20面相の娘 (88-191)

Last-modified: 2008-05-03 (土) 14:11:42

概要

作品名作者発表日保管日
20面相の娘88-191氏08/05/0208/05/02

作品

その日はいつも通りの、どーってことない文芸部兼SOS団アジトだった。
俺は古泉とバックギャモンとかいうボードゲームをしてなんとなく時間を潰し、メイド姿の朝比奈さんはお茶を入れる準備をし、長門は定位置で読書をし、ハルヒは団長席で読書…。
めずらしいな、ハルヒが読書というのも。まあ、ハルヒもたまには本を読むときだってあるのだろう。
「キョンくん。お茶をどうぞ」
天使の様な朝比奈ボイスに思わず顔がほころんでしまう。
いつも美味しいお茶をありがとうございます。朝比奈さん。
と、それまで読書に熱中していたハルヒがズズッとお茶を飲み、
「…みくるちゃん。あなた、お茶の中に毒とか入れてない?」
「えええっ!!!」
ビクッと小動物の様に仰天する朝比奈さん。
おい、ハルヒ。いくらなんでも朝比奈さんに失礼だぞ!その言い方は!
「毒物の中には、毎回少しずつ摂取させて段々相手を弱らせていくタイプの物もあるそうよ」
お前、いい加減にしろ。
「冗談よ。みくるちゃんがそんな事するわけ無いじゃない」
ハルヒは、バンッ!と、それまで読んでいた本を勢い良く閉じて、団長席からすっくと立ち上がり、
「みんな傾注!これからSOS団の新しい活動内容を発表するわ!」
なんだ、いきなり。
「かねてから考えていた、SOS団の名前を広く一般に知らしめる行動を、今こそ実行に移す時が来たわ。かいとうよ、かいとう」
回答?
「回答じゃなくて、怪盗!予告状をだして、厳重な警備の元にある高価なものを盗み出してやるのよ!新聞にデカデカとSOS団の名前が載って、一躍有名になれるわ!」
何を言い出すんだ、お前は。
俺は念の為にそれまでハルヒが読んでいた本のタイトルを確認した。
怪人20面相。
まったく、すぐに影響を受ける奴だ。どうせ今思いついた事なんだろう。
ハルヒは得意げな顔で一同を見回している。
長門は無表情。朝比奈さんはぽかーん。古泉はスマイル。
必然的に止めに入る損な役はいつも俺になる。
おいおい待てよハルヒ。それはいくらなんでも犯罪だぞ。
「2~3日たったら返してあげればいいじゃない。それぐらいなら許してくれるわよ」
んなわけあるか。大体、何を盗むってんだよ。
「この学校で一番高価なものって言えば…コンピ研のパソコンをごっそり頂いちゃうとか」
もう何台もパソコンを強奪してるじゃないか。これ以上奪ったら、あまりにもコンピ研の連中が不憫過ぎる。
「じゃ、校長室にある花瓶は?あれ、北宋時代のイイ音色のモノらしいじゃない」
あれは本当に冗談じゃすまなくなるから、マ、止めとけ。
それに予告状ってなんだよ。SOS団が盗みの犯人だとわかれば、生徒会が黙ってないぞ?
「うーん…それが問題なのよねえ…」
そう言いながらハルヒは団長席に腰を下ろした。
やれやれ、なんとか思い止まらせる事に成功したようだ。
お前も成長したよ、ハルヒ。昔のお前なら強引にでも決行したろうが、今はなんとか分別が付くようになったじゃないか。
その後は何事も無く時間が過ぎて、今日のSOS団的活動はお開きとなった。
 
後になって思えば、この時、もっと注意を払っておくべきだったのだ。あのハルヒが、こんな事で引き下がるわけが無いだろう?
 
さて、明けて翌日もいつもと同じようなSOS団アジトだったわけだが、この日はちょっとしたイベントが発生した。
「やあやあ皆の衆、元気してるかなあ~。今日はSOS団に依頼したい事があって、ちょーっとやって来たのさあ」
元気さに掛けては団長様にも引けをとらないSOS団の名誉顧問、鶴屋さんである。
「茶道部に、こんな物が送りつけられてきたのさっ。なんと予告状だって!」
予告状?
いやーな予感が俺の背中を走りぬけた。
「どれどれ?どんな予告状?」
早速ハルヒが、アンドロメダ星雲を4個ぐらい入れたような輝きの眼を光らせて、鶴屋さんから予告状を貰い受ける。
「なになに…※月※日、夜10時ジャスト。茶道部にある、一番高い茶器をイタダキに参上します。20面相の娘…だって。
これって明日の夜じゃない」
ハルヒは泥棒がやってくるというのに心底嬉しそうな表情で、
「いいわ。SOS団で茶道部の一品を守ってあげようじゃない。怪盗から守りきったとなれば、SOS団の株も上がるってもんよ」
俺はハルヒに気が付かれない様に、こっそりと古泉の隣へ移動した。
「古泉、これはお前の機関の差し金か?またハルヒを退屈させない為、とかの」
「いいえ、この予告状に関して、機関は何も行動を起こしてはいません。僕も今知ったぐらいですから」
うーむ。じゃあ、この予告状は何なのだ。
「これはまだ憶測なのですが…。涼宮さんの例の力のせいかも知れません。涼宮さんは怪盗についてかなり執着を見せていましたからね」
いつぞやの桜狂い咲きや、ハトの種類が変わっちまった事と同じように、ハルヒの怪盗への思いが、本当の怪盗を生み出した、という訳か。
「ご明察です」
なんて面倒な。そんな者に出没されたら、北高一同大迷惑だぞ。
「僕たちが何とかするしかないでしょう。この世界の安定の為に」

茶道部にある一番高価な茶器。それは鶴屋さんが持ち込んだ「平蜘蛛」とかいう茶器らしい。
なんでも松永弾正ナニガシとか言う奴が、織田信長に献上を強制されたが、嫌がって火薬を詰めて爆発させた。
その破片を1個1個全て集めた暇人が修復した業物、だそうな。本当だろうか。
 
世が世なら大名の領地1個と交換ぐらい出来そうな業物が、茶道部の部室中央にでーんと構えて置いてあり、その周りには俺を含めたSOS団一同の面々と、若干名の茶道部員、そして鶴屋さんが部屋の中にばらけて座り、怪盗の登場を、今か今かと待ち構えている。
「念の為、学校の外には機関の人間を何名か配置してあります」
古泉が俺の傍で他人に聞こえないような小声で言う。
部室のドアは内側から鍵が掛けてあり、窓も鍵を掛けて閉めてある。
室内には10名近い人間がおり、周囲を警戒している。
その上、学校の外には古泉の機関の連中がいて、そしてなにより室内には長門がいるのだ。
「20面相の娘」がどんな奴かは知らんが、ルパンだろうがその孫だろうが、ここから盗み出すのは不可能じゃねえか?
茶器のすぐ隣にハルヒがお行儀のヨロシイことに胡坐をかいて座り込み、腕組みまでして壁に掛けられた時計の針を不敵な表情で睨み付けている。
犯行予告時刻の10時まであと数分。
俺は念のために自分の携帯の時刻も確かめた。大丈夫、時計の針がずれている、などという古典的なトリックは行われていない。
あと1分を切った。
全員の緊張が高まる。
あと30秒…15秒…10・9・8・7・6・5…0!
と、同時に部屋の電気が突然消えた。あたり一面真っ暗闇。
「なにこれ!」「あわわわ、どうしたんですかあ~」「何がおきたにょろ!」「…。」「ふんもっふ」
簡単にパニックになってしまう茶器護衛部隊の面々。くそ、なんて古典的な手なんだよ。
「早く、電気をつけて下さい!」
古泉の声にわれに返った茶道部員の1人が、あわてて電気を付ける。
 
…茶器が無い!
 
暗闇だった時間は30秒足らずだろうか。一体どうやって盗んだ?
「怪盗は外へ逃げたわ!みんな、急いで外に出て追いかけて!」
ハルヒの叫び声に急かされるように、茶道部の1人が鍵を開け、全員外へ…ちょっとまて、何かがおかしいぞ。
俺は長門の方をちらりと見た。
長門は無表情なまま、ナノ単位でコクッと首を縦に振る。
なるほど、そういうことか…。

外へ出たはいいが、どこへ行けばいいのか解らない茶器護衛部隊の面々は、てんでバラバラの方向へとりあえず走り始めた。
俺も走ってアイツの後を追いかける事にする。
校門すぐ近くの所まで走って行くと、ハルヒにでぐわした。
「ああ、キョン。20面相の娘は見つかった?」
まだ。
「そう。じゃあ手分けして探しましょ。私は校門の外へ出るから、あんたは…」
ハルヒその前に、…ちょっとスカートをめくらせろ。
「はあ?」
いいからめくらせろよ。
「ふざけてんの?こんなときに」
ふざけてるのはそっちだろ。ハルヒ、いや「20面相の娘」。
「…。」
茶器に一番近かったのはお前だし。すぐに身体検査されないように外へ出ようとしたし。
お前しかいないじゃないか。茶器を隠せるのは。
「もう、バカキョンに見破られるなんて、つまんない」
そういいながら、ハルヒはスカートの内側から茶器を取り出した。
俺は、はあ~っと溜息をついた。やっぱりそうか。
どうするんだよ、こんなものを盗んで。
「もちろんSOS団の名前を世に知らしめる為よ」
しかし、SOS団は茶器の防衛に失敗した事になるぞ。
「その後、盗まれた茶器を奪回すればいいのよ。私が隠すんだから、すぐに見つけられるでしょ?」
何というジサクジエン!いいのかよ、それで。
「いいの!…それに怪盗をちょっとやってみたかったし」
いくら中の人が同じだからって、そりゃねーよ。本当はそれが目的だったんじゃないか?
「フフフ、オ・ジ・サ・マ。ま、あんたにバレちゃったらしょうがないわね」
諦めるのか?
俺がそう言うと、ハルヒは俺のネクタイを掴んでグイっと引っぱった。やめろよ、これ痛いんだぞけっこう。
「協力しなさい」
なんでだよ!って言ってもどうせ俺の意見なんか聞いちゃくれないんだろうな。
と、その時、懐中電灯の光が俺たち2人を照らし出す。
「茶器を持ってる奴を発見したぞ!」
やば、機関の連中が外を守ってるんだった。

「逃げるわよ、キョン!」
ハルヒに手を掴まれて、北高前の坂道を全力で駆け下りる。くそ、これで俺も犯罪者の仲間入りか。
ハルヒにICOみたいに引っ張られるまま、知らない人の庭の藪の中に潜り込む。
「HQ!こちらパトロール!」
「こちらHQ」
「不審者を発見した!増援を求む!」
「増援を派遣する事は出来ない。現状の戦力で事態に対処せよ」
「こちらパトロール。了解した!」
すぐ近くで無線を使ってるみたいだな。こんなとこでスニーキングミッションかよ。
「何よ、警察まで呼んであったの?」
今のが警察の無線に聞こえるのか。お前は。
「まあ、いいわ。鶴屋山まで行きましょう。あそこへ茶器を埋めて、探索時に掘り出せばいいから」
機関の連中の目をかいくぐってあそこまでか。相当厳しいぞ。
「どうやら行ったみたいね。行くわよ、キョン」
再びICOみたいに引っ張られる。動体センサーでも持ってるのかね、コイツは。
 
突然ハルヒが急停止するもんだから、コケそうになってしまう。どうしたんだ。
見ると曲がり角の向こうから懐中電灯の光が近づいてきている。
かといって引き返せない。後ろにも懐中電灯の光があるからだ。
やばい、完全に挟まれた。CQCでも決めて、気絶させるか?俺は使えないけど。
「くっ…」
と、悔しそうにハルヒは唇を噛んで、
「いい?キョン。これから行う事は、あいつらの目をごまかすためにやるんだからね…勘違いしないでよ」
なにをだ。…って、ちょ、まてよ。
ハルヒが、俺の身体に腕を廻し、顔を近づけてきて、そして…。
「…。」
どれぐらいそうしていたんだろう。あの神人が現れた、悪夢のときよりは長かっただろうか。
「ん…行ったみたいね」
お、お前、いきなり。
「なによ、映画なんかで良くこうやって追跡をかわすじゃない」
ステレオタイプは嫌いって、散々言ってたじゃないか。
「なに顔赤くしてんの?」
お前だって赤いだろ。
「もう、初めてだったんだから、もっと光栄に思いなさいよ」
などと恥ずかしいやり取りをしているせいで、全然気が付かなかった。
「動くな。」
「!」「!」
ぴきゅーんという効果音と共に、俺とハルヒの頭にビックリマークが飛び出る。
まてよ、この渋い大塚明夫ボイスはもしかして…。
「新川さん!」
「むっ。君たちはいつぞやの…」
俺はハルヒから茶器を引ったくり、新川さんに見せつける。
「茶器を取り返しましたよ!残念ながら、怪盗には逃げられてしまいましたけど!」
俺はハルヒの脇を肘で突っついた。
「…え、えええ。そうなんです」
新川さんは俺とハルヒとを交互に見つめてから、ニッと温和な笑顔をみせて、
「わかりました。古泉君に知らせておきましょう」

こうして怪盗の野望はついえ、北高の平和は守られた。
古泉の危惧していた、ハルヒの作り出した「怪盗」は結局いなかったようだ。なによりである。
今回の事件は事態が事態だけに、北高新聞等には詳細が載らず、闇に葬られる事になった。
おかげでSOS団を世に知らしめる効果は1ミリも無かったが、ま、仕方が無いよな。
ハルヒの奴はあの事件の後、妙なテンションで上機嫌であり、しばらくは安泰のようである。
 
やれやれ。願わくば、この平和がいつまでも続きますように。