0707×4=? (93-461)

Last-modified: 2008-07-08 (火) 21:27:52

概要

作品名作者発表日保管日
0707×4=?93-461氏08/07/0708/07/07

作品

 今年もまたこの日が来てしまった。
 
 そう、本日は七月七日だ。いつの間にか恋の日だとかいうことになっていたりしたが、そういうのは正直どうでもいい。まあ、ポニーテールの日ってのは重要かも知れんが、しばらくは考えないでおくことにする。
 要するに七夕であり、俺がハルヒに関わることになっちまった因縁の日でもある。
 困ったことにこの日になるとハルヒは例の一件が思い出されるのか憂鬱そうに空を見上げては溜息なんぞを吐いてやがるのだ。
 何も知らない人が傍から見ていれば、まるで何処ぞの深窓のお嬢様と言っても通用するであろう程の乙女らしさに満ち溢れているのである。
 普段の騒々しさからすればそのギャップには大いに調子を狂わされるってなことは以前も言及したと思うが、多分数日経てば元の核融合全開な笑みでもって退屈しのぎに突拍子もないことを始めるに相違ないことも以下同文である。
 そんなことより定期考査を控え、万年低空飛行の成績である俺にとっては当面は余計なことを背負い込みたくないと考えるのも罰当たりだなんて思われる方はいないだろう。
 だが、そうは問屋が卸さないというのが世の中というものなのだろうか。
 本日は七日であり、出席番号七番である俺が書く教科の先生連中から集中砲火を浴びることになるというのはまあ何処の学校でも見受けられる光景であるとは想像も付こうというものだ。
 ただ、男子の七番が俺なのはいいとして、問題は女子の七番――つまりハルヒなのだった。
 普段のこいつなら教師からの指名に対して完璧に回答するなんてのは当たり前、それどころか不備を指摘されて青くなりどっちが先生やら、といったことも稀ではない。
 しかし、今日のハルヒは借りてきた猫状態でどこか上の空。いつも自信満々の態度もすっかり消失している。
 何を質問されても「わかりません」か「すみません、聞いていませんでした」を繰り返すハルヒに、いつもはやり込められてばかりの教師共はここぞとばかりささやかな復讐を遂げることとなった。
 でもな、谷口や国木田をはじめとするクラスの連中よ。何故その度に俺の方に一斉に視線を送って寄越さなければならんのだ? 怒られてるのはハルヒであって俺じゃないぞ。
 まあ、俺も全然気にならないかと言われれば、そういうわけでもないってのは一応認めるけどな。
 暴走超特急とエンストばかりで全然走り出さない自動車、移動手段としては前者の方がまだ目的に適うってもんだろ?
 
 そう言えば忘れていたが、偶然ってのはここまで徹底してくれるものなのだろうかね。
 今日の日直の当番は揃いも揃って俺とハルヒだったのだ。教室の黒板に列記された俺とハルヒの名前、って何故ここでも本名ではなく『キョン』などと書かれなければならんのか理解に苦しむ。
 しかもクラスの誰かの仕業か――おそらく谷口辺りの悪戯であろうことは間違いないのだが――二つの名前の間にはいわゆる相合傘が描かれており、ご丁寧に周囲にハートマークが散りばめられている。
 一々相手をするのも癪に障るのでそのまま放置してあるが、それにしてもクラスメイト共よ、お前たち俺とハルヒのことを何だと思ってやがる?
 
 で、ここまでくればもう笑うしかないのだが、音楽室の掃除当番までハルヒ&俺のコンビである。神様が実在するなら俺にも一言ぐらい文句を言わせてもらう権利は発生しているはずだぞ、全く。
 例によってずっと放心状態のハルヒが掃除の戦力として見込めるはずもない。
 ただ、仮にこいつが元気だったところで、面倒なことは全て俺に押し付けるであろうことも想像だに難くないので、粛々と一人でタスクをこなすしかないのはどちらにせよ既定事項らしい。
「おいハルヒ」
「――ひっ! んもう、キョン。一体何なの?」
 俺が一声掛けただけで動揺して声が裏返ってるじゃないか。ここまでくれば末期症状もいいところじゃないか。何の病気かまでは知らんが。
「いや、俺はゴミ捨ててくるから、お前先に部室に行っててもいいぞ」
「えっ? あ、うん。わかった」
 おいおい。本当に解ってるのか怪しいもんだな。
 
 わざわざ音楽室に戻らなくてもいいように、俺はゴミ箱の中のポリ袋を引っ張り出して新しいものをセットすると、自分の鞄とゴミ袋を下げてゴミ捨て場まで行き、その足で文芸部室兼SOS団のアジトに向かったのだが……。
 
 果たして――室内には未来人宇宙人超能力者の三名の姿しか存在していなかった。
「ってアレ? なんだハルヒのヤツまだ来てなかったのか。てっきりもう着いているもんだと思ってたのに」
「あ、キョンくんいらっしゃい。ええ、涼宮さん、まだいらしてませんよ」
 天使の如き可憐さを秘めた夏仕様メイド服朝比奈さんがお茶の準備を止めてまで俺に答えてくれるなんて実に勿体無いことではないか。後で暑気払いの熱いお茶をゆっくり堪能させてもらうことにしよう。
「……」
 長門は俺の方を一瞥しただけで古ぼけた分厚い洋書に集中しているようだ。うん、特に俺に対して何かのメッセージを送ってきた様子は皆無だ。
 とはいえ後で妙な記号がビッチリ配置された栞を手渡してこないとも限らない。そうならないことを祈ることぐらいは許してくれよ、長門。
「おや、僕の記憶が確かなら、あなたと涼宮さんはご一緒に音楽室の掃除をされていたのではありませんか?」
 珍しくいつもの場所に座りながらもボードゲームではなく色とりどりの短冊を手にしている古泉。前にハルヒが持ってきたものよりは控えめであるものの青々とした笹の葉が立派な竹が一本、開けられた窓から外に突き出すように立てかけられていた。
 なるほど、今回はお前が予め七夕セットを準備してくれたってわけだ。
「まあ、そのようなところです。鬱蒼とした竹林に待ち受けているであろう多数の薮蚊に襲撃されるであろう危機に我らが団長の御身を晒すことなど無用ですからね」
 まあ、それには同意だな。ってことはその短冊とかも機関が全部手配したってことか。
「ええ、その通りです」
 やけに嬉しそうな笑顔を浮かべる古泉なのだった。まあ機関とやらがこんなどうでもいいことにまで精力を注いでいられるってのは、今現在は宇宙の危機やら何かの陰謀だとかを心配することもないであろう証明だろうしな。
 まあそんなことはどうでもいい。
「まさかハルヒ、まだ音楽室に居残ってるのか? すみません朝比奈さん。俺の分のお茶は後回しにしてください」
「はい、わかりました。……あの、キョンくん。涼宮さんのこと、お願いしますね」
 朝比奈さんのお願い事ならどんな男でも叶えて差し上げたいと思うことでしょうよ、ってな軽口をたたく間もなく、俺は文芸部室から音楽室へとUターンすることにしたのだった。
 
 音楽室に近づくにつれ、俺の耳にピアノの旋律が届いていた。
 もちろんそれは北高の七不思議だとかそういう類のものであるはずもなく、
「――――」
 俺の目に飛び込んできたのは、何か思いつめたような表情でピアノを奏でているハルヒの姿だったのだ。
 ハルヒのその妙な迫力に気圧されたというよりも、なんとなくそのどこか悲しげな曲に耳を奪われていたという方が正しいのだろうか。
 俺はハルヒに声を掛けることも音楽室に入ることもせずに、ひたすらその演奏が終了するのを黙って待つばかりだったのだ。
 
 ――♪
 
 演奏が終わってもハルヒはそのままの表情で俯いていたが、
「なにそんなとこに突っ立ってんのよ? どうかしたわけ?」
 俺の方をチラリとも見ずにハルヒは訊いてきた。まあ俺自身別に隠れたりしてたわけでもないし、ハルヒも俺がこうして様子を見に来ることは想定内だったに違いない。
「お前こそ先に部室に行っててもいい、って俺が言ったら『うん。わかった』って返事しただろ。俺が着いてもハルヒが来てないからビックリしたじゃないか」
 俺は敢えて反論の余地を残した状態でハルヒに問うた。
 『行っててもいい、ってことは行かなくてもいいってことでしょ』だとか、いつもの憤慨した場合になるアヒル口状態にさせてやれば、少なくとも今こいつが続行している沈んだ表情を止めることはできるってもんだ。
 だが、意外なことにハルヒは、
「ゴメンね、キョン。わざわざ無駄足させちゃったのかしら」
 と、あろうことか俺に対して謝罪の言葉を投げかけてきた。
 やれやれ、こいつはかなりの重症なんじゃないのか? とかおれが考えている間にハルヒはピアノを仕舞って鞄を肩に掛けると、
「ほら、なにしてんの? 早く行きましょう」
 のセリフとともに、さっさと歩いて音楽室から出て行ったのだ。
 
 文芸部室のドアの前、ハルヒは一旦立ち止まってなにやら深呼吸でもしているのだろうか?
 黙って眺めている俺の前で、本日初めてハルヒのダウナーな表情が抜け、同時にその脚がドアを破壊しかねん勢いで蹴っ飛ばしやがった。
 
 どがん!
 
「みんなーゴメンゴメン! すっかり遅くなっちゃったわね。――ほらキョンもボーっとしてないでさっさと入りなさいよ」
 ハルヒに促されるままに俺も部室内に足を踏み入れる。
「ああ、古泉くん。もう準備は万端、ってところかしら? それとみくるちゃん、熱いお茶、大至急お願いね!」
「はいはい」
 朝比奈さんがバタバタとお茶の用意を進めている間、読書中の長門の後ろから首筋に腕を絡めてじゃれついているハルヒであった。
 まあ、さっきの様子を見ていれば、これは相当な無理をしていることは間違いない。
 俺は筆ペンを長机の上に並べ終えた古泉に囁き尋ねる。
「古泉、お前何か言いたいことがあるんじゃないのか?」
 ニヤケ男は少しだけ意外そうな顔を見せたものの、いつもの古泉スマイルで答える。
「僕の方からは今は特にありませんよ。むしろあなたの方こそ何もかもご存知の様子ですね。後ほどそれをお聞かせくださるだけでも十分ですよ――あくまでも差し支えない範囲だけで結構ですから」
 古泉の言葉で俺は確信した。今のハルヒのワザとらしい態度は俺以外の三人にもバレバレであろうってことをな。
 
 てなわけで、前年のリプレイよろしく今回も団長席に仁王立ちのハルヒの宣言によって俺たちはまたも短冊に二種類の時間差願い事を書かされることになった。
 その願い事の内容に関してはあまり詳しく語っても仕方がないだろう。
 まあ、朝比奈さんの分が微笑ましい願い事で、長門のは印刷みたいな明朝体フォントで二字熟語を二種類、古泉のは――お約束だがあまりにも字が汚くて読めなかった、ってのもみなさんの想像通りだろう。
「ちょっとキョン、この願い事って……」
 ハルヒは俺の短冊を手にどこか戸惑うような顔をしている。何かクレームでもあるんだろうか?
「べ、別にそういうわけじゃないけど、これじゃ、どっちもあたしの願い事と被……、ああん、もういいわ! 勝手にしなさいよ」
 セリフ面だけみれば怒っているようにも見える。
 だがハルヒの眉を見ればそうでないことは一目瞭然だった。
 角度が微妙に緩やかなのだ。
 まあ俺が気付いてるぐらいのことだから他の三名も解っていることだと思うし、それに対して取り立てて何も対策する様子は今のところ見せていない。
 でも、このまま放置という線はないだろう。ってことは……。
 やれやれ、また俺の役目ってことなのか?
 
 無事飾りつけも終了した時点で、以前と同じように即刻解散がハルヒによって宣言された。
 案の定さっさと一人で鞄を手に出て行ってしまったハルヒを、俺もすぐに追いかけることにした。
 幸いなことに朝比奈さんも長門も古泉も何も言わずに黙って見送ってくれたが、その視線が妙に暖かかったってのは考えないでおくことにする。
 大慌てで昇降口まで駆け足で来た俺だったが、想像以上にハルヒの歩みはスローだったみたいで、少々拍子抜けしてしまう。
「あれ、どしたのキョン? そんなに急いじゃって。他のみんなは?」
 どしたの? なんて言われてもな。
「さあな、何も訊かずに出てきちまったから俺には解らんぞ。それよりも――途中まで一緒に、いいか?」
「えっ? ……う、うん。あたしは別に構わないわよ」
 さっきの部室内での勢いは何処に隠しちまったのやら。これまた随分と大人しくなっちまったな、おい。
 てなわけで、校門を抜けて坂道を下る途中もずっと沈黙していた俺とハルヒなのだった。
 やはりな。いくらなんでもおかしいだろう。
 ああ、やっぱり俺の方から話を切り出さないことには埒が明かないんだろうな。
 でも、この様子では以前の七夕の思い出し鬱というのでもなさそうだ、という俺の推測は決して外れてはいないだろう。
 もしそうなら下手を打ってジョン・スミスの件を蒸し返す危険もないはずだ。
 俺は思い切ってハルヒに訊いてみたのだった。
「なあハルヒ。最近何か気になるようなことでもあったのか?」
 俺の一言にハルヒはまるでゼンマイの切れたカラクリ人形のように静止してしまった。
 うーむ、さすがにストレート過ぎたか?
 と、俺の心配は杞憂だったようで、ハルヒはいつかの踏切近くでの独白よろしく、ゆっくりと俺に語り始めたのだった。
 
「実は昨日、うちのマ――母さんが親父相手に久々の大バトルを展開してたの。全く、いい歳してみっともないんだから」
 ああ、そりゃ災難だったな。
「でもあんな喧嘩はあたしが習ってたピアノをやめたとき以来かしらね。あの時はあたしも少し責任感じたけど、今回のは二人ともバカとしか言いようがないわ」
 ――そうか、掃除の後ハルヒがピアノの腕を披露してたのはそういう意味か、と一人納得する俺である。
「それで親御さんのことが嫌いにでもなっちまったのか?」
「ううん、そこまではね。でも、普段仲良くて傍で見てて恥ずかしいぐらい愛し合ってる二人でもあんな喧嘩しちゃうんだ、って」
 そういって短く嘆息したハルヒは、俺に向き直ると、
「ねえキョン。恋愛とか結婚だとか、あんたはどう思ってるの?」
 いきなり右ストレートが頬を直撃するようなことを言ってのける。
 まあ、少々元気なさそうな表情は別にして、こうズバっと物事の核心を突いてくるのはある意味ハルヒらしさ満点かもな。
 さて、どう答える?
 『恋愛感情なんて一時の気の迷い』などと茶化すのも違うような気がするし、それに結婚の方なんてそもそも答えようがない。
 だが、何故か俺は全く意識しないままにこんなことを口走っていたのだった。
「そういうのは俺にはよく解らんが、ハルヒ。お前自身はお袋さんや親父さんに愛されてるって実感はあるだろ?」
 目が点状態のハルヒ。余程俺のこの質問返しが意表を突いたのか?
「えっ? うん、まあ確かにね。ぶっちゃけうちは二人とも親バカ過ぎて呆れちゃうぐらいだし」
「それで――ハルヒは今までの人生で、つってもまだ高校生だけど、最高に楽しい、幸せだって思ってるように俺には見えるんだが――実際どうなんだ?」
「そっか。うん。あたしは今凄く充実してるわ。なんてったってSOS団があるんだもん!」
 今日初めて見るハルヒ本来の笑顔は当たり前のことだがとても眩しかった。
「有希やみくるちゃんや古泉くんみたいな素晴らしい仲間に恵まれてることもあるじゃない。……まあ、あんたもその中の一人に、混ぜてあげないこともないんだけど」
 何故か目を逸らし気味に捲くし立てるハルヒに、俺は続ける。
「それはハルヒの親御さんが、お前が生まれた年にアルタイルに向かって『娘が幸せになりますように』って願ってくれたからじゃないのか」
 ハルヒ理論でいけば、十六光年先のアルタイルがそのころの願い事を叶えてくれるはずだ。
「うーん、なるほどね。キョン、あんたにしては鋭い指摘じゃない。ちょっとだけ見直したわよ」
 へえ。身に余る光栄だね、そいつは。
「でも待って! 母さんがいつも『二十五ぐらいには幸せな結婚ができるといいわね』って言ってたのは、アレはひょっとして……」
 俺の顔を睨んだまま、ハルヒの顔面ははあっというまに真っ赤な茹で甲殻類状態に変貌を遂げたのだった。
「おいハルヒ? どうかしたのか?」
「うーうるさいバカキョン! あんたには全然関係ないんだからっ!」
 ハルヒはそう叫ぶとそのまま振り返りもせずに駆けて行ってしまったのだ。
 うーむ、わけが解らん。でもまあ、少なくとも元気にはなったみたいだし、とりあえずは安心しておこう。
 
 翌日、笹の葉を片付けているとき、俺はハルヒの願い事の短冊を見て仰天した。二つとも俺が書いたものと被るような内容だったからだ。
 しかもある意味全部同じ内容にも取れるんじゃないかと考えてしまい、俺は自分自身の頭を思い切り小突き回す羽目に陥ったのだ。
 でも、もしそうならこの願い事は通常の四倍は強力ってことになるんじゃないか? しかもあのハルヒの願い事でもある。
 俺はまだ明るい空に向かって、
「やれやれ」
 と呟くしかないのだった。
 ベガさんにアルタイルさん、しっかり頼んだぜ、本当に。
 

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 ┤  素敵な旦那様とずっと一緒にいられますように
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 ┤  あたしの大切な人がずっと笑っていられますように
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 ┤  素敵な嫁さんと幸せな家庭を築けますように
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 ┤  嫁さんがずっと笑顔で過ごしてくれますように
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