無題(Disappearance of Yuki Nagato) (73-17)

Last-modified: 2007-12-18 (火) 01:54:59

概要

作品名作者発表日保管日
無題(Disappearance of Yuki Nagato)73-17氏07/12/1807/12/18

作品

高校2年の春。世界が分裂したり分断されたりひっくり返ったりと、宇宙的未来的超能力的イベントの集大成とも言えるあの大騒動以来ハルヒに大きな変化が起こっていた。
 
とはいえ、涼宮ハルヒはあくまでも涼宮ハルヒであり、相変わらずSOS団なる学内未公認団体を引き回し好き勝手に振舞ったり100Wの笑顔を振り撒いていたと思ったら突然どーでも良い事で拗ねたりと外見上は全く変化の無く、今まで通りなんら変わりなく日常を過ごしていた。
それはそれで、ドタバタに巻き込まれつつも充実した高校生活だった訳だが、それはあくまでも外見上のことであり、内面では…恐らく本人も気付いていないだろうがSOS団の根幹を揺るがしかねない大きな変化が起こっていたのである。
 
ハルヒの例の変態的能力はあれ以来すっかり影を潜めていたのだ。
 
古泉もあれ以来例のバイトが無くなったと言っていたし、新たな時間振動も情報フレアも観測されていないらしい。
 
外見上では今までとなんら変わらない生活を送っていたSOS団の面々だったが、俺の知らない裏側では、ハルヒの能力は無くなったのか隠れただけなのか。
宇宙人、未来人、超能力者それぞれの勢力がそれぞれの能力を最大限注ぎ込んであらゆる角度からその命題について調査をしていた…らしい。
 
「らしい」と伝聞情報でしか言えないのは俺は何の特殊属性も持たない平凡な一男子高校生だからであり、ハルヒの特殊能力云々などと言う事は相応の組織なり勢力なりに任せて置けばいいのだ。
 
とはいえ、所詮人類である未来人と超能力者に人知を超越した能力の分析などできるわけもなく、結論は保留。
規模こそ縮小されるものの監視は継続する。という事で落ち着いたようだ。
 
しかし、それで落ち着かなかった勢力が一つだけあった。
唯一人類に属していない勢力。宇宙人だ。
 
彼らの出した結論は「ハルヒの能力の消失」だった。
 
それが何を意味するのか、考えることを俺は拒否していた。
そんな俺たちに非情な現実が突き付けられたのは高校3年の夏のことだった。
 
長門から告げられたその事実は俺たちにとって到底受け入れることが出来ないものだった。
受け入れることは出来ないが、どうする事も出来ない。
俺はそんなジレンマを抱え、己の無力さを痛感していた。
 
ある程度事情を知っている俺たちでも受け入れ難い事実を何の事情も知らないあいつに受け入れることが出来るんだろうか…断言できる。まず無理だ。でも黙っているわけにもいかない。
 
長門はハルヒにも自分から言うと言っていたが
俺が最初にハルヒに伝える事にした。
何故かは分からない。だが、そうするべきだと思ったんだ。
 
 
 
 
2学期が始まってすぐのある日。その日はやってきた…
 
 
 
 
有希が来年の4月で居なくなる。
 
キョンからそう言われたのは夏休みも終わった9月の始め頃だった。
相変わらず笑えない冗談を言う奴。最初はそう思った。でも冗談じゃなかった。
あいつなりにあたしに言う前に色々考えて悩んでいたに違いない。
でも、その時のあたしにそんな事を気遣う余裕は無かった。
 
「あんた、何で有希が居なくなるって言うのに何で何もしないのよ!居なくなっても良いの?」
「良いわけねぇだろ!でも長門が自分で悩んだ末に決めたことだ!仕方ねぇんだよ!」
「SOS団の一員が欠けるなんて絶対認めない!」
「勝手にしろ!俺は知らん!」
 
教室を飛び出したあたしは古泉君の所に向かった。彼ならきっと力になってくれる。そう思った。
でも違った。古泉君の答えははキョンと同じだった。「彼女の決意を尊重します」と。
大学に通っているみくるちゃんに電話しても同じ答え。
皆有希が居なくなって良いなんて思ってないのは声で分かった。じゃぁ何で何もしないの?何もしないで後悔するのは絶対に嫌。
皆が協力してくれないならあたし一人で何とかする!
 
このままじゃSOS団がバラバラになる。でも自分を止める事は出来なかった。
実際SOS団は分解寸前だった。このままじゃ有希もSOS団もみんな失っちゃうかもしれない。
そんな時、あたしは有希に呼ばれた。何度も訪れた有希のマンション。
 
あたしは必死に有希を説得しようとした。でも有希の決意は固かった。
有希は申し訳なさそうに皆に辛い思いをさせることを詫びていた。
皆辛い思いをしてそれでも有希の決断を受け入れたんだ。あたし一人の我侭で迷惑をかけちゃいけない。
申し訳ない思い、それでもやっぱり有希とは離れたくないという思い。
色んな感情が交錯してあたしは有希にすがり付いて泣いた。どれだけの時間そうしていただろう。
有希はあたしを抱きしめながら「あなたには最後まで笑顔で居て欲しい」と言った。
文芸部の部室を奪う形で始まったSOS団。有希も勝手に団員扱いしていたあたし。
どこかで有希は嫌がっていたんじゃないかと思うこともあった。有希はそれは違うと言ってくれた。
色々なことがあったSOS団の活動一つ一つが自分にとってかけがえの無いものになっている。
そんなSOS団が自分のせいでバラバラになるのは見たくない。最後まであなたはあなたで居て欲しい…と。
 
あたしの勝手な思い込みじゃなかった。有希もあたしのことを親友と思ってくれていた。
それが嬉しかった。泣き尽くしたと思っていた涙がまた溢れそうになるのを必死で抑えた。
そして、あたしは有希に宣言した。
「これからの半年はSOS団は毎日営業よ!有希がSOS団に何の未練も残さないように今まで以上に色んな事をやり尽くすわ。そして皆笑顔で有希を送り出してあげる!」
 
有希と別れたあたしはすぐにキョンを呼び出した。いつもの喫茶店。
そこであたしはこれから半年の間にするべき事を一気に話した。
有希との思い出作り、キョンの受験勉強、SOS団の集大成。思いつく限りの事を…。
キョンは腕を組んで俯いたまま黙ってあたしの話を聞いていた。
そういえばキョンとは「勝手にしろ!」と言われてからろくに口も聞いていなかった。
あたしはまた他人の都合も考えずに自分だけ突っ走っちゃっていたのかも知れない。
まずはキョンに謝らなきゃいけないのに…どうするべきか皆で考えないといけないのに…また「勝手にしろ」と突き放されたらどうしよう。
キョンは黙ってしばらく何かを考えていた。そして…
 
「お前の好きにしろ」
 
返ってきた言葉は予想していた中で最悪の言葉だった…でも、その言葉はとても優しい響きだった。
 
「奇遇だな。俺もお前と同じ事を考えていたところだ。お前の思うとおり好きにやったらいい」
 
キョンもこれから皆で思い残すことが無いように、有希を笑顔で送り出せるように色々考えていた。
そうと決まれば即行動よ。あたしはキョンの手を引いて走り出した。
 
…それからの半年間、SOS団の皆は必死に走り続けた。有希を笑顔で送り出す為に…。
 
そして、今日は3月31日。全力で走り続けて来たこの半年も今日で終わる。
朝起きたあたしは布団の上で夜に見た夢を思い出していた。
何年ぶりだろう、今日までそんな夢を見たことさえ忘れていた夢。
 
あれは…小6の終わりごろ、まだ冬の寒い日だったと思う。
秋に家族で見に行った野球、そこで自分がいかにちっぽけな存在か思い知ったあたしは、平凡じゃない面白い人生を送っているであろう人が自分じゃないことに苛立ちそれでもどうする事もできない自分に怒りにも似た感情を抱いていた。
苛立ち、葛藤、焦り、秋から冬にかけてあたしはずっとそんな感情を溜め込んでいた。
 
冬のある日、今まで溜め込んでいたそんな感情が朝起きたらすっかり消え失せていた。
それだけじゃない。色んな感情があたしの中から消えていた。自分の中身が空っぽになったような感覚。
自分は今生きているのか死んでいるのかさえどうでも良いことのように思えていた。
そんなある日に見た夢だ。
 
冬の寒い夜。あたしは一人で灰色の住宅街を歩いていた。
暖かそうな家の明かりも、楽しそうに肩を寄せて歩くカップルも、どこか遠くの世界の出来事のよう。
あたしはこの世界の人間じゃない。確かにちょっと前まであたしはそこの住人だった。
でも今は違う…何故?あたしは誰?自分の名前さえ思い出せない。
道を歩く人も、通る車もあたしなんかそこに存在しないかのように通り過ぎていく。
…あぁ、あたしは幽霊なんだ。だから名前も無いし皆あたしが見えないんだ。
それ以上は何も考えられなかった。どうでも良いことだったから。
 
そんな時、一人の女の人に出会った。彼女にはあたしが見えているようだった。
「・・・あなたは誰?」
彼女の問いかけに、今のあたしに名前なんて無い。名前も無い幽霊。そう答えた。
「あんたは誰なの?」
彼女は何も答えなかった。冷たい目であたしを見ているだけだ。
どこか寂しげな佇まい。きっと、この人もあたしと同じ名前も無い幽霊なんだ。
 
そこで何を話したのかはよく覚えていない。どこへ行くの?とか、あたしはどこへ行きたいとかそんな他愛も無いことを喋った気がする。
ほとんどあたしが一方的に喋って彼女はたまに相槌を打つか否定するか、そんな返事を返すだけ。
本当にあたしの話が聞こえてるのか、聞いているのかさえ分からなかったけど、あたしにはそれで十分だった。あたしを見てくれる人がいる。そんな気がしたから。
 
「あんた名前は?何ていうの?」
「・・・ユキ」
 
初めて相槌以外の答えが返ってきた。
 
「ユキって言うんだ。ちゃんと名前あるんなら、あんたは幽霊じゃないわね」
「・・・そう」
「あたしは…ハルヒ。涼宮ハルヒ。じゃぁ、またね!」
 
彼女のお陰であたしは自分の名前を思い出した。あたしは幽霊じゃなく「涼宮ハルヒ」になった。
今まで灰色だった世界は色を取り戻した。あたしは戻ってきたんだ。色のある世界に。
空を見上げると色の無い真っ黒な空から白い雪が静かに降り注いでいた・・・。
 
「ユキ…」
あの時の夢に出てきた女の子、あれは有希だったんだ。
この夢…高校一年の終わりに作った文芸部の機関紙に有希が書いた小説の内容に似ている。
細かいところが違うけどほとんど同じだ。あの「幽霊の少女」はあたし?
偶然…違う。きっとこれは運命だったんだ。
 
たまたま空いていた部室にいた無口な文芸部員でしかなかった彼女。
その後、あたしにとって最高の親友になる長門有希。
その出会いはあの頃から決まっていたんだ。
そう思うととても嬉しくなった。同時に寂しくもあった。
なんでもっと早く思い出せなかったんだろう…何で今頃になって…
 
今日までの半年間、有希の願い通りあたしはあたし。
SOS団団長、涼宮ハルヒとして皆を引っ張ってきたつもり。
それも今日で一旦終わり。今日の有希の送別会が終わったらSOS団は活動を休止する。
SOS団は5人揃って初めてSOS団だから。一人でも欠けるならそれはSOS団じゃない。
でも「解散」はしない。いつでも有希が帰ってきたら再開できるように。
 
この半年色んな事をやった。いつもその中心には有希が居た。
一人離れた有希が寂しがってすぐに帰って来たいと思う位楽しい思い出を沢山作れたと胸を張って言うことが出来る。
だから最後も楽しく、笑顔で過ごすこと。笑顔で有希を送り出すこと。
それが、最後の団長命令。
 
場所は有希のマンション。パーティーは皆で楽しんだ。鍋を食べたりゲームしたり。
楽しい時間が過ぎるのは早い。気がついたらもう夜10時を過ぎていた。
いっそこのままパーティーが終わらなければ…そういう考えも頭をよぎる。
笑顔で有希を送り出す。そう決めた。決めたはずだったけど、
いざその時が迫ると決心が揺らぎそうになる。
きっと皆も同じ心境なんだ。この楽しい時間を終わらせたくない。
でももうすぐ終わらせなきゃいけない。じゃあ誰が終わらせる?
それはあたしの仕事だ。団長としての責任。でも、もう少しだけ…。
 
「涼宮さん。夜も更けてきた事ですし、そろそろ…」
 
古泉君が申し訳なさそうに口を開いた。
本当ならその言葉はあたしが言わなきゃいけなかった言葉だ。
 
「それじゃ、最後に団長から長門に何か一言あるか?」
 
そんなあたしの心境を見越したようにキョンが言った。
最後に有希を送り出す言葉をかける。団長のあたしがやるのが当然の事。
最後に一言…ここまで頑張ってきた皆の為にも最後まで笑顔で終わらせるんだ。
 
お疲れ様。ありがとう。楽しかったよ。
ありきたりの感謝の言葉しか出てこない。いつものあたしならもっと色々言えるのに…。
 
「有希やSOS団の皆と過ごした3年間はホント楽しい毎日だったわ。みんなと離れてもSOS団の仲間であることは一生変わりないんだから、有希も元気で…」
 
あたしがこの言葉を終えたら本当に有希が居なくなっちゃうんだ。
 
そう思うと突然それ以上声が出なくなった。声が出ない代わりに出てくるのは…涙。
駄目!最後まで笑顔で送り出すって決めたんだから。有希との約束…これ以上泣いちゃ駄目…顔を上げて…有希の顔を見て団長としてちゃんと勤めを果たさなきゃ…
 
視界が歪んで有希の顔を直視できない。
涙を拭って深呼吸して、最後の言葉をかけるためにもう一度有希の顔をみた。
 
有希は優しい笑顔であたしを見つめていた。「あなたも笑って」と言っているように。
 
初めて見る有希の笑顔だった。有希もこんな顔で笑えるんだ…
「・・・有希!」
やっぱり駄目。離れたくないよ!…あたしがこんな態度を取ったいけない。泣いちゃいけない。
でももう感情を抑えることが出来なかった。あたしは有希の胸に飛び込んで声をあげて泣いた。
有希は優しくあたしの肩を抱いていてくれた。暖かい手。離したくない、でも…。
 
「…大丈夫。私はここに居る」
 
有希の言葉にハッとしてあたしは顔を上げた。
いつもの無表情な有希がそこにはいた。
でも、その顔はどこか暖かい表情を含んでいるような気がした。
 

--
「おい、ハルヒ。感動の抱擁はそれくらいにしてくれ、団員その1がまだ残ってるんだぞ。」
 
声をかけるのに多少のためらいはあったが仕方ない。
このまま放っておいたら朝までこのまま長門に抱きついて居そうだったからな。
ハルヒは俺の問いかけに一瞬驚いた顔をして、その後キョトンとした表情で辺りを見回し最後に俺の顔に焦点を合わせると顔を真っ赤に変化させていった。
 
「うるさいわね!あんただって目赤くしてるじゃないの!」
 
俺はフンっと鼻を鳴らしてハルヒから視線を逸らせた。
まぁ、感極まって号泣するハルヒなんてそうそうお目にかかれるもんじゃないからな。
朝比奈さんなんて当事者のお前より号泣してるぞ。
…って何で古泉の胸で泣いている。そこは俺の胸に飛び込んでだなぁ。
 
「…マヌケ面」
 
いつの間にかすっかりいつもの調子に戻ったハルヒがジトッとした目で俺を見ていた。
 
「あんたは3年間もSOS団の団員をやってるのにちっとも成長しないわね。そんなんだから何時まで経っても雑用から出世できないのよ。この先が思いやられるわ」
他のメンバーにはあらん限りの賞賛の言葉を送っておいて一番の苦労人たる俺にかける言葉はそれか?
 
古泉も相変わらずのニヤケ面で俺とハルヒを眺めてるし、朝比奈さんはようやく泣き止んだようだ。
長門もいつもの調子だ、北高SOS団は最初から最後までこの調子だったな。
 
などと多少の感慨に浸っている俺の目の前でハルヒが満開の笑顔に変化するのを俺は見逃さなかった。
今度は何をやらかすつもりだ?
 
「以上で北高SOS団解散式を終了します!今は…午後10時半ね。それじゃ、新生SOS団結成式は午前0時から始めるわ。あたしとみくるちゃんは部屋を片付けて準備を始めるから、キョンと古泉君は買出しね。有希も買出し手伝ってくれる?」
 
すぐに始めるのかよ!ついさっきまで散々飲み食いして騒いだばかりだろうが。
明日の朝にでも始めればいいんじゃないのか?
それにどうせ同じ面子でまた毎日顔合わせるんだからわざわざ解散だの結成だのやる必要無いんじゃないか?
 
「何言ってるのよ!そういう区切りは大事にしないと駄目じゃない。いいからとっとと買出しに行く!」
 
ハルヒによって部屋の外に蹴り出された俺は、仕方なくまだ肌寒い夜の街を宇宙人と超能力者を伴ってスーパーに向けて歩き出した。
 
「涼宮さんがあんなに感情をあらわにするなんて驚きでしたね」
まぁな、俺も正直面食らったよ。この半年色々有ったからな。あいつも思う所があったんだろうよ。
でもすぐに元に戻ってあの調子だ。高校生活に名残惜しさでも感じていたんじゃないのか?
 
などと他愛も無い事を話しながら俺は何か心の中に引っかかるものを感じていた。
 
「何か腑に落ちない点がある、というような顔をされていますが、何を考えているのですか?」
 
そういう言い方をするって事はお前も何か思うところがありそうだな?とりあえず言ってみろ。
 
「この半年あまりの出来事についてです。あなたもご存知かもしれませんが、半年の間の出来事を思いつく限り話してみてください」
 
この半年か…色々ありすぎてもう訳が分からないな。
確か夏休み明けすぐに長門が消えちまうとかで大騒ぎして、思いで作りだーとかで散々色々なことをやり通した。
で、なんだかんだで結局長門も消滅を免れ、俺も無事に皆と同じ大学に進学が決定。そして今日に至る。
そんな所だな。細かいところまでは色々有りすぎていちいち覚えてない。お前だってそうだろ?
 
「確かに。色々やりましたからねぇ。でも僕が引っかかりを覚えているのはSOS団の活動についてじゃないんです。消滅が決まっていた長門さんが何故それを免れここに居るのか、という事なんです」
 
長門が消滅を免れた経緯…
夏休み明けに長門が居なくなる云々で大騒ぎして皆バラバラになりかけてだな。
結局笑顔で長門を送り出してやろうとなって…その後なんやかんやで消滅を回避してだ…ってさっきも同じ事言ったな。
 
「僕の認識も全く同じです。秋ごろまでの記憶では確かに長門さんはこの世から消滅するはずだった。SOS団の一連の行動もそれを前提にしていたはずです。しかし現在の事実は違う。長門さんは我々と共に進学することが決まっている。そして、消滅することが決まっていた事実は確かにありいつの間にか消滅を回避したという事実もあるにも関わらず、なぜそうなったかが分からない。いくら色々あったとはいえ我々がそんな重要なことを忘れるなんて事があるでしょうか?」
 
『あるでしょうか?』なんて聞かれれば俺は『そんなことあるわけねぇ』と答えるだろうよ。
しかし現実では、長門は消えるはずだった。俺たちはその前提で行動していた。でも「何故か」そうじゃなくなってた。
お前は何かその辺のこと覚えてるか?長門。
 
「私の記憶も今の話と相違ない。しかし、昨日の時点で統合思念体に保存された私の記憶のバックアップデータには確かに4月1日に私が消滅することが決定されていたという記録が残っている」
 
じゃぁ何があったって言うんだ?
 
「・・・20分ほど前に、小規模な時空改変が実行された」
 
ハルヒの能力は消滅したはずだろ?じゃぁ誰がそんな事を?
 
「時空改変の実行者は涼宮ハルヒであることは間違いない。しかし、詳細は不明」
 
「消えたはずの涼宮さんの力が復活した、という訳ですか?」
神妙な顔をしていた古泉が口を挟んできた。
 
「復活したという表現は妥当ではない。能力は隠れていただけ。ただし、統合思念体にも観測できないほどの深層に強固に隠蔽されていた」
「そして、その隠れていた能力が再び表に出てきた。ということですね?」
「そう。しかし、現時点の彼女からは何の情報の流出も観測できない。今回の能力の出現は偶発的なものと思われる。恐らくは、彼女の感情の爆発がトリガーになったものと思われるが現時点で詳細は不明。統合思念体は現在能力の隠蔽方法も含めて調査中」
 
二人で盛り上がってるところすまん。俺には全く何のことか分からん。
つまり、ハルヒの能力が消えたと思ったら消えてなくて、長門の親玉にも分からんようなところに隠されてるって事でいいのか?
「・・・そう」
じゃぁお前はどうなるんだ、長門。
「統合思念体は涼宮ハルヒの能力について解析すべき事項がある以上、観察は続けるべきと判断している」
『続けるべき』って、どれくらい続けるんだ?
「彼女の能力がどのように隠蔽されていたかは現状では解析不能。新たな情報が観測され解析能力の進化が見込めるかもしくは彼女の肉体が滅んだ後で残った情報を解析する必要があると思われる。私自身観測が長期に及ぶ可能性があるため人類の平均的な経年による肉体の変化と寿命が設定される事になる」
 
つまり、今まで通りの付き合いが一生続くって事か。
操り人形の頭を支えていた糸がプツンと切れたようにコクリと長門がうなずく。
 
「僕の事もお忘れないようお願いしますよ」
 
古泉が横から口を挟んできた。長門が一生ハルヒの周りに居るって事はこの超能力者も同じなんだろう。まぁ、これも腐れ縁って奴だ。よろしく頼む。
「こちらこそ。これからも長い付き合いになりそうですが、よろしくお願いします」
 
そういう訳だ。これからもよろしく頼むよ。長門。
俺が長門に向き直ると長門が俯いていた。
その様子を見て俺と古泉は驚いて互いに顔を見合わせ、同時に笑みがこぼれた。
 
「神経コントロールに異常が発生した。心拍数及び血圧の上昇と口角筋の緊張及びその他表情筋の弛緩を確認。問題ない。すぐに回復する」
 
長門、異常動作なんかじゃない。それは、笑顔って言うんだぜ。
俺の言葉に顔を上げ、一瞬驚いた表情を見せた長門はもう一度、はっきりとはにかんだような笑顔を見せた。