尻 (79-522)

Last-modified: 2008-02-09 (土) 00:32:47

概要

作品名作者発表日保管日
79-522氏08/02/0808/02/09

作品

 谷口曰く、俺は将来絶対に亭主関白にはなれないんだそうだ。
「可哀想だがな、キョンよ。今のお前と涼宮を見てると、数年後は尻に敷かれてるのは間違いねぇよ。……いや、もう既に敷かれてるのか。WAWAWA悪かった」
 しかし、何故そこでハルヒが出てくるんだ。大体、どうしてクラス中のどいつもこいつもが、俺とハルヒのことをそういう目で見るようになったのだろう?
 そもそもハルヒは俺のことなんてただの雑用としか思ってないだろうし、どう間違えたら男女のお付き合い、なんてことになってしまうのかね、う~む。
「やっぱりキョンは昔から全然変わってないよね。側で見てる分には面白いからいいけど、もうちょっと自覚した方がいいんじゃないかな」
 国木田が腕を組んで頷いている。しかしなあ、全然意識もしていないものを自覚する、なんてのは、どう考えたって無理だとしか思えんのだが。
「キョンよぉ、ここだけの話だが――クラスの男子の半分以上は、お前のことを一発でいいから殴ってやりたい、と思っているんだぞ。まあ、せいぜい夜道には気を付けるこったな」
 七~八発の拳が背後の暗闇から飛んでくる様はぞっとしないが、だからといってどうすればいいのかが俺に解るわけもない。
 谷口の警告だか忠告だか解らん言葉と国木田の含みのある視線を背に、俺は今日の放課後も条件反射のごとく、旧館三階へと向かって教室を後にするのだった。
 
「あなたは涼宮ハルヒの臀部の下敷きになる運命にある。気を付けて」
 部室に辿り着くなり、長門までが俺に宣言する。表現が何やら妙ちきりんだが、谷口の予言めいた冷やかしと意味は一致するのだろう。で、気を付けろと言われても、どうしたものやら、俺にはさっぱりだぞ。
「あの、そういえば、涼宮さん、まだ来てませんね。……キョンくんは一緒じゃなかったんですか?」
 さあ、ハルヒなら俺より先に教室から飛び出していったんですけど、ここにいないってことは、またどこかで何かしでかしてるんじゃないですかね。
 俺の言葉に朝比奈さんが一瞬身体をビクッとさせる。ハルヒが何かしでかす、イコール、朝比奈さんが恥ずかしい目に遭う、っというのも結構パターン化しているしな。
 で、古泉、お前は何か知らないか、ハルヒがどこにいるか、とか。
「申し訳ありませんが、何も。まあ、涼宮さんが何の連絡も無しに我々を置いて帰宅してしまう、なんてことは有り得ないでしょうから、少なくともこの校内のどこかにいる、と僕には想像が付きますけど」
 要するに、まだ帰ってはないが何処にいるか解らんってことだな。
 また何か面倒事が起こってから慌てる、なんて後手後手には回りたくない。仕方がない、ちょっと探してくるか。
 俺は立ち上がってドアに向かう。ふと、振り向くと、長門と目が合ってしまう。
「…………」
 何か言いたそうな気配はあるのだが、具体的に何を伝えようとしているのかまではさすがに俺も読み取れなかった。
 だが、俺は後で思い知ることになる。
 長門は俺に必要なことを伝えていたのだ、ということに。
 
 思い当たるところを一通り巡回してはみたものの、当然ながらハルヒの姿は探した先には見付けられなかった。
 で、ふと嫌な予感がした。
 もしかしたら、もう入れ違いでハルヒが部室に到着してしまっているかも知れない。そうだとすれば、全くの無駄足であるばかりか、ハルヒよりも遅れてきた、とかいう理由で怒鳴られるのが目に浮かぶではないか。
 思いっ切り脱力しながら、撤退を決意する。
 だが、幸運の女神は俺に前髪を差し出してくれたらしい。
 旧館の上り階段に見覚えのある後姿が――我らが団長様ではないか。
 しかし、何やら大荷物のようだ。ダンボール箱を二つ重ねた状態で抱えて、フラフラとした足取りで上っていく。
 そんなんじゃ、前とか足元が見えないんじゃないか、危なっかしいし、俺が持ってやらないと、とか思った瞬間、
「きゃっ!」
 案の定、段差に足を取られたらしく、ハルヒの身体がバランスを失う。
 俺はとっさにハルヒを受け止めようと駆け寄り――
『むにゅっ!』
 えーと、何が起こったのか、もう一度整理して考えてみよう。
 俺は落下するハルヒの元へともうダッシュした……までは良かったのだが、あまりにも焦っていたため、俺まで蹴躓いてしまい――――顔面でハルヒの『尻』を受け止めたまま、踊り場まで滑り落ちていったのだった。
「あ痛たたた……って、なに、キョンがどうしてこんなとこに?」
 どうでもいいが、早く退いてくれ。俺の顔はお前の座布団じゃないんでな。
「あっ――!や、やだ、ちょっと、どこ触ってんのよ、このエロキョン!」
 真っ赤な顔をして飛び退いたハルヒだったが、
「あんた、ひょっとしてあたしのこと――助けようとしてくれたの?」
 と訊いてきた。
 まあな。結果はご覧の通り惨憺たるモノだが。
「……このバカっ!」
 って、おい、揺らすな、ハルヒ。脳震盪で、ちょいとクラクラするんだ。
「あ――ご、ごめん……」
 ハルヒはそういうと、地べたにしゃがみ込んで、俺の頭を自分の太股に乗せると、手の平を俺の額に添えて呟いた。
「いい、キョン。あんたは、あたしの許可なく階段で危ないことするの――禁止なんだから、絶対に」
 そうか、嫌なことを思い出させちまったのかもな。悪かった。
「――解ったよ。団長様の命令とあっちゃ、仕方ないな。でもハルヒ、さっきみたいな無意識の行動まで、俺は責任持てんからな」
 俺がそう言うと同時に、ハルヒは心配そうな表情から、いつもの怒ってるのか笑ってるのか判別し難い顔に早変わりしたかと思うと、
「もう…………やっぱり、キョンにはあたしがついていないとダメね。危なっかしくて見てられないじゃないのよ」
 と、宣言しやがった。やれやれ、そのセリフは俺の方が言いたかったんだがな。
 まあ、ハルヒはこの先ずっとなんだかんだで主導権を握り続けるに違いない。付き合わされるこっちはたまったもんじゃないんだが、ひょっとして、これが運命ってやつなのだろうかね。
 さて、とりあえずは散乱したダンボールの中身を片付けるところからかな。全く、荷物持ちぐらい、雑用の俺にさせればいいだろうに。そのぐらいのことなら、いつだって俺は引き受けてやるつもりはあるんだぜ。
「ほら、何ぐずぐずしてるのよ、キョン。そんなのちゃっちゃと集めて運びなさい!」
 振り返り際に元気良く言い放つハルヒを見て、思わず苦笑を漏らしてしまう俺なのだった。やれやれ、こんなところを谷口たちに目撃されでもしたら、また何か言われることは間違いないな。

 

 
79-524 haruhi_back.png