続・Lost my music (73-74)

Last-modified: 2007-12-18 (火) 23:20:02

概要

作品名作者発表日保管日
続・Lost my music73-74氏07/12/1807/12/18

 
69スレに投下した「Lost my music」
の続き。どうにも自分でちゃんと続きを書かなきゃ気が済まなくなって書きました。
大方の妄想からは外れるかもしれませんが…一応消失の日記念ということで。

作品

そこにいたのは確かにキョンだった。けれど、違う…その口調はいつもあたしに向けるようなものではなくて、初対面の人に話しかけるような口調だった。それでもそんなことよりキョンに再会できたことがうれしくて、あたしは面倒な思考は全部追いやって泣きながらキョンに縋り付いた。
「ねえ、キョン!どこ行ってたの?あたし、今日一日ずっとあんたのこと探してたのに!一体どこに行ってたのよ。うっうう…」
あたしの中に冷静な気持ちと荒立つ気持ちが入り混じる。自分でも分かってる。このキョンはあたしのことを知らない。
「ええと…あの、どうされました…?それより、何で俺の名前を知っているんですか?初対面…ですよね?」
「そ…そうよ。で、でもっ!」
でも…何なんだろう。つまり、ある日突然知り合いの存在がなかったことになって、その知り合いが自分のことを知らない状態で今目の前にいて、それで、あたしは…あたしはどうするべきなの?
突然あたしにとってのキョンという存在が捻じ曲げられて、おかしくなったのはあたしの頭じゃない。
半年以上あたしはSOS団をやって、半年以上キョンと一緒に学校生活を送った。それは間違いじゃない。
じゃあおかしいのはこの世界の方。あたしはなんとかこの世界から抜け出さなくちゃいけない。
そのためには?もし何かが鍵になるとしたら、それはキョン以外にありえない。前に、あれは夢だと思うけどキョンと二人きりの世界に閉じ込められたときは、キスをすると抜け出せた。じゃあ今度も…ちょっと待って、落ち着いて、あたし。ばったり出会って、向こうにとっては初対面でいきなり「キスして」なんて言うの?
何考えてんのよ、あたし。
今は落ち着かなきゃ。結論を出すには精神的に不安定すぎる。とにかく可能性の芽を温存したい。
「ねえ、キョン!あたしがここにいたこと、絶対に忘れないで。それで、その、とにかく言いたいことがいっぱいあるの。だから明日も会ってくれる?」
あたしは明日、つまり12月19日の午後3時に駅前で待ち合わせることを約束させた。キョンはかなり戸惑っていたようだけれども、ちゃんとうなずいてくれた。ひとまずは可能性が残せたと思う。
 
キョンと別れて、また家に戻った。帰り道はひたすら涙をこらえた。泣きたいことはいっぱいある。
心が緩めば今すぐにも泣き崩れる。でも、今は辛抱しないといけない。出来るだけ冷静でいなきゃ二度と元に戻れないと思ったから。歩いていくとだんだん気持ちが落ち着いてきて、なんとか冷静に考えられるようになってきた。明日、あたしは出来るだけのことをやらなきゃいけない。キョンと一緒にまたSOS団で楽しく活動する毎日を取り戻すため。そう、あたしはセカイをまもる人。
その夜は結局一睡も出来なかった。
 
読者の皆さんにははじめまして、ということになるのだろうか。俺は自分ではごく普通を自負して生きている一男子高校生である。あだ名は「キョン」というよしてほしいような代物で、これは親戚のおばさんが…
何?知ってる?変だな。俺はお前と会った記憶などないんだが…
中学の頃に下降線をたどっていた俺の学力を危惧したお袋の手によって学習塾に放り込まれた俺は、直前の必死の努力も奏功して市外のとある有名進学校へそこそこ親しかったやつとともに入学する運びとなった。
本来の俺の学力ではせいぜい市立や県立が関の山だったのだが、まあ人は運がいいときはいいもんだ。
そうして迎えた高校一年生の年ももう12月の半ばとなり、俺は進度の早い授業に四苦八苦しながら学習塾にも通うという生活が続いていた。いい加減こういう生活も苦しいのだが…という気持ちが心を覆うその日、俺は不思議なことに直面した。
いつも通りに塾が終わり、俺は暗い夜道の中、家に向かって歩を進めていた。とある人気の少ない住宅街の一角に差し掛かったとき、誰かの泣く声がした。昔からこういうのは放っておけない性分なので、その音のする方へと向かっていった。すると…
 
えらい美人がそこにいた。
 
おそらくは同年代と思われる、そして「絶世の」と冠しても恥じないくらいの美人が、人気の少ない住宅街の片隅で泣き崩れている。何があったかは知らないが、その泣き声は尋常ならぬ絶望と悲哀に満ちていて、これを放っておくのは酷にも程があるだろう、俺はその美人に話しかけた。
「大丈夫ですか?こんな時間にどうしたんです?」
おそらくこういう状況では最も無難な問い方だろう。もちろん、夜道で一人泣いている人が大丈夫だとは思わない。けれども、何か力になって相談に乗って、それで感謝されてお付き合いするのもいいもんだ…
っと、ここは落ち着け。あくまで善良たる紳士であるべきだな。しかし驚いたことにその美人の返答はこうだ。
「…っっ キョン!」
そう叫んだときのその美人の表情は忘れられない。まるで蜘蛛の糸を見出したカンダタのような、地獄の淵に光明を感じた表情だった。で、なぜだ?なぜこの人は俺の名前を知っている?なぜ俺を見て喜ぶ?Why?
しかもそれだけではないぞ、今度は
「ねえ、キョン!どこ行ってたの?あたし、今日一日ずっとあんたのこと探してたのに!一体どこに行ってたのよ。うっうう…」
そう言ってなんと泣きついてきたではないか!どこ行ってたか?探してた?何のことだ?こんな素晴らしき美人に泣きつかれるような心当たりは正直言おう、全くない。
「ええと…あの、どうされました…?それより、何で俺の名前を知っているんですか?初対面…ですよね?」
間抜けな言葉だが許してくれ。こちとら普通の高校生でしかない。夜道で美人に出会って変な気を起こさなかっただけ良しとしてくれ。一方で美人の方は一層必死になった。
「そ…そうよ。で、でもっ!」
「でも」と言ったところで言葉につまり、しばらく黙りこくってしまった。どうしたんだろうか?
その美人は「ええと」、とか「その」とかを繰り返し、時々顔を赤らめたりしながら、思考をめぐらせているようだった。一体何を考えているのか、残念ながら見当がつかない。
「ねえ、キョン!あたしがここにいたこと、絶対に忘れないで。それで、その、とにかく言いたいことがいっぱいあるの。だから明日も会ってくれる?」
何のことか、いきなりデートの申し込みか?いや、そんな軽い意味ではなさそうだ。目を見ると大きくて魅力的な瞳に必死さが満ち溢れている。ここで断ったら一生分の不覚を味わいそうだったので、俺は承諾した。
そのための待ち合わせ場所は俺にも馴染み深い駅前で、通学の際に佐々木と待ち合わせたりもするところだった。
時刻は午後3時。学校が終わってから向かえばちょうどよさそうだ。
名前を聞けばよかったと思ったのは、すでに別れてしまったあとだった。そのせいもあってか、その夜はその美人のことで頭がいっぱいだった。
翌朝をあたしは一睡も出来ないまま迎えた。昨日はキョンが消えていたと早とちりしてしまったけど、この世界にもちゃんとキョンはいる。それが分かっただけでも昨日の夜は大きな成果だったと思う。
決して軽いとはいえない足取りだけれども、ちゃんといつも通り学校に着いた。思えば昨日登校したときに教室内に29席しか存在しなかったことがあたしの恐怖の始まりだった。今日も29席しかない。誰かの力でどうかしてくれるわけじゃない。あたしが何とかしなきゃいけない。
「よ、涼宮。お前のツレは見つかったか?その、なんだ、キョンとかいう名前のやつはよ。」
うるさいわね、谷口。あたしは考えることで忙しいのよ。
「キョンかあ…懐かしいな。それって僕の中学の頃の同級生のこと?」
そうよ。あんたと同じ中学の…って、
「なんであんたそれ知ってんの?キョンが、キョンがいるってどうして言ってくれなかったのよ!!」
「えっ?す、涼宮さん、ちょっと落ち着いて。」
「あっ、ごめん…」
気づいたらあたしは国木田のネクタイを引っつかんで冷静さを失ってしまっていた。
考えてみれば最初から国木田に聞けばよかったんじゃないの?同じ中学の出身なら何か知っているかもしれないのに。昨日あたしは手当たり次第に回りに尋ねて、そして10人位から全員「知らない」と答えられて絶望したんだった。このクラスにキョンと同じ中学出身者は5分の1くらい、10人に尋ねて一人も当たらない確率は…
いや、そんなことはどうでもいい。
「ねえ、キョンはどこの学校にいるの?中学を卒業してどこに行ったの?」
「ええと、キョンは受験直前に猛勉強してね。それで中学時代に仲のよかった佐々木さんと同じ市外の有名な私立に行ったよ。今思うとよくあの成績であそこに受かったもんだけどね。」
「そう…ありがと。ごめんね、ちょっとカッとなっちゃって。」
「いや、別にいいけど。大丈夫?なんだか昨日から元気なさそうだけど。キョンがどうかしたの?」
「別に…何でもないから。心配しないで。」
とりあえず分かったことはつまり、たぶん中学の頃の記憶は途中までは間違っていない。けど、途中から違う。
どうしてそうなったかは分からないけど、キョンはあたしと違う高校に行って、北高にはSOS団は出来なかった。
こんなことってあるのかしら?と思うけれど、実際にあったんだから仕方ない。この世界が誰かに捻じ曲げられたか、或いはあたしが違うパラレルワールドに移動した、ということになる。
もう期末試験も終わった後だから大した授業があるわけでもないので、あたしはほとんど上の空で過ごした。
今日昼過ぎに学校が終わったあとにキョンとの待ち合わせ場所に行って、それでどうしようか、そのことで頭がいっぱいだった。けれども、ちゃんと決心はついた。それを実行に移すことにしよう。
 
学校が終わるとあたしは駆け足で坂道を下って、そして発車間際の電車に飛び乗った。待ち合わせ場所までは15分もあれば着く。それに今はまだ午後1時。それでもあたしはもどかしかった。今日ほど電車が遅いと思った日もなかった。どんなに早く行ってもキョンはそこにいるような気がして、だからこそ一分一秒でも早く着きたかった。途中一回の乗換えを経て、いつもと同じ待ち合わせ場所に着いた。そこには、約束通りキョンがいた。
「ごめん、待った?」
あたしがキョンに後れをとるなんて珍しいことだから、気を遣う。
「いえ、今来たところです。早かったですね。」
本当に早いのはどっちよ、と突っ込みたかったけど、それはまた今度でいい。そんな機会は何度だってある。
「とりあえず、立ち話もなんだから、そこの喫茶店で話しましょ。その、話したいこともたくさんあるし。」
「わかりました。」
店に入って、とりあえずホットを2つ注文して席に着いた。普段キョンに奢らせるときによく座るところに座ることにした。目の前のキョンにはそんなこと分からないんだけど。
「それで、話ってのはなんです?」
「結構長くなるんだけど…あたしが変なこと言っても頭がおかしくなったとか、そういう風に思わないでね。それだけは約束してくれる?」
「分かりました。それで、あの、まず名前を教えていただけませんか?色々と呼びにくいですし。」
ああ、そうだった。あたしってば昨日焦りすぎててキョンに名前すら告げずに別れちゃったんだ。
「ハルヒ、でいいわよ。」
「ハルヒさん、ですか。それで、苗字の方は?」
「いいじゃないの、そんなの。あと、『さん』もいらないわ。『ハルヒ』って呼びなさい。」
「いいんですか?呼び捨てで。」
「構わないわ。むしろそれでお願い。」
「じゃあ…ハルヒ、話をお願いします。」
「ですます調じゃ変でしょ。」
「ハルヒ、話を頼む。」
「分かったわ。どこから話そうかしら…
 
あたしはキョンと出会った日、入学式からこの前クリスマスパーティーを企画したところまでをダイジェストで話した。あまり要領がよかったとは言えないけど、とりあえず言いたいことは伝わったみたい。
 
…で、あんたをここに呼んだの。大体分かってもらえたかしら?」
「ああ。つまり俺が協力して元の世界に戻りたい、ってことか?」
「そうよ…疑ったりしないの?変な話だとか、嘘っぽいだとか。」
「いいや、疑わない。だって、そっちの方が面白いだろ?」
そう語っているキョンはすごくうれしそうで、あたしはきっとこの世界から元に戻ることが出来ると思えた。
けれども、次に別の未練が沸いた。もしこのままこの世界に留まれば、キョンとは別の学校の生徒として、休日にそれこそ恋人同士のような関係にすぐになれるかもしれない。あたしが元の世界に戻ったら、この今目の前で真剣にあたしの相談を聞いてくれているキョンはどうなるの?置いてきぼり?それは可哀想な気もしてくる。けど…
あたしが戻るべきなのはSOS団があって、キョンは後ろの席にいつもいる同級生で、あたしが団長としてみんなを仕切って、それをみんなで楽しんでいる世界。こっちの世界にもキョンはいるけど…あたしがいるべきなのはこの世界じゃない。ちゃんと元の世界に戻って、みんなでクリスマスパーティーをしたい。
「それにしてもそっちの世界の俺は馬鹿だな。」
「どうして?」
「どうしても何も、ハルヒみたいな美人と毎日顔を突き合せといて、それで告白のひとつもなし、ってのは恵まれた状況を棒に振るようなもんだろ?違うか?」
「うん、まあ、確かにね。でも、あたしはそれでも楽しいの。むしろお互いを不必要に意識しないから、その分本音で接しあえて、だから、つまり…その…」
「ふふっ、照れるなって。…なあハルヒ、ポニーテールにしてみないか?いや、唐突な頼みですまん。けど、なんだかすごく似合う気がしてな。駄目か?」
キョンがポニーテール萌えっていうのは本当なのね。ちょうどヘアゴムもあることだし、望みに応えてあげよう。
「分かったわ。簡単そうに見えるけど、結構大変なのよ?この髪型。」
そういいつつもあたしは髪を束ねることがすごくうれしかった。
「どう?」
「ああ、ハルヒ、似合ってるぞ。魅力度三十六%アップって感じだな。」
「そう?よかった。」
 
そのあとしばらくあたしとキョンはそういう話を続けた。すごく幸せで、まるで本当の恋人同士みたいに…
けど、いつまでもこうしているわけにはいかない。あたしにはやらなくちゃいけないことがある。
 
「…で、俺はどうすればいいんだ?俺が鍵だって言ったけども、どうすれば元に戻せるんだ?」
そうよね。それのために呼び出したんだもんね。いよいよ決心を実行に移さないと。
「その…ね、すごく安易な発想でしかも迷惑だと思うんだけど…あ…あたしと…」
顔が赤くなってきた。駄目よ。ここで恥ずかしがっちゃ。ちゃんと言わないと。
 
「あたしとキスしなさい!!」
 
自分でも驚くほど大きな声を出してしまった。店中があたし達を注目した。まずい。でも、こんなことでめげるあたしじゃないわ。人の目が何よ!あたしは世界を元に戻すんだから!
キョンはしばらく固まっていた。そりゃそうよ。会って二日目の女に衆人環視の中キスをしろ、って言われたんだもの。一通り決心がつくくらいの時間が経って、やがてキョンはひとつ大きな深呼吸をした。
「よし、ドンと来い!」
もうお互いに開き直るしかないわ。あたしとキョンがキスをすればあたしが元の世界に戻れる、なんて保障はどこにもないけど、もうそうするしか考えられない。
「キョン、本当にありがとう。あんた、頑張っていい人を見つけて幸せになんなさいよ。約束なんだから!」
「ハルヒ、戻ったら向こうの俺によろしく頼む。お前を幸せにしてやるようにな。」
その言葉のあと、あたしとキョンは周りの色々な視線を集めながらたっぷりと唇を重ね合わせてキスをした。
キョンの手が背中に回されて、強く抱きしめられる。と同時に、周りの空気が渦巻いていって、激しくなりながらあたし達を取り巻いていく。1分位そうしているうちに…
視界が暗転してあたしの意識が消失した。
 

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12月19日、昨夜あの美人と衝撃的な出会いをした興奮も覚めやらぬうち、俺は午前中の授業をすっかり上の空で過ごした。そして昼過ぎに放課後になるや否やすぐに学校を出て待ち合わせ場所の駅に向かった。
まだ待ち合わせの2時間位も前だが、どうにもはやる気持ちを抑えきれずに来ちまった。少し待っていると、どうやらはやる気持ちは向こうも同じか、あの美人もずいぶん早くにやってきた。
話が長くなるから喫茶店に行こうという由で、俺はそれに従った。
その美人は自分がする話に対して変なこと言っても頭がおかしくなったとか、そういう風に思わないようにしてくれ、と頼んできた。無論、このお方の頼みだ。断るはずがないだろう。しかし、ひとつ聞いておきたい。
「あの、まず名前を教えていただけませんか?色々と呼びにくいですし。」
名前の聞き方とはこういうものだろうかな。古代日本では名前を聞くこと自体が愛の告白だったらしいが、ここは現代の日本なので特別な意味を込めたつもりはない。
「ハルヒ、でいいわよ。」
ハルヒさん、か。いい名前だ。大きな瞳と頭を彩る黄色いカチューシャとリボン。それにその名前ときたらもう中世欧風の衣装を着せて春の野を駆けつつ花を摘む少女というのが似つかわしくないか。って何を言っているんだろうね。俺。
俺としては別に敬語で話しても構わなかったのだが、ハルヒさん、いや、本人希望にて敬称略、ハルヒはため口で、しかも呼び捨てで話してほしいらしい。ならばそれに従おう。
「ハルヒ、話を頼む。」
ハルヒ曰く、俺は北高に通っていて、5月に「SOS団」なる組織を立ち上げて以来世の不思議を探すべく…っていうのは多分読者のお前らの方が俺より知っているんだろう。つまるところ、ある日突然そのような世界から俺が側にいない世界に捻じ曲げられてしまい、戻るために「鍵」となるであろう俺を探した次第であるという。
なるほど。普通に聞いていたら何のことだか分からんが、幸い俺はかつてSFにはまっていた時期もあって、話を割とすんなりと理解できた。
その話によれば、そっちの世界の俺はこのハルヒが毎日真後ろの席にいて、しかも毎日一緒に部活、いや団活をしているのだという。それも一度も告白すらせずに…ぐあ、なんと幸せものでそして鈍感なんだ、そっちの俺は!
「うん、まあ、確かにね。でも、あたしはそれでも楽しいの。むしろお互いを不必要に意識しないから、その分本音で接しあえて、だから、つまり…その…」
その言葉で大体分かった。お互いに素直じゃなくて、内心では結構照れてんだな。ところでこれは単に俺の趣味なんだが、ハルヒにやってもらいたいことがある。
「…なあハルヒ、ポニーテールにしてみないか?いや、唐突な頼みですまん。けど、なんだかすごく似合う気がしてな。駄目か?」
そう言うとハルヒは満更でもなさそうな、というかすごくうれしそうに髪をまとめ上げ、器用にヘアゴムで後ろに束ねた。ポニーテールには少し足りないような長さだが…それがまたすごくよくて魅力度三十六%アップだな。
「そう?よかった。」
そのあとしばらく他愛無い、いや、傍から見ればそうかもしれんが、少なくとも俺達にはとても楽しい会話を続けた。話すたびにこぼれるハルヒの笑顔は何物にも換え難いもので、俺はいつまでもその笑顔を見ていたいという気分になった。しかし、それは叶わぬこと、このハルヒが幸せになるには向こうの世界に戻らないといけない、話せば話すほど魅力に引きずられて、同時にそれも悟って未練も沸いてきた。
そりゃあ俺だって望めるのならこんな人と一緒にいたいさ。こんな風に顔がよくてさらには明るい性格の人が目の前にいれば誰だってそんな気になるさ。けれど俺はそれ以上に理性的であるつもりだ。この明るい笑顔は残念だけれどもこの俺のものではない、向こうの世界の俺がいてこそのものだ。だったらその俺と一緒にいられるようにしてやるのが俺の役目だろ?呼び出されたのもそのためだ。けじめはつけないといけない。
「…で、俺はどうすればいいんだ?俺が鍵だって言ったけども、どうすれば元に戻せるんだ?」
俺はどうすればいいのかをあれこれと推察しようとしたが、なかなかうまく想像できなかった。
「その…ね、すごく安易な発想でしかも迷惑だと思うんだけど…あ…あたしと…」
安易かつ俺に迷惑?ハルヒと?それはまさか…いや、迷惑ではなくむしろ願望としてあるがそれはつまり…
ああ、ハルヒの顔が赤くなってきた。間違いない。落ち着け、俺。心の準備をするんだ。
 
「あたしとキスしなさい!!」
 
心の準備が整うコンマ5秒前にハルヒが大音声でそう発した。大音声、つまり、ここは喫茶店なわけで…
大勢の目線が一気に俺たちに注目した。うおっ!ちょっと待て。いくらなんでもこの衆人環視の中…
という俺の言い訳もハルヒの必死な目線で崩れ去った。俺は暫時の思考を経て前に向き直り、意を固めた。
「よし、ドンと来い!」
大勢の前でキスをする恥?んなもんは知るか。俺はハルヒが幸せになるための手助けをする。そのためなら何だってする、それでいいじゃないか。そこには面倒な理屈はない。
「キョン、本当にありがとう。あんた、頑張っていい人を見つけて幸せになんなさいよ。約束なんだから!」
ああ。きっとそうなる。いや、そうする。
「ハルヒ、戻ったら向こうの俺によろしく頼む。お前を幸せにしてやるようにな。」
これは心の底からの願いだ。向こうの俺よ、絶対にこのハルヒを幸せにしてやってくれ。
言葉を交わしたあと、周囲の生暖かかったり冷たかったりする様々な視線を集めながら、俺とハルヒは思いっきり唇を重ね合わせた。ほんのりと湿っていてやわらかいハルヒの唇の感触が心地よく、しばらく離したくなくなった。
俺はハルヒの背中に手を回し、抱き寄せた。息が接近してそれと同時に周りの空気が渦を巻いて俺たちを取り巻いた。いよいよか…俺は手の力を一層込めて引き寄せ、さらにその渦が激しさを増していって…
一瞬の空白が訪れた。
 
突如静かになった周りを見ると…さっきまで目の前にいたはずのハルヒの姿はなく、俺の周りに向けられていた目線は何事もなかったかのように方々に散っていた。テーブルを見ると、そこには一杯だけのすっかり冷めたコーヒーがあり、2人分頼んだはずの伝票には1人分しか記されていなかった。
き…消えた…?
もちろんそのためにキスをした。だがしかし、本当に人が消えるなんてことが…
唇に残るあの感触、手に残ったぬくもり、これは…嘘じゃないのか…?
数十分ほど呆然と放心状態になった。何があったかを理解するには俺の脳みそは普通過ぎた。
夢だ。今はそう思っておこう。それでようやく通常思考のかけらを取り戻した俺は、伝票を持ってレジに行き会計を済ませると、冷え込んだ外気の満ちる空間へと踏み出した。
「冷えるなあ…」
無意識にそうつぶやいていた。この季節、冷えるのは当たり前だが心が一層冷やされた気がした。
まるで祭の日に大通りから裏路地に踏み入ったうら寂しさのように…
突如俺の前に現れ、そして怒涛のように去った一人の少女。夢かもしれない。しかし…もし俺にあんな彼女がいたなら、たとえ命を賭してでも守ってやりたい、そう思えたのは偽りざることだ。
仮にもあんな人と一生をともに出来るなら…そいつは本当に幸せなんだろうな…
「全く、美人ってのは罪作りだな。」
また無意識につぶやいて、俺は理由など特にはないが、クリスマスに佐々木に贈るような花はないかと駅前の小さな花屋に足を止めた。そしてこれも無意識だが、明るい黄色が印象的な名もない花を一束買うことにした。
 
眠っているはずだけれども、かすかに意識がある。そんなような状態なのかもしれない。その状態がどれくらい続いたのかも自分では定かじゃなくて、けれども穏やかに眠っていたことだけは分かる、そんな感じだった。
目を開けてみると…そこには白い天井。ええと、あたしはどうしてたんだっけ?どうして寝袋にくるまっているのかしら?
「おはようございます、でよろしいんでしょうか。ずいぶんお疲れのようですね。長い間眠ったままでしたから。」
古泉君?えっと…だからあたしはキョンとキスをして…で、ここはどこ?
「ここはどこ?今はいつ?」
「どうされました?ここは私立の総合病院で、今は12月20日、キョン君が倒れてから今日で二日目です。」
えっ!?キョンが?どこ?横のベッドを見ると、キョンが静かに横たわっていた。
「キョン!!大丈夫!?キョンッ!!」
「落ち着いてください。どうしたんですか?涼宮さん。安心してください。大きな外傷はないですし、安静にしていれば大丈夫です。」
「そ…そうなの?ねえ、どうしてキョンはこうなったの?いつ?どこで?どうやって?」
あたしは冷静さを失って矢継ぎ早に問いかけた。キョンが倒れた?どうして?
「お…覚えていないんですか?」
全然。キョンが気を失うようなことがあったとは思えない。
「子ども会のクリスマスパーティーのことは覚えていますよね?」
いや…それも分からないわ。
「そうですか…ともかく、あなたが子ども会でSOS団プレゼンツのパーティーを企画したんですよ。それで、ついでにトナカイの役も用意しようってことになったんです。それが誰になったか覚えていますか?」
そんなことがあったの?あたしがやったの?
「くじ引きでキョン君が引き当てました。それで、トナカイに扮するための材料を買出しに行くことになったんです。5人で連れ立ってね。そのときです。最後尾を歩いていた彼が階段を踏み外したか何かの拍子に階段を転げ落ちていったんです。なんというか、もうこれ以上ないというくらいに見事に落ちていきました」
そ…それで、キョンは?キョンはどうなったの?
「みんなで真っ青になりましたね。僕も、朝比奈さんも、あなたも。唯一冷静だった長門さんには救われました。彼女が救急車を呼んで、そして僕の知り合いがここの関係者なものですから、便宜を図ってもらってここの個室に入院しているというわけです。」
「そ…そうだったの。あ、あたし、混乱しているのかしら。」
「そうですね、人はパニックに陥ると記憶が混乱することもありますから、多分その類じゃないでしょうか。ゆっくり休まれてはどうですか。心を落ち着かせることが大事ですし。」
「そうね。そうしようかしら。」
今までのは…夢?キョンがあたしのことを知らない世界に紛れ込んで、必死で探してキスをして抜け出したのは…そんなありえないような話はなくて、本当はキョンが転んで気を失って、入院したキョンをみんなで心配した、それが本当なのかしら…?ああ、考えれば考えるほど分からないわ。落ち着かなきゃ。そんなあたしの心を読んだのか、古泉君は
「すみません、ちょっと所用で失礼させていただきます。安心してください。小一時間で次に朝比奈さんが来ると思いますから。」
「あ…ありがとう。じゃあね。」
 
パタン、と扉が閉まった。きっと何も用事はないんだろうけど、多分あたしに気を遣ってくれたのね。
あたしはキョンの方に目を向けて、額をなでた。
キョン…ごめんね、今まで。あたしが散々無理言って、あんたを振り回してきて。あんたもずいぶん疲れていたのよね。あたしは楽しかったし、あんたも楽しそうだったけど、ずっとそうだと疲れも溜まっちゃうわよね。
それで、普段踏み外しようのないような階段を踏み外しちゃったのかしら…
「キョン、ごめんね。お願いだから、目を覚まして…」
そう言いつつ無意識にキョンの頬にキスをしていた…って秘密よ!このことは絶対にキョンには言っちゃダメよ!?
キョン、団員その一。肩書きだけなら単なる下っ端。けど、あたしにとってはとても大事な人だってわかった。
だから、だから、きっと…目を覚ましてね、キョン。
非日常的なことが続いたせいか、あたしはみくるちゃんが来るよりも前に寝ちゃってたみたい。
明日に希望を託しながら…
 
あした目が覚めたら ほら 希望が生まれるかもGood night...

 

 
 
 
以上です。一部原作との矛盾があったりするかもしれませんが、どうか寛容な目で読んでください。
張り切りすぎてgdgdになってしまった箇所もありますが…
こんな駄文を最後までお読みいただきありがとうございました。