最初の夏休みの終わり (50-166)

Last-modified: 2007-06-01 (金) 12:23:13

概要

作品名作者発表日保管日
最初の夏休みの終わり50-166氏07/06/0107/06/01

作品

高1の夏休み最終日。
木々が空を包み込むように生い茂る、天然のサウナのような山の中に俺はいた。
汗は俺の歩く道に川を作るかのように流れる。それでも俺は前へと進まなくてはならない。
何故かって?
そりゃいつも通りあの団長の思いつき……と言いたいところだが今回は違った。
俺の前後をひょこひょこと登っている二人のためだ。
「キョンく~ん、早く早く~」
「ま、待ってください~皆さん」
そして先頭にも何故かもう一人、嬉々とした表情で足場の悪さを物ともせず、ずんずんと突き進むヤツがいた。
「さあ、妹ちゃん。ガンガン行くわよ~」
言わずもがな、今日も元気なSOS団団長涼宮ハルヒである。

 

事の始まりは3日前。
夏休みも終わりかけ、妹は居間でミヨキチを家に呼んで二人で宿題を片付けていた。といってもしっかり宿題をしてきたらしいミヨキチはほとんど終わっているらしく、妹がミヨキチのやり終えた宿題を写しているというのが実情だ。
俺?俺の宿題はまだ夏休み初期とさほど変わらないが、そんなのは毎年の事なので気にもしない。まあ2学期が始まったら国木田にでも見せてもらおう。どうせ谷口のヤツも宿題なんて片付けてないだろうしな。2人まとめて面倒をみてもらおう。
そんな訳で俺は宿題をする妹たちの横でだらだらと残り少ない休みを謳歌していた。
テレビを見ているような、聞いているような状態でいると、俺はいつの間にか眠っていたらしい。妹に揺さぶられて目を覚ました。
なんだってんだ、全く。こっちは夏休みだってのにハルヒに色々と連れまわされて疲れてるんだ。何か用か?
「あのね、キョンくん。あたしたちの宿題なんだけどね。大体終わったんだけど自由研究がまだなの。それでね、夏休み最後の日に昆虫採集でもしようかと思ってるんだけど、手伝ってくれない?」
は?何で俺が?自分で出来るだろ?それくらい。
「え~でもミヨちゃんもキョンくんに来て欲しいよねえ?」
はにかむような遠慮した感じの笑みを浮かべるミヨキチ。よく考えると確かに妹だけなら全く心配しないが、ミヨキチは体もほっそりしていて少し心配だ。俺がついててやらないと何か危ない気がする。
それにこんな笑みを向けられて無碍に断るなど出来ず、俺は渋々承諾した。
妹によると、夏休み最終日の8月31日の朝から山に行く予定らしい。その日はちょうどSOS団の活動も無い予定で、昆虫採集には好都合だった。
場所は妹たちのある友達の友達の家が持っている私有林に行く予定なのだそうだ。私有林を持ってるなんてどっかの元気すぎる先輩じゃあるまいし……なんて考えていた。
しかしこのときの俺は妹の顔に浮かぶ意味深な笑みに全く気づいていなかった。

 

そして当日。
俺と妹が集合場所の駅前に行くと、そこにはすでにミヨキチがいた。
しかしそれだけでは無かった。そう、何故かハルヒがいた。
どうしてお前がいるんだ?
「いちゃ悪い?妹ちゃんに頼まれたのよ」
俺は妹を振り返る。
俺だけで十分じゃないか?わざわざハルヒなんて呼ばなくても……
「どこか虫のたくさんいそうな所も教えてってね」
妹への質問にハルヒが答えた。
そしてここでようやく俺は気づいた。そうだ、『ある友達の友達』とはハルヒの友達、つまり鶴屋さんの事だったんだ。一旦そう考えると何故気づけなかったのか分からないくらい当然の事だった。
私有林を持ってる人なんてそうそういるもんじゃないもんな。
やれやれ、結局夏休み最終日までこいつと過ごす羽目になるのか。運命の神様とやらは俺につくづく薄情らしい。こいつがその運命を操る神様で無いことを祈りつつ、俺は女3人の後を鶴屋さんちの山へと向かった。

 

そして冒頭へと戻る、といった感じだ。
ハルヒは妹とずんずんと登っていってしまう。俺は後ろで必死に追いつこうと頑張っているミヨキチに気を配りつつ、前の二人に呼び掛ける。
「おい、お前らちょっと待て。ミヨキチが辛そうだからここらでちょっと休まないか?」
俺のそんな提案もハルヒたちは聞こえていないようだった。そりゃそうだ。もうすでに前の二人は俺たち二人からは見えるか見えないかといった所まで登ってしまっている。
「お~い」
俺は精一杯の声をあげたが、それでも全く聞こえていないようだ。
仕方なく俺とミヨキチは前の二人とは別行動を取る事にして、二人でちょうどいい石に腰掛けて休んでいた。
ミヨキチはよほど疲れていたようで、俺に寄りかかり休んでいる。頬も赤くなっており、こんな暑い中をこれほど歩いた事など無いのであろう。
俺たちはそのまま木陰で少し涼んだ。
しかしミヨキチは見れば見るほど妹と同い年には見えない。俺じゃなきゃ今のこんな状況に危ない衝動を覚えている所だ。
そんな事を考えているとミヨキチの体が風に煽られて倒れそうになる。慌てて抱き起こして、風で倒れないよう肩を支えてやろうと右手を伸ばしたとき、突然俺の頭に衝撃が与えられた。
起き上がり何事かと振り返るとそこには顔を真っ赤にしてわなわなと怒りに震えたハルヒが立っていた。
「あああ、あんたこんな小さい子にまで手を出すなんて。全然ついてこないと思ったら。しし、死刑よ、死刑!」
ハルヒは何やら勘違いをしているらしく言葉と手足の二つの暴力で俺を攻めたてる。
おい、やめろよハルヒ。先に行っちまうのが悪いんだろ。
「何?言い訳なんて見苦しいわ。あんたなんて即死刑よ」
ハルヒがいきり立っているといつの間にか起きたらしいミヨキチが俺の前に立って俺を擁護しだした。
「お兄さんは何もしてません!私が体調悪くなって介抱してもらってただけです」
「は?……そういえばあんた誰?」
おい、ハルヒよ今さらか。この子は妹の同級生の……通称ミヨキチだ。咄嗟に本名が出てこなかった事で4つ程の目が俺を凝視しているような気がするが気にしないことにする。
というか今日は妹とミヨキチの二人がメインだろ。どっちかって言うとお前がおまけだぞ、ハルヒ。
「あたしはいつだって主役なの。そしてあんたはあたしの団員なんだから、ついて来なくちゃ駄目じゃない。さあ、行くわよキョン」
ハルヒは俺をぐいぐい引っ張る。ちょっとは他人の事も考えろよ。ほら、まだミヨキチだって顔が赤くなってるんだから、もう少し休んだ方がいいし。
「い、いえもう大丈夫です。さあ、早く行きましょう」
そうか?というか痛いから引っ張るなよハルヒ。年下に気を使わせるなんてもう少し大人しくしろってんだ。

 

キョンくんとハルにゃんが前を進んでいく後ろであたしはミヨちゃんに囁く。
「これ以上キョンくんと休んでてもミヨちゃんはもっと真っ赤になってくだけだもんね~」
「そ、そんな事……」
ごにょごにょと何か言っているが、全て言い訳だろう。全くうちのお兄ちゃんは罪作りだね~なんて考えながらあたしはミヨちゃんを引っ張ってキョンくんたちを追いかけていった。

 

そこからようやく昆虫採集が始まった。といっても約1名を除いてだが。
ハルヒはツチノコや小人などを探しているようで頻りに俺にも手伝うように言ってきた。
そんな探索で俺は誰かが落していったであろう大きな赤いスーパーボールを見つけて驚いたりもしたが、昆虫採集と不思議探しの両方を器用にこなしていた。
しかしそんな時間も長くは続かず、ハルヒが俺の手を抱きつくようにして絡め取り、不思議探しに専念しろと言い出した辺りから状況は一変し、ハルヒとミヨキチによる俺の手争奪戦になった。
そんな事をしている内に時間が過ぎていった。

 

帰り道。
俺はふと気づきミヨキチに尋ねた。
今日あんまり昆虫採れなかったけど大丈夫か?
その質問にミヨキチとは別の方向から答えが返ってくる。
「ああ、ミヨちゃんはもう自由研究も終わってるよ。昆虫採集はあたしだけ」
……それを早く言えよ。んじゃ今日はミヨキチは家で休んでた方が良かったんじゃないか?そうすれば俺も来なくて済んだんだし。
「え~でもミヨちゃん今日来られて良かったよね?」
妹の質問にもじもじと頷くミヨキチ。今日したことなんて俺の手を握ったりしていただけじゃないか?今日みたいなのは遠慮せずに断ったりすればいいんだぞ?
「いえ、本当に今日は楽しかったです。遠慮なんてしてません」
そうか?ならいいんだが。
ミヨキチと別れる交差点が近づく。すると妹が突然の提案をしてきた。
「あ、そうだキョンくん。ミヨちゃん一人じゃ危ないから家まで送ってあげてよ」
それもそうだな。よし送ってやるか。
しかしハルヒは俺がミヨキチを送っていこうとすると突然真っ赤になって喚いた。
「な、このロリコン!あんた二人きりになったら何するか分かんないからあたしも一緒に行くわ」
おいおい、もう勘弁してくれ。俺が何をするってんだよ、全く。
何度も言い聞かせると、ようやくハルヒも分かってくれたようで俺はハルヒと妹と別れミヨキチを送っていった。

 

ミヨキチを家まで送り終え、さて帰ろうと元来た道へと戻ると、先ほど別れた交差点に人影があった。
その人影は後頭部に凶器を所持して、俺に穴を開けそうな勢いでこっちを見ていた。
「ほら、女の子一人じゃ危ないから送っていってよね!」
そこにいたのは右手を差し出した髪をポニーテールにして纏めたハルヒだった。

 

ハルヒはまたもや俺の腕を絡み取った。
歩き辛くて仕方ないんだが……
「いいじゃない。ほら、あんたの好きなポニーテールよ。どう?ほらほら」
さっきからすでに目を奪われっぱなしだったのに、揺れるポニーテールに俺の心も大きく揺れているような気分になった。
「ていうかさ、妹ちゃんたちよりあんたはどうなの?宿題終わってるの?」
……あ~黙秘したいと思う。というか黙秘させてくれ。
「あ~あ、結局このバカキョンはやって無いんだ。妹ちゃんの宿題の手伝いしてるくらいだし、終わってるのかと僅かでも思っちゃったあたしがバカだったわ」
へいへい、すいませんね、バカで。
「ふふふ、バ~カバ~カバ~カ」
ハルヒは輝くような笑みで俺をからかう。というか手を引っ張りすぎだ、お前は。
そのときハルヒが一際強く俺の手を引き、俺たちは倒れてしまった。
「重いわよ、バカキョン。早くどきなさいよ」
こんな時にもハルヒは強気だ。というか倒れたのはお前のせいだろ。
そこで俺とハルヒの視線が絡む。俺の視界にポニーテールの美少女が映る。抗い難い衝動が俺を突き動かす。
「ちょ、ちょっとどきなさいよ。やめてって。もう、え、エロキョン……ん……」
ハルヒと俺の唇が重なる。時間が止まったようなキス。
しばらくそのままだったが、ハルヒはとろんとした感じのまどろんだ目で俺を見つめ、あろうことか舌を入れてきた。舌と舌の絡むような動き。

 

しばらく放心したように唇を合わせていたが、突然はっとなったハルヒは上に乗っている俺を跳ね除け、
「い、今の事は忘れること!絶対だからね!」
と言い残して、走って帰っていった。

 

夜。一人きりの部屋。
「……バカキョン……エロキョン……」
……でもキスは良かったな……じゃないわよ、しっかりしなきゃあたし!
あ~恥だわ。エロキョンとキスしちゃうなんて。しかも自分から舌まで……
思い出すだけで死にそう。
あいつどうにか忘れてくれないかな。
どうしたら忘れてくれるかな。
どうしよう。

 

もう一人の部屋の中。
ここにも思い悩む男が一人。
こうして夜は更けていく。

 
 

二人は考え疲れて眠りに就く。
そして翌朝――つまり8月17日に――二人は何か詳しくは思い出せないがいい夢を見たという気分で目を覚ます。
これが終わり無き8月の始まり。誰も知らない長き8月のキッカケ。