500年後からの来訪者After Future10-12(163-39)

Last-modified: 2017-03-25 (土) 12:21:27

概要

作品名作者
500年後からの来訪者After Future10-12163-39氏

作品

第一チェックポイントのインドを通過し、七大海制覇に向けて次なるチェックポイント南アフリカへと向かっていた。「夜景をバックに記念写真を」などという話も出たが、今後は日本との時差が開く一方だとしてパーティと記念撮影を別々にやることになった。有希から四月のアンコール曲についての話があり、一同驚愕を隠せなかったものの、やりがいのあるダンスということで今夜から練習を開始することになった。そして現北高バレー部のコーチに日本代表七人+古泉で参加。二回目ということもあり、引退した三年生も練習に参加してクイック技を撃っていた。

 

「キョン先輩――――――――っ!!」
バレー部キャプテンが俺たちのもとへと寄って来る。このあとの練習メニューはどうなったのやら。
「サーブレシーブの練習をさせてください!今日はキョン先輩のサーブでも攻撃に繋げてみせます!!」
「分かった。だが、二面のままじゃジャンプサーブもまともなものが撃てない。練習試合用のコートに切り替えるから、全員に伝えてきてくれるか?でないと、いつの間にか全面のコートになっていた……なんてことになりかねん」
「えっ!?ネットを張り替えるなら私たちでやりますけど……」
「俺なら一瞬だ。折角の練習試合の時間だ。一秒たりとも無駄にしたくないだろ?」
「わっ、分かりました!すぐ伝えてきます!」
現キャプテンが部員に伝えてまわる度にざわつき、ギャラリーも何事かと体育館の様子を伺っていた。
「ちょっとあんた!ネットを一瞬で張り替えるなんて、そんなこと本当にできるの?」
「サイコキネシスで支柱を運んでいては一瞬とは到底言えそうにありませんし、一体どうやって……」
「今回はバレー部員やギャラリーにいる生徒たちが登校してくる前に仕掛けを施しておいた。サイコキネシスの必要はない」
「くっくっ、面白いじゃないか。どんな細工をしたのか、僕にも後で教えてくれたまえ」
「あたしも気になるにょろよ!でも、まずはこの眼で確かめてからにさせて欲しいっさ!」
なら、ここにいる全員にちょっとしたパフォーマンスを見てもらうことにしよう。体育館の中央付近まで移動すると、次第に視線が俺に集まり、辺りが静かになっていく。
「一秒でも練習時間を無駄にしたくありませんので、一瞬でネットを一面に張り変えてご覧にいれましょう。指を鳴らしただけで切り替わりますので、その瞬間をお見逃しなく」
高々と上げた腕の先で指を鳴らすと、瞬時に全面を使ったコートに早変わり。審判台や線審が持つフラッグもぬかりない。
『えぇ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!?』
「彼が施した仕掛けとやらは未だ謎のままですが、これで練習試合が始められそうですね。僕は交代要員ですから、ハルヒさんと有希さん以外でもう一人抜ける必要がありそうです」
「それなら、わたしが抜けるわ。いくらサーブレシーブの練習を積んだからとはいえ、最初はあの子の言葉通りにいくとは思えないし、あなた達が抜けた頃にようやく返ってきそうだもの」
今と同じ状況なら、本当に朝倉がそう言いかねないから怖い。審判には現三年生がつき、コートにはレギュラーメンバーが出揃った。この六人もOG達のように俺たちを追い掛けて来ようとするかもしれんな。職場体験に来た中学生ではないが、こういうところで人材発掘するのも悪くない。しかし、嬉しい悲鳴だ。朝倉に化けたOGの予想を覆すかのように、最初から攻撃を繰り出してきた。
「A、ハルヒ、一歩後ろ!」
こちらのダイレクトドライブゾーンには身動き一つできなかったが、OG達と同じく、一週間で見違えるほど練習を積んだらしい。来週から一段階UPすることができるかもしれん。現北高バレー部の成鳥ぶりをもっと見ていたかったんだが、悔しくも戻る時間が来てしまった。
「集合――――――――――――っ!!」『はい!』
「たった一週間でここまで成長していたとは驚いたよ。クイック技のタイミングに慣れたら、今度はどのコースに撃つか考えてみてくれ。このあとの古泉のサーブは俺より威力があるから気をつけろよ?現三年生も残り少ない機会を無駄にしたくはないだろうし、次も来ようかと思っているんだが……敷地外で待機している報道陣に記事にされてしまうと厄介だ。俺も一応日本代表だからな。監督から練習の方を優先しろと言われてしまいそうだ。注意は受けているだろうが、報道陣に何か聞かれても答えないように、ギャラリーにいる生徒たちにも伝えておいてくれ」
『はい!ありがとうございました!』
「じゃあ、またな」
バレー部員の目の前で妻を連れて堂々とテレポート。これができるからこそコーチとして時間ギリギリまで来られることを周知させておかんとな。

 

「あれ?てっきりタイタニック号の上にテレポートすると思ってたけど、キョン、何かあったの?」
声帯や口調をハルヒにする必要は無くなったと言わんばかりに、いつもの調子で妻が一言。テレポートした先はテーブルと椅子が無くなって寂しくなってしまった本社の81階。
「今、タイタニックの船上で、子供たちが自転車をこぐ練習をしている。いきなり目の前に現れて驚かすわけにもいかんだろう?ハルヒも『今日の昼食までに補助輪無しで自転車に乗れるようにしてみせるわよ!』とか言っていたから尚更だ」
「あっ、昨日情報結合した自転車に乗る練習をしてたんだ。でも、あの三人なら本当にお昼までにマスターしてしまいそう……キョンの言っていた通り、私も今のバレー部の成長ぶりには吃驚した。これなら春季大会までにクイック技をマスターしてしまうかも」
「それでいてデザインに長けているような奴がいれば、来年は即社員として採用したいくらいだ。これ以上の店舗の拡大は無いが、OPEN前に店を開けて欲しいなんてアイツと似たようなアプローチが来るかもしれん」
「そのときはここで一緒に食事するの?」
「俺もそれが一番だと感じてはいるんだが、今の俺たちの現状を受け入れられるとは到底思えないし、楽団員の宿舎に来ることになりそうだ。勿論バレーの練習には参加してもらうつもりでいる」
「そうだね。涼子先輩を納得させるようなデザイナーがいるといいんだけど……」
「あれ?二人とも戻ってきてたのなら連絡して欲しかった」
コイツがここに現れたってことは、これ以降はフォーメーション練習で間違いない。交代でエレベーターを降り、男子の練習を終えてタイタニックへと戻ってきた。
「影分身と同期をして進捗状況を確認しましたが、駅の構内に催眠をかけるだけであとどれだけ時間がかかるのか見当もつきませんよ。それで、北高の様子はいかがでしたか?」
「たった一週間で見違えるほど成長していたよ。真正面に撃ったとはいえ、俺のサーブを初球からAクイックで返されるとは思わなかった。生徒達には話したが、クイック技のタイミングが掴めるようになったのなら、今度はどこに撃つか考えるようにしてみろと話しておいた。Aクイックを撃つことに集中していたからどストレートにしか撃てなかったしな。そこまで考える余裕もなかったらしい。それでもOG達より成長が早いのは確かだ。『いつまで来てもらえるか分からないから』というのもあるんだろうがな」
「あれには僕も驚かされましたよ。ですが、そろそろ例のパフォーマンスの仕掛けを教えてはいただけませんか?二面に張られたネットを瞬時に一面に切り替えるなどという真似ができるのなら、バレーの生放送での試合もあなた一人で準備ができてしまいます」
『一瞬で一面に切り替えた!?』
「くっくっ、どうやら、サイコキネシスでもテレポートを使ったわけでもなさそうだね。いくらテレポートでもネットが緩んでしまうはずだよ。生放送の試合でそんなことをすれば、キミの零式改(アラタメ)なんて使えなくなるんじゃないのかい?」
「確かに生放送の試合のときに使えないこともないんだが、準備が必要なのと……このあと片付けに行かないといけないというのが欠点だ」
『片付け!?』
「片付けなら練習試合の後、全員でやりました!片付ける物なんてもうないです!」
「キョン先輩、これ以上何を片付けるっていうんですか!?」
「二面に張ったネットや支柱はまだそのままなんだ。いくらOG達やバレー部員が自分たちで片付けたはずだと主張してもな。どんな仕掛けを施したのかさっさと説明してしまった方がよさそうだ。今朝起きた時点で影分身を北高に向かわせて、空調完備の閉鎖空間とは別のものをもう一つ展開した。その中で練習試合用のネットを一面で張り、準備が終わって外に出たところで閉鎖空間に条件を付け加えたんだよ。『この閉鎖空間内は見ることも入ることもできない』ってな。バレー部員だけでなく、俺たちを含めた全員だ。知っているのは準備をした俺だけで、バレー部員たちがそれに気付くことなく、いつも通りネットを張って俺たちが来るのを待った。そして、スパイクの練習を終えて、これから練習試合をすると決まったところで閉鎖空間の条件を解き、ギャラリーを含めた全員を準備しておいた閉鎖空間の中に入りこませたんだ。OG達の言う『片付けたネット』は閉鎖空間内に俺が準備したもの。閉鎖空間を解いてしまえば、二面のネットが姿を現す。そういうことだ」
「……お見事です。閉鎖空間の出入りなら、僕やエージェント達の専売特許であるにも関わらず、それにまったく気が付きませんでした。このあと片付けに向かわずに放置してしまえば、二面に張られたネットのロープが切れてしまう恐れがあるということですね」
「いくら古泉やエージェント達でも、自分に張られた閉鎖空間と空調完備の閉鎖空間があるせいで、一つ増えていたとしても違和感は無かったはずだ。それこそ、一月末の一大戦争で、常に気を張っていたジョン達のような状態でなければ感じ取れないだろう。午後の部活があるのか無いのかは知らんが、影分身を向かわせて片付けてくる。サイコキネシスなら一人で十分だ」
「キョン、それなら私に行かせて!本体がゾーン状態だと、また二体しか影分身を作れないし少しでも修行がしたい。閉鎖空間を解いて二面のネットを片づけてくればいいんでしょ?」
「ああ、空調完備の閉鎖空間まで解除してしまわないようにだけ注意してくれればいい。ところでハルヒ、子供たちの自転車の練習はどうなったんだ?」
「あんた達が体育館に向かってからそこまで時間もかからずに戻って来られたけど、朝の会議が長かったこともあって、結局、片輪を外すところまでしか進めなかったわよ。あんた達、夕食の後はまた自転車の練習よ!今日中に補助輪無しで運転できるようにしてやるんだから!」
『問題ない!』

 

「バレー部員には話したが、明日、新聞の一面に俺がコーチとして出向いた件が掲載されるようなことがなければ、来週も行くつもりでいる。卒業した三年生も来ていたし、古泉のファンでギャラリーが溢れかえっていたからな。自作の団扇を作ってきた女子生徒が何人もいた。今朝、有希の出した案でアンコール曲を演れば、似たような団扇を持った女性ファンが出てくるはずだ。今後は1-5には行かずに直接体育館前に行く」
「そういえば、あんたのサーブをAクイックで返してきたとか言ってたわね!面白いじゃない!来週はあたしも入れなさい!」
「それなら楽しめそうね。わたしも入れてもらおうかしら?」
「くっくっ、今度は体育館での様子を見てみたくなったよ。キミのパフォーマンスも含めてね」
「セッターの練習も必要。わたしも行く。今日どんな練習をしたのか教えて。それに、できた」
この辺りの話の切り替え方は有希にしかできんだろうな。今回は予想範囲内とはいえ、今朝議題に挙がったものにベクトルが向いた。SOS団とENOZの前に楽譜が情報結合された。Beat ItとSmooth Criminalで間違いない。
「今朝有希から話が出て俺も動画を確認したんだが、Beat Itの方はバックダンサーの殴り合いとナイフで相手を突こうとするシーンがあるんだが……これが俺たちならもっとクオリティの高いものができるはずだ。それに、Smooth Criminalの全身を前に倒すパフォーマンスもそうだ。靴底に細工をしなくても、舞空術を使えばもっと角度を小さくできるはずだ。あとで有希から情報を受け取ることになるだろうが、古泉がどうしても出られない場合は俺や青俺、青古泉がマイケルジャクソン役としてメインで踊ることになる。古泉も含めて両方のダンスを覚えないとな。男子の日本代表も夜練のスピードに慣れてきているし、青古泉も影分身を多用できるようになった。さっきの修行の話じゃないが、青古泉も少しでも低い意識でゾーンに入る訓練を始めてもいい頃だ」
「妙ですね……あなたならサイコメトリーなんて真似はしないでしょうし、僕がゾーンに入れるとどうして分かったんです?」
「というより、古泉をサイコメトリーしたいと思う奴は狂っているとしか思えん!黄朝倉や黄有希だって嫌がったんだ。おまえをサイコメトリーしようなんて考えを起こす奴は誰一人としておらん!」
『うん、それ、無理!』
「くっくっ、だったらキミは、自分で自分のことを狂っていると言っているようなものじゃないのかい?確か、涼宮さんやハルヒさんと同じネックレスをつけていないかどうか確認するために、サイコメトリーの膜を張っていた記憶があるんだけどね」
「あれは、ネックレスをつけていた場合のみ発動するトラップのようなもんだ。それ以外までサイコメトリーするなんて俺だって御免被る!」
「以前、青チームは青俺がゾーン状態に入れるまで、テレパシーで会話しながら練習試合をしていただろ?青俺がゾーンに入れるようになった時点でそれ以降はほとんど使っていなかったようだが、青俺以外のメンバーもゾーンにまでは至らなくとも、テレパシーである程度の集中力がついていたはずだ。それに加えて、影分身で異世界の人事部を埋め尽くし、ホテルの案内にまで影分身を割いている。そこまでできる奴がゾーンに入れないはずがない。そう判断したまでだ」
「これは白旗を上げるしかなさそうですね。いくらストレートでもゾーン状態で投げないと捕れないだろうと思っていましたよ。僕は踊りたくても踊れそうにないと、半ば諦めていたんですが、そういうことであれば僕もダンスに参加できそうです。僕も入れてください」
「とりあえず、これでバックダンサーに困る必要もないし、黄古泉君がどうしても出られないときの代わりはいるってことよね!それよりあんた、あたし達が催眠をかけて回っているのに自分だけ動画を見ているなんてどういうつもりよ!あんたが言い出したことでしょうが!責任持ってあんたも全国回りなさいよ!!」
「すまん。一つだけ確認がしたかったんだ。ダンス曲の動画まで見ていたことは謝る。ただ、レット・イット・ゴーの曲の中でどうしても演出不可能な部分がある。それをどうするかで悩んでいたんだ」
『演出不可能!?』
「キョン先輩でも演出ができない部分なんてあるんですか!?」
「わたしも黄キョン君でも演出ができないシーンがあるなんて思えない」
「くっくっ、面白いじゃないか。どんなシーンの何に困っているのか僕たちにも教えてくれたまえ。解決策がみつかるかもしれないからね」
コイツの場合、相談に乗るというより、面白そうだから聞いてみたかっただけだとしか思えないが、まぁいいだろう。解決策があるのならそれに越したことはない。
「ラストシーンをどうするかで困っていたんだ。衣装が変わって城の外へ移動し、歌い終わった後、後ろに振り向いた瞬間に扉が閉まる。だが、あそこまで前に出られると、振り向いた瞬間に扉を閉めれば青みくるにぶつかってしまう。かといってそこまで出ないように修正すると、観客はドレスチェンジした青みくるを直接見ることができず、スクリーンの映像だけで確認するしか見る術が無くなってしまう。ただでさえ、城の中のシーンはスクリーンの映像を見る以外に方法がないんだ。最後くらい、城の外に出てきたところを見せたい。どうだ?」

 

 それぞれで俺が提言したラストシーンを思い浮かべていた。モニターに出してくれと言われるかと思っていたが、やはりあのシーンは印象に残っているようだ。だからこそ、扉を閉めるタイミングを遅らせるなんて真似だけはしたくない。はてさて、どんな案が出てくるのやら。
「わたしもあのシーンを演じながら歌えばいいと思っていただけで、キョン君に指摘されるまでそんなこと考えもしませんでした。でも、扉が閉まるところまでがレット・イット・ゴーです!あのテンポはわたしも変えたくありません!」
「困りましたね……扉を閉めるタイミングが変えられないのでは、対策の取りようがありません。あなたのおっしゃる通り、できるだけ観客に見える配慮をしたいところですが、どうしたものか……」
「黄有希さん、何か方法は無いかしら?」
「駄目、わたしも解決策が見出せない。振り向いた瞬間に暗転させて扉が閉まる音だけ鳴らすくらい。でも、これもクオリティを下げることにかわりはない。あとは、青チームの朝比奈みくるが城の外に出た後、情報結合で扉が少しずつ前に出てくるようにする。『歌い終えるまで城はまだ完成していない』と思わせる」
「みくるの立つ位置に扉の方が近寄ってくるってことでいいにょろ?」
「そう。出てきたところさえ見せられれば、そのあとまた隠れたとしても、そういう演出だと思わせられる」
「あたしもあのシーンをそのまま演出して欲しかったけど、それ以外に方法はなさそうね。タイミングをズラしたり、暗転でごまかしたりするよりはよっぽどマシよ!現時点での妥協案ってことでいいんじゃない?」
「もし解決策が閃いたら教えてくれ。今の案を暫定的なものとして覚えておく。それから、まったくの別件だ。今も有希がタイタニックを動かしている真っ最中だが、動かしているのは有希がジョンの世界を抜けてから寝るまでであって、俺や青ハルヒ、青有希たちが先に起きてそれぞれ作業に取り掛かっている間は動いていない。別に急ぐ必要も無いんだが、俺たちが先に抜けてから有希が起きるまでの間は、青有希に運転させたらどうかと思ってる。大分影分身にも慣れただろうし、操縦する影分身一体を出すくらいなら支障はないはずだ」
「わたしも先に起きて仕事をしている人に対して物を言える立場じゃないんだけど、今までタイタニック号の運転は全部黄有希さんに任せて、有希さんは他の仕事をしていたってことかしら?」
「そういえば、あたし達が起きてからしばらくは停泊したままだったわね」
「黄俺の言う通りだ。いくら急がなくても、黄有希だけに任せていないで有希も少しは運転に回れ!」
「……分かった。明日からそうする」
「キミまで彼女を責め立てて本当に大丈夫なのかい?前にも似たようなことを話した気がするけれど、離婚するなんてことにならないだろうね?」
「カレーに関しては自業自得だし、ハルヒ達から操縦担当だと言われていたのに黄有希に任せっぱなしだったんだ。どう考えても有希の方が悪い。黄有希が起きるまでの短時間だけなんだから、そのくらいのことはやらないとな」
「他に議題が無ければ、午後の引っ越しがありますので僕はこれで失礼します」
「午後は黄私たちに任せていいんだよね?私たちは69階で製本作業になりそう」
「早く2000万部の製本を終えてダンスに参加する」
『ハルヒママ、試合!』
「それじゃ、とっとと解散!」
『問題ない』

 

 流石に解決策とまではいかなかったが、妥協案が出てきただけでも良しとするか。今夜、新聞の一面の変更ができなくなった時点で『旅立ちの日に』をライブVer.、コンサートVer.でそれぞれUP。明日の深夜に別館のシートを張る。別館の件で一面を飾るのは早くても水曜日。電車の中までは不可能だろうが、駅の構内くらいならそれまでには終えることができそうだ。そのあと異世界へと出向けばいい。ただ、パン作りをそれまで停止させるわけにもいかん。明日以降はパン作りを優先させてもらうことにしよう。朝、昼と議題が多かったこともあり、夕食時は熊本の引っ越しが終わった件、レジ担当に割いていた影分身もそこまで出す必要が無くなった件、製本作業を午後だけで800万部を越えるところまで出来上がった件、妻もそれに参加していたようだ。北高のネットの片付けも無事に終えてきたらしい。
「あたしが仕切るからには、あんた達は余計な口出しや補助はしなくていいの!いいから黙って見てなさいよ!」
「なら、おまえに任せて俺は催眠をかけにまわる。子供たちのことは頼んだぞ」
「あたしに任せなさい!」
今週のおススメ料理の火入れも滞りなく終え、タイタニックに戻る頃には、三人とも補助輪無しで運転できるようになっていた。まぁ、少しでも気を抜くとすぐにでも転倒しかねないような状態だったが、明日からしばらくは自転車の練習になりそうだ。風呂に入った後絵本を最初から読まされる羽目になったのはいうまでもない。だが、これで一冊目を読み終えることができた。次の土曜日には一度返してまた借りるなんてことになりそうだが、少しでも平仮名やカタカナ、漢字に慣れ、その絵本の内容から学んだものが得られればそれでいい。
「黄キョン先輩、………、…………。……………」
「やれやれ、結局そういうことになるのかおまえは。だったら、………。…………だ」
「分かりました」
スパでシャンプーと全身マッサージを終え、客室で二人っきりになった途端に変態セッターからの申し出があった。昨日話題になっていたことだが、内容はまぁ、変態セッターらしいと言えるだろう。ここで断りでもしたらどんな行動に出るか分かったもんじゃない。妥協案を提示してようやく了解を得た。案の定OG12人ともショーツを履かずに今日一日を過ごし、本人曰くマッサージ前になって急に濡れてきたとのこと。もはや、やれやれとしか言葉が出てこない。
「ちょっとあんた!昨日のあの子達とのやり取り聞こえたわよ!下着をつけずに練習に出るなんて、あんた一体何を吹き込んだのよ!?」
「俺もアイツ等のやることには正直呆れていたんだ。以前の青古泉のような変態的なファンが、観客の中に何人も混じっているし、『ショーツのラインが出ないようにした方がいい』という話になったところまでは良かったんだが、日を追う毎に過激になっていったんだよ。テレポート膜のおかげでアレを気にする必要も無くなったし、ラインを出さないためにTバック系の下着を着けていたのが、オープンTバックショーツだの、マイクロビキニだの、履いてないのとほとんど変わらない大胆下着を着けるようになり、『はみ出るから』という理由だけで、おまえや青ハルヒのように全部抜け落ちて『つるぺた』になってしまった。『履いてないのと変わらないのなら、ブラは着けても下は履かずに練習に出てみる?』なんて話になったのが昨日だ。特にアイツに至っては更に過激なことをやろうとしていたから、さすがにそれは周りが無理だと主張した。立場的には、次第にエスカレートしていくアイツ等の止め役だ。だが、調子に乗り過ぎて歯止めが効かん。それだけだ」
「あの子達があたし達と同じようになった理由は分かったけど、ショーツのラインなんて、別に気にしなくてもいいのに」
「まぁ、あれだけの人間に見られていれば、気になっても仕方がない。俺からすれば一線を軽々と超えているようにしか見えないが、アイツ等にも『これ以上は駄目』だという線引きはあるようだし、休日も無い状態で毎日練習を繰り返しているんだ。アイツ等なりのストレス発散法ってことでいいんじゃないか?いくらベビードールを着ることはあっても、それが冊子に載るとなると抵抗があるようだしな」
「ふー…ん、あんたがあの子達に強引にやらせたんじゃないのならそれでいいわ!あんたの趣味だとばっかり思ってたわよ。あたしもノーパンで過ごしてみようかな……」
「ハルヒがそうしたいのなら俺に止める権利はないが、理由も無くやるのだけは止めておけと言っておく。俺の趣味ってわけでもないしな」
「じゃあ、どんなのが趣味なのよ?」
「俺にも分からん。ただ、極端に過激なことをされても呆れるだけだというのは確かだ」
ハルヒからOG達のショーツの話が出たときは、どうなることやら不安で仕方が無かったが、真実を告げるとあっさりと受け入れてくれた。『どんなのが趣味なのよ?』と聞かれても、俺自身でも分かってないんだから答えられるわけけがない。そういや、コレクションと言う名のもと、みくるやOG達の濡れた大胆下着とアンスコのセットを99階のベッドに隠してあるんだった。あれを趣味としてハルヒに提示しても、ハルヒが大胆下着をつけるなんて俺にとっては極々当たり前のことにしか見えんし、コレクションとして取っておく気にもならんだろうな。

 

 俺がジョンの世界に行く頃には、有希から情報を受け取ったらしき古泉たちがダンスの練習を始めていた。周りのメンバーの集中が途切れないよう、ダンス用のフィールドとして新たに遮音膜が張られている。SOS団やENOZの演奏で踊るものだとばかり思っていたがENOZはみくるやOG達と製本作業。他のメンバーは青俺や青古泉の投球を受けていた。ダンスフィールドに移動して古泉たちの様子を伺ってみた。
「どうやら、今の僕では夜練に影分身を割いてしまうと一体しか出せそうにありません。バックダンサーとしての練習は当分後になりそうです。あなたもどの程度の意識でなら踊れそうか確認していただけませんか?」
「ゾーン状態で投球しても、残りの意識で踊れるならそれで十分だ。確認して正解だったようだな。あとは俺たちでなんとかする。青俺は二体ってことでいいのか?」
「ダンスの練習を重ねればもう一体できそうな気もするが、影分身の精度を高める修行を積んだ方がよさそうだ。俺も今はこれが精一杯らしい」
「あなたも何体出せるかやってみて。青チームの古泉一樹は、夜練に最低何%必要か投球をしながら見極めている最中。でも、七割程度は残しておかないと暴投になるはず」
古泉が一体、青俺が二体なら、影分身一体につきおよそ10%は必要ってことだ。有希から振り付けの情報を受け取り、四体の影分身が姿を現した。
「バックダンサーとして同じ動きをするだけなら、影分身五体は出せそうだが、他と違うことをやろうとすると厳しいな。今のところ四体だ。俺の場合、ダンスの練習やその時々の意識の割り振りで影分身を増やせるかもしれん」
「それは頼もしい限りですが、僕よりもあなたを欠く方が困ってしまいそうですよ」
「今のところおススメ料理と夜練以外で予定は入っていないし、四月については問題ない。しかし、五月以降は俺とOG六人が世界大会に出向くことになる。大会のスケジュールは聞いてないが、試合とライブの時間が被るようなことがあると……って、60%の意識で試合に臨むだけか。その状態で零式改(アラタメ)が撃てるかどうか確認する必要がありそうだが、通常の零式ですら、良くて二段トスからのスパイクだし、司令塔として機能すれば、あとは三枚ブロックとダイレクトドライブゾーンで仕留められる」
「とはいえ、黄俺に頼ることに変わりはない。俺たちも少しでも影分身を増やせるように修行する」
「問題ない。五月以降は夜練が無くなる。あなたや古泉一樹の影分身で十分」
「おっと、そのことをすっかり忘れていましたよ。とはいえ、それぞれで修練を積まなければいけないことに変わりはありません。我々も練習を始めましょう」
しばらくして青古泉の影分身三体も合流。有希の読み通り、70%を夜練の方に意識を向けなければコントロールが効かなくなるらしい。それでも三体の加入は大きい。バックダンサーの殴り合いとナイフで相手を突こうとするシーンは俺とジョンの催眠をかけた青俺でやることが決まり、残りの影分身はそれを煽る役。Smooth Criminalの全身を前に倒すパフォーマンスは、青俺と青古泉がそれぞれ影分身を二体ずつバックダンサーとして付き古泉と五人で行うことに。足は床についたままだが、舞空術のおかげでスキーのジャンプのような角度にまで倒すことができた。振り付けは有希から情報を受け取った時点でマスターしているし、俺の本体はゾーンだけで零式改(アラタメ)を撃つ練習へ。あとは知識だけ同期をすればそれで十分。周囲の視線が背中に刺さっていたが、古泉たちと話し合った結果だ。文句を言われる筋合いは無い。

 

 登下校してくる北高生の様子を見ていれば、俺たちがコーチとして来ていることは眼に見えて分かるだろうが、その様子も閉鎖空間に遮られて抑えることも叶わず……というより、敷地内に入ってきた時点で、不法侵入だとして警察に突き出せばいい。それに加えて、報道陣の前でベラベラと話す生徒もいなかったようだ。コメント一つ得ることもできずに、気温マイナス五℃の閉鎖空間に晒されるだけで終わったらしい。古泉と、催眠で化けたと言えど、みくるも体育館内にいたんだ。報道陣に喋ったせいで来てもらえなくなるような真似だけは、アホの谷口でもするはずがない。二社だけがレストランでの様子で一面を飾り、例の新聞社も社長の土下座謝罪はまだのらしいな。今日辺り、あの新聞社の社員から許しを請う電話が鳴るだろうが、『毎晩夢にうなされる』などと言われても人事部の社員たちも呆れ果てるだけだ。相手にしないで切るよう圭一さんに伝えてもらおう。異世界の方も俺たちに関わるニュースは無い。青ハルヒも焦らされている気分で仕方がなさそうにしているが、下請け業者の倒産が報じられたのはつい先日。いくら年度末と言えど、会社を畳もうとするわけがない。
「一刻でも早く異世界支部を発展させたいのは分かるが、他の会社が潰れるのを待つ以外の方法で発展させることを考えたらどうだ?今日はパン作りもあるからそこまで影分身を割くことはできんが、異世界の方もいざというときのために催眠をかけてまわるんだろ?」
「それはそうなんだけど……いい案が出てこないから困ってるんじゃない!東北地方の復興支援を今から始めたって仕方がないし、熊本と大分の復興支援をするのも二月、三月で特集を組んだ後だから、下着のPRをしても意味がないわよ!」
「ハルヒや有希と違って異世界のENOZと何の接点も無いのに、God knows…やLost my musicを歌うわけにもいかんしな」
「どちらかと言うと、今はあんたや新川さんの方が目立っているし、いくらなんでも認知度が低すぎるわよ!」
「ああ、そうだ。今度の野球が終わったら、異世界支部の三階にどこ○もドアを設置する。パン目当てに来た客をより受けいれられるようにな。180km/h、220kmh/hの球が投げられる秘密は超サ○ヤ人、超サ○ヤ人ブルーに変身できるからだと見せて、自分で投げた球を自分で受けるつもりだ。どこ○もドアを使ってな。そのパフォーマンスを見せてから社員食堂に設置する」
「ちょっとあんた!ただでさえ、あの絶景をあんたのパフォーマンスとして見せるのに、そんなことまでされちゃ、あたしが目立たないじゃない!!」
「『各球団の主砲クラスを連れて行く』と連絡が来たんだろ?それをおまえが抑えればいいだけの話だろうが。各球団の主砲クラスをもってしてもミスサブマリンの投球には手も足も出なかったと翌日の新聞の一面で飾ればいい」
「それでもあんたのパフォーマンスの方が目立つでしょうが!一面記事もどうせあんたに決まってるわ!で、影分身なら分かるけど、自分で投げた球を自分で受けるなんて真似、どうやったらどこ○もドアだけでできるのよ?」
「簡単だ。ホームベースにどこ○もドアを置いて、センターポジションに繋げるだけだ。投げた球がどこ○もドアを通って真後ろから飛んでくる。イチローのように後ろ手でキャッチしてやるよ」
「も~~~~っ!余計あたしが目立たなくなるでしょうが!」
「くっくっ、随分話が盛り上がっているようじゃないか。どんな話をしていたんだい?僕も混ぜてくれたまえ」
普通に会話していただけだから時間を忘れることも無かったはず。時計を確認しても、いつもコイツ等が起きてくる時間にしては早すぎる。一体どうしたんだ?
「あんた達、なんでそんなに早いのよ!?朝食の支度ならもう終わってるけど、全員揃うまでは食べられないわよ?」
「有希がちゃんと運転しているのか確かめようとしたらこいつらまでついてきただけだ。だが、そこまで気にする必要は無かったようだな。起きてすぐに窓の外を確認して安心したよ」
青俺と一緒にジョンの世界を抜けだしてきたのは青朝倉と佐々木たちのみ。ENOZやみくる達はギリギリまで製本作業を続けるようだ。

 

「キョン先輩、アメリカ支部の冊子1400万部まで作り終えました!明日の朝には2000万部揃えられそうです!今のところ乱丁もありません!」
「そいつは頼もしいな。それで、みくる達は一回の情報結合でどのくらいまで創れるようになったのか教えてくれないか?」
『わたしはまだ100部ずつしか……キョン君、どうやったらOGの皆さんみたいに1000部、一万部を一気に作れるようになるんですか!?』
「何事も修錬だよ。たまたまOG達の方がコツを掴むのが早かっただけの話だ。これで段ボールの情報結合になれば、みくる達でも500部、1000部単位で情報結合ができるはずだ。来月も製本作業に参加するってことでいいな?」
『今度はアメリカ支部の男性誌も作ってみせます!』
「ところで、青ハルヒと青古泉以外のメンバーに質問なんだが、青俺たちが高一のとき、文化祭でENOZの演奏を聞いた覚えはあるか?鶴屋さんと青みくるは二年のときだ」
「文化祭当日はおススメの本を持ってきて部室で販売するなんてことをやっていたからな。朝倉はおでんの本ばかりだし、有希はゲームの攻略本ばっかり、俺も漫画以外におススメの本なんてほとんど無かったが、とりあえず文芸部室にずっと居たのは確かだ。軽音楽部の演奏なんて見に行ってない」
「あたしもみくるもクラスの焼きそば喫茶の接客で忙しかったにょろよ!こっちのキョン君たちと同じく、体育館には行ってなかったと思うっさ!」
「どうやら、異世界でもミュージシャンとしてライブ活動やCD発売をしていく案が出たようですね。ですが、ENOZが作詞作曲したものを、本人の承諾も得ずに販売するわけにはいかないというわけですか。ですが、まだ時期が早すぎます。涼宮さんのお気持ちも分かりますが、今は新店舗のこととホテルのことで精一杯の状態。たとえ何かしらの策が浮かんでいても、時期が来るまで保留の状態にしておいても良いかと。ちなみに、今日は午後から社員・接客スタッフの面接がありますが、電話の時点で三分の二はアウト。倒産した会社の関係者が我々の世界の本社に恨みを持っている人間ばかりですよ。残り三分の一に期待したいところです」
「こっちはレストラン関係の取材許可を願う電話がそこまで鳴ることはないだろうが、例の催眠をかけた新聞社の社員から電話が来るはずだ。『毎晩夢にうなされる』と支離滅裂なことを言ってくるだろうが、おかしな電話がきても相手にしないようにと伝えてください。異世界のENOZの件は、もしこっちの世界と同じなら、榎本さんと中西さんが出られず、ハルヒや有希のような代役も見つから無かった関係でライブが出来なかったはずなんだ。本人たちの家や異世界の北高に赴いてサイコメトリーしてみれば当時の記憶があるはずだが、それも青ハルヒ達の認知度がもっと上がってからってことになるだろう。異世界支部を発展させる策として候補に挙げておいてくれればいい」
「それなら事情は早いうちに掴んでおいた方がいい。俺が北高に出向いて調査してくる」
「こちらも了解した。そういう輩は相手にしないように伝えておくよ」
「しかし、いよいよ第九話の放送日が来ましたね。動画の件も含めて、明日以降どうなるのか見物ですよ!」
「今週は俺たち関係の記事で埋まるはずだ。今日も影分身を割けるメンバーは催眠をかけてまわってくれ。俺は今日はパン作りの方がメインになってしまう。こっちの世界が一通り終わったら異世界にも催眠をかけに行く。OG達は影分身が余る場合は製本作業にまわってくれ」
『問題ない』

 
 

…To be continued