夏空 (134-147)

Last-modified: 2010-10-12 (火) 21:37:34

概要

作品名作者発表日保管日
夏空134-147氏10/10/1110/10/12

作品

 自転車が無い。

 

 …あれ、俺いつも通りココに停めたハズだよな。そう思い辺りを見回す…

 

 しかし自転車は無い。

 

 と、足もとにキラリと光るものが見えた。…鍵の台座と、チェーンロック?やけに見覚えがあるな。

 

 やっぱり自転車は無い。

 

 …いやいや、仮にも有料の月極駐輪場だ。まさかそんな易々と…

 

 それでも自転車は無い。

 

 …………認めたくないが、これはやはり…

 

「……盗まれた」

 
 
 

「ふーん。それで今日は朝から疲れた顔してたのね」
「ああ…この暑い中、朝っぱらから長距離歩くのは地獄だ」
「情けないわね。SOS団団員たる者がそのくらいでへこたれるんじゃないの!」
「それ絶対他人の弁当食いながら言う台詞じゃねーだろ」
 唐突な場面展開で申し訳ないが、今のは昼休みの教室における俺とハルヒの会話だ。

 

 昨日、いつも通りの団活を終えて帰ろうとした時のこと。
 駅の駐輪場(契約制)に置いていた俺の自転車が盗まれた。キレイに鍵はずされて。
 …言いたいことはモチロン色々ある。文句を言いたい相手もたくさんいるさ。
 まぁ現時点でその「相手」は、目の前で俺の弁当を貪り食っている女子高生になったワケだが。
「この状況にだんだん慣れてきてる自分もイヤなんだがな、しかし今日は敢えて言わせてもらう」
「なによ」
「それは俺の弁当だ」
「そんなのわかってるわよ」
「わかってるのに何故食べる。正当な持ち主が飲み物買いに行ってる隙に」
「このお弁当があたしに食べてもらいたそうに顔覗かせてたからよ」
 んなわけあるかってああもう最後の一口!
 …すまん、オフクロ。今日もあなたの弁当が息子の腹に収まることはありませんでした。
「ふぅ、ごちそーさま。…で、自転車どうするの?」
「……今日新しいの買いに行くんだよ。だから団活は休ませてもらうぞ」
「あっそ。わかったわ」
 そう言ってハルヒは教室から出ていった。毎度おなじみ校内不思議探索に出かけたのだろう。
 やれやれ…相も変わらず自分勝手な団長様だな、ホント。

 

「…そしてキョンは今日も、涼宮さんが置いていったお手製弁当を食べるんだね」
「ナンデアイツラハアンナマワリクドイヤリトリヲアキモセズニマイニチマイニチアテツケナノカコノヤロウ」
「読みにくいよ谷口。気持ちはわからないでもないけど」

 
 
 

 そして放課後だ。
 俺はHR後、まっすぐ昇降口へと向かった。団活を休むことはもう言ってあるしな。
 …さて、おニューのバイシクォーはどんなものにしよう?盗まれたのは癪だが実は結構年季も入ってたし、買い替え時だったのも確かだ。
 そんな感じで未だ見ぬ新車を思い浮かべながら外に出たのだが、

 

 暑い!!

 

 最も気温の上がる時間帯はとうに過ぎているにも関らず、太陽は飽きることなく熱線を放射し続けている。
 …いくら夏だからって、そんなに張りきらずともいいのではないかと俺は思うのだが。いかがだろうか?
「バカね。夏は暑くて当たり前でしょ?むしろ暑くない夏なんて太陽の怠慢でしかないわ」
 いや温暖化やら何やらと騒がれている昨今では、この暑さもありがたいモノじゃないだろうよ。
「その温暖化だって、人間が無理に暑さを紛らわそうとしたから起きてるんじゃない。ここらで人は一度原点に立ち戻るべきなのよ」
 御高説痛み入るがな、温暖化は別にそれだけが原因じゃない。というか今さら文明の利器に頼るなと言っても犬に論語兎に祭文牛に経文馬の耳に念仏…
「あーもーいいわよ!余計に暑くなるじゃないの!」
 ハイハイスイマセンデシタ…なんか矛盾してないか?いやそれよりもだ、ハルヒ」
「なによ」
「何でお前が居るんだ。団活はどうした」
「キョンだけじゃなくて、みんな用事があるっていうんだもん。一人で団活したってしょうがないでしょ?」
「それはそうだが……まさかついてくる気か?」
「団員がダッサイ自転車掴まされずに済むよう、目を光らせるのも団長の役目だからね。感謝しなさい」
 自転車店にそんな悪徳商人がいるとは考えもしなかった。つーかそれは暗に、俺にセンスが無いと言っているも同然じゃないか?
「………」
 …その「気付いてなかったの?」的な視線はやめてくれ。思ってる以上にグサグサきてるから。
「やれやれ……わかったよ。じゃあ目利きの方は頼んだ」
「まっかせなさい!」
 こうして出来たおせっかいな助っ人と共に、俺は自転車店目指して炎天下の下り坂を歩いていった。

 
 
 

…アリガトウゴザイマシター…

 

「よしよし、中々イイのが買えたわね」
「…そりゃ結構な出費だったからな」
 俺はそこまで自転車にコダワリはなかったので、適当なママチャリ…今風に言うならシティサイクルか。それで済ませようと考えていたんだが、

 
 

『サドルはこっちのクッション付きに変えてちょうだい』
『もちろんリアキャリアも付けて。鍵は…そうね、あそこの自転車と同じヤツ。あっちのが防犯性も高いし』
『あとポンプとLEDランプと車体カバーもオプションで付けてあげるから、セット価格で割引しなさい。
…できない?なんとかするのがあんたらの仕事でしょうが!』

 
 

 いやぁ見事な手腕だった。店員さん半泣きだったぞ。
「どうよキョン。あたしがついてきてよかったでしょ?」
「…まぁ、定価で買うより大幅にプライスダウンしてたからな。お得と言えばお得だったか」
 予想以上の出費だったことは否めんがね!
「フッフーン。とーぜんよ!さぁあたしを褒め称えなさい!」
「…ハルヒ様サイコー」
「気持ちがこもってない!」
「…ありがとう、ハルヒのおかげで助かった」
「んー、ありきたりね」
「…思わず惚れちまいそうだったぜ」
「!も、もう一声!」
「よーし、帰るか」
「ちょっとぉ!?」

 

 なんか後ろでハルヒが騒いでいるが、ともかく無事任務(?)は果たした。
 他に用事も無いし、あとは帰宅するだけなのだが…折角だしな。

 

「なぁ、ハルヒ」
「…なによ。人のコト無視しといて」
 おぉ、怒ってる怒ってる。別にそういうつもりじゃなかったんだがな。
「スマン、無視したのは謝る。それより早く乗れよ」
「へっ?」
「世話になったのは確かだし。家まで送るくらいさせてくれ」

 
 
 

「キョン、おっそいわよ!もっとスピード出しなさい!」
「無茶言うなって!」
 両肩と背中にハルヒの重さを感じながら、懸命にペダルを漕いで風を切る。
 しかしさすが新車と言うべきか、思った以上にスイスイと進む、進む。
 ハルヒもそれに機嫌を良くしたのか、いつぞやのエンドレスサマーも真っ青な立ち乗り&笑顔で俺に檄を飛ばしている。
 そんな様子が何となく微笑ましくて、俺も調子に乗ってひたすらクランクを回していたのだが……やはり体力には限界があるわけで。

 

「ちょ、ちょっと…休憩だ、ハルヒ…」
「むぅ…もっと体力つけなさいよ」

 
 

 ハルヒの指差す方向にハンドルを向け続けていたら、いつの間にか河原に来ていた。
 水面に夕日が反射してキラキラ輝いている様子は凄くキレイで、その様子はまるで…
「まるで水の中でちっさい豆電球がいっぱい光ってるみたいね」
 …そこは「星が煌めいてるみたいー」とか言っとこうぜ。仮にも女の子なんだから。
「そんな乙女趣味はあたしには無いの!…それより喉渇いたんだけどー」
「……はいよ。ちょっと待ってろ」
 …まぁ俺も丁度水分補給したかったところだがな。
 いつものコトではあるが、雑用使いの粗い団長だよ。やれやれ。

 
 

 
「ホラよ」
「遅いわよ。待ちくたびれて帰ろうかと思っちゃったわ」
「そりゃすまなかったな」
 小言をさらりと躱しつつ、ベンチに座るハルヒの横に腰かけプルタブを開ける。
 横から同じくプシュッと軽快な音が聞こえたかと思うと、ハルヒは一気に缶を傾けた。
「……ぷはぁっ!やっぱ人のお金で飲むジュースって最高ねー」
「…そう思うならせめて、もうちょっと味わって飲んでくれ」
 あっという間に飲み干しやがった…いつも思うんだが、コイツの喉には掃除機でも入ってるんだろうか。
「ん~、足んないわ」
「知るか。自分で買って飲めってオイ!」
「ふっふっふ。油断大敵よキョン!」
 そして俺の手にあったハズのジュースまで、この手前勝手な団長様の腹に収まっていく。まだ半分も飲んでないってのに!
 くそぅ…人のだからってこれ見よがしにゆっくり味わいやがって。
「ふぅ…ごちそーさま!」
「…お粗末さま」
 たっぷりの皮肉を込めて返したつもりなんだが、果たして伝わってるのかね。
 …それこそ今さらだけどな。

 
 

 その後しばらく二人で並んで川面を眺めつつ、他愛もない会話に花を咲かせていた。
 しかしいくら夏で日が長いとは言っても、そのうち沈むのは当然だ。
 あたりが大分暗くなってきた頃、俺たちは再び自転車にまたがり家路に着こうとしたんだが。

 

「……ん?」
「? どうしたの?」
「いや、今何か光ったような……ってオイ」
「なによ……え?うそ…」

 

 川が光っていた。

 

 …いや、そう言うと語弊があるな。正確には、川面を無数の光が飛び交っていた。
「……蛍?」
「…だな。なんでこんな所に……おまえ知ってたか?」
「そんなわけないじゃない!見たのも初めてよ…」

 

 確かにそこそこ綺麗ではあるが、それでも街の中に位置する川だ。蛍が生息しうるなんてまず考えられない。…いや、中にはそんなところもあるかもしれないけどな。
 しかし、少なくともこの街に住んで十数年。蛍なんて噂にも上ったことは無い。
 なのに今ここには間違いなく蛍がいる。これは何のイタズラだ?こんなこと考えたのは一体………
 ………まさか。

「ハルヒ。お前もしかして『蛍が見たい』とか思ったりしたか?」
「え!?な、なんでそれを…」
 ハイ、正解。
「……こんな早く叶っちゃうなんて…あ、あれ?」
 だがハルヒが何か独り言を言ったかと思った瞬間、光は唐突に消え失せてしまった
 なんだ、今度は「もういいや」とか考えたのか?
「ど、どういうこと?なんでイキナリいなくなっちゃったのよ!」
「俺が知るか」
 …待て、よく考えたらこれってかなりマズイんじゃ?
 【居るはずのない蛍】と【唐突に消えた蛍】の不思議現象二連発だ。
 コイツの過剰な反応っぷりがありありと脳裏に…
「もしかして今の、蛍じゃなくて地球外生命体か何かだったんじゃない?コミュニケーション取ってるところをあたしたちが見てるのに気付いて、とっさに隠れたとか!」
 ほら見ろ。…いや、悠長に構えてる場合じゃない。
 この場には嘘を吐くことを生きがいにしている(と俺は決め付けている)古泉も、過去の俺に「さっさとこの場を離れろ」と忠告出来る朝比奈さんも、そもそもこの現象自体無かったことにできる長門もいない。
 俺が何とか一人で「これは不思議現象なんかじゃない」と説明するしかないのか?
 いやいや、どうしろと。身に余ること請け合いだぞ。

 

「…ちょっとキョン!聞いてんの!?」
「あ?あぁ、スマン。で何だって?」
「もう!だから、さっきのは…」
「ああ、それか。どうせお前がさっき出した大声にビビって隠れちまっただけだろうさ」
 くぅ、苦しい。ここからどう繋げる?
「そうかしら…そもそもなんでこんな所に蛍が居たのよ」
「さあな。誰かが放流したのかもしれんが、この環境で長く住みつくなんてのも恐らく無理な話だしな」
 とにかく何とかこの場から興味を逸らせよう。細かいところはあとで皆に相談すればいい。
「近いうちに別の場所に移動しちまうだろうさ。一時の安寧を乱すのも可哀そうだし、今日はもう帰ろうぜ」
「…でも……」
 むぅ…よくわからんが、まだココに未練があるようだ。

 

「…合わない環境にいちゃ、蛍だって思う存分光れないだろうさ」
「………」
「だからさ、今度一緒にちゃんとした所に行ってみようぜ」
「…え?」
「ほら、折角自転車も遠出するのに相応しいヤツに新調したことだし。本場の蛍を見に行くってのも、中々夏らしいと思わないか?」

 

 苦肉の策だ。近い未来の自由を生贄に、なんとかご機嫌をとる。
 …よくあるパターンと言えばそうだが…って俺はなに自分で身も蓋も無いコト言ってるんだろうね?

 

「あ……ぅ……しょ、しょうがないわね!そこまで言うんだったら行ってあげなくもないわ!」
 しかし、どうやら効果はテキメンだったようで。
「そうか。断られたらどうしようかと思った」
 と、気を逸らせたことに安心して思わず心の声が漏れてしまったんだが、
「こ、断るわけないじゃ…っ!ちち違うわよ!?あんたがどうしてもっていうなら……うぅ~!」
 勝手に反応&勝手に解釈&勝手に勘違いの3コンボで理不尽にポカポカ殴られた。

 

 あーもう、やれやれだ。

 
 

 まぁそんなワケで、ハルヒをその場から引き離すことには成功。無事家路に就くことと相成ったんだが…
 ハルヒはさっきまでのような立ち乗りはしていない。
 何故か横向きに腰かけ、腕を俺の腰に回したりなんかしている。
 …こんな形でいつぞや夢見た青春タンデムが実現しようとは思いもしなかったな。あの時は是非とも朝比奈さんと、と考えていたんだが。

 

「ねぇ、どこまで行こっか。どうせなら泊まりがけってのはどう?」
「いや、そんな遠出する気は無いぞ。探せば近場にもあるだろ」
「…それもそうね。後ろにあたしが乗ってたんじゃ荷物のスペースも無いし」
「二人乗りで行く気だったのか」
「え?違うの?」
「あー…まぁそれでも構わんけどな」

 

 コイツと二人でってのも、案外悪くない。
 絶え間なく話しかけてくるコイツの声と背中の温もりは、なんかくすぐったいけども。

 

「一応、二人乗りって道路交通法違反なんだがな」
「そんなの構いやしないわ。あたしが許可するから」
「お前の許可がどれだけの法的効果を持つと」
「うっさい!あんたはとにかく漕いでればいいの!」

 

 不意に、このまま何処までも行けそうな気がした。
 後ろにいるコイツからエネルギー供給でもされてるんだろうか。

 

「あと、あたし以外を後ろに乗せちゃダメなんだからね」
「? 何でだよ」
「なんでも!」
「ちょ、苦しいって!締め付けるな!」

 

 …あながち間違いじゃないかもな。
 お前と一緒なら、本当に何処までも行けるんだろうさ。

 

「この自転車買うのに協力したのは誰だっけ?」
「何だそれ…やれやれ。わかったよ」
「よろしい!」

 

 あの蛍の光にも、この満点の星空にも負けないくらい、眩しい笑顔がある限りな。
 …ちょっとクサイか?

 

「キョン」
「ん?」

 

 ほんのりと涼しく感じる空気を身体で掻き分けながら、俺はそんなことを考えていた。

 

「約束だからね!」