R2-C2・AFTER (84-124)

Last-modified: 2008-03-16 (日) 20:33:19

概要

作品名作者発表日保管日
R2-C2・AFTER84-124氏08/03/1508/03/15

 
これは先に投下されております>>29-33『R2-C2』氏の後日談を、本人様のご承諾のもとに書かせて頂きました三次創作です。
 
結果的に、多分の個人的な解釈を氏の作品へ加えることとなってしまい、氏が本来的に意図したテーマとは異なったものとなってしまっているのではないかと危惧しております。
氏へ深くお詫び申し上げますと共に、読者様各位へ、これはあくまでも別の書き手によるSSであることを予めご理解頂けますようお願い致します。

作品

 
 ホワイトデー当日。
 SOS団の活動を終えた後の帰途、俺とハルヒは二人きりで、街灯にほのかに照らされたこの夜道を歩いていた。他の団員達は、既に途中で挨拶を交わして別れている。
 そして俺がこんな日にも関わらず、朝から依然として何のモーションも起こす素振りを見せていないせいか、この団長様はここしばらく以上に不機嫌そうなご様子だ。
 
 ハルヒは今日一日中、時間が経つにつれて何やら落ち着きなく俺の顔を窺う頻度を増やしてゆき、その度ごとに物言いた気な、仔犬の様な視線を向けてきた。そして俺がそれに気付いてハルヒに目を向けると、慌ててそっぽを向く。もちろん得意のアヒル口もセットでな。
 まあぶっちゃけた話、ハルヒが何を言わんとしていたのかは薄々気付いていたのだが、俺としてはクラスメイトの面前でプレゼントを贈るなんて――それがたとえただのお返しだとしても――いらん誤解を招きかねない行為は以ての外だったし、団活中でも、元々長門から頂戴した品をその目の前でやり取りするってのも少々心苦しく思えたのだ。
 そう、長門や朝比奈さんに渡した様なクッキーの他に、こいつにはもう一つ贈るものがあった。
 
 一応昼休みに、文芸部室で本を読んでいた長門にクッキーを直接手渡しに行った際、ハルヒに件のそれを渡して良いものか許可を求めた。すると長門は珍しくもしばし思案気に沈黙した後、ぽつりと呟いた。
「確かにそれが好ましいのかも知れない」
 そりゃ、了承してくれるってことか?
 長門はこくりと頷く。
「そもそもそれは、私自身も朝比奈みくるより受納したもの。そして朝比奈みくるもまた、古泉一樹より寄贈されたのだと述べていた。私はそれをあなたへと託したが、もしかするとそれらは全て、予め定められていた連接的情勢だったのかも知れない。そしてそれは最終的に、それ本来の在るべき場所へと帰還しようとしているのだとも考えられる」
 
 そんな長門の突拍子もない多弁に付いていけず、俺はいささか当惑した。
 おいおい、たかがサボテンの受け渡しをいきなりそんな、逆らえない運命か何かみたいなご大層な話に広げられてもな……。第一そんなもん、一体どこのどいつが仕組んだって言うんだ? やっぱハルヒか? まさかお前まで、あいつが運命を司る神だとかどうとか言い出すんじゃないだろうな。それとも未来人の言うような、規定事項ってやつか?
「それは、あなた自身が確かめること」
 ……どういう事だ?
 
「残念ながら、それ以上の事を今この私の口から言うことは出来ない。それは恐らく、あなたが自らの試行錯誤の内より見出してこそ、その本質的意義を実現しうるもの。そしてあなたの懐く意志もまた、あなた自身のもの。何者も、それを侵害することは許容され得ない」
 んー、何がなんだかイマイチ話が見えてこないが、要はこの前みたいに、また俺自身の判断で思うように動けって事でいいのか?
 長門は再び、無言で首を縦に振る。やがて俺を見上げたその顔は心なしか、どこか晴れやかで清々しい表情の様にも窺えた。
「そっか、とにかくありがとよ。まあ、最近また妙にご機嫌斜めなあいつが素直に受け取るかは分からんが、俺がそうしたいと思うから、やってみるよ。別に俺だって、あいつといつまでもこんな状態を続けていたい訳じゃないしな」
 
 
 
 ――そして彼がこの部屋を後にする様を眺めながら、私は思う。
 
 あのサボテンには、涼宮ハルヒによって与えられた自律的志向性が内在している。それ自体は本来ささやかなものであったが、しかしそれは涼宮ハルヒ自身の手により紡がれ始めたこの五人の循環を介する過程を通じて、あるひとつの、環状を成した観念の様な何かを形成しようとしている。
 その一人一人の手に渡る度、あのサボテンは彼らの、そして私という個体の有する存在情報を操作し、変革していった。そしてその中で、あるものは私たちから摘出されてあのサボテンの内へと取り込まれ、また逆にあるものはサボテンの内より私たちへと呈せられていた。しかしそれは、我々が危惧を要するレベルに至るまでの質、及び程度の変容ではないと思念体は判断した。
 
 そして私は、観測する。それが結果的に、一体何を意味するのかを見極める為に。
 それは有機生命体の持つ不可解な特質と関連付けられうるものなのか。尚且つ、涼宮ハルヒの情報生成能力とも係わるものなのだろうか。それを私はこの場所から、このひと時ひと時の推移の中から、具さに観測し続ける。
 さて、彼はあの性質に対し、果たして如何なる名を与えようとするのか。そして涼宮ハルヒは、それをどう受け取ろうとするのか。またその時、そこに一体何が生まれ出ずるのか。
 私は、ただ、観測する。
 
 
 
 閑話休題。
 
 陽は、既にとっぷりと暮れてしまっていた。冷えた風に吹かれて、道の脇を覆っている黒々とした木々が微かにざわめく。
 この下り坂の続く先に広がっている、幾多の灯火が煌めくあの夜の街並みへと向かい、ハルヒは俺から少し離れた斜め前方を憮然として歩いていた。しかしそれは、普段のあの大股歩きからは想像できない、亀の様に甚だしく緩慢な歩調。そして俺もなんとなくそれに合わせ、この互いの微妙な距離感を保持していた。
 
 しかし当然、いつまでもこんな状況を続けている訳にはいかない。いくらこんな牛歩であっても、こうして歩き続けている以上、いつかは互いの岐路へと到達してしまうのだから。
 現在俺が抱えている実際的な用件は、ただこのクッキーと包装済みのサボテンをハルヒに渡すだけだった。しかしそれをきっかけとして、最近の互いの関係を少しでも改善できるよう話をつけたいと思っているのだ。
「おい、ハルヒ」
「……何よ」
 俺がその後ろ姿に声をかけると、ハルヒは振り向きもせず、思ったとおりの棘々しい語調で返してくる。
「ちょっとそこの公園でも寄ってかないか? 自販機で飲み物くらい奢ってやるからさ」
 
 するとハルヒは俄かにその場に立ち止まり、そこでようやく俺の顔を見返す。そしていかにも呆れ、なおかつ馬鹿にした様なジト目で睨んでくる。
「はあ? あんたね……。いたいけな女子高生を、こんな時間の人気のない場所になんか連れ込んで一体何する気よ? この変態。ちょっとはTPOってもんをわきまえなさいよ」
 おいおい、ひどい言われようだな。
「そんなんじゃねーよ。そもそも、お前がそんな玉か? ……そうじゃなくてさ、ちょっとお前と二人だけで落ち着いて話したい事があるんだよ」
 
 そんな俺の言葉に、ハルヒは自らの言葉をはたと詰まらせ、やがて目を逸らした。
「な、なによ、SOS団の話? まぁ……、あんたがそう言うなら、聞いてやんない事もないけどさ」
 そう言うとしばらくの間、何やらもじもじとするハルヒ。
 やがて、だってあたしは団長だから、たとえあんたみたいな平でも団員の一人が意見したいってんなら、付き合ってやるのが勤めだしね、などと自分に言い聞かせる様に小さく後付けされた弁明に対して俺は適当に相槌を打ち、ハルヒをその近くの公園へと促した。
 
 
 
 そして俺たちは、他に誰も居ない小さな公園の中で、共にブランコに並んで腰掛けていた。この吊り椅子の何気ない前後の揺れに伴って、鉄の鎖の軋みによる鋭い音だけが、閑散とした周囲にか細く響く。
 互いの手の中には、俺が先程買ったホットの缶コーヒーが握られていた。そろそろ気候的には大分暖かくなってきたとはいえ、やはりこの時間帯には少々冷え込んでくる。
 
 そうしてしばらくの間、俺がどう話を組み立てたものかと手を拱いていると、ハルヒが空になったのであろう缶を地に置きながら、ついに痺れを切らして口を開いた。
「で、何よ。自分から誘ってきたんだから、さっさと切り出しなさいよね。あんた、それでも男なの?」
 そんな挑発めいた催促を受けて俺は観念し、その手始めにとしぶしぶ鞄の中から二つの包みを取り出してハルヒへと手渡す。
 
 ハルヒは黙ってこちらに手を伸ばし、それを受け取る。薄暗い状況の中、俯きがちなその表情は読み取れない。
 そしてしばしその二つを、膝の上で両掌の中に包み込み、それらをただじっと眺めているハルヒ。するとややあって、はふ、と溜息を漏らした。
「……ちゃんと、覚えててくれたんだ」
 当たり前だろ。これでも一応、ものの道義なんかは通す主義なんでね。
 
 するとハルヒは、ようやく小さく笑う。
「そんなこと言ったって、どうもいまいち信用ならないわね。今日だってどうせあんたの事だから、すっかり忘れてるかと思ったわ。……開けるわよ?」
 ああ、いいぜ……って、もう剥がし始めてるじゃねえか。
 
 ハルヒはまずクッキーの入っている方の包みを開き、その中から一つだけを取り出して口に含む。一粒が硬貨ほどのサイズの詰め合わせなので、一口で食べられる。ハルヒの口の中でその噛み砕かれる軽やかな音が、くぐもりながら聞こえてきた。
「……ふうん、まあまあ、かな」
 そうかい、そりゃ何よりだ。
 
 ハルヒはやがてもう一方の包みへと手を伸ばし、それを開封すると同時に目を丸くする。
「え?」
 そして訝しげに眉をひそめ、俺に向かい訊ねてきた。
「これ、何であんたが持ってんのよ」
 
 そうは言われても、一応これでもプレゼントなので、俺はそれまでの経緯をこいつに明かしてしまったものかとしばし逡巡したが、やはり言ってしまうことにした。まあ仮に俺が嘘話なんかしたって、すぐに見抜かれてその真意を問い詰められるのがオチだろうしな。
「長門から受け取ったんだよ。ついでに、長門は朝比奈さんから、そしてその朝比奈さんも古泉から渡されたものらしい。まあ一見ただのサボテンだが、しばらく眺めてると何やら不思議そうな気配の漂ってくる代物じゃないか? お前に似合ってるかと思ってな」
 
 ハルヒはそれを聞くと束の間のあいだ、その意味するところを咀嚼しようと黙り込む。
 すると唐突に噴き出し、それまでしかめていた表情を崩した。
「あはは! 何だ、そういうことか」
 どうした、いきなり。
「これ、そもそもあたしが鶴屋さんから貰って、古泉くんにあげたサボテンよ。それにしてもまさか、みんなの間を巡り巡ってあたしの許にまで帰ってくるなんてね。もしかしたらこのサボテンは、あたしたちの間を一巡しながら、皆を一つに繋いでくれたのかも。そうだとしたら、このサボテンはSOS団結束の象徴ってところね! うん、こんな不思議は大切にしなくちゃ勿体無いわ」
 何だよ、やっぱお前が発端だったのか。……まあ何となくそんな気はしていたけどな。
 
 そうしてハルヒは心機一転、身近な不思議を目の当たりにしてしばらく嬉しそうにはしゃいでいたのだが、すると何故かそのサボテンを俺の方へと手渡してきた。
「あのさ、これ、やっぱあんたが持ってなさいよ。あたしの方から、もう一回プレゼントしてあげるわ」
 いや、何でそうなる。それに元々がそういう話なら、こいつは本来古泉にあげたもんだったんだろ? しかも大事にしたいってんなら、自分ででも持ってるなりすればいいじゃないか。
「いーの! あんたが持ってなさい、団長命令! あんたみたいのだって一応、栄えあるSOS団の団員その一なんだし、団を支えるピースの一つなの。折角こんな大役を仰せつかったんだから、光栄に思いなさいよ。しっかり世話すること。それにもう、あたしのお願い事はいつの間にか叶っちゃったしね」
 
 お願い事? なんだそりゃ、何の話だ?
「え? あ、な、何でもないわよ。……そんな事より、常日頃から頑張ってるあたしなんかと違って、あんたみたいなのはそのままじゃ何の恩恵にも預かれやしないんだから、これからはそのサボテンの逞しさを見習ってタフに努力してくこと! 分かった?」
 おいおい、また唐突に何の話題だよ。昼間の長門といい、最近はそういうのが流行ってるのか?
 
 それからも何やかやと騒ぎ立てているハルヒをなだめながら、俺は思う。
 なんだ、結局ごちゃごちゃ心配するような事じゃなかったのかもな。気付けば、またいつもの俺たちに、そしていつものハルヒに戻っている。そう、俺と共にSOS団を結成してからの、この涼宮ハルヒに。
 まあそれもこれも、もしかしたらこいつのおかげなのかね。
 
 そう思い、俺はこのサボテンへと目を向ける。
 団結の証……、“絆”、か。
 人から人へと、手渡されてゆくメッセージ。その、絶え間く継続され、果てしなく繰り返されてゆく伝達の循環の中で、それは次第に形成されてゆく。
 その推移する過程に於いてあるものは失われ、あるものは裏返され、またあるものはその姿を変えてゆく。それでも自らが見失ってしまった筈のそれらは、もしかしたら自分ではない他の誰かの許へと届いているのかも知れない。
 
 だからこそ、そこにある互いの繋がりの様な何かの中から、俺たちはまた自分を取り戻してゆけるのだろう。そんな仲間たちとの触れ合いの中で、自分自身の、そして各々の存在を認め合おうとするのだと。
 このサボテンは、そういった俺たちの願いを無意識に汲み取ったハルヒが、それを形にしようとした結果なのかもな。そう、そんな願いはいつだって、俺たちの中心でこいつが真っ先に実現しようとするのだから。
 
 ……なーんて、ね。やっぱそんな事を、とてもこんな局地的暴風雨娘に向かって素直に吐露する気になんざ、更々なれないな。
「あ、そういえば結局、あんたの話って何だったのよ?」
 ん? ああ、まあ何でもない。もう済んじまった事だしな。
「ふうん……? よく分かんないけど、まあいいわ。さーて、と。もう遅いのに、いつまでもこんな場所でエロキョンなんかと一緒に居たら、何されるか分かったもんじゃないわね」
 お前な、いい加減にその発想から離れようとは思わんのか。
「ふん、だから悔しかったら、その汚名を返上出来るように日々努力しなさいっつってんの。ほら、何ならこのあたしも少しは手伝ってあげるから」
 
 ハルヒはそう言ってピョンと席を立ち、俺の手を掴んで引き寄せる。
「おい、ちょっと落ち着けよ。いきなりそんな引っ張ったら危ないだろうが」
「何言ってんのよキョン、次の不思議はそんなちんたら気長に待ってくれないわよ! んじゃまずは、あたしの家まで送って行きなさい? 遠回りしてった方が、あんただって何か発見し易いでしょ」
 
 やれやれ、お前、このエロキョンとは一緒に居たくないんじゃなかったのかよ。いちいち都合の良い新陳代謝を繰り返す思考回路をお持ちのようで、全く羨ましいね。
 そうは思いながらも俺はその手を握り返して立ち上がり、ハルヒの、この夜に咲く桜の様な見返り顔へと向かって言葉を返す。
 
 そう、きっとこのサボテンだって、たとえ今は表面上にトゲだけを生やしていても、いつの日かその内より綺麗な花を咲かせて微笑むのだ。
 
 
 
   -“AFTER”end-