肝試し (94-808)

Last-modified: 2008-07-27 (日) 23:48:21

概要

作品名作者発表日保管日
肝試し94-808氏08/07/2708/07/27

作品

山の中の真っ暗な夜中とはいえ、こんな美少女にすがりつかれるのは普通なら喜ぶべき状況なんだろう。だが隣にいるのはよりによってこのハルヒで、しかも馬鹿力だから痛いの何の。
 
「ハルヒ」
「な、なによぉ?」
「俺の腕にすがりつくのはかまわんが、もう少し力を緩くしてくれ。さすがに痛い」
「キョン、あんた夢の中で”怖いなら腕にすがりついてくれ”なんて言ってたじゃない。だ、だからよ!」
 
夢って例の閉鎖空間の事だろうな。俺はそんなセリフをあの時に言ったような気がするが、あれは夢だったことにしておかないと後々面倒だから、話を逸らそう。
「ハルヒ、”怖いなら”って…まさかお前怖いのか?」
「何言ってんのキョン、怖くなんかないわよ!」
「そうか。それならいい」
結局、ハルヒは俺の左腕にすがりついた手を緩くしてくれなかった。やれやれ。
 
怪談話の時の嬉々としたハルヒと、今ここにいるハルヒが同一人物とは思えず、俺は正直戸惑っていた。てっきりハルヒは怖い
ものに免疫があるんだと勝手に思ってたんだが、この様子を見る限りでは免疫があるのは怖い”話”だけなのかもしれない。
とはいえ、何度も”怖いのか?”と聞いたりすれば怒り出すだろうから、やめとこう。
 
 
ああ悪い悪い、そういえば夏の夜中にこんな山の中でハルヒとうろうろしてるかを説明してなかったよな。簡単にいえば、ハルヒの負けず嫌いがこの状況を生み出したんだ。
 
とりあえず、1時間ほど前に遡ってみようじゃないか。
 
 
 
場所は鶴屋さんのお家だ。いやお屋敷、と言った方が正しいかな。夏の夜中にSOS団一同がここに集まって怪談話に花を咲かせるという事だったが……
 
「…ということで、その怪物は退治された、ってことにょろよ♪」
鶴屋さんの怪談話が終わった。ハルヒは100Wの笑顔で、朝比奈さんは今にも倒れそうな顔で、長門は無表情で、古泉はニコニコスマイルで、じーっとしていた。最初の予定では夏の夜の怪談話ということで皆がそれぞれ怪談話を持ち寄って話すことになっていたのだが、途中から鶴屋さんオンパレードとなっていたのはご愛敬だ。まぁ鶴屋さんは例の落語のネタのようにレパートリー多いから楽しいし、聞く分には全く問題ないけどな。
 
「おもしろかったわ!鶴屋さん!」
「ハルにゃん、ありがと♪」
「鶴屋さん、あなたいくつ怪談話ネタを持ってるんですか?」
「キョンくん、そこは内緒にょろ♪」
「わかりました。でもこのままじゃ鶴屋さん独演会だし、そろそろ何か違うことをした方が…」
 
そこで古泉が余計な一言を言ったのが始まりだった。

「そうですね。夏といえば花火とかですが、ここで怪談話の次となると肝試しとかですかね」
「うむ、古泉くん、それなら肝試しするにいいとこ、ここにあるっさ!うちの山の中に古いお墓があるんだけっどもさ、そこまでここから行ってみる、ってのはどう?」
 
鶴屋さん曰く、この屋敷の向こうの山の中に墓地があるらしく、そこまでの道が夜だと結構怖いらしい。肝試しにはもってこいだとのこと。
 
「道は一本道だから迷うことないにょろ♪」
「なるほど、それはおもしろそうですね」
「おい古泉、簡単に納得するな。俺たちは大丈夫だろうが、朝比奈さんとか大丈夫か?」
朝比奈さんはすでに青い顔してるが、こんな怖がる顔もかわいいのは何とも。長門はいつもの無表情だが、こっちは心配はいらないだろう。
 
「ハルヒ、どうする?肝試ししてみるか?」
「え!キョン、なに?」
「なにって、肝試しするって鶴屋さんの提案だが、どうする?」
「いや、その、どうするって…」
何だ何だ、ハルヒの反応悪いな? そう思って顔を見ると、意外なことにハルヒは少し硬い表情でいる。まさかあれだけ怪談話で盛り上がっておいて、いまさら怖いなんてないと思うのだが。
 
「おやハルにゃん、肝試しが苦手なのかぃ?」
「ま、まさか!そんな事ないわ、鶴屋さん! SOS団長として、そんなものが怖いわけないわ!さあみんな、肝試し行くわよ!」
「そうそう、それでいいにょろ♪」
あっさり鶴屋さんの挑発に乗るハルヒ。そこに朝比奈さんの泣きが入った。
「あ、あの~鶴屋さんに涼宮さん、あたしも行くんですかぁぁぁ」
「も、もっちろんよ!みくるちゃん。SOS団員として、当然の義務よ!」
「ふぇぇぇぇ、いやぁぁぁ」
朝比奈さんは今にも泣き出しそうな表情で俺を見た。朝比奈さん、俺と一緒に行けばあなたを守ってあげますって。
 
「で、キョン、どこに肝試しに行くんだっけ?」
「ちょっとまてハルヒ、おまえさっきの鶴屋さんの話を聞いてなかったのかよ?」
「そんな事どうでもいいじゃない!さっさと説明するの!」
「ああ、わかったよ。」
 
このとき、俺はハルヒは単にボケっとしてただけだと思っていたが、それが間違いだと気がついたのはだいぶ後の事だった。
 
 
 
結局、くじをひいてペア決めすることになった。SOS団+名誉顧問の合計6人を2名ずつに分けるわけだが、結果は”鶴屋さんと朝比奈さん”と”長門と古泉”がペアになった。ちぇ、朝比奈さんをお守りするという俺の野望はあっさりと砕け散ったが、まぁ鶴屋さんと一緒なら大丈夫だろう。長門は大丈夫だろうし、古泉は心配する必要もない。だが、ということは…
 
「いや~これはいいわさ。ハルにゃんはキョンくんと一緒ということだにょろ♪」
「……」
これはどういう冗談だよ、そう思って何か文句の一つでもつけようとしたがハルヒはどことなくうわの空だ。
「ん、どうした、ハルヒ?」
「!?」
ビクッと反応するハルヒ。どうもいつものハルヒらしくない。
「な、何でもない! キョン、さっさと行くわよ!」
「ちょっと待て。まだ順番決めてないぞ」
 
順番もくじで決めたが、最初は”長門&古泉”ペア、次に”鶴屋さん&朝比奈さん”ペア、最後にハルヒと俺という順番だ。鶴屋さんは一番最初に行きたかったみたいだが、まぁくじで決まったから仕方がないと結局諦めた。道については一本道ということだが、一応目印を置く場所などを記した簡単な地図を鶴屋さんに書いてもらった。
 
さて1番目の”長門&古泉”ペアは、出発から20分ほどして想像通り平然とした顔で戻ってきた。
「いや~なかなか雰囲気が出てて怖かったです。気を付けてくださいね」
「…」
ああ、お前たち超能力者と宇宙人の人外の2人のペアなら、足のないはずの幽霊も裸足で逃げ出すだろうよ。
 
次の2番目の”鶴屋さん&朝比奈さん”ペアは出発して30分以上して帰ってこなかった。どうしたのか、と思って心配したころに屋敷に戻ってきた。
「いや~自分で提案しておいて何だけっどもね。怖いかったにょろ♪」
「こ、怖かったですぅぅぅぅ」
意外な事に、朝比奈さんは青ざめた顔している割にはあまり怖そうな感じじゃなかった。なんだか別の事が気になってる表情なのは気のせいだろうか?
 
「な、何よ。ただの肝試しじゃない! い、行くわよ、キョン!」
「ああ、行こうか」
「何よ、そのやる気のない返事。あんたも怖がりなさいよ!」
「ハルヒ、出発する前から怖がってどうするんだよ?」
「何よそれ。じゃあ行ってくるわ、みんな!」
 
ハルヒと俺は屋敷を出発した。途中は懐中電灯の光のみで、確かに古泉の言うとおり怖い雰囲気が出てるな。
 
そこで冒頭のシーンに戻るわけだ。
 
 
 
「ねえ、キョン?」
「なんだ?」
この山の中をしばらく歩いてたが、ハルヒがえらくしおらしい声で聞いてきた。
 
「あんたは怖くないの?」
「どっちかというと怖いな」
「その割には平然としてるけど。どうして?」
「どうしてと聞かれても困る。たぶん慣れだろうな。それだけだ」
「ふ~ん」
 
ハルヒは納得いかない表情で俺を見てる。そうだよハルヒ、慣れという一言ですべて説明できるわけじゃない。ナイフを持った同級生の女子に殺されそうになったり、ある日突然お前がいなくなった後ろの席にその俺を殺そうとした同級生が現れたりと、現実の方で何度か恐ろしい体験をしたせいでこの程度の肝試しで怖いと思わなくなってしまった、というのが正解なんだと思う。
ゾンビ映画じゃないんだから、お墓から死人が蘇ってなんて事あるわけないしな。とはいえ、それはある意味で感覚が麻痺してるって事だから、あまりよい事じゃないのかもしれない。
 
こうなったのも全部俺の隣にいるこのハルヒに出会ってからこの事なんだが、こいつを責めるのもお門違いだし、それ以上に面白い経験をさせてもらってるから文句を言ったら罰が当たるだろう。幸いにしてハルヒはそれ以上詮索してこなかった。
 
結局ハルヒは俺にすがりついたまま離れず、そのまま墓地まで辿り着いてしまった。墓地といってもこじんまりとしたものだがそれでも墓石がいくつかあるのは確かに肝試しぴったりの雰囲気だな。さてどこに目印を置くのやら。
 
「鶴屋家の墓って、これ全部か?」
「……」
「どれに目印おけばいいんだっけか?」
「……」
その時ハルヒの様子がおかしいのに気がついた。
 
「ハルヒ、どうした?」
「キョン、あれ…」
ハルヒの指さす先が少しぼやっと明るくなってる。そう思った次の瞬間、何か火の玉みたいなのがシュッと走ったように見えた。
だが次の瞬間にそのぼやっとした光も消えた。もしかしたらさっきのはヒトダマとかいうやつなのか? と俺は冷静に観察していた。
案外とこの程度じゃ俺は怖がらないものらしい。ハルヒもどうだ、と思ったのもつかの間、腕にしがみついてた力が少し緩くなった。
はっと思って横を見ると、そのハルヒがフラッと倒れそうになっていた。俺はあわててハルヒを抱きかかえた。危ない危ない。
 
「ハルヒ、しっかりしろ!」
「…」
「おい、どうしたんだよ」
「…」
さらに声をかけようとしてハルヒが気を失ってる事に気がついた。おいおい、まさかあんなの見て気絶したのか?
 
俺はハルヒを墓石の台のとこに座らせて、俺はその隣に座った。お墓に対して失礼かとは思ったが、なにしろこの緊急事態だから鶴屋さんのご先祖様も許してくれるだろう。とりあえずハルヒの肩を抱きかかえて、頭を俺の肩に寄りかからせた。どこかのカップルみたいだが、仕方がない。しかし、まさかハルヒがここまで怖がり屋さんだったとは思わなかった。ハルヒもハルヒで正直にそう言えばいいんだが、プライドが許さなかったんだろう。やれやれ。
 
 
さてあの光と火の玉だが、あれから一度も現れなかった。何となくだが、何かの仕掛けだと俺は直感した。大方、古泉あたりの演出じゃないか…いや、長門はあの程度の火の玉なら簡単に作れるだろう。まぁ後で確認するさ。
 
どちらにしろ、ハルヒが起きてくるまで待つか。しかし気を失ったハルヒなんて初めて見たが、なんとも言えない表情だ。黙ってみてる分には美少女なんだから、いつもこうしててもいいのに……と思ったが、それを口にしたら殴られそうだから、黙っておこう。
 
 
 
しばらく待つと、ハルヒの頭が少し動いた。ハルヒが目を覚ましたみたいだ。抱きかかえたままだと何を言われるかわからないから少し離してハルヒの顔を覗き込んだ。ハルヒはゆっくり目を開けたが、状況判断ができてないみたいだ。
 
「キョン……ここどこ?」
「どこって、例の鶴屋さんのとこの山の中だな」
「……」
「大丈夫か?」
「!?」
急にハルヒは俺の肩から頭をあげて、俺をキッと見て矢継ぎ早に質問を投げかけて来た。
「ねえ、キョン!あのヒトダマはどこいったの!それにあの幽霊みたいな光は何だったの!?」
「そんなもの、俺は見てないぞ」
「え?え?」
 
戸惑ってるハルヒだが、あれも夢にしておかないと後々大変だから、いまはそう話しておこう。
「ハルヒ、お前が何を見たのか知らないが、急に意識なくして倒れてきて大変だったんだぞ」
「あのヒトダマとか幽霊は…」
「夢の中で見たんだろ」
「いや、あたし、見たはずだけど…」
このまま話し続けると面倒な事になりそうだから、他に話題を逸らそう。
 
「でもハルヒ、何だか安心したよ。お前にも弱点があるんだって」
「はぁ?あたしの弱点?何それ?」
「お前が怖がり屋さんだ、ってことだな」
「ば、馬鹿な事言わないでよ! SOS団長がこんな肝試し程度、怖がるはずないわよ!」
俺のセリフを聞いて真っ赤になるハルヒ。やっぱり図星だな。
 
「無理するなって、ハルヒ。怖いものは怖い、それでいいじゃないか」
「!?」
「大丈夫だ、3人には黙っておく。ああ鶴屋さんにもだ」
「…」
「ハルヒと俺の2人だけの秘密だ」
「う~わかったわよ」
 
どことなく不満そうにしてたハルヒだが、急に顔を赤くしたかと思ったら行きと同じように俺の左腕にしっかりしがみついてきた。
「じゃ、じゃあ戻るわよ、キョン。ちゃんと案内しなさい!」
「わかったよハルヒ」
「何よにやにやして!」
「何でもない。さあ行こうぜ」
「それと、ぜーったいこの事はみんなには黙っておくのよ。いいわね!」
「ああ」
 
俺たちはさっき来た道を戻って行った。このハルヒがしがみついてきて一緒に歩く姿は無性に恥ずかしい気もしたが、ハルヒがこういうのを望んでいるんだろうし、誰が見てるわけじゃないんだから、まあいいか。
 
「それと…あ、ありがと、キョン」
「ん?」
「な、何でもない!ほら、しっかり歩く!!」
「わかったよ」
 
 
 
「で、長門に古泉、あれはお前たちのどっちの仕業なんだ?」
 
戻って少し後、今回の不思議現象の原因はどちらかにあると俺は思ったので問いかけてみた。もちろん”2人だけの秘密”については伏せておいた上で、だ。もっともこの2人はその秘密は重々承知かもしれないが。それと朝比奈さんが仕掛けたとは思えないから、あのお方は最初から除外してるぞ。
 
だが返って来た2人の答えは俺の期待したものではなかった。
 
「いえ、僕は何もしてませんよ。いや本当です。今回は唐突に鶴屋さんが提案された事ですし、仕掛けるも何も」
古泉は心外そうな顔をしてる。
「私も違う」
長門はいつものように無表情だ。
 
「というか、お前たちはあの現象を見てないのか?」
「ええ。次の朝比奈さんも見てないようです」
「私も見てない」
 
古泉はスマイルしてるが目は笑ってないし、長門は無表情だがこの手の嘘を言うわけないし。ということはこの2人じゃなくてあれは本物だったのか??
 
 
 
「いや~あんなちゃちな仕掛けで、それもハルにゃんが気絶するとは思わなかったにょろ♪」
「は、はいぃ」
「いや~本当は長門っちと古泉くんのも見てみたかったんだけっどもね。急な話だったし、順番が後だったからねぇ」
「あの~鶴屋さん、この事は涼宮さんには黙っていてくださいよぉ。そうでないとあたしが…」
「大~丈夫だってば、みくる。ハルにゃんにもプライドあるだろうから、黙っておくっさ。それにキョンくんがちゃんとフォローしておいてくれたし」