涼宮ハルヒの進路 (130-240)

Last-modified: 2010-07-03 (土) 23:44:42

概要

作品名作者発表日保管日
涼宮ハルヒの進路130-240氏10/07/0210/07/03

 

作品

高校になって2度目の冬。
春先に起きたドタバタもループしそうになる夏もハードスケジュールな
文化祭もこなし季節は気温低下を伴って年末進行を加速させていた。
 
コートを羽織だした生徒も多く俺も早速ねずみ色のコートを
着て学校への登山にいそしんでいる。
 
そうこれはいつもの登校風景。油断していたわけではない。
しかし事態は既に始まっていたらしい。毎度の事だけどな。
 
 
 
「よう」
 
「おはよう」
 
教室では俺より早く登校したハルヒが席に陣取っており
朝の気の抜けた挨拶の後に自分の席に座った。
期末試験も近く対策に苦慮しているが、ハルヒの実にありがたい
フォローのおかげで中盤以上の成績を確保できそうな様相である。
実に長い授業も終えようやく放課後だ。振り返ればハルヒはもういない。
何か企んでいる事は百も承知だ。何より年末のキリスト文化圏由来の
一大メインイベントがある。今年も鍋か?
ノックの後部室に入室する。どうやら全員勢ぞろいのようだ。
 
「キョン君。こんにちは。お茶で良いですか?」
俺は朝比奈さんに対し断った記憶がない。
 
「やあ、ご機嫌如何でしょうか?」
俺に太鼓もちして何の意味がある?
毎度毎度の面々だが、ここが俺の居場所だ。昨年の今時分の経験に
おいて俺はこの場所を離れるつもりもなく、実に平穏に来年もここに
入られる事を希望していた。
 
「・・・・こんにちは」
 
ん?誰だ?
いや、長門に決まっている。長門の声だったからだ。
長門の方に目線を向けるが、そこにはいつもの長門が居たのみだった。
分厚い図書を膝に置き読書を敢行している。
気のせいか?
 
「キョン君。どうぞ」ありがたい朝比奈さんのお茶である。
早速息で冷ましつつもありがたく頂く。おいしいですよ。
「うふ。ありがとう」
実にいい。
 
 
朝比奈さんはもちろんハルヒ達三人にも熱いお茶を配っていた。
ハルヒは「ん」と横柄に
古泉は「ありがとうございます」と殊更丁寧に。
長門はいつものように・・・ではなく
 
「ありがとう」
か細い小さな声を胸から絞り出すようにして朝比奈さんに頭を
下げお礼を述べていた。本をテーブルに置き熱い湯のみに恐る恐る
手をだしていた。そう普通の女の子のように
事ここにいたって異常事態を認識した。
改めて長門を観察する。眼鏡はつけていない・・・
しかしひざ掛けをしており、ふうふうと息を吹きかけながら
ゆっくりとお茶を飲んでいた。
眼鏡以外はあの世界、消失した世界の長門そのものだった。
 
ぐらっと脳に衝撃を覚えた。自分の世界を一気に消失したあの世界。
去年の今頃に感じた恐怖は今でも覚えている。そして取り戻した世界を
守り通したこの一年。しかしまたか?
 
去年との違いはまだ余裕がある事だろう。パソコンは昨年入手した当時としては
最新機種のあのパソコンだし、その向こうで悪巧みしているハルヒの髪も短く
北高生のハルヒだった。朝比奈さんは俺を見て微笑んでくださるし、古泉は
どうでもいい。長門だけなのか?おかしくなったのは。
 
下校の時間が迫り異常事態を再認識する言葉を発したのは古泉だった。
「閉鎖空間ですか?」
 
 
帰り支度で朝比奈さんの着替えを待っている間、古泉に最近の様子を聞いて
返ってきた答えがこれだった。
「どのような字を書きますか?」おい、冗談はよせよ。
 
「俺をからかっているのか?」
 
困ったような顔で
「僕があなたをからかう分けがないでしょう。その必要がありませんからね」
俺は黙る。こいつがこの件でボケる必要がないのは重々承知だ。
無駄な追求で事態を悪くする必要は無い。よって確認すべきはもう一人の
人物だ。
 
「隣良いでしょうか?」
下校の途中で朝比奈さんに声を掛ける。
少し驚いた朝比奈さんであったが、にっこりと微笑み隣に立つことを許して
くれた。ハルヒは長門に一方的に話掛けており、古泉は如才ない笑み
(寒そうではあったが)を浮かべて共に下校していた。
 
なるべく小さな声で
「朝比奈さん。最近未来と交信できていますか?」
ここで期待した答えは”禁則事項です”だ。が
「交信・・・ですか?なにかパソコンか何かでしょうか?」
求めていない答えだが想定の範囲でもあった。
もういい。これで俺は確信する。3人が俺を騙したり嘘ついたりする理由は
無いんだ。つまり3人の持つ属性がまるで消失しているんだ。
長門は五感を敏感に感じる普通の女子。朝比奈さんはタイムトラブル
しない愛らしい先輩で古泉は解説しかのうのないにやけイケ面になった
だけだ。
 
ハルヒは?
 
思ったことを実現させる反則無比な能力を持つ女
これにより閉鎖空間に誘われミクルビームが俺を狙い
終わらない夏で奔走する俺たち。
それがないのか?
確かめる術はない。
しかし態度だけはいつものハルヒそのものだった。
 
 
俺は思考の海に沈む
「今度は誰の仕業だ?」
元の世界に戻れるのか?。だとしたらその方法は?期限は?
 
・・・・・・・・・・・・・
 
 
その日の晩、シャミセン相手に会話ごっこを試してみたが
もちろん無理だった。なにせ普段も喋らないからな。
翌日早く登校する。安眠を貪るのは元に戻ってからでよい。
向かう先は部室
 
さっそくいつぞや長門から借りた分厚いSF小説”ハイペリオン”を
取り出し中に入っているだろう物を探すが、振ろうがひっくり返そうが
”栞”はでて来なかった。2度もヒントはくれないか・・・
パソコンを起動する。瞬く間にログイン画面となり期待した長門からの
通信は無かった。3度もヒントはない・・・
SOS団のしょぼいホームページを確認し、お目当ての「Mikuru」フォルダも
あった。各人が書いた文芸誌の原稿もそのままで何も変化はなし!
 
俺はどうすればいい?
ここには既に5人が揃っている。
9組のクラスはあり、光陽園学園は女子高だ。
朝倉も転向済みでここにはいない。
 
 
違うのは2点
ここには宇宙人未来人超能力者はいない。これが一点目
2点目は俺の携帯の履歴でうっすらと分かりかけていた。
 
 
 
「キョンよ。最近嫁と上手く行っているのか」
あほの谷口が一時間目の休み時間にいきなり喰って掛かってきた。
上手く行くも行かんもハルヒは俺の嫁じゃない。
お前こそ人の心配をしている場合ではなく、打率の低いナンパの方法を
見直してだな・・・て何だ?
 
「喧嘩しているのか?涼宮と?」
喧嘩なんぞはしていない。
 
「お前が涼宮に告るなんて、予想外だったな。まあせっかくカップルにな・・・ぐええ」
俺は谷口の胸倉をつかんで吊るしあげていた。こんな事をしても罪悪感が出ない所が
谷口の良いところだ。
 
「俺が?ハルヒに告白?カップル?・・・・いつの話だ?」
 
「お、お前・・・」
谷口が俺を憐れみの目で見る。お前に同情をもらう事は万に一つもない筈だが?
「告白を後悔しているのか?同情はするがもう遅い。2週間前だっかかな?」
俺がハルヒに告白をし交際を申し出たのが2週間前らしい。
 
とうぜん俺自身は知らない事だ。
「でもな。お前らが付き合っているってたって、見た目は普段と一緒なんだ。
 少しは進展したか?おっと清き男女交際でいてくれよ」
谷口に拳骨を食らわせ情報収集は終了した。
「今度は礼はなしだ」
「?」
 
どうやら俺とハルヒは付き合っているらしい。
ただしベタベタにくっ付いている分けでもないようだ。
携帯のメールの履歴を見ても情報交換程度で好きだ愛しているだの類はない。
ただ2回の日曜日両方ともデートをしているようだ。
俺がリードしてデートをした形跡がある。
 
ハルヒが恋愛?
俺が恋愛?
 
理解ができない。
精神病の一種や、麻疹の類で済ませていた恋愛だ。
なぜ俺はハルヒに告白をしたんだ?
 
嫌。それが嫌悪感を持つ行為ではない事は百も承知だ。
逆にハルヒに告白した俺自身を今の俺が羨ましく感じているぐらいだ。
ただ気づかなかった気持ちを俺の知らない2週間前の俺が教えてくれたようだ。
まだ・・・まだ認めないがハルヒに告白した俺を俺は理解してやろう。
 
問題は俺じゃない。
ハルヒだ。
 
俺の告白でハルヒがそれに答えた?
たしかに中学時代のハルヒは交際をすべて受け入れていた。
それと同じなのか?
しかし普通度合いでいえばオリンピック級の俺だ。ハルヒのお眼鏡に適うわけがない。
とすれば本当に俺のことが・・・・・・・・・
 
 
 
突然俺を襲った「普通」の世界。ハルヒと交際する現実ではそうそうありえない
しかし心のどこかで喜んでいるこの事実。二つのダブルパンチが俺を襲う。
 
「どうすればいい?」
 
考える方向性も掴めない。
 
=ジョン・スミス=
 
俺のたった一つの切り札。
消失の世界で俺を救った一言。
今回もそうであって欲しいが、俺はその手札を使いたいかどうかすら
分からない。今度のこれが何者かの精神攻撃だとしたら、いい具合に
ダメージを受けている事を認めてやろう。
 
この世界はまんざらでもない・・・・
 
 
「キョん!何ぼーっとしているの?」なんだ?
今日は交際3週目の日曜日らしい。
 
午前は俺の家で勉強。お昼を家で食べて昼からお出かけデートと
なっている。そして晩御飯前にそれぞれの家に帰宅と優等生カップルな
プランニングだった。
ハルヒが作った問題集・・・これが実に絶妙にやり応えがある難しさで
解いた後は完全に問題を理解している俺専用ドリル・・・をこなしていた
最中呆けていたらしい。
 
「す、すまん。昼から楽しみだな」
 
「バカ!ちゃっちゃと解きなさい!こんな問題5分よ。5分」
照れたら怒るのがハルヒらしく、まさにハルヒだった。
 
5分で片付けても残った時間も勉強なら当初の時間通りに片付けるまでだ。
昼ごはんの時間ちょうど問題集が終わった頃だった。
お袋が俺とハルヒの名前を呼んでいる。お昼ごはんのようだ。
妹も加わった昼の食卓はハルヒの豪快な食べっぷりもあいまって
実に賑やかだった。そこに違和感は一切ない。なさ過ぎる程・・・
 
昼からは自転車に乗ってご近所見学だ。もちろん俺の自転車の荷台に
ハルヒが座る。
 
「え?」俺の声だ。
「なによ?」
荷台に座ったハルヒは俺の腰に手を回し抱きしめていたのだ。
もちろん掴まっているだけなのだろうが、ハルヒの温もりが伝わって
くる。これは初めての経験だった。少なくとも今の俺にとっては・・・・
 
おい。俺よ。俺とハルヒはどこまで進んでいるのだ?
 
 
冬の夜は直ぐにやってくる。
夕方5時では日の光もなく、行きかう人々の顔も暗闇に溶け込んでいる。
公園からは子供達も居なくなり俺とハルヒの二人だけとなっていた。
同じベンチに座り今日の午後の反省会をする。
自転車で回ったコースが陳腐で不思議に逃げられたと主張するハルヒと
最善を尽くした事を証明する俺でたちまち辺りは真っ暗と時間が去っていた。
 
ふいに訪れる。沈黙
 
辺りは誰もいない。俺たち二人のみだ・・・
 
お互い向かい合う俺とハルヒは黙って見つめあっていた。
不器用にハルヒの手を求め握りしめる。
 
「ハルヒ・・・・・」
 
突き動かされるようにハルヒに口付けをしようとしていた。
ハルヒもそうあるべく目を瞑り待っている・・・・
お互いの唇が触れ合う瞬間!
 
 
 
<<俺はハルヒに告白していない!>>
 
 
 
余計な思考だったに違いない。俺はハルヒにキスをする手前で
止まっていた。ハルヒのもその動きに気づき
 
 
「あんた何か変ね。いつものキョンと違うみたい?」
 
そうさ。お前の知る最近の俺ではないさ。
 
「俺はジョン・スミスだ」
 
「な、何?」
ハルヒは事態を理解できていない顔で俺を見つめる。
「ジョンって?・・・・・4年前・・・の?」
 
そうだ。中学一年の北中でお前は夜の学校に忍び込んだ。
 
「その際、女の子を背中に背負った男が居た筈だ」
 
ハルヒの顔は呆けた顔から怒り顔に変化していく。
 
「お前はそいつろ一緒に校庭に絵を書いた筈だ?」
 
「ジョン・・・」
 
「その絵は”あたしはここに居るから早く出て来なさい!”と」
 
怒り顔のハルヒはさらに一転し暗く沈み込んだ。
 
「・・・・帰る」
 
予想外の反応だ。
あの世界のように突っかかってこいよ・・・・
 
「お、送ろうか?」
 
「いい・・・」
ハルヒはそのまま緩やかな坂を配り苦楽園の方、ハルヒの家に
帰っていった。俺は一人取り残される。
 
どう考えればいい?
校庭で宇宙人向けに絵を描いた過去はないのか?
それとも興味もないのか?
 
最後にして唯一の切り札も無効だった予感がする。
この世界を受けいれるしかないのか。俺は?
・・・・・・・・・・・・・・・・
 
翌日
 
「キョン君、いるかい?」
鶴屋さんだ。何でしょう?
「キョン君から預かっている例の不思議オーパーツだけどさ・・・」
 
翌日ハルヒは学校に来ていなかった。
代わりに鶴屋さんが休み時間に俺の教室を訪れ最初の言を述べていた。
 
「説明してもなんだからさ。今から一緒に見て貰いたいんだ」
授業中ですよ。いいんですか?
鶴屋さんはにっこりと
「気にするな。少年!善は急げとえらい人が言ったのさ。行くよ?」
 
ハルヒも居ないし俺はそのオーパーツとやら見に行くことにした。
オーパーツ・・・それは俺と朝比奈さんと”鶴屋山”で見つけた銀色の乗り物のような
物体のそれがオーパーツと称されていた。
 
驚いた。浮いている。空中にぽつんと浮いているのだ。
いつからこうなってましたか?
 
「昨日の夕方からだってさ」
ハルヒに自分がジョンスミスだと独白したその時間と一緒なのか?
 
「これって陶器製だった筈だよね。時代的に陶器の焼き物がない筈で
考古学者もびっくりの筈だったのにさ。いつの間にか銀色の金属になって
いたから驚いたわさ」
 
明らかにこの世界のテクノロジーではないその物体は
種も仕掛けもなく空中に浮いていた。
突然浮き始めたので、防犯センサーが働いたらしく鶴屋さんがその一報を
受けたって寸法だ。
 
俺は銀色のそいつに手を伸ばす。
銀色のそいつに触れたや否や目の前に大人の女性が現れた。
派手なフラッシュも無ければ、何の音もせず、ふっとその
女性は俺の目の前に立っていた。
 
「え?」っとは俺。
 
そこにいたのは朝比奈さん(大)だった。
 
「キョン君?」
 
朝比奈さん自身も驚いた顔をしていた。
腕時計を見ている。電波時計だったっけ?
 
「なるほど・・・・分かりました。そういう事ね・・・」
何やら承知した態度でうんうんと頷いていた。
 
朝比奈さん(大)がここに居るという事は事態打開のチャンスが
あるという事だ。俺は安堵しながら朝比奈さんに
 
「この状況分かりますか?」と尋ねた。
 
朝比奈さん(大)曰くここは不思議がない世界で、本来は時間跳躍すら
許されない世界らしい。ここに自分がいられるのはこの石のおかげ。
涼宮ハルヒの影響を受けない唯一の物質
俺がこの石を持つことによりその特性が発揮したらしい
ジョン・スミスである事を明かしたことも条件の一つだったのだろうか
 
「キョン君。戻って貰いますか?」
 
希望していた言葉を朝比奈さん(大)は仰ってくれた。
おそらく普通の世界になっていない時間に戻り世界を再修正するのだろう。
戻った先に長門がいることは疑いない。
 
 
「キョン君。あのさ、この超絶美人だれさ?みくるにそっくりだね?お姉さん?」
ああ、鶴屋さんも居たのだったな。彼女に事情を説明する。突出した理解力の
ある鶴屋さんはどういう事か俺の説明に納得し朝比奈さん(大)の周りを
くるくると廻って眺めていた。
「美人になったねえ。みくる?うひゃあ、何この胸!」
「つ、鶴屋さん。止めてくださあいいい」
背中に回り朝比奈さんの胸をもみしだいていた。普段からこんな事を
していたのだろうか?
 
 
俺は携帯の蓋を開ける。もちろん電話を掛けるためだ。
 
「ハルヒ」
 
「キョン?」よかった。電話に出てくれたようだ。
 
「ハルヒ。今から面白い物を見せてやる。5分で来い!」
場所を教えて即座に電話を切った。
来るかどうかは分からない。
だがこちらの世界のハルヒにもう一度会っておきたかった。
 
来いよ。ハルヒ
 
 
さすがに5分は無理だったが、それでも一時間でハルヒはやって
来た。それも長門たち3人を連れて
くしくもSOS団5人が揃った分けだ。
 
オーパーツを保管した部屋に入るなり怒り顔のハルヒがたちまち
喜色全開の顔を成し所謂100Wの笑顔となった。
 
「キョン。何これ?浮いているじゃない!!」
 
ハルヒはオーパーツの下や上に手を伸ばし仕掛けがない事を
確かめて歓声を上げていた。そして朝比奈さん(大)にも気づく
 
「みくるちゃん?」
 
「お久しぶりですね。涼宮さん」
朝比奈さん(大)は自分を隠そうとはしていなかった。
確かにこの世界は消失する。ばれても問題はないのだ。
・・・・少し複雑な気分だが。
 
 
「みくるちゃん・・・育ったわね」
長身の朝比奈さん(大)を見上げながら感心していたが、どういうわけか
鶴屋さんと同じく背中に廻り胸を揉みあげていた。
やめて下さい~って返事も同じだった。
 
今の状況をみんなに説明する。するとやっぱり出てきた薀蓄野郎が
「おそらく涼宮さんはその情報改変能力を使って全世界から超常現象を
すべて無くしてしまったのでしょう。それでもやはりと言いますか、最後の
決定権はあなたに任せたかった。」
こっちの古泉も解説したがりのようだった。
 
「その為には帰還の方法を提供する必要がある。そしてその帰還は時間跳躍に
よる現時間からの脱出。つまりタイムトラベラーである朝比奈さんをコールする
必要があった。そしてそのためのキーは、朝比奈さんとあなたとの共通問題で
あるこの石・・・」
長々と憶測を口にしていたが、確かに筋が通っていた。
後で長門に聞いて答え合わせをしてやろう。
 
わいわいと不思議現象を観察するSOS団。
元の世界では絶対味わえないこの空間
不思議を堪能するハルヒをいつまでも見ていたいが、時間はそのまま進んで行く。
そう。別れの時間に向かって
 
朝比奈さん(大)とオーパーツから離れたハルヒは俺と向き合う。
 
「向こうの世界では不思議で一杯なのね」ああ
「でもあんたとあたしは恋人どうしでないんでしょ」ああ
 
「俺、ここに残ろうかな?」
 
「ダメよ。キョン。あんたは戻りなさい!」
 
不思議があってもお前は知らないんだぞ?
「いいわよ。その代わりすべて終わったら元の世界のあたしに
すべてを報告しなさい」
何で早く言わないのよって怒られるシーンが今から想像できる。
勇気の総動員が要るな。
 
 
「キョんく~ん」
少し半べそな朝比奈さんは
「あの、・・・お願いがあります!」
なんでしょうか。あなたの頼みならこちらから聞いてみたいですね。
朝比奈さん(大)を指差しながら
「向こうのわたしに言って下さい。私は将来こんなに背が伸びて、
 たくましくなって・・・・・その・・・・・・美人になるからねっと」
絶対に叶えてあげたいが朝比奈さん(大)が俺の両手をつかんで
ぶるぶると首を横に振っていた。
「だめのようですね」
朝比奈さん(小)はにっこりと笑って後ずさった。
「僕からは特にありません。超能力で神人と戦うのでしょ?
 これ以上望むものはありません。たぶん大変だと思いますが・・・」
その言葉をそっくり伝えてやるよ。楽しめよ?
 
次は・・・
「・・・その、ん、うん。キョン君」
消え去りそうなその声の持ち主の長門はうつむきながらも俺の
袖を掴みながら
「向こうでも、時々家に遊びに来て・・・」
それだけで良いのか?
こくっという僅かな首の傾けで肯定した長門は何歩も後ろにさがり
俺から離れた。もっとこいつと話しをしてみたかったな、
ああ、もちろん遊びに行ってやろう。お土産も必要だな。
鶴屋さんとも目があったが、
「いいっさ。いいっさ。向こうでもあたしはみくると友達なんでしょ?」
ええ。
鶴屋さんは目線をハルヒに向ける。
俺は再びハルヒと正対する。
 
「ハルヒ」
 
暗い顔をしていたハルヒだが、顔を上げた時にはにんまりとした
笑顔で力強く俺に命令を下した。
 
 
 
 
「元の世界でもあたしを恋人にしなさい!」
 
約束するよ。
 
「その代わり俺を振るなよ?」
「保証は出来ないわ」そうかい?
 
 
 
俺とハルヒはこの世界で最初で最後のキスをした。
 
 
 
 
鶴屋さんを含めた5人が俺たちを見守る。
今度はゆっくりと彼ら5人を眺める余裕があった。
別にさよならって分けではない。どうせまた会えるのだ!
 
 
「またな」
 
 
朝比奈さん(大)が俺の肩に手をかける。
瞬間の暗転。気分が悪いのもいつも通りだ。
 
・・・・・・・・・・・・・・
 
・・・・・・・・
 
・・・・
 
「ここは・・・・」いつもの公園だ。
長門のマンションに行くのだから直行して頂きたいものだが
「ごめんね。キョン君。今でも苦手なの」
二人の親睦会でも開いてあげるべきか。まあそれは良いとして
今は何時です?
 
「世界が変わった日から数えて2週間前ね。午前11時ぐらいかな」
2週間前の天気なんて覚えていない。少し前から寒かったし日が暮れるのは
はやい。俺も電波時計を購入すべきか?
 
長門のマンションは目をつぶって後ろ向きに歩いても到着する事ができる。
なな、れい、はち。鐘がなる。
 
「・・・・・・」
居た。
 
「ああ、俺だ。また世界が変わった。そこから立ち返って来たんだが、ドア・・・」
すっとドアが開く。
最小の説明で済むのが長門の良いところだ。もう少し聞いて貰いたいが。
 
長門は既にドアを開けて待っていた。
長門の家は以前、少なくとも一年前とは様変わりしていた。
例の熱で倒れたときにハルヒが看病した際、家庭用物品を大量に搬入
していたのだ。観葉植物やのれん。カーペットにハルヒ特製のヘタウマ絵の額縁
実ににぎやかだ。これぐらいがこいつには良いだろう。
 
「お茶」
運んできたティーカップもみんなで買ったものだった。
勝手な主観だが、長門は今の状況を満足していると思う。
今回の犯人は長門ではない。
俺と朝比奈さん(大)、長門でテーブルを囲う。
 
 
「今度は私ではない・・・」
疑ってないって。
 
「今から2週間後、世界の物理法則が改変される」
 
長門の説明ではこうだ。
人類が普遍的に体験している物理法則。時間移動は出来ないし
物質は自在に変化しないし、人が赤玉にはならない世界
本当はそれがある世界だが、それがない世界。「普通」の常識の世界に
改変される。その世界を作ったのは・・・・
 
「涼宮ハルヒ」
 
まあ、だろうとは思っていたよ。
それにしては変だ。
あいつはそれと真逆の世界を望んでいた筈だ。
そう一年の最初、俺を巻き込んだ危うくの新世界。そんな世界の筈だ。
 
「鍵は今日」
今日?
 
「学校であった事を思い出して」とは朝比奈さん。
 
まったく思い出せない。ひたすら唸っていると長門が出かける準備を
始めた。どこ行くんだ?
 
「あなたも一緒」
朝比奈さんも立ち上がっていた。玄関に向かう。
玄関口に3人は狭い。俺的には問題ないが・・・すまん。
 
世界が暗転する。しかし余り気分は悪くない。
気がつくと俺はとにかく驚いた!
 
「ハルヒ?俺?」
 
何とここは教室だった。廻りを見るとクラスメートがほぼ全員いる。
しかし誰も俺たちの出現に気がつかない。長門を振り返る。
 
「不可視、遮音スクリーン展開済み」なる程ね。
 
 
 
ここに来た以上今ここに世界改変の原因があるのだろう。
俺は俺とハルヒのやりとりに注目する。
 
 
「へえ。キョンはこの大学にするんだ・・・」
 
「そうさ。これぐらいだと丁度良い。浪人なんてまっぴらごめんだからな」
 
ああ、進路調査の話か。クラス替えもあるのだろう、本来3年で調べる
前段階として予備的な進路調査があった。そこでおれは知っていて何となく
いけそうな大学を記入していた。ハルヒのそれとは雲泥の差があるだろう。
それがどうかしたのか?
 
鐘がなり授業が開始される。
ハルヒの様子がおかしい。
不安を前面に出した青い顔をしている。どうしたってんだ?大丈夫なのか?
 
「涼宮ハルヒは現在恐慌状態に陥っていると思われる」なんでだ?
 
「・・・・・・・・・・・・」
久々にみる液体ヘリウムの目だ。
「キョン君。涼宮さんはあなたと一緒に居たいの分かりますか?」
朝比奈さん(大)も怖い顔をしている。
「今、この瞬間、涼宮さんは現実を見せつけられています」
現実?
 
「そう、いつまでもこの楽しい時代は続かないと、また元の・・・そう中学時代のような・・・」
 
「そんな馬鹿な。あいつだって学んだ筈だ。もう中学時代のあいつじゃない!」
 
「そうです。でもまだ駄目なの・・・まだ」
 
「これが原因で「夢」の世界の破壊を実行する事となる」
長門がセリフを受け継いだ。
 
「我々、統合思念体を含む宇宙人的存在。時空移動者、異能力者を排除・・・」
 
「そして「普通の恋愛」を望んだ。そうまるで・・・」
普通の高校生のように。
 
「キョン君。でもあの世界のあなたたちの関係は全くの作りものの世界ではないの!」
朝比奈さん(大)は少しだけ声を張り上げ、そして長門は小さな声で
「世界改変の瞬間、あなた、そして涼宮ハルヒの気持ちを少しだけ素直にし、改変した」
修正した過去記憶情報はその日よりさかのぼる事2週間。そこからハルヒと俺は
恋人関係となっているとの事。
 
「はははは」
 
何て馬鹿野郎だ。
ハルヒも
俺も。
 
俺の進路如きで変な現実に戻るなってんだ。
それと無神経な調査回答をした俺。
今すぐ、教室で授業している俺とハルヒの頭に拳骨を食らわしたくなってきた。
 
「朝比奈さん。長門。元に戻す協力してくれ!」
朝比奈さんはにっこりしながら頷き、長門は無言で頷いた。
 
世界の再修正は例によって、ハルヒの世界改変の後に実行する事となった。
時間の流れが何となく分かってきた感じがする。これ以上ない実地訓練だからな。
 
そこからは割りとあっさりだった。
再改変は帰った長門のマンションで、俺が気がつく前に長門が実行し終えていた。
 
「え?終わり?」
「そう」
さっぱり分からん。
まあ朝倉が飛び出してくるよりよっぽどましだ。
 
で俺はどうやって帰ったらいいのだ?
今はハルヒの世界で言う、5人とお別れした時間プラス30分ってところだ。
 
「そのまま家に帰れば良い」
簡単で良い。ベッドで睡眠三日はもうやめてくれよ。
 
翌朝俺はさっそくする事がある。
進路調査にもう少し、いや結構背伸びした大学に書き直す事と
 
あいつとの約束である・・・
 
 
「ハルヒ。話がある」
 
 
 
end