手のひらの革命 (120-556)

Last-modified: 2009-11-21 (土) 23:19:51

概要

作品名作者発表日保管日
手のひらの革命120-556氏09/11/2109/11/21

作品

毎度おなじみ不思議探索の日。俺達はこれまたおなじみの喫茶店で、お茶なんかしてたわけなんだが。
そこでの俺と長門のやりとりを、じっと見ていた人物がいる。皆様ご存知の涼宮ハルヒだ。
 
「今日は…ん?おすすめ品のホンジュラス…飲んだ事ないしこれにするか」
「わたしも」
長門がコーヒーとは珍しいなと思いつつ、俺はウェイトレスのお姉さんにホンジュラス2つとオーダーをした。
オーダーする俺の姿をじっと見る長門。何も言ってこないんだが、なんとなく感じた事を口にしてみた。
「そうだよな、長門もたまにはコーヒーが飲みたい気分になる事もあるよな」
「そう」
当たっていたようだ、当たってなくても「そう」とか言われそうな気もするがな。
残りの面子も好き勝手にオーダーをする。待つ事しばし、お姉さんが品物を運んでくる。いい香りだ。
沸き立つ湯気に含まれる香気を吸い、俺は一口目を味わう。甘みがあり酸味もしつこくない、結構いいなこれ。
ふと、正面を見ると、カップを手に動かない長門。
「長門、熱いならふーふーすればいい」
「わかった」
俺の指示に従い、ふうふうする長門。なんだかリスとかそういう動物のようだ。
俺が二口目を口にすると、また長門が固まっている。
「長門、無理してブラックで飲む事はないぞ、苦いなら砂糖だけでも入れたらどうだ」
「入れる」
俺はシュガーポットを長門の方へ差し出す、長門は砂糖を2つ入れてくるくるとスプーンを回した。
「あの…」
俺の隣の古泉が少しばかり固い笑顔で語りかけてくる。ハルヒには聞こえない様に囁く。
「ん? どうした古泉。なにかあったのか」
「いえ、あなたはなぜ長門さんとそれだけコミュニケートできるのか、それがどうも気になって」
くぴくぴとコーヒーを飲む長門を見る、そういや何でだろうな。何となくそんな気がするじゃ、古泉も納得…しねえか?
「あれだ、ほとんど当たってないが長門が気を利かせて…とかはどうだ」
「あなたは的確に私の意志を汲んでいる」
古泉の笑顔がさらに固くなった。多分俺も微妙な顔をしていると思う。
長門はどうしたの? みたいな顔をして首を傾げているが、これも俺くらいしかわかってないんだろうか。
「あのですね、先程からのお二人を涼宮さんがかなり意識していまして、今もあなた方を見ているんですよ」
確かにハルヒは鷹の眼の様な鋭い眼光で、ちらっちらっとこちらを伺っている。後ろめたい事は全く無いのだがいまいち気になる。
とはいえ、ストレートに言えば恐らくハルヒの事だ、それは地雷源にフライングボディーアタックをするのに等しい行為となるだろう。
「ハルヒ。そろそろ組分けしないか」
どうにもハルヒの視線に居心地の悪さを感じた俺は、普段であれば恐らく自分からはしないであろう提言をハルヒにする。
「あんたから言ってくるなんて珍しいわね。まあ、いいわ。時間は限られているもの、それを有効に活用しないなんて愚か者のする事だしね。じゃあ、くじ引きをするわよ」
結果、俺・ハルヒ・長門の組と古泉・朝比奈ペアという組み合わせとなった。なんつーか、居心地の悪さから脱出しようとしたらさらに悪くなったという状況である。
「今日は何処へ行くんだ、ハルヒ」
「そうね…調べたい物もあるし図書館へ行きましょう」
一方的に宣言すると、ハルヒは長門の手を取り俺を置いていかんばかりの勢いで歩き出す。やれやれだな。
ハルヒは図書館に到着すると、目当ての書籍があるであろうコーナーへずんずんと歩いていく。
長門もこれはまあ何時ものごとく、ふらふらと本の海にダイブしていくわけだ。
しばらく長門を眺めていると棚の一番上の本に手を伸ばしている。だが、背の低さ故に届かない様だ。
俺は長門に近づき、恐らくこれであろうという本を棚から取る。長門にこれで良いかと尋ねると、僅かに首を縦に振る。
ありがとう、と言い残して長門は次の獲物を求めてふらふらと歩いていく。残された俺はどうしたものかと、目に止まった文庫コーナーなどを見て回る。俺は『智恵子抄』という詩集を手に取った、これは中学の国語でその内の一編をやった物だ。
確か『レモン哀歌』だったっけか、僅か2年前ではあるが少しばかり懐かしむ気持ちがあったのだろう、俺は文庫を手に空いているシートに腰掛けた。
とは言えだな、国語の教科書では現代文に訳されていたが、文庫では本来の旧仮名遣いなもんでいささか読み難い。
まあ、気が付けば俺はいつもの様に深い眠りについてしまっていた訳で。俺の傾いた頭が隣に座る長門の肩に乗っているのに気付いたのは、ハルヒの怒鳴り声で起こされてからだ。
「このバカキョン。あんた何有希にセクハラしてんのよ」
「ん、あぁ。長門すまんな、またやっちまったか」
ひたすら本のページに目をやっていた長門は、俺の言葉に「いい」とだけ返事をして、本の貸し出し手続きをする為にカウンターへと姿を消した。
「あんたさぁ。またって言い方するって事は、いつも有希にあんな事してんの?」
「いや、そうじゃなくて前にも長門とここに来た時に寝ちまったんでな」
ふーんと言いながら、機嫌の悪そうなハルヒはすたすたと出口へ向かっていく。
「おい、長門がまだだぞ。ちょっと待てよハルヒ」
「あんたが待っててやんなさい。あたしは先に行くわ」
俺は自分で持ち出した文庫を返さないとなと周りを見回すが、何故か見当たらない。あれ…どこ行ったんだ?
「わたしが借りた」
いつの間にか長門が傍らに立っていた。ああ、長門が借りたのか、無くなったかと思って少し慌てたぞ。
「あなたが読んでいた物に興味があったから、黙って借りてごめんなさい」
「いやいや、全然かまわんさ。おっと、もう行かないとハルヒがまた何言い出すかわからんぜ」
俺は長門と連れ立って、出口に向かう。長門の方を見ると、重そうではないが嵩張るのか本を持ちにくそうにしている。
そりゃ両手にごっそり持ってりゃ持ちにくいわな。
「長門、半分持ってやるよ。ずいぶん持ちにくそうだしな」
「……ありがとう」
長門と俺は随分と先に行くハルヒの背中を眺めながら、のんびりと集合場所へと移動した。
 
さて、午後からの組分けをバーガーショップにて済ませた俺達は、厳正なるくじに従い不思議とやらを探す事になったわけだが。
「さあ、キョン。グズグズしないでさっさと行くわよ」
と、まあ、ハルヒに引っ張られて街を歩いていた。他の3人は何処へ行ったのやら、もう姿が見えないな。
「お前と2人でってのも、滅多に無い事だな。少し新鮮だよな」
「ふん、至高の存在たる団長のお供ができるなんて、あんたにはもったいない事だわ。神に感謝しなさい」
どーして、こう言うかねこの女は。もう少し素直に受け答えが出来んのか、なんつうかこう『まるでデートみたいね』なーんて漫画のようなセリフでも吐いてくれれば俺ももうちょっとだな…
「言うかそんな事っ。このバカキョンっ」
あれ? 口に出していってたのか俺は。おいハルヒ、ちなみにどの辺から俺は口に出していたんだ。
「もう少し素直にって辺りよ。有希みたいに素直でなくて悪かったわね」
なんで長門が出てくるんだ。あいつはあいつで意外と思い込んだら頑固な所もあるし、いや素直って部分は大体において俺も同意ではあるんだが、しかし今この会話においてそれが関係あるかというと俺には無いとしか思えんのだ。
「長門は関係ないだろう、どうしたんだいきなり」
「いーわよねぇ、有希と仲良しでさ。目と目で通じ合っちゃうっていうの? あんたあの娘の考えてる事、何でもお見通しって感じじゃない」
はぁ。いきなり何を言うのかと思えば、何なんだこいつは。やれやれとばかりに肩を竦めて俺はハルヒに言い返す。
「とは言うがな。お前だって最初に比べれば、長門の意思表示を理解できてるだろう」
「そりゃあたしもそう思いたいけど、あんたの勘の良さは異常よ。会話無しで意思疎通ができるのってお互いによっぽどの信頼がなきゃ無理よ」
なんだろうな、俺と長門のハルヒが言う所の信頼関係とやらに、やきもちでも焼いているのか。恐らく長門とより仲良くなりたいって事の裏返しなんだろうが、俺に当たってどうするんだ、まったく。
「お前が俺以上に長門と仲良くしたいってのはわかった。長門の場合おとなしくて、それでいてほっとけない感じの妹って風だよな。うちの妹の時も満足に喋れない頃は、おんなじ様に扱っていた覚えがある」
長門も体はともかく、生まれてから4年くらいらしいし扱い方としては間違ってないよな。……間違ってるか?
「あんた、まるっきりわかってないわね。確かに有希とはもっと仲良くなりたいけど、あたしが仲良くしたいのは」
そこまで言い掛けて、ハルヒは口を閉じた。言い掛けてやめるなよって言ったら蹴りを入れられた。わけわかんねぇ。
 
とまあ、何だかよくわからないのだが、ハルヒは機嫌が悪く、そして俺は何が悪かったのかわからないという状況のまま、お話は月曜日の学校から始まるわけだ。前置きが随分長いんじゃないかと思うが、まわりくどい記し方になっているのは素直に謝ろう。
「おはよう、ハルヒ」
遅刻ギリギリのいつもの時間に教室に入る、当然ハルヒは既に席についているんだが、返事が無い。やれやれだ。
と、思ったら何故か俺の手を取るハルヒ。俺が疑問に思う間もなく、自らの指で俺の手のひらを弄くりはじめた。
何なんだ、これは。くすぐったいが、それ以上に…その、恥ずかしい。俺の顔の表面温度がぐいぐい上昇中だ。
しかし、一向にハルヒの意図が読めない。熱っぽい頭で必死に考えていると、岡部がおはようなんて言って教室に入ってきた。
「あー、すまんハルヒ。岡部が来たからまた後でな?」
前を向こうとする俺が最後に見たのは、凄く切なげな顔をするハルヒだった。
今週の予定やらなんやらを説明した岡部は最後にこんな事を言った。
「ところで涼宮なんだが、喉を悪くしてしまったらしく、しばらく声が出せないそうだ。治療そのものは済んでるのであとは回復待ちとお母さんから連絡があった。何かと不便があるだろうから皆よろしくたのむぞ」
岡部の奴、俺を見て言いやがった。が、それは置いといてだ。なるほどさっきのあれは何かを伝えたかったのか、ハルヒよ。
俺は振り向いてハルヒを見る。むすっとした顔のハルヒがそこにいた。
「さっき何か言いたかったんだろ。気付かなくてごめんな」
ハルヒはびっくりした様な顔をして、ぷるぷると顔を横に振る。…気にすんなって事かと問うとぶんぶんと顔を縦に振る。
しまいには先程までのむすっとした顔から一転してにっこりとした顔になってやがる、色々と忙しい奴だな。
ま、そんなわけでその後の授業は特に何の問題も無く終了した。そして昼休みになり、いつもならダッシュで学食に行くハルヒは、今日に限って席に座ったままだ。財布でも忘れたのかね。
「今日は弁当なのか」
―違うらしい。
「もしかして、喉のせいで食事できないのか?」
―これも違う様だ。
俺は少しばかり考え込むと、カバンから弁当箱を取り出した。
「んーと、喋れないから学食で注文もできないし、購買でパンも買えない。でいいのか」
―ビンゴらしい。
まあ、あの戦場の様相を呈している、学食及び購買だ。メモかなんか持っていっても濁流に飲まれる小枝の如しと言った所か。
落ち着いて注文できる頃に残されたものといえば、学食なら変な具のおにぎり、購買ならラスク程度だろう。
下手をすればそれすら無かったりするし、なんにせよ困難な状況なのは間違いないな。
「ハルヒ。今日は俺の弁当を食えよ。俺はパンでも買ってくるわ」
ハルヒの机に弁当箱を置き、俺はさっさと購買へと足を運んだ。もみくちゃになりながら手に入れたパン2個を持ち、教室へ帰還する。
席に戻るとハルヒが弁当箱を前にしてじっとしていた。…もしかして食べてないのか。
「何遠慮してんだよ。さっさと食わないと時間無くなっちまうぞ」
ハルヒは俺の手を取りぐりぐりし始める。ああ、ちょっと待てハルヒ。俺はポケットからパンのついでに買ってきたメモ帳を取り出す。
「これやるから、こっちに書け。筆談の方が効率がいいだろ」
ハルヒはペンを出しさっとメモに書き込む。
―あたしがパン食べるからあんたは自分のお弁当食べなさい。
ふむ、こいつがパン2つ如きで満足する女ではない事は承知している。俺は黙ってパンにかじりついた。
「パンじゃ足りんだろ、いいから食えよ。俺は意外と少食なんだ」
ハルヒは俺の顔と弁当箱を交互に見て、おもむろに俺の手を取ると手のひらにありがとうと指で書いた。
「なんだろな、メモ書きよりも気持ちがこもってるって感じだな。まあ、それはさておき遠慮なく食ってくれ」
花の様な笑顔で弁当の包みを開けるハルヒ、こいつ、か…いや、なんでもない、気のせいだろう。
―ごちそうさま。おいしかった。
食うの早いなと思ったが、丁寧に俺の手のひらに礼を書くハルヒを見て、そんな事はどうでもよくなった俺がそこにいた。
「いや、おそまつさま。母さんに言ったら喜ぶよ、実際言うかはまあ、別にしてな」
ハルヒは満面の笑顔で俺の手を持ったままだ、俺は何も言わずにされるがままだったがこれはやっぱり恥ずかしいな。
「あー、すまん。ちょっとトイレに行ってくるわ、弁当箱は机の上にでも置いといてくれ」
気持ち赤くなった顔を気にしながら、そそくさと教室を出てトイレで顔を洗う。ふう、今日はどうかしているな俺。
さて、さっぱりした事だし戻るかね。…お、長門が向こうから歩いてくる、部室からの帰りかな。
「よう、長門」
ほんのりと頷いたように見える、いつもの長門の挨拶だな。
「あなたが先日読んだ文庫本を部室で読んでいた」
ああ、あれか。結構良かったろ、俺にはいささか読みにくかったが、中学の授業で読んだ時は結構好きだったんだ。
と言いながらクラスの連中の前で朗読させられた事を思い出し、俺は微妙な思い出を噛み締め、これまた微妙な表情をしていたのだ。
「感想はどうだ? ユニークだったか」
「……うまく言語化できない」
そうか、と一言言って俺は長門の肩を二度ぽんぽんと叩く、そりゃ俺もどうかと聞かれれば、作者の気持ちなんてわからんし、なんか色々考えるのも本を読み込んでいくって事なんだろうし、なんて言っていいのかわからないなら、それはそれでいいんだろう。
「ま、何度か読んで好きな様に考えるって感じでいいんじゃないか、テストじゃないんだし、どう考えるにしても長門の自由だ」
こくりと頷き、長門は自分のクラスへ戻って行った。おっと、俺も戻らんといかんな。
始業間際に俺が自分のクラスに戻ると、そこには相変わらずにこやかなハルヒが待っていた。
俺は自分の席に置いてある弁当箱をカバンにしまい、残り僅かな昼休みをハルヒの方に向いて過ごす事にした。
「今日は放課後どうするんだ? 病院とか行かなくていいのか」
ハルヒはさらさらとペンを走らせ、メモを俺に見せる。
―もう病院は行かなくても平気だけど、だんまりじゃなんだし今日は団もお休みにしましょう
「そうか、じゃあ古泉達には俺から伝えておく」
ハルヒは3センチばかり頷くと、俺の手を取って指で何やら書き始める。メモは使わんのかハルヒ。
―今日、あたしとどっか行かない? 近場でいいからさ。
どういう風の吹き回しなんだろうな、これは。俺は何かの罠かとか俺にとって何か不利益のある役でもやらされるのかとか、色々考えてみたがどうにもよくわからんので、ここは素直に誘いに乗ることにしてみた。
俺はハルヒの手を取って、指で「いいぞ」と書く。後でよくよく考えても、なんで口で言わなかったのかはわからなかったが、その時はそうすべきと思ってそんな返事の仕方をした。くすぐったそうに、そして嬉しそうに俺の指を目で追うハルヒを、俺はえらく素直にかわいいと思ってしまった。いや、マジで。
 
というわけで、俺達2人は学校を後にし街まで出てきている。とりあえず目指すのは今週末オープンのショッピングモール。
今はプレオープン期間でその上各種イベントやセールが行われている。平日だというのにえらい人で溢れている、暇人の多いこって。
と、自分の事は棚に上げていた俺は、いきなりで何だがハルヒと逸れている事に気付いた。
「マジかよ。こんだけ人だらけじゃ見つけらんないぞ」
正直焦ったね。普段なら何てことはないとは思うんだが、今のハルヒは声が出せない。俺が見つけてやらないと、もしあいつが俺を見つけたとしても、声も掛けられず俺は移動してしまうかもしれない。俺は文字通り、血眼で周囲を見回した。
あまり移動せず、かつ周囲の探索は綿密に…かれこれ10分が経過しただろうか、俺の視界の端っこに黄色い物が映り込んだ。
「ハルヒ」
俺は人波に逆らいハルヒの元へ行く、全方位に向けてすいませんの連発だ。ハルヒの名をもう一度呼び、振り向いたハルヒの手を握る。
そのまま隅の人の流れの無い場所へハルヒを引っ張っていく。ハルヒは少し涙目で、なおかつお怒りの様子であった。
「ごめんな、ハルヒ。心細かったか?」
返事の代わりにパンチが来たね。俺はもう一度ごめんなと言うと、手を繋いだまま歩き出した。
「こうして手を握ってれば、もう逸れないだろ」
耳まで真っ赤にしたハルヒは俺の手を握り返して、離さないでよねと言った。はいはい、かしこまりました。
それから、混雑を避けた俺達は買い物をしたり、様々な物を見て回ったりと短い時間ではあったが十分に楽しんだと思う。
ハルヒも楽しかったと言ってくれたし、なんだろうね、こんな普通の放課後ってのもいい物だなとその時は考えていた。
また明日ね、バイバイキョンと別れ際に手を振りつつハルヒは言い、俺もまた明日な、気を付けて帰れよと返す。
そろそろ読んでておかしいなと思われる方もいらっしゃるだろう。逸れたハルヒと再会した後、俺達は普通に会話をしているような書き方をしているわけだが、別にハルヒは声が出せる様になった訳でもなく、かと言って俺が幻聴を聞いていた訳でもなく、これは一体どういう事なのかと言うとだな。
俺はハルヒの考えている事が、正確に言うと俺に対して向けている、本来ならば言葉として発せられる思考がわかるようになっていた。
何でだよと問われれば、逆に俺が問いたい、何でだよ。
 
自宅にてこの異常事態に思い悩む俺は、着信を知らせる携帯電話によって現実に引き戻される。発信者は長門有希。
「きて」
わかった。と、一言で通話を終わらせる。説明を受けるのは長門の部屋に着いてからでいい。
俺は愛車に跨り、ペダルを踏み込む。薄っすらと汗をかきエントランスに着いた俺は長門の部屋をコールした。
俺は長門の部屋へ上がり、お茶などを頂きつつ長門の説明を待つことにした。
 
「ここ数日、涼宮ハルヒ及びその周辺の人物に情報操作が行われた痕跡を発見した。涼宮ハルヒには身体的な改変、周辺人物には記憶の改変が認められる」
「それって、何かやっかいな団体なり勢力の攻撃なのか? ハルヒは大丈夫なのか」
長門はゆるやかに首を振り否定の意思を示す。改変そのものはハルヒによって行われたとの事、またなのか、ハルヒよ。
「まず、涼宮ハルヒが喉の治療を受けたという事実は無い。そして周囲の人々には涼宮ハルヒが喉を悪くし治療を受けたという偽の記憶が植えつけられている。涼宮ハルヒが現在発声不可能な状態になっているのは、自己による身体情報の改変によるもの。現段階では危険は無い、けれど涼宮ハルヒが現状を受け入れてしまった場合には最終的に涼宮ハルヒの声が失われる」
頭から血の気が引く感覚ってのは何度体験しても気分が悪い。これが行き過ぎれば多分倒れるんだろう。ハルヒの声が失われるだと?
なんでそんな事になる、ハルヒが受け入れたらって、そんな状況受け入れるわけ無いだろう。
「涼宮ハルヒはあなたに並々ならぬ好意を抱いている。彼女はわたしとあなたの意思疎通方法を見て嫉妬心を抱いた。彼女の性格から、わたしの様に通常時に口数を少なくするというのは不可能。よって強制的に発声できない状況を作り出した」
はぁ…ハルヒが俺に好意ねぇ。それにしたってやり方が乱暴過ぎるし、俺があいつの心を読めるようになったのはどういうわけだ。
「おそらくそれも彼女の性格からくるものと推測できる。要は『あたしの気持ちに気付きなさい、バカキョン』という事」
長門にバカキョンって言われた。すまん長門、ハルヒが言う風にってのはわかるが軽くショックだぜ。
「わたしの気持ちに気付いて、バカキョン」
大事な事じゃないから二度言うな長門。いや、それはいい。問題はハルヒの声だ、どうすればいいかを考えないとな。
「彼女が望んだ『あなたと通じあいたい』という願いが現在叶えられている。それに彼女が満足してしまえば、最悪の場合状況が固定される。その後に涼宮ハルヒに訪れるのは絶望、彼女には今しか目に入っていない、非常に危険」
要はあいつが現状に満足しないで、声を出すことを望むように誘導してやらなきゃならんってか。
「そう」
「古泉はこの事を把握してんのか?」
長門は頷き肯定する。それなら話は早い、あいつにも協力してもらわんとな。
「でも、例えば声を失ってもあいつが望めば復活するんじゃないのか」
「涼宮ハルヒの改変能力は強力かつ頑固。再改変しようとするならばこの世界ごとでなければ無理と予測される」
はぁ、あいつらしいっちゃあいつらしいが、程々にしてほしいもんだな。じゃあ、とりあえず古泉を呼ぶか。
「いやぁ、お待たせいたしました」
待ってねえよ、何で電話してから3分で来るんだよ。古泉は相変わらずのハンサムフェイスに微笑を浮かべ、俺達の前に現れた。
「いやはや、出前迅速って奴でしょうか。さて、それはさておき涼宮さんの件ですね」
出前って顔かよ。まあいい、涼宮ハルヒ対策会議といこうぜ。長門と古泉は互いの情報を出し合ったが、特に差異は無かったようだ
「ふむ、ではあなたには涼宮さんの意図を読むことをやめていただきましょう。目と目で通じ合うという、何とも甘い関係は僕としては賛成なのですが、事態が事態ですからね。なるべく涼宮さんの意図から外れる行動を取り、かつ不機嫌にならない様にしなければいけません。恐らくあなたの担当が一番ヘヴィかと思われますが、あなたならお任せできますよ」
「おおよそ、その様な流れで問題ないがその中で鍵となる言葉があるはず、あなたにはそれを探し出し、涼宮ハルヒに伝えなければならないとわたしは考えている。責任は重大」
「また、そうまたですね。あなたを頼ってしまうのはこれで何度目でしょうか。僕としても申し訳ない気持ちで一杯なのですが、この役目だけはあなたでないと務まらない、お願いします涼宮さんを助けてあげてください」
「ふん、持ち上げても何も出んぞ。世界を救えとでも言いやがったら、知るもんかって思ったがな。お前はハルヒを助けろって言ってくれたからな、俺はその役目を請け負うぞ。安心しろとは言わんが俺なりにやってみる」
古泉は随分真面目な顔でありがとうございますと礼を言い、僕の方でも出来るだけの事はしますのでと長門の部屋を後にした。
「さて、それじゃあ俺も帰るわ。また明日な、長門」
長門の部屋を出てエントランスに下りる。古泉を探すがもう奴の姿は何処にも見えなかった、早いね行動が。
ペダルを踏みしめ帰路につく俺は、どうするかと足りない頭を捻るそぶりで、実の所は言葉を失ったハルヒの事ばかり考えていた。
 
翌日、教室にてハルヒと出会った俺は、前日の協議に基づいて行動するべくとりあえず朝の挨拶なんぞをしてみた。
「よう、ハルヒ。おはよう」
俺の頭の中には当然の様に、ハルヒの声で『おはよう、キョン』と聞えてくるのだが、ここはぐっと我慢だな。
ハルヒはニコニコしている、昨日の続きで意思疎通ができていると思っているのだろう。
俺は少しばかり胸の奥に痛みを感じつつも、ハルヒに向けて手のひらを差し出した。
『どうして? 昨日はあんなに通じていたのに』
正直胸が痛いどころじゃない、どんな拷問だこれは。ハルヒは下を向いて小刻みに震えている。
「おい、ハル」
ハルヒは俺の言葉を遮る様に立ち上がり、溢れる涙を止めようともせず教室から飛び出した。
「待てよ、ハルヒ」
岡部と入れ違いに俺はハルヒを追って教室を出る。岡部が何か言っていたような気がするがどうでもいい。
古泉よ、お前もまさか朝の挨拶如きで、こんな激しく反応するとは思ってなかったんだろうなぁ。ま、俺もだがな。
飛び出したハルヒは思いのほか簡単に見つかった。中庭の木の下、1人寂しく震えながら泣いていた。
「ハルヒ、ちょっとばかし聞いて欲しいんだが」
俺に気付いたハルヒは脱兎のごとく駆け出した。校門にたどり着いた時には既にハルヒの姿は何処にも無かった。
ちくしょう、話すら聞かない気かよ。閉められた校門を乗り越えようとすると、HRを終えた岡部が駆け寄ってきて俺は無様にも捉えられた。
 
それから、ハルヒが戻ってくる事も無く授業は終わり放課後となる。部室には長門が居るのみだ。
「古泉一樹は閉鎖空間の処理に奔走している。援護は期待できない」
いや、それだけでも十分だ。帰ってきたらコーヒーの一本でも奢ってやることにしよう。
「そう」
じゃあ、俺は俺の出来る事をやんなきゃな。長門、ちょっくら行ってくるわ。部室から出ようとした俺の袖を長門が掴み制止する。
「あなたはあなたが一番望むことをするべき」
それだけ言って長門は窓際に戻っていく。俺の一番望む事…ねぇ。一旦部室を出ようとした俺は、自分の席に戻り携帯を取り出しコールする。相手はもちろんハルヒだ。3コール目でハルヒが出る、当然何も言わないがな。
「よう、いきなり切る様なマネだけはしてくれるなよ、今から言う事を聞いて欲しい。えっと…昨日からさ、俺はどうも物足りないって思ってたんだよ。それが今では物足りないどころか我慢ならん程になっているんだ。何がって言われれば、今のお前にこんなこと言うのは、デリカシーに欠けるってのも承知の上だが、その…お前の声が聞けないのは寂しいんだよ、いつもの元気な声で俺のことを呼んで欲しいんだ。そりゃあ目と目で通じ合うってのもいいけどさ、それは会話があるってのが前提だと思うわけだ。えーと、何が言いたいのかっていうと、俺は…その、なんだ、ハルヒ、俺はお前の声が聞きたいんだ」
言いたい事は言った、俺が今一番望む事は『ハルヒの声が聞きたい』ただそれだけだ。電話の向こうのハルヒは何も言わない、そりゃこれだけでハルヒの声が元通りになるとは思ってはいないが、これがトリガーになると自惚れ半分ではあるが俺は思う。
だが、ハルヒには何の変化も無かったのだろうか、通話は切られてしまった。
「あなたの気持ちは涼宮ハルヒに届くと思われる、わたしの予想では今のセリフはかなり効くはず」
うわっ、長門聞いていたのか。って、さっき窓際にいたはずなのに、いつの間にか俺の背後にいるのは何故だ。
「気のせい」
「そうか、気のせいならしょうがないな。……んなわけあるかい」
長門は何事も無かったかのように窓際に戻る。やれやれと首をすくめる俺は、無言で本を読む長門にお茶を淹れてやった。
結局この日は、俺と長門だけしか部室に来なかった。後で聞いたら朝比奈さんは進路指導とやらだったそうだ。
何をするというわけでもなくただぼんやりとしているだけであったが、意外にも長門が早々と本を閉じ立ち上がる。
長門と連れ立って下校したところまでは覚えているが、どうにもその後が思い出せない。
まあ、何の事は無い、俺はただひたすらハルヒの事を考えていただけだ。ふらふらと夢遊病にでもなったかの様にな。
夕飯を食べ、自室で何をするでもなくただだらだらとしていた俺は、窓に何かが当たる音を聞いたような気がした。
いや、気がしたではないな。間違いなく何かが当たり、コツンと音がしている。誰の悪戯かと窓際に寄り、がらりと開け放つ。
すると俺のおでこに狙ったかの様に小石が当たる。どこのどいつだ、ふざけた真似しやがって。
家から漏れる明かりで薄っすらと照らされた庭に立つのは、他の誰でもない涼宮ハルヒであった。
 
「何やってんだ、人の家に悪戯するくらいなら上がって来い」
時間は7時を過ぎたところ、妹は風呂のようだ。これならハルヒをあげても気付かれずに済むな。
俺は玄関まで降りて、母親に友達が来たと伝える。学校の課題の事で来たが1時間程度で帰るだろうと言っておいた。嘘だがな。
「外は寒いだろ、早く上がれ」
ドアを開けてハルヒを迎え入れる。後方を警戒し母親が見てないかを確認、迅速にハルヒを部屋へと案内する。
台所でお茶を用意し、あれこれと質問してくる母親をかわしつつ、妹がまだ風呂にいる事を確認して部屋へ戻る。
「ほら、お茶のんで暖まれよ。少し暖房もいれた方がいいな」
リモコンを操作して暖房を入れる、ハルヒを見ると、紅茶の入ったカップを手に黙ったままじっとしている。
「ハルヒ、お茶が熱過ぎるならふーふーすりゃいいだろ」
ハルヒはこくりと頷いて、カップのお茶をふうふうしながら冷ましている。普段ならクソ熱いお茶でも飲み干すのにな。
俺は勉強机の椅子に座り、ハルヒはベッドに腰掛けて2人でお茶を飲んでいる。しかも黙ってだ。
「なあハルヒ。さっきの電話なんだけど、その…すまなかった。ちょっと配慮が足りなかったと思う、だけどあれは俺の正直な気持ちなんだ」
ハルヒは立ち上がり俺の側にきて手を取る。『気にしていない』と指で手のひらに書く。
「そうか、ありがとな」
なんとなく、雰囲気が柔らかくなった様な気がした。しかし机の上に携帯が震えだし、送られてきたメールの内容を見た瞬間、俺の心臓は何者かに鷲掴みにされたかの様に、締め付けられる。
発信者は長門。内容は『緊急事態。本日、23:59:59をもって、涼宮ハルヒの能力により現在の状態が固定される。           』
マジか長門。日付が替わればハルヒはこのまま話すことが出来なくなる……冗談じゃない、そんな事が許せるか。
ハルヒを見れば、どうしたの? って感じで俺を見ている。俺はとっさに、長門がレンジでゆで卵を作ろうとして爆発させたと誤魔化す。
いや、誤魔化せたのかはわからんが、ハルヒは可笑しそうにニコニコしている。
ここで俺は考えた。俺の持つ何枚かのカード、その中でも切り札とも言うべき物が何枚かある。言っとくが『ジョン・スミス』では無いぞ。
ジョンのカードは言うなればスペードスートのA。しかし、今から切ろうとするカードは切り札中の切り札、ゲームによっては邪魔者以外の何者でもないが、ルールに則った使い方次第ではこれがなければ成り立たない役もある。そう、ジョーカーのカードだ。
いいかげん自分でも何言ってるんだかよくわからんな。まあ、あんまり深く考えないでほしい。
ああ、もう時間も無い、迷う事は無いな。俺は覚悟を決めて、ジョーカーを切る事にした。
「ハルヒ、さっきの事に関連してなんだが、もう一つ言いたい事がある」
ハルヒの肩に手を置き目を見て、俺は軽く息を吸った。緊張するな、これ。
「ハルヒ。俺はお前の事が好きだ」
まあ、いきなりこんな変な事言われりゃ固まるよな、ちょうど目の前のハルヒみたいにさ。
「態度とか視線とかそんなんじゃなくて、何よりお前の言葉で返事が聴きたい」
真っ赤な顔でわなわなと震えるハルヒ、もう今の俺にはハルヒの心の声は聞えていない。俺は手のひらを差し出しハルヒに言った。
「ごめんな。お前が大変な時にこんな事言っちまって。ダメならここに×って書いてくれよ、それだけでいい」
ハルヒは俺の手を取り、指さきを当てる。ああ、振られちまうってのは考えてなかったな、長門、お前の予想はハズレみたいだぜ。
だが、ハルヒは指を動かす事もなく、ただじっとしている。
「うぁ…」
ハルヒが呻き声のようなものを上げた。と、思ったら俺は手を引っ張られ、そのままハルヒに抱きつく形となってしまう。
「バカ、バカキョン。あたしも、うぅ。あたしもあんたが好き、大好き」
ハルヒから声が出た。と喜んだのもつかの間、俺の頬にはハルヒからのビンタが命中していた。
それから後は、バカキョンと言いながら泣き続けるハルヒをなだめるのに随分と時間を費やす事となる。
「あんたがいけないんでしょ。あんな聞き方ずるいどころじゃないわ、強制じゃないの」
はい、誠に申し訳ございません。仰るとおりです、わたしがすべて悪いです。いや、本気で悪いと思ってるぜ?
「大体あんた、あたしがあんたの事好きだって知ってて、あんな聞き方したんでしょ」
「あー、ハルヒ。さっきはお前の声が聞きたいって言ったけどさ、前言撤回してその口塞いでもいいか?」
ま、返事なんか聞かないけどな。俺は自分の唇でハルヒの唇を塞ぐと、ハルヒの表情を見ないように目を閉じた。
 
で、結論を言うとたっぷりと甘いキスを頂いた後に、先程と反対側の頬にビンタを頂いたわけで。
ハルヒ曰く、誤魔化すようなキスには罰を与えるとの事だそうで。はい、反省しますです。
……でも、何はともあれハルヒの声がまた聞けて俺は嬉しいよ。
 
翌日、掃除当番のハルヒを置いて、俺は文芸部室に先に来ていた。
「僕が閉鎖空間を飛びまわっている間に解決してしまうとは、流石としか言いようがありませんね」
お前は黙ってろ、ほれ、お駄賃のコーヒーだ。俺は部室に入ってきたニヤケ面にぬるまった缶コーヒーを放り投げる。
「しかし、長門からのメールをもらった時は肝を冷やしたぜ。後数時間しかないなんて、ほんとにどうしようかと思ったわ」
窓際で本を読む少女はゆっくりと顔を上げ、俺の方を向いた。
「最後まで読んだ?」
何だ、最後って? 俺は携帯を取り出し改めてメールを見てみる。『…現在の状態が固定される』で終わりじゃないのか?
カーソルキーをいじると空白が続いている。ずいずいとスクロールさせてみると、いいかげん指が痛くなる頃に最後の一言がある。
『ジョーク』
何だこれ。おい長門、これってどういう意味なんだ。
「そのままの意味、あれは嘘。あなた達を見ているのがもどかしくて、焚きつけるつもりで送った。情報統合思念体からの許可も受けている。あの状況でメールを見れば、あなたは必ず動くとわたしは確信していた。結果オーライ」
はぁ、俺は長門にまんまと騙されたってわけか。携帯を閉じると、何故だか笑いがこみ上げて来た。
「どうしたの?」
「いや、長門には感謝しないとな。俺みたいなヘタレの後押ししてくれたんだからな。ありがとな、長門」
「いい」
長門は再び本に目を落とす。ふと俺の前を見れば、詐欺師張りの笑顔が目に入る。何か言いたそうな、いや、聞きたそうな顔だな。
「お前に言う事は無い。解決の手段とかその後とかは特にな」
「おや、そこが一番聞きたい所なんですがね。どうしてもダメですか?」
駄目だ。俺は自分の分の缶コーヒーをぐっと飲み干し、大きく伸びをした。
「あなたに言い忘れた事がある」
長門がいつの間にか俺の横に来ている。ちょっとびっくりしたぞ。
「わたしはレンジでゆで卵を作ろうとして爆発させる様な愚かな真似はしない。おかげで涼宮ハルヒに散々笑われた」
ああ、すまん長門。あの時は仕方なくだな、って俺の事を騙したんだからお互い様じゃないか。
「だめ、あなたはわたしに賠償するべき。具体的には今度の日曜日に図」
長門が何かを言いかけたところで、爆発するかのような勢いで部室のドアが開く。言うまでも無いハルヒだ。
「みんな、お待たせ。元気してる?」
お前が元気ありすぎたろう。逆に部室のドアの元気がどんどん無くなっていく気がするぞ。
「うっさいわね。このくらいでどうにかなるようなドアならとっくに壊れてるわよ」
まったく、壊れさえしなければいいのかよ。俺はいつかこのドアが壊れた時、満面の笑みを浮かべたハルヒに手渡されるであろう大工道具達を思い浮かべながら、いつもの様に、いつものポーズで肩を竦めるのだった。
それからしばらくして遅れて部室に現れた朝比奈さんを交え、それぞれ好き勝手に活動をしはじめる。
まあ、これも相変わらずというのが相応しい、古泉とのゲームなんだがな。
白星を重ねたところで、長門の本が閉じられる。さて、今日もよく活動したなと。
 
「キョン、一緒に帰るわよ。みんなまた明日ね、バイバイ」
言うが早いかハルヒは俺の手を掴み走り出す。校門を出たところで走るのを止め、俺の隣に並びゆっくりと歩き出した。
「別にみんなと一緒に帰ってもいいんじゃないか?」
「いいの、学校から帰る時はキョンだけのあたしなんだから。この時間を大切にしたいのよ、あたしは」
こいつはピンポイントで急所を突いてくるな。ちぃっとばかしクラクラ来たぜ。
「ねえ、キョン。あんたの手って大きいわよね。あったかいし」
「んあ? そりゃまあ男なわけだし、あったかいのは知らんけどな。そういうお前の手もあったかくて俺は好きだぞ」
さっきのお返しとばかりに言い返す。狙いどおり真っ赤になってるなハルヒは。
真っ赤になりつつむくれた顔をしたハルヒは、握った俺の手をぐっと引き寄せ手のひらに文字を書きはじめる。
おいおい、またそれをやるのかよ。と言う俺に、気に入ってるのよこれ、と返すハルヒ。手のひらに書かれた言葉は。
―あたしもだいすき。

  
そんなわけで、俺達の関係を変えたちょっぴり騒がしい事件は終わりを告げる。
おそらくこの先も、ハルヒは何かしら騒ぎなり事件を巻き起こしていくのだろう。それがどんな事なのかは、その時にならないとわからない。けれども、いつでも、いつまでもこいつの側にいて付きあってやる。
日の沈みかけた通学路を歩き、お互いの手の暖かさを感じながら、俺はそんな事を考えていた。
 
手のひらの革命 おしまい