古泉一樹の驚愕 (110-464)

Last-modified: 2009-05-20 (水) 00:06:46

概要

作品名作者発表日保管日
古泉一樹の驚愕110-464氏09/05/1909/05/19

作品

 やあ、どうも皆さん。古泉です。
 
 今日も放課後に例の部室に来ています。”朝比奈みくる”はメイド服姿でお茶の準備を、”長門有希”はいつものように窓際で本を読んでいます。いや、彼女達を呼び捨てしてすみません。『機関』への定時報告では敬称をつけてませんので、つい。でも独白にまで敬称を付ける必要はないでしょう?
 さて、ここのところ僕の監視対象である”涼宮ハルヒ”の精神状態は安定しているらしく、ゆらぎを感知する事はあってもその後は閉鎖空間の出現はありません。おかげでバイトが減って僕の懐も少し寂しいですが、それはそれで平和なあかしでもありますから、歓迎すべき事態でもあります。それもこれも”彼”のおかげです。
 ”彼”。皆からは”キョン”と呼ばれているその”彼”が”涼宮ハルヒ”の前に出現してからというもの、僕を取り巻く状況は急変しました。最初は”涼宮ハルヒ”を扇動できた人間と言う事で、”彼”に対して少々警戒していましたが、その心配は無用でした。そして”彼”に接するうちに段々と僕も彼が好きになっていきました。ああ、勘違いしないで下さい、一部の皆さんが思ってるような趣味は僕にはありません。いや話がそれましたが、なるほどあれほど包容力のある人間であれば”涼宮ハルヒ”が心を許したのもわかる気がします。そして僕の仕事は、”涼宮ハルヒ”だけでなく”彼”も監視するというものに変化しました。僕は今日も笑顔と言う仮面をかぶってそれを続けているのです。
 
 おや”彼”が来たようです。ドアをノックする音がしました。
「あの~すみません。入っていいですか?」
 ”朝比奈みくる”が着替えているかいないかを確認しているようです。
「は、はい、キョンくん。大丈夫ですよ」
 ”朝比奈みくる”がその問いに答えています。それを聞いた”彼”はおそるおそるドアを開けました。
「んじゃ失礼しますよ」
 ”彼”は独り言をいいつつ定位置でもある席に座りました。いつもと違い、彼は少し眠むそうです。そしてあくびをした後、僕に向き直りました。どうやら僕に確認したい事でもあるようです。
「よお古泉。どうだ、最近は?」
 おそらく閉鎖空間の事を聞いてきてるんでしょうが、一応確認しておきましょう。
「どうだ、とは、閉鎖空間の事ですか?」
「他にお前に確認する事はないはずだぞ。それとも何かハルヒと企んでるのか?」
「いや失礼しました。確認したまでです。幸い、閉鎖空間は出てませんよ。それに今現在、涼宮さんと企画している案件はありません。本当ですよ」
 ここは正直に答えておきましょう。隠すほどの情報もありませんし。
「そうか、それならいい」
 ”彼”はぶっきらぼうに言いました。いつもならここで会話は一旦切れますが、僕はその”彼”の台詞に何やら含みがあるような気がしました。いや根拠はないのですが、直感です。そういう疑問はすぐに確認すべき事なので、問いかけてみましょう。
「それでよいのですか?」
 ”彼”は少し動揺したような表情を浮かべました。どうやら僕の直感があたったようです。続けましょう。
「あなたがそういう質問をされる、ということは、あなたに何か心当たりがあるんじゃないですか? 例えば僕の知らない閉鎖空間でも現れた、とか?」
 少し冗談を含めて質問してみました。それくらい極端な質問をすれば何かリアクションがあるはずですが…
「い、いや、そういう事はないぞ。たぶん」
 少し驚きました。”彼”が完全否定をしないという事は何か隠していますね。僕の直感が当たったようです。続いて確認をしようとしたのですが、それはバーンとドアの開く大きな音で中断されました。
 
「やあごめんごめん! 遅れちゃった! ちょこっと手間取っちゃって!」
 
 ”涼宮ハルヒ”の大声が部屋に響き渡りました。彼女のご機嫌はすこぶる良いようです。
 
 
 それからしばらく後の事です。
「じゃ、先に帰るわよ!」
 ”涼宮ハルヒ”の大声が部屋に響き渡りました。下校時間前なのに帰るようです。
「もう帰るのか、ハルヒ?」
「何言ってんのよ、キョン、あんたも来るのよ!」
 そしてブツブツ言う”彼”を強引に引っ張っていって僕たち3人に向かって「戸締りよろしく!」と言って出て行ってしまいました。結局”彼”に僕の直感について確認する間もありませんでした。
 
 しかし…昨日も一昨日も下校時間前に”彼”と一緒に早めに帰っていました。どういう事でしょう? そして”彼”の最後の台詞が気になります。しかし肝心の”彼”がいない今、確認する相手は残りの2人しかいません。どちらに確認すべきかと言えば…窓際に座っている彼女の方が適任でしょう。
「長門さん、少し質問があります、よいですか?」
「どうぞ」
 ”長門有希”は本を読んだままですが答えてくれました。さて許可が出たので、確認しましょう。まずは閉鎖空間について確認です。
「長門さんは閉鎖空間の出現を検知していますか?」
 これは否定されるはずです。そう思って次の質問を考えていました。ですが…
「検知している」
 え?
「2日連続で夜中に出現している」
 ええ!?
「今回のは完璧に遮蔽されており、あなたでは検知は不可能」
 えええ!?
「2人きりになりたいという涼宮ハルヒの願望が生み出したものと想定される」
 ええええ!?
 予想外の回答に僕は茫然となってしまいました。遮蔽? 僕たちでは検知できない閉鎖空間? 2人きり? しかし、それが何であるかを考える前に”長門有希”は本を閉じ、僕の方を向き更に驚くべき事を話し始めました。
 
「閉鎖空間内では2人は共同作業をしてる模様。2日前はゴムを忘れたが、昨夜はちゃんと持ち込んだ」
 
 え、いや、あの…共同作業? それにゴムって何ですか? ま、まさかそれは!?
「だが心配はいらない」
 いや、あの、それは色んな意味でものすごく心配な事だと思うのですが。しかし”長門有希”はそれ以上は興味がないとばかりにまた本を広げて読み始めてしまいました。これ以上は話をする気はないようです。いやそれよりも、いきなりの爆弾発言に僕は茫然となってしまいました。まさかあの2人がそんな関係になっていたとは驚きです。いやそれよりも遮蔽されている閉鎖空間、つまり”遮蔽的閉鎖空間”出現は緊急事態です。いや慌ててはいけません、落ち着かないと。そう思って顔をあげると、ふと”朝比奈みくる”と目があいました。
「うふふ、あなたがそんな焦った顔するなんて。珍しいモノを見ちゃいました♪」
 ”朝比奈みくる”は笑顔で僕に語りかけてきました。僕は笑顔と言う仮面を落としていたようです。僕は辛うじて笑顔を戻しつつ彼女に質問しました。
「あ、朝比奈さん、遮蔽的閉鎖空間の出現ですよ。あなたは心配じゃないんですか?」
「大丈夫ですよ、アレは週末には収まります。それに涼宮さんはああ見えても乙女さんですし、キョンくんも紳士ですから。でもこれ以上は…」
 そう言ってウィンクしつつ例の決め台詞を言いました。
「禁則事項です♪」
 その笑顔、”彼”の言う通り見る者をすべて恋に落とすくらい、危険です。というか、この台詞は”朝比奈みくる”ですら事情を把握しているという事を意味しています。なんと僕だけが何も把握していないのです。
 
 これはいけません。僕は部室を飛び出して、携帯を取り出してこの時の為の緊急番号へTELしました。
「古泉です。緊急事態です。新型の閉鎖空間の出現の情報をキャッチしました…そうです…フェーズを3から4へあげて下さい。大至急です!」
 
 
 遮蔽的閉鎖空間という新型閉鎖空間の出現により、僕達はほぼ毎日徹夜に近い状態で状況を探る羽目に陥りました。
 
 緊急事態という事で新川さんや森さん、田丸さん兄弟に手伝って頂き、夜中にサーモグラフィーまで使ってあの2人の所在を終日監視しました。しかし不思議な事にあの2人はこの世界に留まったままで、閉鎖空間に入った形跡を全くキャッチできませんでした。僕は”長門有希”と”朝比奈みくる”に担がれた可能性も考えて恥を忍んで何度も確認したのですが、彼女達はそれを否定しつつ「心配ない」と繰り返すのみでした。他に”喜緑江美里”などの他のTFEI端末にも接触して情報収集しましたが、『機関』が知らない何かが起きているという事以外の情報を得ることはできませんでした。結局、にっちもさっちも行かなくなって次の週の月曜になってしまいました。
 
 その日の放課後、僕は睡眠不足のまま部室に向かいました。こうなったら遮蔽的閉鎖空間に入ったであろう”彼”に確認するしかありません。ノックすると中からは”彼”の声がしました。
「ど~ぞ」
 入って見ると、”長門有希”と”彼”しかいません。『事情聴取』には好都合です。
「なんだ古泉か」
「朝比奈さんで無くて申し訳ありません」
 少々皮肉で返事しておきましたが、”彼”はそんな事気にしなかったようで、僕の顔をじーっと見ています。
「まあな。それよりどうした?」
 珍しく”彼”は僕の事が気になるようです。
「どうした、とは何の事でしょう?」
「お前が笑顔も見せないで疲れた顔をしてるのを見て疑問に思わない訳ないだろうよ」
 おっとこれはいけません。笑顔を作らないと。
「これは申し訳ないです」
「無理して笑顔に…いや、まあいい」
 ”彼”は何か言おうとして止めました。ではこのタイミングで質問してみる事にしましょう。
「僕が疲れた顔をしている理由を、あなたはご存じなのではないですか?」
「古泉、やっぱりお前知ってたんだろ」
 僕の問いかけに”彼”は食いついてきました。
「知っていた、とは閉鎖空間の事ですか?」
「それ以外に何があるんだよ」
 どうやら遮蔽的閉鎖空間は出現していたようです。慎重に聞いてみましょう。
「いや、すみません。先週あなたに問われた時は知らなかったんです。いや本当ですよ」
 そう、嘘はついていません。僕はあの時は本当に知らなかったんですから。
「お前の事だから密かにどこかで俺やハルヒを見てたと思ってたんだが…」
「残念ながら。でもあなた方の愛の営みを邪魔せずに済んで良かったとも思ってます」
 これは半分本音です。この2人がどのような形であれ結ばれる事は当然だと思ってますから、ピーピングトムせずに済んだ事は喜ばしい事です。あとの半分は残念と…いやこれ以上は止めましょう。しかし”彼”は僕の台詞にものすごく不思議そうな顔をしています。
「古泉、何か勘違いしているみたいだな。別に俺は見られてヤマしい事はしてないぞ」
「そうなのですか?」
「というか、お前からそんな意味不明な台詞が出てくるところを見ると、本当に閉鎖空間に入ってないようだな」
「その通りです」
 ”彼”が僕の台詞に乗ってきたところで、ずばり今回の状況について尋ねてみましょう。
「実は長門さんからは遮蔽的閉鎖空間としか伺っていませんし、僕も『機関』も困り果てていたところです。僕の為とは言いませんが、ヒントでも教えて頂けたらと思いまして」
 ”彼”は初めて驚いた表情をしましたが、その次に出てきた台詞は非常に謎めいたものでした。
「だが古泉、もうあの閉鎖空間はたぶん出て来ないぞ。なぜならハルヒはもうアレで満足したからな」
「満足…させたのですか?」
「ああ。って、おいまて古泉、変な想像するな!」
 
 しかし僕の質問タイムは唐突に終わりを告げました。扉に走ってくる大きな足音がします。
「わかりました、続きは後ほど…」
 そこでバーンと大きな音とともに扉が開き元気な声が響き渡りました。
「やっほーい!みんないる~~」
 しかし、一体…閉鎖空間では何があったんでしょうか?

インターミッション(キョンの独白)

 後で知った話だ。あのときは、古泉の奴は何勘違いしてるんだ、そう思っていた。だがしかし…
 
「涼宮ハルヒは意識的にしろ無意識的にしろ、願望の世界にある程度の制限をかけた。例えばゴムの持込は現実世界で実際に購入してから行った」
 おい長門、ゴムって省略すんな。そういう言い方だと明らかに誤解を招くだろうが。
 
「え~、あのあの、あたしも詳しく知らないんですけど…ゴムって何のことですか?涼宮さん、それでキョンくんと何をしてたんですか?」
 朝比奈さん、あなたも更に誤解を招くような事言わないでくださいって。
 
 ああ、俺が居なかった時のこの2人の台詞と、驚愕して慌てふためく古泉の姿が目に浮かぶようだ。つーか、ちょっと待てって! 俺は後ろめたい事は何もしてないぞ。とりあえず俺の話を聞いてくれ!!
 

キョン種明かし編

 俺は部室の扉の前にいた。
 
 いつも見なれた扉なのだが、実はここは閉鎖空間だ。長門が言うには今回は遮蔽された閉鎖空間との事で、なんと古泉は気がついてさえいないとの事。やれやれハルヒの奴、面倒な事してくれる。そしてその肝心のハルヒはと言えば、ここを今回は何でか夢の中だと信じているらしかった。とりあえず俺はその路線で話を合わせておく事にしていた。
 コンコン!と、俺は扉をノックした。
「よお、入るぞ?」
「さっさと入ってきなさいよ!」
 中からハルヒの大声がした。俺は扉を開けて中に入った。
「遅いわよ、キョン。あんた夢の中でも遅刻するの?」
 ハルヒはアヒル口で怒ってやがる。遅いとか言われても俺の力ではどうしようもないんだが、そんな事を言っても仕方がない。つーか、本当にここを夢の中だと思ってるんだな、お前は。
「ああ悪い。ところで今日は何すんだ?」
「今日はいくつか作って、そのあとこれでグラウンドで飛ばすわ!」
 そう言って、”ゴム紐”を取りだした。そういえば昨日は”ゴム紐”を忘れたとか言って飛ばさなかったんだよな。しかし夢…じゃない閉鎖空間なんだから”ゴム紐”くらいハルヒが作りだせばいいのに、なんでいちいち持ち込もうとするのやら。
 
 ああ、悪い悪い説明しよう。ハルヒの奴、この前の日曜の例のハカセくんを教えていた時に、たまたま本棚で目に着いた『作ってあそぼう!とってもよく飛ぶ紙飛行機』とかいう本に興味を示して、挙句の果てに次の週末にハカセくんとその本で作った紙飛行機で飛距離の競争をする妙な約束までしてしまったらしい。
 それだけならハルヒが勝手にやってれば、と思うのだが、なぜか紙飛行機の制作を閉鎖空間でおっぱじめやがった。閉鎖空間で作った紙飛行機が翌朝寝室で出来ていたら普通なら”おかしい”と思うはずなのだが、ハルヒの中ではなぜか整合性が取れてるらしい。そして俺はと言えばその閉鎖空間になぜだか引っ張り込まれて一緒に制作する羽目に陥ってるって訳だ。
 かくいう俺も引っ張り込まれた最初の日はとにかく訳がわからず当惑したが、いつの間にか閉鎖空間から戻った直後に長門から電話で色々と説明されてようやく理解した訳だ。長門、ありがとよ。
 
「おいハルヒ」
「何よ」
「そういえばここは何で俺だけなんだ?」
「ハカセくんとの競争なんだから、有希やみくるちゃんや古泉くんの助けを借りる訳にはいかないじゃない」
「俺はいいのか?」
「あんたはいいのよ」
「なんだそりゃ?」
「い、いちいちあげ足取らない!!」
「へいへい」
 
 結局、紙飛行機をいくつか追加で作って、グラウンドに出てゴム紐を使ってハルヒの奴は飛ばしまくっていた。俺はと言えば、ハルヒが飛ばした紙飛行機を拾う係だ。閉鎖空間でこんな事するとはな。しかしこの紙飛行機、結構よく飛ぶな。
 
 そして今朝も気が付いたら俺はベッドの中にいた。なあ、こんなのが今週末まで続くのか!?
 
 俺はまたまた部室の扉の前にいた。いや今回はちゃんと現世(?)だが。何が悲しくて夜も昼も何度もここに来るのやら。俺は嘆きつつ部室のドアをノックした。しかし閉鎖空間にいたせいか眠いぜ。
 
「あの~すみません。入っていいですか?」
「は、はい、キョンくん。大丈夫ですよ」
 閉鎖空間の時と異なりちゃんと朝比奈さんの声がして俺はほっとした。俺はゆっくりドアを開けた。
「んじゃ失礼しますよ」
 ハルヒ以外の3人はちゃんと集合していた。ああ、ハルヒは掃除当番で遅れるとさ。盛大に埃でも撒き散らしている頃だろうな。俺は椅子に座った。なお長門によれば、今回の閉鎖空間はこの前のと異なり現世(?)と繋がってるとの事で、そのせいで古泉達では検知できないらしい。そうなった理由だが、閉鎖空間内のハルヒ自身が長門や朝比奈さんや古泉から助けを借りないと言っていた事から、無意識で閉鎖空間を遮蔽したんじゃないか、というのが長門の意見だった。
 とりあえず、目の前のスマイル野郎に確認しておくか。
「よお古泉。どうだ、最近は?」
「どうだ、とは、閉鎖空間の事ですか?」
「他にお前に確認する事はないはずだぞ。それとも何かハルヒと企んでるのか?」
「いや失礼しました。確認したまでです。幸い、閉鎖空間は出てませんよ。それに今現在、涼宮さんと企画している案件はありません。本当ですよ」
「そうか、それならいい」
 どうやら長門の言う通り、古泉は全く気が付いていないらしい。
「それでよいのですか?」
 ん?
「あなたがそういう質問をされる、ということは、あなたに何か心当たりがあるんじゃないですか? 例えば僕の知らない閉鎖空間でも現れた、とか?」
「い、いや、そういう事はないぞ。たぶん」
 もしかして古泉の奴、気がついているのか? しかしそう思ってる所に走ってくる大きな足音とバーンとドアの開く大きな音。
「やあごめんごめん! 遅れちゃった! ちょこっと手間取っちゃって!」
 ハルヒの大声が部屋に響き渡った。ご機嫌はすこぶる良いようだが、寝不足にはならんのか、お前は。
 
 それからしばらく、ハルヒは朝比奈さんをオモチャにしたりして遊んでいたが飽きたらしい。
「じゃ、先に帰るわよ!」
 下校時間前なのに帰る気だ。
「もう帰るのか、ハルヒ?」
「何言ってんのよ、キョン、あんたも来るのよ!」
 なに? と問う間もなく俺の腕を引っ張ったかと思ったらさっさと扉に向かいやがった。
「戸締りよろしく!」
 ハルヒは大声でそう言ったかと思うと、廊下に俺を引っぱり出した。
「ちょっと付き合ってもらうわよ、キョン!」
「どこに行くんだ?」
「どこでもいいじゃない! もっと強力な”ゴム紐”買いに行くのよ!」
 
 どうやら閉鎖空間でも現実でも紙飛行機にご執心らしい。やれやれ。
 
 結局、例の遮蔽的閉鎖空間は週末まで続いた。そして毎晩俺はハルヒに紙飛行機を作らされ、飛ばした紙飛行機を回収させられたって訳だ。そして日曜、ハカセくんとの紙飛行機対決。結果から言うとハルヒの奴が勝ったらしい。というのも、その夜に閉鎖空間が出現しなかったからだ。やれやれ、俺に久しぶりの平穏と安らぎが訪れた。
 
 次の日の放課後、俺が部室に行くと長門しかいなかった。とりあえず確認しておこう。
「長門、もう閉鎖空間は出てないよな?」
「もう閉鎖空間は出現しない」
「ハルヒが勝ったからか?」
「そう」
 相変わらず必要最小限の答えしか長門はしてくれなかったが、大体理解した。しかしハカセくんに負けてやる、という発想はハルヒには欠けらもないらしいが、負けたら負けたでまた閉鎖空間に引きずり込まれそうなので、それはそれで不問にしよう。そう思ってるとノックする音がした。
「ど~ぞ」
 朝比奈さんを期待したが、残念ながら古泉が入ってきた。
「なんだ古泉か」
「朝比奈さんで無くて申し訳ありません」
 古泉の顔を見ると、えらくやつれていて笑顔がない。珍しいな。
「まあな。それよりどうした?」
「どうした、とは何の事でしょう?」
「お前が笑顔も見せないで疲れた顔をしてるのを見て疑問に思わない訳ないだろうよ」
 そこで古泉ははっと気がついた顔をして、ニコニコスマイル顔をした。しかし何だか無理やりって感じだぞ。
「これは申し訳ないです」
「無理して笑顔に…いや、まあいい」
 聞いたところでどうにかなるわけじゃない、と思ってる所に、古泉から意外な質問が来た。
「僕が疲れた顔をしている理由を、あなたはご存じなのではないですか?」
 まぁ心当たりは無い事はないな。とりあえずカマかけて見るか。
「古泉、やっぱりお前知ってたんだろ」
「知っていた、とは閉鎖空間の事ですか?」
「それ以外に何があるんだよ」
「いや、すみません。先週あなたに問われた時は知らなかったんです。いや本当ですよ」
 どうやら古泉は”遮蔽的閉鎖空間”については気が付いていたらしい。もしかしたら実は閉鎖空間内で俺とハルヒのやってる事見られたか? いや、別にみられて困るような事してないが。
「お前の事だから密かにどこかで俺やハルヒを見てたと思ってたんだが…」
 しかし帰ってきた答えはトンチンカンなものだった。
「残念ながら。でもあなた方の愛の営みを邪魔せずに済んで良かったとも思ってます」
 愛の営み? なんだそりゃ?
「古泉、何か勘違いしているみたいだな。別に俺は見られてヤマしい事はしてないぞ」
「そうなのですか?」
「というか、お前からそんな意味不明な台詞が出てくるところを見ると、本当に閉鎖空間に入ってないようだな」
「その通りです」
 古泉は少しためらった後、ゆっくり話し始めた。
「実は長門さんからは遮蔽的閉鎖空間としか伺っていませんし、僕も『機関』も困り果てていたところです。僕の為とは言いませんが、ヒントでも教えて頂けたらと思いまして」
 古泉はどうやら本当に困っているような感じだった。まぁ正直に答えておくか。
「だが古泉、もうあの閉鎖空間はたぶん出て来ないぞ。なぜならハルヒはもうアレで満足したからな」
 ハルヒはハカセくんに紙飛行機競争で勝ったから、な。
「満足…させたのですか?」
「ああ。って、おいまて古泉、変な想像するな!」
 
 しかし古泉の質問タイムは唐突に終った。扉に走ってくる大きな足音がした。
「わかりました、続きは後ほど…」
 そこでバーンと大きな音とともに扉が開きハルヒの元気な声が響き渡った。
「やっほーい!みんないる~~」
 今日もハルヒはハイテンションだ。やれやれ、今度は何が起こるやら。