覚めざらましを (88-60)

Last-modified: 2008-04-30 (水) 23:49:38

概要

作品名作者発表日保管日
覚めざらましを88-68氏08/04/3008/04/30

作品

 大酒をかっ食らった挙句に記憶を失うまで泥酔し、翌朝に二日酔いに痛む頭を抱えながら後悔、なんて情景がどの程度にありがちなものなのかは、まだ高校生の身分である俺には想像も付かない。
 で、その俺がこうして布団の上で頭を抱えているってのは、何も未成年者の分際でアルコールを摂取したために前後不覚になったからとかいうわけではない。
 まあ不覚をとったか、と言われればそうなのかも知れんが、今の俺の場合は字面上からいうと『不覚』どころかむしろハッキリ記憶していることが問題なわけであり――うぉあぁー! いかん、また思い出しちまったじゃねーか!
 いつぞやの再現VTRよろしく、俺はベッドから転がり落ちると、床の上でのた打ち回りながらフロイト・ユング両先生たちへの呪いの言葉を撒き散らした。
 誰でもいいから俺にロープか拳銃をくれないか。今すぐにでもな。
 
 とまあ、皆さんもご想像の通り、俺の夢の中にハルヒが出てきやがった。
 一応断っておくが、今回は間違っても閉鎖空間だとか神人だとか、そういった話とは全然関係ない、俺の脳内限定の問題だ。あんなこと、現実に起こったなんて、考えただけでも嬉し、もとい恐ろし過ぎだ。
 しかし、いくら俺が欲求不満だったとして、何でまたハルヒなんだ?
 しかも、一糸纏わぬ姿のまま俺にその身体を委ねてきただけでなく、何も言わずにまるで焦点の合っていない瞳で俺の方を見上げる、なんて――意味が解らん。
 そんな状況を俺が心の奥底で望んでいるだなんて認めるわけにはいくものか。断固否定させてもらう。
 時計を見ると、まだ午前三時にもなってない。中途半端な時間に目を覚ましてしまったものだ。
 俺はゆっくりと深呼吸をした後、布団に潜り込んで寝直すことにした。
 だが、目を閉じても浮かんでくるのはハルヒの白い肌……実にけしからん! ――ああ、けしからんのは俺自身だな。クソッタレ。
 今までにない回数の寝返りを打ちながら、結局俺は朝日が昇る時刻まで、悶々とし続けるハメに陥ったのだった。
 
 不本意ではあったものの、普段からするとありえないぐらい早い時刻に自転車を駆る俺であったが、その脳裏にはしつこい程に昨夜の夢の光景がフラッシュバックしていた。交通事故に遭わなかったのは奇跡かも知れん。
 教室に飛び込むと、幸いなことに俺以外にはまだ誰も――もちろんハルヒも――来ていなかったため俺は胸を撫で下ろす。
 案の定と言うか、今頃になって眠気の大王が俺の精神世界を天下統一すべく軍事作戦を展開し始めたらしい。午前中の授業は壊滅的な打撃を被ること必至だ。まあ、起きていたところであまり情勢に変わりはないのかも知れんが。
 だがしかし、その戦況を一変させるべく背後から耳慣れた声が轟いた。
「おっはよう、キョン。なによ、あんたにしちゃ珍しく早いじゃないの。一体どういう風の吹き回しなのかしらね」
 反射的に振り向きかけた俺だったが、またしても夢の中で見たハルヒの姿が目の前でチラつき、俺は石化のトラップに引っ掛かったかのように動けなくなった。
「…………」
「キョン?」
 怪訝そうなハルヒの声。だが、何か喋ろうにも声が出てこない。
「………………」
「ちょっとあんた、人が話してるときぐらいこっち向きなさいよ!」
 ハルヒは強引に俺の頭を両手で掴むと、グイっとばかりに俺の顔を向けさせた。思わず目を閉じる俺。
「あら――どうしたの、キョン? あんた、顔が真っ赤じゃないの。熱でもあるんじゃないかしら」
 ハルヒがそういったかと思うと、直後に俺の前髪が持ち上げられ、額にコツン、と何かがぶつかる感触を俺は覚えた。って、おい! まさかお前……。
「うーん、熱はないみたいだけど……それにしてもキョン、さっきからずっと変よ。まあ変なのはいつものことだけど、それにしてもおかしいわね。なにかあったの? 言ってみなさいよ」
 いつになく優しげな声のハルヒだった。どうやらこいつは本気で俺のことを心配してるのだろうか。
「い、いや――別に、なんでもない、ぞ」
 声が裏返りそうになりながらも、俺は必死にそう伝えた。もし誰かが正面から俺の顔を見ていたとすると、多分目が相当泳いでいたことだろう。
「――そうなの? それともまさか、それってあたしには言いにくいことだったりする?」
 なんというか相変わらずハルヒの勘は鋭い。
「やっぱり、図星みたいね。ほら、怒ったりしないから、あたしに打ち明けてちょうだい」
 その、『怒ったりしない』というのを全面的に信用する程俺は迂闊ではないつもりだが、このまま黙っていても事態を悪化させるだけである。この際は致し方ない。
 意を決して、俺は夢の話を、肝心の部分はボカシつつも話して聞かせることにした。
 
「――とまあ、そんな感じだったわけで、ちょっとばかりお前の顔を見るのがなんか照れくさくってな」
 ハルヒは黙って俺の話を最後まで聞いていたが、終わるや否や平然とした調子で、
「ふ~ん、要するに、あんたの夢にあたしが出てきて、あんたはついついイヤラシイこと考えちゃったもんだから、後ろめたくてあたしに顔向けできなかったってことなのね」
 そこまでは詳細は話してないんだが、なんというか全てを見透かされているような気がするのは何故だろう。
「まあ、しょうがないんじゃない」
 意外とハルヒの反応はあっさりしたものだった。『勝手にあたしの夢を見てスケベなこと考えるなこのエロキョン!』とか罵倒されるものと覚悟していたんだがな。
「あんただって一応は健康な若い男の子なんだしさ、夢の中でならあたしに直接被害が及ぶこともないから妄想でも何でも勝手にすればいいわ。――現実世界に持ち込まない限りはね」
 なんか、ハルヒにしてはえらく寛容な気がするな。お前、ニセモノか何かじゃないんだろうな?
「なにバカなこと言ってんのよ。――まあ、あたしだってたまには、あんたが出てくる悪夢を見ることもあったりするから」
 悪夢というキーワードでピンときた。多分、あの閉鎖空間での一件のことだろう。
「それにしても、夢の中のキョンって酷いのよね。もし現実であんたが同じことしてこようとしたらタコ殴りどころじゃ済ませないつもりなんだからね。覚悟しなさいよ!」
 お前の夢の中での俺の行動にまで俺は責任を持てん。
「そういえば、ちょっと面白いことがあったのよね。この前あんたが夢に出てきたときに、朝起きたらパジャマを裏返しに着てたのに気付いたの」
 寝てる間にパジャマを裏返しにしたのだったら実に器用なことだ。何の役にも立ちやしないこと請け合いだがな。
「そんなわけないでしょ。で、まさかと思って、試しに何回かわざとパジャマを裏返して着てから寝てみたら、そのときには必ずあんたが夢に出てくるようになったの。これって不思議じゃない?」
 確かに偶然にしては出来すぎた話だ。――ところでハルヒ。
「ん? なによキョン」
 何でわざわざパジャマを裏返しにして俺の出てくる悪夢を見ようとしたんだ?
「うっ、べ、別にいいじゃない。ただの実験よ、実験」
 
 その日の一限目は古文で、古今集とかの小野小町の夢を詠んだ三首がどう、とかいう内容らしかったが、俺は睡魔に敗北して机と仲良く授業時間の大半を過ごしてしまったのだ。
 授業明けの休み時間、俺はハルヒに背中を引っ叩かれると、ネクタイを掴まれて無理矢理に起こされてしまった。
「ねえキョン、あたしが今朝した夢の話、全部忘れなさい。いいわね!」
 腕組みをして命令口調のハルヒ。だが何故かその顔は真っ赤で、視線も俺の方から逸らしたままだった。
「はあ? 今朝のって――」
「だから、あんたがあたしの夢を見てたこととか、あたしもあんたが悪夢に出てきたとか、パジャマを裏返して寝たらあんたが必ず夢に出てきたとか、そういうこと全部を、よ」
 一際大声で怒鳴りつけるハルヒ。次の瞬間、クラス内の全員が俺とハルヒの二人に注目するのが空気で解った。
 ハルヒは一瞬しまった、という表情になり、
「あっ――やだ、もう! キョンのバカ!」
 と叫んで、茹でダコ状態のまま教室の外に駆け出して行った。
 直後、教室内を埋め尽くすヒソヒソ声。ふと見れば、谷口の奴は机に突っ伏したままピクリとも動かない。何か赤い液体が机から滴り落ちているような……。
 
 
「というようなことがあって、それからずっとハルヒはあの調子なんだ」
 その日の放課後、団長席で頭を抱えて唸っているハルヒのことを案じていた朝比奈さんと古泉に俺は今朝の顛末をコッソリ説明した。
 俺が話し終わると、まるで最初からそこにいたかのように長門が俺のすぐ脇に座っていたが、そんな些細なことはもうどうでもよかった。
「まあ何にせよ、お二方とも、おめでとうございます、と申し上げるべきでしょうね」
 って、おい古泉。何でそういった結論にならなきゃいかんのだ?
「互いに相手の夢を見たということは小野小町時代の解釈や現代的な解釈に関係なく相思相愛ということ」
 ボソリととんでもないことを告げた長門。いや、あの、気のせいか目が怖いんだが。
「ところで、あの、キョンくん。今朝方見た涼宮さんの夢って、一体どんな夢だったんですか?」
 にこやかに訊いてくる朝比奈さんにトドメを刺され、ハルヒのあの姿を思い出した俺はその場でKOされてしまった。
 いっそ今朝のあの夢から覚めない方がまだマシだったのかも知れんな、とかヤケクソなことを考えてしまう俺はやっぱりどうにかなっちまったのかも知れんな。

元ネタ&イラスト

元ネタにした小町の三首云々は下記あたりをご参照あれ。
 
http://www1.ocn.ne.jp/~montaro/waka/koi.html
 
以下恒例のアレ
 
88-68 haruhi_body.png
 
88-68 haruhi_kyon_terekusai.png
 
88-68 haruhi_makka.png