激烈で華麗なる一夜 (77-798)

Last-modified: 2008-01-24 (木) 22:41:54

概要

作品名作者発表日保管日
激烈で華麗なる一夜77-798氏08/01/2408/01/24

作品

学校生活の行事としては、文化祭などと並ぶ大きなものだと世間一般に思われているんだろうが、俺がそれを特に刺激的なものだとは思わなくなったのはどうしたことだろうね。
「修学旅行なんてありきたりだわ。つまんない。」
俺の隣でそうほざくのは誰あろう、涼宮ハルヒである。まあそう言うとは思ったけどさ。
だがしかし、昼間さんざん俺の腕を引っ張って好奇心満点であちこち駆けずり回っていたのはどこの誰なんだろうね。俺の目にはこれ以上ないくらいに楽しんでいるように見えたんだがな。
「そりゃ楽しいわよ。でもありきたりなのよね…なんて言うの?たとえば突然未確認生物に遭遇するとか、誰か忽然といなくなるとか、ホテルの密室で大事件が起こるとか…」
頼むからそんなこと願わないでくれよ。軽い冗談なのかもしれんが、お前の場合それが実際に起こりかねん。
特に後の2つは勘弁してもらいたいね。と思ったのだが、言わないことにした。
ところで…俺とハルヒは今ホテルの一室で二人きりである。おいそこ、顔がにやけてるぞ。何の妄想をする?
俺は何もやましい事なんて考えていないし、そもそもハルヒがこの部屋に乱入してきたのだ。
 
宿泊所のホテルの部屋割りは3人ずつで、俺と同室のうち国木田は他の部屋で他のメンバーと談笑中、谷口は部屋の風呂では物足りん、と大浴場に行っているところだった。突然ノックもなしに入ってきたやつがいた。
改めて言う必要もないだろうが、ハルヒだ。
「おいハルヒ、ここは男子の部屋だろ?それに部屋のやつらはどうした?」
まさか夜這いじゃあるまいな、と俺の脳内人格の一人がモノローグでそう呟き、もう一人がそれを思いっきり掃き捨てる。何考えてんだよ、と。
「ほかのやつはみんな寝ちゃったわ。暇だからここに来ただけよ。何?変な期待でもした?」
その疑念は半分当たっている…というか俺、そんな分かりやすい顔してたか?まあいい。それにしても、暇だったら男子部屋にノックもなく入ってくるのか。俺が一人でボーっとしていただけだったからよかったものを、もう30分早く来られていたらまずかったな…っと、この話はここまでだ。何でもないぞ。
「あんたも暇そうね…そういや、あいつらは?この部屋でしょ?」
「ああ、国木田なら他の部屋に行ってていないな。谷口の方は大浴場に行っているところだから、しばらくは帰ってこないだろ。」
「ふうん…」
そう言うと、ハルヒはうれしいのか退屈なのか判断しがたい表情になった。何なんだろうな、もう少しなんか話してくれないと色々と気詰まりなんだがな…俺は特にやりたいことが見当たらなかったので、とりあえず手近にあったリモコンでテレビのスイッチをつけた。
画面では二流ドラマが実にありがちな展開で繰り広げられていた。別に見たいとも思わなかったが、他にすることも思い当たらないのでそれを見ることにした。まあしかし、先ほど「二流」と言ったことも後悔するほどに三流ベタベタな展開になってくると流石に忍耐強く見る気も失せてしまい、やれやれと俺はテレビを切った。
一応は見ていたハルヒも一切抗議をしなかったので、テレビ視聴は全会一致で中止された。そして冒頭の会話に戻るわけである。
 
ハルヒの言う通り、俺もこの修学旅行はありきたりでそこまで刺激は感じなかった。楽しいことには楽しいが、なんというか普段のSOS団の超常的な活動に比べると物足りないものがあった。いやはや、こんなにもハルヒと意見が一致するともはや笑うしかないね。はは。
入学したばかりの頃は、俺以外、いや俺も含めてか。クラスメートを全く寄せ付けない雰囲気を放っていた
ハルヒも、阪中の一件で分かり始めたようにクラス内でそこそこ他のメンバーにも打ち解け始めていたのは事実だ。実際、この旅行中もハルヒはかつてからは想像できないほどに楽しそうだった。俺だってクラスで話す相手がハルヒ、谷口、国木田、阪中だけなんてことはないから、実質2年間丸々同じクラスだった面子との旅は色々な発見もあって楽しいものだった。しかし何度も言うが、格別に楽しんでいるわけではないのは、もう色々な意味で俺は病気なのかもしれない。SOS団病とか、ハルヒ病とか、そんな名前のな。
立派な精神病患者だ。やれやれ。
 
どれくらい静かな沈黙が続いたんだろうな。ハルヒとの沈黙が続くと疲れるぞ。いやほんとに。
「…暇ねえ…」
ようやく口を開いた。他に言うことはないもんか。
「だったら帰って寝たらどうだ。明日最終日だろ?疲れちまったらもったいないぜ。」
別に追い返すつもりはないんだがな。ただずっとこの沈黙が続くなら俺も寝ちまいたい。
「あんまり眠れないのよ。そうでしょ?旅行中のなんていうのかしら、独特の高揚感があると眠れないわ。このまんまじゃ…」
そうか、まあそれは俺もそういう経験はあるが、さて「このまんまじゃ」ってどういう意味だ?
「眠れなくても横になるだけでもある程度疲れがとれるぞ。俺もそろそろ寝たいし、今夜はもうお開き、な?」
何もやってなくて何がお開きなのか、という突っ込みは抑えておいて、俺としても谷口辺りが帰ってきて盛大に誤解を受けたりはしたくないからそろそろ帰ってもらいたい。
「このまんまじゃ眠れないわよ!」
ハルヒは俺に何か言外のニュアンスを込めるように声を少し荒げた。
「だから何が…どうすれば帰ってくれるんだ?」
「だから…」
ハルヒはそう言うと少し静かになり―後から思えばこのときに俺は態勢を整えとくべきだったんだな―そして唐突に飛び掛ってきた。
「こうすんのよ!」
 
…何があったかって?ハルヒは短距離走選手もびっくりの瞬発力で俺に飛び掛ったかと思うと、そのまま俺をベッドに押し倒した。おいこら、この痴女が!
ハルヒは俺を押し倒したものの、それ以上何もしないで…よく見ると顔を紅潮させているようだった。
何だ何だ?妙に閉鎖的な室内で発情でもしたのか?まて落ち着け、俺。何を考えているんだ、何を勘違いしているんだ、俺。まだそんな心の準備など出来てないぞ…ってますます何考えているんだ。
だがハルヒはあながち俺の勘違いでもないようなことを言い出した。
「キ…キスしてくれたら帰ってやるわよ。だから…さっさとしなさい。いつ誰が入ってくるか分かんないわ。善は急ぎなさい!」
た…頼むからいたずらに俺のいたいけな心と親切な突っ込み心を動揺させることを一度に言わないでくれ。
お前はなんて言った?「キス」?それは食用の魚であるあの…じゃなく、俺が考えるべきはそんなことじゃない。そこまで俺は空気が読めない男じゃないはずだ。しかし、ハルヒは…本気なのか?
「お前…正気か?」
「あたしが嘘なんて言ったことある?いつでも本気よ。早く…恥ずかしいんだからさっさとしなさいよ。」
ハルヒの双眸を見ると…確かに本気としか思えない。2年間こいつに付き合ってきた俺が言うんだから間違いない。俺はというと、ハルヒの言うところの「旅の高揚感」やら深夜の眠気のせいだろう、いやそうとしか思えない。
ハルヒの言葉をそのまま飲んで、上半身を起こすとハルヒの背中と後頭部に両手を回し…
 
キスをしてしまった。
 
あれこれ言い訳したいがここは控えるとする。正直言わせてもらおう、ハルヒの唇の感触がたまらない。
マナーに則って目を閉じているからハルヒの表情はうかがえないものの、直前のハルヒの紅潮した表情は…
いやはや、こんなことを考える俺は本当にやばい精神病なのかもな。
ハルヒの方も俺の背中に手を回して、俺を強く抱きしめようとした。そうなるとだな、必然的にあの膨らみが密着するわけであり…ああちくしょう、情熱を持て余す。
それがなんだか無性に気持ちよく…俺は油断しちまっていた。この後あんなにも後悔することが起こるとは…
それは突然やって来た。俺とハルヒの口付けがどれだけ続いたか、そろそろ俺の理性の堤防が大決壊を起こしてハルヒの口の中に舌でも絡ませようかというほどに悪ノリをしようとしたときだった。
 
「ふう~いい湯だった。しっかし参ったぜ。みんな同じこと考えて結構混んでたからな…って...!!」
 
「「あぁ…!!」」
 
突然だが状況を整理しようか。
Q:外部から見て室内には誰がいる?
A:俺とハルヒの二人だけだ。
Q: ここはどこだ?
A:ホテルの一室である。ちなみに深夜だ。
Q:俺は何をしている?
A:ハルヒと抱き合ってキスしている真っ最中だ。
Q:谷口がそれを見たら?
…要するに一番目撃されたくないやつに一番まずい瞬間を見られてしまったことを改めて言うこともないだろう。早い話が、あの愚かなる同級生に俺とハルヒのキスシーンを目撃されてしまったのである。
 
「あ゛…」
「え……」
「ちょ…」
 
気まずい静けさが漂う。
俺とハルヒから返す言葉もない。なにしろ思いっきり唇を重ね合っていたのは紛れも無い事実であり…
 
「す…すまん!!邪魔したな。ま、まさかお前らがそこまで…悪い、そんなつもりじゃなかった。ご、ごゆっくりぃぃー!!」
 
………………
この三点リーダは俺とハルヒのものである。ええとつまり、俺はハルヒとキスを交わしたところを谷口に目撃されたわけであり…
なんつーことをしてくれちまったんだ。扉が開け放された部屋を静寂が包む。頼むからなんか言って場を取り繕ってくれよ。誰か。
「…迷惑だった?」
先に口を開いたのはハルヒだった。ええと、そりゃ谷口にモロ見られちまったわけだし、迷惑じゃないといえば明らかに嘘になるな。だがしかし、
「迷惑といえば迷惑な結果だがな、別に悪い気はしなかった。」
これは本音だ。他の誰かだったら丁重に断っていただろうな。それが長門だったらキスしたい、したくない以前に深刻なエラーを心配してしまうし、もし朝比奈さんとキスなんてしてしまったら、全校の大半の男を敵に回すことになるだろうからな。
「そう…ならよかったけど。」
「そうか。」
薄暗い部屋の照明のせいかもしれないが、普段よりも静かに話しているハルヒの横顔はいつもより大人びて見えた。それをずっと見つめているとなんだか変な気を起こしてしまいそうなほどだった。
いつもこういう風に奥ゆかしい感じだったら魅力的なのにな…と思ったが当然声には出さなかった。
「と…とにかく、さっきのことは誰にもいっちゃダメよ。も、もし言いふらしたりしたらし…いや、絶対に許さないわよ!わかった!?」
ああ、俺としてもこのことは広めたくない。恥ずかしくて死にそうだ。
「わかった。今回のことは…秘密にしとくぞ。もう帰って寝るか?」
「そうね、そうするわ。じゃあね、おやすみ。」
「あ、ああ。じゃあな。ゆっくり休めよ。」
 
 
パタン、と扉が閉まり、先ほどのムードとは打って変わっていそいそとハルヒは出て行ってしまった。
しかしながら、ハルヒの表情がうれしそうだったのを俺は見逃さなかった。あいつ…いや、俺もだが、お互いに満足できたということなんだろうか、今のは。
「どうしたことかな…」
口が勝手に動き、俺はそう呟いていた。唐突にキスをしてくれ、と言ってきたハルヒ。顔を真っ赤にして俺とキスをしたハルヒ。普段の素行からは想像もつかないようなことをしでかしてくれたハルヒは、一体何がしたかったんだろうな…いや、本当は俺も分かっているのかもしれんが、それが何なのか、となると思考が途端にもやに包まれたようになる気がした。俺は実は相当な臆病者なのかもしれん。
「ま、いいか。」
別に逃げるわけじゃないが、少し気持ちを落ち着けたいな。そのまま寝ようかとも思ったが、少し部屋の外で気分転換することにした。廊下の先のトイレにでも行くかな。
トイレの前に着くと中から何やら聞き覚えのある声が聞こえてきた。
 
「いや、マジで驚いたぜ。何があったかって言うとだな、なんと!あのキョンと涼宮が『愛してるぞ』って具合に抱き合ってブチューってキスしてやがったんだぜ。あれは間違いない。今頃あの部屋では熱々の…」
 
こんな軽率な発言をするやつは他にいないだろう。俺はその口軽く目撃談+妄想話をクラスのほかの男子数名に披露するあの同級生に向かって精一杯の笑顔でもって近づいた。
 
「よぉ…谷口ぃ。相変わらず元気そうで何よりだなぁ~。んで、なんだ、俺の話をしていたようだが、なんか用か?俺なら今暇だからいくらでもお前の話を聞いてやろうかと思うんだが、さて何の話をしてんだ、え?」
 
いつか見たハルヒの引きつった笑みは今そのまま俺の顔に張り付いているんだろう。自覚しながらそういう話し方をしているんだからこれはもう確信犯だ。さあて、目の前のこいつをどう料理しようか。
「あ…あ…キョン…ど、どうしたんだ?すすす、涼宮が待ってんじゃないのか?その、お前の嫁が。俺なんか気にしないで続きを仲良くやってくれよ、な?」
よく言ってくれるな。よほどのMだな、こいつ。
「このやろう、覚悟しろー!!」
「うぎゃぁーっ!!」
 
この後の修羅場は言わなくても分かるだろう。この夜谷口に安息が訪れることはなかったね。
しかしなんとか明日、いやもう日付の上では今日だ。何かしら大きな思い出でも作って埋め合わせないとハルヒの真っ赤な顔と唇の感触と去り際の表情がこの旅の一番の思い出になっちまいそうなんだがな。
別にそれはそれでもいいのさ、と俺の人格のどこかが呟いた気がしたが、とりあえず今は寝るか。
 
…後から言うと全然眠れなかったんだがな。
 
―終―