ホワイトバレンタイン (61-237)

Last-modified: 2007-09-21 (金) 23:15:14

概要

作品名作者発表日保管日
ホワイトバレンタイン61-237氏07/09/2007/09/21

作品

「うん!決まったわ!」
 
文芸部室に突如ハルヒの声が轟いた。お天道様も形無しのこの輝きスマイル、また突拍子も無い事でも思い付いたのか?
「そんなんじゃ無いわよ、前からキョンも知ってた事よ!」
「一応聞くが、何が決まったって?」
「ホワイトデーのプレゼント!」
更にハルヒの笑顔が3割増になった。一体何を注文するつもりだ。
 
まさか海洋深層水を汲んで来いとか、インドの偉いお坊さんの手から出てくる砂を貰って来いとか言うんじゃ無いだろうな。
「どっちもハズレ。ちゃんと現実味のある物よ」
ほう、ハルヒにとっての現実味と言う物がいかほどの物なのか…と考える間も無くハルヒは言った。
 
「クッキー!」
 
ほらな、ハルヒの現実味なんて一般人からしてみたら…って、え!?
「そんなんでいいのか!?」
「ええ、いいわよ!」
 
驚いた。あのハルヒがこうもマトモな注文をしてくるなんてな。メチャクチャ普通じゃないか。
普通の事が誰よりも嫌いなはずなのに。続けてハルヒは…
 
「ただし、普通のクッキーじゃダメよ。今だかつて無いクッキーを作って来て!」
おいおい…今だかつて無いクッキーってなんだよ。曖昧過ぎるだろ。
「それはキョン、あんたのセンスに任せるわ!14日が楽しみね!」
 
その日の帰り道、ハルヒと朝比奈さんがお菓子談義で盛り上がる中、SOS団の一番後ろを歩いていた俺にニヒルスマイル古泉が話しかけて来た。
「現実的な品で良かったですね」
「まあな、所でお前はハルヒに何か注文されたのか?」
「エエ、おっかなびっくりなマシュマロを…と。」
「何だソリャ。アイツ食い物ばっかじゃねえか」
「涼宮さんらしいですがね。ですが、コレは重要なイベントかと思いますよ。特にあなたには…」
「どういう事だ」
「僕が涼宮さんの存在に気付き、今日まで家族以外の異性に、ましてや同年代の男子からプレゼントを貰う事は無かったハズですから。とても大事なイベントかと。」
「おいおい、そりゃちと大袈裟過ぎやしないか?」
「そうでも無いですよ。涼宮さんは、一日一日を大切にする人ですし。それに高校一年のホワイトデーは一度きりですからね。お二人共落第すれば話は別ですが。」
「そのジョーク笑えねえよ。ハルヒはともかく、俺はなきにしもあらずだからな」
 
ニヒルと言うよりニヘラと言う笑顔の古泉、ええい忌々しい…
「失礼。ですが、こんな大事な日に失敗をしてしまったらどうなるか…お分かりですね?」
「お分かりたく無いが…例のアレとアイツか」
「はい。そのアレとアイツです。とにかく最善を尽くす他無いですね。」
 
世界の運命は一欠片のクッキーに委ねられるまでになったか。やれやれだ。
 
週末、恒例の不思議探索の日。俺は華麗にドベの称号を獲得し、いつもの喫茶店でクジを引いた。
この日は俺と朝比奈さんとハルヒ、この組み合わせは珍しいな。
今回は不思議と言うより、今だかつて無い物のヒントになる様な物を…まぁどっちも似たようなモンなんだが。
しかしこの二人を従えての探索もなかなかオツなものだ。朝比奈さんは言うまでも無くグラマラスエンジェルだし、ハルヒは内面は難ありだが、外面は確実に良いからな。
両手に華とはまさにこの事だと一人考えていると、俺を無視してハルヒは朝比奈さんの手をグイグイ引っ張りさっさと歩いて行ってしまった。
あの、俺もいますよ団長?両手に…まぁいいか。
後を付いて行くと、二人が立ち止まりウィンドウショッピングをしていた。ソコは、こ洒落た感じのアクセサリの専門店で、二人は何やら話していた。
「コレいいわね!あたし限定って言葉に弱いのよ!みくるちゃんどう思う?」
「限定って聞いちゃうとついつい買わなきゃって気になりますよねぇ。あ、でもコレ真ん中から分…」
俺がその品物を覗こうとすると、俺を避ける様に…
「さっ!次行きましょう次!あたし達がこうしてる間に不思議に逃げられちゃうからね!」
「わわっ!は、はぁい」
そう言うと再び朝比奈さんの手を引っ張り、足早に去っていった。
何だこれは?新手の団員イジメか?訳がわからん。
そういや向こうは長門と古泉だったな…例えアイツに演説スキルがあったとて、「沈黙、ところにより一時相槌」の長門ウェザーにはどうしようも無いだろう。図書館が関の山だな。
 
俺もだが。
 
結局この日は2班共に収穫0。ハルヒは俺を指差して、
「キョン!あんたちゃんと不思議探してた!?ただあたし達の後ろをボーっと付いて来たって何も見つかりはしないのよ!」
「そういうお前だってウィンドウショッピングをエンジョイしてたじゃねえか」
「あたしはそういうのしながら五感を働かせて街や店内を見てたわよ!お店の角に小さい子供が居ないかとか、店の奥で不気味な研磨音してないかとかね!」
 
そんなやり取りを他の団員達は…
オドオド
ニコニコ
ジーーー
とうかがっていた。
SEだけで人物の特定が出来るんだから、この3人もたいしたものだ。
「今日はもう解散!」
フンッとソッポを向きズカズカとがに股でハルヒは帰って行った。やれやれ。
 
それから数日が過ぎた…。
3月12日
SOS団はと言うと、ハルヒはネットサーフィン、朝比奈さんはお茶の雑誌らしき物を読み、長門は広辞苑ですか?てな位の分厚い本を読みふけり、俺と古泉はボードゲームをする毎日だった。
ただ、ホワイトデーが近づくにつれ、妙にハルヒが落ち着かない様な…気のせいか?
もちろん俺もホワイトデーのプレゼントを忘れた訳ではない。ハルヒによる注文、「今だかつて無いクッキー」を完成させる為、家に帰るとお袋にクッキーの作り方を教わっていた。
案外難しいんだこれが。だが一つ問題があった。
このクッキーは今だかつて「ある」クッキーだからだ。無いものをどうやって作れと言うんだ。
「コレ、俺の手作りなんだ!俺だけの、今だかつて無い味さ!食べてくれよ!」
じゃあ許しては貰えないだろうな。
どうしたもんかとベッドに横になっていると、妹が何とノックして入って来た。珍しい事もあるもんだ。
「キョンくぅ~んハサミ貸してぇ~ん♪」
何だ?声色変えておかしな奴だなと思い妹を見る。
「な!?」
妹はブカブカのワンピース(お袋の)に顔はメイクまでして、イヤリング、指輪、ペンダント等装飾品を装備して、ポージングまでしていた。
「何やってんだ?」俺苦笑い。
「ママに借りたの~ぅ♪」
「そりゃそうだろうな。とりあえずハサミ持って出ていってくれ。」
そう言うと、妹はキャイキャイ言いながら俺を横切ろうとした時、引きずっていたワンピースに足を引っ掻けて盛大にずっこけた。これは痛い。
その拍子に、ペンダントが宙を舞った。
「危ないから早く着替えろよ。怪我するぞ」
そういうと、はーいと返事しつつも部屋を出た瞬間またキャイキャイ言いながら家の中を徘徊していた。
話聞けよ。
その時、ある光景が俺の頭をよぎった。今だかつて無いのかどうかは知らんが、もうコレしか無いな。俺は急いでチャリを走らせた。
感謝するぜ妹よ。
 
その翌日…
3月13日
俺の鞄にはある物が入っている。もちろんハルヒに見られては非常にまずい物だ。前日だしな。コレに、ある細工を施すため持参したと言う寸法である。その為にはアイツの力が必要不可欠なんだ。
今日の授業もバリバリ全開やる気2%で乗り切り、その日の放課後…
「キョン!あたし用事あるから皆にはそう伝えておいて!今日の団活は臨時休業よ!」
そう言って爆発的な脚力で教室を出て行った。コチラとしても都合がいい。
しかし、最近の落ち着きの無さとは打って変わって今日のハルヒは爛々と目を輝かせていたな…やはり俺の気のせいだったか。
 
━だが…事態は急変する━
 
ハルヒの言伝てを皆に伝えると、その場で解散となった。だが俺はアイツに用がある。
「長門」
「なに」
「頼みたい事があるんだ。」
「…」
俺はこの沈黙を「話して」と勝手に解釈し、事情を全て話した。
「これ、出来るか?」
「出来る」
「やってくれるか?」
「楽勝」
ん?ああ、ありがとう。すまん、突然の強気発言にちょっと驚いちまった。確かに長門は強いが。そして細工を施す。
「ありがとうな長門」
「いい」
そう言って長門は帰宅した。後は明日コイツをハルヒに渡すだけだ。俺も無事家に帰り、安堵したその時…
俺の携帯が鳴った。古泉からだ。
「おう古泉か、どうした?」
「例のアレとアイツが発生しました」
「なんだって?」
「閉鎖空間、そして神人です」
「どういう事だ。今日はアイツとは何も問題無かったぞ」
「でしょうね。神人も実におとなしいものです。ですが…」
「なんだ」
「数が今で30体以上は出現しています。もし神人が今暴れだしたら…僕達ではとても手に追えません。これでも半分近くまで減らしたんです。原因が全く分かりません。」
「俺はどうすりゃいい?」
「一刻も早く連絡を取って彼女の安否を確認して下さい。彼女の身に何か起きたのかもしれない」
「分かった。お前はどうすんだ?」
「今でも神人は増え続ける一方です。ココを離れる訳にはいきません。恐らく今日中には終わらないでしょう。明日のプレゼントの件ですが、実は妹さんに預けているのですよ。帰宅途中で電話が鳴ったもので、急遽この様な方法を取らせて頂きました。」
「それは構わんが…」
次の言葉を選んでいた時、古泉が言った。
「彼女が無事であるなら何よりですが、これを解決するには明日のあなたのプレゼントに全てが掛かっています。」
古泉は続ける
「あなたのプレゼント次第で、神人が暴走するか否かが決まると言っていいでしょう。すみませんがこの辺で。同士の加勢に行かなければ。」
電話は一方的に切れた。
古泉との会話終了。この一連の会話の中で、古泉は一度も笑う事は無かった。
俺にも緊張が走る。
 
長門にも連絡するべきか…いや、ハルヒが最優先だな。電話を掛けようとした瞬間部屋の扉が突然開く。
「キョン君帰ってたの?コレ預かってるよ」
心臓が飛び出すかと思った。おどかしてくれるな妹よ。大人ごっこはもう飽きたらしく、いつもの格好に戻っていた。
「ああ、古泉からだろ。話は聞いてる。ソコ置いといてくれ。」
「キョン君汗だくだよ?だいじょーぶ?」
「ああ心配するな、今から電話するから出といてくれるか」
妹を退室させ、速攻でハルヒの携帯に電話した。
ツーッツーッ
話し中。誰かに助けを呼んでるのか?古泉の言葉が頭をシンクロし、どうしてもネガティブな方に考えてしまう。もう一度掛け直す。
話し中。
何してんだハルヒ。頼むから出てくれ。
いいかハルヒ、10分待ってやる。次の電話で出なかったら罰金だからな。今度の不思議探索の時の喫茶店で、あのジャンボパフェを頼んでやるぞ。
だがあれはデカ過ぎて俺だけじゃ完食は難しい。でもお前が手伝ってくれたら完食出来るんだハルヒ。
だから次こそちゃんと出てくれよ。なんなら俺の奢りでもいい。また一緒に…
………
10分が過ぎた…電話を掛ける。
「ただいま電波の届かない場所にあるか、電源が…」
俺は膝から崩れ落ち、頭の中は真っ白で、携帯のディスプレイをただ見下ろしていた。その時、ディスプレイが光出した。
「着信…!」
がむしゃらに通話ボタンを押す。
 
「ハルヒ!!」
…一時の沈黙。
「…わたし」
俺は我に返る。
「長門か!」「そう」
「聞いてくれ!ハルヒが…」「心配無い」
「…へ?」
俺は思わず鳩から豆鉄砲を食らった様なアホ面で返事をしてしまった。
「涼宮ハルヒの事は心配はいらない」「どういう事だ!?長門は全部知ってるのか!?」
「全部は知らない」「全部は知らない?」
ますます混乱しそうだ。しかし長門が言うんだ。ハルヒが無事だと言う事は間違いないだろう。
長門の一言で安心したせいか、やっと落ち着きを取り戻して来た。
「長門、説明してくれるか?」
「今回の件では、宇宙人、未来人、超能力者を含む第三者が涼宮ハルヒに接触し、直接危害を加えた訳でも、ストレスを与える様な事もしていない。涼宮ハルヒ個人の問題」
何だ?このとてつもなく分かりやすい説明は。いつもなら、今辞書で引いた様な言葉の羅列で俺は混乱する所だが…
ひょっとして、ハルヒから言われる「アホキョン」でも分かる様に
「気を使って」話してくれてるのか?混乱している俺を見かねて。だとしたらありがたいよ長門。お前には感謝してもしきれない。
 
「でも」
長門は続けた。
「閉鎖空間を平常に戻すにはあなたの力が必要」
「プレゼントか?」
「そう」
「分かったよ。所でハルヒの方は今日の所は大丈夫なんだよな?」
「大丈夫」
「個人の問題ってのも長門は知ってるのか?」
「…」
「いやすまん、忘れてくれ。こんな事聞くべきじゃないよな。」
俺は電話を切り、ベッドに横になる。
しかしどうしちまったってんだハルヒ。無事なのは分かってるが、やはり自分の目で確かめないと落ち着かない。
だがあんな化け物を何十も生み出す程だ、例え連絡取れてもハルヒは話が出来る状態じゃ無いだろうな。古泉も恐らく明日まで戻らないだろう。俺がなんとかしなきゃな…
その後俺はハルヒに渡すプレゼントをじっと見つめていた。
 
とうとうやって来た。
3月14日
俺は鞄に3つのプレゼントと古泉からのプレゼントを持って登校する。
ハルヒの事も気になるし、緊張してる事も手伝って、早朝ハイキングコースの坂道を小走りで一気に駆け上がる。
そして教室の前まで来た…居てくれよハルヒ…!
俺は扉を開く。
 
…いた。
 
全身の力が抜けていく。その場で倒れそうになったが何とか踏み留まった。
ハルヒは、いつもと変わらない感じで外を眺めている。
「よう、元気してるか?」
平然を装う俺。内心は心臓バクバクだ。
「まあね」
「なんだお前、とんでもなく目が腫れてるぞ?大丈夫か?」「平気よ」
間違いなく昨日何かあったんだな。見てると理由を聞くのも気が引ける。
「昨日電話したんだぞ。ずっと話し中だったが…」
「お店に電話したりしてたわ」
「結構な長電話だったみたいだな」
「まあね。で、用はなんだったの?」
しまった。電話の用事を考えて無かった。
「ああ、まぁ大した用でも無いんだが。明日楽しみにしてろよって言いたかっただけだ」
「そう」
調子狂うな全く。お前が長門の様な返事をするなんてらしくねえじゃねえか。楽しみにしてたんじゃなかったのか?そう言いたかったが、やめておく。
「ハルヒ、今日は古泉が休みなんだ。でもプレゼントをアイツから預かってるから、今日こそ部室に来てくれよ」
「ええ」
朝のHR前の会話、終了。
 
━放課後━
ハルヒと二人で部室に向かう。途中チラホラと、男子が女子にプレゼントを渡している光景が目に入る。
俺達はと言うと、終始無言のままだ。こんな状態で渡せってのか?いくらなんでも状況が悪すぎる。
そんな事を考えている間に部室到着。朝比奈さんの悩殺生着替えに遭遇しない為に(したいが)、ノックをする。
「はぁ~い」
ウィーン少年合唱団顔負けの妖精の如きお声を確認し、俺達は部室に入る。
「今お茶を入れますね」
そう言ってせっせと準備を始めた。するとハルヒが…
「キョン、早速だけどアンタと古泉君のプレゼント見せて貰おうかしら」
ホントに早速だな。
「実は俺のは持ってきて無いんだ。クッキーが割れるといけないからな。団活が終わったら取りに帰るから、途中まで付いてきてくれよ」
ハルヒは一瞬ムスッとしたが、すぐ真顔に戻り「まあいいわ」とだけ呟いた。朝比奈さんが俺達二人にお茶を出してくれた後、席に座る。
そして俺は立ち上がり、3つの箱を鞄から取りだし、3人の前に置いた。
「二人とも、開けてみましょうよ!」
ハルヒは少し元気を取り戻したのか、さっきよりも明るい声で長門と朝比奈さんに言った。俺も箱の中身は知らない。
「せーのっ」
ボヨヨーン!
バイーン!
ビヨーン…ゴンッボキッゴロンッコロコロ…
なんだ!?特に最後の音!明らかに他とは違うぞ!
中身はビックリ箱だった。ハルヒは苦笑い、朝比奈さんは「ひぇぇっ」とナイスリアクション、長門は…
ビックリ箱の頭が、長門の額に直撃。
首からへし折れ無惨にも机の上に頭だけがコロコロと転がっていた。長門は額を手で抑えながら俺を見ている。
俺じゃねえよ!古泉だ!
一瞬空気が止まったが…
「ぷははっ!何やってんのよ有希!それはみくるちゃんの役回りよ!」「えぇ~そんなぁ~!」
一気に場が和んだ。ありがとよ古泉、かなり渡しやすい状況になったぞ。ビックリ箱の中にはメッセージカードと、ギッシリ詰まったマシュマロが入っていた。
ハルヒと長門は、ものの10秒で平らげていたが、朝比奈さんは味わう様にしてゆっくり口に運んでいた。
団活も終わり、帰り支度を始めていると…
「キョン、クッキー取りに帰るんでしょ?先に行くからアンタも早く来なさい」
そう言ってハルヒは部室を後にした。
いよいよだな。頼むぞ俺。
 
…と、その前に。
ハルヒが部室棟から出るのを確認して、急いで鞄から2つのプレゼントを取り出す。
「朝比奈さん」「はい?」「お返しです」
俺はラッピングしたクッキーを渡した。
「わぁ~ありがとう~でも家に取りに…あ。」
朝比奈さんは俺があんな事を言った理由を理解してくれた様だ。さすがだ。
「うふっ頑張って下さいね」
ええ頑張りますとも!あなたの応援で俺のテンションは倍率ドン!更に倍です!
次に長門の所に向かう。
「長門」「なに」
「これ受け取ってくれ」
「…」
長門は無言で受け取る。
長門にはいつも世話になってるからな。満足して貰う為にも、朝比奈さんのより3倍の量を焼いた。
「我ながら良い出来だと思うんだ。お袋からのお墨付きだしな。食べてくれ」
長門はプレゼントをずっと直視しつつ…
「ありがとう」
そう言ってくれた。今回で2回目だな、その言葉。思わずにやけてしまった。
そして、アイツを追いかけた。
「遅いわよキョン!あたしが先に家行ってもしょうがないでしょ!」
早すぎなんだよお前は。あの二人に渡すのも5分掛かってねえのに、何でもうココまで来てんだ。まあいい。今はそれは重要では無い。
「ハルヒ」
意を決してハルヒを呼び止める。
「なによ」
…………
…何だよ。何でこんなに緊張しやがる!あの二人に渡した時は平気だったのに。ココ一年近く様々な出来事に出くわしてちょっとやそっとじゃ動じないと思ってたのに。
コラ心臓!バクバク言ってんじゃねえ!しっかりしろマイハート!
「なんなの?早く言いなさいよ」
「実は、クッキー今持ってるんだ」
「は?どういう事なの?」
「皆の前で渡すのが恥ずかしくてな…二人になる為にあんな嘘を言った」
「何よ、まるでバレンタインデーの女子みたいじゃない!しっかりしなさいよ、ただのお返しでしょ?」
「まあそうなんだが、とりあえず受け取ってくれ」
俺は鞄からプレゼントを取り出した。するとハルヒは…
「ちょっ!デカッ!何よその化け物クッキー!キョン?アンタまさかこれが今だかつて無いクッキーって言うんじゃ無いでしょうね~?」
ハルヒはジトッとした目で俺に睨みを効かす。
「点数で言うと10点ね!」
おいおいそりゃないだろ?10点だと?某仮装番組なら司会者のおじさんが「上げてあげてよ~」と物申す所だ。まあいい。
「せっかく作ったんだから食ってみろよ」
「ココで!?…うーんまぁいいわ、小腹も空いてたし」
「丸飲みするなよ?」
「バカ!こんな大きいのあたしの口に入らないわよ!」
そう言うと、ハルヒはパクパククッキーを食べ始めた。
そして…ガチンッ!
「……ぉが?」
「ひょん!あんかはいっへうわお!!」
俺が訳そう。ハルヒは恐らく、キョン!何か入ってるわよ!!と、言ってるのだ。
「プハッ!ちょっとキョン!チョコチップに紛れさせて何入れてんのよ!」
クッキーを袋に入れて、分解を始めた。そして出てきた物にハルヒは絶句する。
「………コレ…」
 
妹の大人ごっこでヒントを貰い、長門の力で焼いたクッキーにソイツを埋め込み、
汚れや傷が付かない様にシールドを張って貰う細工をしてもらったのが正にソレだ。そしてあの不思議探索での言葉…
「コレいいわね!あたし限定って言葉に弱いのよ!みくるちゃんどう思う?」
「限定って聞いちゃうとついつい買わなきゃって気になりますよねぇ。あ、でもコレ真ん中から分…」
そう、あの日ハルヒが見ていたのはコレだったのだ。真ん中から分かれて、それぞれにチェーンが付いてる…
 
星形のペアのペンダント
 
すると、ハルヒは腰を抜かした様に尻餅を付いた。どうしたんだ?
「コレ買ったの…アンタだったの…」
「ああ、それがどう…」
「あたしコレ昨日からずっと探してたんだから!!」
…え?何故だ?プレゼントするのは俺の方だ。どうして買う必要がある?
「バレンタインデーの日…」
ハルヒが話し始めた。
「本当はあたしの気持ちを伝えるはずだった…でも怖くて…違う返事が来たらどうしようって…だから結局何も言えなかった…」
ハルヒは言葉を続けた。
「1ヶ月遅れちゃったけど、あたし昨日やっと決心して、このペンダントをプレゼントしようって買いに行ったら売り切れで…だから同じ物が無いか片っ端から色んな店に電話を掛けたわ。でも結局見つからなくて、携帯で調べようとしたら電池が無くなっちゃって…」
 
全てが繋がった。
 
探索のあの避ける態度も、売り切れが原因で起こった閉鎖空間と神人も、俺が電話しても繋がらなかったのも、そういう事だったのか。
ハルヒは顔を真っ赤にしている。殴られるのは覚悟してるさ、1ヶ月越しの決断を俺が踏みにじったんだからな。でも俺はお前に言わなきゃいけない事がある…
「キョン…」
「あたし、あんたの事…」
「俺はハルヒが好きだ」
 
「…へ?」
ハルヒは目を丸くして俺を見上げている。
「前に言ったろ?俺は面と向かって言うタイプだと」
たしか4月だったっけ。
「あたしなんか好きになっても!…その…」
「理由なんかいるか。好きなもんはしょうがない。俺はお前とずっと馬鹿やって行きたいんだよ」
だんだんハルヒの目に涙が溜まって行くのが分かった。
「ハルヒ立てるか?」
俺は手を差し伸べる。
「うん…グスッ」
鼻声で返事をするハルヒはたまらなく可愛かった。
「後ろを向け」と俺。
ハルヒの手に握られていたペンダントの片方を掴み、ハルヒの後ろから手を回す。
「キョン!?ちょっ何!?」
「いいからじっとしてろ」
おとなしくなるハルヒ。
俺はハルヒにペンダントを掛けてやった。
「へへっ…」
ハルヒが珍しい笑い方をした。意外な一面を見てしまったな。
「キョン、座って!」
俺が座ると、正面から抱き付く体勢で俺の首に手を回す。ハルヒも俺にペンダントを付けてくれた。
っておい!早く離れろ!立てないだろうが!
「はっはっはー♪」
完全な作り笑いで俺を押し潰そうとする。
俺の頭に数滴の涙が溢れ落ち、そして最後にハルヒは俺の耳元でこう囁いた。
 
「100点」
 
次の日、恒例の不思議探索の日。長門と朝比奈さんと古泉は欠席。
後で聞いた話だが、古泉は意外な事を口にしていた。

------------------------
「14日の夕方、突然閉鎖空間と神人は消滅しました。」
「ご苦労だったな」
「ですが、我々は14日の朝には神人に手を出しませんでしたよ」
「何故だ?例えおとなしくても数は増える一方だったんだろ?」
「その通りです。消滅前までは、3ケタを越えていました。ですが我々、特に僕はあなたがどうにかしてくれると信じていたのでね。」
「そりゃどうも。俺も感謝せにゃならん。お前のビックリ箱が無かったら、プレゼントを渡しても失敗してたかもしれん。ありがとよ」
「いえいえ。所で、僕も是非あなたのクッキーをいただきたいですね。」
「ああ、別に構わんが」
「何なら来年のバレンタインデーにでも僕に下…」
「アホか」

------------------------
俺は今、いつもの場所でハルヒを待っている所だ。昨日家に帰ったら、今までの疲れがどっと出てそのまま寝ちまってな。
おかげで6時に目が覚め、7時半にはココに来てたかな。約束は9時だってのに、俺は何やってんだろうね。
団長ハルヒの登場だ。
しかもポニーテールにあの100万ドルの笑顔。
胸元を彩るペンダントを携えてやって来た。
「珍しいわね」
「早く起きたついでだ」
「ふーん」
そう言って俺の胸元に掛かっているペンダントを見ながらニッコリ微笑む。
「とりあえず茶でも飲むか」
「そうね」
俺達はいつもの喫茶店へ歩き出した。
「なあハルヒ」
「なに?」
「今日は俺が奢ってやるよ」
「いいの?ラッキー♪」
 
店内に入り座ろうとした。
あれ?目の前にハルヒがいない。…ふと気付くとハルヒが俺の隣にチョコンと座った。
すると俺に掛かっているペンダントを触り、自分のペンダントを寄せて…
 
カチッ
一つの星形を作った。
 
「うひっ♪」
ハルヒは上目使いでハニカミスマイルを俺に見せ付けてくれた。
店員が水を持ってきたら慌てて離れたがな。
 
「ご注文はお決まりですか?」
俺は今一番食べたい物を言った。
 
「ジャンボパフェ1つ。」
 

-完-