19-302 無題

Last-modified: 2007-01-25 (木) 00:44:58

概要

作品名作者発表日保管日(初)
無題 (自分を変えてみる?)(未完)18(実質19)-302(糖分69%カット)氏06/09/1706/09/23

作品

「世界を変えようとする前に、自分を変えてみたらどうだ?」
「え?」
「いや、(そうかこいつは、自分の能力を知らないんだったな)
なんと言うか、世界なんかに面白さを期待すんじゃなくてさ、
自分で面白いものを生みだして、世界に提供してやりゃあいい。
それが、特別な人間ってことじゃないのか?」

 

電車が踏切を通りすぎるまでの間に、
この猪突電波娘に対して抱いていた、モヤモヤしたジレンマみたいなものを、
俺はなんとか言葉に出来たらしい。
小学生の時、満員のスタジアムに連れていかれるまで「自分が、どこか特別な人間だと思ってた」らしいこいつは、
そんなことを言われて、どうやら、珍しく考えこんでいるようだ。
後姿しか見えないが、だいぶ傾いた太陽に照らされて、黄色かったリボンがぼうっとオレンジに光る。

 

「・・・・あんたは判ってない」
宇宙人マンションに着くまではアッパーだった感情が、帰りには露骨にダウナーにシフトしてる。
言い返せないからって、そんなセリフで一方的にごまかすなよ・・・。
と、俺は思った。その時は。
今にして思えば、こいつが抱えてるどうしようもない気持ちも判ってやらないで、
ずいぶん不粋な正論を垂れてしまったと、少し後悔している。
俺はどんな宇宙の真理より、こいつの気持ちそのものを、判ってやるべきだったんだ。
こいつがどんな絶望的な気持ちで、このセリフを吐いたのか、今なら少しは判る。
「帰る」
と言って歩き始めたこいつを、その時の俺は追おうともしなかった。

 

ハルヒは別に天才じゃない、天災ではあるかも知れないが。
なんでも簡単にこなしはするが、そのせいで、人生をつまらなく感じているだけだ。
簡単なゲームほどつまらないからな。
古泉は負けてばかりのボードゲームに嬉々としてるし、朝比奈さんにオセロで圧勝する長門はほんとにつまらなさそうだ。
俺は、普通の高校生活をこなすだけでも、結構いっぱいいっぱいなんで、
ハルヒのように、世界をつまらないなどと、感じてる余裕もないがね。
だから、自分に何もなくて、自分より他人に興味を持たざるをえないはずの俺も、
こいつの気持ちをわかるのに、少しだけ時間が掛かったんだ。

 
 

そう、俺はハルヒに憧れていたのさ。
いや別に、なんでもこなす文武両道のスーパーウーマンぶりに憧れてたわけじゃないし、
萌えアニメのヒロインになれそうなルックスに憧れてたわけでもない。いや、それは少しあるか・・・。
俺は、「世界なんてこんなもんだ」と思っていたし、「自分なんてこんなもんだ」と思っていた。
もちろん、そんな風に思いたくて思ってたわけじゃない。そう思わざるを得なかっただけだ。
そう思いこんでいた方が、判りきった事でガッカリしなくて済むし、大風呂敷ひろげて恥をかかずにも済む。

 

でもハルヒは違った。
こいつは本気で、「世界はこんなもんじゃない」と思っていたし、「自分はなんでもできる」と信じている。
(いや、それはある意味その通りなんだが)
そして、実際に本気でやってしまうのだ。
浮こうがハズそうが眉をひそめられようが影でクスクス笑われようが、おかまいなしに突っ走る。
そんなヤツらの顔色を伺ったところで、じつは得することなど何も無いと、判っていたかのように。
俺には、そんなハルヒの素直でパワホーな生き方が、眩しかった。
憧れていたというより、嫉妬していたのかも知れない。「やれやれ」とか言いながらね。

 

だから俺は、その猪突電波ぶりにうんざりしながらも、ハルヒに振り回されていたかった。
でもハルヒは、なんで俺を傍に置いておきたいと、思ったんだろう?。あいつらを差し置いてまで。
星の瞬きも街の灯りもない、電源の落ちたプラネタリウムみたいな閉鎖空間の中で、
その無自覚な創造主に、制服の袖をちょこんと掴まれながら、俺はそんなことを考えていた。
ハルヒが素晴らしすぎる手際で、望みどおりに捕まえてきた宇宙人と未来人と超能力者は、
まあ肝心のハルヒがその正体に気付いていないが、
別に宇宙人とか未来人とか超能力者という属性がなくても、少なくとも俺よりはだいぶユニークな連中だと思う。
でも俺は、つまらない普通の人間を100人集めて100で割ったような男だ。

 

だからこそ、か?。

 

生物は、種の多様性を維持するために、なるべく自分から遠い遺伝子を求めるらしいからな。
ハルヒは、自分といちばん似ていない、かつ交配可能な生物を、アダムとして連れてきたのか?。この二人しか居ない世界に。
こんな必要以上な考え事をしてしまうのは、瞑想と巨人兵器の実戦演習に最適な、この閉鎖空間のせいだろうな。
正直、ラブホテルに使うにゃ大きすぎるし物騒すぎるよ。
デバガメと呼ぶには巨大すぎるヤツらもうろうろしてるしな。暗さはちょうどいいが。

 
 

「あんなに不思議な出来事を探してたじゃないか?。むしろ喜んだらどうだ?」
俺の制服の袖を離そうとしないハルヒの不安顔がなんか可笑しくて、こんな事に巻きこまれた恨み言も兼ねてそう言ってみた。
「何が気に入らないんだオマエ」と言いたくなるような不満顔は散々見てきたが、
不安な顔を見るのは初めてだ。こいつにも怖いものがあるんだな。
「でもここは、おまえ自身が創った世界だぜ?」と言うのはヤメた。
この状況なら、少々電波なハナシも信じてもらえそうだが、まだそれを言うべきでは無いだろう。
俺はまだ、この新しい世界で生きてくハラをくくったワケじゃないし、
だいいち、ハルヒが自分の力に気付いてしまったら、それはハルヒを不幸にする。確実に。それだけは判る。

 

「ねえキョン」
ん?
「お腹空かない?」
ハァ?
やっぱ大物だなこいつは、この状況で胃袋が機能してるだけ大したモンだ。こっちはメシも喉を通りそうにない。
「そんなこと言ってんじゃないわよ!あんたに聞いてんの!私は寝る前に夜食たべちゃったし」
寝る前に食べると太るぞ、ハルヒ。
この考えようによっては絶望的とも言える状況の中では、ユーモアを忘れたら終わりだからな。
大して面白くもないツッコミをむりやり入れて、ハルヒのじゃれるような平手打ちをもらったあと、
俺たちは目を見合わせて、少しだけ笑った。
いつもの学校、見慣れた文芸部室。でもそれ以外が全くちがう。
いつぞやハルヒがどこからか強奪してきたポットの中に残っていたお湯で、お茶を淹れる。
「朝比奈さんが淹れたのほど美味くはないだろうが」
「みくるちゃん今ごろ何してるかしらね?スヤスヤ寝てるのかしら・・・・はぁ」
なんだ、俺しか連れてこなかった事を、少しは後悔しているのか?

 

ささやかながら「!」マークが付くぐらいの声を出して、平手打ちをかまして、少し笑って、お茶を飲んだ所で、
ようやくいつもの調子を取り戻したらしい団長殿は、いよいよSOS団らしい行動を取ろうと考えたらしい。
いやそんなこと考えなくてもいいのだが。
「探検しましょ!これは千載一遇のチャンスだわ。デジカメ持った?
ついでに、いちおう食べものも探しておきたいしね」
今度は逆に、俺の手を掴んで、ずかずかと廊下に歩き出していく。
いつもと違うのは、手首ではなく手を掴んでいる所か。やはり不安なんだろうな。

 
 

「学食にも調理実習室にも、食料が無いとはな」
「ま、なんとかなるでしょ」
部室に戻ってきた俺たちは、大した悲壮感もなく、どっかりとイスに腰掛けた。
「しかし水が出ないのは痛いな」
「プールに水が溜まってるじゃない」
「あの植物プランクトンが生態系を完全支配してる緑色の液体の事か?・・・まったく、電気は通じてんのにな」
と言った瞬間に、すべての灯りが消えた。まるで学校ごとブレーカーが落ちたように。
「・・・・キョン!」

 

立ちすくんだままピクリとも動かない、校舎よりでかい彫刻、というより塑像であろう巨大なデクノボーが何体か、
電源不明の白い光を漂わせてはいるが、あたりは闇が過半数を大きく超える勢いだ。
出来すぎている。いや考えてみれば、電気が止まったことより、さっきまで電気が通じてたことの方がおかしい。
ここは閉鎖空間だ。外界とは完全に遮断されているはず、もちろん発電所とも。
ハルヒに腕にしがみつかれながら、今の俺は暗いせいで、かえって冷静に考え事ができているらしい。
そもそも閉鎖空間はハルヒが(無意識に)作り出したもので、そのルールもハルヒが(無意識に)望んだものであるはず。
そのハルヒが、「電気は通じてんのにな」と聞いた瞬間に、電気が止まった。ハルヒ以外に聞いてたヤツなど居ない。
つまり俺の言葉で、自分が(無意識に)作ったこの世界のルールを、(無意識に)思い出したんだろう。
この世界に電気が通じているわけがない、と。

 

どうやら創造主には、それ以外にも世界中の電気を消す理由があったらしい。
「いいから、じっとしてて・・・」
別に学校中の電気を点けたって、誰も見ちゃいないのに。
俺は腰を抜かしたマヌケのように床に座っていて、その上にハルヒが四つんばいでゆっくり乗りあげてくる。
女豹のポーズといえば聞こえはいいが、どうみても草食動物を捕えた肉食動物の動きだ。
「何をする気だ?・・・・・ハルヒ」
あまり聞く気もなかったんだが、いちおう聞いてみる。ここで何も聞かないのは俺っぽくない気がして。
ハルヒは何も答えず、俺の顔を触って確かめているようだ。怖いから何かしゃべってくれ。
「あんた、キョンだよね?」
何を言ってるんだおまえは?って最初に口を付けるのはフツーそこじゃないだろ!

 
 

あんな奇妙な、しかも奇妙さの方向性がまるで違う人間が3人も揃ってれば、誰かひとりぐらい助けに来れても良さそうなものだが、
この世界はもう、ちょっと前まで世界だった世界との連絡を、完全にシャットダウンしてしまったらしい。
世界は二人だけのもの、か。いざ実現してみると背筋が凍るほどロマンチックだね。
その世界の人口の半分をひとりで占めるファメールは、もう半分を背負わされた俺のメールを咥えている。
「吸えば負圧で大きくなるでしょ」みたいな、かなり情緒に欠けるやり方で。
正直、勃ちません。
我ながら情けないというより、不思議である。
俺はハルヒの核融合みたいなエネルギーに憧れているし、単純に綺麗だとも思ってるし、ハルヒでご飯4杯いけた事だってある。
では好きなのかと言われると、正直認めたくない気持ちの方が大きいが、
嫌いとか無関心とかとは、かなりベクトルの異なる感情を抱いているのは確かだ。
「グシッ・・・ぐすっ・・・・・ううう・・・」
なので、彼女が俺のジョン・スミスを咥えたまま、鼻水たらして情けない顔ですすり泣き始めたのには、
そのジョン・スミスを折檻したくなるほど辛くなった。思春期のいい若者が何というザマだ。泣きたいのはこっちだよ。

 

「あんた・・・あんただけが思い通りにならないのよ、いつも、いつも・・」
いや、俺も俺自身が思い通りにならなくて残念だ。
「ねえキョン・・・私は望むものはなんでも、なんでも手に入れてきたし、」
それは文芸部の部室とかコンピ研のパソコンとかロリ巨乳の専属メイドの事か?
「つまんない遠慮なんてしない、欲しいものはちゃんと欲しがらなきゃダメなの」
いまどきマジで立派だと思うよ。その図々しさをナノマシン1台分でいいから注入してくれ。
「そりゃ宇宙人とか、未来人とか超能力者とかは、まだ手に入れてないけど・・・」
おまえが気付いてないだけだ。そんなものを手に入れられるのはおまえだけだよ。
「人間がかなえられることは、ぜんぶかなえたいのよ!」
求めよ、されば与えられん。か。
「なのに、あんただけが・・・・ぐしっ、ぐぶふうぅぅぅぅぐっ」
おまえ、今までちゃんと泣いたこと無いだろ?。泣きかたが死ぬほどヘタだぞ。美人が台無しだ。
「ハルヒ、おまえは、ほんとに俺のことが好きなのか?」
「・・・・・・!?」
ハルヒの目を直視しながら、ものすごくシリアスな顔で俺は言った。チンコ丸出しで。
「・・・好き、好きだから」
「嘘つけ」
「・・・・・」
「俺は、おまえが好きだ。ハルヒがどうなってしまうのか、すごく心配だし、何もできないけど、いつもハラハラしながら見てる」
「・・・・・そう」
「自分のことより、おまえのこと考えてる時間のほうが、長いかもしれない」
ハルヒは頭のいい子だ。このやりとりで、彼女なりに問題点を把握したらしい。
「ふううううう・・・・」
さっきまでのすすり泣きとは違う周波数の、大きな溜息をついて、首を垂れて下を向いた。
その目線の先に、ようやく俺のジョン・スミスが凄い勢いで突っ立っていた。

 
 

「・・・どうすればいいのかわかんないよ」
「やり方の問題じゃないと思うぜ」
なんのやり方の事を言っているのか微妙だが、涙の洪水の跡に、ようやく笑顔のカケラが見えた。
俺が言ったことを理解して目の前の霧が晴れたのか、いきなり俺のジョン・スミスが突っ立ってて可笑しかったのかは知らないが。
「・・・ハルヒにキスしたい」
「・・うん、いいよ・・・ふう、いちおうファーストキスだから」
と得意そうにニヤけやがる。おまえの唇はキスより凄いことをしてたけどな、さっき。
ハルヒが10cmぐらい近づく間に、俺は40cmぐらい近づいて、背中に手を回して、
目をつむって、すこし斜めに唇を重ねた。涙と鼻水のしょっぱい味が・・・・

 

・・・・・ヌカったああああああっ!
世界全体が震えるような鳴動を始める。キーンという耳鳴り。
目を閉じているのに視界がホワイトアウト。
「白雪姫」
今ごろ思い出しても遅いけど、あのとき彼女は確かに、特盛りのバストを揺らしてそう言った。
でも朝比奈さん(大)、ハルヒは白雪姫というよりツンデレラですよ!
と、誰も聞いてないツッコミが、時空のはざまに虚しく吸い込まれていく。

 

ドサッ。
目を開けると、見慣れた自分の部屋の、天井が網膜に映る。
しばらくして呼吸を取り戻した俺は、おそらく上半期最大と思われる溜息をついた。
ようやく起き上がって、カーテンを開けて外を見ると、あたりまえのように街の灯りが瞬いている。
下を見ると、俺のジョン・スミスはまだヤル気マンマンのようだ。もういいよオマエ。
そう、キスは最後にすべきだったのさ。でなければ「白雪姫」が目を覚ましてしまう。
「ハルヒには、そのことが判ってたのかも知れない。だからあんな・・・・・・まさかな(笑)」

 

そのハルヒは午前中の授業を休んだ。
いちおう「体調が悪いので午後出」と担任のハンドボール馬鹿に連絡はあったらしいが、
おそらく、泣きはらした顔が復活するまでの時間かせぎだろう。
俺は寝不足、コホン、あくまで寝不足で目の下にクマができた顔をぶら下げて、朝から律儀に出席してるがな。
5限は体育だったので、けっきょくハルヒと顔を合わせたのは、放課後の部室になった。
ちょうど俺がハルヒに食われかけたあたりに立ってお茶を淹れていた、時を駆けるドジっ子メイドさんが、
「・・・キョンくん!!」
と叫んで駆け寄ってきて、抱きつく寸前でフルブレーキング。
「キョンくん・・・・・」
唇をキュッと締めながら、上目遣いで涙を溜めている。
宇宙製読書マシーンもこちらを凝視していたが、俺と目があうと、安心したようにまた本に目を落とした。
「あなたには感謝していますよ。僕が命がけでアルバイトするよりも、もっと簡単な方法があると判りましたから」
と超能力ホストは言うが、
「何の話か知らんが、それはたぶん簡単ではないと思うぞ。なにしろタイミングが難しい」
「・・・・いやまあ、それはそうでしょうね」
たぶん勘違いしてると思うが放置しておく。
「キョン、あんた私に言うことがあるんじゃないの?」
心臓が止まるかと思った。俺が開けたままのドアから、いつのまにハルヒが入ってきている。
なんか無理に不機嫌な顔を作ってるのが可愛い。
「きのうあんたと喧嘩別れしたせいで、なんか怖い夢は見るし、もう体調最悪よ!」
「それ・・・オレのせいなのか?」
「あったりまえじゃない!このカイショ無し!!」
そっちかよ・・・・
朝比奈さんは顔を真っ赤にしている。古泉は「やれやれ」のポーズでニヤけ、長門は一瞬笑ったようにも見えた。
一発で世界を崩壊させる爆弾を抱えながら、SOS団は今日も平和だ。

 
 

「済みません、あなたにはひとつ嘘をついていました」
と、まったく済まなそうに見えない爽やかスマイルで、超能力ホストがぬかす。
「あの時、『あなたは普通の人間です』と言ったのは、半分は嘘です。
まあ朝比奈さんと同じで、属性が特殊なだけで、能力的には普通の人間なんですが」
「・・・ふう。じゃあその普通じゃない半分について、説明してもらおうか?」

 

俺が入学した年に廃部になっている北高の文芸部室で、北高とは違う制服を着た古泉が、
鼻筋を人差し指でなぞりながら説明を始める。
ここには宇宙人も未来人もツンデレ破壊神も居ない、SOS団などという電波集団も存在しない。
謎の転校生も居ないので、古泉はもともと居た高校の制服を着ているらしい。
「憶えていませんか?。あちらの世界で、彼女がクラスで最初に自己紹介した時です。
『宇宙人、未来人、異世界人、超能力者が居たら、私の所に来なさい!』と言い放ったのを」
「ああ・・・・ってまさか?」
異世界人。の部分にイントネーションを付けて喋られれば、いやでも判る。
「お察しのとおりです。宇宙人と未来人と超能力者は、彼女の力ですぐに集まった。
ならば異世界人も、その場に居なければ不思議ですよね。」
「いや、異世界人なんてもんが居るほうが不思議だが、それがまさか自分だったとはな・・・・」

 

つまり俺は、俺の住んでいた本来の世界から、ハルヒリーグにレンタル移籍してきた異世界人らしい。
「僕らのこの世界では、長門さんや朝倉さんは造られていません。造る必要が無いですから。
朝比奈さんは当然まだ生まれてませんし、
僕は超能力を授かることも無ければ、入学してすぐ転校する事もない、あなたとは別の高校の生徒です」
「ちょっと待て。ハルヒは?ハルヒはどこに存在してるんだ?」

 

「・・・・大変申し上げにくいのですが、彼女は生まれていないんです・・・・死産だったんですよ」
「・・・なんだと」
「考えてもみてください。あの世界で彼女は、世界を根こそぎ創りかえるような、神のごとき力を持っていた」
「・・・・」
「ですが、彼女自身は一人の少女に過ぎません。
天地創造機能付きのアプリケーションをダウンロードされていても、ハードウェアはあくまで人間なんです」
「・・・・」
「世界を創造できるようなアプリケーションが、もし実在したとして、どうやって起動しますか?
全人類の脳細胞をかき集めた生体演算機だろうが、地球と同じ体積の量子コンピューターだろうが、
とても起動できそうにありません。
言ってみれば、原付バイクの車体に核融合エンジンを積むようなもの。エンジンをかけただけでバラバラになります」
「そうか・・・・」
生まれることさえ出来なかったのか、ハルヒ。
俺はあの、核爆発のような笑顔を思い出していた。その笑顔を思い出して、俺はボロボロ泣いていた。
「・・・・気休めにもならないかもしれませんが、あなたが泣く必要など無いことです。
彼女は死んだのではありません。生まれなかったんです。名前さえも無く」
俺は古泉につかみかかった。
「ハルヒに会わせろ!あいつは確かに居たんだ!俺は憶えてる。あいつがどんな奴だったか憶えているんだ!」

 
 

「・・・選択肢は2つあります」
古泉は穏やかに俺の手をのけると笑顔をシャットダウンし、顔をシリアスモードに属性変更して語りはじめる。
「ひとつは、あなたがあの、涼宮ハルヒが産まれた世界の、住人になってしまうこと。
ただその為に、あなたのご家族は、3年前のあの悲しみを、やはり味わうことになります」
3年前、俺は交通事故で死んでいたらしい。その瞬間の記憶は無いが。
「短期記憶が長期記憶として定着する前に、あなたは涼宮さんの居る、別の世界に飛ばされた。
その代わり、あちらの世界にいたあなたが、その暴走車の前に飛ばされたんです。」
「3年前、おまえが超能力者に変身させられたように、俺は異世界人としてトレードされて行ったワケか。
あいかわらずムチャクチャだなあいつは。ドナドナだぜ」
いいかげん涙を止めたかった俺は、無理にでも冗談めかして言ってみたかったのだろう。

 

しかしそんな人情の機微など委細かまわず、古泉は続ける。
「まあ詳しくは説明しませんが、量子論における多世界解釈のようなものです」
ようなもの、と言われても、俺の教養ではそれはタトエにならん。
「あなたがクルマに轢かれた世界のあなたと、轢かれなかった世界のあなたの組成が、
同じ空間座標上で偶然一致してしまった。そこでトンネル効果が・・・」
「もういい。その偶然の一致だって、ハルヒが『異世界人に居てほしい』と望んだから起こったんだろ?
なら偶然とは呼べないだろう」
「まあ、そうですね。いずれにせよ、あなたはこちらの世界では、本来もう死んでいる人間です。
ですが今は、代わりにあちらの世界で、あなたが3年前に死んだ事になっています。
もっとも涼宮さんは、あなたが居たことすら知りませんが」

 

・・・・かなり複雑な心境だなそれは。まあ知り合ってから死んで悲しませるより、マシかもしれんが。
しかし、こっちの世界の俺の家族を、息子に死なれた悲しみから解放する代わりに、
今はあっちの世界の俺の家族が、同じ悲しみを味わっているわけか。
「で、もうひとつの選択肢ってのはなんだ?」
「彼女に“神の力”をダウンロードしないことです」
・・・まあそうなるだろうな
「これは長門さんの時空相転移能力と、朝比奈さんの時間遡行を組み合わせれば可能です。
そうすれば彼女は、
とんでもないアプリケーションをダウンロードされてハードディスクがクラッシュする事も、
メモリが足りずフリーズしてしまう事もなく、ごく普通の健康な少女として、この世に生を受けることができる」
「・・・あいかわらず判りにくい喩えだが、それはほんとうにハルヒと呼べる人間なのか?」

 

「呼べるというか、ハルヒという名前にならない可能性もありますね。
その名前は、じっさいに彼女のご両親が、彼女を見て、抱いて、感じたものから付けられた名前ですから。
普通の少女には、もっと普通の名前が付けられるのかもしれません。名は体を表わすといいますし。
性格や容姿に関しても、あの涼宮さんとは異なる成長を遂げるかもしれませんね」
それでも、ハルヒはハルヒだ、と言うべきなのだろうか?
「あとはその人間を、あなたが涼宮ハルヒに匹敵する存在と思えるか、ですね。
もちろんこれは相手のある話ですから、あなたが受け容れられても、彼女がどう思うかはまた別ですが」

 

「・・・俺は、やはり全部ひっくるめてハルヒだと思う」
古泉は、期待していた答えが返ってきた時のような微笑をみせる。
「純粋な自分とか、本当の自分とか、そんなの嘘だと思うんだよ。
純粋な自分なんて、突き詰めたら脳細胞一個残るかどうかだろ?」
「ほう」
「本当の自分って言ってもさ、本当の自分で居られる時間なんて、一生のうちで何秒あるってんだ。
いろんなシガラミもぜんぶひっくるめたのが、人間だろ?」
「なるほど、素晴らしくユニークな考え方です。
あのとんでもない力も、まちがいなく、涼宮ハルヒが涼宮ハルヒであるために、必要なものであると」
「別に、神の力が欲しいとか言ってるわけじゃないぜ。俺はあのハルヒに会いたいだけだ」
「わかりました」
「ただ、どうしても判らないことがある。
なんであっちの世界のハルヒは、生身の人間がそんな力を抱えて、壊れなかったんだ?」

 

 

本作品は未完です。