2年目の夏合宿 (72-13)

Last-modified: 2009-12-08 (火) 23:55:46

概要

作品名作者発表日保管日
2年目の夏合宿72-13氏07/12/0807/12/09

作品

皆さんは覚えているだろうか。1年前、あの忌々しい孤島に行く直前の俺と古泉の会話を。
「涼宮さんはどうやら何かを捕まえに行くつもりのようでした。僕の感じた限りでは比婆山脈が第一候補のようでしたね」
そう、我らが団長様はクローズドサークルでミステリの当事者になろうと考える前に、未確認生物であるUMAを捕まえようと考えていたのだ。
結果はご存知の通り、古泉の誘導により孤島での密室殺人事件になったわけだが、二年目の夏となると流石に変更が難しくなったらしい。
「僕も「今年もまた面白いシナリオを考えているのですが…」とやんわりと進言したのですが、今の未確認生物で頭が一杯な涼宮さんには言っても無駄でしたね」
いつも通りの笑顔で俺に語りかける古泉。口調にはどこか諦めたような響きがある
しかしUMAだけは本当に止めてくれ。絶対に何かヤバいのが出て来るに決まってる。何とかならないのか。
「とりあえず場所は用意しました。多丸さんの別荘の1つとして、新潟のとあるビーチを。プライベートとまでは行きませんが、穴場なので人はあまりいませんよ」
またビーチを選んでくれたのは非常にグッジョブだが、ハルヒは山に行きたいんじゃなかったのか?
「ビーチのすぐ近くにはちょっとした古い洞窟があります。更に、別荘からちょっと行った所には割と大きな山もありますよ」
ちょっと待て。よく考えたら山や洞窟があったら不味いじゃないか。特に山は勘弁してくれ。確実に炎天下の中でハイキングだ。
「仕方ありません。洞窟はそんなに大きくありませんし、山は彼女が言い出したら、熊が出るので立ち入り禁止です。とでも言います」
あのハルヒがそんな物を守るとは思えんがな。
「でしょうね。予め登山客に見せかけて機関のエージェントを沢山配置しておきます。万が一の時は彼女より先に未確認生物を見つけ出して処分します」
炎天下ハイキングは確実か。本当はそっちを真っ先に何とかして欲しいんだがな。しかし、水着の女子部員はやはり捨てがたい。それでプラスマイナスをゼロにする事にしよう
 
そんな訳で、二年目の夏合宿は「新潟UMA探索合宿旅行」に決定した。ハルヒは「出現!日本のUMA」なる非常に胡散臭い本を片手に
「新潟は確かツチノコに一億円の懸賞金をかけてたわね。SOS団の活動資金にするわよ!」
と確実にツチノコが見つかるような言い種だ。言っておくが、それは所謂ジョークの類で実際にツチノコのために一億円は用意してないと思うぞ。
新潟には新幹線とバスを乗り継いで行く事になった。内地の旅というわけだ。
ところで、今回の合宿にはまた鶴屋さんと妹が参加している。俺は反対したんだが、ハルヒが強制的に呼びやがった。全く、俺の妹までSOS団員にするつもりかね。
「当然じゃない。アンタの子や孫も団員にするつもりだからね」
ぞっとしないな。俺の子孫に何て重荷をくくりつけやがる。
そんな事を考えつつ、俺は一眠りすることにした
 
ついた頃には流石に暗くなっていたので、俺達は別荘に直行した。お馴染み多丸さん兄弟や新川さん、森さんと挨拶を交わす。案外多丸さん達は本当に兄弟なのかもしれないな。
夕食を済ませると早速ハルヒは地図を広げて俺達を呼び集めた。
「明日は海で泳ぐとして、明後日から本格的にツチノコを探すわよ。やっぱりあたしはこの山が怪しいと思うわ」
案の定、別荘からよく見える大きな山にこれまた大きな印をつける。お前は新幹線の中での古泉の話を聞いてなかったのか。
「熊ぐらいにビビるSOS団じゃないわ。むしろウェルカムよ!」
俺はノーサンキューだがな。いざと言う時、長門はどうにかしてくれるだろうか。
「………」
長門は無表情で「出現!日本のUMA」を眺めている。本なら何でもいいのかお前は。ハルヒはどこから持ってきたのかその山のハイキングマップにルートと思われる線を引いている。
「あの…その線、全然道を通ってませんけど」
「普通に道を通って見つかるわけないでしょみくるちゃん。こういう所にこそいるのよ」
古泉、どうやら登山客以外に木こりとかマタギも必要みたいだぞ。俺は溜め息をつきながら言った。
「こんなとこを通って、遭難したらどうするつもりだ」
「遭難?…ああ、遭難ね。まあ何とかなるでしょ」
確かに遭難から脱出するのは簡単だ。宇宙人に頼めばいいし周りには機関の連中が沢山いるからな。俺が言いたいのは「見つける確率をこれ以上上げるな」だ。
この後もハルヒの明後日の予定を聞きつつ、初日は終わった。
 
「さあ、行くわよ!」
ガンガン照りつける太陽を物ともせずハルヒは駆け出した。転ぶぞ。
てなわけで、次の日俺達は砂浜に来ていた。流石に前回のようにSOS団貸切という訳では無いが、人影はかなりまばらである。穴場というだけはあるな。
ビーチのすぐ近くには洞窟が縦に2つポッカリ開いている。ハルヒは後で探索すると息巻いていたが、砂浜に来て真っ先に調べた俺から言わせて貰えば本当に何も無いぞ。
下の入り口から入ると緩やかに上に登って上の穴に出る。そこからは海が綺麗に見えるが、ぶっちゃけそれだけだ。不思議は何も無い。
「恋人通しで夕方に来ると丁度いいかもしれませんね」
と古泉は言っていた。確かに、そこからは夕日が綺麗に見えるかもしれん。
「キョンく~ん。そんなとこで日光浴してないで、一緒に泳がないか~い」
と鶴屋さんが手を振っている。そう言えば鶴屋さんの水着姿を見るのは初めてだ。朝比奈さんには若干劣るが見事なボディをしていらっしゃる。いいモデルになれますよ。
俺は古泉からビーチボールを受け取ると夏の暑さを足の裏に感じながら走った。お姫様達のお呼びだ。急がなきゃな。
 
しばらくして
「きゃあああああああっ!!」
砂浜から朝比奈さんの悲鳴が上がった!指先を見るとやたらデカいムカデの姿。ぬぅ、虫の分際で朝比奈さんを驚かすとは許し難い!ザブザブいいながら朝比奈さんの方に向かおうとすると
「ふうん…どこからついてきたのかしら」
お前こそどこから湧いたという感じにハルヒが現れ、巨大なムカデをワイルドにガシッと掴んだ。逆に泣き止む朝比奈さん。そしてそれをそのまま
「えいっ」
と豪快に投げ捨てた。綺麗な弧を描いて飛んでいくムカデの無事を祈りつつ、俺は溜め息をついた。
「お前なあ。百歩譲ってお前が古典の姫様のような虫好きの心優しい性格だったとしてもな?」
「別に好きじゃないわよ」
「最後まで聞け。せめてそっと排除するとかは出来ないのか?スゴくぶっ飛んでったぞ」
「あのくらいじゃ死なないわよ。砂の上だし」
朝比奈さんにお礼を言われるハルヒを見ながら、俺は複雑な気持ちで一杯だった。お前は一応女の子だよな?
「全く、涼宮さんらしいですね」
ニヤニヤ仮面が後ろから話かけてきた。確かにそうかもしれんがもうちょっと恥じらいは無いのかアイツは。…待てよ。
「おい、古泉。ゲームをしてみないか。題して「誰がハルヒの弱点見つけられるでしょうかゲーム」だ」
「随分悪趣味ですね…ルールは?」
そう言いつつ古泉も乗り気なようだ。
「期限は合宿が終わるまで。先に弱点を見つけた方が勝ちだ」
アイツの弱点がわかれば、今後アイツが無茶を言った時の手綱になるかもしれん。
「了解しました。そうですね。勝者には機関から特別賞品を出して貰いましょうか」
そりゃまた太っ腹だな。話を聞いてハルヒ以外の残りのメンバーも集まってきた。
「賞品が出るなら参加するよっ」
「涼宮さんの弱点、あたしも知りたいです」
「……興味がある」
「なになに?まぜて~」
かくして、ハルヒには悪いがゲームは始まった
 
「…意外と狭いわね。何もないわ」
最初の罠は洞窟探検(そんなでもない)から始まった。
「古い言い伝えがあるんです。何でも、ここの内壁には当時の有力者に粛清された人々が葬られていて…」
古泉がエセ怪談をしてる間に後ろから気配を消して接近する鶴屋さん。その手には長門お手製の骸骨の手(材料はプラスチック)が握られている。
「夜毎、血塗られた骨だらけの手が通行人を壁の中に…」
「きゃあああああ!」
本日二回目の朝比奈さんの悲鳴。流石です。しかし当のハルヒは長門のように無表情だ。
ひた…
「あれ?ハルにゃん話聞いてた?」
「聞いてたけど、夜に出て来るって言ってるのにこんな昼間から出て来るわけないでしょ。古泉君の話も何か胡散臭いし」
バレてたか。古泉案失敗
 
「ハルにゃ~ん、海が綺麗だよ~」
上から呼びかける我が妹。危険極まりので俺とハルヒが上がる。…改めて見ると結構高いな。真下が丁度海なのが更に怖い。
「へ~高いわね。落ちたら死ぬかしら」
高所恐怖症の毛は無い。鶴屋案失敗
 
一応検証ついでにハルヒを高い高~いしてみる。ほ~らハルヒ、高い高~い。
「ち、ちょっとキョン!何するのよ!下ろしなさいよ!!」
いや、怖がるかなと思ったんだがな。下ろしてからしこたま殴られた。ぶっちゃけ後悔した。俺案失敗。
 
「真っ暗だねハルにゃん」
「そうね」
洞窟の特に暗い所に連れて行ったが暗所恐怖症でも無い。朝比奈案失敗。
 
「……有希、そのモリどこから持ってきたの」
「………拾った」
作ったんだろ。先端恐怖症も無し。長門案失敗。
 
「ちょっとキョン。本当にこの隙間に動く影があったの?何にもいないじゃない」
「………」
ケツをこっちに向けるな。正直相手がお前でもかなり性欲を持て余す。閉所恐怖症でも無し。妹案失敗。
 
「見つかりませんね」
ニヤケ面にも疲れが見える。予想外に強敵だな…。
「彼女は昔から他人に弱みを見せる事を極端に嫌いますからね。そう簡単には見つからないでしょう」
それを先に言え。ひょっとしてワザとか。
上の穴には旅の女子大生ご一行と思わしき団体がワーキャー言ってる。どこか浮気のような気持ちでそれを眺める。

ハルヒ視点

さっきっからみんな何なんだろ。様子が変だわ。団長に隠れて何か面白い事でもしてるのかしら。
あたしはまた洞窟に来ていた。上では女の子の団体が海を見ながら何か言っている。そろそろ空が赤くなってきた。
あそこから夕日を見たら綺麗なんだろうな。ちょっと想像して見る。…何で隣にキョンがいるのよ。べ…別にキョンとなんて…。何て事を壁を見ながら考えてると、上から女じゃない声がした。
「お~、夕日綺麗だな~」
「やっほー彼女、遊ばない?」
見るからに遊び人って感じの男が3人女の子達に絡んでた。でも明らかに彼女達は嫌がってる。
「こっち女ばかりでつまんないでしょー?」
「そんな…困ります!」
「そんなこと言わないでさーだっ!」
あたしは正確に石を投げつけた。見てられないわ!助けないと!
「ちょっとあんた達、離しなさいよ!嫌がってるじゃない!」
「あ…んのガキ…!」
ガキって…あたしそんなに子供に見えるのかな…ちょっと残念。って言ってる場合じゃないわ!
「迷惑だって言ってるのよ。今すぐ離れなさい!」
「ふ…ふざけんじゃねぇ!」
ヤバ…本気で怒らせたかも…。

キョン視点

何やってんだ…何やってんだアイツは!何やってんだよアイツは!!
ハルヒは上の穴で男に絡まれていた。何か激しく言い合ってる。今度は何をしたんだ…。
隣を走る古泉も焦り顔だ。完全に想定外なのだろう。……くそっ!うちの団長は本当に厄介事を呼び寄せてくれるな!
洞窟に入り、すぐに上に登る。短い洞窟で本当に良かった。そして視界が開けた俺達の目に映ったのは
 
海に落ちていくハルヒだった。
 
「ハルヒ!!」
何も考えずに俺も飛び込む。一瞬3回目の朝比奈さんの悲鳴が聞こえたような気がした。「落ちたら死ぬかしら」ハルヒがそう言ったのが思い出された。…くそっ。
着水。海水なら普通は浮かぶはずだが、何故かハルヒは浮かんでこない。アイツそんなに重かったのか?…なわけない。最悪の可能性が頭をよぎった。
……ハルヒはいた。足を岩に挟まれてる。息が続いてないのかかなり苦しそうだ。頭の近くの水が赤く濁っている。出血しているのか!?
すぐに岩を持ち上げる。意外と重…持ち上がった。ハルヒの体が浮き上がった。すぐに抱きしめて浮かび上がる。俺の息も限界だった。
幸い岸までは結構近い。泳いでいけそうだ。
「彼らは、身分証を預かって丁重にお帰り頂きましたよ」
ハルヒにタオルをかけながら古泉が言った。心なしか笑顔も怖い。
「わ…私、新川さん呼んできます!」
朝比奈さんが走っていった。妹がそれに続く。
「だ…大丈夫よ呼ばなくても…」
既にハルヒは目を覚ましていた。…まだ強がるのか。
「ハルヒ、おまえはアレか?実は有段者だったり飛び込みで入賞経験でもあるわけか?」
「は…?まさか…」
「それじゃ何?俺達が近くにいんのに呼びもしないで、女の自分1人で男3人も何とかできると思ったのか?」
鶴屋さんが珍しく驚いた顔をしている。…俺の顔、そんなに怖いですか?
「男とか女とか関係ないでしょ…あんな所に居合わせてそんな事考える暇なんて…」
久々にカチンと来た。
「ちょっとは考えろ馬鹿野郎!!」
ハルヒも言い返す。
「何よ!怒られる意味がわからないわ!間違ったことしてないじゃない!」
…そうかよ。
「もう勝手にしろ!間違いを認めるまでお前とは口をきかん!!」
すぐに振り向いて別荘に向かう。古泉が何か言ってる。ハルヒはどんな顔をしているだろうか。…知ったこっちゃなかった。
 
潮でベトベトになった体を洗うため、洗面所に入る。シャワーを浴びるためだ。
ふと鏡を見た。胸と右手が赤く染まってる。紛れも無く血だ。ハルヒの赤い赤い血。
「………」
急にまた怒りが湧いてきた。蛇口を捻り水を出す。クールダウンだクールダウン。ふと、これが元で閉鎖空間がまた出来ないか心配になった。古泉には悪い事になったな。………一番悪いのはハルヒだが。
体についたハルヒの血も綺麗に洗い流し、Tシャツに着替えてロビーに向かう。ふと外を見ると、嫌な雲が広がっていた。さっきの夕焼けは何だったんだ。
……まるでアイツの心みたいだ。ふと、そう思った。
 
「4、5、6…「5年後交通事故に遭い左手骨折」ですか。気をつけましょう」
「「12年後会社倒産、デパートの清掃員に」うは~洒落にならないにょろ♪」
「あたし「10年後に背が2センチ」縮む~」
「1、2、3……」
「「「「現在友達に嫌われて超ブルー」」」」
「嫌われたんじゃない。嫌ってんだ!てゆうか何なんだこの妙にリアルな予言で微妙に不愉快にしかならない人生ゲームは」
いや言うな。大方どこか嫌みの混じった笑顔を向ける超能力者の嫌がらせだろう。この人生ゲームも機関のお手製に違いない。全く無駄な労力を…。
「なかなか面白いと思ったのですがね」
俺はお前のことを「それなりにセンスがいい奴」だと思ってたが、撤回させて貰おうか。
「夕食が出来たわよ」
心配そうな朝比奈さんと無表情長門を引き連れ、今一番聞きたく無い声が現れた。朝着てたのとは違うピンクのワンピース。鎖骨が露出してるのがかなり扇情的だ。正直に言おう。かなり似合ってる。
「なかなか素敵な衣装ですね」
「母さんに詰められたのよ。こういうのあまり好きじゃないんだけど」
確かに、普段お前が着てるのとはかけ離れてるな。…などとは俺は言えなかった。数時間前の俺の馬鹿野郎。
頭には痛々しく包帯を巻いている。よく見ると体もテープまみれだ。それが逆にどこか儚げな雰囲気を…って相手はハルヒだ。危うくだまされる所だった。
「本日は、日本海のカニ尽くしで御座います」
料理長の完璧超人、新川さんが恭しく礼をする。目の前にはカニ、カニ、count it!全く、機関には本当に恐れ入る。
「………」
しかし、誰だ俺をハルヒの隣に座らせたのは。ハルヒはあれから一切話し掛けてこない。俺が言った事を守ってるのだろう。上等だ。
……案外量は少なく、俺のカニはあっさり我が胃袋に消えた。
「キョン、カニ…」
「え…?」
隣からカニが送られてきた。あの団長が雑用に施し物を!?しかも喧嘩(?)してる最中に!?
「殻片付けて」
中には何も入って無い。ハルヒの胃袋の中だろう。……益々上等だ。
俺は隙を見て隣のまだ手を付けられてないカニに手を伸ばした。が、上から振り下ろされたハサミに遮られる!負けじと違うルートから手を伸ばす!しかしまたガードされる!
「……キョン君って意外と子供だね」
「似た者通しですからね」
何て無礼な会話が聞こえてくるがスルーする。…………
「だあああああ!!なんだお前は、谷口かお前はあああああ!!」
遂に根負けし絶叫した。ちなみに谷口はこういう事を本気でやる。するとハルヒは、これ以上無いってぐらい冷めた目をした
「口きかないんじゃなかったの?」
か…かわいくねぇ…。ついに俺の堪忍袋の尾も切れる時が来たようだ。
「どうやら反省する気はないらしいな。よくわかった」
「反省?何を?」
「もういい、俺は寝る!!」
朝比奈さんがビクっとなるのが視界に入らなくてもよくわかった。が、怒りが脳全体を支配した俺は構うことなく自室に向かった。……後で謝らなくちゃな。朝比奈さんに。
古泉も後ろからついて来ているが無視した。多分批判めいた顔をしているのだろうことは予想はつく

ハルヒ視点

「…完全に意地入っちゃいましたね」
「全く素直じゃないねキョン君は」
「……空手とか習ったらいいのかしら」
あたしがそう言うと、みんなは目を丸くしてこっちを見た。え?あたし何か変な事言った?
「彼の言った事、気にしてるんですね」
とみくるちゃんが笑顔で言って来る。…実はそうなんだけどさ。
「………でも、そういう事じゃないと思います」
「うんうん、ハルにゃんの怖い物知らずや正義感強いのは立派だけどね」
みくるちゃんの発言をいつになく真面目な顔の鶴屋さんが引き継ぐ。
「正直、あそこまで無茶なのは反省した方がいいと思うにょろよ」
「だって、みんなには迷惑かけてないじゃない。あたしの問題なんだからさ」
「ちがうよ~ハルにゃん」
それまで神妙にしてた妹ちゃんが急に声を上げた。驚くあたしに近づいてくる。
「キョンくんがあんなに怒るのは、ハルにゃんが心配だからだよ。キョンくんが本当に怒るのってそれくらいだよ?」
キョンが…あたしを心配?
「彼だけではない。私達全員があなたを心配した」
と有希。他のみんなもそんな顔をしている。
「みんなにごめんねしよ?キョンくんにも、心配かけてごめんねってゆーんだよ?」
上目遣いで妹ちゃんが覗いて来る。全く、この兄妹にはかなわないなあ。
「…ごめんなさい」
言ったら何か気分が楽になってきた。周りのみんなも優しい顔になる。そっか、こんな簡単な事でいいんだ。
「キョンに謝らなきゃ。ちょっと行ってくるわ」
あたしは駆け出していった。まだ拗ねてるはずのキョンの元へ。
「ええと…ここだったかしら」
客室の1つを開ける。鍵はかかってなかった。
「おや、済んだのですか?」
「!!」
そこに居たのは上半身裸の古泉君だった。シャワーを浴びてたのか、体を拭いている。…ここ古泉君の部屋だったのね。
「それで、彼に謝る気になったのですか?」
古泉君は本当に何でもお見通しだ。すぐに何でもわかっちゃう。
「みんなにも、迷惑かけたみたいだしね…ごめんなさい」
「いえいえ、あの3人を丁重にお返ししたり、女の子達からのお礼を1人1人聞くぐらいお安いご用です」
「……本当にごめん」
案外苦労してるのね…この副団長は。
「それよりどうしますか?せっかくだから、何かしますか?」
は?何かって何?そう思ってると古泉君はいきなり近づいて来た。
「そうですね。男と女の営みとかどうですか?」
……は!?ちょっと古泉君なんで電気消すの!?と思った瞬間、あたしはベッドに押し倒された。古泉君の表情はいつもと変わらない。それが逆に不気味だった。
「あなたは男も女も関係ないと言いましたね」
か…顔が近い。のにあまりのショックに声が出ない。
「ですが、僕は男でいつだってあなたに手を出せるし、女のあなたは全体に僕には勝てない」
強い力で押さえつけられる。古泉君の声にいつもの気軽さは感じられなかった。
「関係ないと思う前に、自分の甘さを見直した方がいいですよ。他人を気にしないのは勝手ですが、あまりに無防備なのはあなたのミスです」
そこで唐突に「間違いを認めるまで~」というキョンの声が頭をよぎった。…と、同時に古泉君の真意に気がついた。
「…古泉君はあたしに手を出さないわ。だって、団長に狼藉を働く事の愚かさを一番知ってるから」
ちょっと間を置いた後、古泉君は吹き出しながら離れた。いつもの古泉君だわ。
「全く、あなたにはかないませんね。それで?理解しましたか?」
「古泉君が優しい事がね」
古泉君は意外そうな顔をした。けど無視する。
「だって、今のバカキョンのフォローでしょ?わざと悪役に回って教えてくれたのよね?」
古泉君が何か話す前に、突然ドアが開いた。

キョン視点

「古泉、お前ローション持ってるか?日焼けが意外に痛…」
さて、今俺の目の前の光景を誰か俺に説明してくれ。俺の目はダメだ。信じられない。何せ「裸の古泉がベッドにハルヒを座らせてる」んだからな。
「こい…」
「はい、ローションですね?」
カウンターのようにローションを出してくる。おおサンキュ…って!
「僕は鶴屋さんと明日の予定を決めて来ますよ」
そう言って古泉は出ていった。裸のままで。まあ、鶴屋さんなら動じないだろうが。
「…………」ゴロゴロ
しばらく三点リーダーが続く。外の雷だけがやけに煩い。ハルヒは俺から目を逸らしていた。
「古泉と何をしてた」
本心では言いたく無い言葉が勝手に出てしまう。
「別に何も」
素っ気ない返事。それが俺を再び怒らせた。
「何もって事があるか!じゃあなんで部屋はこんなに暗くて、あいつは裸でベッドが乱れてるんだよ!」
「おかしな妄想するな!だからムッツリとか言われるのよあんたは!!」
「何を…」
そこまで言いかけて急に虚しくなった。古泉の事だから多分何もしてないのだろう。
「…もういい。明日は山に行くんだろ。今日は色々あって疲れてんだからとっとと寝ろ」
そう言って部屋を出ようとする、と。
「ちょっとキョ…」カッ!
見事な稲光。と同時に俺はハルヒに後ろから抱きつかれていた。
「へ…?」
我ながら情けない声を出す。一方のハルヒも何か焦った様子で
「あ、いや。な…なんでもな」
ビシャア!ゴロゴロゴロ!!
その時俺は、我らが団長がビクッと飛び上がる様を見てしまった。
「ごめんちょっと用事思い出したわ」
そう言いながらクローゼットに入っていくハルヒ。そんな所に用のある奴がいるか!!
「ハルヒ。お前、雷がダメなのか?」
平然を装いクローゼットに問いかける。返事はない。と、いうことは
「ハルヒ、出てこい。そんなとこに入ってても怖いだけだぞ」
「…大丈夫。ここにいたら雷が落ちても平気よ」
全然大丈夫じゃない声が返ってくる。お前それ火災が起きたら逃げ場無いじゃん。
「…SOS団の団長が、雷や男3人が怖いなんて、言えないわよそんなの」
ふと声が漏れてくる。俺は納得がいった。こいつは自分の見栄のためだけに、男達に立ち向かったのだ。全く、団長様もいらん心配のお陰で大変だな。ハルヒ。
「言っておくが、そのクローゼットは四隅に鉄板が入ってるから落雷しやすいぞ」
これは適当だ。そんなの俺が知るわけが無い。だが、天照大神を引っ張り出すには十分だったようだ。バン!…この時デコを盛大にぶつけたのは誰にも言わないでおこう。
「~~~っ!」
これまで見たどの表情とも違うハルヒがいた。目にはうっすら涙が貯まってる。
「だから、こっちの方が安全だぞ」カッ!
部屋が一瞬明るくなった。と思ったら、俺はハルヒに押し倒されていた。正確に言うと、抱きついてきたハルヒを俺が抑えきれなかっただけだが。
ベッドでハルヒの重みを感じながら、俺はハルヒの頭を抑えつけるように抱きしめた。雷のショックを緩和するためだ。
「俺の負けだ。負けでいい。だからお前も、辛い事や危ない事があったら団員を頼れ。そのためのSOS団だろ」
「………」
ふがふがと何か言ってる。しかし顔面を俺の胸に抑えつけているため体がこそばゆいだけで解読は出来ない。だが何を言いたいのかはわかった。
「ああ、誰にも言わない。2人だけの秘密だ」
どれくらいそうしていただろうか。気がつくと俺は眠ってしまっていた。
 
翌朝、同じように寝てしまっていたハルヒをおんぶし部屋を出ると
「どうやら仲直り出来たようですね」
裸のままの古泉がいた。スマン、完璧に忘れてた。ここはお前の部屋だったな。
「いいんです。僕も体を張った甲斐があったものですよ」
心なしか唇が青い。あちこちに鳥肌があるし目の下には隈が出来ている。…何てゆうか本当にスマン。
「結論から言えば、昨夜は閉鎖空間は発生しませんでした。涼宮さんは最初あんなでしたが、心の底では自分が悪いと認めていたのですよ」
そうかい。お前の仕事が無くなって結構な事だな。
「そう言えば、見つかりましたか?涼宮さんの弱点」
突然こんなことを聞いてくる古泉。お前、まさかこの部屋に監視カメラや盗聴器なんか仕掛けてないだろうな。
んなわきゃねーか。気づいてるんだか気づいてないんだかわからないスマイル0円に俺は言ってやった。
「さあな。全くわからん。この分だと賞品は無駄になりそうだな」
 
団長直々の守秘命令だ。悪く思うなよ、古泉。
 
3日目。遂にその日は来てしまった。
「いい?絶対1人1匹ツチノコを捕まえるのよ!そうすりゃ4億よ4億!」
昨夜の出来事など無かったかのように俺達に激を飛ばすハルヒ。もし仮に4億手に入ったとしても、それはお前のために貴重な財力を使ってる機関に分けてやれ。
さて、皆さんは気づいただろうか。1人1匹捕まえて4億、つまりツチノコ捜索隊のメンバーが4人しかいないことを。これには深い事情がある。
まず、古泉が熱を出した。いくら夏とはいえ、裸でずっと外に放り出されていたら当たり前だ。何というか本当にスマン。古泉よ。
それを見て朝比奈さんが「自分が看病する」と言い出したのだ。本当は別荘の人達に任せればいいので、行きたくないという魂胆が微妙に丸見えだったが、ハルヒはあっさりOKした。
あと妹も留守番だ。理由は簡単、こいつは足手まといにしかならん。疲れたと駄々をこねたり、最悪勝手にうろうろして迷子になる可能性もある。
その世話も朝比奈さんに任せる事にした。いやちょっと待て。何か居残りの方が立場がよくないか?特に古泉、朝比奈さんの看病などお前には勿体無いぞ。
てなわけで、今回のメンバーは、ハルヒ、俺、長門、鶴屋さん、と言う事になる。不参加な古泉の埋め合わせとしては鶴屋さんは充分過ぎるくらいだし、何より長門がいるのが非常に心強い。まあ、長門が何かするような事態にならないのが一番いいんだがな。
 
出発する直前、俺は朝比奈さんを呼んだ。昨日の非礼を詫びるためだ。
「別に気にしてませんよ。涼宮さんにもあなたにも良い薬になったでしょうし」
笑顔で答える朝比奈さん。でもね、と急に真顔になって
「怪我人にあそこまで怒るのはどうかと思いますよ。涼宮さんだって、人助けのためにあんな事をしたんだから、もっと労ってあげてください」
いやはや全く仰る通りです。昨日の俺はどうかしてました。
「あなたも子供じゃないんですから、あんなに怒る事…あ」
あ?何ですか?
「…何でもないわ。それより、そろそろ行かなくていいの?」
うぉっ!もうこんな時間か。俺は朝比奈さんに一礼すると走っていった。団長を待たせる訳にはいかないからな。
「ツチノコ、見つかるといいですね」
見つからない方がいいツチノコも、朝比奈さんにそう言われると何としても見つけたくなるから不思議なもんだ。
「ついたわ!ここには絶対にツチノコがいる!」
ふもとで高らかに宣言するハルヒ。もはや断言か。
今日の天気は微妙に曇り、昨日の雨のせいであまり気温は高くない。ただ、地面がグチャグチャなのは確実だろうな。
「いい?足元や草むらに注意するのよ。何か音がしたらすぐに報告しなさい」
そう言いつつ、ハルヒはあちこちに視線を忙しなく動かしながら歩いている。それを見つつ歩く俺。
楽しそうだが明らかに視線は上向きな鶴屋さん。首が一切動いてない長門。うぉーい、誰も見てないぞハルヒ。
「ハルヒじゃない!隊長と呼びなさい!」
そうかい。確かにこいつは川口や藤岡が好きそうだな。
道無き道を行ってるのに、やたら人とすれ違う。古泉の言ってた機関のエージェント達なのだろうか。ご苦労なこった。
鶴屋さんは先程から木の実やキノコを採集していた。多分食べられるのだろう。今夜はキノコ鍋だな。
「松茸は流石に無いけどねっ。意外と多いよここ」
「その赤いのも食べられるんですか?」
「天ぷらにすると美味しいんだよこれ♪」
名家のお嬢様は意外とアウトドアなんだな。それとも鶴屋さん的には一般知識の範囲なんだろうか。
「こらそこ、真面目に探しなさい!」
何で俺だけをピンポイントで言うんだよ隊長。残り2人もツチノコ探しという点では明らかに不真面目だぞ。
「鶴屋さんはキノコ取ってるし、有希はあれで結構見てるからいいの。あんたは明らかに何も見てないじゃない」
長門もどこを見てるのか、かなり疑問だけどな。それで、お前は何か見つけたのか?
「うぐ…そ、そう簡単に見つかるわけないでしょ。それじゃつまらないじゃない」
俺は軽く安堵した。どうやらいつものパターンに入ったようだ。これなら、後少し歩けばハイキングから解放されるかもしれない。
が、当然そうは問屋が下ろさなかった。しかし前から思っていたが、この場合の問屋って(ry
「う…お腹痛い…」
突然そんな事を言って屈むハルヒ。おい、どうした。痛むのか。
「うぅ~」
「朝何か変なのでも食ったのか」
「……実は朝からちょっと痛かった」
なら原因は一つ、昨日のカニだ。古泉によると、俺がキレて部屋を出た後もおかわりして食ってたらしい。食べ過ぎたんだろ。
「……沢山食べれば好きになるかなと思ったんだけど、やっぱりカニは嫌いだわ」
そう言う間にハルヒの表情はどんどん苦しそうに変化していく。これ、ヤバいんじゃないか?
「あ、あそこに公衆トイレがあるよ」
最近の山は随分親切だな。俺はハルヒを無理矢理立たせてトイレへ連れて行く。
「待って、丁度いいわ。鶴屋さんと有希は今から別行動。先行ってていいわよ」
なるほど。分担作戦で来たか。長門と別れてしまうのは少々不安だが、いつまでも長門に頼ってばかりもいられんか。
「はい予備の地図、ちゃんと探してね」
「…了解」
長門がチラッと俺を見たような気がしたが、多分気のせいだろう。
 
てなわけで、俺はハルヒのトイレを待ち続けていた。一応ハルヒの指示で辺りに目を向けてはいるが、ツチノコどころか普通の蛇すら見当たらない。
「そう簡単に見つかったら伝説の動物じゃないよなあ」
とハルヒのような事を考えながら、俺も用をたす事にした。そして中から戻ってきた俺が目にしたのは
 
いきなり発生した真っ白な霧だった。
 
「冗談だろ、おい」
などと呟くが、前方を覆い尽くす白がこれは現実だ!と訴えかける。
「キョンおまた…うわ、何この霧!?」
後ろからすっかり元気になった声。もう大丈夫なのかと聞くと頷きで返された。
さて、これまでのパターンからすると、例の雪山が一番近いような気がする。俺は長門と離れた事を後悔した。
「有希達は大丈夫かしら…あんた、携帯で連絡しなさい」
そうだな。俺は携帯を取り出し長門に電話をした。げ、電池残量が1しかねぇ。充電し忘れたか?
「…はい」
俺だ。そっちは無事か?
「私達は異常に気づき下山した。危険なのはあなた達の方」
この霧は何だ。例の敵の攻撃か?
「発信源は涼宮ハルヒ。彼女の願望がこの霧を発生させた」
ハルヒが?何でったってまた…。
「この霧には人間の精神に幻覚を見せ迷わせる作用がある。下山は非常に困難」
脱出不可能。これもまた一つのクローズドサークルか。
「涼宮ハルヒが下山を希望すれば高確率で消滅すると思われる」
てことはあいつは下山したくないばかりにこんなのを発生させたってのか。随分この山を気に入ったようだな。
「彼女はツチノコを見つけたいと思っている。それが原因」
辺りを見回す。さっきまで結構いた登山客の姿もめっきり見えなくなっていた。ツチノコを見つけるために、あいつらが邪魔だって気づいたのか。
「彼女と絶対に離れ(ピピピ!ピピピ!)
長門?長門!くそっ電池切れかよ!
俺は携帯をしまい、ハルヒにどうするのかを聞いた。
「こんなに突然霧が出るわけ無いわ。ひょっとして不思議の前触れかも!」
ダメだ。こいつワクワクしてやがる。今更だが何て奴だ。
結局、俺達は霧を物ともせず歩き出した。前方もすぐ近くまで真っ白で何も見えない。
こんな状態じゃツチノコどころか他の生物も見つかりそうに無いが、ハルヒは未だツチノコを探していた。
「そう言えば、ここ熊が出るらしいわね。早く出ないかな~」
いらん事を思い出すな。本当に熊が出て来るかもしれないんだぞ。
こいつは本当に昨日反省したのかね。仕方なく、俺はハルヒに言った。
「なあハルヒ。そろそろ降りる方向でいかないか?どう見ても異常事態だし、長門達とも合流しなきゃならん」
振り返った顔は明らかに不満そうだが何も返してこない。更に言ってみる。
「ツチノコ探しもいいが、命あっての物種だろ。一旦帰ってまた改めてからにしないか?」
ハルヒは何も言わずこちらを見ている。何かを考えているような目。考える前に行動のこいつには珍しい表情だ。
「さ、帰ろうぜ。本格的に遭難しちま…」
俺は見てしまった。ハルヒの後ろにあいつがいることを、俺の異変に気づき振り向くハルヒを。
「つ…つ…ツチノコぉぉぉぉ!!」
こいつ何もわかってねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!
ずんぐりした胴、短い尾。何てこった。ついにUMAにまで遭遇とはな。俺の普通な日常は本格的にドロップアウトしたらしい。もっと根性出せよ。
ハルヒはじりじりと用心しながら近づいている。そう言えば、ツチノコが火を噴いたって目撃証言もあるんだっけか。
だが、それまで大人しくしていたツチノコは急にゴロゴロ転がりながら遠ざかっていく。意外に速いな。
「待てーーーー!!」
ハルヒが後を追う。俺もだ。ツチノコではない。この霧でハルヒとはぐれたら本当にヤバいからな。
とにかくハルヒだけは見失わないように追いかける。学年でもトップクラスの運動神経を誇るあいつについていくのは至難の技だが、やるしかない。
「キョン、霧が!」
走りながらハルヒが叫んだ。俺も気づいてる。どんどん霧が晴れて、周りが見えてきたのだ。このツチノコまさか…。
そして霧が完全に消えたと思った時、ハルヒは急に止まった!ちょっと待て、キョンは急に止まれない!!
「ぶわっ!」「きゃっ!」
俺はハルヒにぶつかり、そのまま体重のコントロールを失い前に倒れた。もちろん下でハルヒが下敷きになってる。
「いたたた…ってハルヒ、大丈夫か!?」
「……さっさと退けなさいよバカキョン~」
うん、大丈夫だ。俺は起き上がり辺りを見渡した。
「それより、いきなりツチノコが消えたの!確かツチノコはジャンプ力が凄いって聞いた事があるわ。きっとどこかに飛んで……ここは…」
ここは明らかにわかる。山のふもとだ。どうやら、俺達は何とか下山出来たらしいな。
「下山しちゃダメでしょ!どこかにあのツチノコが…」
「ハルヒ」
自分でもびっくりするぐらい真面目な声。ハルヒ的にもそうだったらしく、すぐに振り返った。
「もう日も暮れる。ツチノコがいるってわかっただけでもいいじゃないか。今日は帰ろうぜ」
ハルヒはしばらく考えた後、渋々山を離れた。やれやれ、まるで遊園地でもっと遊ぶって駄々をこねる子供だな。
 
結局その次の日も山に行ったが、ツチノコは1匹も見つからず後には不機嫌なハルヒだけが残った。
「あの時写真を撮っておけばよかった」と喚いていた。ただ、不覚にもカメラを忘れてたらしいがな。
結局、俺達を山から帰してくれたツチノコは一体何だったのか。あの後、俺は古泉や長門と話をした。
「そのツチノコは涼宮ハルヒが生み出したもの。あの時、一瞬だけ山の中で情報フレアが観測された」
ハルヒが?俺はてっきりお前が生み出したもんだと思ってたんだが。
「こうは考えられないでしょうか。あなたに諭された時点で涼宮さんは山を降りることを決めていた。しかし、彼女の性格上自分から言い出す事はしたくなかった」
微笑みを浮かべつつ解決編を進める古泉。風邪はだいぶ治ったようだ。
「だから、急速にツチノコを生み出す事で「それを追いかけるうちにいつの間にか山を降りていた」という状況を作り出していたのです。無意識のうちにね」
随分回りくどいな。素直じゃないのは何時もの事だが、それで生み出されたツチノコがちょっと可哀想だ。
「まあ、無事で帰ってこれたんだからいいじゃないですか。涼宮さんも、昨日と比べて成長したというわけです」
本当にそうならいいんだけどな。
 
かくして、長かった4泊5日の夏合宿は一切の成果無しで終わった。ハルヒはちょっと不機嫌だったが、新潟米で作ったオニギリを買ってやったらかなり喜んでいた。単純な奴め。
ちなみに、帰る時に長門はかなり奇天烈なTシャツを着ていた。紫地に黒で「KIKAN」と書いてある。
「……貰った」
古泉、今こそ断言して言える。お前のセンスは最悪だ。つうか長門、お前ハルヒの弱点を何て言ったんだ。
「わかりきっている。涼宮ハルヒの弱点は……」
 
やれやれ。喜ぶべきか悲しむべきかわからない答えだな。
 
 
 
終わり