前に集合しているんだろうね。いつか調べておく必要があるな。
 
いつもの喫茶店。俺の財布の中身を容赦なく吸い取る魔窟と化したこの空間でこれまたいつものようにハルヒが5本の爪楊枝を差し出してチーム分けをした。
 
俺は朝比奈さんと長門と組になり、ハルヒは古泉とペアになった。
実は昨晩俺が長門に頼んで、くじを操作してもらったんだがな。
 
「それじゃ行きましょ。12時に一旦ここで集合ね。」
 
珍しく軽い足取りなハルヒと別れ、俺達も街中に向かって歩き出す。
市内を散策しながら雑貨屋で小洒落た感じのティーポットを、古本屋でコンクリートブロックか何かが詰まっているのかと思うような分厚い本を、朝比奈さんと長門それぞれが選んだ物を購入した。
 
「せっかくなんで一緒に選んだものをお返しに贈りたかったんですよ」
という俺の苦しい言い訳にも朝比奈さんは満面の笑みで「ありがとう」と言ってくれた。
長門も本屋の親父が手提げ袋に入れようとしていた本を「そのままでいい」とだけ言って大事そうに両手で抱えている。どうやら2人は満足してくれたようだ。
 
これで10分の1位は肩の荷が下りた思いだ。
しかし俺にはまだ肩にのしかかった10分の9の荷を降ろす作業が残っている。
この残った荷物は、取り扱い厳重注意の劇物で、一度扱いを間違えると肩から降りないばかりか更に倍の重さで肩にのしかかって来る上に周囲を巻き込んで爆発してしまうのだ。
 
やれやれ。
 
ハルヒがこれで満足してくれるか若干の疑問を抱きつつ俺は2人と市内を探索しながら、その種を仕込んでいた。
朝比奈さんは俺が何をやってるのか理解できないといった態度だが、長門は俺のやろうとしていることは分かってるんだろう。本を抱えたまま何も言わないが。
 
12時、駅前に行くとハルヒは朝は着ていなかった新しい春物のカーディガンを羽織っていた。
どうやら古泉も市内探索のついでにお返しのプレゼントを購入する手口を使ったらしい。
 
「本当はあなたとサプライズイベントでもやると思っていたんですがね。急遽考えた方法だったんですが、満足して頂けたようでホッとしています。」
 
古泉は心底安堵したような笑みを浮かべていた。
ここ一週間のお前の含みありげな視線の意味はそれだったのか。
 
「もっとも、ここで僕が渡すものは何でも良かったのかもしれません。涼宮さんの興味は僕が渡すものではなかったようですから」
 
何だ意味深なニヤケ面は?そんなに殴って欲しいのかお前は?
 
「もう今日の目的は皆さん分かっていると思いますし、後半はくじ引きではなく、残りの目的を達成できる組み合わせにする。というのはいかがでしょう?」
 
喫茶店で爪楊枝に向かって怪電波を発していたハルヒに声を掛けたのは古泉だった。
 
「そ、そうですよね。私と長門さんはキョン君からお返し貰ったし、後半は涼宮さんの番、という事で…」
朝比奈さんが同調し長門が無言でコクリとうなずく。
 
「え?あ…そう。皆がそれでいいならいいわ。」
緩みそうになる口元を必死にひく付かせながら無表情を装うハルヒが言った。
 
16時にまた駅前に集合と言い残して俺とハルヒは歩き出した。
 
俺はわざと何事も無かったように、朝比奈さんと歩いた川べりや長門と時間を潰した図書館の近くなどをハルヒと2人で探索していた。
 
ちょっとした壁のシミを指して「これは幽霊の痕跡か?」とか
道端に落ちてる金属片を拾い上げて「これは古代人類が残したオパーツかもしれん」
だとか、たまには真面目に不思議探索もどきに汗を流してみるのも悪くないもんだ。
 
ハルヒはというと、正月に親戚縁者が集まって、挨拶もそこそこに飲み会を始めてしまい早くお年玉が欲しい子供のようにそわそわと落ち着かないような態度で俺の横を歩いていた。
俺の視線に気づくとハルヒは「なによ?」と言ってプイッと横を向いた。
こういう態度の時は本当に子供みたいな奴だな。と思った。俺も人のことは言えないが。
 
再集合の時間である16時が近づいてくると、ハルヒの落ち着きの無さもいよいよ限界を迎えたようである。
 
「あんた、何か大事な事忘れてんじゃないの?」
得意のアヒル口を尖がらせてハルヒが俺を睨み付ける。
 
「なんも。忘れてることなんて無いね。」
ニヤリと笑う俺を更に鋭い視線が貫く。
さすがにこれ以上焦らすと本気で怒り出しかねないな。
 
「先月言っただろ。お返しを渡すにしても俺と古泉が味わった位の苦労はして貰うってな」
「どこにそんな苦労があるのよ?何をするでもなく、ただ街中をブラブラ歩いてるだけじゃないの。」
 
ブラブラしていただけとは失礼な。
SOS団結成以来初めて俺が真面目に不思議探索をしていると言うのに。
とは思っていても口には出さず、代わりに1枚の紙をハルヒに差し出した。
 
「なによこれ?」
 
「宝の地図だ」
 
「はぁ?なに言ってるのあんた?この下手糞な絵や記号が宝の地図ですって?」
 
「だから言ったろ?それなりに苦労してもらうって。その謎が解けた時、お前は何かを得ることが出来るのさ」
 
一瞬あっけに取られた顔をした後ニヤリと笑みを浮かべたハルヒは俺の顔を覗き込み
「あんたあたしに挑戦する気ね?いい度胸だわ。その挑戦受けてあげようじゃないの。そのかわり、その謎とやらと解いた先にあったものが下らない物だったら承知しないからね!」
 
16時に駅前に集合すると
「それじゃ今日は解散!みんな家に帰るまでがSOS団の活動だからね!気をつけて帰るのよ。以上!」
言うが早いかいつもは最後まで残っているくせに真っ先に走り出して行ってしまった。
 
これじゃ俺もあまり時間ありそうも無いな。
 
「涼宮さんにいったい何をプレゼントしたんですか?ずいぶんと嬉しそうな様子でしたが」
だから古泉、いつも言ってるだろう。顔を近づけるな、息を吹きかけるんじゃない気持ち悪い。
 
「何も。今のところ紙切れ一枚しか渡して無いよ。」
 
「どういうことですか?」
手提げ袋が2つに増えた朝比奈さんが俺に聞いてきた。
そういえば長門も新しい本屋の袋を一つ下げているが、長門よ袋に入れるならその標準サイズじゃなく、両手に抱えているブロックサイズの方なんじゃないのか?
重いだろ?そっちの方が。
 
「ただ渡したんじゃ詰まらないから、ちょっとしたクイズとヒントをハルヒに渡したんですよ。」
 
「そっかー。さっきあちこちに隠してたのってそれだったんですね。」
 
「ゲーム性を持たせることで涼宮さんの探究心を擽り期待感を膨らませる、と言う作戦ですね。」
 
そんなに大層な事じゃないさ。先月は山登ったり穴掘ったりと色々と苦労させられたからな。
ハルヒにも少しは苦労してもらわないと割に合わないだろ。その程度の思いつきさ。
 
「しかし、それが涼宮さんの興味を引きつけている事には変わりありません。でも注意してください。今の涼宮さんは謎解きゲームに夢中になるあまりその先にあるゴールに多大な期待を寄せています。あなたが用意したものがその期待を裏切るものだった場合、あまりに大きく膨らみ過ぎた期待の反動で閉鎖空間を発生させ例のアレが…」
 
それ以上言うな。
それが俺の最大の懸念事項なんだ。
 
「多分大丈夫だと思いますよ。涼宮さんにとって、あなたが選んだもの、という事実が重要なんです。その上思いがけないイベントも発生した。よほどひどいものでもない限り涼宮さんは満足してくれるはずです。」
 
ニコリと微笑む古泉に対し、俺は苦笑いするしかなかった。
恐らく、いや、十中八九大丈夫じゃない。自分で言うのもなんだが、俺が用意したものは到底ハルヒを満足させられる様な代物じゃない。だから俺は「宝探し」というイベントを入れることでハルヒの機嫌を繋ぎ止めようと考えたんだが、古泉の説明を信じるなら俺の行為は無駄にハードルを上げただけだ。
悪いな古泉。今晩辺り盛大に例の青い化け物と戦ってくれ。きっとバイト代もたんまり入るだろう。
ついでにあっちに行ったら森さんや新川さん、多丸さん達にも謝っておいてくれ。
 
肩をすくめて苦笑する古泉を残し俺もその場から立ち去った。
一旦家に帰ると「それ」を手にとって俺はゴール地点に向かった。
ゴール地点…それは、去年の春長門に呼び出され、3年前の七夕の日には朝比奈さんに膝枕され
その膝枕された俺をもう一人の俺が茂みから見ていたあの場所。
駅前広場と並んで異常な素性を持つ人間御用達の…あの公園のベンチだ。
 
程なくして俺は公園に着いた。まだ十分に時間があるはずだ。
ハルヒが来るであろう方の様子を伺い、ハルヒが来る前にゴール地点にそれを置いて俺は身を隠しそれをハルヒが見つけたところで俺が姿を現し、拍子抜けしたハルヒに俺がぶっ飛ばされて恐らく今日のイベントは終了だ。
せいぜい、その後のハルヒをなだめるところまでが今日の仕事で、後は古泉達に任せるとしよう。
 
ベンチに腰を下ろした俺はハルヒが今どの辺りにいるか思いを巡らせていた。
鶴屋山で例の瓢箪石をひっくり返しているか、もしくは鶴屋家で最後のヒントを受け取っている頃かな…
などと考えているとけたたましい音と砂埃を巻き上げ一台の自転車が目の前に滑り込んできた。
その自転車に乗っていたのは…言うまでも無いと思うが言っておこう。
 
涼宮ハルヒだ
 
ちょっとまて、なんでハルヒがもうここに居るんだ。いくらなんでも早すぎるだろう。
それになんで自転車なんだ。お前は歩いて行動していたんじゃないのか?
 
「外も暗くなり始めていたしね。一度家に戻って自転車にのって行動してたのよ。」
 
迂闊だった。まさかハルヒが自転車を使っていたなんて。
この場でこれを渡すか、まぁ、見つけてから出て行っても最初から居ても結果は一緒だ。
それにしても早過ぎないか?一旦家に帰ったのならもっと時間がかかっても良いんじゃないのか?
 
その答えは今のハルヒを見れば一目瞭然だ。
肌寒い陽気の中、汗ばんだ顔の真ん中で目を輝かせたハルヒが肩で息をしている。
恐らく全速力で自転車を漕いでいたのだろう。
このハルヒに自転車で勝負できるのは全盛期のランス・アームストロング位だろうな。
 
「それより。なんであんたがここに居るの?早く次のヒントよこしなさいよ。それともここがゴールだとでも言うわけ?」
 
お前はフリスビーを持った飼い主を急かす犬か!という突っ込みを心の中で入れつつこれから俺が受けるであろう理不尽な虐待に対して心の準備を整え、平静を装い答えた。
 
「そうだ。ここがゴールだ。思ったより早かったな。」
 
まったく、常に全力で突っ走るんじゃなく俺の都合も少しは考慮に入れて行動して欲しいもんだね。
 
「ここがゴールなの?そのゴールにあんたが居るって事は…えっ?それって…えっと…ってちょっとあんた!なにふざけたことを…」
 
傍らに置いた「プレゼント」を探す為にハルヒから外した視線と意識の片隅で、一瞬ハルヒが意味不明な事を口走りながら挙動不審な動きを見せ、直後、それを手に取る為に屈んだ俺の後頭部を一陣の風が吹いたような気がしたが、俺は特に気にすることも無く、ベンチに置いた白い箱を手に取った。
 
「もうちょっとかかると思ったんだけどな。驚かせようと思って隠れて待ってるつもりだったのに、まさかもう来ちまうとは…それより腹減ったろ?ケーキでも食うか?」
 
謎解きの回答、ゴールで待つ賞品とは、駅前の小洒落た洋菓子屋で買ってきたケーキだ。
我ながら何の捻りも面白みも無いプレゼントだと思う。
これだけをほいと差し出したら、俺は恐らくハルヒ渾身の一撃を食らうところだろうが、下手に期待を持たせるだけ持たせた後だ。最悪この場で殺されても文句は言えまい。
ってハルヒ、なにフラフラしてんだ?
 
「えっ…あぁ、なんでもない。うん。そうね。あちこち走り回ったからちょうど甘いものが欲しかったのよ。頂戴!」
 
俺が拍子抜けするほどあっさりと、ハルヒは俺から白い箱を受け取り、ベンチに腰を下ろした。
市内を走り回らせたのも無駄じゃなかったか、と安堵して俺もハルヒの隣に腰を下ろす。
ハルヒの顔が心なしか上気しているのは、ついさっきまで全力で自転車を漕いだからだろう。
 
ケーキを二口でぺろりと平らげたハルヒは、どこか上の空といった感じで視線を泳がせていた。
なんだ、まだ食い足りないのか?俺の半分食うか?
 
無言で俺の手から食いかけのケーキを奪い取ると一瞬の内にケーキの存在を消去しやがった。
高かったんだぞ、そのケーキ。少しは有り難味をもって食え。
 
さて、どうやら俺は無事に家に帰ることが出来そうだ。
ハルヒがそんなにケーキ好きだったとは意外だが、これで俺も古泉も平和な夜を迎えられるだろう。
 
「どうだ?俺の用意したプレゼントは。少しは気に入ったか?」
 
一瞬にして耳まで真っ赤にしたハルヒが俺の顔を睨み付ける。
「ちょっとあんた、何なのよそのぶっきらぼうな言い方は!あんたデリカシーって物は無いの?もうちょっと聞き方ってもんが!…」
 
 
「…最初はなんの冗談かと思ったけど…気に入らないんだったらとっととあんたぶっ飛ばして帰ってるわよ・・・」
控えめなアヒル口でギリギリ俺の耳に届くような音量でそうつぶやくと、ハルヒは大きく溜息をつき、そっと俺の肩にもたれかかって来た。
 
そんなに疲れたのか?
と言うか、デリカシーが無いって何だ?
ケーキが大好きとかそんな普通の女の子っぽいところを見透かされて照れてるのか?
それにしても何だこの雰囲気は?何かハルヒの様子がおかしいぞ。
どうした?そんなにケーキのプレゼントが…
 
ちょっとまてよ。
俺はハルヒに一言でもケーキについて「プレゼント」という単語を使ったか?
今までの出来事を思い出せ。この空気は普通じゃないぞ、ここは閉鎖空間か?俺はどこで道を誤った?
 
俺はベンチにケーキの箱を置いて隠れるつもりだった。
しかし、その前にハルヒが到着してしまい、俺は「腹減ったろ、ケーキでも食うか?」といってケーキを差し出した。
つまりこれでは、俺は何かのついでにケーキを渡したのであって、ケーキそのものがプレゼントだと解釈することは出来ない。
しかし、ハルヒは俺のプレゼントを気に入ったと言っている
するとこの場にある他の何かをプレゼントだと勘違いした。何をだ?
 
ハルヒがここに着いた時ケーキの箱はベンチの上、ハルヒからは死角になっていたはずだ。
そこで俺はここがゴールであることを告げた。そしてゴールにはプレゼントがある事になっている。
その場所に存在していたのハルヒ以外では…
 
     俺だ。
 
いやいやいやいや。ちょっと待て、何だそのベタ過ぎる展開は。
それはありえない、散々市内を引き回しておいてゴールに居たのが俺で「プレゼントはワ・タ・シ♪」なんて今時少女漫画でもあり得ない。
そんな事を俺が真顔でやった日には即座に鉄拳を食らうか気でも違ったかと心配されるのがオチなはずだ。
 
じゃぁ、今のこの状況は何だ?
どう考えてもおかしい。どこかにプラカードを持った谷口と国木田が隠れているのか?
いや、それもありえない。そんなネタを仕込む時間は無かったはずだ。
 
と言うことは、ハルヒは「俺」というプレゼントを受け入れてしまったと言うのか?
何故?タダ働きの奴隷を手に入れたとでも思っているのか?
そんなの今までと大して変わっていないじゃないか。
それに、それでは今のこのむず痒くなりそうな空気の説明がつかない。誰か説明してくれ。
 
まず俺がやるべき事は何だ?逃げる?違う。そんな事をしたら俺が生命の危機に晒される。
 
まずやるべき事。それは真っ先にハルヒの誤解を解くことだ。
なるべく波風を立てないように慎重に誤解を解かなくてはならない。
一刻の猶予も無く速やかに実行する必要がある。それは間違いない。
 
本当にそれは「誤解」…なのか?
 
誰だ今縁起でもない事を言った奴は?俺か?何故?俺がそんなことを考えないといけない。
誤解であることは間違いないんだ。俺が用意したプレゼントはケーキであって俺じゃない。
ならば、その誤解を解いてやるのが当然だろう。
 
なのに何故俺は黙っている?黙っているだけならまだしも、今俺は何をしようとした?
俺の理性は誤解を解けと指示しているのに俺自身は今、一生後悔しそうな事を実行しようとしなかったか?
どっちなんだ?どっちの俺が本物でどっちが偽者なんだ!?
 
「何よ?あたしの顔になんかついてるの?」
ハッと我に返った。
ハルヒを見つめたまま停止していた俺に真っ赤な顔をしたハルヒが声を掛けた。
良かった。俺は理性を取り戻した。俺は自分のやるべき事を思い出した。ここは誤解を解くところだ。
 
「なぁ、ハルヒ。」
 
「何よ?」
 
「実は俺、ポニーテール萌えなんだ」
何を言っているんだ俺は!
 
「なっ!なに言ってんの?」
 
俺の心の声とリンクするようにハルヒが言った。
ハルヒの顔の赤みが3段階くらいアップした気がした。
 
「いつだったかの、お前のポニーテール姿は、反則的なまでに似合っていたぞ」
 
「・・・・・!!」
 
俺は無言で左手をハルヒの後頭部に回し
 
「もうちょっと伸びれば綺麗なポニーテールもできそうだな?」
 
ちょっとまて、何を口走ってるんだ。
いや、全く同じよりは多少のアレンジを加えた方が…って誰と話してんだ俺は!
 
「ちょっとアンタ、いい加減にしなさ…」
 
ハルヒは自分の左手を後頭部に回し俺の手を掴む。
俺はそのままハルヒの手を取って、そっと握った。
  
1秒…2秒…
自分自身を落ち着かせるように心の中でゆっくりとカウントを数えながらハルヒの顔を見つめる。
ハルヒはまるでこれから起こる事を知っているかのような顔で固まっている
意を決したように俺を見つめるハルヒの顔が俺の視界の中でどんどん大きくなる。
最後の瞬間、俺は目を閉じた。ハルヒがどうしているかは分からないが、多分俺と同じだろう。
 
目を閉じたまま俺は、そういえば前回はここで俺がベッドから転げ落ちて目が覚めたんだったな。と考えていた。
そうか。今回もまたそういう事か。さぁ来い。目覚めはまだか?
 
・・・
 
床に背中を打ち付ける感触の代わりにハルヒの体温を背中に感じた。
ハルヒの右手が俺の背中に回り俺を抱きしめている。俺もそっとそれに答える。
 
 
 
・・・と言うのは嘘ぴょんで。
俺はいつもの様にSOS団の不思議探索ついでに朝比奈さんや長門やハルヒにバレンタインデーのお返しを買い、喫茶店で適当に時間を潰して帰ってきてごくごく普通の夜を過ごし、爽やかな朝を迎えたのだ。
 
…何だそのニヤケ面は?
宝探し?ケーキ?公園のベンチ?そんなもん知らん。夢でも見ていたんじゃないのか?
誰が何と言おうが俺が知らないって言ってるんだからそんなもんは知らんのだ。
だからとっととそのニヤケ面を何とかしろ。お前だお前。そこの。
 

---そう。俺のパジャマを着て鏡の中で間抜け面晒して立ってる、お前だよ。