俺の娘がこんなに可愛いわけがない (120-754)

Last-modified: 2009-11-25 (水) 23:46:00

概要

作品名作者発表日保管日
俺の娘がこんなに可愛いわけがない120-754氏09/11/2509/11/25

作品

「マジ、デートじゃないのよ、遊んでたら缶けりで永遠に鬼の役の刑にするわよ!」
 
 ジーンズ風なミニスカでカジュアルな格好をしたハルヒは俺を指差しつつ、こう言い放った。缶けりって小学生かよ俺たちは。まぁ以前みたいに”死刑”とか”殺す”とか物騒な言葉を使わなくなっただけでもマシかもしれないけどな。しかしいつからそういう物騒な言葉を使わなくなったんだろうね、うちの団長様は。
 そしてハルヒはプンプン怒りつつ朝比奈さんと古泉をつれて駅の反対側へ行ってしまった。俺はと言うと、長門と駅前に二人で立っていた。今回は長門も珍しくセーラー服じゃなくて私服姿だ。さてどこに行くかね。
「図書館でも行くか、長門」
 長門は数ミクロンだけ頭を動かしたように見えたので、俺は了承の合図と受け取った。じゃ、行くか。
 
 さて俺達SOS団は何をしてるかと言うと、定例となった不思議探索パトロールの真っ最中だ。何回目かは数えるのも億劫なので知らないので、誰か知ってたら教えてほしい。しかしなあ、宇宙人や未来人、超能力者を引き連れておいて不思議探索とは毎度聞いてあきれる。いや、不思議と言えば一番の不思議はハルヒ自身なんだが、本人はそれに全く気が付いていないってのも輪をかけてあきれる。いや、不思議なのは一般人であるにも関わらず、この不思議集団に溶け込んでる俺かもしれないな。いや、不思議なんてそこらじゅうに転がってるのに、ハルヒも俺も気がついてないだけなのかもな。
 そうやって色んな事を考えつつ、近所の図書館に長門と一緒に歩いて行った。長門は言えば俺のすぐ横をトテトテといった感じで付いてきていた。長門と組んだ時は何かいつも同じパターンで図書館で時間をつぶす事にしてる。もちろん図書館に居ても何も見つからないのだが、ハルヒも当然のごとく何も見つけられない訳だから、おあいこなわけだ。さて今度はどういう言い訳しようかね。
 
 そうやって呑気に考えてた俺の視界が急に暗くなった。何だ何だ!?
「うふふん♪だ~れだ?」
 この声はハルヒだ。そして俺は後ろに立つ奴の手で俺の両目がふさがれた事にようやく気がついた。ハルヒがこんないたずらをするとは想像外だった。つーか、いつの間に俺の後ろに立ってたんだ? やばい図書館で探索をさぼるのがバレたのか? 俺の頭の中をいろんな思いが駆け巡ったが、とりあえず両目をふさいでるその手をどかしつつ言った。
「ハルヒだろ?」
 俺は後ろに立っているハルヒの方に向いた。そこにはニコニコ顔をし、北高のセーラー服を着たハルヒが一人で立っていた。何かさっきまでのハルヒと違う感じだ。
「お前は駅の向こうを探索してたんじゃ…」
 
 そこまで言って、俺は強烈な違和感に襲われた。目の前にいるのがハルヒそっくりだがハルヒじゃないと、俺の五感が警告を発したかのように感じたからだ。
 
 お前、誰だ!?
 
 何か、おかしい。
 
 いや、目の前のハルヒはハルヒそっくりだった。髪の毛は肩のあたりで切りそろえられ、黄色いリボンでまとまっている。背丈はハルヒと同じだし、そもそも顔も背格好もハルヒだ。これでハルヒじゃないなら、双子って事になるが、あいつに双子はいないぞ。
「何よ、あたしはハルヒよ。ねえ他の誰だと思ったのよ?」
 少しニヤニヤ顔になったハルヒそっくりなそいつは、自分をハルヒを名乗った。だが何か違う。そもそもハルヒはこういう自分の存在を疑われる場合は笑ったりしないで条件反射的に怒るはずだ。だが、この笑顔は俺を騙してやろうと思ってる顔だ。
 
 もしかして長門のお仲間かと思って長門を見たが、肝心の長門はと言えばいつものように全く無表情だった。
「有希ちゃん、シー!」
 ハルヒそっくりな奴は、長門にウインクしつつ唇に人差し指をつけ、何も言うなというゼスチャをした。ん、”有希ちゃん”って言い方は以前聞いた事がある。ということは、このハルヒそっくり娘もどっかで会った事があるわけだが…まさかお前は!?
「お前、この前の…ハルヒの娘だな!」
「ちぇ、バレちゃったか」
 ハルヒそっくりな奴は少し残念そうに言った。
 
 さて本人曰く、未来から来たというハルヒの娘の話はこっちを参照してくれ。
SS:時をかける少女
http://wikiwiki.jp/haruhi/?%BB%FE%A4%F2%A4%AB%A4%B1%A4%EB%BE%AF%BD%F7%A1%A1%A1%CA118-555%A1%CB
 
 あの時は夢かと思ったが、そうじゃなかったって事か、やれやれ。そう思ってよくこのハルヒ娘を見ると髪をとめてるのはリボンでカチューシャじゃない。というか、ハルヒは私服だったのに、こいつはセーラー服じゃないかよ。リボンの色が同じだから一見騙されたが、気がつくとやっぱりハルヒそっくりだがこいつはハルヒじゃない。というかハルヒは朝比奈さんと古泉と一緒に行動してるはずだからそもそもここに一人でいるわけない。服も違うし、こんな簡単な事に気がつかないとは、俺もボケたもんだ。
「もー、あんたとママはこの時代からラブラブだって聞いたからこうすれば騙せると思ったんだけどなぁ」
 ハルヒ娘は妙な事を言いだした。
「ちょいまて、俺とハルヒとの関係を何か勘違いしてないか?」
「勘違いって何よ。だいたいこの前だってママと仲良く部室から帰ってたでしょ? それにちゃんとリサーチして確認したんだから!」
 ハルヒはアヒル口で反論してきた。あれでラブラブなら俺は朝比奈さんと恋人同士になれるぞ、おい。
「まったく。誰にリサーチしたんだよ」
 おおかたそんなトンチンカンな見解を話した主は朝比奈さんだろうと思ったが、ハルヒ娘は意外な人物の名前を出した。
「誰って、そこにいる有希ちゃんからに決まってるじゃない」
 
 長門かよ!?
 
 長門はハルヒ娘の発言を聞いても無表情のままだった。俺は長門を問い詰めようとしたが、それを制するようにハルヒ娘は俺を指差して言った。
「そんな事より、やる事があんのよ!」
 そういやそうだ。そもそもお前は未来から来たって事は何か問題があったという事に他ならない訳で…
 
 ブーン
 
 俺の携帯が震えだしたので、俺はつい条件反射で携帯を取り出した。いや、ハルヒならこういう時に即反応しないと後で五月蠅いんだよ。だがそれはハルヒからではなく何とマイスイートハニーな朝比奈さんからの呼び出しだった。不思議探索パトロールの真っ最中に朝比奈さんからの電話とは、何か妙だ。ハルヒ娘が来た事と関係あるのか?
「早くその電話にでなさいよ!」
「あ、ああ」
 ハルヒの娘に急かされるように携帯の通話ボタンを押した。
「あ、朝比奈さん、どうしましたか?」
『う、うううう…キョ、キョンくん…しくしくしく…あの…その…』
「はい?」
『涼宮さんが…その…あの…しくしく…』
「ハルヒがどうかしたんですか!?」
『うん、その…ううう…突然…それが…しくしく…』
 朝比奈さんの話は、それはそれはとても要領を得ないものだった。ハルヒに何かあった事だけしかわかりませんって。そう思って詳しく聞こうと思ったら電話の向こうで何やら朝比奈さんが誰かと話をしている声が聞こえてきた。少しして朝比奈さんとは違う男の声が携帯からしてきた。
『申し訳ありません。代わりました。僕です、古泉です』
「朝比奈さんがこんな男の声に急に変わるわけないからお前だって事はわかる。というか朝比奈さんに何をした?」
『何も。いや本当ですよ。朝比奈さんが少し混乱されているので代わった次第でして』
 古泉は何か焦っているのか、少し上ずった声をしている。珍しい事もあるもんだと呑気に考えていた俺にとって、次に聞こえてきた古泉の言葉は衝撃を与えるのに十分だった。
 
『涼宮さんが急に消えたんです』
 
 なに!?
 
 ハルヒが”消えた”という言葉に俺は心臓が大きく鼓動する感覚を覚えた。そう、クリスマスの直前のあのハルヒの消失を連想したからだ。それに気がついたのか、気がついてないのか、古泉は慌てて次の言葉を繰り出してきた。
『あ、いや、すみません、正確には”消えた”というより”隠れた”と言った方がよいかと』
 俺の中の不快感が一気に消えた。隠れたというなら、ハルヒの意思で何かしたって事だ。よかったというべきか困ったというべきかわからん事態らしい。俺は古泉の次の言葉を待ったが、それを邪魔するように俺の肘を引っ張る奴がいた。なんだよ、ハルヒの娘?
「ちょっとちょっと、あたしを無視しないでよ!」
 俺は携帯の先にいる古泉に少し待つよう言って、ハルヒの娘の方を向いた。
「あのな、緊急事態なんだからちょっと待てよ」
「相手は朝比奈先輩と古泉さんなんでしょ? だったら場所を聞いてそこに行くって伝えてよ!?」
 そこでようやく俺は悟った。こいつはこの緊急事態の為に時間を遡上してきたんだ、と。そうとわかれば言われた通りに行動するのが最善なんだろう。俺は携帯に話しかけた。
 
「古泉、いまどこにいる? そっちに行くから教えろ!」
 
「で、また夫婦喧嘩したのか、未来のハルヒは?」
 朝比奈さんと古泉がいる場所は遠くないトコとは言え、駅の向こう側にあたり行くのに数分はかかるので、その道すがらハルヒの娘に質問してみた。長門はと言えば、俺たちの後ろを無言で付いてきている。パッと見だとハルヒが俺と長門を連れてるようにしか見えんだろうな。しかしハルヒ…じゃないハルヒの娘は俺の質問にすぐ答えずに、じーっと俺を見てる。どうした?
「どうしたもこうしたもないわよ」
 じゃあ俺の質問に答えてくれよ。
「今回は夫婦喧嘩じゃないわよ、あんたが悪いの!」
 俺が? 俺が何をしたって言うんだ? そう思いつつ、次の角を曲がった。この先に古泉が携帯で言ていた小さな公園があるはずだ。
「あんたがママに向かって余計な事言ったもんだから…」
 ハルヒの娘がそのあとに何か言おうとした瞬間に朝比奈さんと古泉が視界に入った。そして俺たちに気がついたその2人が小走りでやってきた。朝比奈さんは涙目で、そして古泉は少し焦った顔をしていた。そして古泉が俺たちに慌てて話し始めた。
「すみません。いや、涼宮さんが急に消えてしまいまして…え?」
 
 なぜかそこで古泉が説明も途中で、ものすごく驚いた顔をして静止してしまった。
 
 おい古泉、説明を続けろよな。しかし古泉は俺の言葉が聞こえないかのように俺の隣を一点を見つめてる。どこ見てんだよと思ったら、ハルヒの娘を見ていたのだった。おいおい、古泉、そんなのに驚いてないで説明を続けてくれよな。
「いや、あの。これは、どういう事ですか?」
 だが古泉は驚いたままだ。というか、こんなに動揺するこいつを見るのは初めてなので実に興味深いが今はそんな事は二の次だろう。俺はあたふたする古泉に話しかけた。
「あのな古泉、事は急ぐかもしれないんだから、まず状況を説明してくれ!」
 はやる気持ちの俺の肘をまたまた引っ張る奴がいた。他でもない横にいたハルヒの娘なんだが、どうした?
 
「この人が古泉さんでしょ」
「ああ、こいつが古泉だが。それがどうした?」
「あのね、古泉さんはあたしの事を何も知らないんだから、あたし見て驚いてんのよ」
 ああ、なるほど。俺はようやく古泉の驚き具合を理解した。いや、横にいる朝比奈さんも少し驚いている表情をしてるから、古泉もこいつの正体を知った上で驚いてるもんだと早合点してしまっていたわけだ。まぁこいつ、パッと見でハルヒそっくりだからハルヒと勘違いしても仕方ないわな。事情通を気取ってる古泉もこの事態は予想出来てなかったって事だが、そういえばお前は古泉の前に姿見せてもよかったのか、おい?
「今回は古泉さんの力を借りないといけないから仕方ないのよ!」
 なるほど、ということは今回は閉鎖空間がらみって事か。そう思ってる俺を尻目に、ハルヒの娘は古泉に向かって話し始めた。
「古泉さん、説明は後で。あなたの力を借りるわ!」
「わ、わかりました」
 古泉は焦った顔をしたまま、ハルヒの娘の要求には素直に応じた。
 
 さて、古泉の右手には俺が、左手にはハルヒ娘がつかまっていた。どうやら閉鎖空間はこの場からも入れるらしい。
「すみませんが、しばし目を閉じてください。すぐすみます。ほんの数秒です」
 一度経験してるからわかってるって。俺は目を閉じた。
「じゃあ行きますよ!」
 
 古泉に手を引かれて、一歩、二歩、三歩。街の騒音が突然消えた。
 
 街の騒音も消えたが、古泉の手も消えたように感じた。目を閉じてるから、状況がわからない。俺はしばし古泉の言葉を待ったが、何も聞こえて来なかった。いつまで待てばよいのか、と考えたその瞬間、別の声がした。
「もういいわよ」
 その声はハルヒの声だった。俺はおそるおそる目を開いた。
 
 世界は灰色に染まって…いなかった。
 
 明るい。思わず空を見上げるが、さっき俺がいた公園近くの風景と一見変わらないように見えた。違うのは音がほとんどしない事と、周りの人が居なくなってた事とハルヒの娘が目の前に立ってた事だ。しまった、さっきの声はハルヒじゃなくてハルヒの娘の声じゃないか! 全く同じだから俺もつい間違えてしまったじゃないか。ところで古泉はどうした?
「さあ、わかんない。古泉さんは入って来れなかったんじゃないの?」
 いや、お前そう簡単に言うなよ。古泉が閉鎖空間に入って来れないのはそれはそれで色々と面倒なんだぞ。おまけに神人とかいうのが出てきたらどうすんだよ。というか、そもそもここは閉鎖空間なのか?
「たぶんそうね」
 顔色変えず普通に答えるハルヒの娘。たぶんって、お前いいかげんだな。
「一々細かい事心配しないの! それと例のでっかいのは出て来ないわよ」
 何を根拠にしているのか知らないが、ハルヒの娘は自信満々に答えた。ホントかよ?
「じゃ、行くわよ!」
 ハルヒの娘は俺の疑問に答えることなく、さっさと歩き出した。どうやら行く先はわかってるらしいが、俺はそれについていく事にした。大丈夫かね。
 
「古泉を”さん”付けしてたが、あいつの子供も未来に居るって事か?」
 俺は歩きながら、疑問に思っていることを順番に質問することにした。といっても何から聞いていいかわからないので、思いついた順番に聞こうとした1番目がこれだ。
「そうよ」
 ハルヒの娘は面白くもなさそうに答えた。その答え方に違和感を覚えたので、もう少し突っ込んで聞いてみる事にした。
「古泉の事だから息子もイケメンなんだろ。お前、まさかそいつが彼氏って事ないだろうな?」
「はあ?」
 ハルヒの娘は立ち止まって俺を振り返った。ものすごく不思議そうな顔をしているが、当たりなのか、おい。
「あのね、あたしはあたし百合とかレズとかそんなのに興味ないわよ」
 ハルヒの娘は少ししかめっ面しつつ答えた。どういうことだ?
「だから、古泉さんは女の子。息子じゃなくて娘!」
 あぁ、そういう事か、なるほど。でも、すると、未来のSOS団は女4人組って事か? それはそれで華やかだな。まぁ俺には関係ないから、どうでもいいさ。
 
「ところでさっき話が途中になったが、俺が何をしたんだ?」
 俺は次に本題について聞いてみることにした。そもそも今回の騒動について何が原因で何が起こってるのか俺は全くわかって無かったからな。ハルヒの娘は歩きながら説明を始めた。
「あんたが自分はジョン・スミスである事をほのめかすような事言ったの!」
 
 マジかよ!?
 
「だから、あんたがまたジョン・スミスになって、ママを説得すんのよ!」
 ハルヒの娘はプンプン怒った感じで、俺に向かって指差しつつ言った。お前、そんな姿勢やら仕草やらもハルヒそっくりだな、おい。
「何を呑気に言ってんのよ。これはあたしの存在に関わる宇宙一の危機なの! わかった!」
 何を怒ってるんだよ。でも宇宙一とは、えらくまた大げさだな。
「デモもストもないわ! とにかくママをここから連れ出してくれないと困るのよ」
「そりゃ俺も困る」
「じゃあ協力しなさい」
 ハルヒの娘は俺の胸元をムギュッと握って引き寄せつつ言い放った。なんかハルヒにこんな感じで命令された事が以前にあったよな。まぁいい、ところで俺はどうすればいいんだ?
「ふふん、わかればいいわ。じゃ作戦を言うわ。それはねぇ…」
 ハルヒの娘は怒り顔から急ににやりと笑った。あ、何かいやな予感がする。ハルヒの娘は腰に手を当ててえらそうなポーズをして語り始めた。
「あんたが顔を隠してジョン・スミスになるのよ」
「ふむふむ」
「んで、あたしがあんたの娘って事で」
「それで?」
「ジョン・スミスなあんたがママにあたしを”ジョンの娘”って紹介すんのよ」
「ほうほう」
「それでママはジョンをあきらめるって算段よ。完璧でしょ!?」
 どこがだよ。つーか、あきらめるって何をだ? しかしハルヒの娘は何ゆえかこの作戦に自信満々だった。Why? まあいい。この辺のいい加減差は朝比奈さん(大)のアドバイスとかも似たようなもんだったし、まぁ何とかするさ。
 
 ああ、そう簡単に考えていた俺は後でそのいい加減さに、ものすごく後悔する事になるとは思わなかったんだ。
 
 さてしばらくして俺たちは仮装していた。というか、させられた。俺は頭に仮面ならぬかぼちゃの大きな被りものをかぶった上に、どこから持ってきたのかわからんが北高のブレザーに着替えさせられた。何でこんなモノが閉鎖空間内にあり、そしてハルヒの娘が手早く用意できたのかわからん。そしてハルヒの娘にそれを聞いてもあいまいに誤魔化されてしまった。しかしハロウィンなんざかなり前に終わったのにかぼちゃの被り物するとはな。
 そしてハルヒの娘はと言えば、魔女の帽子をかぶり、マントをつけていた。それ、長門が例の映画の時に着てたのに似てないか?
「あのくだらない映画で有希ちゃんが着てた奴? まぁ似てるかもね」
 おいおい”くだらない”とは失礼な。そりゃ本当の事かもしれんが、あれを一言でぶった切るなよ。
「細かいこと気にしないの。まぁあんたもこの服で顔が見えなきゃジョン・スミスってことでいけるわよ!」
 安直だな。ハルヒの事だからこの被りものを取ったりするかもしれないぞ。
「そんときはそんときって事よ!」
 やれやれ。俺は内心呆れつつ、ハルヒの娘に手引っ張られつつ歩いた。
 
「ところでジョン・スミスと今日が何の関係があるんだ?」
 俺は歩いている途中に質問してみた。未来のハルヒが過去に干渉ってのは以前と同じシチュエーションだから良しとしても、なぜ今日こんな事になってるのかがどうにもこうにもわからないからな。
「何言ってんのよ。ママが最後にジョンに会ったのは今日だから。決まってるじゃない」
 ハルヒの娘はさも当然という口調で答えた。おい、ハルヒの話と違うぞ。あいつは例の七夕の日に2度しかジョン・スミスに会ってないって言ってたはずだが。
「それって有希ちゃん大暴走の時の事? だったらその後に会ったって事よ。わかんないの?」
 わかりませんし知りません。というか、何でお前は長門がハルヒの力を使って世界を変えた事を知ってるんだ? しかしそれを問おうとしたその瞬間、ハルヒの娘は立ち止った。
「着いたわよ!」
 
 ここは例のハルヒのいた中学校だった。そしてその校門前には見たことある人物が立たずんでいた。
 
 そう、ハルヒは一人で校門前で立っていた。さっき別れた時の私服を着てるし、間違いない、あいつだ。
「じゃ、行くわよ」
 ハルヒの娘はずんずんと俺を引っ張りつつハルヒに近づいていった。おいおい大丈夫か? そしてハルヒも俺たちに気がついたらしく、こちらを振り返った。
 
「ジョン?」
 
 ハルヒは俺を見て”キョン”じゃなくて”ジョン”と言ってるトコからして、俺をジョン・スミスだと思っているみたいだが、何を持ってそう思ってるのか疑問だったので聞いてみることにした。
「なんで俺がジョンだとわかった?」
「ここは…その…夢の世界なんでしょ。こんなトコでかぼちゃ被って北高の制服着た奴なんてあんたしかいないわよ」
 ハルヒは元気なく答えた。何かいつものハルヒと感じが違う。何が違うのかと思ってハルヒをじーっと観察してみたが、気がついた。目に感情がこもっていないというか、イマイチ焦点が合ってない感じなのだ。だが、閉鎖空間を夢の中として、そして俺をジョンと思ってくれてるならそれはそれで好都合だから、今はそう信じさせておこう。しかし服を着替えておいたのは正解だったんだな。俺は当たり障りない答え方をすることにした。
「まぁな。よくわかったもんだな」
「ところでその子は誰? あの日、あんたが背負ってた女の子と違うみたいだけど」
 ハルヒは俺の隣に居るセーラー服の奴を不思議そうな顔で見つつ質問してきた。あの日って例の七夕の日の事だろうか。そうなるとハルヒの言う女の子というのは”突発性眠り病”にかかった眠り姫こと朝比奈さんの事に違いない。もちろんいま隣にいるのは朝比奈さんじゃなく、未来から来たハルヒの娘だ。でも、お前の娘だ、とは言えないので、予てからの打ち合わせどおり答えることにした。
「ああ、この娘は…」
 だが俺の言葉を遮る様に、そして俺の腕にすがりつつハルヒの娘は答えた。
 
「こいつはあたしのパパよ!」
 
 何かこれだけ聞くと危ない発言にしか聞こえないぞ、おい。そして俺の腕にムニュ!とやわらかいものが押し付けられる感覚がした。普通ならここでドキ!っとするのだが、何だか妹から抱きつかれたような妙な感じでもあった。Why?
 そしてハルヒはと言えば、すごく複雑そうな顔をして黙っていた。そして少しの沈黙の後、俺に小さく話しかけてきた。
「そっか。そうよね。あたしの話を何も言わず聞いてくれるくらいだもん。彼女がいても不思議ないか…」
 自分を納得させるような、そして独り言みたいな小さな声。こんな沈んだ感じのハルヒを見るのは初めてだった。いや、違うな、あの時に似てる。そう、確か朝倉涼子のマンションを訪ねた直後にハルヒが一方的に独白した直後の、あの感じだ。そしてハルヒはハッと気がついたかのように俺に話しかけてきた。
「で、あんた何しにきたの?」
 いやお前を閉鎖空間から出すために来たんだが、それをストレートに言うわけにはいかない。さてどうしたもんかと考えてる横で、ハルヒの娘が俺の腕から少し離れてハルヒを指差しつつ答えた。
「ママ…じゃないあんたがここに引きこもってるから、パパと一緒に引っ張り出しに来たのよ」
 こら、ママとか言うんじゃない、ハルヒにお前の正体がバレるじゃないかよ。俺が言おうとした事をほぼ代弁してくれてるからいいが、ハルヒの奴はそういう事に関しては勘がいいんだから気をつけろよな。だがその心配は杞憂だったらしく、ハルヒは少し呆然として言った。
「出る?」
「そうよ。それに外であんたを待ってる人がいるでしょ!? だからさっさとここから出んのよ!」
 ハルヒの娘はプンプン怒った感じでハルヒに向かって話しかけていた。まぁ両方ともハルヒの声なので、聞いてるだけだとハルヒが一人芝居している感じだ。
「待ってる…人?」
 呆然としていたハルヒの目に少しずつ感情の光が戻ってきた。そして唐突にハルヒは大声を上げた。
 
「キョン!?」
 
 おいおい、なんで俺がそこで出てくるんだ、ハルヒ? しかしハルヒはそんな事お構いなしに一方的にまくしたてた。
 
「そうよジョン、あたしあれから北高の生徒を全員調べたのよ。張り込みだってしたわ。でも、ジョンみたいな人はいなかった。もっと顔をよく見ておいたらよかったって思った。あたしを初めて理解してくれた人だって言うのにさ。どうせまた会えると高をくくってたのが敗因だったわ」
「何度も諦めようと思ったわ、あんたを探すのを。あたしが進学する頃にはジョンも卒業してるだろうし、だいいち探してもどこにもいなかったしさ。それに光陽園のほうが大学進学率が高くてね、中学の担任がぜひこっちにしろってうるさかったのよ」
「でもやっぱり諦め切れなかった。高校なんかどこでもいいと思ってたもん。だからやっぱり北高に入って徹底的にあんたを探してやると決めたの。全部活に仮入部して、もう一度過去に遡って調べたわ。けど駄目、痕跡すらなかった」
「あたし、憂鬱になったのよ、全部夢だったのかって。でもね、おかげでキョンに会えた。あいつはね、ジョン、あんたと同じようにあたしを理解してくれたわ。それだけじゃない、キョンはあたしに新しい道を教えてくれた、”ないなら自分で作ればいいんだ!”ってね」
「だからジョン、あんたには感謝はしてるわ。あたしの話を聞いてくれた初めての人だし、回り道はしたけど、あんたのおかげでキョンに出会えたんだもん」
「だけど見たところ、ジョン、あんたには彼女も、そしてそんな可愛い娘もいるみたいだし。まぁあんたなら女たらしこむのも簡単でしょうけどね。そんな浮気者にはあたし、もう用は無いわ。あたしにはキョンで十分よ」
 
 そして一息入れたハルヒは、大きく息を吸って俺に向かって叫んだ。
「だからあたしはこの夢の世界から出てキョンのいる世界に元の世界に戻るわ!」
 
 いや、かぼちゃの被り物しておいてよかった。俺の顔は真っ赤になってるトコを他人に見せられないぜ。ハルヒの奴はここを夢の中、そして俺をジョンだと思ってるから自分の思ったままを吐露しただけなのかもしれないが、よりによってSOS団じゃなくて、俺についてだけハルヒが言及するとは思わなかった。ハルヒが今話した内容は以前、例の長門が変えてしまった世界のハルヒから聞いていたのとほとんど同じなのだが、そこに俺を絡められると聞いているだけで恥ずかしいじゃないかよ。そう思って、ふと俺の隣にいるハルヒの娘を見るとニコニコ顔をしていた。ちょっと待て、お前、こうなると知っていて…!?
「さぁ? 何のことかしら。でもよかったじゃない、パパ」
 いや、パパじゃないだろ…とツッコミ返そうとした瞬間、上空に亀裂が走った。その亀裂はこの世界を覆いつくしていった。どうやら終わりらしい…ってちょっと待て、結局ハルヒの独白で俺が恥ずかしくなっただけじゃないかよ!
 
 この辱め、どうしてくれるんだ!?

 しかし俺の抗議もむなしくハルヒの娘はさらっと答えた。
「いちいち細かいこと気にしない気にしない。じゃあね!」
 ハルヒ娘はパチッと指を鳴らした。次の瞬間、俺は視界を奪われた。不意の暗転。立ちくらみの強烈な奴が俺の意識を奪い去っていった。完全なるブラックアウトが訪れる間際、俺は思った。まだまだハルヒ娘には聞きたい事あったのに…名前とか、父親とか。またこの前と同じく肝心な事を聞き損ねたじゃないか。
 
 だが俺の意識はそこで途切れた。
 
 意識が復活したとき、俺の視界は九十度ほど狂っていた。本来ならば縦になっているべきものが横になっていて街灯が左から右に生えているのを見て、ああ俺は今横になっているのだなと考え、すぐに左の側頭部がやけに暖かいことを発見した。
「何よ、やっと起きたの?」
 ハルヒの声がして、俺は完全に覚醒した。でも左耳の下でモゾモゾしているこれは何だろう。
「あのさ、そろそろ頭上げてくれないと、あたし、ちょっと…」
 ハルヒの不満そうな声だ。身体を起こして、俺は自分の位置を確認した。ここは公園のベンチの上だ。何と言うことだ。俺は、よりによってハルヒの膝枕で寝ていたようだった。いや朝比奈さんの時と違ってその記憶は要らん! というかハルヒに膝枕なんかさせるなんてきっとハルヒからしたら死刑ものだ。俺は焦ってハルヒを見たが、意外な事にハルヒは怒ってなさそうな感じだった。
「このバカキョン、頭重いわよ。もう、脚が痺れて大変だわ」
 ハルヒの口調こそ文句たらたらだったが、表情はそれほどでも無かった。ハルヒの服はジーンズ風なミニスカでカジュアルな格好で、これは駅前で別れたときのそのままって事だ。しかし俺はどんくらい寝てたんだ。そして俺の服はと言えば、私服に戻っていた。
「あたしが少しここでウトウトして、気がついたらキョン、あんたも隣で寝てたのよ。みくるちゃんや有希や古泉くんも一緒に居てくれるって言ったけど、これは団長の役目だからって帰したのよ。でもあんたはグースカずーっと寝てて、寄りかかって重かったからつい膝枕させちゃったけどそれが失敗だったわ。公園を行く人みんなに見られるし、罰ゲームみたいだもん」
 あ~悪かった、ハルヒ。でもだったら起こせばよかったのに。
「あ、あんたがすごく幸せそうに寝てたから、起こせなかったの! べ、別にあんたの寝顔を見てたわけじゃ無いんだからね!」
 なぜかハルヒは顔を真っ赤にして言い訳をしている感じで話した。どうした?
「な、何でもないわよ!」
 
 そしてしばらく俺たちはベンチに坐ってたが、日も落ちてきて冷えてきたし帰ることにした。しかしハルヒの娘はまたいつの間にか居なくなったんだな。この前も夢オチみたいな感じで誤魔化された上に朝比奈さんや長門に聞いてみても口止めされてるのか何も情報を得ることが出来なかったから、おそらく今回も同じように何も痕跡を残さず行ってしまったに違いない。まあいいさ、考えたって無駄だし、どうせ未来になったらわかる事だ。つーか、俺があの閉鎖空間での事を思い出したくない。あれはすべて俺の幻覚だったと思っていたいくらいだ。だから考えないことにした。
 
「キョン、このあたしが膝枕してあげたんだから、何かおごりなさいよ」
「ああ、わかったよハルヒ。何がいい?」
「な、何よ、素直ね。まぁ、あんたも金が無いんだろうし、そこの自販機の缶コーヒーでいいわよ」
「どれだ、冷えた奴か?温かい奴か?」
「あんた、これだけ寒くなってきてるのに、ふざけてるの!?」
「冗談だ、ハルヒ」
「全く、ジョンを振ってあんたを選んでやったのに。どうしてあんたはそんなにひねくれてんのよ」
 
 ジョン?
 
「何でもない!」
 
 さて週があけた月曜の事だ。
 
「お呼びだてしてすみません」
 食堂の屋外テーブルにいた古泉は、笑顔で立ち上がって俺に礼をした。俺はと言えばそこの自販機で買ったコーヒーをテーブルに置き椅子に坐り、遅れて古泉が向かいに坐った。少しの沈黙の後、古泉は俺に話しかけてきた。
「涼宮さんに出くわすとまずいですし、できればあの二人にも聞かれたくありませんので。でも一昨日はびっくりしましたよ。閉鎖空間に涼宮さんが入っていったはずなのに、あなたが涼宮さんをつれて来た時は。心臓が止まるかと思いました」
 ああ、あれは悪かった。別にお前を脅かすつもりはなかったし、緊急事態だったから仕方が無かったんだ。
「それは理解しています。あの二人がほとんど驚いていなかったのと、あなたがお連れしてきた涼宮さんが状況をほぼ完全に把握していたトコから、何となくは状況は理解できましたけど。それに説明を頂けるという話でしたが、僕はまだ聞いてませんので」
 そういえばハルヒの娘は古泉に説明するとか言ってたが、結局トンズラしたんだな。世話の焼ける奴だ。
「古泉、正直なところ俺もよくわかってないから説明なぞできんぞ」
「そうですか、では僕の質問に答えて頂くだけで結構です。で、さっそく質問なのですが…」
 古泉は笑顔を崩さず俺に話し続けた。
 
「あの、あなたが連れてきた”涼宮さん”は、あなたの娘さんですね?」
 
 俺は飲んでいたコーヒーを噴き出しそうになった。俺はおいおい、あの子はハルヒの娘の間違いだろ。だが古泉は笑顔こそ絶やさなかったが真剣そのものだった。
「だから、あなたの娘さんでしょう?」
「俺の娘があんなに可愛いわけがないだろ?」
 古泉はあきれたように言った。
「あなたと涼宮さんの娘さんなら、可愛くならないはずがないと思うのですが」
「……」
 俺の沈黙を了解と受け取ったらしい古泉は話を続けた。
「まぁいいでしょう。でも問題はそこじゃなくてあなたの娘さんに涼宮さんの能力が引き継がれているか、という点ですし。如何でしょう?」
 如何でしょうと言われても、俺は知らないし、わからんぞ。いや嘘じゃない、俺は何も聞いて無いんだ。
「なるほど。でもおそらく先日現れたあなたの娘さんは能力はないと思うのです。涼宮さんを見守るというあなたの役目を引き継いでいらっしゃるのではないか、僕はそう睨んでます。いえ、もしあの娘さんに涼宮さんと同じ力があるなら我々の時代の人間の力を借りずに済ませるはずですし」
 そこで古泉はいったん言葉を切って、一息入れた。
「でもあなたが羨ましいですよ。彼女はあなたのよき理解者になっているようですから。そしておそらく時代を超えて来ているところから見て…朝比奈さんが関係していると見ましたが。違いますかね?」
 俺は朝比奈さん(大)をふと思い出した。あの人なら確かにやりそうだ。だが俺は最近はあの人には会って無いから確認しようがないし、本当に何も知らないんだから、これ以上聞くだけ無駄だぞ。
「そうですか。いや失礼しました。僕の質問は以上です。ではまた後ほど、部室で」
 古泉は一礼すると、去っていった。
 
 残りの冷めたコーヒーを飲んでいる時、俺は一つ気になっていた事を思い出した。あいつが俺に抱きついてきた時、何だか妹が抱きついたような感覚に襲われたことだ。もしかしたら本能的にそういうのを察知していたからなのかもしれないし、古泉はハルヒと俺の娘だと確信してる感じだ。でも、だが…いや、どうでもいいさ。俺は開き直った。もし未来が決まってるなら未来人の朝比奈さんがこの時代に来る必要も無いだろう?
 
 未来は一般人の俺に取っては白紙なんだ。それでいいじゃないか…

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