11-424 無題

Last-modified: 2007-01-25 (木) 23:12:08

概要

作品名作者発表日保管日(初)
無題(良いハルヒ悪いハルヒ)11-424氏06/07/2306/08/02

作品

何というか、世界がまたこむら返りを起こしていた。確実におかしくなっていた。
一番おかしくなっている張本人は今、俺の隣でせっせと「SOS団活動記録」と題された日誌に活動内容を記入している。
「ねぇ、キョンくん。明日は老人ホームへの奉仕活動でもしようと思うのだけど、それでいいかしら?」
おいおい、勘弁してくれよ。奉仕活動はそりゃ素晴らしい事だろうけど、俺たちは別にデイサービス研究会でもないぞ。
そいつは俺の顔色をうかがって、その提案に不採用の烙印を押されたと思ったのか、
「じゃ、じゃぁいつもの生徒の悩み事相談で・・・」
と、遠慮がちにつぶやいたあと、日誌を閉じて棚に置いた。
俺と朝比奈さんは、その様子をまるで借りてきた犬や猫が変な悪さをしないか心配するような目で見ていた。
長門はいつものように読書に熱中している。
古泉は心配なんか最初からからしていないと思わせるように、まぁいつもの様な優雅で慇懃な笑顔だ。
その全員を見回し、ハルヒはこう言った。
「そ、それでは、今日はもうお終いですっ!」
古泉がそれではと挨拶をして立ち去り、そして制服姿の朝比奈先輩がすぐにカバンを掴んでバイバイと挨拶をして出て行き、
ポニーテールの長門がそれに続いて扉から消えていった。
ハルヒは部室をほうきで掃いてる。
俺は窓から帰宅する生徒達を見下ろし、待ち合わせていたのか長門と朝倉が共に帰っていくのを見つけて、さらに朝比奈さんが
一人で帰るのを見て、部室を出た。
背中に「キョン君。さよなら・・・」とハルヒの声がしたような気がしたが、返事もせずに駆けだしていた。

 

事の起こりは4日前。
俺とハルヒはSOS団の次の映画をとるための舞台を決めるとかで、町内のあちこちに下見に来ていた。
神社の参道を歩きながら「この神社は素材としてはいいけど、鳩が全然居なくなっちゃったわねー。」とか、
「またこの池にみくるちゃんを落とすというのはいいかも知れないわね。
 シリーズ作品には必ずお約束な展開を入れるというお約束があるもの。」
とかブツブツ言いながら、去年朝比奈さんが落とされた池の淵を歩いている。
俺はあの後、谷口に散々ぼやかれ大変だったんだが、そんなこぼれ話には耳を貸さないのがこの団長だ。
池の半ばまで付きだした桟橋の先端までやってきて、ハルヒはなにやら考え込んでいた。
そして、こうのたもうた。
「ねえ、キョン。ちょっとここで池に落ちてみてくれない?」
「アホ、何で俺が池にダイブしなきゃいけないのだ。話の筋が見えてこないぞ。」
「うーん、なんかこう、インスピレーションが沸きかかってんのよねぇ。ほら、いいでしょ!」
と、ハルヒが俺の腕を掴んだ。俺は当然拒否の意を態度で表し身体をひねって拒絶する。
「えっ!ええっ!?」
と、ハルヒは大声で叫び、その手が勢い余って離れてバランスを崩し、反動でハルヒの身体が池に向かってすっ飛んだ。
俺も橋の床に尻餅をついてしまい、目の前に星が舞う。
なんか派手に水しぶきを上げてハルヒは落ちたようだ。さすがはハルヒだ。朝比奈さんより豪快な水しぶきを上げてくれる。
・・・なんて感心している場合じゃないな。
「おい、ハルヒ・・・・」
波紋を広げる水面に、ハルヒの身体は浮かんでこない。
「まさか・・・・冗談だろう!?」
さすがにヤバイ。こんな事でアイツが土左衛門に?
全身がアレルギー反応を起こしたように鳥肌が立つ。まるで不安が一気に皮膚に滲み出たような。
俺が飛び込もうと意を決するまでおそらく数秒と経っていなかっただろう。
まさに、池に飛び込もうとする瞬間、水面から泡がボコボコと立ち始め、やがてとんでもない現象が起こったのだ。
池から人が出てきた。それも、気絶してるのか目を瞑ってるハルヒと、それ以外に見覚えのある人が。
「あなたの落とした涼宮さんはこの良い涼宮さんですか?それとも、悪い涼宮さんですか?」
そう俺に問いかける人は、紛れもなく朝比奈さん(大)だ。え~っと、これはいったいなんの冗談ですか?
その朝比奈さん(大)は、まるで天女のような羽衣を身に纏っていた。結構ノリノリかよ・・・。

 

つっこみ所は満載だったが、俺はとにかく一番重要そうな疑問を朝比奈さん(大)にぶつけた。
「ふ、普通の涼宮ハルヒは無」「ありません」
断言。あの朝比奈さん(小)も未来はこうも凛とした張りのある声で断言できるのかと、少し感動を覚えたほどだ。
「・・・でも・・・」
「この二者の中から選んでください。」
となると、当然誰もが同じ選択をするだろう。少なくとも俺はそう思う。だが、それが決して正しい選択とは限らない。
容易に安易な選択をするもんじゃないと、その後痛いほど学習した。
かくして、良い涼宮ハルヒが池から俺の元にやってきたのだ。

 

良い涼宮ハルヒを揺すって起こすと、彼女はまず俺に助けてくれたことを非常に感謝し、これ以上ないほどの
謝辞をたくさん並べ立てた。
そして、「あなたは私の命の恩人ですからっ!」と、俺に昼食をおごってくれた。マジで。
良い涼宮ハルヒは、何事にもポジティブなのは前と変わらないが、言葉遣いが敬語。そして俺を非常に立ててくれる。
わがままは言わないし、突飛な行動もとらない。明らかに以前のハルヒとはベクトルの違う良さを持っていて、
それは本当に聖人かと思うほど清らかな物だった。
でも、それは俺にとっては全く心の安まる物ではなかった。まぶしいくらいに善良な性格も俺の心を締め付ける。
俺はやはり、以前のハルヒがいいのか。

 

次の日、俺は学校に登校して驚いた。ハルヒの机にクラスメイト達の輪ができているではないか。
今までにない光景を目にして当惑せざるを得ない。
「涼宮さん、なんか変わったね。キョン君なんかしたの?」
と輪の一部にいた阪中が俺に訊いてくる。俺は変なことはしてないぞ。
アイツが勝手に池に落ちたんだよ・・・
そしてチャイムが鳴りホームルームが始まる。そこではさらに驚愕する事態を迎えた。
「えー、去年親御さんの都合でカナダに引っ越した朝倉君が、このたび帰国したのでまたみんなと共に勉強することになった。」
岡部の隣に立っていたのは、紛れもなく朝倉涼子その人だ。
朝倉は、笑顔で「またよろしくっ」と無難な挨拶をしたあと、自分の席に着く前にまだ驚愕を継続してる俺に一瞬だが
意味深な視線を送ったように見えた。なんてこった。またあいつに殺されそうになるのか?
しかし、朝倉が何かをしでかすようなことは無く、俺もそいつに「お前は情報統合思念体の送り込んだ宇宙人なのか?」
なんて訊くこともなく、そのまま何事もなく放課後を迎えた。

 

「おそらく、善良な意識を持った涼宮さんは転校していった朝倉さんのことが気がかりだったんでしょうね。」
古泉は真顔でそう分析している。
「その転校していったクラスメイトへの想いが、朝倉涼子を実際に呼び戻したのでしょう。」
なんてこった。心は善良になってもあの無茶苦茶な能力はそのままなのか。
「長門は朝倉の復帰について知ってたか?」
無言で首を振る。
「ただ、午前中に情報統合思念体に問い合わせて彼女の復活を認識した。また私のバックアップ扱いと言うこと。」
「あいつがまた、俺に向かって刃物を振り回すようなことは・・・」
「彼女の行動に制約を課している。あんな凶行は二度とさせないから、安心して。」
そのまっすぐな視線に俺はこれ以上ないほどの安堵感を覚えていた。
「ただいま」
噂のハルヒが部室に帰ってきた。コンピ研にパソコン一式を返還してきたのだ。
一応、俺も手伝おうかと訊いたが、「全部私の責任だから」と拒まれた。
そんな感じで、善良なハルヒによるSOS団の活動がスタートした。

 
 

ハルヒが池に落ちてから4日が経った。
それは前触れもなく、だが緩やかに進行していた。
まず、朝比奈さんのコスプレがいつの間にか無くなっていた。
しなくていい事になったのではなく、最初から無かったことになっていたのだ。
朝比奈さんに、「いつものメイドの衣装は?」と訊いても、首を傾げるばかりだった。
「おかしなキョン君ですね~」と、朗らかな顔で湯飲みを手渡す朝比奈さんは制服のままだ。
そして、皆の衆驚け。なんと長門の髪が長くなっていた。しかも、ポニーテールだ!
「何でポニーなの?」と訊いてみたが、不思議そうな目をして
「ずっと前からこうしてる・・・」
と答えられた。うん、元がいいだけに確かに似合ってるが・・・・
俺の記憶の中で、ほんの少しの時間だったけど、ハルヒがポニーテールにしていた映像が消えていくような錯覚に陥った。
消さないでくれ。大事な想い出なんだ。
しかしどういうことだ?どうなってるんだ?
長門にですら本人の自覚もないまま記憶の改竄が発生してるのか?いや、実際長門の髪が長くなっている。
言われてみれば、長門の髪はずっと長かったかも知れない。俺の記憶が混乱しているだけなのか?
「なあ古泉。長門の髪はずっとこんなだったか?」
こう言うときは理論派に意見を求めるのもいいだろう。俺の頭脳は今、思考能力が暗礁に乗り上げている。
「ええ、そうでしたが・・・」
「・・・ちょっと話をしたい。」
古泉を男子便所に誘った。

 

俺は、この壮絶な違和感を少しも惜しまずに古泉にぶちまけた。
なんで長門のヘアースタイルがポニーテールになったのか?
しかし、言われてみれば実際に元からポニーだったのかも知れないとも思えること。
そして、朝比奈さんがコスプレしていたような記憶もどこかにあると言うこと。
古泉は、興味深そうに話を聞いて
「言われてみれば・・・僕の記憶にも、それと同じイメージが若干ながらあるような気がします。」
と言った。
「おそらく、あなたの言うことが全て正しいなら・・・善良な涼宮さんの意志が過去にまで影響を及ぼして居るんでしょう」
どういうことだ?
「つまり、朝比奈さんがコスプレしないのは、善良な涼宮さんなら朝比奈さんにコスプレを強要しなかった。
 涼宮さんの性格が変わったことに世界が辻褄を合わせようとしているんです。
 善良な涼宮さんの存在が、この世界を過去の時間軸に遡って書き換え初めているんですよ。」
「ちょっとまて、それってつまり・・・・」
「そう。善良な涼宮さんがSOS団の団長だった場合の、・・・仮に「SOS団’」としましょうか。
 そのSOS団’に徐々に書き換えられて居るんです。過去にまで影響を及ぼすほど、今の涼宮さんの能力は
 磨きがかかってきているのでしょう。」
愕然とした。無茶苦茶すぎる。
しかし、現実に世界の上書きは行われているのだ。
「長門がポニーテールだったのは・・・?」
「おそらく、あなたがポニーテール好きだと言うことを、善良な涼宮さんが長門さんに教えてあげたのではないでしょうか。
 善良な涼宮さんならではの・・・・いわゆる、お節介というやつですよ。」
そして、それを真に受けた長門は少しずつ髪を伸ばし続けて、今ポニーテールを結んでいる・・・のか。
なんか恥ずかしくなった。
「でも、なんだか気味が悪いな・・・。ずっとこのままなのか?」
「おそらく・・・・このままで行くとSOS団はどうなるか。最悪、無かったことになるのではないでしょうか。」
「どういうことだ?」
「つまり、善良な涼宮さんなら朝比奈みくるを拉致してこないし、謎の転校生古泉一樹を勧誘したりもしない。」
「そして、俺を巻き込んでSOS団などというすっとぼけた集まりを作るという行為もしなかったかも知れないと。」
「その通りです。」
「どうすればいい?」
「なにをですか?」
「どうすれば、元のハルヒに戻る?」
「・・・・・」
古泉の当惑した顔も解るが、今の俺は善良な涼宮ハルヒよりも、あのワガママで小憎らしくてクソやかましい涼宮ハルヒを求めていた。

 

それにそうでなければ、SOS団の存在さえ消えかねないのだから、なおさらハルヒを元に戻す必要があるだろう。
「もう一度、涼宮さんが池に落ちた時間に戻って別の選択肢を選べば良いのですよ。」
やはりそれしかないか。となれば、あの人の手を借りなければならないわけだが・・・・
「僕が出来ることは・・・・何もありませんね。」
と、古泉は手を広げてやれやれのゼスチャーをやってみせる。
そんなこいつの仕草でさえ、SOS団が無くなるかも知れないと思えば何故だかいとおしくも思えた。やれやれ・・・。

 

そしてさらに時間が経ち、俺は校門前で帰る途中の朝比奈さんを捕まえた。
「キョン君、どうしたんですか?」
「ちょっと力を貸して欲しいんです。」
「それって、私の時間移動能力を・・・?」
何回か朝比奈さんにこういう頼み事をしているので話もスムーズだ。
朝比奈さんは例によって上の人間に許可を取らなきゃ出来ないと言うが、俺はそんなことは気にしていなかった。
なぜなら、俺があの池で別の選択肢を選べば、その時点で世界は別の方向に進み、この頼み自体が無いことになるはずだ。
まぁ、無責任かも知れないがこの並列世界はそこで途切れることになるんだと思う。だから大丈夫。
だがそう言って朝比奈さんを無理矢理納得させられる自身もないので、
「今回だけは事後承諾でお願いします。なあに、きっと大丈夫ですよ。」
と、大嘘を吐いた。朝比奈さんも、俺がそう言うのなら多分OKなんだろう・・・と、承諾してくれた。
「じゃ、いきますよ・・・・」
俺と朝比奈さんは、4日前に飛んだ。

 

そしてやってきた4日前の校門前。二人とも無事に時間移動できたようだ。
「朝比奈さんは、元の時間に戻ってください。」
俺の言葉に驚いたのか、朝比奈さんは心配そうな表情を少しも隠さずに
「えぇ、だって元の時間に戻れないんですよ!いいんですか?」
と訊いてくる。まぁ、ほんの数日だけ多く生きたと思えば、それほど憂慮することも無かろうと俺は考えていたが。
「大丈夫ですよ。」と言って、朝比奈さんを安心させる。
「わかりました。キョン君を信用してますから、心配はしません。」
と言ってくれた。俺のことだからきっとわけがあるんだろうと思ってくれているんだろう。
ホント、いい人ですよあなたは。そして俺と朝比奈さんはそこで別れた。

 

そして、あの池にやってきた。余裕を持って時間移動したので、4日前の俺たちより早くあの桟橋に着いた。
その辺の茂みに身を隠す。しばらくすると・・・・やってきたぞ。俺とハルヒが。
桟橋を渡って、その先端まで移動していく。ハルヒが落ちるまであと数秒。
俺は靴を脱ぎ音を立てないように、だがかなり急ぎ目で過去の俺たちに近寄っていった。
音を立てるとヤバイ。しかし早く移動しなければならない。このジレンマ。ドキドキもんだね。
だがその次の瞬間、ハルヒが振り返って俺の腕を掴む。バカ、そんな急にこっち向くな!
そのハルヒの瞳が大きく見開かれる。気付かれたか?俺が二人いるのを!
「えっ!ええっ!?」
驚きながらもハルヒはバランスを崩し、池の方向に身体がすっ飛ぶ。
その相手をしていた俺も、バランスを崩して尻餅をついてる。
確かこのとき、俺はもう一人の俺を見てはいない。なら大丈夫だ。気付かれずに行ける!
尻餅をついてる俺の横を駆け抜けて池に飛び込む。その刹那、ハルヒと俺と二人分の水しぶきが舞った。
何故俺は池に飛び込んだのか、単純なことだ。
要するに、普通の涼宮ハルヒを助けなかればいけなかったからだ。
良い涼宮ハルヒでは駄目だ。悪い涼宮ハルヒでもない。普通の涼宮ハルヒを、今この手で池から救い出すことが俺の目的だった。
しかし、思ったより池は深く・・・・

 

なんとなく鼻を誰かにつままれているような気がして、うすらぼんやりと意識が開きかけた。
「・・・」
「・・・・がはっ」
「キョン!」
そして目が覚めた。肺から水が出て苦しい。すごく噎せ返る。
俺は池の淵の遊歩道で仰向けになっていて、ハルヒは俺の胸の辺りに両手で体重をかけながらぐっと押している。
「よかった・・・目が覚めたのね!」
情けないことに、どうやら俺はハルヒを助けるつもりが水の中で気を失ったのか、逆にハルヒに助けられたらしい。
「あ、ああ。だいじょうぶだ。」
「キョンが私を助けるために、池に飛び込むなんて思ってもいなかった・・・。」
いや、助けられたのは俺だ。ここは男として、おまえを助けるべきだったが・・・かっこわるいな。
「ううん、かっこ悪くなんかないわよ!まぁ団長の危機に飛び込むのは当然だけど。でもありがとう!」
そういってハルヒは、一瞬俺を抱きしめた。
え~っと・・・ホントにこいつは普通のハルヒなのか?

 

しかし、あの朝比奈さん(大)や良いハルヒはいったい何だったんだろうか?
もしかしたら、池に落ちて気を失っていた俺の見た泡沫の夢だったのかも知れない。
そう。実はあの上書きされた世界なんてなくて、なにからなにまで俺が見た束の間の夢・・
ポニーテールの長門も、帰国した朝倉も夢の中の出来事・・・
そう思えば、全て納得行くような気がした。おいおい夢オチかよ。(笑)

 

そして俺とハルヒは二人ずぶ濡れで池の遊歩道を歩いていた。
「あ、キョン。あれアンタのじゃない?」
遊歩道の桟橋へ曲がる角の所に、俺が脱いだ靴がそのまま置いてあった・・・。