概要
作品名 | 作者 | 発表日 | 保管日 |
再会 | 86-566氏 | 08/04/11 | 08/04/11 |
- Petit-haruhiの続きの作品です
作品
普段の休日は昼過ぎまでダラダラと寝て過ごすのを習慣としていた俺が、何故その日に限って朝から出掛けるなんてことに同意したのか、自分でもよく解らない。
だが、今の俺は春の柔らかな日差しを浴びながら、隣にいる非のうちどころのない完璧なポニーテールが反則的なまでに似合っている女性――まあ、俺の嫁なんだが――と腕を絡ませて、少々緊張気味の面持ちで歩いているのだった。
思えばこいつと一緒に出歩くのも何だか随分と久しぶりのような気もする。こうして人目も憚らずにベタベタくっ付いているのも自分ではすっかり慣れていたと思ったのだが……。
「ねえ、どうかしたの? あなた」
俺の脳内を読み取ったわけでもないだろうが、嫁が怪訝そうな顔で俺に訊いてきた。
「いや、何でもない。つーか、お前と二人でこうして歩くのも、何だか妙に照れくさくってな」
「なによそれ? 今更恥ずかしがることないでしょ。せっかくこの美人で可愛らしい最愛の奥さんと一緒にいられるんだから、もうちょっと嬉しそうな顔ぐらいしなさいよ」
こいつの自画自賛なところは相変わらずなんだが、それにしてもこの赤道直下の陽射しのような笑顔は眩しすぎるってものだ。
「お前こそ、何でそんなに嬉しそうにしてるんだ?」
「決まってるじゃない。今日はあなたと久々のデートなんだからね。楽しまなくっちゃ勿体無いでしょ!」
先日の雨のせいか、桜の花はもうほとんど散ってしまっていた。それでも暖かな風は心地よく、公園を散歩している人は結構な数に上っていた。
嫁はというと、すれ違う散歩中の犬の全てにちょっかいを出しては顔を舐められてキャーキャー叫んだり、ことごとくベビーカーを捕まえては赤ん坊をあやしたりと、何かにつけては忙しなく動き回っていた。
全く、今からそんなにはしゃいでたら後で疲れちまうぞ、とか思いながらも、俺はこいつの昔の姿――高校生時代辺りか――を頭に浮かべたりしていたのだった。
しばらくして公園を抜けた俺たちは、駅前の商店街を歩いていた。いや、正確にはそこら中で立ち止まっては、あれこれ物色する嫁に付き合わされた、というほうがいいのかもしれない。
多分、こういう類のことなんてのは男には理解できない楽しみなんだろうな、と過去にも幾度となく考えていたはずなんだけどな。
だからといって俺が退屈しているかといえばそんなことはない。こいつがデカい瞳をキラキラと輝かせて何かに夢中になっている様は、あらゆる意味で俺の目を釘付けにしてしまう光景なのだから。
しばらく進んでいると、俺たちの前に一匹の黒猫が飛び出してきた。「にゃあ~」と一声鳴いて、脇の細い路地に入っていってしまった。
「あっ、ちょっとあんた、待ちなさーい!」
つられて追いかける嫁。全く、しょうがないな、と思いながらも、俺は実家においてきたオスの三毛猫のことを思い出していた。
「んもう、見失っちゃったじゃないのよ」
口元をアヒルっぽく突き出して文句を垂れる嫁。いや、俺にそういわれてもどうしようもないんだが。
「あら? へー、こんなところにもお店があったんだ」
見ると、そこには不思議な雰囲気の建物があった。前面の大きなガラスのウィンドウは店の佇まいには不釣合いなほどに立派なものである。
「うわぁ、なんだか――とっても素敵ね」
そのガラスの向こう側には、ものすごい数の可愛らしいぬいぐるみで溢れかえっていた。
その真ん中辺りには、まるで西洋の雛飾りとでも言ったらいいのだろうか、階段状の棚の上にぬいぐるみの人形が整然と並べられていた。
その最上段の二体の人形を目にして、俺は不思議な想いに駆られた。
「あれは?」
王様とそのお妃様なのだろうか。
立派な服装がまるで似合わない、なんとなく頼りなさそうにも見えるが優しい目をしたその王様と、両脇にリボンのついた金のティアラを着けて幸せそうに微笑んでいるお妃様を見て、俺は何故か妙に懐かしい気がしてたまらなかった。
「あら、あの一番上の王様みたいなの、どこかで前に見たような気もするんだけど――そんなわけないか。それにしても、あのマヌケ面、どことなくあなたにソックリだと思わない?」
「…………」
「ちょっと、どうしちゃったの?」
気が付くと、俺の両目からは涙が溢れ出して止まらなかった。どうしたらいいのか解らなくなって、俺はつい嫁に抱きついてしまった。
「なによもう……おかしな人ね」
「お前だって――泣いてるくせに」
「えっ? ――なんで……」
嫁の両目からも涙が止め処なく零れていた。
俺たち二人はしばらく抱き合ったまま泣いていたのだった。
――その涙は悲しみなどではなく、再び奇跡に巡り逢えた証――