耳をすませば (148-531)

Last-modified: 2012-01-05 (木) 02:44:04

概要

作品名作者発表日保管日
耳をすませば148-531氏11/12/1711/12/17

作品

 高校3年、学生生活最後の夏休みが始まって間も無くのある日、俺は電話で呼び出され、もはや常連といってもいいであろうSOS団御用達のいつもの喫茶店に向かっていた。
 どうせいつものようにハルヒに呼び出されたんだろなんて思うことだろう。だが残念なことに今日の待ち合わせ相手はハルヒではない。
 そもそも俺は今年の春から先あいつと行動を共にしていないのである。ハルヒと俺をワンセットと思っている諸氏も多いであろうことから経緯をかいつまんで説明するとしよう。
まあきっかけっていうのは些細なもんで、ある日岡部に呼び出された俺はハルヒを説得するように頼まれる。その説得ってものの内容は俺がハルヒとの関係を断とうとするのに十分なものであった訳だ。
「涼宮ハルヒは俺と同じ大学に進学するために明らかに大学のランクを落としている。もっと上の大学にいくよう説得しろ。」つまり俺がハルヒと一緒の大学に進学するってことはそれだけであいつの足を引っ張る行為になるってことだ。
 そんなわけで俺は次の日からハルヒとの関わりを徐々に減らしていった。入学当初ならいざ知らず、あいつも大分クラスになじんできていたからな、俺とハルヒが疎遠になっていることに気づいているやつも少なかったことだろう。
 だが俺の計画に気づいているやつが一人いた。何を隠そう涼宮ハルヒ本人だ。俺が何らかの意図を持って自分と疎遠になろうとしていることに気づいていたハルヒは、俺を思い出あふれる屋上へ続く階段へと呼び出し、俺を問い詰めてきたってわけだ。
だが俺の決意<これ以上ハルヒの足枷にはなりたくない>も固かったからな、ハルヒを傷つけることになるとは理解していても嘘をつくしかなかった訳だ。
真実とは間逆の嘘、ハルヒといることが迷惑だと言ってしまった。そしてその場でハルヒはSOS団退団を宣告し、俺はそれを受け入れた。
 そんなことがあってハルヒのいない夏休みが始まり今に至るわけだ。まあこんなふうに軽く説明はしたのだが、俺もこのことには多いに悩んださ。
それこそ夏休みが始まって数日は部屋から出るのも辛いほどの無気力に襲われていたからな。だが俺は選んだ。それがハルヒが引っ張ってくれるまま過ごして来た俺が道を見失うことになっても、ハルヒが輝けるのであればそれでいいと。
そういうふうに思えるほどには時間がたったってわけだ。
 さてさて、そう言ってる間に喫茶店が見えてきた訳だが、俺を呼び出したあいつはいったい何の用事で俺を呼び出したんだろうね。
 
 
 
「やあキョン、突然呼びだてしてすまないね」
「待たせてすまないな佐々木。まあ暇だったからな。なんの問題もないさ」
 そう、今日の呼び出し相手は中学以来の親友である佐々木だ。それにしてもこいつも受験生であり、しかも超のつくほどの進学校の生徒であるはずなのだが、そんなこいつが俺を呼び出すとはいったい何があったと言うのだろう。
「久しぶりに会った親友と世間話でもしながら再会の喜びに浸りたいわけだが、なにぶん僕も受験生でね。今も塾の合間の僅かな時間を使ってここに馳せ参じてるってわけだ。
だから用件は単刀直入に言おう。君はなぜ彼女と、涼宮さんと袂を分かつようなことをしているんだい?」
 多忙なら多忙なりに俺なんて呼び出したりせず、大人しく勉強していればいいものを...いやちょっとまて、つーかその前にお前
「なぜそれを知っている?」
「橘さんが教えてくれたよ。彼女はまだ自分の目的を諦めた訳ではなかったようだ。まったく甚だ迷惑な話だよ。僕自身そんな力を求めてなどいないっていうのにね。
まあ僕の話は今はいい。問題は君と涼宮さんの関係だ。僕の知る君たちはそう簡単に袂を分かつような関係ではなかったはずだがそれは僕の思い違いだったのかい?」
 神様候補生であるこいつに嘘を突き通す自信なんてまったくといっていいほどないからな、それにそもそも親友でもあるこいつに嘘をつく必要もない。
俺は素直にことの春から先のことの経緯―自分がハルヒの足枷になっていることを自覚したこと。そしてハルヒと離れることを決めたことからSOS団を首になるに至るまで―を説明した。
「そんなことがあったとはね...。だがキョン、君は明らかにやり方を間違えている。僕が推測するに、そうだな聡明な彼女のことだ、キョンの意図を正しく理解しているだろうね。
終業式の日までなんのアクションを起こさなかったのは、キョンが自分のことで悩んでいることを打ち明けてくれるのをまっていたからだろう。キョン、君は一人で思い悩む前に彼女と話し合うべきだったんだ。
そうすればこんなふうになることなどなかったんじゃないのかい?彼女が自分の行動の責任を誰かに求めるような人ではないことを一番理解しているのは他でもない君のはずだ」
「たとえそうであったとしてもだ、俺はあいつになにもしてやれはしない。俺はただ、あいつが太陽みたいに輝いてる光を受けて自分も光っているつもりになっていただけ滑稽な男だ。」
「それは違うよキョン。彼女は君になにも求めたりはしなかったはずだ。僕もキョン同様にキョンと彼女の関係は太陽とその光を受けて輝く月のそれに近いと感じていた。
だがキョンの考えと違うところがひとつある。それはキョンが彼女の隣で彼女の光を受けていると感じていたのと同様に、いやそれ以上に、彼女は君の隣だから輝けていると感じていたはずだ。
僕の見た君たちは互いが互いを照らすそんな関係だった。僕にはそれがとても羨ましく思えたよ。」
「お前がどう思っていたのはしらんが、あいつは勝手に輝いてるやつだったさ。俺はただ「やれやれ」と思いながらあいつの思いつきに付き合っていただけだ」
「僕としてはキョンのそういった「無自覚でありながら相手を輝かせることのできる」といったところは美点であると感じていたのだがね。そんな美点にもこんな盲点があるとは流石に僕も予想外だったよ。
いいかいキョン。彼女は君の隣だから笑えていた。いつも君が後ろにいてくれるから安心して前に進めた。彼女から、いや彼女に限らず他人からそんな全幅の信頼をおかれる人間であることは十分に誇っていいはずだ。
キョン、君と知り合ってからの彼女はいつも笑顔ではずだよ」
 笑顔か。思えばあいつの笑顔を最後にみたのはいつだっただろう。春から先あいつの顔をまともに見れなくなっていたからな。だが俺の思い浮かべるあいつの顔はいつでもとびっきりの笑顔だ。
「確かにハルヒはいつだって笑顔だったさ。だがそれは別に俺の手柄ってわけじゃない。あいつが笑っていたのはSOS団があったからだ」
「ここまで言ってもわかってもらえないとはね...。僕としては君からそんな弱気な発言など聞きたくはなかったよ。君は自信を失っているだけだ。
そして彼女の足枷になっているという自己嫌悪から彼女と向き合うこともできないでいる。ならばキョン。一つ提案をしよう。確かキョン、君は昨年度末に文芸部員として小説をかいたはずだね。
そしてそれはなかなか好評だったそうではないか。僕自身も国木田君に塾で会ったときに読ませてもらったがあれは君の暖かな人柄の出た良い作品だったよ。
それでだ、君はこの夏休みに小説を書いてみるのはどうだろう。多大な苦労を持って何かを成し遂げることは君の自信を取り戻す行為になりうるはずだ」
 自信を失っているだけか。今の俺には佐々木の言ったようには到底思えない。だが他ならぬ佐々木の提案だ。
結果がどういうことになるのかは俺には分からない。だが俺とハルヒにとっていい方向に向かう提案であることは疑う余地もないだろう。ならば俺は全力で取り組むだけだ。
 そんなふうに考えて俺は佐々木の提案を快諾した。
「なにかと心配をかけたようですまんな」
「僕と君は親友だ。そして友人が悩んでいる時に悩みを分かち合うことは当然の勤めだ。そしてそれに答えた親友には謝罪の言葉ではなくもっと相応しい言葉があるんじゃないのかい?」
穏やかで人をからかうような微笑をたたえそんな風に我が親友は言ってきた。
「ありがとう。佐々木」
「では僕は行くとするよ。少し長話しすぎたようだしね。キョンと涼宮さんがうまくいくことを願っているよ」
「ああまたな。佐々木」
 
 
 
 次の日から俺は一心不乱に取り組んだ。題材だけはすぐに思いついたしな。たぶんこれから先を含めたとしても俺の人生においてこれほどひとつのことに専念するなんてことはないだろうと思えるほどに俺は打ち込んだ。
朝起きて図書館に向かって閉館まで粘り、家に帰れば睡眠欲が限界に達するまで机に向かった。
 しかし一週間もしたところで俺の手は止まる。元々専門の教育を受けた訳ではない、ただの高校生である俺には当然のことだ。知識が、技量がたりない。そしてそれを補おうとしてもどう補っていいのかも見えない。完全に暗礁にぶちあたっちまった訳だ。
 だがそんな俺に救いの手が差し伸べられた。そしてそれはやはり信頼する仲間からによるものだった。
「...これを」
 図書館で参考書籍を探す俺に差し出された一冊の本。
「長門、それに古泉も。なぜここに」
「ひどいことを仰いますね。仲間が困っているときに助けに行く。その行為に理由が必要ですか?」
 その行為自体に理由なんていらないさ。だがな古泉。
「俺はSOS団を首になったはずだ」
「確かに終業式の日に涼宮ハルヒはあなたを退団させたことを私たちに告げた。だがわたし達は彼女の言葉が彼女の本意ではないと受け止めた。そして仲間とは助け合うもの。わたしはそう理解している。
わたしは朝比奈みくるがこの場にいたとしても、同様の行為をとっていたであろうと確信している」
「僕たちは仲間です。どういう形であれあなたは涼宮さんを思って行動した。ならば僕達もまた僕たちの考える通りに行動するまでです」
「わたし達はあなたがなぜ涼宮ハルヒと離れることを選択するにいたったのかを把握していた。だが涼宮ハルヒはこれは二人の問題であると考え余計な横槍が入らないように自身の能力を使用した。
あなたが涼宮ハルヒに悩みを打ち明けないことを選択し、また涼宮ハルヒ自身もあなたの行動をまつ選択をしたためわたし達は静観することを決めた」
「ハルヒが能力を使ってたって?だがなにも起こってやしなかったぞ」
「お気づきになりませんでしたか?クラスで、いや校内においてバカップルと認識されているあなた方が疎遠になっていく。そのようなことに誰も疑問に思わないなどありえることではありません。
あなたは自分がうまくやっているからと御思いだったかも知れませんが、それは大きな間違いです。涼宮さんが二人での解決を望んだからこそ誰も疑問に思わなかったのです」
「そしてバカップルは終業式の日に一つの結論を出した。涼宮ハルヒはあなたが望んだように進学する大学を変えることを決め勉強に専念している。そしてわたし達に何一つ相談しなかったあなたは親友の提案に従いここにいる。」
「二人の問題であるとして干渉されることを避けていたバカップルがお互いに歩むべき道を見つけた。ならば親友ではありませんが僕達のとる行動は一つです。
仲間のサポートをする。その一言に尽きます。まあ...僕達と言いましても実際にサポートすることになるのは長門さんになるでしょうが」
「あなたはわたしに自分に足りないと思うことを伝えてくれればよい。わたしはあなたのあなたの答えになりうるであろう書籍を検索しあなたに届ける。あなたはただ自分の思うが侭に執筆を進めるべき」
「その申し出はありがたい。素直に感謝しよう。だが一つ言わせてくれ。さっきからバカップルとかやたらと親友という言葉を強調したりとなんだか嫌味ったらしくはないか?」
「涼宮さんがあなたがいつ悩みを打ち明けてくれるのかとまっていたのと同様に、僕達もあなたが相談してくれるのをずっと待っていた訳です。それが何の相談してもらえずに、あなたは涼宮さんごと僕達からも距離をとる事を選択した。
嫌味の一つでも言いたくなる程度には僕達も心を痛めていたのですよ。僕達は見守ることしかできませんでしたから」
「さらに、あなたは涼宮ハルヒと離れることを選択した時だけでなく、その後もわたし達でなく親友に悩みを打ち明け、また親友の提案を受け入れた後もわたし達に何一つ相談をすることはなかった。
わたしはこのことに強い憤りを感じている。この程度の罰であるならあなたは受け入れるべき」
「俺が馬鹿だったよ。俺は本当に自分を見失っていたようだ。そして周りも何もかも見えなくなっちまってたんだな。こんなにも俺の、いや俺とハルヒの事を思ってくれている仲間が近くにいるっていうのに」
 すまない。そんな言葉を吐こうとして俺はとっさに飲み込んだ。佐々木にも言われた。俺が言うべきは謝罪の言葉なんかじゃない。信頼する仲間がこれだけのことをいってくれたんだ。ならば俺が言うことは一つだろ?
「ありがとう。長門。古泉。」
 
 止まっていた俺の手は仲間の力を借り再び動き出した。長門というもはやチートと呼んでいいほどのサポートがついたからな。別に行き詰ったときに長門に書いてもらったわけじゃないぞ。
あくまでこれは俺が俺自身の手でやらなければいけないことだからな。まあ長門や古泉に意見を求めることはあったがそれはあくまで参考程度でだ。
あいつらもそれを理解して動いてくれたしな。ただ誤字脱字のチェックに関してだけは長門に一任したがな。
 
 そんな最高の仲間達の援護を受け、なんとか夏休みが終る前に俺の小説は完成した。バイオリン職人を夢見る少年と少年にあこがれる少女。
そして夢に向かって輝く少年をみて何も自分にはなにもないと思ってしまった少女が自らの輝きを探すために小説を書くに至るまでの話。タイトルは耳をすませばと名づけた。
 俺とハルヒの関係に似た話。そんな小説を書いているうちに一つ思い至った。開き直りかもしれないが佐々木の言うとおり俺はハルヒに打ち明けるべきだったのだ。
俺と同じ大学に行くことを後悔しないかと。まあ今ならあいつが俺になんて返事をするかなんて手に取るようにわかる。ありがとうな佐々木。お前のおかげで俺は一つ成長したようだ。ほんと俺には勿体無いぐらいのやつだよお前は。
 そう思いながら俺は結果を報告するためにいつもの喫茶店に佐々木を呼び出した。
「待たせたね。キョン。」
「お前も忙しいだろうから前置きは省かせてもらうぞ。佐々木。全部お前の言うとおりだった。お前の提案のおかげで俺は見失ってたものを全部取り戻せた気がするよ」
「いい顔をしてるよ。夏休みの初めに君に会ったときとはまるで別人だ。この提案を通して君は得がたい経験をしたようだね。それで涼宮さんとはどうするんだい?」
「ああ、話し合ってみるさ。遅い!とか罵られそうではあるがな」
「涼宮さんの話をするときの君は本当に優しい顔をしているよ。前にあったときは苦しそうな顔をしていたのにね」
「自分ではわからんのだけどな。まあそうなんだとしたら佐々木。お前のおかげだ。本当にありがとう」
「他ならぬ君と涼宮さんためだ。この程度のことなんでもないことさ。そして君の小説なんだが...早速にでも読ませてもらいたいのはやまやまなのだが如何せん僕も多忙な身でね持ち帰って読ませてもらってもいいかい?」
「ああ、それはお前に渡そうとして用意したものだ。持ち帰ってくれてかまわない」
「ならば家でゆっくり読ませてもらうとするよ。そしてこれは余計なお世話かもしれないが聞いてくれ。君の書いた小説はぱっと見ではあるが出版社が主催する賞に応募するのに必要な要項を十分に満たしているように見受けられる。
そこでまた提案なんだが、これを賞に投稿してみてはどうだろう。君も自分の成果を試してみたいだろうからね」
「佐々木の出した小説を書いてみろっていう提案で俺は確かに自分を取り戻した。そんなお前の提案に俺が拒否する理由なんてないさ。お前が出品してみた方がいいというのならそれはその通りなんだろう。わかった。投稿してみるよ」
「良い結果が出ることを祈っているよ。では僕はそろそろ行くとしよう。また会おうキョン。」
「またな。佐々木」
 佐々木の薦めに従い早速投稿をした俺は眠りに着く前にある一つの決意をした。明日ハルヒに伝えよう。あの屋上に続く階段に、俺とハルヒのSOS団という掛け替えのない関係の始まったあの場所に呼び出し。お前が好きだと。お前のそばにいたいと。
だが現実問題として夏休みに何一つ勉強もせずに小説を書くことに明け暮れていた俺であるからして、浪人するであろうことは規定事項でもあるといえる。
 情けない話ではあるがこの夏休みで見つけた自分の進むべき道、小説家になるという夢の取っ掛かりになるであろう大学への入学が決まるまでまっていてくれとつながるわけではあるが。
なんと情けないことだろう。そんなことを、そして如何にハルヒをあの場所へと呼び出すか考えながら俺はいつの間にか眠りについていた。
 
 
 
「こんのエロキョン!!!!」
 そんなハルヒの罵声と頬の痛みで目を覚ますと俺はいつのまにやら部室にいた。窓から見えるのは灰色の空。何の因果か俺はまたハルヒの作り出した閉鎖空間とやらにつれてこられたらしい。
ここはあまり気持ちのいいものではないが、もはや慣れたと言っていいだろう。それにどこに放り込まれたのだとしても何もあせる必要はない。俺がずっと会いたかったやつが、ハルヒが隣にいる訳だしな。
 しかしこの頬の痛みはなんなんだ。なぜ俺はいきなり叩かれたんだ。誰か分かるやつがいたら今すぐ俺に教えてくれ。
「なにしやがる」
「うっさいバカキョン、エロキョン、エロエロキョン!なんか苦しいと思って目を覚ましたらあんたがあたしを抱きしめてたのよ。寝てるあたしを襲うなんて許しがたい所業だわ」
「無茶いうなよ。つーかここどこだ。俺はいつもどおり自分の部屋で寝ていたはずなんだが」
「あたしだってそうよ。それにしても寝ているあたしを抱きしめるなんて...寝てたのが勿体無いっていうか寝てる間じゃあたしも心の準備ができないって言うか
「何言ってるか聞こえんぞ。まあどうせ俺に浴びせる罵声を考えているんだろうから聞こえんほうがいいのかもしれんがな」
 こんな取り止めの無いやり取りであったが、俺には懐かしく感じた。俺は終業式のあの日ハルヒを傷つけてしまった。だがこうやってまた以前のようにハルヒと話せる。それだけの事が俺にはまるで奇跡かなんかのように思えた。
 そんなことを考えながらふとハルヒをみるとむーっといったような変な表情をしていることに気づく。
「へんな顔していったいどうした?なんか俺おかしなことでもいったか?」
 俺が見つめていることに気づいたのか、ハルヒは変な表情を引っ込め、とたんに真剣な顔になった。
「何だかあんたの顔久しぶりに見た気がしてね。ねぇキョン。あんたがまたそんな顔見せてくれるのはこれがあたしの夢だから?それとも佐々木さんのおかげ?」
「なにいってるんだハルヒ。それに何で今佐々木がでてくる」
「あたしね、今日見たの。あんたが前みたいにやさしい顔して佐々木さんと話してるとこ。あんたはずっとあたしにそんな顔見せてくれなかったのに。
あたしあんたがなんで距離をとろうとしてたか知ってた。だいたいあんなあからさまにしてたら気づくに決まってるじゃない。それこそ何で周りが気づかなかったか不思議なくらいだったわ。
でもあんたが頑固なやつだっていうのも知ってるから団長として心の広い所も見せてやろうと思ってずっと待ってた。あんたがなにか言ってきたらバッカじゃないのって言ってやるつもりだった。
でもあんたは何も言ってこなかった。あたしが我慢できなくなって終業式の日に問い詰めてもあんたは迷惑だなんてしか言ってこなかった。そりゃそうよね。あたしの所為であんたはずっと苦しんでたんだもの。
でも今日佐々木さんといるときのあんたは、前にあたしに見せてくれたみたいにやさしい顔してた。あたしはあんたに苦しい顔させることしかできなかったのに。あんたが辛いときにまってるだけでなにもできなかったのに。
あんたはそんな苦しい顔させるだけのあたしといるよりも佐々木さんといたほうがいいのよ。あたしはあったを苦しめることしかできないんだから」
 言うだけ言ってハルヒは俺の答えも聞かずに部室を飛び出した。俺が一人で悩んで、苦しんでいるつもりだったときに、ハルヒはそんな俺をみて一緒に苦しんでくれていたってのに。そしてそんな俺達を見て長門や古泉達も苦しんでいたって言うのに。
それに気づかないで俺は勝手に一人の殻に閉じこもっちまっていた。俺は馬鹿だ。俺は実に馬鹿だな。
 だが今はそんな自己嫌悪に浸って自分を責めている場合じゃないな。ハルヒは俺の答えなど聞こうともせずに行っちまった。なら俺がまずすべきなのは自分を責める事じゃなくてハルヒの思いに答えることだろう。
 
 
 
 部室を飛び出したハルヒを必死に追いかけてようやく追いついて捕まえた先はいつぞやの夢の終着点でもある校庭だった。
「離しなさいよ。バカキョン」
 誰が離すかよ。ここでお前を放したらたぶん俺は二度とお前の顔をまともにみれなくなっちまう。
「言うだけ言って答えも聞かずに出てくお前が悪いんだろ」
「うるさい。聞きたくない。あんたには佐々木さんがいるんだからあたしなんか追いかけてくるな。バカキョン」
「いいから聞け。ハルヒ。俺はお前が好きだ」
「なに言ってるのよ。あんたには佐々木さんがいるじゃない」
「佐々木は関係ない。俺が好きなのはハルヒ、お前だけだ」
「嘘よ。そんなの絶対に嘘。だって佐々木さんといるときあんなに楽しそうにしてたじゃない」
「俺にはそんなつもりはないんだがな。だがなハルヒ。俺がそんな顔をしていたのだとしたら、きっとそれはお前のことを考えていたからだ。俺がそばにいたいと。一緒にいたいと思うのはハルヒ、お前だけなんだ」
「キョンそれ本気で言ってるの?あたしはずっとあんたのこと苦しめてたのよ。あたしといたらきっとまたあんたが苦しい思いをすることになるかもしれないのにそれでもいいの?」
「俺が一人で苦しんでただけだ。それにな、ハルヒ。俺は気づいたんだ。どんなに苦しくたってお前の眩しいくらいの笑顔一つでそんなもん全部吹っ飛んじまうってな。
こんなことになったのは俺が一人で抱え込んでて、そんな俺を見てお前の顔まで曇っちまってたからだ。今度こんなことがあるとすれば俺はお前に真っ先に相談する。そうすれば俺の悩みなんてお前が全部吹き飛ばしてくれるだろ」
「当たり前じゃない。あんたがあたしの笑顔一つで元気になるっていうならね、さいっこうの笑顔であんたのちっぽけな悩みなんか吹き飛ばしてあげるわよ」
「ありがとうな。ハルヒ」
 そう言って俺は最高の笑顔を見せてくれたハルヒを強く抱きしめた。なんで俺はこいつを離そうとしちまったんだろうな。こいつがいなきゃ駄目だってことは俺が一番よく知っていたはずなのに。
 それからどれぐらいの時間がたっただろう。腕の中のハルヒの温もりが幸せすぎて時間の感覚なんてとうに無くなっていたからな。そんなときにハルヒが口を開いた。
「ねぇキョンこれって夢なの?せっかくお互いに素直になれたのに全部無かったことになっちゃうの?」
「なあハルヒ。隣の大トロって知ってるか?」
「そりゃしってるけど...。それがこのこととなんの関係があるっていうのよ」
「あの中であっただろ「夢だけど夢じゃなかった」ってな。これは夢みたいなもんだけど確かに現実に残るものあるんだ」
「そうなの?あんたがそう言うなら本当なのかもね。あの時もあんたがポニーテール萌えだーなんて恥ずかしいこと言ってて、そんで次の日にためしにポニーテールにしていったらあんたすっごいにやけてあたしのことみてたもんね」
「その件に関しては黙秘権を行使させてもらう。まあそんな訳だから、きっとこの夢が覚めても現実の俺はお前の隣にはまだいれない。現実の俺はまだお前の隣にいるために足掻いてる途中だからな。
だからハルヒ。現実の俺が苦しい顔をしていたらお前の笑顔を見せてくれ。そうしたら俺はお前のためにがんばれる」
「それはいいけど...。でもあんたあたしをいつまで待たせるつもりよ」
「自分の気持ちに区切りをつけるのに夏休みをまるまる使っちまったからな。お前の隣に立てるのはまあ軽く1年はかかるだろうな」
「春からずっと待たせといてさらにこのあたしを1年も待たせようっていうの。ほんとバカキョンなんだから。でも...でもまあいいわ。意外と頑固なあんたがそう決めたんだもんね。1年だけまってあげる。
でも誓いなさいキョン。今ここで。絶対にあたしを迎えにくるって」
「ああ。約束するさハルヒ」
「約束よ。キョン」
 そう言って瞳を閉じるハルヒに俺はキスをした。
 
 
 
 その後のことを少し語ろう。フロイト先生も失笑な夢で夏休みは終わりを告げたわけだが、その後も俺とハルヒの関係は夏休み前のままだった。あの夜のことは無茶苦茶な言い訳ではあったが夢だということにしておいたから当然といえば当然といえる。
だが一つだけ変わったことがある。ハルヒが俺と目が合うと笑顔を見せてくれるようになったってことだ。たぶんあの夢の中で俺が言ったことを夢だと思いながらも実行してくれてるってことだろう。
まあその後に「いつまでまたせるのよ。バカキョン」っというハルヒの心の声が聞こえそうなほど睨み付けられるわけだがな。
 そんな関係のまま時間がすぎ、ある日俺に一本の電話がかかってくる。その電話の内容はというとだな。なんでも俺が応募した賞の審査員の一人が俺の作品をいたく気に入ってくれたらしい。なんとも物好きな人ではあるが、その審査員とやらが今度海外に活動の場を移すにあたって人手を探していたようで、そこで俺に白羽の矢が立った。というものだった。
 そんなうまい話があるわけない。宇宙的、未来的、超能力的要素がからんでいるのではないかと疑ってかかった俺なのだが、古泉や長門に確認してみたところ、古泉お得意のセリフを聞くことになった。
 古泉曰く、
「あなたが早く自分のことを迎えにこれるよう涼宮さんが望んだからです。彼女はあなたの夢の後押しすることを望んだ。だからあなたは、あなたを評価してくれる人間にめぐり合うことになったというわけです。
ただこれだけは勘違いなさらないでください。彼女の望みはあくまで夢の後押しです。あなたの評価に下駄を履かせたわけではありません。偶然にもあなたの作品を評価する人間が審査員になった。その程度にしか力は働いていません」
とのことだ。
 どういう意味だかわからんが、とりあえず宇宙人、超能力者の二人から「あなたの実力ですよ」と太鼓判を頂いたので、俺はその申し出を受け海外へ移住することを決めたわけだ。
 そんなことで俺の1年だけまってくれという約束は俺の海外への移住、そして期間未定となってしまったわけで、それをハルヒに納得させるのは大変な苦労であった。
 そもそもハルヒが望んだから俺は海外に移住することになったわけだが、ハルヒはそんなことは知らないわけで、「これ以上待たせるなんて何様よ!」から始まり、
俺の誠心誠意の説得にようやく納得し延長を承諾したあとも、やれ毎日手紙を書けだの、小指が軽いから約束なんて忘れてしまうかもだの、様々な条件を突きつけてきたわけである。
その様々な条件を無条件に受け入れ、晴れて俺は海外へと旅立った。
 
 
 
 
 
 
 
 
それから数年後

 
 今俺はとある有名大学のキョンパスを歩いている。 海外に移住したはずの俺がここにいることを疑問に思うかもしれないが、なんのことはない、「海外飽きた。味噌汁最高」そんな一言で俺の師匠とも呼べる先生が帰国を決めたからだ。
そんな軽い気持ちで帰国を決めるなら最初から海外にいこうなどと思うなよ。俺の作品を気に入るなど物好きな人だとは思っていたが前言撤回。俺の師匠は変人だ。変人に振り回されて海外へと旅立ち、変人に振り回されて帰国する。
俺の人生とはいったいなんなんだろうね。
 そんなことがあって俺は帰国し、そしてハルヒようやくではあるがハルヒとの約束を果たすためにここにいる。
 初めてきたはずの場所なのにどこか見覚えのある風景。あのとき見た未来で俺とハルヒが出会ったのはたぶんこの場所なのだろう。
こんな有名大学に俺が入学できるわけはないからな。そしてあの日ハルヒを呼んだのが俺なのだとすれば、きっと俺が今日ここにくることは規定事項なのだろう。あの時は同じ大学に進むことになるのであろうと思っていたのだが、なんだか随分遠回りになっちまったな。だがまあいいさ。
あの日から俺の思いはなにも変わっちゃいない。ハルヒの隣にいるのは俺でありたい。過程がどうであれその思いは確かに叶うのだから。
 ハルヒを見つけたらきっとそこにはまだ学生服を着た過去の俺もいるだろう。あのとき俺は今の俺と出会ったわけではないから、きっと過去の俺と話すことはないのだと思う。
だがもし、もしも過去の俺と話すことができるのならばなんと言ってやろうか。「これからもハルヒに振り回されることになるががんばれ」か。それともむこうから「お前全然変わってないな。相変わらずハルヒの隣にいるのか」なんていわれちまうかもな。
 そんなことを考えながら探し回ること数分、見覚えがある風景は確かに見た風景に変わりその中に見忘れるはずの無い後ろ姿を見つけた。
「ハルヒ」
呼びなれた、だが一度は呼ぶことを諦めた名前を呼ぶ。
「なんで?あんたがそこにも...」
 耳をすませば聞こえてくる、あの日聞いたあいつの言葉が。「キョン。またね。」あいつは確かにそういった。
 
 あの春の日に見た未来を、ハルヒのそばにいることを、今確かな現実にするために俺はもう一度名前を呼ぶ。

「ハルヒ」

 あの優しげな微笑を見るために。
 
 
 
 

 終り

 

その後の二人 

 
キョン「なあハルヒ。俺も先生から「君もそろそろ一人立ちしてみる頃合だな」なんていわれたものでな、今賞に応募する作品を書いているんだ」
ハルヒ「ふーん。それでどんな内容なの?」
キョン「内容はだな、不思議なことが大好きな少女が高校に入学して、たまたま前の席にいた男子を巻き込んで宇宙人や未来人や超能力者を探すって話だ」
ハルヒ「どっかで聞いたような話ね。それで? 題名はなんていうのよ」
キョン「一応考えてある。だが題名をつけるにあたってお前の許可が必要だと思ってな。題名は涼宮ハルヒの憂鬱にしようと思っている」
ハルヒ「なによそれ。あんたこのあたしの名前を使おうっていうの? 使用料をいただくわ」
キョン「まあそう言うだろうとは思ったよ。それでだな、使用料なんだが…… 俺の人生丸ごと先払いってのはどうだ?」
ハルヒ「却下。そもそもあんたの人生なんてもともとあたしのものでしょ。そんなものもらったって意味ないじゃない。だから違うものではらってもらうわ」
キョン「いつのまにそんなことになってたんだか。それで、なにで支払えばいいんだ?」
ハルヒ「あんたが払う使用料ってのはね、ただ一言誓えばいいの。あたしを幸せにするって」
キョン「そんなもんは大前提だったんだがな。ハルヒ、俺はお前を幸せにする。絶対にだ」
ハルヒ「絶対にだかんね!幸せにしなかったら許さないんだから」
 
キョンが運動靴大賞を受賞することになるのはまた別の話...。
 
 

耳をすませば ハルヒサイド

 
 
 終業式前日のハルヒの日記
 
 キョンの様子がおかしい。そんなことに気づいたのは一学期の初めの頃だった。
 あたしとの会話をなんとなく避けるし部室にも顔を出さなくなった。それに…… それになによりもあいつはあたしの顔をみると、なんだか苦しそうな顔して目を逸らすようになった。
 あいつのあんな顔見たこと無い。
 あいつはいつだって口答えするし、やれやれとか言ってやるき無さそうにしてる。でも違う。あいつは口ではそんなこと言いながらもいつもやさしい顔してた。
 だからあたしはキョンがそんな顔するようになった原因を探した。そしたらすぐにそれは分かったわ。
 あいつがそんな顔するようになった原因はあたし。いや正確に言えば違うわね。あいつが岡部の馬鹿にあたしの説得をしろなんていわれたから。
 キョンにそんなこという岡部も岡部よ。キョンは馬鹿みたいに優しいやつなんだからそんなこと言われたら俺のせいだーなんて自分を責めるに決まってるじゃない。
 キョンがあたしことで悩んだり苦しんだりするとこなんて見たくないのに……。
 
 あたしは別に大学なんてどこでもいい。大学なんてどこに進学するかが問題なんじゃなくて、進学した先に何をするかが問題じゃない。
 あたしの目的はね、世界の不思議を探すこと。世界を大いに盛り上げることなのよ。
 だから団員その一であるキョンと同じ大学に行くことはあたしの目的の一番の近道なんだかんね!
 
 キョンが岡部の言う事を聞いてあたしを説得しに来るようだったらそういってやるつもりだった。
 でもキョンは直接あたしを説得するなんて方法をとらなかったみたい。
 あいつはあたしを説得するどころかどんどん距離をとるようになっていったからね。
 ほんとバカキョンなんだから。キョンが言ってくるのをずっとまってたけど海より広いあたしの心もここらが我慢の限界よ!明日あの屋上に続く階段へ引っ張っていって問いただしてやるわ。
 覚悟しておきなさい。バカキョン。
 
二学期初日のハルヒの日記
 
 夏休みが終ったけど夏休み前とは何もかわらず、やっぱりキョンはあたしに話しかけてくることはなかった
 ううん。ちょっとだけ変わったわね。キョンがあたしと目があっても苦しそうな顔しなくなった。以前みたいにやさしい顔をしてくれるようになった。
 キョンが夢の中で言ってた通り、あの夢は夢だけど夢じゃないのかもしれない。だからあたしはあいつと目が合ったらさいっこうの笑顔を見せてやることにしたの。
 当然発破をかける意味でも、睨みつけることも忘れないけどね。
 1年もあたしを待たせようとするなんてほんとバカキョンなんだから。
 でも…… でもそうね。あたしはずっとまってたんだもの。ジョンみたいにあたしのことをちゃんと理解してくれる人を。
 キョンと出会うまで3年もまってたんだから1年ぐらい余裕のはず。
 それにしてもあいつがなにを自分の中の区切りにするのかはわからないけど、あたしをドキドキさせてくれるぐらい素敵なことだといいな。
 まあどうせ志望大学に入学できた時とか言いそうな気はするけど、どうせならもっとちゃんと区切りをつけて、プロポーズしてくれるぐらいだったらうれしいのに。
 ずっと別れていたあたしとキョンの道が再び交わるのは、キョンが夢を叶えてあたしにプロポーズしにくるとき。なんてのもロマンチックでいいかも。
 うん。ほんといいわねこれ。自分で書いててニヤニヤしてるのがわかる。
 あたしは気が短いんだから、早く約束を守って迎えにきなさいよね。バカキョン。
 
キョンに海外に移住することを告げられた日のハルヒの日記
 
 まったくいったいなんだって言うのよ。あのバカキョンは。急に呼び出してくるから、もしかして「今まで待たせてすまなかったなハルヒ。1年も待たせなくてすんだよ」なんて言われるのかと思ってドキドキしてたあたしが馬鹿みたいじゃない。
 しかも海外に行くってだけならまだ許せる。いやほんとはいやだけど。それよりもなんで佐々木さんがでてくるっていうのよ。確かに佐々木さんは親友かもしれないけど、あんたにはSOS団の仲間、古泉くんに有希だっているじゃない。
 でもまあいいわ。「あたしのキョン」の親友だし、そのおかげであたし達は元にもどれたのだから、今回のことは水に流してあげる。
 それにしても海外か……。
 これはきっとフラグね。キョンが帰国したら結婚するフラグが立ったわ。
 ずっと離れていた二人の再会なんだから、男が女に結婚を申し込むって展開にならないはずないわ。
 約束の期間が延びたのは辛いし、キョンがそばにいてくれないのはもっと辛い。でもなんだか物語のヒロインみたいで素敵かもって思う自分がいる。
 このフラグをへし折ったりしたら絶対に許さないんだからね。バカキョン。