受け取れ! これがあたしのプレゼント!! (137-92)

Last-modified: 2010-12-30 (木) 01:26:07

概要

作品名作者発表日保管日
受け取れ! これがあたしのプレゼント!!137-92氏10/12/2410/12/30

 
クリスマスSS投下します。
以下は注意書き。
 
内容はセガサターン『せがた三四郎 真剣遊戯』内のミニゲーム
『受け取れ!これが俺のプレゼント!!』をモチーフにしたものです。
あのバカバカしさに突き動かされるものを感じ、つい書いてしまいました。
 
オリキャラ(要するにサンタクロース)が登場するので、苦手な方はスルーをお願いします。

作品

SOS団で迎えるクリスマスパーティも、二年目ともなれば人数も増えようというものだった。
去年の面子はもとより、いつの間にか谷口やら国木田といった呼んだ覚えもない奴らまで押しかけてくることもあって、部室棟でもある旧校舎でパーティを行なうという計画は残念ながら中止となってしまった。
仕方ない。
団員だけならともかく、十人以上の人間が夜遅くまで居残って鍋を突くには、あの部室はあまりにも手狭である。
コンロだって、朝比奈さんがお茶を沸かすために使ってる奴だけじゃ足りんだろう。もう一台調達するぐらい吝かではないが、しかし集まる人数を考えると、教師の目を盗んでこっそり行なうといおうのが最初から不可能だった。
そりゃ朝比奈さんが火の安全に気を遣ってるのは、俺が一番よく知っている。いざとなったら長門や古泉だって協力してくれるし、何よりハルヒ自身がこの部室が灰燼と化すのを望んでいない以上、不始末から最悪の事態が起こり得ないのは明らかだった。
けどそんな理屈は教師相手には通用しない。客観的に見れば、こんな木造の旧校舎で火を使っているのが間違っているんだ。
それに部員だけじゃなく、クラスメートの他に学外の人間も参加者に名を連ねている。
もし内緒で火を使ってるのがバレでもして、文芸部の活動停止を言い渡されたら俺にはどうしようもできん。
ハルヒは最後まで部室での開催を主張していたが、そこは俺がここまでに述べた理由を根気良く粘り強く説得することでなんとか諦めてもらった。
古泉には久々のバイトに励んでもらうつもりだったが、しかしそこは世の中うまく出来たものだ。我が団の名誉顧問こと鶴屋さんの、
「だったらウチの離れを使うといいさっ!いつも大事なお客さんを招いて宴会してるぐらいだから、十人ぐらい訳ないよっ!」
という一声――本当に鶴の一声だな、鶴屋さんだけに――のおかげで、ハルヒの奴はアッサリと機嫌を直しちまいやがった。
ハルヒよ。お前はバカ騒ぎできたらそれでいいのか。
いいんだろうな。俺も別に反対する理由は特に思いつかん。
 
そんなこんなでクリスマスに至る。
鶴屋家の離れは、撮影やら朝比奈さんの関係で何度か訪問させてもらったが、しかし改めて内部を一望すると新たな発見があるものだ。
離れの大座敷は、一言で言えば坂本龍馬が暗殺された寺田屋の奥座敷の雰囲気にも似ているように思われた。小さな舞台に芸妓さんを呼んで、ちょっとした芸も披露できるらしい。カラオケマシンが置いてあるのも、お約束といったところか。
そして呼びもしないのに押しかけてきやがった谷口が涙を交えて歌う、長年の内にお独り様御用達の定番となったクリスマスソングがBGM。少なくとも独りきりのクリスマスイブじゃないだろう、と心の中で毒突いておく。
去年のお前が送った、俺らをバカにした憐憫の眼差しを俺は一生忘れない。お前例の彼女はどうしたんだ。
クリスマスは彼女と一緒に過ごすんじゃなかったのか。今お前はどんな気持ちなんだ。
などと谷口のアホにいつまでも構っている暇など、俺には与えられていなかった。目の前の鍋汁に沈めた食材が、いい塩梅に茹で上がっていたからな。
俺は独特の旨みと甘味とを絶妙のバランスで兼ね備えた肉を味わおうと、真っ赤に茹で上がった甲殻と格闘していた。
カニ――
エカテリーナ女帝も真っ青な天上天下唯我独尊のSOS団長こと涼宮ハルヒが、この世で最も忌み嫌う食材。
あいつが嫌がるからと、俺たち団員の誰もこの食材を調達しようなどとは夢にも思わなかった。もちろん鶴屋さんが用意したものでもない。
神にも等しい権力を誇るハルヒの好物を知らない、今年からの参加者の誰かが不用意に持ち込んだものであろう。
案の定というか、カニのハサミを目にしたハルヒは見る見る機嫌を損ねてゆき、持ち込んでもいない俺に向かってぶつくさと文句を垂れまくった。
せっかくトリ鍋のために用意した出し汁がカニ臭くなるとか、クリスマスにトリじゃなくてカニだなんて外道だとか。
それを言い出したらクリスマスに鍋というのもどうかと思うがな。それに本場じゃ鶏ではなくて七面鳥だ。
ハルヒは食べないから、俺が食べるしかあるまい。せっかくだから、俺はこの赤のカニを選ぶぜ。
身を取り出しやすく、かつ煮込みすぎて身の旨みが鍋汁に抜け出さない程度に火を通す。
ポン酢に浸し過ぎると本来の風味を損なう。できればカニ酢かマヨネーズの方が好ましいのであるが、
生憎とこの場はカニを食する目的で開かれた宴会ではなかったため、そんな気の利いた調味料がある筈もなかった。
鶴屋さんの事だ。頼めばカニ酢ぐらい用意してくれただろうが、しかしカニ嫌いで知られるハルヒを前にカニ酢を頼むのも当て付けがましい。
俺は空気の読める男、略してKYだ。だから目先のカニ酢に気を取られて、場の雰囲気をブチ壊すような真似など絶対にしない。
あれ、空気の読めない男もKYと略すんだったか。ややこしい。
とにかく茹で上がった身を慎重に殻から引っ張り出し、足の形状を保ったままの身を、全長の二割ぐらいをポン酢にさっと潜らせる。
思わず舌の裏から湧き出た生唾を飲み込んだ。その美味を存分に堪能する。
 
……はずだった。
 
「んー、やっぱり新鮮なカニの身って、独特の甘味があっておいしいわね」
口を開けたまま呆然とする俺の左手の座席で、涼宮ハルヒが百ワットの笑顔を浮かべていた。
反射的にカニの身を持っていたはずの右手を確認する。そこにあるべきはずのカニの身が消失していた。
もう一度ハルヒを見る。百ワットどころか百万ワットの上機嫌で何やら咀嚼している。黄色いカチューシャがよく似合う、太陽のように眩しい笑顔だった。
食ったな。
せっかくだから食べてやろうと思っていたカニを、お前横取りしたな。電光石火のクイックトリックでカニの身に喰らい付いたな。
カニは嫌いじゃなかったのか。カニはNGだって、お前去年言ってたじゃないか。
「嫌いよ。殻とか剥くのが」
そう言いつつも百ワットの笑顔でカニの身を咀嚼するハルヒ。そうか殻を剥くのが面倒なだけで、味そのものは嫌いじゃないのか。
おーごっど。今日俺はハルヒの新たな一面を知ったよ。とりあえずカニの身を剥いてやれば、ハルヒは喜んで食べてくれるんだな。
じゃなくて。
カニの身を剥くのがどれほど大変か、お前は実のところ全く理解してないんだよハルヒ。
カニの身が美味なのは、面倒な殻剥きを最後まで投げ出さなかった粘り強い努力家への正当な報酬なんだよ。ハルヒお前は何の代価も支払うことなく、その御褒美を横取りしたんだ。いわば泥棒だ、このカニ泥棒めが。
返せ。俺が最高のタイミングで茹で上げたカニの身と、その身を崩さずに殻から取り出すのに費やした労力と時間を返せ。
さんざん説教してやったにも関わらず、ハルヒの奴は俺の有り難い説話を馬耳東風で聞き流しやがった。それどころか俺の目の前に生のカニ足を突き出して、
「キョン、もっと足を茹でて身を剥いてくれる?身を崩さないように、今のと同じぐらいの加減で茹でてちょうだい」
片目を瞑り、今どき少女マンガでも見られないほど分かりやすいウィンクを俺に送るハルヒ。
カニを横取りされてなければ、今頃俺はお前に心奪われていたことだろうよ。
辺りに流れる空気が微妙に生温かくなっているのに今さら気づく。
なんだ谷口、お前そのまま二曲目に突入する気か。握ったマイク離さない奴はカラオケでも嫌われるぞ。
クリスマスキャロルが流れる頃には、お前とその君って女との間にどんな雪が降るって言いたいんだ。
などと俺が実際に声に出して突っ込むよりも早く、誰かが演奏停止のボタンを押す。おそらくは朝倉のようだ。
あいつは場を仕切るためならば、どんな冷酷な仕打ちも平気でこなす奴だ。
谷口が何やら文句とも愚痴ともつかぬ言葉を吐いていたが、鶴屋さんに宥められるような格好で引っ込んだ。次に歌うのは長門か。
ギターとボーカルのデュオを熱唱する長門など、滅多にお目にかかれるシロモノではなかった。表情も動きもない棒立ちだが、何気に声は出てるし歌は上手い。長門の意外な一面を見たような気がする
今夜のカラオケパーティはハルヒの発案だ。去年やったツイスターゲームは、団長の拒否権発動によって今年から廃止と相成った。
本人いわく『もう二度と人前であんな恥ずかしい事はしない』だそうだが、その恥ずかしい事に巻き込まれた俺の立場はどうなる。
前のクリスマスで味わった恥辱を思い出して、その元凶となった女帝へ文句の一つも言ってやろうと左側に首を向けようとしたその瞬間、
 
「上から来るぞ、気をつけろよう」
 
誰からともなく放たれた一言に首を上げれば、こちらに向かって飛来する謎の物体が天窓越しに見えた。
騒然とする室内。長門はカラオケを中断し、鶴屋さんと朝倉がそれぞれ命よりも大切な鍋を持ちあげて窓から素早く離れてゆく。
「落ち着いてください」と集まった面々に避難を呼びかけている、その古泉の声が一番落ち着きがないのは最早お約束というべきか。
危機が迫っているのは自覚していたにも関わらず、ケツから座布団に根っこが生えたかのように俺は動けなかった。
徐々にその姿が拡大してくるにつれ、闇夜の中でも明瞭な線を持った形状が浮かびあがってくる。
どこかで見た事がある。
トナカイだ。
間一髪ハルヒ(だったと思う、俺のすぐ隣に座っていたのはあいつだった)に手を引かれ、直前まで俺が座っていた場所にトナカイが墜落した。
 
とりあえず判った事を整理してみようと思う。
鶴屋家の離れに空から墜落したソリが突っ込み、乗っていた赤服の老人が、手にした蒼い銃をあちこちに向けて乱射したのだ。
しかし乱射、という言葉がこの場合に当てはまるかどうかは疑問が残る。
なぜならその蒼い銃の銃口からは弾丸も光線も発射されず、引鉄の音もプラスチックのオモチャじみた安っぽい音しか立てなかったのだ。
 
簡単に言うと、赤服のサンタクロースが畳じきの座敷でピストルごっこをしていた。
そして撃たれた人間が、撃たれたフリをしていた。
それ以上でもそれ以下でもない。なかなか想像しづらい構図ではあるが、俺だってこんな光景を想像だにしていなかったんだ。
説明不足と言われたら返す言葉もないが、しかし他にどうやってこの異常な状況を説明すればいいんだよ。
というかハルヒも妹も鶴屋さんも谷口も国木田も朝倉も古泉も、ノリノリで撃たれた振りをしてやがる。
さすがに長門と朝比奈さんは、彼女らのように悪ノリはしない。悪ノリをしないだけだが。
「教化完了」
ひとしきり蒼い銃を乱射し、室内の死屍累々を満足げに眺めて赤服が言った。
誰だお前。
「サンタクロースだ。クリスマスに配るプレゼントを配ろうとしていたら、鳥に当たって墜落したのだよ」
その自称サンタクロースとやらは、やたら威厳のある鷹揚な口調だった。少し怯むが、クリスマスの集まりを台無しにされて黙っている俺ではない。
ハルヒほどではないにしろ、この場を楽しんでいたのは認めよう。そこに勝手に乱入してきて何やってんだ。警察を呼ぶぞこのジジイ。
「警察は呼んでも来やしないぞ」
闖入者の分際で、シューベルトの魔王みたいな事を言うな。だいたい何で警察が来ないと言い切れるんだ。
「年末は泥棒どもも忙しい。飲酒運転を行なう不届きな輩も多発する。そいつらに人手を割かれている以上、私の相手などできるはずもない。
 別に私は犯罪者でも何でもない、ただのサンタクロースだからな。民事不介入の原則を知らんのかね」
知っているが、事故が起きたらまずは110番通報が原則だ。サンタが空から降って来たと正直に説明して、警官に納得してもらえるとも思えんが。
「解っているなら話は早い。さあ電話を諦めてそこをどきたまえ。私は急いで空に戻らねばならん」
鶴屋さん家に激突しておいて、謝罪の言葉も無しか。俺が四の五の口を出す話でもなかろうが、それでも鶴屋さんに謝らんのは人としてどうなのだ。
「だから同じ事を何度も言わせるな愚鈍な少年よ。私は人ではなくサンタクロースであり、人の法や道徳倫理に従う責務は負っておらん。
 それに私は急いでいる。人間の法道徳に従う義務はないが、クリスマスプレゼントを配る義務はあるのだよ」
何を勝手な事言ってやがるんだこの自称サンタクロースは。言ってる事が支離滅裂だし、人間を見下してやがる。
だんだん腹が立ってきた。
だいたい急いでいるというのなら、なぜ墜落した時すぐに戻らなかった。そうせずにピストルごっこなどという意味不明な遊びを仕出かしたこのジジイが。
もう訳が解らん。悪夢なら目が覚めて欲しい。そうだこれは夢だ、夢に違いない。本当の俺は今頃ベッドの中に、
 
「あたしを引きずり込んで何してるつもりなの!!そういう事は結婚してからっていつも話してるでしょうがこのエロキョンが!!」
 
いきなり後頭部を叩かれた。何すんねんハルヒ。お前今まで寝ていたんじゃなかったのか。
「あんたがサンタさんと話してる間に起きてたわよ。ほらみんなも起きなさい、サンタさんが来たわよ」
ハルヒの指が差す方向を見れば、死屍累々を築いていたそれぞれのパーツが、ゾンビのようにむっくりと起き上がってくる。
死体ごっこはもう終わりですかお前ら。否サンタの遊びはまだ続いていた。起き上がった面々の瞳に宿っていたのは、この闖入者に奇異のまなざしではない。
まるで旧知の友を迎えるかのような、懐かしさと温かさが入り混じった感情だったように俺には思われた。
お前らこいつと初対面じゃなかったのか。
「これが教化の効果だ。蒼い銃は人間の感情をコントロールする。赤の銃は狂気を。そして黄色の銃はカルマを」
得意げに話すジジイ。言っている事はさっぱり理解できないが、要するにお前はその蒼い銃でこの場にいた人間を洗脳したと言いたいのだな。
そんなアホな話があるものか。
人間では太刀打ちできない知性と能力を持った存在が、ここには二人もいるんだぞ。たとえサンタクロースが人智を超えた存在であろうとも、所詮は地球レベルでのローカルな話だ。
仮に異星人がこの広い宇宙に存在したとして、そいつらにサンタクロースを見せた所で、一体彼らはサンタクロースにどんな価値を見出すというのか。
そこへ行くと長門と朝倉は、本人いわくこの宇宙を統括する親玉に作られた存在だ。こいつらが地球ローカルのサンタクロース程度に操られるはずがない。
ここまで考えたところで、急速に心が落ち着いてくるのがわかった。そうだ、皆グルになって俺を担ごうとしていたんだ。このサンタもグルなんだ。
首謀者は誰か。考えるまでもない。
つくづくハルヒも人が悪い奴だ。マヌケな俺が突然降って湧いたサンタクロースに右往左往上往下往する様子を皆で笑ってやろうという企画なんだろう。
おいハルヒ、人を担ぐのもいい加減にしろよ。そろそろネタバレの時間だ。
「ネタバレって?え、じゃああのサンタクロースは本物じゃないの?もしかしてあんたの友達か何かが化けてんの?」
予想外のリアクションだった。それを言うならお前の友達か何かじゃないのか。お前学校以外での人脈がハンパなく広いもんな。
「古泉くんほどじゃないけどね。でもサンタの知り合いなんて誰もいないわよ。今度の不思議探索で見つけてやろうと思ってたぐらいなのに」
マジか。
「マジよ。それがサンタの方から飛び込んできてくれたんだもの。これはいよいよあたしの人生が上向きになってきたってサインなのよ!」
どうやったらこの闖入者が本物のサンタクロースだと思えるのだろうか。サンタさんはいないんだぞハルヒ。
「うっさい!サンタクロースはいるのよ!」
まるで疑いを持たぬ無垢な眼差しを直視できず俺は顔を背けた。
このバカ本気でサンタクロースがいると信じてやがる。もう高校生なのに。
もはやかけるべき言葉もない。お前がベッドの枕元に吊るした靴下にプレゼントを入れているのは、サンタさんじゃなくて親御さんなんだよ。
「それは知ってるわよ!だけど靴下にプレゼントを入れるのが親だとしても、サンタクロースがいないって証拠にはならないじゃない!」
「聡明で賢いお嬢さんだな。そこの愚図な少年とは人間の出来からして根本から違う。誰をも愛し、誰からも愛される素晴らしいお嬢さんだ。世界中の人間が君のような人物であるならば、今頃この世は愛と平和に満ち溢れているだろうに」
不法侵入者がハルヒの肩を持ちやがった。黙れよジジイ。さもなくば四千ケロで買ったチェーンソーで今すぐバラバラにしてやる。
「お年寄りに何て暴言を吐くのこのアホキョンがぁ!!」
頸椎に強い衝撃が加わった。衝撃で前のめりに倒れ、顔を床にしたたかに打ちつける。打ち付けた反動で宙に舞い、背中から無様に着地する。
そのまま馬乗りの姿勢で俺にまたがったハルヒはたった一言、
「これ以上サンタさんに無礼な口を利いたら、あんた解ってるんでしょうねキョン?」
こめかみに青筋を浮かべたまま、この上なく魅惑的な微笑みを浮かべて俺を見下ろした。
 
ハルヒ特製鍋の歓待を受ける自称サンタクロースと、突然の訪問客に色めきたったハルヒや妹やその他大勢を尻目に、
俺はソリに占拠された座敷の片隅で普段の面々から説明を受けた。
古泉いわく、あのサンタクロースはハルヒが生み出した存在ではないかと。だったら蒼い銃って発想がどこから出てきたのか教えてくれ。
朝比奈さんいわく、あれは聖ニコラウスが現代にワープしてきた存在かもしれないと。聖ニコラウスはあんな格好してましたっけ。
長門いわく、この宇宙には物理法則を超えてソリを飛ばす存在がいても不思議ではないと。そうだなお前と朝倉と喜緑さんなら可能だよな。
皆の言い分を簡潔にまとめよう。
さっぱり解らん、という訳だ。そんな正体不明の存在を相手に鍋を振舞い酒を飲ませているハルヒの気がしれない。
「まあ、涼宮さんらしいと言いましょうか」
確かにな古泉。あいつは普段から宇宙人とか未来人とか不思議を探して街中を走り回っているが、いざ本物に遭遇しても普段通りに振舞うんだろうな。
「お母さん」
その通りだ長門。ハルヒのメンタリティはオカンのそれに近い、と俺は勝手に思っている。気に入った人間に対しては、やたら面倒見が良い。
それは今年春ごろ長門の看病に押しかけた時、団員の皆が思い知らされた事だった。そしてオカンは、特定の人間に対してやたら冷たく当たるものだ。
「ふええ。やっぱりキョンくん、いずれ禁則事項を……」
はいストップです朝比奈さん。未来人のあなたが言うとマジでシャレになりません。未来なんてわからないから二人は今を生きてるんです。
それにしてもジジイに鍋を喰わせつつ、ジジイが垂れ流す愚痴を適当にあしらい、うちの妹を鶴屋さんの下へ使いに走らせているハルヒを見ていると、
あれが未知と遭遇した時の正しい対処法であるような気もしないではない。
鶴屋さんは鶴屋さんで、破れた障子の事など気にしてもいなかった。余所様の家の事で腹を立てていた自分が馬鹿馬鹿しく思える。
確かに未知なる存在が、人間に敵対するものとは限らない。むしろ最初から敵対の意思をもって接してくる奴の方が少数派だ。
それが宇宙の真理である、と不意に気付いた。長門の親玉に対して、朝倉の親玉が決して優位には立てない理由がそこにはある。
そう、ハルヒの対応は宇宙の常識から考えれば極めてまともだった。とても洗脳されているようには――
俺の中で疑問が湧き上がった。果たして本当にハルヒは洗脳されているのだろうか。
もしハルヒが蒼い銃によって洗脳されたのであれば、同じく撃たれた長門も朝比奈さんも古泉も洗脳されているべきだ。
それなのに三人とも、俺との会話を普段通りスムーズに進めている。殊更にサンタクロースの存在を肯定するでも否定するでもない。
だとしたら自称サンタクロースのジジイが嘘を吐いている事になるのか。それともこの三人が嘘を吐いていることになるのか。
一つ質問を試してみることにした。
サンタクロースはいると思っているか、と。
「いる」「いますね」「いると思います」
三人が同時に答えた。ただこれだけで、三人とも洗脳されているという判断を下すのは難しい。なぜなら目の前の赤服を指して、
あれがサンタクロースだと言えば済む話だからだ。
したがって洗脳されているかどうかを確認するには、さらに質問が必要だった。
あいつは本物のサンタクロースか、と訊ねてみると。
「わからない」「もしかしたら本物かもしれないけど」「偽物である可能性も否定できませんしね」
たしかに洗脳はされていないだろう。だが洗脳とは言わないまでも、ジジイのいった教化とやらは成功しているかもしれん。
それに俺の中で引っかかることがもう一つだけあった。ジジイに銃で撃たれた時、みんな撃たれた振りをしていたじゃないか。
あれはジジイの影響下に入った証だったのではないか。
「違う」「違うわ」「違います」
三人が口を揃えて否定する。これは怪しい。だったら何で皆、銃で撃たれた時に撃たれた振りをしたんだ。相手は初対面だったはずなのに。
俺が訊くと、三人は互いに顔を合わせた。朝比奈さんと古泉が「やれやれ」と溜息を吐く。長門は一ミリも表情を変えなかったものの、
俺に向けた眼差しは残りの二人と全く同質のものだった。
「撃たれたらやられる、というのがこの国、特にこの地方でのお約束」
「えっと、みなさんが倒れてたので空気を読んでみました」
「意外かもしれませんけど、僕はこのノリが大好きなんですよ」
そういう事か。古泉お前の話は意外でも何でもなかったけどな。
つまり蒼い銃による教化ってのはデマなんだな。別にハルヒは洗脳されている訳でもなんでもない、いつもと同じハルヒなんだな。
念には念を入れて確認を取ろうとする俺に向けて視線が飛ぶ。間違いなくあいつの視線だ。
「キョン、ちょっと話があるんだけど」
三人から背中を蹴り押されるような格好でハルヒの前に辿りつくと、ハルヒの奴は正座で俺を待ちかまえていた。
無言の圧力に屈して何となく俺も正座で向いに座ると、
「重要な話があるの。ちゃんと聞きなさい」
ハルヒはこう切り出した。聞いてみない事には重要かどうかも判りようがないのだが、それを言い出してつまらん喧嘩になるのは俺も御免被る。
「聖なる夜にこういう事を言うのは、正直言ってあたしも心苦しいんだけど」
早く言えハルヒ、お前らしくもない。そう急かすとハルヒは少し眉を潜めたが、すぐに元に戻して、
「サンタさんの代わりに、煙突にプレゼントを放り込んできなさい」
何だって?
「だからサンタさんと服を交換して、そこのソリに乗って、今から街中の煙突という煙突にプレゼントを放り込むのよ」
日本語で話そうかハルヒ。どうして俺がそんな事をしなければならないのか、その根拠を言ってもらおうか。
「不覚にも、勧められるままに酒を飲んでしまったからな。乗りたくてもソリには乗れん」
少し頬を赤らめたジジイが、威厳を保ったまま鷹揚な口調でハルヒに代わって答える。
黙れジジイ。お前つい先ほど、人間の法や道徳に従う義務はないとか自分で言ってなかったか。だったら飲酒運転でも何でも勝手にするがいい。
人間の掟なんぞ気にする事なく、プレゼントを配る義務ってやつをとっとと履行しやがれ。
ジジイは立ちあがるでもなく、卓上の猪口を手に取って中身を飲み干す。飲み干して俺に語る。
「これは人の定めた掟に従っている訳ではない。私の内なる道徳規範に従っているまでだ。それともそこの愚劣なる少年よ、君は飲酒運転によって愛する人を失った、あるいは殺めてしまった人間にも、今と同じ言葉を投げかけるつもりかね」
去年の映画撮影現場で起きた悪夢を思い出さなければ、間違いなくこのジジイの顔面が砕けるまで灰皿で殴り倒していた所だろう。
それほど俺はこのジジイに対して反発心を抱いていた。我慢していたのは、ハルヒが浮かべたにこやかな笑みを壊してはならないと思ったからだ。
繰り返しになるが、俺は空気の読める男。略してKYだ。空気の読めない奴もKYと略すんだったか。
「まあ、普段着のままでソリの上からプレゼント配ってもマズイわよね。サンタさんも上から叱られるだろうし」
したり顔で頷くハルヒ。ところでお前の言う上って誰だよ。
「組織に決まってるじゃない!」
どんな組織だよ。
「サンタさんに聞いたのよ。組織があるんだって。このサンタさんの担当は、この街なんだってさ。そりゃそうよね。
 一晩で世界中にプレゼントを配るなんて大仕事、たった一人でできるわけもないし」
ねえキョン聞きなさい、とハルヒは母親のような声で俺に諭す。
「こんな所で休んでいるのがバレたら、サンタさん来年からプレゼントを配れなくなっちゃうわよね。そうなったら大変だわ。
 来年からこの街の子供たち、プレゼントを貰えなくなっちゃうわ。だから組織の目を欺くために、キョンが変装する必要があるの。解るでしょ?」
酒を飲んだのはそのジジイの勝手だろうが。
「だってお酒飲むかって聞いたら、サンタさんが飲むって答えたんだもの。だから妹ちゃんに頼んで、鶴屋さんのお酒を貰ってきたの」
お前も飲ませるなよなハルヒ。運転すると知っていた相手に酒を飲ませた方も、いざって時には法に問われるんだぞ。
「いいのよ。ここで会ったのも何かの縁、今晩はこのお座敷でゆっくりしていってもらえばいいと思ってた所なんだから」
なんだそりゃ。訊くとハルヒは立ち上がり、スレンダーな割に出るところの出た胸を突き出し、凛々しく眉を吊り上げて傲然と言い放った。
 
「お年寄りを深夜に働かせるなんて、あたしが許さないわ!」
 
というわけで、俺はトナカイに牽かれたソリに乗って市内の空を飛んでいる。
やたら寒く、座敷の温かな鍋が恋しくて仕方なかった。だが七十個以上の煙突にプレゼントを投げ込むまで、俺は帰れない。
赤服に袖を通した間抜けな俺は、そこで初めて仕事上での注意事項を聞くのを思い出した。
今時煙突のある家なんてどこにもない。プレゼントは本来子供に届けるものであるにも関わらず、指令では煙突にプレゼントを投入するよう厳命されていた。
窓から侵入して配る、という方法を採っては駄目なのか。結果は駄目だった。
「先ほどから私の話を聞いていなかったのか、愚昧な少年よ。子供たちにプレゼントを配る、とは一言も言っていなかったではないか。私はただ、煙突にプレゼントを投げ込む義務のみを負っている。子供に届ける義務など最初からありはしない」
サンタクロースの存在を全否定するような発言を、ジジイはさらりと言ってのけた。俺の服を着て、酒のお替りを悠々と飲みながら。
やっぱりこいつサンタクロースじゃねえよ。だったらサンタクロースが煙突にプレゼントを投げ込む意味は何だってんだ。この労働には何の意味がある。
ラーゲリで山の土を右から左に移動させる拷問があったと思うが、あれと同質の無意味な仕事か。
質問すると、ジジイはこう言いやがった。
「神聖な儀式のようなものだ。子供たちへプレゼントを配る存在は、何も私とは限るまいに」
神聖な儀式を他人に代行してもらおうとか考えるか普通。サンタクロースがあんなのばっかりだとは信じたくない。
正直言ってあのジジイは中身が腐ってやがる。
あれがサンタの代表例だというのなら、この世は既に終わっている。今すぐハルヒに俺がジョン・スミスだって暴露してやりたいぐらいだ。
すぐに辞退してやろうと、赤服の袖から腕を抜こうとした。脱げない。
「遺憾ながら七十個のプレゼントを煙突に投げ込むまで、君はその服を脱げないぞ。義務を果たさぬ限り、一生その格好で過ごすのだ。入浴の時も就寝の時もその服を着続けるのだ。湯が服に浸み込んで、一晩中乾かないのだぞ。それでは一生安眠できまい」
首に巻きついたアナコンダを引き剥がそうとするかのように無駄な格闘を続けていた俺に、ジジイが憐れむような眼差しを注ぎやがった。
そういう事は早く言いやがれこのクソジジイ。なぜもっと早く言わなかった。
「言えば君は協力する気になったかね? 卑怯だと罵倒したくばそうするがいい。だが覚えておきたまえ、大人とは卑怯な生き物だと」
 
こうなりゃヤケだ。街中の煙突という煙突にプレゼントを放り投げてやろう。ジジイも言っていた事だ、相手が煙突であればよいと。
住宅の煙突であろうが、化学プラントの煙突であろうが、火力発電所の煙突であろうが、煙突は煙突だ。
絶対に子供には届かぬプレゼントを投げ込むことに、良心の呵責を感じなくもなかった。
小包を一個煙突に投げ込むたびに、おもちゃが欲しくて泣いているだろう子供の姿が脳裏を過る。
このプレゼントを喜んで欲しがる子供だって、世界中を隈なく探せば見つかっただろうに。
投げ込めば灰塵に帰すこと確実な煙突に、それを投下して行かねばならないとは。
とはいえ俺だって、この忌まわしい赤服を脱ぎ去るためにはノルマを果たさなければならない。ノルマを果たすためには煙突にプレゼントを投げ捨てつつ、空を飛び続けねばならない。
当然の事ながら、空というのはトナカイが牽くソリの占有空間というわけでは決してなかった。当然ながら、空には鳥が飛んでやがった。
鳥目、という言葉にもあるように、普通鳥は夜中に空を飛ばないと思っている人もいるだろう。が、現実にはそうとも限らない。
猛禽類の一種であるフクロウを例に挙げるまでもなく、ミミズクやオウルなどの様々な種類の鳥が空を徘徊しており、それらの回避運動にも神経を使わされた。
どうやらトナカイは決まったコースしか飛ばないらしく、俺の言うように進路を取る事はない。せいぜい上下に移動するのが関の山だ。
そのコースにはトンネルも含まれていた。やったね。ハリーポッターも真っ青な空中アクションを実体験できたって凄い事だよな。
トンネルの中で、浮浪者と思しき人間が廃材を集めた家を建てていた。そしてその屋根にあったのは――
煙突。石焼き芋を売る車から流用したと思しき煙突だった。
せっかくだから、ノルマを一つ果たしていくか。工場の煙突もこういった煙突も、煙突には変わらない。
投げ込んだところで子供の手に届く事がない点もよく似ている。小さな穴にうまく入れるのは難しいけどな――
 
無事にノルマを果たし、出発地点の鶴屋邸離れの座敷に戻ると、朝比奈さんが温かいお茶を淹れて待ってくれていた。
とりあえず駆けつけ一杯、服を着替えてまた一杯。俺好みの濃い目のお茶を味わっていると、脇を誰かさんの肘で突かれた。
何だよハルヒ。寒い空を飛んでたから、少しでも温まりたいんだよ俺は。
「だったらいい物を持って来たわ。はいこれ、食べなさい」
そう言ってハルヒが俺の目の前に突き出してきたのは、ポン酢に浸したカニの足。きちんと殻も向いてある。
少し茹で過ぎたようにも思われたが、空を飛んで冷え切った身には中々美味である。
先ほど喰いそびれたカニを頬張りながら俺は考えた。俺が煙突に投げ込んだプレゼントの中身って、一体何だったんだろうか。
さっさとノルマを果たす事だけを考えていた時には思いもよらなかったが、中身は何か高価な物だったのだろうか。
それともあれが儀式であった以上、プレゼントもただの象徴であり、そして俺は何も入っていない小包を良心に苛まれつつ投下していたのだろうか。
まるで俺の心の中を見透かしたかのように、ジジイが威厳を湛えた微笑みを俺に送る。
「中を確かめてみるがよい。君はそれと同じ物を配っていたのだ」
その言葉に突き動かされるものを感じて小包を開けた瞬間、KYな俺の背後で空気が凍るのがはっきりと判った。
というか俺自身も、あまりなプレゼントの内容に凍りついていた。
 
『背肩三四五六 真剣遊戯』
 
サターン末期に出たせがた三四郎のキャラゲーの、さらにパチモノという酷い代物だった。
こんな物を七十個配るのが儀式だと。誰が欲しがるってんだこんなパチモノソフトを。
俺は無言でディスクを叩き割ったが、今度こそ俺を咎める奴は誰もいなかった。
 

<<終>>
 

 

 
以上です。
蒼い銃とかオチのパチモノゲームのネタは
ttp://e56.info/freeze/freezetop.htm
ここから採ってます。
ネタ元解説しなきゃならん時点で、パロとしては失敗という見方もできますが。

こんなブラックなネタを投下しておいて、今さら申し上げるのもおこがましいのですが、

皆様よいクリスマスをお過ごし下さい。