夏の青春2人旅 (95-560)

Last-modified: 2008-08-08 (金) 23:35:52

概要

作品名作者発表日保管日
夏の青春2人旅95-560氏08/08/0808/08/08

作品

懸案だった成績表もハルヒの特訓の賜物か、どうにか目をつぶらなくても見られるレベルのものが返ってきた。妹の面倒は見てくれるわ親がいないときに晩飯を作ってくれるわでハルヒにはますます頭が上がらない。おかげで近所の人はおろか、どこから耳に入れたのか谷口まで、俺らは付きあっているというのが周囲の共通認識だ。
 
さて、気合いを入れて大分早めに着いた北口駅前の出陣基地。いざ来てみればハルヒはおろか宇宙人も未来人も超能力者もいなかった。
これがもし一番乗りなら結団以来の快挙ってんで大喜びするところだが、また何かよくないことが起こる気がしてしまう。胃に悪いぜ。
まぁ仮に一番を勝ち取ったところで最後に颯爽と登場したハルヒに支払いを踏み倒されるのはお決まりのオチだ。厚木に降り立ったマッカーサーよろしく、バスから偉そうに胸を張って降りてきたのは言わずもがな、涼宮ハルヒその人である。バス停までよほど走ったのか頬を上気させ、肩に背負ったナップザックが揺れている。
 
「よう、遅かったじゃねぇか」
「なによ、朝っぱらからご挨拶ね。あたしが言った時間に間に合ってるんだからいいの!」
指を突きつけるお決まりのポーズ、キマってるぞと言ってやるべきか。
「いつもその言い訳を受けつけてくれないのは誰だったっけか?」
「雑用係の分際であたしにそんな口を叩くなんて2億6500万年早いわ!きょうは特に時間ないの。ほら行くわよ」
やれやれ、何がきょうはだよ、まったく。で、他の団員はどうしたんだ?
「ああ、有希と古泉くんは都合が悪くて、みくるちゃんとは現地で落ち合うことになってるのよ」
にしても朝比奈さんだけ先に現地に?どこに連れて行かれるのか知らんが、少なくとも現地まではハルヒのお供か。なぁに、いまさら抵抗しようとは思わないし、したところで無駄だ。それに、俺の頭からは光陽園の制服をまとったハルヒがまだ消えちゃいない。そう、俺は何があろうとこいつとやっていく道を選んだんだ。
…当の本人はどこ吹く風、俺を尻目にばたばたと駆け上がったハルヒは俺が上がりきる頃には切符を買って待っていた。
「遅い!エスカレーターはあくまで補助なのよ?機械に頼ってばかりいるからあんたみたいな怠け者が量産されるのよ」
「そうかい。ただな、公式にそんな使い方は想定されてないし歩くのは日本人ぐらいらしいぞ。だいいちお前は俺に荷物を預けて身軽じゃな…」
「もうっ!キョンのせいで通勤特急逃しちゃったじゃないの。ちょっとここで待ってなさいよ」
やれやれ、イラチを絵に描いたような女だな、まったく。
 
言い捨てたハルヒはまだ閉まっている本屋につかつかと歩み寄っていたかと思うと…なんと。半開きのシャッターをくぐって店に入って行きやがった。あっけにとられている間に青い袋をさげて出てくる。今ごろあきれた店員が溜息をつきながら平積みの整理をしているのが目に浮かぶ。ハルヒ、俺を巻き込む分には構わないが善良なる一般市民を巻き込むようなマネはよせって。
「急ぐんだから早くしてよね」
…聞いちゃいない。ハルヒのフィルタリング機能の優秀さにはPTAも腰を抜かすだろう。
 
ほどなくして滑り込んできた電車は、下りといえどターミナルに向かうものだったから座席はもちろん結構な混雑だった。あっ、ここ空いてるわと言ってハルヒが勢いよくどすんと座ったのは2人席。俺が躊躇していると片腕をものすごい勢いで引っ張られて隣に座らされた。一瞬俺がとまどった理由、そこだけ見知らぬ客同士が座らない理由、すなわち2人分だけデッキのように仕切られて、どう見てもカップル席です本当にありがとうございましたって感じだ。
朝靄のなか山あいの住宅街を縫うように走り抜けた電車は瞬く間に山を駆け下りてターミナル駅に着いた。
そしてハルヒの言うままに買い物につきあい、バスターミナルまで引っ張ってこられてわかったところによれば、行き先は島だ。はて、古泉は休みだとか言っていたがまことか団長よ。それともタマネギでも買い占めに行くんだろうか。
 
窓側の席を巡って一悶着しつつも仲良く席に着いた俺たちは、この1年の思い出やら世間話をしながらのんびりとしていた。当然ながら夏場の海に向かう道はびっしりとクルマで埋まっている。話も尽きるとハルヒは肘掛けを跳ね上げて、足を伸ばして俺の膝に載せて、朝駅で買ったらしい雑誌をつまらなさそうに眺めていた。こいつも一般人みたいな雑誌を読むのかと軽く驚くが、それよりこっちを見てニヤけたり真顔になっているハルヒが気になる。
「何読んでんだ?」
「なんであんたに読んでるもんの説明しなきゃいけないのよ、だーめ、ちょっと見ないでってば!もう。」
とまぁそんな感じで昼過ぎまで過ごし、ようやくPAを通り越したところで最大の楽しみの一つがやってきた。
この白黒の地元スーパーの紙袋は紛れもないお手製弁当の証拠だ。
「早起きして作ったんだからちゃんと味わって食べなさいよ」
早弁みたいに掻き込んで食いながら言われても説得力に欠けると言うものだがな。
しかし、正直な話ハルヒの作る料理に慣れると他のもんがつまらない味に思えてくるから不思議だ。ちなみにこれはほめ言葉。
「なんかそこまでいわれると恥ずかしいわね、普段のお弁当もたまになら作ってあげていいのよ?あっ谷口に余計なこと言うんじゃないわよ」
雑魚キャラ扱いであることに変わりはないが、数多くいるジャガイモの中でも谷口だけはある意味別格なようで、まぁ中学からずっと一緒じゃさすがのハルヒでも覚えるのかもしれんな。
 
昼飯を食い終わったところでここにいる経緯について説明しておこうか。事の発端は昨夜だから遡るまでもない時間だが。晩飯を食べたあと特有の眠気の中で何をするでもなく寝っ転がっていると、壁に掛けた制服のズボンがブルブル震えだした。押し入れから朝比奈さんでも出てきたらおもしろいのになと電話をとるが、まぁ11時にかけてくるのはあいつぐらいだわな。
「あんたも部屋ばかりこもってないでたまには年の離れた妹の面倒見なさいよ」
いつも通りとはいえ監視カメラでもつけているのかというほど的確な状況把握だ。で、夜分遅くになんの用だ。
「あしたあさって空いてるわよね?ちょっと急だけど明日の7時半にいつもんとこ集合ね!遅れたらわかってるわよね、んじゃねっ!」
うぉぉぉいあの野郎、人がヒマしてるのをいいことに返事ぐらい聞いたっていいだろうに。それにしても席が前後なうえに放課後も顔をつきあわせているというのに、なぜ日付が変わる前になって連絡してきたのかと考えているとゴジラの着信音がメールを告げる…さすがにフォローありか。しかし今時の女らしくもない簡潔な文面ったら長門の会話と大差ない。
「着替え1泊分弁当はいらない 遅刻は死刑(⌒ー⌒)ノ~~~」やれやれ。
旅といえば毎度のように玄関先で御用になって連れて行く羽目になる妹めは、修学旅行とやらで週をまたいで出かけていた。首尾よく一時間前に起床して、母親の、もっとお家に連れてきてもいいのよーという悠長なセリフを背中にさっさと出かけてきたのが今朝のことだ。
 
…食後の睡魔に加えて弁当のために早起きしてくれたためかハルヒは俺に首を預けてすやすやと眠っていた。サメ女も一度眠れば赤ん坊と変わりない。だがこの角度だとちょうど上から見えてしまって目のやり場に困るところだ。何を思ったかつけるもんをつけていないようだしな。小学生の妹なら分かるんだがこの年ならいくら暑くてもつけるもんじゃないのか。まぁ結局のところ早起きがたたって俺も眠りの世界に入り込んでしまったのだった。途中一度だけむくっと起き上がったハルヒが俺のあごをわしづかみにして
「ちょっ、どこに手おいてるのよエロキョン!顔に落書きしてないわよね?」
とお決まりの詰問をして、すぐにバタッと倒れてスースー寝始めたことは書き加えておこう。
 
「キョン、ついたわ!見てこの青い空、すばらしいわ!」
また2人して日焼けしそうだが、見ているだけでもすがすがしくなるような突き抜けた青空なのはハルヒの言うとおりだった。さてここからどうするんだ?
「ハルちゃん、お疲れ。混んでたかい?」ハルヒの知り合いのようだが顔は親戚とは思えない感じの青年だ。「やぁはじめまして、キョンくんだっけ?よろしくな。ちょっと訳あって到着まで名乗れないけどこの通りハルちゃんとは顔見知りだ、安心してくれ。」
どこが安心なんだとつっこみたいところだし、迎えに来たクルマが俺たちの地元のナンバーなのはどういう事だ。
「あんたにしてはなかなかの読みね。確かにクルマはウチのものよ。あっ、泥落としてから乗ってよね」
「はっはっは、相変わらずだなぁ。ずいぶん元気になったみたいで何よりだよ、高校は楽しいかい?」
久しぶりの再会であったらしく、また会話から察するに会うのは中学以来のことだろうか。小さな山を2つばかり超えて、まだ建ったばかりという感じの豪勢な建物の前に到着する。看板にビニールがかかっているがいまいち何のために建てられたのかわからない感じ、ただ花輪がたくさん並んでいる…っと!?
 
かわいらしく手を横に動かす朝比奈さんと、横で両腕をぶんぶん振り回しているのは存在感抜群な名誉顧問の鶴屋さんではないか。
隣にはちょうど俺の父親と同じぐらいの、かなりさわやかな感じの男性が、これも手を振ってたっている。あくまで個人的なカンだが新川さんや多丸さん達のような「機関」の人間とは違いそうな印象の。
 
「あっ…おはようございますキョンくん、涼宮さん」
もう2時過ぎですよ朝比奈さん。そういえば朝比奈さんとは現地でと言っていたな。
「ほ~い、ハルにゃんにキョンくーん、長旅お疲れっ!」
相変わらずお元気で。きょうも黒幕ですね?
「おうハルヒ、しばらくだったな。よく来てくれたねぇ、キョンくんだったかな?話はハルヒからよく聞いてるよ。ずいぶんとお世話になっているそうじゃないか。ご苦労さん」
ご苦労さんってあたりに育て親の苦労が凝縮されているような気がしなくもない…って要するに親父さんかよ。聞いてないぜ、ハルヒ。
「その通り。どうせろくすっぽ説明もしないで連れてこられたんだろう?」
よくわかっていらっしゃる。ハルヒの整った目鼻立ちやキラキラした目は父親譲りなのかも知れない。
「暑いしとにかく中に入ろう。あと紹介が遅れたけど、ここまで運転してきてくれたのは宮本くんといって僕の事務所のスタッフだ。」
「あっ、どうも。着くまでヒミツにしようということでキョンくんには済まなかったね。宮本です、よろしく。」
2人とも忙しいようで挨拶もそこそこに建物の奥に引っ込んでしまった。
 
説明しよう。いま目の前にどーんと建っているのは、鶴屋家所蔵の美術品やらを一般公開しつつ実態は別荘というシロモノで、設計を依頼されたのが何を隠そうハルヒの父親ということらしかった。ちなみにここの島のこの土地もずいぶん前から持てあましていたものだとか、今更ながらますますどんな悪いことをして手に入れたのか気になるというものだった。鶴屋さんと朝比奈さんは大人達に振る舞うドリンクやらの準備で大忙しだったので俺たちも手伝おうとしたところ、
「あっははっ、いいよいいよっ。キョンくん達はお客さんなんだしせっかくだからハルにゃんと一緒にいてあげなよ。そこのドアから裏の砂浜に出れるっさ。さぁ行った行ったっ!」と断られた。
 
砂浜に出ると東屋ふうのしゃれたスペースがあって、2人で腰掛けたところでハルヒが色々と経緯を説明してくれた。
「まえ親父と野球見に行った話したわよね。ちょうどあの頃のことなのよ、それまでおとなしく銀行勤めしてた親父がある日帰ってくるなり母親に、仕事やめて建築家になるとか言い出して。確かに昔からの夢だったってのはあるんだけど、一人前の仕事も任されてやっと軌道に乗ろうとしていたところにそんなこと言い出すもんだからあわや離婚かってぐらいケンカしちゃって。あたしも大きくはなかったから精神的な影響が大きかったのよね」
遙か頭上を鳶が大きな弧を描いて飛んでいる。こうしてコイツから打ち明け話ふうのことを聞くのはまさにあれ以来かもしれない。
「まぁ結局お母さんの反対押し切って、資格は昔取ってたから独立してやっと安定し始めたのがつい最近のことなの。本当ならあたしも今頃光陽園あたりに通ってたかもしれないけど高校入ったばかりの時はまだまだ親父の仕事も不安定だったし、あたし自身北高の雰囲気はなにか惹かれるものがあったしってことで今みたいになったのよ。鶴屋さんトコからのお仕事ってのはホントに偶然なんだけど、これが初めての大きな仕事なの」
まさかこいつの口から光陽園の名を聞こうとは予想だにしなかった俺は、勢いでジョンスミスの一件も口を滑らしそうになった。にしてもハルヒも色々大変だったんだな。一人っ子だし精神的な支えもなくて辛かったんだろう。
「そう、ハルヒにはちょっと悪いことしたな。だからキョン君にはなみなみならぬ感謝をしている。本当は今日も関係者だけのパーティーだったんだが、無理を言って君たちだけでもと招待させてもらったんだよ。」
「ちょっとお父さんっ?どっから聞いてたのよ!もう」
「ははっ、すまんすまん。景色もいいしゆっくり楽しんでいってくれ。それとこれはちょっとしたおみやげだ。じゃ、またあとでな。」
「なんなのよあいつ、盗み聞きなんかしちゃって」
とかいいながらハルヒが取り出した箱にはなんとペアのネックレスが入っていた。
 
「あたしも、あんたには感謝してるし、その、すっ、好きだわ?家族がバラバラになっちゃったこともあるし、あることがきっかけで外でも人づきあいの仕方がわからなくなっちゃってね。中学の時の男の話も全部そう、自分が何やってるかわかんなくなっちゃってた。そんなときあんたに出会ってね。ちょっとこれは予定になかったけど…ふふ」
といいながら男物っぽい方を俺の首にかけてくれた。
「俺の方こそいつもありがとうな。でも親父さん見てたらお前がなんでも器用にこなす理由が何となく分かった気がしたよ」
照れている100万ボルトの向日葵に、おれもやさしくかけてやる。突然の展開って訳でもなく、そう。俺たちは一年以上もの間ずっと一緒に過ごしてきた。古泉やら谷口に茶化されるたびにないないと言ってきたが。
 
「ひょっとして俺の鈍感さに傷ついてたか?」
「えっ?…そんなことないわよ。キョンはいつだって…ってバカっ、こんなこと言わせるな!」
と耳まで真っ赤にした照れるハルヒ。それにしてもこの憎い演出には感服した。
 
さて。その晩のことだが俺もハルヒも全く記憶にない。さすが鶴屋家、豪華なバイキング形式で朝比奈さん達がちょこまかと動き回ってはメニューの補充をしていたのは覚えているが、なにぶん大人のパーティーだったからな。孤島の時に学習しないではなかったが完全に大人たちのペースに飲まれてしまった。何を隠そう俺もハルヒも団で1,2位を争う酒豪だからな。
翌朝のことだ。駆け寄ってきた鶴屋さんには「キョンくんやるなーっ、おねぇさんびっくりだぁー、あはっ!」と言われたし朝比奈さんには「キョンくんはやっぱりお茶じゃないとダメですね」といって笑われた。
ハルヒ父には知ってか知らずかグレープフルーツジュースをすすりながらニヤニヤ笑っているだけだったが。
ハルヒに言うと顔を真っ赤にして照れたがやはり記憶にはないという。酔いの勢いってのはおそろしいもんで、この一件があとあと大きな意味を持つようになったことは記すまでもない。