涼宮ハルヒの卒業 (131-112)

Last-modified: 2010-07-25 (日) 22:35:26

概要

作品名作者発表日保管日
涼宮ハルヒの卒業131-112氏10/07/2310/07/25

 

作品

朝だ。日曜の朝。
庭では朝早くから鳥の鳴き声が騒がしい。
「キョンくーん!」
妹も騒がしい。
なんだ、何の用があって俺のほんのわずかしかない休暇の安らかな眠りを妨げるんだ。ハルヒの呼び出しが来るまでぐらいゴロゴロしていてもいいじゃないか。
「電話―!」
電話?しまった。携帯をリビングに投げ出したままだった。くそ、今日はやたらと早いな。まだ時計が7時を回ってないじゃねぇか。
妹からパッと携帯を受け取ると、その場で仰向けに寝た姿勢を維持しつつコールボタンを押す。
『キョン!聞こえる?聞こえてるわよね?今日は急ぎの用事で駅に8時に集合よ!』
ピー、ピーと通話が切れた後の音が俺の耳の中でさらに木霊する。
………ハァ。
溜息が漏れる。それもそうだ、今まで3年間ずっとこの調子だったからな。たまには日曜は家でゴロゴロしていることも悪くないんじゃないか?
…なんてこと言っても通じないか。
俺はベッドから降りて、着替えを始めた。
「キョン君ー!…え?」
なんだ妹よ。ノート落としたぞ。
「…」
妹はごしごしと目をこすった。
いやな予感しかしないぞ。
「…治ったー。」
部屋から出て行った。
ま、待てこらぁっ!!!
「えぇ!?何!?」
なんだ、さっきのは何だったんだ!明らかに俺の身に何かあっただろ!言ってくれ!言ってくれたら今日のハルヒの急用とやらにも付き合わせてやるから!
「本当!?えっと、えっとね、…あれ?なんだっけ。」
どうやら、俺には事前に危機を知ることは困難なようだ。
 
駅前についた。
いつも通り俺を除いた団員全員が既に揃っていた。
「遅いわよ!」
時間には間に合ってるだろ?
その一言を言ってから気づく。古泉の様子がおかしい。あれだけいつも笑顔を見せつけているのに、今日は無茶苦茶にぐったりした感じだ。
いや、古泉だけではない、朝比奈さんも、なんと長門も既に疲れた顔をしている。
何かあったのか?
古泉、俺でもはっきりと疲れていると分かるぞ。今日は休んでおけ。
「そうはいきません。また空間の歪みが発生してしまうことだってあります…」
本気で疲れている。俺の頬を汗が伝った。
何があったんだ?今まであれだけハルヒの活動をこなしてもそこまで疲れた顔を見せたことは1度だってありゃしない。
「…この活動が終わったら、話があります。涼宮さん以外の全団員に。」
…分かった。
 
夕方になり、俺の経験が解散の時間が近づいてきたと知らせてくる。
それは見事に当たった。
「今日はここで解散ね。皆!しっかり休んで疲れを取るのよ!」
誰のせいだ。
そう言いかけた瞬間、俺は何か違和感を感じた。
自分の体が「浮いたような感覚」だ。実際には浮いていないが。
そして指先の感覚が無くなった。反射的に目を手に向ける。
…!?
指先が白い光に包まれていた。
おい、何の冗談だ。
白い光は手のひらまで広がった。
まて、真面目にやばい。手の感覚が完全に…
バシュッ!
カメラのフラッシュを浴びたように目の前が一瞬真っ白になり、俺の両手には…感覚が戻った…助かった。
「あ…あの、大丈夫ですか?」
俺の顔を見てそう心配してくるのは朝比奈さん。大丈夫です。
「今の現象、しっかり見ましたか?」
今度は古泉が話しかけてきた。訳が分からない、説明してくれ。
「僕もその現象に会ったんですよ。理由は不明ですがね。」
何?なんでそんな重要なことを言わなかったんだ。
「涼宮さんの前では言えませんよ。そうですねぇ、簡単に説明しましょう。」
おう、説明はお前の専門分野だからな。俺の命がかかっているかどうかのところも分かりやすく頼む。
「今回は、空間の歪みは発生していません。涼宮さんのストレスによるものでは無いと判断できます。」
なるほど。じゃあハルヒは関係ないのか?
「そうは言えません。もしかしたら、張本人かもしれないでしょう。とりあえず、僕を含め、団員全員がこの現象に遭遇したのは事実です。何が起きたのか、ここからは長門さんにお願いします。」
「…」
長門が少し間を置いて前に出た。
何が起きたんだ?
「私たちの現在存在する空間が、端の方から消えている。」
何!?
「原因は?」
古泉が素早く質問する。
「空間の中心座標に存在するのは涼宮ハルヒ。私たちにその現象が一時的に現れたのは彼女に最も近くで干渉しているから。」
「やはり…」
古泉が言う。予想通りという感じだ。
ハルヒは、今度は一体、何をしようとしているんだ?
「それはわからない、私には人の感情を読むことは難しい。」
「困りましたね…」
沈黙。
くそ、卒業式も目前だって言うのにな。
「…え?」
ん?古泉、もしかして忘れていたか?いや、卒業式は流石に忘れないよな。
「すみません、完全に忘れていました。」
…らしくないな。お前はそんな奴じゃなかったはずだ。
「僕の評価も、なかなか上がっていたようですね。」
そう言って席を立つ。
「僕たちの身に起きた現象をまとめてみましょう。」
いつもの説明口調だ。
「まず、体が石のように重くなる錯覚を覚え、動くのがつらくなること、それに手などを包む謎の光。」
まて、俺は体が軽くなったぞ。
「「え?」」
その場の全員が俺を向いた。なんだ?もしかして俺だけなのか?
「そのようですね。」
古泉が周りを確認する。
朝比奈さん、それに長門も、小さく頷いた。
「この情報だけでは、まだ何も解決には至りませんね。もう少し様子を見ることにしましょう。」
古泉がそう言って、静かに会議は終了した。
 
帰り際、谷口に会った。
「おぅキョン!今度はどこに行ってたんだ?」
ちょっと遠征にな。お前こそ、もうこんなに暗くなったってのに、今日は何してたんだ?
「ん、俺か?俺はだな、これに行ってきたところだ。」
そう言ってパンフレットらしき1枚の紙をポケットから引っ張り出し、俺の顔の前に突き出した。
なんだ?アイドルオーディション?
「そう!夢みたいだったなぁ…Aランク以上の女の子がたくさん…」
そうか、良かったな。
「なんだ?疲れてるな。元気出せよ!」
明日は月曜日だぞ?ただでさえすり減った気力が、余計にすり減ってしまったんだ。
「ほぅ、こりゃ真面目に疲れてるな。早めに寝ろよ。」
ありがとよ。
 
中3の七夕の日、俺は壊れかけの電灯がチカチカと光る暗い道路の端を歩いていた。
こんな近所にある道なのに今まで何故1度も通ったことがなかったんだろうな。…そうか。中学校とは真逆の道だからだ。ここの道を通るのは隣の中学校の生徒だからな。
…なんで今日はこっちの道に来たんだろうな。何も考えていなかった。そういや昔新たな世界を見つけようとして裏山に登ったことがあったっけ。そんな感覚かな。
友人の一人でも連れてくれば良かったか。いや、ただブラブラしているだけなのに付き合わせるのもなんだかな。そんなわけで、俺は一人散策していた。
お?誰だあのポニーテールの子は。ここの中学生かな。スタイル抜群じゃないか、俺としたことが、今まで隣の学校の事を全く感知していなかったとは。
夜分遅くだが、こんな所にうろついていたら危ないだろう、早く帰るように声でもかけてみるか。なんか自分に言っているみたいだな。
と、大丈夫かあの子、そんな十字路で真上向いて立ち止まったりなんかしたら…。
そう思った瞬間。十字路の横から光が差した。
まずい、あれは車のライトだ!
気づけ!くそ、いつまで空向いてんだ!
俺は全力で走る。
「…え?」
少女がこちらの声に気づく。それと同時に車のライトにも気がついた。
「きゃ、きゃあああああああ―――!!!」
間に合え!!!

<キキキィィィィィ!!!>
背中にぶつかる衝撃。
目の前が真っ暗になった。
だが、間に合ったと、確信した。
 
…はっ!
夢か。
そう、夢だ。なんて夢見たんだろうな、俺は。
………いや、違う。夢なんかじゃない。
現実だ。
俺は確かに経験した。記憶に強く残っている。何故今まで忘れていたんだ?
あの後、俺はどうなったんだ?
この高校に入学するまでの記憶がない。
何故?おかしい。俺の身が入院するような事故に遭ったことはない。
この世界は…なんだ?
「夢みたいだったなぁ…」
脳内でいつか谷口の言ったことが突然再生された。
まさか……
最悪なのかどうか判断に困るが、俺は一瞬にして答えらしきものを見つけてしまった。
夢…か。
 
次の日、またハルヒが帰った後にひそかに集まった。
「何か手掛かりをつかめましたか?」
ああ、手掛かりどころか、納得のいく答えを持ってきたぞ。
「ええ!なんですか?それは!」
朝比奈さんがせかす。あせらないで下さいよ、まだ時間はあるんですから。
「あ、すみません…」
いえ、お気になさらずに。
俺は今朝の事を全て話した。
古泉は恐ろしく真剣に話を聞いている。
「それは、本当にあったことですね?」
もちろんだ。ガセだったらこの状況じゃ話さん。
「つまり、この世界は涼宮さんの創造した夢。ということですか。」
古泉が俺に確認をとる。こんな日が来るとは思いもしなかったな。
それに頷いてから説明する。
ああ、この世界が始まったのはハルヒが中3の時の、七夕の日で間違いない。
あの日、ハルヒは事故に遭った。学校のグラウンドに落書きした後だ。
今もハルヒは夢を見ている。SOS団という楽しい夢を。
俺は…どうなっているのかよく分からないが、この世界を構成している主は確実にハルヒだ。
そう考えるのが一番合っているはずだ。
あいつだけがこの世界に特殊な影響を与えているからな。
「……すべて繋がりました。確かに。」
なんで俺の記憶にこんな映像が残されているのかも分からないんだがな。
古泉はひたすら頷いた後、顔を上げ、最後の質問とでもいうように口を開いた。
「では、僕たちは何なのでしょうか?」
……一つしか答えが見当たらないな。
「悲しいことですが…」
あの記憶のフラッシュバックを見てからずっと考えていた。
俺、いや、俺たちは。
ハルヒの…
「夢の、欠片。」
 
その次の日、今度は古泉にも似たような現象が起きた。
自分の本当の過去を思い出した。という。
その次の日には、今度は朝比奈さんが過去を思い出した。
さらにその次の日、驚いたことに、長門も自分の本当の過去を思い出した。
超能力者でもなく、宇宙人・未来人でもない、本来の自分を。
その日、またハルヒが家に帰った後に集合した。
「驚いたことに、僕たちは涼宮さんの夢の中で作られたものではないことが分かりました。」
そうだな。
「涼宮さんの夢が終わっても、僕たちは消えることはなく、今まで通りに、また再会できるのではないでしょうか。」
……だといいな。
 
夢は、覚める時が来てしまう。
そう、俺を構成しているハルヒの夢は、もう、覚めかけている。
俺に残された時間は、後1日あるのか、それとも秒単位で簡単に数えられるほどほんの少ししかないのか。
そんなことは誰にも分からない。
「卒業式が近くなってきたわね。これは盛大なセレモニーを開くしかないわね。」
…卒業式。そうか。
ハルヒの夢の終わり、それは学校生活の3年間を終えた、卒業式の終わりになるだろう。いや、その前に覚めてはいけない気がする。
そして皆戻る。現実に、俺という例外のチェックを入れて。
もちろんそのチェックに俺は不満を持ってるんだがな。これはどうしようもない。
思い返せば、楽しい3年間だったじゃないか。
もう思い残すことはないはずだ。
ハルヒが作ったSOS団に巻き込まれ、毎日やたらと騒がしかった。
野球をした。
無人島の別荘を経験した。
夏休みを何回も繰り返した。
映画だって作ったことがある。
ハルヒが消えたこともあった。
十分楽しんだじゃないか。
だが、何故だ。
今の俺にはまだやり残していることがある。
そういう感じがする。
「キョン、何ボーっとしてるのよ!話聞いてるの?」
ああ、すまん。卒業式が近くなってきたわね。これは盛大なセレモニーを開くしかないわね。から全く話を聞いていなかった。
「全部聞いてないじゃないの!いい?卒業式はSOS団の解散を意味するのよ!」
そうかい。…って、何!?
「わわ!顔!顔近いわよ!」
「つまり、解散式を開くということでしょうか?」
古泉が付け足しするように言う。
「そうよ!解散式!」
分かった、俺のやり直していることが。
このままハルヒの夢が覚めたら、どうなる?
SOS団なんて存在しない。
ハルヒは夢を覚えているだろうか。もし覚えていたら、きっと現実の俺の姿を知り、…どうなる?
…俺の思考の中に、一つ。俺らしくない案が浮かんだ。
「解散式は明日の卒業式の後、学校を出たらすぐこの部屋にくること!じゃあ今日はもう解散!」
そう言ってからハルヒはふふんと鼻歌を鳴らして行った。
やれやれ…
 
長門、まだ宇宙人パワーは使えるのか?
「私は現実では平凡な人間。でもこの世界では違う。まだ行動は可能。」
そうか。頼りにしてるぜ。質問が一つだけある。
この世界は、何だ?
「夢という推測は合っていると判断できる。でもこの世界の構成は複雑。」
どこが?
「現実世界から来た人間はごく少数。正確には、SOS団員、それに関係している人全て。それ以外はNPCに近い。」
なるほど。完全にハルヒの夢の創造物なのか。
「私たちの存在するこの世界は元いた現実世界の上に位置している。恐らく、涼宮ハルヒが最後に記憶していた位置に直接世界ができた。」
……理解できた。
ハルヒはただ空を見てたんじゃなくて、もっと先を見てたんだろうな。
「夢の終わりが近づき、私たちの体に急に極端な重力がかかったのはそのせい。」
………
予想通りだが、改めて言われるとやはり辛い。
「僕たちは、現実世界の戻されようとしている。ということでしょうか。」
長門が頷く。
「どうしますか?夢が覚めたら。もう一度3年間が始まるみたいですよ。」

「おや?何かまずいことを言ったでしょうか。」
俺は古泉から目をそらし、窓の外を眺めながら、呼吸を整えた。
今、言っておかなければいけないことがある。
「なんでしょう。」
現実世界に、俺は存在しない。
「…今、なんと?」
古泉が聞き返す。
朝比奈さんも顔が硬直している。
ハルヒの夢が覚めたら、そこに俺はいない。そう言ったんだ。
「な、なんでですか?私たちは現実の世界からきているのに…さっきの長門さんの説明も…あ…」
そこまで言って気がついたのか朝比奈さんは口を押さえる。
この世界が天と地の間にあるものだとしたら、俺の体だけ別の現象が起きたということは、そりゃ一つしか考えられないだろ。
俺は元いた世界に戻れそうにない。
「そんな…」
泣かないでくださいよ朝比奈さん。俺だって堪えてるんですから。
「す、すみません…」
場が静まってしまった。
俺が何か言わなくちゃな。
皆、いいんだ。俺が選んだ道だったんだからな。
「……」
俺が死んでなかったら、もしかしたらハルヒの方が死んでたかもしれないだろ?だったら、俺は人助けをした英雄だ。それだけでも…
「十分なんですか?」
朝比奈さんのその一言に俺は硬直した。
分かっている、そんなこと分かってんだ。とっくに。
3年間楽しかったさ、そりゃな。
あれだけいろいろあったんだ。楽しんでいたときだって山ほどある。
でもそれで「本当に十分なのか」と自分に問いただせば、俺は…
………十分なわけ、あるか。
俺はその一言を置いて、部屋を出た。
 
十分なわけなんか、あるはずねぇ。くそっ!
俺は元の世界ではまだまだすることがあったはずだ。
平凡な暮らし、平凡な学校生活。
いや、そう言ってしまうとなにか味気なく聞こえるな。
そうじゃなくて、そこには俺の…世界があったはずだ。
朝比奈さんだって未来人じゃない、古泉だって超能力者じゃない、長門も宇宙人ではない、ハルヒだって能力を持っていることはないだろう。性格はそのままかもしれないがな。
そんな世界も、いいんじゃないかと思う。
もしかしたら、ハルヒによってまたSOS団が作られるかもしれないな。
でも、今とは違う。
ハルヒの特殊能力に四苦八苦することもない。
誰も無理することはなくなるんだ。
ははは…
そこに俺がいなかったら、ハルヒはどうするんだろうな…
 
卒業式が終わった後の体育館にSOS団が集合した。
そして一人一人ハルヒから何か厚紙を手渡される。
なんだ、こりゃ。
「解散証書よ!卒業証書の代わり。」

ハルヒらしい。
紙質までしっかりしてやがる。
泣けてきた。こんなところで泣くなんてな。
「何よキョン。あんたの番よ。ありがたく受け取りなさい。」
ああ、ありがたく受け取るぜ。
「全員分渡ったわね…」
いや、まだ全員分渡っていない。
「これで、SOS団を正式に解散します!以上!」
ハルヒは即席の木箱台に上がって言う。
「うーん、あ、そうだ。慰労会よ!まだ慰労会が残っているわ!皆!まだまだ終われないわよ!」
さっき解散って宣言したばっかじゃないか…まぁ、いいがな。
ハルヒは「夜9時に集合よ!分かった?」と言って走って行った。今度は何の用意だよ…。
時計を見たらもう8時を過ぎてる。こんなに早かったか?時の進みは。
「本当に、終わっちゃうんですね…」
朝比奈さんが名残惜しそうに言う。
「もう残っている空間はこの街だけ。」
長門が遠くを見ながら言う。
「どうやらこれで完全にこの世界は終了のようです。皆さん、ありがとうございました。」
古泉が深く礼をする。
「早いぞ。おい。」
そういうと古泉は顔を上げて、
「僕はもうすることはないんですよ。後はお任せします。」
任せる?どういうことだ?慰労会とか言ってたぞ。
「まだ分かってないんですか?涼宮さんは、あなたを待っているんですよ。」
…なんでそんなことが分かる。
「僕はこの世界では涼宮さんの精神科です。そんなこと簡単に分かりますよ。まあ…今回に関しては、分かっていなかったのはあなただけのようでしたが。」
そう言われて俺は顔の方向をくいっと長門、朝比奈さんへとかえた。
確かに。長門も、朝比奈さんも、俺に一礼した。
「行ってあげてください。涼宮さんは、絶対に待っています。」
朝比奈さんが涙声で言う。
…分かりました。でも最後に一言だけ、俺からも挨拶させていただきますよ。
「…はい。」
3年間ありがとうございました。もう会えませんが、楽しかった。
その場を去る時、部屋にポタンと涙の粒が落ちた。
それが誰の涙なのかまでは、分からなかったが、それと同時に、俺の涙腺にも刺激が走った。
俺は泣き崩れそうになった。
まだだ。皆が作ってくれた時間じゃないか。
 
9時少し前、文芸部室にはハルヒが一人窓の外を眺めていた。
「…遅かったじゃないの。皆は何やってるの?」
それぞれ感傷に浸ってるところだ。
俺は内心悟った。ハルヒの夢はもう覚める。あと1秒持つか、それすらも分からない。
それはあの元気だったハルヒがいきなり涙目で俺を振り向いたからだ。
「…そう。実はね、あなたに聞きたいことがあるの。」
…なんだ?
「私…私のそばに…ずっと…いてくれるのかなって…」
っ!?
「ねぇ、返事は?」
最後の最後で、そんな質問ってあるか?
ハルヒは俺にそばにいてくれることを願っている。
………無理だ。
「え…なんで?」
俺には…もう時間がない。
「何言ってるの?」
別れなくちゃいけないんだ。俺は。悲しくても、つらくても。
ハルヒ。
「え?…なんで、泣いてるのよ…」
俺は用意していたその紙をハルヒに受け渡す。
だがその時、自分の体の違和感が膨れ上がった。
ぐ、ぅ…背中が痛い。
「キョン?どうしたの?」
は…ルヒ…
「ちょっと!大丈夫?」
耐えろ俺、まだ、これで終わったら俺じゃない。
両手、両足の感覚はもうない。
でも、まだ進める。
「手、手が…」
気にするな。
「気にするなって…え…何を…」
俺は、ハルヒを抱きしめた。
「え…?」
俺は、本当にここでお別れなんだ。
「ちょ、ちょっと、何、なんで?訳…分からないわよ…」
そりゃそうだ。教えてなかったからな。
「キョン、体が…」
光に包まれている。
手の指先から小麦粉のようにサーっと消えていく。
ハルヒ、まだ俺の言葉聞こえるよな。
多分最後の言葉だ。俺の言葉にしてはやたらと重くなっちまったが。
3年間、ありがとよ。
 
体が、真っ白に吹き飛んだ。
そして、この世界も。
…さいなら。
 
……ここは?
目を開くとそこには天井が見えた。真っ白な。
あたしは、なんでこんなところにいるの?
頭が痛い。…これは、なに?記憶が…混ざって…あたしは…助けられた?誰に?
「おお!目が覚めたぞ!すぐに両親の方に連絡してくれ!」
誰?あんた。
「おっと失礼。私は見たとおりここの病院の医者をしている。」
やっぱり病院…あたしは、どれぐらい寝ていたの?
「ちょうど1週間だよ。よかった。無事回復したようだ。」
…あの、あたしのほかに、誰か一緒にここへ運ばれませんでしたか?
「……ああ、いたよ。彼の名前、なんて言ったかな、キョン君と呼ばれていたが…」
本当!?今すぐ会わせて!
「いや…残念だが、すぐには会えない。」
え……なんで?
「彼は、先程、息を引き取ったんだ…」
!?
「今は、遺族の方が来ていて、面会謝絶中だよ。」
そんな……
涙が頬を伝ってベッドの布団を濡らす。
「実は彼がいつの間に書いたものかは分からないんだが、君宛てだ、こんな紙を握っていたよ。」
その紙を静かに受け取る。
「私は、これで失礼するよ。」
感情を察知したのか医者の人はそれだけ言って部屋を出て行った。
あたしはすぐに丸められた紙を広げて、読んだ。
卒業証書?いや、違う。解散証書だ。
解散証書、涼宮ハルヒ。今日を持って3年間のSOS団活動を無事終了し。ここに、解散することを証明します。
何よ…これ…
読めない…こんなの読めない…
これを読んじゃったら…本当にお別れになっちゃう…
でも、最初の1文が私の目に入った。
現実を受け止めろ。俺はもういない。だが後悔することはない。SOS団の3年間は確かにあった。存在していたんだ。
続きはずっと話口調で書いてある。
忘れるわけないじゃない…あたしが作ったんだから…
俺は楽しかった。毎日ドタバタしていたが。それでも楽しいことは山ほど経験した。もうお腹いっぱいなんだ。
……
これで書きたいこと全部書いたと思う。さよならだ。ハルヒ。
…そんな…そんな簡単に言わないでよ…
さようならなんて、簡単に返せるわけないじゃない…
 
キョン…あたしは、こんなところにはいられない。キョンのところに行く。
ガチャ、とドアを開ける。体にはまだ傷の痛みが残っているが、軽傷だ。
全然問題ない。
キョンがいるのは…、面会謝絶の札がかかっている部屋。
部屋を一つ一つ確認していく。
…あった。
看護婦さんがそっと面会謝絶の札を外した。あたしはドアを開ける。
いた。
遺族の人、多分お母さん、お父さん、それにかわいい妹。
その中心に、
ベッドの上で、静かに眠るキョンが。
キョン!!!
あたしは叫んだ。
ベッドに飛びかかる勢いでキョンの方をつかむ。
起きなさいよ…いつもあれだけ運動しても倒れなかったのに…
上下左右、いくらゆすっても眼は開かない。
なんで…
もう本当にお別れなの…?
なんで…
なんで…そんなに笑顔でいられるのよ…
あたしなんかを助けて、そうなってるんじゃない…
起きてよ…ねぇ…もう私の我儘なんかに付き合わなくてもいいから…
こんなのって…ありえない…あってはいけないことなの…
涙が、頬を伝う。
あたしは、キョンに、いつかのような…キスをした。
まだ温かい、唇。
真っ白な視界のフラッシュバック。
腕を伸ばし、思い切り、キョンを抱きしめた。
「…誰のいたずらだろうな。」
!?
抱きしめ返され、あたしも、遺族の人も、驚愕した。
心臓の鼓動が聞こえる。キョンだ。
戻ってきた―――
俺としたことが。まさか戻ってこれるとはな。本当にすごいやつだ。ハルヒ。
どうすんだよ、俺のお別れの挨拶。
まぁ、そんなことどうでもいいんだがな。
どうやらまだ、SOS団は解散できそうにない。
「やはりポニーテールが一番だぞ、ハルヒ。」
………馬鹿キョン…
 
終わり。