少女の願い (76-78)

Last-modified: 2008-01-10 (木) 23:02:39

概要

作品名作者発表日保管日
少女の願い76-78氏08/01/1008/01/10

作品

元日から俺はSOS団の面々と初詣に行く為にいつもの駅前に向かって歩いているのだが、妹が付属品のように付いて来てしまう事くらいは、まぁ想定の範囲内だ。
宇宙人、未来人、超能力者と一緒の行動など俺にとっては既に日常の風景である。
 
SOS団なる奇怪な集団が持ち込む非常識イベントの数々によって、俺の経験値は鰻の滝登り状態。バブル経済も真っ青な右肩上がりの急成長であり、人生が何かのRPGゲームだったとしたら今ラスボスが現れても良い勝負が出来るんじゃないかとさえ思っている。
多少の事は想定の範囲内と軽く流せる余裕を持ち合わせる位には俺も成長していたのさ。
 
「はるにゃん!いくよー!」
「あー!まってよー!キョン君もはやくー!」
 
前言撤回。すまん。嘘をついていた。
 
俺の経験値なんてものは人生という長いRPGを乗り切るにはまだまだ不足しているらしい。
もしかしたら、学校で常に俺の後ろに座ってる女がラスボスなのかもな…そりゃ勝てないわけだ。
 
ハイテンションな二人娘に両手を引かれ俺は深い溜息をついた。
 
「こうして見ると仲の良い姉妹みたいですね。」
黙れ古泉。お前は目の前の異常事態を見て何でそんな暢気なことを言っていられるんだ。
「目の前の光景を見たまま表現しただけの事ですよ。それに、深く考えていると気分まで深く沈んでしまいそうですから」
 
俺の気分は既にマリアナ海溝より深くに沈みきったままだ。
 
「とにかく、今は彼女のご機嫌を損ねないようにしないと大変なことになります。僕と長門さんで対応策を検討しますからあなたと朝比奈さんは彼女の事をくれぐれもよろしくお願いします」
 
俺の気分メーターはどこまでマイナス値の目盛りが刻んであるんだろうね。
とっくに最低値を記録していると思ったが、今また下がったようだ。
 
さて、お気付きの方も多いだろうが、俺はとんでもない事態に遭遇している。
とりあえず、状況を整理する為に日付を1日ほど巻き戻したところから話を進めてみようか。
出来る事なら俺もそこからやり直したいと痛切に願ってるのだが…。
□□□□□
波乱と激動の2学期も何とか無事に終わり、SOS団クリスマスパーティーも終わり、あとはのんびり正月を待つだけだ。
幸いにして、元日まで…と言ってもたかが数日だが、SOS団の活動は何も予定されていない。
家の大掃除や年末の買い物を手伝ったりと久しく待ち望んでいた束の間の「普通」の生活を、若干の物足りなさを感じつつも俺は十分に堪能し、大晦日を迎えた。
 
一瞬でも「物足りない」と感じちまったのが敗因だったのかもなぁ…。
 
暇を持て余していた俺は、大掃除ついでに数年ぶりに押入れの奥のガラクタを整理していた時に見つけた
埃にまみれた小学校の卒業アルバムを眺めていた。
 
そういえばハルヒは小学生の頃までは奇矯な振る舞いなど皆無な底抜けに明るい「普通の」女の子だったんだろう。
そのまま成長していればなぁ…勿体無い。
などと考えていたら携帯が鳴った。ディスプレイには「涼宮ハルヒ」の文字が踊っている。
俺の携帯には俺が「涼宮」とか「ハルヒ」という単語を思い浮かべると着信音と共に該当人物の名前を表示する機能でも付いているのだろうか?
 
『納会やるわよ!』
「何のだ?」
『SOS団のに決まってるじゃないの!』
「どこで」
『鶴屋さん家。北口駅前に15時集合ね。遅れたら死刑!』
 
相変わらず人の都合も意見もお構い無しに自分の用件だけ伝えたら切っちまいやがった。
まぁ、俺も暇を持て余していたところだし…ってもう14時過ぎてるじゃねぇか!
俺は大急ぎで支度を整えると、自転車に飛び乗った。
 
程なく俺はいつもの駅前に着いt「遅い!罰金!」
 
…俺はハルヒのこの言葉を「やあ」とか「こんにちは」と同じ挨拶だと思う事にしている。
ずいぶん相手に手間と金をかけさせる挨拶だなぁ。おい。
 
ところで、何故鶴屋家でSOS団の納会なんぞが開催されるようになったのかというと…
残念ながら全く分からん。少なくとも今日の昼過ぎまではそんな催しなど俺の予定には無かった事だけは確かだ。
 
「奥に接客スペースとして使ってる離れがあるからさっ、そこ自由に使っていいよっ!」
と言われた、体育館並みの広さを誇る「離れ」で、さらに「自由に使って」に含まれていた一流ホテルのビュッフェかと思うような料理の数々に圧倒されつつも、そこは遠慮という言葉を知らない涼宮ハルヒ率いるSOS団である。存分に鶴屋さんのご好意に甘え、楽しいひと時を過ごした。
 
それだけで終われば俺も平穏な新年を迎えることが出来たんだけどなぁ。
 
楽しい時間を過ごしながらも、その時は確実に俺たちの背後に迫っていた。
そして、それは何の予兆もなく突然やってきた。
 
「ちょっろ~キョン!こっち来らはいよ~」
呂律の回っていないハルヒの叫び声が聞こえそっちを向くと
床にどかっと腰を下ろしたハルヒが頬を紅潮させて俺を手招きしていた。
 
ほんのりと朱がさして上気した顔、潤んだ瞳とうつろな表情、なのに、ちっとも色っぽくも可愛くもねぇ!何故か。
明らかに酔っているからである。誰だハルヒに酒を飲ませた馬鹿は。
 
どうやらジュースと一緒に置いてあったカクテルを間違えて飲んでしまったようである。
チョロっと舐めて味を確かめるなんて真似はしないからなぁ、コイツは。
手に取ったグラスを一口で空にして、それが酒だと気付いた時にはそれは既に喉を通過した後だったんだろう。
 
古泉はハルヒから絶妙な距離を取って我関せずを貫いていやがるし
長門は「わたしの食事を邪魔する者は何人たりとも許しはしない」という佇まいでひたすら料理を口に運んでいるし
朝比奈さんは青いペンキをまぶしたアマガエルの如き状態で青ざめて震えている。
ついでに言うとハルヒに呼ばれたのは俺だ。素面の俺がアレの相手をしないといけないのか…
いっその事俺も飲んじまうか。そうすれば何もかもが少なくとも俺の中では無かったことになる。
などという俺の頭の中が漏れ出していたのだろうか、未成年お断りの飲み物は既に古泉によって撤去されていた…クソッ。
 
「キョンー!はーやーくー!」
怒ってるんだか笑ってるんだか分からないハルヒの叫び声が響いた。
渋々ハルヒの元に移動すると突然肩を組まれた…酒臭せぇ。
 
「なんであたしの所にはサンタクロースが来なかったのよ!」
知るか
「あんたが真面目に探さなかったからでしょ!」
深夜の街中で真剣にサンタ探しをやる高校生が居るならここに連れて来い…って目の前にいるのがそれか。
仮にサンタが実在したとしても、イブの深夜に突然他人を呼び出してサンタ狩りに行くなんて物騒なことを言い出す女のところになんて頼まれても行きたくないだろうよ。
「あたしはサンタに会いたくて一生懸命探したのにぃぃぃ!」
いきなり泣き出すな。第一サンタがプレゼントを持ってくるのは小さな子供の所だろうが。
未成年とはいえ高校生の所に来るサンタなんてよほど娘を溺愛してる親父位なものだろうよ。
「もっと小さい頃に一生懸命探してれば会えたのかなぁ…」
だから泣くなって。誰かそろそろこの酔っ払いの相手を代わってくれ~。
 
どうやらハルヒはイブの夜に行ったサンタ狩りと称した不思議探索で何の成果も上げられなかったことを思い出して泣いているらしい。
何だ?ハルヒは泣き上戸なのか?俺の記憶に辛うじて残ってる酔ったハルヒは多丸さん達に絡んでいた性質の悪い酔っ払いだったはずだが俺の記憶がない所でハルヒはこんな感じになっていたのか??
 
俺の胸に顔を埋めて子供みたいにワンワン泣き喚くハルヒの背中をさすりながら俺は強烈な違和感を感じていた。
 
俺が異変に気付いたのと時を同じくして他の3人も俺の背後に集合していた。
皆それぞれの変態的能力で異常を察知したのか俺の様子が変わったのを察知したのかは知らないが…
 
いくらなんでも異常事態を起こすにも限度ってものがある。
 
「あのぉ…涼宮さんは?」
一見見当違いとも思える疑問を呈したのは朝比奈さんである。
古泉は笑みの消えた驚愕の表情を浮かべ、長門は相変わらず無表情だが若干目が見開かれている。
 
ついさっきまで確かに俺は酔って号泣していたハルヒの背中をさすっていた。
だが、今俺の腕の中で寝息を立てているのはどう見ても幼稚園児か、せいぜい小学校低学年の女の子である。
服もハルヒが着ていたものと全く同じデザインだがきちんと体に合うサイズの物を着ている。
 
「この少女は…まさか涼宮さんですか?」
笑顔の消えた古泉が俺に聞いてるんだか独り言なんだか分からない調子でつぶやいた。
お前の笑顔は見ていてムカつくが、笑顔の消えた真剣な表情を見ていると不安になる。いっそ長門に無表情の作り方を教わってくれ。
 
長門、この子はハルヒ…だよな?
「遺伝子レベルでは涼宮ハルヒと同一。間違いなく涼宮ハルヒ本人。」
 
「…………」
これは長門じゃないぞ。俺が発生させた三点リーダだ。
この幼児がハルヒだって!?何故?
 
「おそらくは…」
こんな時に喜々として説明を始めるのは古泉と相場は決まっている。
「先ほどのあなたとの会話で涼宮さんは『子供に戻りたい』と思ってしまい、結果そうなった。という事でしょう」
 
出鱈目にも程があるぞ。お前の説ではハルヒは素っ頓狂な考えと裏腹に一般的な常識も持ち合わせているんじゃなかったのか?
「アルコールの影響で心の箍が外れてしまったのだと思います。」
 
元に戻す方法は無いのか?
古泉を見ると、古泉は長門を見ていた。釣られて俺も長門を見る。
 
「容姿だけを元の涼宮ハルヒに戻すことは可能。ただし現在の彼女は最低限の記憶は残しているが基本的に外見相応の知性しか持ち合わせていない。情報操作により外見上元に戻したとしても知性まで復元することは不可能」
 
見た目は大人頭脳は子供…ってどこかで聞いたことがある台詞と真逆なハルヒが出来上がっちまうのか。
どうにかならないのか?
「ならない。彼女の変化は彼女自身の能力によってもたらされたもの。元に戻るとしたらその能力によってのみ可能と思われる」
 
さて、どうしようか。
俺たちが困惑の面3つと無表情1つをつき合わせていると、その原因がよろよろと顔を上げた。
 
「んぅぅ~。あれぇ?みんなどうしたの~?」
眠い眼を擦りながら起き上がったハルヒは辺りをキョロキョロと見渡していた。
「ねーねー。キョン君。みんなどうして怖い顔してるの?」
一瞬妹の相手をしているような錯覚を覚えたが、服と髪型とカチューシャは間違いなくハルヒだし、顔もずいぶん幼くはなっているがハルヒである。
 
幼稚園児くらいのハルヒが俺たちを知っている。そんな所だろうか。
って冷静に分析している場合ではない。どうすんだこのハルヒ。このまま家に帰すわけにも行かんぞ。
 
「今日はねーお父さんとお母さん旅行に行ってるからキョン君の家にお泊りなの!」
満面の笑みでハルヒ(小)がそう言った。んな事俺は一言も聞いてねぇぞ。
 
「彼女が嘘を言っているとは思えません。元の涼宮さんが今日あなたの家に行くつもりだったかは分かりませんが、親御さんが旅行なのは確かでしょう。ある意味助かりました。しばらく涼宮さんを匿ってはいただけませんか?」
 
頂けませんか?って、いくら外見はハルヒでも親が見たことも無い幼女を俺が連れ帰ってみろ、大騒ぎになるぞ。
「問題ない。あなたの両親は今日から一週間旅行に出かける」
いや、長門。突然そんな事言われてもだな。おれはそんな事一言も聞いていないんだが…
タイミングを計ったように俺の携帯が鳴った。嫌な予感を感じつつ届いたメールを開く。
 
「・・・・・・」
 
黙って俺を見つめる長門と俺が三点リーダをシンクロさせていると古泉が横から携帯を覗き込んだ。
「文面からすると、あなたのご両親は今から一週間旅行に出かける。妹さんは同級生の家に居るから帰りに迎えに行くように、と読めますね」
読めますねじゃねーだろ。書いてあることそのままだ。
 
「そういう事にしておいた」
長門ならそれくらい余裕でやっちまうだろう。そういう奴だ長門有希ってのは。
 
「これで当面の懸案事項は回避されましたね。涼宮さんをよろしくお願いします」
俺はごめんだね。お前の機関だか何だかで保護してやればいいじゃねーか。
お前らにとっては神様だろ?ご神体を手厚くもてなしてやれよ。
 
「おやおや。こんな右も左も分からぬような涼宮さんの保護を任されるとは、我々の機関もだいぶあなたの信用を得ることが出来たようですね。実に喜ばしい事です。」
 
意味有り気な笑みを見せる古泉を一瞥し、俺はフンと鼻を鳴らした。
 
「あなたが良くても他の勢力が我々の元に今の涼宮さんを置くことを良しとはしないと思います。同じ理由で他の勢力下に今の涼宮さんを預ける事も、我々が黙認する事は出来ません」
長門と朝比奈さんに目をやると申し合わせたように二人で同時にコクリと頷く。
 
何となく嫌な視線を感じて俺が下を向くと今にも泣き出しそうな顔をしたハルヒが俺を見つめていた。
 
「キョン君…あたしと一緒いやなの?」
『捨てられた仔犬のような目』という表現があるがその意味を初めて理解した気がする。
分かった。分かったから。頼むからそんな目で俺を見るな。
 
今度は、泣いたカラスが何とやら。という単語が俺の頭に浮かんだ。
ハルヒは俺の手を取り今すぐ家に帰ると騒ぎ出した。とりあえず後片付けをだなぁ…
 
「こちらの事でしたらお構いなく。我々で片付けておきますので、くれぐれも涼宮さんをよろしくお願いします」
既に食器の片付けに入っていた3人を横目に俺はハルヒに引き摺られるようにして鶴屋家を後にした。
 
途中、ミヨキチの家で待機していた妹を連れて晩飯の買い物を済ませて家に帰ってきた。
妹にはハルヒの妹のハルカだとだと紹介した。呼び名はどっちも「はるにゃん」となったので問題は無いだろう。
 
一応今のハルヒは5歳らしいのだが、妹とは同じくらいかせいぜい1~2歳位しか違って見えない。
妹は成長障害か何か出ているんじゃないかと心配する俺などお構い無しに二人はすぐに打ち解けたようだ。
 
俺の部屋のゲームを居間に持ってきて二人に与えている間に手早く夕食の用意を済ませる。
メニューは二人のリクエストで温めるだけのハンバーグだ。付け合せのニンジンだけは俺が切って調理した。
 
「にんじん嫌い~」
ハルヒに食い物の好き嫌いがあったとは驚きだ。食えるものは何でも食っちまう奴だと思っていたからな。
ちゃんと出されたものは全部食べなさい。残すならハンバーグも食べちゃ駄目だぞ。
「うぅ~…」
ハルヒは恨めしそうに俺を睨んだ。しかし、高校生ハルヒと違い今のハルヒは幼児だ。
睨んではいるがむしろ可愛いとさえ思える位で迫力が全く無い。
俺がハルヒより優位に立つなんて初めての経験かもな。相手は子供なのだが…
 
などと考えていたら俺の携帯が鳴った。相手は古泉だ。何か解決策でも発見できたのだろうか?
 
「閉鎖空間が発生しました」
「・・・・・・」
古泉の第一声に俺は無言で答えた。
 
何だって?今閉鎖空間が発生したと聞こえた気がしたが。
「気のせいでは有りません。そのままです。閉鎖空間が発生しました。」
 
何故?
「それはこちらが聞きたいことです。涼宮さんに何かしませんでしたか?」
何かといわれても家に帰ってきて妹とゲームやって今は台所で飯食ってるところだ。
不機嫌になったと言えば俺にニンジン食えと言われて唸ってた位だぞ。
まさかその程度で閉鎖空間が出来たとか言うんじゃないだろうな?
 
「恐らくそのまさかです。実は今日の夕方にも閉鎖空間が発生していたようです。ごく小規模だった上に近くに居合わせた仲間がすぐに対応してしまったのでので僕も気付きませんでした。長門さんが言うには今の涼宮さんの知性は幼児並みである為に感情が爆発してしまう閾値も低いのでは無いかとの事です。ちょっとした不満ですぐに閉鎖空間を発生させてしまうのです。幸い発生する閉鎖空間も小規模で現れる神人も一人で対処できる程度ですが、あまりに頻発してしまうと我々も対応の手が回らなくなる恐れがあります」
 
つまり、お前は俺にこのお子様ハルヒがへそを曲げないように気をつけろと言いたいんだな。
「その通りです。話が通じやすくて助かります。それともう一つ。今の涼宮さんは我々の知っている彼女ほど理性的では有りません。無邪気であるが故に無自覚に能力を発揮してしまう恐れがありますのでくれぐれも気をつけてください」
・・・何をどう気をつけろって言うんだ。
 
電話を切って台所に戻るとハルヒはまだ涙目のまま食事に手をつけていなかった。
ニンジン食わないならハンバーグも食うなと言った言いつけを守っているのか。
それでまた閉鎖空間でも作られちゃ敵わないからな。幸い俺は幼児の扱いは心得ているつもりだ。
 
ニンジン食えないなら無理に食わなくてもいいぞ。
ニンジン食わなくても死にはしないがちゃんと飯食わないと死んじまうからな。
でもちゃんとニンジンも食べないと朝比奈さんみたいに綺麗な人になれないかも知れないなぁ…。
 
「食べる!」
見事な食いっぷりだった。まるで餌を目の前に何時間もお預け食らってた犬がついに待てを解かれたかのようにニンジンもろともあっという間に腹の中に押し込んじまいやがった。
全て食い終わったハルヒは「どうだ!」と言わんばかりに目を輝かせて俺を見ていた。
こういう時は素直に褒めてやるのが子供に好き嫌いをさせないコツだ。
頭を撫でながら褒めてやるとハルヒは得意げな笑顔を俺に見せた。
 
ハルヒと妹を居間に押し込んで俺は皿洗いと風呂の準備をした。
風呂入ってくるから二人で大人しくゲームしてろよ。
「一緒に入る!」
待てハルヒ。それは待て。いくら今は幼児とはいえお前は俺の同級生だ。
まだゲーム途中だろ?ゆっくりやってて良いからあとで妹と入れ、な。
「ヤダ!キョン君と一緒が良い!」
携帯の着信音が鳴った。おいおい、勘弁してくれよ…
 
また閉鎖空間が出来たんだろ?でもこれだけは勘弁してくれ。な、古泉。分かるだろ?
「今そこに居るのはあなたの妹さんと5歳の幼児だけのはずですが。もしかしてあなたは5歳児と一緒の入浴で何かおかしな事を考えてしまうような特殊な性癖でもお持ちでしたか?そうなると今後の付き合い方を考えさせて頂かないといけませんが」
・・・分かったよ。入ればいいんだろ入れば。あぁそうさ。ここに居るのはただの5歳児だよ。分かってるよ。
 
三人揃って風呂場に入り、湯船の中で大ハシャギする二人の隙をうかがいつつ自分の頭と体を洗い、二人と入れ替わりで俺が湯船につかるとハルヒは自分の耳を押さえて下を向きしゃがみこんだ。
…俺に頭洗えという事か…って妹よ、何故お前も同じ体制で屈んでいる?
結局二人の頭と体を俺が洗ってやり、最後は狭い湯船の中でお湯を掛け合う二人に挟まれて湯に浸かり、異様に疲労した入浴は終了した。
頼むからこれ以上何もしてくれるなよ…
 
妹の部屋に布団を敷いてやり部屋に戻ると、枕を両手で抱えたハルヒが付いてきた。
「はるにゃんはキョン君と一緒が良いんだって~♪」
それだけ言うと妹はとっとと自分の部屋に戻ってしまった。
俺が黙って布団に入るとハルヒも黙って布団に潜りこんで来た。
そしてそのまま俺を抱き枕か何かと勘違いでもしたかのように俺の体にしがみつくと一瞬のうちに寝息を立て始めた。
夜中にトイレに行きたいと言って俺を叩き起こしたり、突然親恋しくなって泣き出したり恐らくその度に閉鎖空間を発生させているんだろうが、こればかりはどうしようもない。古泉達に頑張ってもらうとしよう。
俺に出来ることといえば俺にしがみついて泣きじゃくるハルヒを抱きかかえるようにして落ち着くまで背中を擦ってやる位なもんだ。
 
繰り返すが、これは「涼宮ハルヒ」という名の5歳児である。くれぐれも勘違いせぬように頼むぞ…って誰に言ってんだ俺は。
 
いつの間にか深い眠りに入っていた俺の体にいつのも倍の衝撃が加わったのはまだ午前7時前の事である。
目を開けると妹とハルヒが俺に馬乗りになり起きろ起きろと騒いでいる光景を視界に捉えることが出来た。
元旦の早朝から騒ぐな。元旦は寝て過ごすのが日本人のあるべき姿だろうが。
 
「キョン君起きてよーはるにゃんもう皆に電話してはつもうで行く準備してるよー!」
「キョン君起きないと罰金だよー!9時にえきまえ集合だよー!」
 
激しい頭痛と眩暈を覚えたのはきっと底冷えするこの気温に当てられて風邪をひいたに違いない。
風邪には安静が一番だ。よし。もう一眠りしよう。
 
…俺の体は既に二人がかりでベットから引き擦り下ろされ今まさに階段に差し掛からんとしていた。
待て、階段は自分の足で歩く場所だ。誰かに引き摺られながら腹ばいで落ちる所じゃない。
 
食事を終え準備を整え二人に手を引かれながら駅前に着くと既に他の連中は集まっていた。
□□□□□
…はい、回想シーン終了。
 
「一日であれほど閉鎖空間に入ったのは僕も初めての経験です。ある意味貴重な体験が出来ました。おかげさまで殆ど睡眠らしい睡眠をとることが出来ませんでしたよ」
それは俺に対する嫌味か?幼児の夜泣きを俺にどうしろって言うんだ。
「それは重々承知しています。僕も八つ当たりで愚痴の一つも言いたくなる位に疲労しているとご理解ください」
奇遇だな。俺も全く同じ心境だ。正月早々気が合うじゃないか。
「それは光栄です。あ、申し遅れました。明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します」
めでたい年明けかどうかは疑問だな。
 
俺と古泉の二人で盛大な溜息をついたのはいつもの喫茶店。
長門と朝比奈さんに挟まれてハシャギながらケーキを喰らうハルヒの向かいで疲労しきった男二人がうなだれて座っている。周囲の視線が痛いがそんな些細なことはこの際どうでも良い。
この無間地獄はいつまで続くんだ?そろそろ俺の体力ゲージも0が近いぞ。
 
初詣に向かったは全国的にもある程度有名な神社である。つまり人が異様に多い。
そんな人ごみの中、人の頭をドラムか何かと勘違いでもしているかのようにバシバシ叩くハルヒを肩車しているのは…言わなくても分かると思うが俺だ。妹は朝比奈さんが見てくれているのが唯一の救いである。
 
初詣後には全員でおみくじを引いた。当然のように大吉を引いたハルヒを頭の上に乗せた俺の手には凶と書かれた札が握られている。
妹は中吉、朝比奈さんは吉で長門が小吉、古泉は末吉を引いた。おお、全種類コンプリートじゃないか?これ。
本堂にでもに持っていったら何かのレアアイテムと交換して貰えるんじゃないか?
 
…「大凶」と書かれた呪いの札でも渡されそうだから辞めておこう。
 
その後もデパートに行ったりゲームセンターに行ったりフルパワーではしゃぎ回るハルヒ&妹に引き回され朝比奈さんの目にも疲労の色が濃く出始めた夕方にやっと元旦のSOS団イベントは終了した。
心身財布とも極限状態にまで疲弊しきったのは俺で、古泉はというと「ハルヒの監視」という名目で日中のバイトは免除されていたらしく、若干ではあるが気力体力ともに回復していたようだ。
覚えてろよ、夜中に腹一杯になって食あたりするまで閉鎖空間を堪能させてやる…
 
家に帰り俺が用意した夕食が昨日のハンバーグの残りを利用したピーマンの肉詰めだったのは食材を無駄にしない俺の計らいであり、決して古泉に対する仕返しを意図した物で無い事を強調しておく。
 
ピーマンから肉を穿り出しながら食う妹をよそに、俺が何も言っていないのに涙目になりながらピーマンごとかぶりつくハルヒを見て可哀想な事をしたかなとちょっと心が痛んだのはここだけの話とさせてくれ。
 
夕食の食器を片付け、俺は居間で大人しくテレビを見ている二人の後ろに座って考え事をしていた。
 
長門は言った。今のハルヒの変化は酔ったハルヒが望んだ結果だと。
そして元に戻すにはハルヒが戻りたいと願いその能力が発揮される必要があるらしい…だが、どうやって?
一人で考えても埒が明かない。明日にでもSOS団の面子を集めて考えるとしよう…
 
「…キョン君!早くお風呂入らないとお湯冷たくなっちゃうよー!」
妹に体を揺すられて自分が眠っていたことに気付いたのは2時間も経ってからである。
「お湯はわたしが止めたよ。キョン君疲れてるから寝させてあげようってはるにゃんが言ったから起こさなかったけどもう起きてお風呂入らないと寝る時間になっちゃうよー」
 
ハルヒが俺を気遣って寝かせていたって?当のハルヒはオドオドした態度で俺の顔色を伺うような仕草をしている。
ハルヒの頭を撫でてやり、ありがとな。というとニカっと悪戯っぽく笑い「お風呂♪お風呂♪」と妙な調子をつけて騒ぎ出した。
妹もハルヒに倣いお風呂囃子(命名・俺)を合唱しながら俺を風呂場に引っ張っていった。
 
風呂から上がると妹はとっとと自分の部屋に行き寝ちまった。ハルヒも俺のベッドに無言で潜り込む。
俺は居間でのうたた寝が効いているのか眠気が無かったので自分の部屋でベッドの前に座ってテレビを見ていた。
いつの間にかハルヒも起きだして俺のあぐらの上にちょこんと座ってテレビを見だした。
何の番組だったかははっきりと覚えていない。ありきたりな正月特番だったと思う。
CMになり、何となくチャンネルを変えようとするとハルヒが突然大声をあげた。
 
「これきれいー!あたしもこれが良い!」
結婚式場か何かのCMだろう。画面にはウエディングドレスを着た女性が映っていた。
それを見たハルヒは自分もこれを着たいと言い出したのだ。女の子にとってウエディングドレスは憧れだろうからな。
…などと暢気に考えていたのだが、相手は俺の度肝を抜く事にかけては恐らく世界一の女、涼宮ハルヒである。
「いつか着たい」ではなく、「今着たい」と騒ぎ出した。明日にでも貸衣装屋に連れて行く羽目になるのか…
俺が財布の中身と相談を始めるとハルヒがまたとんでもないことを言い出した。
要約すると、ハルヒの目的はドレスを着ることではなく、ドレスを着て行う行事の方だったのである。
それこそ今日明日では無理だ。俺だって早くてもあと10年は先の話であろう。それに今のハルヒは5歳だ。
 
「やだ!キョン君と結婚式する!明日!」
正月早々高校生の俺が5歳児を連れて結婚式場に行って式を挙げたいんですけどなどと言ってみろ。
生暖かい視線に囲まれながらポラロイドカメラでで記念撮影だけでも応じてもらえれば良いが、その場で追い返されるか変質者と疑われて警察に通報される恐れすらある。
そういうのは大人になってから好きな人を見つけてだなぁ、その人と一緒に考えなさい。
「好きな人居るもん!キョン君!」
涼宮ハルヒ衝撃の告白…って、身近で遊んでくれそうなお兄ちゃんって意味だよな。うん。
歳の離れた従妹や姪っ子に好きだって纏わり付かれた事だって一度や二度じゃないしな。うん。
 
「…涼宮ハルヒは最低限の記憶は残している」
昨日の長門の台詞が一瞬聞こえた気がした。幻聴だ、間違いない。
しかしそれは天が俺に与えた解決のヒントかもしれない。これを利用すればもしかしたら…
 
俺は今高校生だ、そしてハルヒは5歳だろ?歳が離れすぎている。
お前が高校生くらいになってまだ俺のことを好きだと言ってくれるなら俺もその気持ちに答える事も出来るだろう。
だからな、大人になるまで待てとは言わない、とりあえず高校生になるまでは待ってみろ。な。
「じゃぁ高校生になる!高校生になってキョン君と結婚する!!」
いや待て、高校生じゃ結婚は出来ない…と思ったが言うのはやめておくことにした。
それで俺まで二十歳過ぎの大人に改造されたくは無いからな。まだ高校生活に未練もあるし。
 
俺の上からベッドに飛び移ったハルヒはその場で大きく伸びをしながらピョンピョンと飛び跳ねだした。何してんだ、コイツ?
「こうすれば早く背が伸びてすぐに高校生になれるんだよー!」
誰もが眉間を押さえるか笑いを堪える場面であろうが、それが笑い話にならないのがハルヒがハルヒたる所以である。
ベッドの上でピョンピョン飛び跳ねているハルヒの身長が明らかに伸びている…非常識にも程があるぞ。おい。
 
いつの間にか5歳児だったハルヒは俺も見覚えのあるいつものハルヒの姿に戻っていた。
そして完全に元の姿に戻ったハルヒはそのままぱたりと倒れこむようにベッドに横たわり…寝息を立てている。
 
事態が飲み込めずにあっけに取られていると、突然パソコンの電源が入った。
俺がパソコンの前に座るのを待っていたかのようにタイミングよくカーソルが動き出した。

--
Yuki.N>みえてる?
 
ああ
 
Yuki.N>現在の涼宮ハルヒは元の姿に戻っていると思われる。
 
戻った瞬間に眠っちまったけどな
 
Yuki.N>わたしが眠らせた。今後の対応についてあなたに伝える必要がある。
 
対応?
 
Yuki.N>彼女からこの出来事についての記憶を全て消去することは出来ない。
 
なぜだ?
 
Yuki.N>記憶を全て消去したり、夢での出来事と知覚させてしまうと、彼女の記憶の中に今日と言う日が存在しない事になる。それは危険。
 
じゃあどうする?
 
Yuki.N>幼少化したという認識だけを情報操作して削除する。今日の行動は彼女が元の人格であったとしても行っていたと想定される。問題ない。
 
それもそうだな
 
Yuki.N>あなたのパソコンに、涼宮ハルヒの記憶から自分が幼少化したという認識のみ消去するプログラムを転送した。
最後に実行確認が表示されたらエンターキーを押して。そうすればプログラムが実行される。
他のキーを選択するとプログラムは実行されない。その場合起こり得る危険については一切を保障できない。
 
わかった。
 
Yuki.N>それでは情報操作を実行する。 Ready?

--

俺は黙ってエンターキーを押した。
真っ黒になった画面の左上にはカーソルが点滅している。恐らく今プログラムを実行しているんだろう。

--
Yuki.N>実行完了。彼女は約1分後に目覚める。
 
おつかれ。

--

再び画面が暗転した。俺はふぅ、と息をついて椅子にもたれかかる。やっとこの悪夢のような正月も終わったか…
などと物思いに更けているとベッドの方でごそごそと音がした。ハルヒが起きたようだ。
布団の上でゴソゴソと動いていたかと思うと突然ガバっと起き上がり、今度は半身起きた体勢で固まっている。
 
動くのか止まるのかどっちかにしろ。本当に忙しい奴だなぁ…
とパソコンからハルヒの方に向き直…何真っ赤な顔して固まってんだ?…ハルヒ?
長門の情報操作とやらの副作用か?まぁ、自分が小さくなってたなんて夢にも思わな…
 
ちょっとまて。
という事は何か?さっきまでの事は幼稚園児ハルヒではなく高校生ハルヒの行動として記憶しているんだよな。
…つまり、ハルヒはついさっき俺と結婚すると言って大騒ぎしたのも、俺の布団に自分から入り込んで俺を抱き枕にして寝てたのも、
一緒に風呂に入ると大騒ぎした挙句、俺が全身洗ってやったのも、幼稚園児じゃなく今の自分が体験したと思っ…
 
いや、まて、ハルヒ、落ち着け。落ち着いて話そうじゃないか…何をだ?
何をどう説明すればいい?誰か教えてくれ、長門、古泉、朝比奈さん誰でもいい、助けてくれ!
俺がすがる様に真っ黒なパソコンのディスプレイに目をやると最上段にうっすらと文字が浮かんでいた。
 

Yuki.N>Good Luck.