春の秘密の場所  (84-257)

Last-modified: 2022-04-12 (火) 01:41:20

概要

作品名作者発表日保管日
春の秘密の場所84-292氏08/03/1608/03/17

作品

道端に残っていた雪もすっかり溶け、アジアから転がり込んでくる黄砂や花粉などのニュースを見るとそろそろ春の訪れを感じる季節であるといっていいだろう。
こんな暖かい日は睡眠欲という名の誘いもより活性化の兆しを見せ、それに勝てる術など俺が会得していようはずもないことは最早周知の事実である。
しかし、今日の俺は惰眠と休養に時間を貪っている場合ではないのだ。
俺はある程度の身支度を済ませ最早お決まりとなったSOS団集合場所を目指して自転車をこぎ始めた。
何故俺がこんな目にあわなければならんのか。
事の始まりは数日前に遡る。
 
 
「今度の日曜日、山にツチノコ散策に行くわよ!」
部室を訪れたハルヒがいつもの100Wの笑顔で宣言した第一声がこれである。
さて、とりあえず何から突っ込もうか思考錯誤していると
「な~にマヌケ面してんのよ。一ヶ月早い春休みボケにでもなった様な顔してんじゃないわよ。」
マヌケ面で悪かったな。後、俺の脳はまだそこまで衰えたわけじゃないぞ。
「まあいいわ。とりあえず今度の日曜日はツチノコ狩りだから。」
とりあえず何故突然そんな存在そのものが不確かな生物を探さねばならんのか説明して欲しいのだが。
「昨日インターネットで遊んでたらね。面白い記事見つけたのよ。んで、それによるとね・・・」
その記事によるとツチノコはどうやらこういった季節の変わり目に森に姿を現すと書いてあったらしい。
まずその統計がどこでどうやって出されたのか聞きたいがとりあえず今は黙っておく。
「我がSOS団の使命はそのツチノコを見つけ出すことよ!」
そのツチノコを見つけることと、この団の使命がどう関係するんだ?
「いい?キョン。前にも言ったけど不思議は待ってるんじゃなくて自分から向かっていかなきゃ見つからないのよ!」
見つからないのではなくお前は気づいてないだけで既にこの部屋には文字通り不思議が形となった存在がいるんだがな。
「とにかく、次の日曜にいつもの集合場所に集合!後、あんたは虫取り用の網を持ってきなさい。」
俺はツチノコがどんな姿をしているか知らんがあんなちっぽけな網に捕まってるようじゃとうの昔にNASA行きになってると思うのだが。
と思いつつ俺は部室にいる他の面子の顔を眺めた。
まず第一に、地上に舞い降りた天使または妖精といっても過言じゃない麗しの朝比奈さんはかわいらしく目と口を丸くして首を傾げてらっしゃる。
次に、これまたどこかの魔術書の様なゴツい本を読む長門はいつもと変わらぬ調子で本の世界に入っている。
そしてこれまたいつもと寸分違わないスマイル顔をした古泉は
「それはそれは、実に神秘的で興味深いイベントですね。」
と言って微笑するのみだった。
というわけで今回もまた我らが団長の下いるのかいないのかも分からん生物を求めて意味不明の探索が始まることが決定した。
「やれやれ」
一度封印した感嘆詞を吐きつつもハルヒの笑顔を見てたら反論する気もなくなった。
ここで冒頭に戻る。
 
言うまでもなく本日のおごりも俺である。
まるで事前に打ち合わせしたかの如く俺は集合時刻の15分前に来たというのにほかの面子は揃っていた。
「遅い!罰金!」
何で15分前に来たというのにお前らはその努力と結果を軽く粉砕してくれるのか。
ひょっとしてグルか?
「何言ってんの?有希もみくるちゃんも古泉君もあたしが来る前にちゃーんと来てたわよ。アンタが単に遅いだけ。いつまでほかの団員に借りを作る気?」
もうほとんど諦めつつあるもののたまにはほかのメンバーにも奢らせてみたいね。
特にハルヒと古泉には。
さて、本日は山を登るということだが捜索する山は最早皆もご存知の鶴屋さん所有の山である。
事前に鶴屋さんに許可は得たらしくハルヒは麓に着くとまず第一に
「さぁ、今日1日でこの山に眠るツチノコ達を一匹残らず引きずり出すのよ!」
と宣言した。
朝比奈さんはベーシックな服装に身を包み手に弁当が入ってるらしいバスケットを抱えたまま困惑しており、その仕草がまたたまらなく愛くるしい。
いつもの制服にカーディガンを着た長門は山を凝視したまま動かない。まさか妙な生物でもいるんじゃないだろうな?
と俺は内心冷や汗をかいたが振り返った長門は俺を5秒ほど凝視するとハルヒの方に向き直った。
特に変わった生物がいるわけではない。あいつの目はそう語っていた気がする。
俺がやや安心して溜息をついていると横からスマイル野郎が顔を近づけてきた。毎度言うが顔が近い。
「まあいいではありませんか。たまにはこうした出来事も後になればいい思い出になっていると思いますよ?」
って、お前はハルヒがこうした非日常的な出来事に手を出すことに反対なんじゃなかったのか?
「はい、確かに今こうして普通ではありえない出来事に関わろうとしていることに不安を感じています。しかし、何と言うべきでしょうか・・・」
珍しくこいつにしては歯切れの悪い返事である。
「今回のこの出来事にそれほど危機感というものを感じないのですよ。少なくとも世界が変わってしまうようなことが起きる気がしないのです。」
何だそりゃ?この1年でハルヒを観察する眼が衰えたのではないのか?
「それはありません。中学の頃と比べたらより彼女の近くに身を置くことができてるわけですし何より今はこの団の副団長ですからね。」
じゃあ何だ?
「分かりません。勘・・・・・・というのでしょうか。僕にも初めての感覚です。でも何かが起ころうというわけではないと思うんです。」
こいつの珍しい真面目顔に圧倒されたのか俺は反論できなかった。
「分かったよ。お前がそこまで言うならとりあえずは信じてやる。ただし何か起こった時の責任はお前に任せるぞ。」
これ以上俺の双肩に世界の命運なんかのせたくないからな。
「ありがとうございます。もしそうなれば僕も全力で阻止することにします。」
と言って、古泉はいつもの微笑を取り戻した。
さて、ツチノコなる生物を探すため午前はとりあえず5人全員で捜索を開始した。
しかし、そのような生物はおろか狸や鼬の一匹も見つからず気づけば太陽は天頂方向まで登っていた。
昼頃になりさすがに腹が減ったので俺達は去年のバレンタイン騒動があったあの岩の近くで昼飯を取ることになった。
「ありがとうございます。」
一言お礼を申しあげると朝比奈さんは
「いえいえ、あのおいしくなかったらごめんなさい。」
と、両手を振ってから頭を下げた。
もちろん朝比奈さんの手から生み出される料理はいつ食しても美味であるのは言うまでもない。
彼女の手にかかればどんな食材も高級ホテルの一級品料理に早代わりするのは最早規定事項だ。
長門は読んでいた本を脇に置き、朝比奈さんのバスケットから小さい一切れを取るとパクッと頬張った。
ハルヒも手にしたサンドウィッチを頬張っていたがどこか浮かない顔をしていた。
そして、午後の散策になると
「今度は二手に分かれましょ。きっと大勢で行動してるから勘付かれたに違いないわ。」
ツチノコにそんな特性があったとは初耳だがそもそもあったからと言ってそこまで変化があるとは思えない。
そんな懸念をよそにハルヒは昼食中に作っていた爪楊枝のクジを5本突き出した。
俺は朝比奈さんとペアになれることを切に願いつつ一本のクジを引いた。
そして午後の捜索。
「ほら、キョン!さっさときなさい。そんなのんびりしてたら見つける前に逃げられちゃうでしょ!」
ハルヒの怒声を聞きつつ俺は運動不足の脚を踏みしめて素肌を晒した岩山を上っていた。
結果はこいつとペアとなり、古泉は両手に花という非常に腹立たしい状態になり思わず「人間は皆平等である」などとほざいた奴を一発殴りたくなった。
「な~に老人みたいな顔してんのよ。あんたはまだ若いんだからもっとシャキッとしなさい!」
俺はお前のような無尽蔵の体力を持ち合わせてなどいないぞ。
そうでなくとも俺は自分の荷物に加えてお前の荷物も抱えているのだからハンデと言うものだろう。
「アンタは平の団員で雑用なんだからそれくらい当然よ。」
そろそろこのポジションからの脱退を求めたいのだが当然俺にそのようなスキルを持ち合わせてるわけもなく、また会得できるとも思えないので結局はこいつの下で雑用する羽目になるのである。
「おっかしいわね~?そろそろここら辺で出てきてもいいのに・・・・・・」
と、ハルヒは俺に構わずズンズン歩を進めていく。
そして、俺はそろそろハルヒの荷物を放り出そうかと考えた時に
「キョン!ちょっとキョン!早く来なさい!」
と、いきなりハルヒが声を張り上げるので俺は驚いて何事かと思い走った。
そして、茂みの向こうにいるハルヒを見つけると
「おい、一体どうしたん・・・」
だ、と言いかけたところで俺は言葉を失った。
そこは、町全体が見渡せるのではないかというほどの絶景であった。
俺らの学校はもちろん俺の家や長門のマンションが見えるほどの素晴らしい景色であった。
俺がしばらく呆気に取られてポカンとしていると
「凄いでしょ!?私たちの町が全部見渡せるんじゃないかしら?」
と、ハルヒも俺と同意見だったらしくハルヒは俺以上に小学生の様に大はしゃぎで飛び跳ねてる。
「ねえ、あそこの木のところまで行って見渡してみましょう。」
と言われて見ると確かにハルヒが指す先には咲きかけの蕾をつけた桜の木がポツンと立っていた。
まるでどこかの恋人の空間を彩るかのように。
そして、ハルヒに引っ張られて木の麓まで来てみるとそこから見える景色はまた違った輝きを放っていた。
見えるのは町だけでなく俺達が登ってきた山の姿をも露わにしていた。
俺が写真家だったら間違いなく撮った写真を誰かに見せたいと思うだろう。
ハルヒはそこで目一杯伸びをすると、
「は~綺麗ね~なーんかさっきまでツチノコ探してた自分とかがどうでもよくなっちゃった。」
流石にこの景色にはハルヒも素直に感動したらしく、さっきまでのことは本当にどうでもよくなったらしい。
しかし、こんな景色がこの山に眠ってたとは鶴屋さんの凄さがまたここで証明されたような気がする。
「ほら、キョン!ここに来てあんたもこの景色を堪能しなさい。」
と言ってハルヒはいつの間にか木の幹に背を預けて根元の部分に座っていた。
俺も木に近づいてハルヒの隣に腰を下ろした。
「綺麗ね・・・・・・」
ハルヒにしては珍しく感慨に浸っているらしくどこかトロンとした声だ。
俺がそうだなと言おうとした時
トンッ
と、何かが肩にぶつかった。
俺が驚いて首を傾けるとそれはハルヒの頭だった。おい、どうしたんだと言いかけたところで
「すぅ・・・・・・」
ん?不可思議な声が聞こえてきたので俺はひとまず疑問符を打った。
よく見るとハルヒの肩が定期的に上下しており、半開きの口から寝息を立てていることに気づいた。
これは一体どうしたことだ?しばらく状況を頭で整理して俺は答えを導き出した。
結論、こいつは俺の肩ごしで寝てやがるのだ。
大方、昨夜ツチノコの資料を探しまくって徹夜でもしたのだろう。
その疲れがこの景色を見て気が緩んだ隙に襲ってきたとこんなとこだろう。
しかして、俺の方を支点にハルヒの頭がやや揺れてバランスが危ないのだがここで起こすのも何か忍びない。
ではどうするか?
・・・・・・・・・
コラそこ、何ニヤニヤしてやがる。俺はまだ何もしてないぞ。
そうとも、俺にはやましい気持ちなんか宇宙塵程もない。
ましてや相手がこいつだ。そんな気持ちそのものが生まれることがまずありえない。
だから、これは魔が差したというべきだろう。
俺はゆっくりハルヒの頭と肩を支えると膝の上におろした。
いわゆる膝枕と言う奴だ。
俺の膝の上でハルヒはシャミセンの様に穏やかな顔でスヤスヤ寝息を立てている。
全く、普段もこれくらい静かなら言うことはないのだが。
そして、ハルヒに影響されたのか俺の方にも睡魔の野郎がかかってきて軍配を1つも上げることなく俺は敗北した。
・・・
・・・・・・
目が覚めた。最初に見たのはキョンの顔だった。
それだけで脳に目覚ましがかかったようにビクッっと飛び起きた。
次に感じたのは少し硬いような柔らかい様な感触だった。
それだけで十分だった。あたしはガバッっと体を起こして状況を整理した
「え、ええ!?あ、あたし、いつからキョンの膝の上で寝てたの?て、ていうかなんでキョンの膝の上で寝てたの?」
自問自答をするが当然答えは返ってこない。
「ちょ、ちょっと待って!確かあたしは・・・そう!とっても綺麗な景色に見とれててそしたらなんか急に眠くなって・・・」
頭の中で記憶を辿っていく。
「それで、そのまま寝ちゃったんだってとこまでは覚えてるけど。え、でも、そしたら、まさか・・・・・・ええ!?」
理解した。どうやらすべての辻褄が結ばれたようである。
「嘘・・・じゃああたしはずっとキョンの膝の上で寝てたって事?・・・」
と、状況を把握したところで
ヴィィィィィ
ビクッ!あたしは驚いて後ろに飛びのいた。
すぐに携帯の振動だと気づいたがそれは私の携帯からではなかった。
「ん?・・・なんだ?」
キョンが寝ぼけたままで自分のポケットから携帯を取り出す。
「なんだ、古泉か。どうした?」
どうやら古泉君かららしい。あたしがそのやり取りをじっと見てるとキョンがそのやり取りに気づいて
「ああ、分かった。すぐ行く。」
と言って携帯を切った。そしてあたしと目を合わせ
「ハルヒ、」
ビクッ!あたしはまた少し驚いて体を揺らした。
「な、何?」
あたしはキョンが何を言い出すかと思ったが
「そろそろ夕方だし、帰ろうぜ。そろそろ少しばかり寒くなってきた。」
へ?そういわれて初めて私は夕日が射してることに気がついた。
「結局ツチノコは見つからなかったが別にいいだろ?この絶景に免じてチャラにしてくれないか?」
とキョンはあたしに要求してきた。
確かにこの場所を見つけたことにはあたしも満足してるから異論はない。
「し、しょうがないわね。まあ確かにこの場所を見つけたことにはあたしも満足してるから今日くらいはいいにしてあげるわ。」
と言い
「んじゃ、早くみんなと合流しましょ。多分最初に集合した場所に戻ってると思うけど。」
と言って歩き出した。するとそこへ
「なあ、ハルヒ?1つ聞いていいか?」
キョンの声に思わず振り向いて
「何よ?」
と訊き返した。
「おまえ何でそんな夕日みたいに顔が真っ赤なんだ?」
するとハルヒはさらに林檎の様に顔をどんどん紅潮させていき
「こ、この、エロキョン!バカ、変態!」
と言ったっきりくるりと背を向けて歩き出した。
「おい!ちょっと待て。おいてくな!」
「うっさい!バカキョン!」
俺はさっぱり意味が分からず早足で進むハルヒの後ろを追いかけた。
 
アフターと言うか語られない裏エピソード
「これはこれは・・・・・・」
お二人の姿が見えないので心配してたのですがこれはひょっとしたら探さない方がよかったかもしれませんね。
朝比奈さんは手を口に当てて顔を真っ赤にし、長門さんはどこか羨ましそうな目で眠っている二人を見ていた。
「やはり、これは起こさない方がいいでしょうね。」
僕は朝比奈さんに問いかけると彼女はゆっくり口を開き
「そうですね。このまま寝かしてあげた方がいいと思います。だって、涼宮さんもキョン君もとっても幸せそうだから・・・・・・」
「平熱維持空間フィールドを展開・・・・・・これで体調に害が及ぶ事ははない。」
ありがとうございます、長門さん。
それでは僕らはこれで退散してまた適当に散策を続けましょう。
長門さん、彼らのどちらが先に起きますか?
「今から1時間33分後、涼宮ハルヒが最初に覚醒する。」
では、その時間になったら彼の携帯に連絡しましょう。
ちょうど帰宅するには適切な時間ですし。
「全く、そろそろあの二人にはお互いが素直になってほしいものです・・・」
そんなことを考えながら彼の感嘆詞を思い浮かべつつ僕達はその場を後にした
 
終われ