図書館 (87-345)

Last-modified: 2008-04-20 (日) 19:16:26

概要

作品名作者発表日保管日
図書館87-345氏08/04/2008/04/20

作品

「不思議な本を探すに決まっているじゃない!」
100Wの笑顔で言い放つハルヒ。既に不思議な本とやらを見つけたつもりらしい。
せめて開いたら叫びだすぐらいで済んでもらいたいもんだ。
じゃないと長門も古泉もおらず、まあ朝比奈さんがいても状況が代わるとは思えないが、つまり俺とハルヒの二人っきりで何かが起きたら手にあまるに決まっている。
 
もう一度言おう。俺はハルヒと二人っきりなのだ。
こんなときに限ってハルヒのやつはいつも以上に絶好調で、俺の経験から言えば間違いなく何かが起こる。
では、何故こうなってしまったのか。今回は呼び出されたわけでもなければ、もちろん呼び出したわけでもない。
出会ってしまったのだ。偶然。駅前で。まったく現実と言うのは時として我々人間には理解し難いものなのだ。
最初ハルヒは渋いお茶でも飲んだような顔をしていたんだが、俺を見つけたとたん、急に笑顔を取り戻し、うむを言わさず可愛そうな子羊はここ、中央図書館に連れてこられたってわけだ。
運命の女神は朝比奈さんに嫉妬しているのか、それとも暴君王女の前じゃあお手上げってところなのか。
 
 
俺はハルヒが座っている6人くらいで囲めそうな大きな机の向かい側に座り、今しがた運んできた本とこれからまた戻しにいかなければならない本とを並べている。
作業の途中でハルヒの方へ視線を動かすと、どうやらハルヒも俺に何かを言いたいらしく、一冊のノートを差し出してきた。
このノートは、先程大声を上げた誰かに職員が(もっと大きい声で)注意していたのを聞いて、余計な揉め事を起こしたくない俺が、ハルヒにしゃべらないように提案し、ハルヒも、それくらい一般常識よ、と言い、どこに持っていたのか知らないが、俺への指示を伝達するために先ほどから二人の間で使われているのだ。
もっとも書き込んでいるのはハルヒだけで俺は受けるだけという構図だがな。
ノートの文字を見てみるとそこには、「全然面白くないじゃない」と記されていた。
さっきから全然読んでない。大体お前がもってこいといったやつだ。俺はノートに書き込んでハルヒに返した。
しばらくノートを眺めたハルヒは、いたずらっぽい笑みをしたかと思うと、ちょこちょこっと書き込みをして差し出してきた。
「じゃあアンタが面白いと思った本」
持ってきてくらい書け。と書こうかと思ったが、ハルヒがさっさと行けといわんばかりに俺を見つめてくるので
俺はしぶしぶながら、先ほど峻別した本を両手に、また本棚のほうへと歩き始めた。一体何を選べばいいのか。
 
 
タイトルを見るといかにも不思議な内容だと思われる本も何冊かあったが、それは普通のレベルであってその程度でハルヒの満足を得られるとは思わない。
かといってあまりにも硬そうな本ならきっと読ますに返してくるに違いない。
そんな葛藤をすること20分。俺は苦労して数冊の本を選んで持って戻ってきてみると、意外にもハルヒは読書に熱中していた。
俺がハルヒに戻ってきたことを伝えようと机に近づくと、ご丁寧に机の真ん中にノートが広げられて置かれていた。
「待機!」
人に待機を命じるくらい熱中する本があるなら自分で探しに行けよ。そう思ってハルヒを見ていたが、ハルヒは本と向き合いっぱなしだ。この調子だと俺が戻ってきた事にも気づいていないかもしれない。
しょうがないので、俺は自分の椅子に座ると、選んできた本を自分で読みはじめた。
さながらわがまま姫の世話をする気分だったが、ハルヒに読ませるつもりだった本を読んでも全然面白いはずがなく、こりゃ失敗したな、と思ったが、行ったりきたりを繰り返した俺に立ち上がる気力など残っておらず、そのうち徐々にまぶたが重くなり、結局寝てしまった。
 
「……っと、キョ…ってば、…起きな…いよ」
目を開けると目の前にハルヒがいた。ハルヒは小声で、俺にだけ聞こえるように、
「もう暗くなってきちゃったじゃない」
と言い、視線を動かす。俺はハルヒの視線をたどり、どっかの城に出てきそうな大きな窓を見ると、ハルヒの言うとおり、たしかに空はすでに暗くなっており、ちらほらと星が輝き始めていた。
「すまない。どうやら寝ちまってたみたいだな」
「いいから、顔洗ってきなさいよ。その間に帰る準備しとくから」
ややテレ気味に言うハルヒの反応を理解出来ないでいたが、突っ立っててもハルヒの機嫌を損ねるだけと判断した俺は言われるがまま顔を洗いに行く事にした。
 
 
「結局、不思議な本は見つかったのか?」
街頭が照らす帰り道。ハルヒはご機嫌なようでさっきから鼻歌交じりに俺の前を歩いている。
どうしてこんなにご機嫌なのか分からず、どうしようか迷ったが、やはり聞かずにはいられなかった。
ハルヒは俺の方を振り返って、
「見つからなかったけど、もういいの。それに不思議なことがそう毎日起こっちゃ面白くないじゃない」
不思議なことが起こって欲しいのか欲しくないのかどっちなんだか分からない言い草だな。
「なによ、ずっと寝てたくせに生意気ね」
出会いがしらに図書館へ連行してあれこれ運動をさせ、結局自分が選んだ本を読んでるやつと、文句一つ言わずに従った俺と、果たしてどっちが生意気なのかね。
「何言ってんのよ。キョンが持ってきたんじゃない。これ面白いぞって」
そんなことも覚えてないなんて情けないわ、と言ってハルヒはため息をついた。
だが、俺のほうはそうもいかない。
『俺が本を持ってきた』?
俺が戻ってきたときにはすでにハルヒはその本を読んでいたんだぞ。俺が渡せるはずがない。
ということはどういうことなんだ?
実は今も夢の続きで本当の俺はまだ図書館で寝ているとか、ハルヒのやつが不思議な本を求めすぎて、得体の知れない俺を作り出しちまったとか、いよいよ俺も訳の分からん能力が開発されちまったのか、まあ考え出したらきりがないが、つまるところ今俺たちは安全なのか?
 
ハルヒにいつその本を渡したんだなんて間抜けな質問をするわけにも行かないし、長門か古泉あたりに連絡するのがベストだが、肝心なときに限って携帯電話のバッテリーはなくなっている。
くそっ。昨日の夜めんどくさがらずに充電しておくんだった。
「どうしたのよ。どっか具合が悪いの?」
ハルヒは俺の変化に気づいて声をかけてくる。普段からこれくらい心配してくれるならありがたいが、今の状況を説明するわけにいかない。
俺はハルヒの手を取り、
「ちょ、いきなりなにすん……」「すまん。とにかくついてきてくれ」
ハルヒの声を遮って走り出した。とにかく今は少しでも遠くに離れる事だ。
「それで、一体どうしたのよ。ちゃんと説明しなさいよね」
動物の帰省本能とでも言うのだろうか。長門の住むマンションの近くの公園まで走り続けた。
やっと一息ついたと思ったら、ハルヒのやつが問い詰めてきた。
もっとも怒ったというより不安な感じなのは、俺の表情からなにかを感じ取ったからだろう。
「いきなりすまない。とにかくあの場所から離れないといけないと思ったから」
そう言ったとたん、
「な、何言ってんのよ…」
ハルヒは驚いた調子で俺の方を見てくる。
「あんた、自分が何を言ってるのか気づいてる?」
なんだ? 緊急事態に気づいていないのはお前のほうだ、と言いたいがそれも無理。
「ちょ、待ちなさいよ。あたしにだって、色々考えたいこととか、その、ちょっと待ってなさい!!」
落ち着きを失ったハルヒが去っていく。だがそれ以上に狼狽しているのは俺だ。
というか、何がなんだか分からない。とりあえず、追いかけたほうがいいに決まっているが俺の脚は、午前中の活動によって走るどころか、しばらくは動くことも一苦労だ。
いや、今はそんなことを言っている場合じゃないか。
そう思い自分の足に走れと指令を出そうとした瞬間、
「待ってください!!」
そう言って俺を呼び止めた人をみて、俺の頭はショートした。
そこにいたのは救いの女神、いやSOS団の女神であられる朝比奈さんだった。
「急がなくちゃならないの。その…詳しくは言えないんだけど」
慌てている朝比奈さんだが、目は笑っていない。どうやら一連の出来事はこの人が原因らしい。
とにかく座って目をつぶってください、と言われ成すがままのおれは本当に頭が回っていなかったのだろう、どう考えても時間旅行の手順を踏んでいることにすら気がつかなかった。
気ついたのは、酔い止め薬必要の、あの擬似無重力空間に突入したときだった。
 
なんともいえない感覚のなかで、俺は段々と自分の行き先が分かってきた。
そして、これからしなければならないことに考えが及んだときに、朝比奈さんとのタイムスリップが終わった。
「一体どう言うこと……」
朝比奈さんのほうを振り返り質問した俺は、次の瞬間もう少し小さな声で言えばよかったと後悔した。いや、これも規定事項か。
「お静かにお願いしますね!!」
一列に並ぶ本棚の向こう側から、おそらく職員だろう、俺より大きな声で注意してきた。
ということは、逆側に座っているであろう俺とハルヒが今のやりとりを聞いていることになる。
「今日の出来事はこういうことだったんですね」
俺は小声で朝比奈さんに聞く。
「ええ。事前に知らせたらいけないって言われてて、ごめんなさい」
ぴょこんと謝った拍子に持っていた本を落す朝比奈さん。いつもならしばらく眺めていくなるような微笑ましい光景だが、今日のところはそうもいかない。その本には見覚えがあるからな。
図書館でハルヒが読んでいた、つまり、これから俺がもっていくことになる本だ。
これを涼宮さんに渡してきてください、と朝比奈さんから頼まれるまでもなく俺は本を受け取とりハルヒもとへと歩き出した。
 
少し離れたところから見ると、俺はまだハルヒのもとから動き出す気配もなく、たしか、もう少しはあそこにいるはずだ。
図書館で呆然とするのも不自然だと考えた俺は、ふと手に持っていた本に目を動かし、少し読み始めることにした。
その本は中世のお姫様とナイトの話で、どうやら恋に落ちたナイトが、政略結婚をさせられるお姫様を奪って逃げるって話らしい。
それとなくパラパラとページをめくっていると、俺はあるページに目を奪われた。
そこではお姫様を城から連れ去ったナイトに、お姫様が城から離れる理由を尋ねていた。
お姫様は自分がさわられたことが分からないらしい。セリフはこうだ。
 
「いきなりすまない。とにかくあの場所から離れないといけないと思ったから」
 
思わず顔が引きつる。これもハルヒの力なのか? いや、しかし俺が届けなかったらあいつは知らないわけで、だからといってあのときの俺は知っていたわけでもないし、つまりこれが古泉の言っていた二重螺旋か、いやもっと違う言葉だったきがするが、あーもう訳が分からん。
混乱した頭を冷やしつつ、俺は恐る恐る次のページをめくる。
そしてしばしたたずむ俺。きっと図書館在住の怪しさNo1は俺に間違いない。
そこにはお姫様の心と俺の心を射止めるナイトの一言。
 
「俺は、あなたを生涯守り抜く」
 
ハルヒのやつがなんであんなに慌てたのか分かる気がする。だが待て。俺の意志はどうなる。
そりゃ確かにあいつのポニーテールは反則なほど似合っていたし、いやしかし、今までそんな目でみたことはないし、いや、そんなこともないようも気がするが、でもだな……どうする、どうする俺。
と、本日何度目になるのか分からない混乱状態に陥っていたが、ふとハルヒのほうを見ると、すでに俺がいない。
なんてこった。とにかくこの本を渡さないと歴史がかわっちまう。それだけは避けねばならん。
考えることを一切放棄した俺はハルヒのもとへツカツカと歩み寄る。
「ほら、選んできたぞ」
ハルヒは不機嫌そうな顔をして俺の手から本を奪い取ると、ノートに何かを書こうとした。
やばい、俺の記憶だと、俺が帰ってきたときノートには何も書いていなかった。
ということはここでハルヒに何かを言われるのはまずい。
決断するのが早いか、俺はハルヒの顔も見ずにすぐさま朝比奈さんのもとへと立ち返る。
ちょっとまずい気もしたがおそらくハルヒは、すぐにあの本に熱中する。
それよりも問題は俺の時間のハルヒのほうだ。さて、俺はなんて声をかければいいのか、いや、これも規定事項なのか。
 
「ちょっと、何か言いなさいよ」
ハルヒは頬と少し赤らめている。
「ね、ねえ、せっかく聞いてあげるって言ってるのよ」
ただ呆然と立ち尽くす俺。
もはやお解かりの通り、朝比奈さんの狙いか未来の陰謀か知らんが、俺は意識がもどったとたんにハルヒが帰ってくるという絶妙のタイミングで戻ってこれたわけだが、今はさほど嬉しくもない。
さて、俺は一体どうすればいいのだろう。確かに他の女子からすればちょっとは可愛いかもしれんがハルヒの性格はその容姿を差し引きしてもあまりまり過ぎる。
だが、ハルヒといたおかげで本当に楽しい生活をしているというのは悲しいかな事実だ。
しかし、それはあくまで楽しいってだけで、果たして俺がハルヒのことを恋愛対象としてみていたわけではないわけで今ここで急に考えろっていわれたって無理なわけだ、っつか普通そうだろ?
「………」「………」
太陽も沈み、昼の騒がしさが嘘のように静まり返った公園で二人っきり。
意識してお互い見つめあうなんて今まであまりなかったせいか、ハルヒは先ほどから何かを言おうとして言葉に詰まっているようだ。
「…もういい」
急に振り向き、公園の外へとむかうハルヒ。
「い、いや、ちょっと待てって」
慌てて追いかける俺の言葉は聞こえていないのか、ハルヒは歩みを止めない。
俺が追いついてハルヒを呼んでも、ハルヒはこっちを向いてはくれない。
なんつーことだ。久しぶりに自分の行動を後悔した。俺はハルヒとのこんな関係なんか望んじゃいない。
いつもみたいに教室で並んで座って、わがままな発想に付き合って、お互い笑って、泣いて、たまにはケンカして。
平日はSOS団の部室で放課後まで話して、休日は駅前を探索して、そりゃいつも俺のおごりはきついが、それでも……俺はハルヒと一緒にいたい。
好きとか嫌いとか、ましてや一生なんて誓えやしない。でもこの気持ちは嘘じゃない。
今のハルヒに言葉は通じないかもしれない。それに俺だって上手く言えるか解らない。
 
そう思った俺は、どんどん進んで行くハルヒの手を、静かに握る事にした。
俺の気持ちが通じるように。