涼宮ハルヒの事件ファイル/#02 3日目朝

Last-modified: 2007-02-25 (日) 03:19:55

概要

作品名作者発表日保管日(初)
涼宮ハルヒの事件ファイル #02 朝比奈みくるの依頼 3日目朝(13スレ目) 12-700氏06/08/0706/08/19

作品

起きたときには仮眠室にはすでに誰もいなかった。どうやら少し寝坊をしたらしい。
怪我のせいでやや不自由な左腕に苦労しながら身だしなみを整えると、ハルヒが昨夜泊まった仮眠室に向かった。
しかし、その部屋にはすでにハルヒの姿は無く、他の利用者聞くとハルヒはすでに部屋を出たらしい。
俺はお礼を言うとハルヒが向かったという玄関を目指して歩いていた。
不本意ながら昨夜の宿泊施設となった警察署は妙にあわただしかった。
もっとも、刑事たちが忙しかろうがただの一般市民である俺には関係が無い。
断片的に聞いた会話を聞く限り、殺人事件というわけじゃないみたいだしな。
ハルヒと顔を合わせるまで俺は、そんな甘いことを考えていた。
よく考えたらすぐわかっただろう、あのお祭り女が警察があわてるような事件を放っておくはずがないと。
警察の玄関でハルヒの姿を見つけた俺が、寝ぼけた声で挨拶しようとしたのを遮り。
ハルヒは弾むような声でこんな事を言ってきた。
「キョン! すぐに大博物館に行くわよ」
なんでだ? 
「にょろーんよ、にょろーん! 怪盗にょろーんの挑戦状が届いたのよ!」
まさか、おまえ宛にか?
「そんなわけないでしょ、なんでも博物館の館長の元に届いたらしいの。おかげでみんな大慌て」
ふむ、それで妙に騒がしい訳か。で? なぜそこで俺たちが博物館に行く必要がある。
「決まってるじゃない!」
ハルヒはそこで、サンタのプレゼントを見つけた子供のような表情をすると、
「怪盗と戦うのは探偵の使命だからよ!」と宣言した。

 

ハルヒに腕を引っ張られながら警察署の玄関を抜ける。天気は曇り。
朝だというのに厚い雲が空を覆い太陽の光を遮っている。
ちょうど古泉と会長が車に乗り込む所であった。
ハルヒは勝手に後部座席を空けると俺をその中に放り込む。
「きゃ!」
どうやら後部座席にはすでに喜緑さんが乗っていたらしい、ハルヒの馬鹿力のせいで俺は彼女を押しつぶしてしまった。
「きさま、喜緑くんに何をする」
俺が車に入ってきたことに気づいた会長がそう怒鳴る。
「キョン、あんたなにやってんの!?」
ハルヒはそう叫けび、俺の後ろ襟首をつかむと車から引きずりだした。
どう考えてもおまえのせいだ。というつっこみは、そのまま乱暴に後ろに放り投げられたことで言えなかった。
「ごめんなさいね、喜緑さん。キョンが変な事して。あともうちょっと奥まで詰めてくれる?」
さらにハルヒは強引に車に乗り込み、「キョン、何してるの? 早く乗りなさい」と言ってきた。
分かっていたたことだが、本当にむちゃくちゃな奴である。
俺はいつもの台詞を呟きながら車に乗り込むと、古泉が車を発進させた。
どうやら、ハルヒをおろす時間すら惜しいらしい。
「こうなってしまった以上、仕方がない。少なくとも警察の邪魔だけはしないでくれよ」
そう言って会長はハルヒの同行を承諾した。
ハルヒに知られた以上放っておいても現場に現れるだろう、ならば目のつく所で監視していた方がまだマシだ。
そんな考えがその背中から読みとれる。
「ふふーん。どうやら警察もついにこの超人的名探偵、涼宮ハルヒの力を認めたようね」
ああ、認めてるだろうよ。別の意味でな。
「そうですね。涼宮さんの力を借りれば、件の怪盗も捕まえられるかもしれません」
古泉、あまりそいつを調子に乗せるな。後でやっかいなことになっても、俺はしらんぞ。

 
 

大博物館に着くと古泉は俺たちを展示室の一つに案内した。
かなり広いスペースをとられた展示室には、すでに多くの警官が警備を固めていた。
「にょろーんが狙っている本はどれ?」
ハルヒの言葉に古泉は展示スペースの一角を示した。
車の中での説明によると今回狙われているのは、どこぞの国で発見された装飾品であるらしい。
かなり古い代物で貴重な物あるらしいが俺は詳細には興味がない。
ハルヒは警官に守られている装飾品を興味深げに眺めている。
俺はなんとなしに展示室の上を眺めていた。高い天井にステンドグラスがつけられている。
もし天気が良ければステンドグラスを通して様々な色の光が展示室にこぼれてくるだろう。
「この腕輪、なにか………気持ちが悪い」
意識が天井にそれていた俺を引き戻したのは、ハルヒのその一言だった。ハルヒがみている腕輪に視線を移す。
たしかに、その腕輪には蛸と魚と人の合成物のような奇形の人型が彫刻されている。
熱心な宗教家なら、冒涜的なデザインというだろう。なぜか嫌悪感を引き起こす、最悪のデザインだ。
「漁師達の神を模した物らしいですね。ただ、この腕輪には妙な逸話がありまして…」
なんでも、この腕輪を見つけた大学教授が研究の途中に謎の発熱を引き起こし、最後には狂ったよう暴れ死んだらしい。
「何となく分かるわ、こんなのいつまでもみていたら…気がおかしくなっても不思議じゃない」
いつもならばこの手の話に目を輝かせるハルヒは、そう言って腕輪から顔を背けた。
腕にハルヒの指が食い込む。いつの間にかハルヒが俺の腕をつかんでいた。
「…そんな物をなんで怪盗は狙っているんだ?」
「分かりません。にょろーんが何を目的として盗みを働いているか、関連性がつかめないのです」
古泉によると間抜けな名前の怪盗が今まで盗んでいったものは、古美術品や古書を中心としているが発見地はバラバラであり。
また、それらの品が作られた時期もバラバラ。怪盗が何を基準に盗みをしているか警察も頭を悩ませているらしい。
「あれ? ちょっと待って古泉くん。もう一度盗まれた物の名前を聞かせてくれない」
古泉の説明を遮りハルヒはそう言った。何か気づいたことでもあるのだろうか?
「やっぱり」盗まれた物を再確認するとハルヒはそう呟いた。
「何か気づいたことでもあるのか?」
しばらく一人でぶつぶつと何かを呟いていたが、俺と古泉が自分に注目しているのに気づき自分の考えを話し始める。
「大したことじゃないんだけどね。古泉君が教えてくれたいくつかの品は、オカルト方面で話題になった代物なのよ」
そういえば、今回の腕輪もホラーな逸話があったな。
「署内でもその指摘はありました。しかし、重要度は低いと考えられています」
「そうでしょうね。警察でどれくらい詳しい話が出たかは知らないけど、普通の人なら信じないような伝説だもの」
ハルヒはそこまで言うといったん言葉を切った。そして改めてその伝説とやらについて解説を始める。
いや、始めようとした。だがそれは、突然展示室の明かりが消されてた事で中断させられた。

 

「やあ、警察の諸君元気かい!」
突然の暗闇に混乱した展示室にそんな声が響いた。
誰が「上だ、上に誰かいるぞ」と叫ぶ。視線を上に上げると先ほど俺が眺めていたステンドグラスの前に何者かがいた。
部屋が暗いため逆光となりその人物の容姿は分からない。だが、相手からはこちらのことがよく見えているのだろう。
「どうやら今日はスモークチーズは無いみたいだね。残念ながら今日はこの腕輪だけで我慢しておくよ」
そう言って何かを掲げてみせる。やはり何を掲げているのかは分からない。だがそれはあの腕輪なのだろう。
「くそ、いつの間に盗みやがった?」さっきまで俺たちはその腕輪を見ていたはずだ、暗闇になったほとんど一瞬のうちに盗まれたのだろうか?
そのとき予想外のことが起こった、俺の台詞に怪盗が反応をしめしたのだ。
「おや? おやおや、その声はまさか」
怪盗の声がうれしそうな、そして楽しそうな物に変わる。
「やあ、ジョン=スミスとその助手のハルヒちゃんじゃないか。また僕に会いに来てくれたのかい?
 うれしいねぇ。今日は君が前に好きだと言っていた、ポニーテールにしてるんだよ。君の所からは見えないだろうけどね」
「ジョン!? 誰のことだ、それは!」
思わず、叫んでいた。朝倉に続きまた俺をジョンと呼ぶ奴が現れやがった。
「おや? ああ、そうだった。これは失敬。君はまだ…なんだね」
「どういう意味だ、なぜ俺をジョンと呼ぶ! いったい俺がなんだって言うんだ」
「すまないね、説明はなしだ。では失礼するよ」
そう言うと、怪盗はステンドグラスをたたき割り外に飛び出す。
その音を聞いたのだろう扉が開き、会長を先頭とした警官隊が展示室に突入してきた。
「いったい何が起こった!」
「警視、にょろーんです。あのステンドグラスから逃げていきました」
会長と古泉が話し始めたとき突然部屋の明かりがともり始めた。非常灯というやつだろうか? 先ほどと比べるとずいぶんと暗い。
「それで、腕輪はどうなった!?」
会長がそう叫ぶと、彼についてきた数名の警官が持っていた明かりで腕輪の展示位置を照らした。
ケースの中は空。やはり怪盗は腕輪を盗んでいったらしい。恐ろしいまでの早業である。
「くっ、古泉現場は任せるぞ。怪盗を追いかける、D班以外はついてこい」
会長と警官達が外に駆け出すのをみて、俺もそれに続こうとした。

 

しかしハルヒがベルトをつかみそれを押しとどめる。
「ハルヒ、邪魔をするな!」
思わず邪険にハルヒの手を振り払うと、そう叫んでいた。会長達はすでに部屋をでている、急がなければ追いつけない。
「キョン、落ち着きなさい!」
そう言うとハルヒは俺の両頬を左右から手でぴしゃりと叩いた。
「まったく、普段の冷静さはどうしたの? そんなんじゃ助手失格よ、後で罰ゲームだからね。
 いい、キョンよく聞きなさい」
ハルヒはそう言うと、俺の前で指を一本伸ばしそれを俺に突きつけた。
「まだ、この部屋に怪盗にょろーんはいるわ。そとに逃げたのはただの見せかけよ」
なにを言ってるんだおまえは。
「考えてみなさい、にょろーんが現れたとき部屋は真っ暗だった。あいつは腕輪を盗んだと言っていたけど、そのときは誰も盗んだかは確認できなかったわ」
しかし、会長が確認したとき腕輪はなくなっていたぞ。
「それも単なるトリックよ。にょろーんが逃げてその後警官が入ってきた、腕輪はそのとき盗まれたの」
すまん、もっとわかりやすく説明してくれ。
「つまりね、にょろーんは逃げたと見せかけて警官の中に紛れ込み部屋に入った。そして、暗い部屋のなかで何食わぬ顔で展示場所に近づき腕輪を盗んだの。
 違うかしら? 怪盗にょろーん!」
ハルヒは最後に警官達の方を向いてそう言った。
「あっはっはっはっは。よく見破った、とでも言うところだろうね」
警官の一人がそう言いいながら俺たちの方に歩み寄ってくる。突然展開に他の警官は動きを止めていた。
「さすがだね、名探偵涼宮ハルヒ。まさかこうまであっさりと見破られるとは」
そう言って肩をすくめる警官。まさか本当ににょろーんなのか? んなアホな。
「その格好は怪盗の十八番、変装ってこと?」
「そのとおりさ。最近この趣味を理解してくれる人少ないんだよね、怪盗が変装してるのに誰も見破らないなんて間違ってると思わないかい?」
いや、見破られることを前提に変装しているのか? おまえは。
「当然じゃない! それが怪盗って物でしょ」「当然さ! それが怪盗ってものなのさ」 
意気投合してそう言う探偵と怪盗。俺が間違っているのだろうか、誰か教えてほしい。
「ひょっとして、怪盗がまだ部屋のなかにいるって言った理由がそれか?」
つまり、変装を見破られるために残っていたと言うことなのだろうか。
なんというか、物語の中の怪盗そのままである。
「で、どうするつもりにょろーん。この部屋は警官で封鎖されているわ、逃げることはできないわよ」
そう言って怪盗を指さすハルヒ。しかし怪盗は不適に笑い返すのだった。
「へえ、たったこれだけの人数でこの僕を捕まえるつもりかい? それはちょっと無理ってやつさ」
そういうと怪盗はボタンを一つちぎると上に掲げ、そのまま勢いよく地面にぶつけた。
ボタンは叩き付けられると強烈な光と煙を放ち始める。閃光弾と煙幕ということか。
俺は怪盗がボタンをちぎった時点でハルヒを抱き寄せ地面に押し倒していた。ハルヒの顔を胸にしっかり抱くと俺も強く瞼を閉じる。
「おやおや、見せつけてくれるね。じゃあ、そろそろ失礼するよ。探偵と警察諸君またいつか会おう」
足音が遠ざかっていく。どうやら怪盗は逃げていったらしい。
俺はおそるおそる目を開ける。怪盗がステンドグラスに空けた穴のおかげでどうやら煙はすぐに薄れたらしい。
立ち上がると周囲を見渡す。部屋には古泉と警官が床に転がり目やのどを押さえている。
「どうやら、完璧に逃げられたみたいだな」
俺がため息を吐きながら首を振ったとき、展示室に喜緑さんが入ってきた。喜緑さんは俺を見て一言「まぁ、熱々ですね」と言う。
あまりの抱き心地の良さに気づかなかったが、俺はハルヒを抱きしめたままだったらしい。
あわてて放すとハルヒは真っ赤な顔をして「アホー!」と叫ぶ。不可抗力だ!