500年後からの来訪者After Future1-9(163-39)

Last-modified: 2017-05-04 (木) 10:42:27

概要

作品名作者
500年後からの来訪者After Future9163-39氏

作品

スキー場の運営と並行してジョンの世界ではおでん屋の仕込みと、俺が発案したドラマの撮影が行われていた。佐々木の脚本をサイコメトリーして、セリフを暗記することもなく俳優顔負けの名演技を披露。多丸兄弟までジョンの世界に来ることになろうとは俺も予想だにしなかったが、話が進むにつれて森さんや新川さんも来ることになりそうだ。今後は、新川さんのランチやディナーも「ここで仕込みをする」なんてことになりかねん。まぁ、新川さんの負担が減るなら是非来てもらいたいし、今頃になってそれを閃く俺が馬鹿だった。ホテルやスキー場の従業員として働き手が集まり、ようやく現地に住む人々で運営可能になった。あとはドラマが始まるまでにW古泉の認知度を高めていけばいい。周りの納得の表情を確認して、話を切り替えた。

 

「それから、この中で閉鎖空間を作れるメンバーは、より大きな閉鎖空間を作れるように修錬を積んで欲しい。他の人も、この機会に閉鎖空間を作る修行をしてくれてもかまわない」
「それはかまいませんが、今度は一体何をやろうと言うんです?映画でも作るつもりですか?」
青古泉の言葉にWハルヒの眼が輝いている。表情には表れていないがW佐々木も同じだろうな。やれやれ、まだ何も説明してないってのに…イベント事にはすかさず飛び付いてくる。
「いや、俺たち全員で行う史上最大のパフォーマンスだ。地図にSOS Cityと記載されたんだ。今度はカレンダーに『SOSの日』と載せてやるよ」
そこで話を区切ろうとした俺に「そんなんじゃ説明にならないわよ!」だの「またキミは僕を焦らす気かい?」だのと色々と言われたが、あと一年以上待たなければいけないイベントだ。実行に移すには、できるだけ大きな閉鎖空間が作れるようにならないと規模が広すぎて閉鎖空間では覆いつくせないし、今は復興支援プロジェクトが先決。結局人事部メンバーにプラスして青古泉と俺が入り、三日かけて全ての電話連絡が終了。次のタワーが完成するまで待っていてくれと伝えた世帯は大喜び。すぐにでも引っ越しの準備をすると伝えてきた。因みにその間、古泉はビラ配り&サイン。有希や朝倉が福島の除染作業に入ったところで福島県知事に連絡を取り、除染作業をしたから、定期的に調査をして全国に報道して欲しい旨を伝えた。
「カット!カ――――ット!!全っ然ダメ!青古泉君、自分の関係者が一人殺されてるのよ!?もっと怒りなさいよ!!」
ジョンの世界では、俺発案のドラマ撮影が順調に進み、第一話も後は青古泉と朝比奈さんが出会うシーンを昼間に撮影するだけの状態になっていた。日本代表入りを果たしたOG二人もドラマ撮影だと聞くやいなや、「どんな役でもいいから出演したい」と言いだした。おかげでバレーに打ち込んでいる奴は一人もおらず、将棋か、仕込みか、ドラマ撮影のいずれかになっていた。W佐々木もバレーではなく二人で相談しながら執筆を続けており、既に第五話まで仕上がっているとか。佐々木らしいと言えば佐々木らしいのだが、周りがいくら『脚本を読ませてくれ』と言っても頑なにそれを拒み、
「とてもじゃないが、恥ずかしくてまだ見せられない。撮影もまだ第一話も出来てないし、僕もこれから何か閃くかもしれないからね。その時が来ればみんなに見せる。だから今は強要しないでくれたまえ」だそうだ。

 

しかし、W古泉の怒った顔なんて、アポなしで本社ビルの建築を撮影されたときの古泉くらいしか思いつかん。
『オラとピッ○ロがフ○ーザに殺され…』
「やかましい!おまえは将棋に集中してろ!」
「それもそうね。油断して悪手を指してきたら許さないわよ?でも、イメージを持つのも悪くないんじゃないかしら?」
「古泉なら、ハルヒ達が急進派に殺されるところをイメージすればいいんじゃないか?」
青俺の助言に青古泉が瞳を閉じる。ハルヒが殺されるシーンを妄想……もとい、イメージしているらしい。青古泉がハルヒの殺されるシーンなんて妄想するわけがない。
「おまたせしました。ハルヒさん、お願いします」
青古泉から殺気が漏れている。今度は朝比奈さんの方がNGになりそうだな…逆遮殺気膜で覆っておくか。「じゃあ、行くわよ!シーン21、よーい……アクション!!」
「……以上がプロファイリングした犯人像よ。被害者の共通項もないし、帰りがけに一人になったところを狙っているようね。あなたのサイコメトリーした情報も加え……一樹君?」
怒りを露わにした青古泉がテーブルを叩いて立ち上がる。
「よりにもよってハルヒのダチを殺しやがって!俺が犯人暴きだしてぶん殴ってやる!!」
ジョンのたとえが役にたったようだな。総監督もようやくOKを出した。しかし…朝比奈さんが「一樹君」なんて一度も呼んだことないだろうな。青古泉が朝比奈さんにそう呼ばれる度に身体のあちこちがかゆくて仕方がない。
『色々と考えてみたんだけどね。それぞれの役に名前を付けると話のイメージが膨らまないんだ。みんなには悪いんだけど、本名で演じてくれないかい?』
W佐々木が声を揃えてそういうもんだからこんな形になってしまったが、名前を間違えてNGなんて事にならなくて済む。せいぜい、朝比奈さんが青古泉を呼ぶときくらいだ。因みに青ハルヒのダチ役として殺されたのはOGの一人。セリフがほとんどない上に死体役を演じるなんてよくOKしたもんだ。まぁ、たとえ殺されてしまっても、催眠をかけて別人にすることもできる。OGたちもそれを見越してちょい役で出てきたのかもしれん。

 

 それにしても、高一のときの映画撮影とは雲泥の差だな。あのときは、脚本すら配られず、どんな内容なのかハルヒ以外全員謎のまま撮影が進んだり、ハルヒの突然の思いつきで話が豹変してしまったり、挙句の果てには鶴屋さんと結託して朝比奈さんに酒を飲ませてキスシーンまで敢行しようとした。だが、今のハルヒには最高視聴率を叩き出すことしか頭にないようだ。妥協は許してくれんらしい。ただでさえ脚本をサイコメトリーしてそれぞれが名演技を披露しているにもかかわらず、少しでも甘いとハルヒが判断すると、先ほどの青古泉のようになる。朝比奈さんの方も、たった一話作るだけで何回ハルヒにNGを出されたか、もう数えるのもやめた。今も有希が撮影した映像をハルヒがモニターを入念にチェックしている。
「う―…ん、キョンが設定した役柄にしては、イマイチ鋭さが欠けているのよね……」
「俺が設定した役柄?何のことだ?」
『あれじゃないのか?サイコメトリー能力に目覚めてからは人の心の裏側ばかり見てきたとかいう…』
確かにそう言ったが、ジョン…おまえ朝倉に殺されても知らんぞ……遮殺気膜で朝倉の殺気が漏れることはないが、ジョンが気を緩めたせいで殺気がさらに倍増している。しかし、サイコメトリー能力に目覚めてからは人の心の裏側ばかり見てきたなんて、記憶改ざん前の古泉に似ているな。ハルヒに勝手に超能力者にされて神人と昼夜問わず戦ってきた。ハルヒの機嫌を損ねることの無いよう、どんな無茶振りをされようとニヤケスマイルを維持していたっけ。そのハルヒの無茶振りにすべてYesと答え続けてきたから、青古泉も青ハルヒに従うようになり、結果、青ハルヒに好意を抱くようになった。まぁ、それはあくまで有希が世界改変を実行に移したときの設定でしかないけどな。ドラマの撮影で青古泉の鋭さがイマイチだからという理由だけで、古泉を記憶改ざん前に戻すわけにはいかない。

 

「決めた。有希、青古泉君の髪を短くカットして!」
『はぁ!?』
「ハルヒさん、僕はあなたの言う事に対して、あまりNoで返したくはないのですが…僕にもそれなりに貫き通してきたポリシーというものが…」
「困りましたね…ハルヒさん達を入れ替えたときの話ではありませんが、青僕の髪型を変えるということは僕もそれに合わせなければなりません。加えて、青僕の出ているシーンをすべて撮り直すことになります。何か他に方法はないのですか?」
「わたし…またNGばかり出してしまいそうです…」
「ハルヒ、ドラマを1つ終えてから、次のドラマの役作りのために髪を切るなら分かるが、今はW古泉の認知度を高めている最中だ。悪いが、その案は通せない」
「じゃあ、どうしろって言うのよ!あたしが総監督をやるからには、あたしが納得してないものを放映するなんて絶対許さないわよ!」
「問題ない。彼の鋭さが出るまで、あなたや青チームの涼宮ハルヒが全くの別人に見えるよう洗脳をかける。当然、ポスターやCDのジャケットに写っているものもすべて」
青古泉の表情が高校生時代の古泉の引きつったニヤケスマイルで固まった。大学の合格発表のときと同じだな。Wハルヒを見ることができないなんて、一週間もしないうちに青古泉の精神が崩壊する。
「分かりました。ハルヒさん、僕の鋭さが足りないというシーンを再撮影させてください。必ずや、あなたの期待に応えて見せましょう」
「面白いじゃない!あたしがちょっとでも気にくわなかったら、即有希に洗脳かけてもらうわよ!?」
「望むところです!」
青古泉の殺気がまっすぐハルヒへと向けられた。これならいけるかもしれん。
「あら、あなたもいい殺気ね。今後はその状態で将棋を指してくれないかしら?」
『今度は俺が忠告する番のようだ。朝倉涼子、悪いがこれで俺に負けはない』
「………どうやらそのようね。投了するわ」

 

青古泉の決心により、各シーンを再撮影。髪を切って全シーン再撮影よりはマシだったが、それでもハルヒの納得がいくシーンはほとんど無かったらしい。因みに朝比奈さんの格好は大人版と同じく女教師風……と言っても既にその年齢になっているけどな。実際に過去の俺に会いに行く指令も受けていたし、普段の服装やメイクを考えれば敏腕女刑事役にピッタリだ。違うところをあげるとすれば、太腿の内側に拳銃を隠し持っているくらいか。朝比奈さんがしゃがむ度につけている下着がカメラに写り、毎回違ったものをつけるようにと有希から指示されたらしい。理由を問いただしてみると、
「PVと同じ。ランジェリーのPRをする」
「PRっておまえ、このドラマの放送は七月開始だぞ。いくらなんでも遅すぎるだろうが」
「以前、あなたが提案して朝倉涼子が試行錯誤した『絶対に下着が見えないのに涼しい』の特集をする。朝比奈みくるが今着ているものもそれに該当する。白いブラウスの下のランジェリーが全く見えない」
やれやれ…半年後のことまでちゃんと考えて行動に移しているとは…文句のつけどころがない。
 翌日、再撮影もすべて終了し、ハルヒの納得のいくものができたらしい。残すは青古泉と朝比奈さんが初めて出会うシーンの撮影のみ。ハルヒから受け取ったイメージに合う場所を有希が詮索し、俺が乗り物を情報結合。閉鎖空間を展開して準備が整った。それぞれの様子を伺うと、既に朝比奈さんが運転席に乗り込んで車をサイコメトリーしていた。左ハンドルのマニュアル車だが、本人は早く運転してみたくて仕方がないらしい。ここまで自信に満ちた朝比奈さんを見るのは初めてだ。まさか、朝比奈さんに赤いポルシェが似合うなんてな。俺も助手席に乗ってみたいもんだ。
『シーン1、よーい………アクション!』
ハルヒのテレパシーを受けて、朝比奈さんの車と青古泉のバイクが急加速でスタート。限界ギリギリまで速度が上がったところで二人が衝突しそうになったが、そこはサイコメトリーで難なく回避。朝比奈さんの車は右に避け、青古泉のバイクは横になって倒れている。傷だらけの状態の青古泉にポルシェから降りた朝比奈さんがヒールの音を鳴らして近づく。
「ブレーキも踏まずに赤信号を平気で無視してくるなんて、あなた一体どういう神経してるのよ!衝突しなかったからまだよかったけど、修理代、あなたに払えるような金額じゃ……ねぇ、ちょっと、聞いてるの?」
「ラトゥンアップル?」
「えっ!?」
「おい、あんた、刑事なんだろ?ハルヒが今どこにいるのか教えてくれ!」
青古泉が朝比奈さんの肩を掴んで揺さぶる。
「どうしてあたしが刑事だっ……」
「……四階、第二取調室か」
青古泉がそこで会話を打ち切り、バイクを起こして猛スピードで立ち去る。その青古泉を見て呆然と立ち尽くす朝比奈さん。
『カ――――ット!!二人とも名演技よ!これでみくるちゃんが青古泉君の部屋を訪れるシーンにつながるわね!有希!ちゃんと撮れてるでしょうね!?』
『問題ない』
『ようやくこれで第一話完成か。明日の昼食で披露試写会といこうぜ。ハルヒ、ちゃんと主題歌の作詞できてるだろうな?』
『問題ない。既にレコーディングを終えている。あとは編集するだけ』
『わたしも演じる方ばかりでしたし、どんな風に撮れているか早くみたいです』
『では、このまま第二話の撮影に入るというのはいかがです?僕も明日の披露試写会が待ち遠しくてたまりません。こういうときは何か別のものに没頭している方が良いでしょう』
『よし、なら青佐々木から第二話の脚本を預かってくる。あとは頼んだぞ?総監督さん』
『あたしに任せなさい!』

 

朝比奈さんが刑事であること、警察で事情聴取を受けていた青ハルヒとOGのいる場所を特定したこと、加えて警察内部しか知らないはずの犯人のコードネームを青古泉が呟いたこと。これらを受けて、青古泉の住所を調べ上げた朝比奈さんが青古泉のマンションを訪れ、青古泉が事件の解決に向けた手助けをしていく。このとき、青ハルヒの横にいるOGが後のシーンで殺されてしまう設定らしい。ハルヒが懸念していた鋭さも問題なさそうだ。最後におでん屋で日本酒とおでんを堪能しておしまい。当然、朝比奈さんには日本酒ではなくただの水。
「酔っ払った演技をするのも難しい」と言うので、試しにこれまでのパーティでの様子をまとめて受け渡すと、顔を真っ赤にして何も言わなくなってしまった。因みに第一話は殺害現場になぜか鮮度の落ちたリンゴを置いていくことから犯人のコードネームをラトゥンアップル(腐ったリンゴ)と呼び、女子大生を無差別に殺害していく話。
翌日の披露試写会も満場一致の『問題ない』が出た。第二話はENOZが榎本さん以外全員殺されてしまう話。第三話は朝比奈さんと同じ大学の研究生としてなぜか俺が出演する羽目になる話。しかも、仲が良かったという設定で朝比奈さんをバレーの試合と同様、「みくる」と呼ばないといかんらしい。俺は大道具だと言ったんだが…人事部にイタズラ電話が殺到しても知らんぞ……まぁ、催眠で別人になりすませばいいか。

 

三月下旬から盛岡のツインタワービルの引っ越し作業。契約は全て有希が担当し、仙台のツインタワービル同様、俺たちで店員をしたり、レジ係になったり、総菜を作ったり。よくよく考えてみると、スキー場を含めて別に全てのタワーの総菜をわざわざハルヒ味にする必要もなかったな。俺たちが店番をしている間、森さんが住民と面接。働いて生活を安定させたい人ばかりだからな。今回もサイコメトリーの必要はなかったようだ。SOS City同様、大手チェーン店からビルが建設されたらフロアを貸してほしいという連絡が入った。盛岡市も高層タワーが建ち並ぶ街になりそうだ。
四月に入り、幸の小学校の入学式の日。朝からランドセルを背負ったままずっとはしゃいでいた。服は式典に合わせたものを着ていたが、明日からは青有希が服をチョイスしてくれるはず。まわりから一目置かれるようなファッションになると俺たちも鼻が高いと言うべきだろうな。
『幸ばっかりずるい!キョンパパ、わたしにもランドセル!』
案の定、双子が幸のことを羨ましがっている。
「二人の誕生日にプレゼントするって約束したろ?俺が『それまで待てるか?』って聞いたら『あたしに任せなさい!』って言ってたの忘れたのか?」
『ぶー、わかったわよ』
高校生時代のハルヒと同じ表情だ。逆三角形の眼にアヒル口。最近はほとんど…いや、全くと言っていいだろうな。ハルヒがそんな表情になったのは…いつ以来だっけ?幸の小学校入学祝いも兼ねて、ドーナツでも作ってやることにしよう。
「すまないが、小学校の校門前で三人で写真を撮りたいと思ってる。黄有希か黄朝倉に一緒に来て欲しいんだが、頼めないか?」
「わかった。今年はわたしが撮る。でも、来年はわたしも双子と一緒に入りたい。朝倉涼子、来年はあなたが撮って」
『有希お姉ちゃん、何しに行くの?』
「幸が小学校に入学するところを記念撮影する。二人も保育園から帰って来たらアルバムを見せてもらえばいい」
『アルバムってなあに?』
「覚えてないかもしれんが、二人が何かできるようになる度にハルヒが二人の写真を撮ったんだ。それをまとめたものがアルバムだ」
『キョンパパ、アルバム見たい!』
「有希お姉ちゃんが言ってただろ?保育園から帰ってきてからだ」
アルバムの話を聞いて笑顔が表情に出ていたが、すぐ見られないと知ってアヒル口に戻っていた。足取りは重かったが、おじいちゃんと一緒に保育園まで歩いているうちに次第に楽しそうにしていたらしい。まぁ、おじいちゃんと一緒に行くのは初めてだからな。帰りはおばあちゃんに迎えに来てもらうのも悪くない。昼食を作り始めた頃、入学式を終えた四人が帰って来ると、有希がカメラで撮影した映像をDVD化し、青俺と青有希でその映像を何度も見ていた。この二人、結構親バカかもしれん。幸も一向にランドセルを降ろす気配がない。今日はずっと背負ってそうだな。そのあと、ランチの片付けが終わった俺の母親が保育園へ双子を迎えに行った。81階のエレベーターから出てくるなり第一声
『キョンパパ!アルバム!』
案の定出てきた台詞に、99階からテレポートしておいたアルバムを双子に手渡した。美姫が重そうに運んでいたが、場所を決めたところでアルバムを床に置き、二人で中身を見る。先ほどの青俺と青有希ではないが、二人とも真剣な表情でアルバムを見ていた。
「キョンパパ、これ、わたし?」
「そうだ。これは伊織が初めて立ったときの写真だな。ハルヒママに『あんたは偉い!』って言われて抱きしめられてたんだぞ?」
頭を傾けて考え込んでいるが、覚えているわけがない。目先の物欲しさにケーキだ、リゾットだ、ジュースだと言ってた頃だからな。
『キョンパパ、もっと写真撮って!』
「ああ、これから沢山増えていくから、ちゃんと覚えておけよ?今度撮るのは二人の誕生日だ。ろうそくの火を消すところと、ランドセル背負ったところかな?」
『あたしに任せなさい!』

 

その後しばらくの間、青有希が幸の後ろについて小学校まで迷わず辿り着けるか監視。双子は俺の両親と一緒に保育園へと向かった。たまに愚痴をこぼすこともあったが、なんだかんだ言っても孫と一緒に行くのが嬉しいらしい。来年度は幸が双子を小学校まで案内してくれるから心配いらんだろう。ハルヒや祖父母の親バカが発動しない限りはな。まぁ、俺も人の事は言えんかもしれん。スキー場はまだシーズンの真っ最中。当然政治家たちが今も働いているところだが、首相が掲げていた「四月に消費税率を元に戻すこと」が現実となり、首相の株もさらにアップ。「次のシーズンも現地で働く」と豪語していた。ニュースのコメンテーターとして出演していた元政治家もぱったりと見なくなり、どこで何をしながら暮らしているのやら…まぁ、俺の知ったことではない。嫌々ながらも毎日、真面目に働いていれば首相以外の政治家への信頼も上がってくるだろう。自分の都合のいいようにしか頭が働かない元政治家には隠居生活がお似合いだ。
四月も終わりを迎える頃、石巻市への引っ越し作業が開始。既に車も船も全て準備が整い、五月に入ってすぐ漁に出ていた。俺はその間SOS City、石巻市の市長二人と宮城県知事の四人で第三段階の打ち合わせ。次に復興するなら大崎市か気仙沼市あたりが妥当だと踏んでいたんだが…人事部には宮城県に戻りたいという電話はほとんど来なくなっていた。70階と50階のツインタワービルだからな。SOS Cityと石巻市で元宮城県民のほとんどが戻ってきていると見ていいだろう。結局、出来る限りのPRをするという事だけしか決まらなかったが、SOS Cityも石巻市も都心と変わらないくらいの超高層ビルが立ち並んだ都市になった。何かしらの不具合があれば、その都度アンケートをとって要望に応えていけばいい。

 

スキーシーズンも終わり、政治家たちも本来の職務に戻った。俺も男子の日本代表としてチームに合流し世界各国を回っていた。監督からは、
「女子の日本代表のように、セッターの采配が読まれないようにしたい」
と言われ、加えて八月の初めと二月の後半は男子の日本代表が我が社で練習及び練習試合をしたいと言う。メンバーとも相談したが、流石に四週間ずっとバレーとディナーに追われては全員疲弊しきってしまうということで意見が一致。それならばと、大会期間中は練習試合の時間を多く取って、俺がレギュラー陣を相手にサーブやセッターの采配を読み取る役になると監督に進言。ハルヒからサイコメトリーさせてもらった他国語で、相手の指示も俺には全て分かる。もし、対戦相手にこちらの采配を読む選手がいたとしても、俺がセッターとして出るだけでいい。フェイクを交えて相手の司令塔を混乱させるまでだ。
そして、ついに解禁となった零式で多彩な攻撃を仕掛け、技の名の由来通り理不尽に点をもぎ取っていった。零式の対策はどの国も立ててきてはいるが、あまりのバリエーションの豊富さに次は何で来るのか読めず、常に後手にまわっていた。零式のストレートにクロス、サイドラインギリギリを狙った三式、零式と見せかけて相手選手を狙ったり、相手選手の真正面に撃って腕を蔦って胸に収まったり。だが、零式だけが俺の武器じゃない。
「ブロードのC!コース塞いで自滅させろ!」
指示通りに動いた前衛による三枚ブロック。自滅はしなかったもののワンタッチでチャンスボール。エンドラインまで下がった俺にトスが上がり、理不尽スパイク零式が炸裂。全試合、三セット連取の圧勝で各国をまわっていた。

 

その間、SOS団とENOZが全国ツアーで各地をまわっていた。一番の目的は古泉の例の衣装を見せること。俺も後から聞いた話だが、男性客ばかりだったのが、女性客が以前より増えているらしい。男性誌、女性誌とも古泉をモデルにしたページが多く取り入れられていた。また、青古泉と朝比奈さんでバラエティ番組に出演。俺も出来る限り駆け付けたが、次第に朝比奈さんの緊張も取れていった。クイズバラエティの方も青古泉がいれば心配いらん。お台場の某TV局ではドラマごとでクイズ対決をすることになり、青古泉と朝比奈さんに加え、青ハルヒ、青朝倉はまぁ、順当だとして………なんでおまえが出ているんだジョン。
『青チームの古泉一樹の友達役として俺を選んだのはキョンだろう?』
それはそうだが…何も低周波で鍛えた上半身を惜しげもなく見せつける必要はないだろ。他のドラマの女優の視線がジョンの身体に釘付けになっていた。青古泉、青ハルヒ、ジョンが居てクイズで負けるはずもなく優勝賞金を勝ち取っていたが、俺たちからすれば他愛もない額だったせいか、五人がそこまで喜ぶこともなかった。緊張は取れても、朝比奈さんが一番恥ずかしかったというのがドラマのPRシーン。有希の進言通り、七月号の特集は『絶対に下着が見えないのに涼しい』
これを踏まえてドラマのPRをすると、朝比奈さんのセリフはこうならざるを得ない。
「来週月曜夜九時から放送『サイコメトラーItsuki』朝比奈さん、見どころは?」
「SOSCreative社、七月号テーマは『絶対に下着が見えないのに涼しい』です!ドラマでわたしが着ていた服も全部それで撮影しています。下着が透けてないかどうか確かめてみてください。……あんまり、ジッと見ないでくださいね」
朝比奈さんファンは熱狂するに違いない。以前の生放送とは違って編集もできたのだが、有希がこのコメントをするようにと朝比奈さんに脅迫めいたゴリ押し。周りも有希に同調していれば、逃げ道はない。しかし、このドラマのタイトル、もうちょっと何か無かったのか?某漫画そのままだぞ……
『タイトルだけで設定がすぐに分かるんだからいいんじゃないか?映画を放映するたびにどうして幼児化したか説明しなきゃいけなくなるよりはマシだろ?』
このあとも色々と考えてはみたが、結局、ドラマのタイトルが変わらないままバラエティ番組が放映された。

 

 それでも、朝比奈さんのPRとあってか、ドラマの初回から高視聴率を記録。既にほとんどの撮影を終え、ジョンの世界に作ったセットも情報結合を解除しているのだが、W佐々木が『最終話だけは何度も練り直していいものを作り上げたいんだ』という。八月末のバレーも近づいてきているし、練習しながら何か掴めるかもしれないというので、これまで通り、おでん屋の仕込みと将棋、バレーの練習となった。
ある夜、双子が俺のところへと駆け寄ってくる。
『キョンパパの試合すごい!わたしも早く試合やりたい!』
試合がしたいと言っても、幸を入れたとしても三人しかいないんじゃバレーにならん。期待に応えてやりたいが、レシーブ出来るほど腕も長くないし…どうしたものか…
「キョン、二人の希望を叶えてあげたらどうだい?ENOZと一緒に練習してくるといい」
それができないから困っているんだろうが…と呆れていると
「くっくっ、どうやらキミは自分がやったことを忘れてしまっているようだね。双子を成長させれば済むことじゃないか」
ダメだ。佐々木の意図がさっぱり分からん。とにかく、
「俺が自分でやったことって何だ?それに、双子を成長させるなんてできるか!」
「キョン、僕をあまり失望させないでくれたまえ。仕方ない、ヒントだけキミに教えることにするよ」
こいつの言い草じゃないが、答えに辿り着いているのなら早く教えて欲しいんだが…
「『自由の女神』だよ、キョン」
なるほど。確かに俺が自分でやった。ハルヒを妖精にしたり自由の女神と並べたりしたのをすっかり忘れていた。これなら実力によっては日本代表との練習試合に出られるかもしれん。
「二人とも、試合に出られるいい方法を思いついた。その代わり、みんなには絶対内緒だぞ?」
『キョンパパ、それホント!?わたしも試合したい!』
「じゃあ、今から二人が大きくなるから驚くなよ?」
『わたしが大きくなる?』
何が起こるのか考え込んでいるうちに次第に背が伸びていく。ついでに双子にユニフォームを着せ、番号はENOZの次で伊織が21番、美姫が22番だ。無論、背中にはちゃんとIORI、MIKIと入れておいた。シューズも俺たちと同じものを用意して拡大終了。二人とも自分の体をあちこち触っている。
「これで二人とも大人になった。皆と一緒に練習ができるはずだ。レシーブ練習して、もっとうまくなったら、ママも呼んで試合するぞ」
『あたしに任せなさい!』

 

「ところでジョン、双子を拡大したのはいいが、現実世界に反映されているなんてことないだろうな?ハルヒが起きて双子の様子を見た瞬間に、最大級のテレパシーが飛んでくるのは勘弁して欲しいんだが…」
『今、モニターで確認した。キョンの予想通り反映されているようだ。朝になったらハルヒに気付かれないうちに俺が元に戻しておく。テレパシーは俺にも届いてしまうからな。鼓膜が破れそうな思いをするのは御免被る』
「ところで、年越しのパフォーマンスの件なんだが…」
『ああ、分かってる。布石を打つんだろう?今年はキョンに任せるよ』
有希に思考を読まれるのは困るが、古泉同様、阿吽の呼吸で会話ができる。本当にいい相棒を持ったもんだ。って、そういえば最近は思考を読まれるなんてことがないな。ジョンのつけてくれたガードが効いているのか…?
「伊織パパ、わたしも試合したい!」
いつの間にやら青有希から離れて俺のところに幸が来ていた。幸の言葉に青有希も驚きを隠せないようだな。
「黄キョン君、この子も双子みたいにして。わたしもこの子と一緒に試合してみたい」
結局三人とも拡大。幸が23番のユニフォームを見に纏って練習に参加。ENOZに球出しをしていた古泉も何を言ってよいやら分からない顔をしていた。成長した幸を見た青俺は立ったまま呆けている。まぁ、成長と言っても拡大しただけなので腕や足が細いのは変わらないが、朝比奈さんのようなダイナマイトボディにはならず、身体は幼児体型のままだ。見る人によっては男と勘違いされそうだが、全員の前でダンスを踊って以来、美姫はハルヒと同じ髪型、伊織も有希と同じ髪型にカットするようになった。俺たちも双子の区別がつきやすいし、考えるだけ無駄に終わりそうだ。バレー合宿が近づきジョンの世界に全員揃ったところで、双子にハルヒを驚かせようと伝えておいた。

 

世界各国を回って今年のFIVBも終盤に差し掛かり、日本での会場は例年通り我が社の体育館が使われることになった。久方ぶりの自分の部屋で一息吐き、すぐに着替えてディナーの支度へとかかる。監督が男子の日本代表も我が社で合宿をさせてくれと言ったのも、ディナーとおでんが目当てだったらしい。短い期間だが、存分に堪能してもらう事にしよう。調理場は俺と古泉、青ハルヒで十分。タイミングを見計らって接客用の服に着替えたメンバーが降りてきた。各テーブルには野菜スティック&ノンドレッシングサラダ。ENOZもスキー場のレストランで着たメイド服が気に入ったらしい。四人とも接客にあたっていた。そして、双子がこの日になるのをずっと待ちわびてきた七夕の日、
大分古くなったが、何年か前に子供たち三人が作った飾りでフロアを囲み、テーブルには短冊、夏の大三角形が見える南側に笹を用意した。我先にと81階に現れたのは、案の定双子に強引に連れて来られたハルヒ。
「もー…待ちわびていたのは分かるけど、何もドロップキックで起こすことないじゃない!」
あー…、ハルヒよ。それは間違いなくうちの血筋だ。愚妹に毎朝それで起こされていたからな…
『キョンパパ!!机!ランドセル!ケーキ!!』
自分の今欲しいものを直球で強請ってきやがった。
「みんなが揃って誕生日の歌を歌ってからだ」
『じゃあ、みんな起こしてくる!キョンパパ、カード!』
こっちは間違いなくハルヒの血筋だな。各階の呼び鈴を鳴らして回りそうだ。だが、幸も含めてそろそろカードキーを渡してもいい頃だ。もし、無くして誰かが悪利用しようとしても本社の入口ではじかれて、エージェントに取り押さえられる。
「そうだな、そろそろカードキーを渡してもいい頃だ。だが、パーティまで我慢できなきゃ渡せない。今日は短冊に願い事を書く日だし、ママと一緒に文字の練習しよう」
『ねがいごと?』
「そうだ。大きくなって何になりたいかちゃんと綺麗な字で書くんだぞ?」
『22歳になったときの願い事』というより『大きくなったときの』と言った方がわかりやすいだろ。ジョンの世界で実感しているからな。すでに眼が輝いている。
『キョンパパみたいにバレー強くなる!』
99階にしまっておいたスケッチブックとクレヨンをテレポートし、朝食が出来上がるまで時間を潰してもらう事にしよう。幸は問題ないだろうが、そろそろ平仮名くらいは書けるようになった方がいい。二人の名前の由来も含めてな。

 

短冊に書く文字を練習している間に続々とメンバーが出揃い、朝食と四つのホールケーキが机に並んだ。無論、内二つはHAPPY BIRTHDAY IORI(MIKI)と書かれたチョコレートの板が添えられている。ハルヒの音頭に合わせて全員合唱。
「せ~の!」
『Happy Birthday to you~♪Happy Birthday to you~♪Happy Birthday Dear OriHime~♪Happy Birthday to you~♪誕生日おめでとう~』
『ハルヒママ、「おりひめ」ってなあに?』
去年までは全く気にしてなかったがようやく気付いたようだ。
「あんたたちが二人揃ったら『織姫』ってなるように有希が名前をつけてくれたのよ」
『有希お姉ちゃんが?』
そのあと、ハルヒが七夕について語り出し、二人はその話に聞き入っていた。ランドセルと机のことはすっかり忘れてしまっているようだ。話が終わったところで有希が情報結合した習字道具に朝比奈さんが二人の名前を漢字で書いて見せた。
「これからは、織姫って呼ばれたら二人とも返事するんだぞ?名前呼ばれたら何て言うんだっけ?」
『はい!』
「よろしい。それじゃあ二人にプレゼントだ」
キューブを拡大し机とランドセルが姿を現した。ランドセルはベッドと同じ水色とピンク。机は二人が向かい合って勉強できるように、アメリカ支部と同じS字型のガラステーブル。加えて、移動式の木製引き出し。本棚と洋服タンスは別に用意すればいい。座り心地のいい椅子に座って二人とも喜んでくれている。気に入ってもらえて何よりだ。
「なるほど、双子ならではの机ですか。これならお互い教え合いながら勉強できそうですね」
『キョンパパ、早く小学校行きたい!』
「それはいいが、二人ともケーキは食べないのか?みんなで食べちゃうぞ?」
『あ――!!わたしのケーキ食べちゃダメ!!』
その後、全員にカードの件を伝えて、子どもたち三人にカードを情報結合して手渡した。まだまだ文字を書く練習は必要なようだが、三人の書いた短冊には、
「ばれーつよくなる いおり」「ぱぱみたいになる みき」「ママとバレーする さち」
と書かれていた。幸の方はカタカナも書けるようになったらしい。三人を見送って机や椅子、ランドセルを99階へとテレポート。俺もそろそろ練習の時間だ。

 

俺が練習用体育館へと出向くと、相手国は既に練習を始めていた。練習内容はネット際の高速回転の球のレシーブ。零式対策と見て間違いはない。朝食を終えた日本代表チームがようやく現れ、アップ後すぐに練習試合。セッターを変えながら相手に采配を読ませない練習だ。昼食や夕食は古泉に任せ、ディナーの仕込みは青ハルヒに委ねてきたが、日本代表は試合前に俺が疲れを取るからいいとして、午前中からこんなに張りきって大丈夫なのかねぇ。午後の練習を早めに終えてディナーへと向かった。いくら試合があるからとはいえ、新川流料理を急いで食べるなどもっての他。万全の状態で51階へと向かった。毎度のことながら、日本で試合をするときはハルヒが応援団長を務める。
「頼むからサラシはやめてくれ」と言っていたのがようやく聞き入れてくれたらしい。それでも学ランに鉢巻は変わってないけどな。
「応援団長と言ったらこの格好に決まってるじゃない!あたし自らあんたの応援するんだから、醜態をさらすんじゃないわよ!」
やれやれ…ハルヒ以外の連中も相変わらず赤いユニフォーム姿にド派手なうちわ。ENOZどころか鶴屋さんや子供たちまで…三人が有希に強請ったか、事情の知っている古泉が作ったのかもしれん。まぁいい、FIVBの全試合が終わったら、三人の成長ぶりを皆に見てもらうことにしよう。それまでは応援で我慢してもらう。主審の笛が鳴って俺のサーブ。通常サーブはもちろん、理不尽サーブ二式だけでなく、サイドラインギリギリを狙った三式まで対応されるようになってしまった。だが、それもやり方次第。まずは零式の回転と軌道で相手のコーナー目掛けて撃った。零式だと踏んで前に突進してきた前衛を嘲笑うかのように頭の上を通りすぎ、コーナーに後衛が寄っていたが、真正面でレシーブすることができずに大きく乱れた。第二球、同じ軌道で理不尽サーブ三式。今度は前衛が出遅れ、なんとかつないだもののこちらのチャンスボール。シンクロ攻撃で相手コートにボールを叩き込んだ。
『パパ頑張って――!!』
双子も応援してくれているし、カッコ悪い父親の背中を見せるわけにはいかん。
圧勝では生温い。25-0で終わらせてやる!

 
 

…To be continued