夢見 (45-536)

Last-modified: 2007-04-20 (金) 00:53:46

概要

作品名作者発表日保管日
夢見45-536氏07/04/06~07/04/20

作品

昼休み、弁当を食い終わり残り時間を見れば結構余裕があった。
ハルヒもいないことだし一眠りしておこうかなんて思っていると谷口がなにやら本を見せてきた。
「なあキョン、お前どの娘が好みだ?」
なんてことはないグラビア雑誌、俺はそういうのは気にしないほうだ。
「そりゃお前には涼宮がいるけどさ、たまには他の女に目を向けるのも悪くないと思うぞ」
聞き捨てならない勘違いが混じっている。
「キョンはこの娘なんてタイプじゃない?」
「国木田か、どうしてそう思うんだ?」
「だってキョン、ポニーテール好きっていってなかったっけ?」
そうだった同じ中学のこいつには知られているんだった。
「まあそうだな」

 

「っと!じゃ、じゃあなキョン。また後でな」
急に谷口が離れていく。まあおそらく…。
「こら!エロキョン!」
背後にハルヒが来ていたのだった。

 

午後の授業が始まる前にハルヒが聞いてきた。
「あんたさ、今日、夢って見た?」
第一声がこれとは、あいかわらずおかしな奴。
「見たかもしれないが覚えてない」
「ふーん」
興味を失ったかのように窓の外に目をやるハルヒ。実際興味を失ったのだろう。

 

その日は特に何事もなく1日が過ぎた。
何事もないと言ったってハルヒは自由気ままに振舞ったし、長門は本を読んでたし、朝比奈さんはお茶を入れてた。
俺と古泉はゲームをして時間を潰したり、ハルヒのわがままの相手をしたりと、まあそんなのが日常というわけだ。
ただ、あの事件の始まりを探すというならこの日が始まりだったのだろう。

 

ハルヒに言われて気になったが夢なんてそうそう覚えていられるものじゃない。
現に今日見た夢は起床と同時に露と消え失せた。夢ってのはそういうもんだ。

 

登校するとハルヒがポニーテールにしていた。
どういう気まぐれだよ。もしかして谷口との話聞かれてたか?俺の為に?
そんなわけないな、こいつが人の為に、ましてや俺の為になんてあるはずがない。
自意識過剰にもほどがあるな。もし「俺の為か?」なんて聞いてたらとんだ赤っ恥だ。
というわけでスルーしとこう。
授業中、いつもよりハルヒの視線を感じた気がする。自意識過剰がまだ残ってるのかね。

 

放課後、俺もハルヒも用がなかったので並んで部室に向かう。
道中のハルヒはいつもどおりで「あれをやりたい、これをやりたい」と騒がしかった。
ドアを開けると他の面子はもう揃っていた。…本当にちゃんと授業受けてるんだろうな。
「当然です」
古泉の誇らしげな様子に腹が立つ。
「わあ、涼宮さんかわいい~」
朝比奈さんの癒し系ヴォイスが炸裂する。いやはやかわいらしい。
「ん、ありがと。みくるちゃん」
ハルヒが普通にお礼を言うなんて珍しい。
「うっさいわね」
「もしかしてキョン君褒めてあげてないんですか?ダメですよ、女の子が髪形を変えたら褒めてあげなくちゃ」
「しかしですね、ハルヒのは単なる気まぐれで…」
「ふん!どうせあんたには期待してないわよ」
ハルヒはそう言うと指定席である団長席へと向かった。
「キョン君」
振り向くと朝比奈さんは小声で囁いてきた。
「女の子が髪形を変えるのってすごく勇気がいるんですよ。涼宮さんだって本当はきっと褒めてもらいたかったんだと思います」
「あのハルヒが?」
「涼宮さんはすごくかわいい女の子ですよ。だから、ね?」
そう言ってにっこり笑う朝比奈さんはお姉さんオーラ満載だった。
ただあまり近づかれるとさっきから睨みつけてくるハルヒの視線で死んでしまいそうです。

 

朝比奈さんに言われたっていきなり褒めるなんて真似が出来ようはずもなく結局言えずじまいだった。
その日見た夢の中で俺はハルヒに「似合ってるぞ」といつかのように言っていた。
まるであの日の焼き直しのように。今日の罪滅ぼしのように。

 

翌日、ハルヒはまたポニーテールにしていた。
『似合ってるぞ』簡単だ、そう簡単な言葉だ。出来るだけ自然に…
「おいキョン!」
「…なんだ谷口」
「お前涼宮になんかしたのか」
「は?」
「お前ポニーテール好きなんだろ?涼宮にやってくれって頼んだのか?」
アホらしい。言って聞く奴じゃないし、言う気もないっつうの。
そのゴタゴタでハルヒに声をかけ損ねた。まあいい、時間はあるだろう。

 

放課後、ハルヒはどこかに行っちまったので俺一人で部室へ。長門一人か。
「そう」
とりあえず俺も本でも読んで時間を潰すとしよう。
ふと視線を感じ、顔を上げると長門と目が合った。
「どうした」
「どうも…しない」
おかしな区切り方。
「なにかあったのか」
「…負荷が生じている。原因不明」
おいおい待ってくれ、いつかの二の舞はごめんだぜ。
「大丈夫か」
知らずに長門の肩に手を置いていた。
その瞬間ドアが開いた。

 

タイミングは…まあ最悪だろう。
傍から見たら何に見えるか想像できないほど馬鹿じゃない。
でもそんなことよりハルヒの固まった顔が痛かった。
ハルヒは一度だけ俺を睨みつけ、ツカツカと団長席に向かった。
「おいハルヒ、…俺は何もしてないぞ」
「そ」
あまりにそっけない。反論を続けようとした矢先。

 

ハルヒが髪を解いた。
落ちる髪。
『髪形を変えたハルヒ」』を褒める機会は失われたわけで。
ハルヒからの拒絶の意思を感じられずにはいられなかった。
でもそんなことよりハルヒの
「………は褒めてくれたのに」
という呟きが気になって仕方なかった。

 

結局俺はまた何も言えなかった。
朝比奈さんと古泉が来た後のハルヒはいつもどおりで不自然なところは一つもなかった。何もなかった。
そんなハルヒにいまさら謝るなんてできなかったのだ。

 

その日の夢の中で、俺とハルヒは笑っていた。
その幸福な悪夢から覚め、顔を洗いに洗面所へ。
鏡の中のもう一人の俺はまだあの夢にいるかのようだった。

 

翌日、珍しく俺より遅く来たハルヒはポニーテールにしていなかった。
それに意味があるのかないのか、それすらわからなかった。

 

昼休みに古泉を捕まえる。
「何かなかったか?」
「何か、とは?」
「とぼけるな。例の空間だよ」
「…いえ発生していません」
「本当だろうな」
「はい。…それよりわざわざ聞いてきたということは何かあったんですか?」
古泉の瞳には嘘は感じない。何もないならいいんだ。
一転して古泉は不審げな視線をぶつけてくる。
でも俺は何もしていない。弁解することすら出来ない。
このときようやく気付いた。
あの空間はハルヒのSOSなのかもしれない、と。
厄介なだけと思っていたが、あれが発生すれば何らかの不満を抱えているということになる。
閉鎖空間が発生していないなら今のところ問題はないのだろう。
「ただし、違和感はあります」
「違和感?」
「デジャビュに似た感覚です。まだ何とも言えませんがね」

 

教室に戻る途中朝比奈さんに会った。
「あ、キョン君」
「こんにちわ、朝比奈さん」
「ちゃんと謝りましたか」
優しい言い方だったけれど強い確認の意思を感じた。
改めて俺は間違ってるんじゃないか、謝るべきだったんじゃないかという思いがこみ上げる。
「…謝ってないでしょ」
図星だったのでおもわず朝比奈さんを見てしまう。
「顔に書いてありますよ」
まいったな、感情を顔に出さないようにしてるつもりなんだが。
「キョン君。後悔してるなら今からでも謝ること。きっと遅すぎるなんてことはないですから」
…ここ最近、この人にお姉さん面されてばっかりだ。でも嫌じゃない。
「ありがとうございます、朝比奈さん。俺教室に戻ります」
意を決して教室に戻った俺が見たものは机に突っ伏して熟睡してるハルヒだった。

 

起こして謝るってのも本末転倒だ。起きるまで待つとしよう。
だがハルヒは授業が始まっても目を覚まさず、授業中に見かねた教師に強制的に起こされていた。
そんなに眠いのかよ。夜遅くまで何をしていたんだか。

 

放課後、さっさといなくなっちまったハルヒを追って部室へ。
これはいつものことだ。別に問題はない。
だが今度こそ、と息巻いてドアを開けたらまた寝てやがった。

 

部屋には長門とハルヒの2人きり。
音のしない部屋で安らかに眠るハルヒは掛け値なしに美人だった。
眠り姫という言葉が思いつき恐怖に似た感情に支配される。
このまま目を覚まさないんじゃないだろうな?

 

「涼宮ハルヒは夢を見ている」
ハッとして声の方向を見ると長門がいた。長門?
落ち着け長門は最初からいただろう。ハルヒに見とれてたのか、俺?
軽く頭を振って目を覚ます。
長門が意味もなく謎掛けみたいなことを言うはずがない。
「どういうことなんだ、長門」
「来て」
長門は部室を出て行った。ハルヒがいるここでは話しにくいのだろう。

 

放課後の人のいない廊下。
まるで俺たち2人しかいないかのようだった。

 

「睡眠中の涼宮ハルヒは機嫌がいい」
よくわからんがα波とかそういうので判断しているのだろう。
「しかし目覚める直前にうなされている」
「なんでだ?」
「不明」
いくら長門でも人の夢の中まで、心の中まではわからないか。
ふと起きたくないのではないか、なんて思う。
そんなことあるか。ハルヒはもう現実を否定したりは…
「そして睡眠時間が増大している」
っと。今は長門が話をしてくれてるんだ。聞かなきゃな。
睡眠時間か。そういやそんな気もする。学校に来るのも遅くなってるしな。
「夢が関係していると思われる」
「それ以上はわからないのか」
「調査中」
あまり長門に無理はさせたくない。信じて待つしかないだろう。

 

そのとき長門がふらついた。
慌てて支えたが長門がふらつくなんてどうしたんだ。
「負荷がかかっている」
以前にも聞いた。まだ続いてたのか。
「通常の倍の負荷がかかっている」
「なんでだ」
「不明」
長門がここまでわからないことずくめだとはな。
俺にはどうにも出来ないかも知れない。
何かが起こっているのにどうすればいいのかわからない。
こういうもどかしさはあの時以来だ。

 

考える前に長門だ。無理はさせたくない。
「大丈夫か?立ってられるか?」
「大丈夫」
致命的って程じゃないらしい。とりあえず安心だ。

 

背後で足音が聞こえた。
ああ、この光景を見たらいつかの谷口のように勘違いされるかもしれないな。
最早嫌な予感なんてレベルじゃない。
一つ息をして振り向く。
このタイミングでここにきてしまった人物。
両手にバットとグローブを持っている。
あったかくなってきたから『球春到来』なんて言葉に影響を受けたんだろう。
気まぐれに野球をやろうと思い立ち、俺を探してここまで来たというわけか。

 
 

涼宮ハルヒと目が合った。

 

さて、俺はどうすればいい?別に俺はやましいことはしていない。長門を介抱しただけだ。
なんでもない、なんでもないはずなのに、どうして俺はこんなに困ってるんだ?
「…そうなんだ」
「待て、早合点するな。落ち着いて聞いてくれ、ハルヒ」
いきなり否定したって聞いてくれるはずもない。だから。
「うるさい!」
ハルヒは震えている様だった。泣いていないのに泣いているように見えた。
そしてハルヒにそんな顔をさせた自分がどうしようもなく憎かった。
違う、こんな事望んじゃいない。
どこから間違えたんだ。
あの夢のように素直に褒めてやればよかったのか?
俺はいつからハルヒを泣かせていたんだ。
思うことはたくさんあるのに言葉に出来ない。
ならばせめてとハルヒを見る。
よく見ればハルヒのそばには古泉と朝比奈さんもハルヒの後ろにいた。
古泉はらしくない難しい顔していて、朝比奈さんはただ慌てている。
「やっぱりこっちのキョンは有希を選ぶんだ」
『こっち』の意味がわからない。
「おい、どういう…」
「こっち来るなっ!」
そういってハルヒは駆け出した。
何だってんだちくしょう。わけわからないことばかりだ。
とにかく追うしかない。長門も、古泉も、朝比奈さんも関係ない。あんなハルヒを放っておけるか。

 

走り出したその一歩目で世界が歪んだ

 

俺であって俺でない視界。
例えるなら俺が俺の中から俺を見ているかのよう。
感じても触れられない奇妙な感覚。
目に映る景色は見覚えのある一昨日。

 

谷口と俺が話している。国木田もいる。
「ポニーテール好きじゃなかったっけ」
「ふーん、そうなんだ」
「げ、ハルヒ」
「げ、とは何よ」
「なんでもねえよ」
「…ま、いいわ」

 

翌日。
ハルヒはポニーテールにしていた。
俺は素直に思ったままを言った。
「似合ってるぞ、ハルヒ」
「…別に」
「もしかして俺の為か?」
「…何勘違いしてんの」
そう言うハルヒの顔は赤く、俺に視線を合わせられないようだった。
「…なんだかおもしろいな、お前」
「なっ!わ!…ふ…ん」
後半は俺がハルヒの頭を撫でたせいだろう。
ハルヒはモゴモゴ口を動かしなにやら言っているようだがおとなしくなっていた。
こんなのも悪くないな。こんな風に自然に褒めてやればあんなことにはならないんだ。
…あんなことってなんだ?
俺はハルヒを褒めて、ハルヒも満更ではない様子で、ただそれだけ。
今だって、この後だって、ハルヒのポニーテールを褒めて、ハルヒは照れているようで、そんな心地よい空間。
ただそれだけ。
まるで夢の中にいるような感覚。
これは現実だ。いつか見た夢と同じなんだから。

 

左手首に違和感。
見ると壁から白い手が生えて俺の手首を掴んでいた。
「なっ!」
叫ぼうとした瞬間に白い手によって壁の中に引きずり込まれた。

 

いしのなかにいる。じゃなくて、俺を見下ろす6つの瞳。
古泉、朝比奈さん、長門だった。
「おはようございます。お目覚めのようですね」
「ここは?」
「長門さんが確保してくれた一時的な安全地帯です」
「話が見えん。1から説明してくれ」
「わかりました。長門さんの受け売りですがお話します。原因は『夢』です」
夢か、なんとなくわかる気がする。
「始まりはあなたがポニーテールという髪型を特別好きだったことです」
なんか嫌な言い方だな。
「涼宮さんは夢の中、つまりSOS団結成当初の『世界改変』の際にあなたがポニーテール好きだと聞きました。しかし現実ではあなたから直接聞いてはいません。ただの夢だと思っていらっしゃいますからね。だがふとしたことで涼宮さんはあなたがポニーテール好きだと聞いた」
俺と国木田の会話か。
「そしてポニーテールにしてみた。別に期待はしていなかったでしょう。そしてあなたも何も言わなかった。
少し不満を持った涼宮さんは眠るときに思ったのでしょう『褒めてくれたっていいのに』と。その願いは夢の中で実現された。まあその夢を見たこと自体は故意か偶然かわかりませんが。ともかくも、その瞬間喜んだ涼宮さんによって世界が作成された」
それはまさか…。
「そう、先ほどまであなたがいた世界ですよ」

 

「現実世界と夢世界は鏡写しのように同じ世界です。違うのはあなたがほんの少し素直で優しかったこと」
俺だけ?
「僕のデジャビュや長門さんの負荷は夢世界が原因でしょう。夢と現実は深く結びついていたようです。他の方も多かれ少なかれ違和感を覚えていたと思いますよ」
そういえば一部分だけ鮮明な夢を見た気がする。あれは俺と違っていた部分だろうか。
「睡眠時間の増加は涼宮さんが夢世界を気に入り始めた予兆だったのでしょう。…涼宮さんを責めないであげてください。あなた以外の我々全員はそのままでした。涼宮さんは世界を否定したかったわけではありません。ただほんの少し褒めて欲しかっただけなんでしょうから」
責めることなんてできるか。俺だって…そう望んでいた。出来なかっただけだ。つまらない意地のせいで。
「そんな平行世界が終わりを迎えたのはつい先ほど。あなたが優しくなかったり、あなたと長門さんが一緒にいたり、そういう要因によって涼宮さんはこの世界を否定してしまったのでしょう」
俺のことはともかく長門のことは運が悪かったとしか言えないな。
「…運ですか。それで世界が改変されているんですがね」
「なんだか棘があるな」
「いえ、すいません。僕が口を出すことではありませんでした」
「だからなんだよ」
「…続けます。涼宮さんは夢の世界を選択しました。現世が写し世に乗っ取られます。僕らには影響はありませんが、あなただけが違う。いまのあなたよりすこしだけ「理想」に近い人間になります。でもそれは本当に涼宮さんが望んでいることではありません」
「ずいぶんと自信たっぷりだな」
「そう信じられる程度には一緒にいますよ」
そうだな。おれも信じよう。

 

「それに、運が悪いというならば、このタイミングで『良い夢』を見てしまった涼宮さんと、『悪い夢』を見せてしまったあなたこそ運が悪いと言えるでしょう」
そういうことはもうないと思っていたんだがな。
「普通はありませんよ。あなた絡みだから起きた事件です。あなただけ、できればこのことを心に留めておいて欲しいですね」

 

「さてあとは長門さんにお任せします」
「これから夢と現実の境界を作る。あなたはそこで涼宮ハルヒの説得を行って欲しい」
「長門が夢の世界を消すことは出来ないのか?」
「夢世界と現実世界は密接に関係している為、消去の際の影響は計り知れない。加えて涼宮ハルヒが再び同様の事件を引き起こす可能性がある。以上の理由により夢世界の消去は推奨しない」
「つまり自分でなんとかしろってことか」
「そう」
簡単に言うな。じゃあどうする?とにかく今はハルヒを落ち着かせて…
「待ってください!」
「朝比奈さん?」

「キョン君、頑張って、なんて言いません。でも嘘をついたり、大げさに言ったりとかはしないでください。涼宮さんはキョン君の気持ちがわからなくて、不安で、怖くて、だから、だから……」
後ろのほうは涙声だった。…そうだよな、ハルヒは神様なんかじゃない。ただの人間の女の子だ。
「だから…キョン君が言いたいことを…言ってください。涼宮さんは…きっと…それを待ってるはずだから」
そうだ。朝比奈さんがこの中の誰よりもハルヒを一人の人間としてみていた。
長門や古泉の話を聞いてるとついついあいつが何なのかわからなくなっちまう。
ハルヒが出来ることを先に言うから得体の知れないモノに思えてくる。
でもな、そんなのは間違いだ。俺は古泉に言ったはずだ「あいつは神様なんかじゃない」って。
今のあいつは世界をどうかしようとしてる訳じゃない。泣きそうになって引きこもろうとしてるだけの大馬鹿だ。
こんなことも忘れていたなんて。こんなにも大事なことを思い出させてくれるなんて。
朝比奈さん、やっぱりあなたは俺の心の清涼剤ですよ。
「朝比奈さん」
「ふぁ、ふぁい」
純粋無垢に涼宮ハルヒという女の子を心配してくれた、この人は
「任せてください。それと…ありがとうございます」
いじられ役で、萌え担当で、コスプレ係で、頼りなくて、泣き虫で、それでも
「先輩」
伊達に上級生はやってなかった。

 

俺の気持ちだってもう決まってる。
こんなことで俺が俺でなくなるなんてのは御免だ。
俺は俺のままでハルヒといたい。
ハルヒの理想は俺の理想でもあった。
同じ気持ちでいるのなら、迷うことなんてありはしない。

 

もしもこの事件がうまく収まって、世界が元に戻ったとしたら、この人に一番に礼を言わなきゃならないな。
そんときゃお前も一緒に行くんだぞ、ハルヒ。

 

そして俺は走り出した。

 

着いた場所は見慣れた校舎。
前方をハルヒが走っていく。
どうもハルヒが逃げ出した直後らしい。夢の中に入る前か。
ともかく追いつかなきゃ話も出来ない。俺は走り出した。
しかし…はぁ…早すぎだろ。あいつ。はぁ…無駄に運動神経いいからな。
戻ったらあいつに運動のコーチも頼むか?ちくしょう。
誰ともすれ違わない。ここは閉鎖空間なんだろうか。
閉鎖空間といえばこの閉鎖空間はあいつのSOSってのは間違ってはいないと思う。
たまったストレスをなんとか発散させてたんだもんな。
でも閉鎖空間が出てなきゃ問題ないなんていうのは間違ってた。
俺は目の前のハルヒをちゃんと見ていなかったんだ。

 

走って走っておそらく校舎を一週分くらいしたところでハルヒを追い詰めた。
「落ち着けって言ってるだろ!」
「うっさい!あんたは有希と仲良くしてればいいでしょ!」
「なんでそうなる!」
「いちゃいちゃしてたじゃない!」
「してない!」
「してた!」
「してない!」
「してた!」
「人の話を聞け!」
「うるさい!あたしのことなんてどうでもいいんでしょ!有希のことが好きならあたしに優しくするなっ!」

 

なんでこいつは人の話を聞かないんだ。
そりゃ勘違いされる可能性のある状態だったさ。
いやまあ十中八九勘違いされるだろう。
だからって。
一気に距離をつめる。

 

「俺の気持ちを勝手に決め付けるな。なんでここまできたか理由を考えろ、バカ」
抱きしめてやった。

ハルヒは俺の胸に顔を押し付けたままだった。
「…わかんない」
「なにが」
「なんでここに来たの」
「この体勢で察しろ」
「有希のこと、放っといていいの」
「なんでこっちに来たかで察しろ」
「理由…わかんない」
「お前俺より頭いいだろ」
「バカって言ったのあんたでしょ。理由…はっきり聞かせてよ」
「…」
「早く」
「…」
「は・や・く!」
「言い忘れてたことがあったんだ」
「何?」
「ポニーテール似合ってたぞ」
「……………………はぁ!?」
「…」
「それだけ?」
「それだけだ」
「ホントにそれだけ?」
「本当にそれだけだ」
「…なんで抱きしめてるの」
「わからん」
「…あんたバカでしょ」
バカなんだろうな。今の俺はかつてないほど大バカだ。だからバカついでに。
「なあハルヒ、またポニーテールにしてくれないか」
「…なんで?」
「俺が見たいからだ。だから俺の為にもう一回だけ頼む」
「…なんであんたなんかの為に…」
「今度は間違えない。俺の気持ちを言う。だから…」
「え?…んっ…」
しばらくそのままで。
10秒ほどで俺はハルヒを解放する。
あの時と同じように世界が戻っていく。
ハルヒは口元を押さえてぽーっとしている。
「2度目だな。悪いな下手で。次はもう少しうまくやる」
どんどん感覚がなくなっていく。夢は夢へ。現実は現実へ。
さてどっちが本当だったのか。胡蝶の夢と成り果てるか。
最後に聞こえたのはハルヒの声。
「絶対だからね!………キョン!」

 

目が覚める。携帯で日付を見ると事件発生の日付だった。
つまりそのまま行けば今日の放課後、夢に紛れ込んじまうわけだ。
携帯を持っていると長門やら古泉やらに相談したくなってくる。
でもそれはできない。俺がやらなきゃならないことだから。

 

登校して教室のドアを開けるのに多少の度胸がいった。
もしもハルヒがポニーテールにしてなかったら?
そんなはずはない。そう信じてドアを開ける。

 

果たして。そこにはポニーテールのハルヒがいた。
急いで顔を背けたようだが、さっきまでこのドアを凝視していたであろうことは想像に難くない。
迷わずに自分の席に向かい窓に寄りかかるように椅子に腰掛ける。
右手がハルヒに届く距離。

 

この体勢だとクラス中が見渡せる。
なんとなく視線を集めているような気がする。
そういやハルヒのポニーテールは3日連続か。
何事かとも思われるかもな。

 

さて焦らすのもこのくらいにしておこう。
さっきからこっちをチラチラ見てる団長様の堪忍袋の尾は決して丈夫ではないのだ。
でも俺にだってモタモタしてる言い訳はある。
なにせこれからのことで人生が決まってしまうかもしれないのだから。

 

「ハルヒ」
返事はない。あくまで俺に言わせる気なのだろう。まあ俺がそう言ったのだが。
その横顔を眺める。やっぱり美人だと思う。
ポニーテールじゃなくたって十分に美人だ。
でもこれは儀式みたいなもの。
俺とハルヒがやり直して、再び始めるための儀式。

 

「ハルヒ」
もう一度呼びかけるとハルヒは45度ほど顔をこちらに向ける。
そういえば前のときはこいつがずっと横向いてたせいで横顔しか見れなかったんだ。
じゃあ今度は。
頬杖をついていたハルヒの手を引く。
「わ!」
驚いて俺を真っ直ぐに見るハルヒ。
顔がずいぶんと近い。
「似合ってるぞ、ハルヒ」
驚いて、赤くなって、悔しそうにして、そっぽ向いて、横目で俺を見て、こっちを真っ直ぐに見て、何か言おうとした。
その百面相に思わず笑いがこみ上げる。そう、真っ直ぐに見てたらこいつはこんなに面白い奴なんだ。
それを俺は余計な遠回りをして面倒なことになって、バカだよな俺は。
「何ニヤニヤしてるのよ、バカキョン!」
いまならわかる。こいつは単に照れてるだけだ。やれやれ、もう認めざるを得ないな。
「なんだかお前、かわいいな」
「なっ!」
赤い、赤い、やっぱり面白いな、こいつは。
「バッ、バカじゃ…」
照れ隠しだかなんだかわからないが横を向こうとしたハルヒに手を伸ばす。
首の横をすり抜け後頭部を掴んで引き寄せる。
机が邪魔だな。まあいい。無理な体勢だけど顔だけはお互いに間近。
クラスメートの視線が痛い。そりゃあキスをするようにしか見えないもんな。
まあ合ってるんだが。
「んっ!…んん…ん…………」
3度目だ。少しはうまくなってるかね。

 

「…約束は守ったからな」

 

「…あんた何したかわかってんの。神聖なるSOS団団長に、その、…スするなんて……。責任取りなさいよ」
またずいぶんでかくでたな。
まさか本当に一生物の行動になろうとは。
…いやまあこうなるかも、とは少しだけ予想していた。
こいつはいろんな初めてを大切にする奴なんじゃないかって思ってたから。
「わかったよ、約束する」
一つ約束を果たしたと思ったらもう次の約束だ。
わがままな団長だな。
まあハルヒのほうはこれでいいさ。
俺はもうハルヒから目を離さないし、出来るだけ一緒にいるって決めた。
俺は俺のままでいたいし、ハルヒはハルヒのままでいて欲しいからな。

 

当の本人は俺があんまりにもあっさり答えたのでいぶかしんでいるようだ。
大事な決断ではあるけれど、こっちの腹はもう決まってる。
だからこそ短く答えられたんだ。他の言葉は全部余計。

 

さて問題はこの場か。
クラスの奴にばっちり見られちまった。言い訳なんて効かないだろうな。
すでに距離を置かれてるしな動物園みたいな気分だ。
はい、こちらがバカップルになります。なんて言われているのだろうか。
まあいい。ここまで来たんだ。諦めよう。
それにあながち外れているわけじゃない
というかいまさら違ってても困る。
まあお互いに「そういう関係だ」と言えるようになるのはまだ先だろうけど。
いいさ、別に急ぐことじゃない。
積み重ねってのは大事だと思うからな。

 

当面の目標は同じ大学へ行く為に勉強することだろうか。
未来人や宇宙人、超能力者の対立なんてのはたいしたことじゃない。
俺とハルヒと長門と古泉と朝比奈さん。SOS団に敵なんていない。
何とかして見せるさ。

 

さて難しい顔してまだ疑っている様子の団長様をどうにかしよう。
「え?ちょ、キョン。みんな見て…ん…」

 

困ったときはこの手でいこう。
こいつを手放すことに比べれば多少の恥ずかしさは我慢できる。
まあ「お前を放さない」なんて恥ずかしくてとてもいえないが。
さて余計なことを考えて誤魔化してきたがもう無理、限界、恥ずかしすぎる。
教室で何やってんだ俺は。ちょっと壊れてるな。

 

「あ、あんた、また…」
真っ赤な顔して怒ってるハルヒは珍しい。どうせ照れてるんだろうけど。
まあこのハルヒの顔もいつかは日常になるだろう。
というか日常にしてみせる。もうこいつから離れるつもりもないし離すつもりもない。
クラスメイトの突き刺さる視線を意図的に無視して窓の外を見る。

 

新しい季節はもうすぐそこ。
きっとまた騒がしくてそれでいて忘れられないことが起こるのだろう。
なにせ俺たちはSOS団。
さて世界を大いに盛り上げるとしようか。なあハルヒ?

 

終わり