500年後からの来訪者After Future10-19(163-39)

Last-modified: 2017-04-19 (水) 19:31:02

概要

作品名作者
500年後からの来訪者After Future10-19163-39氏

作品

映画の撮影も半分を終え、第一の殺人が起こる前にジョンが財宝の在り処を示した暗号を解いてしまうという快挙を成し遂げた。もっとも、時計の四にしろ、トランプにしろ、解決の糸口を提示してくれたのはすべて裕さんだ。『これであのクソジジイの鼻っ柱を挫けそうだ』などと豪語するジョンだったが、そんな終わり方で幕を閉じるような脚本じゃない。次の脚本を全員に手渡し、サイコメトリーしたところで撮影再開。ペンションの前には夜食として作っておいたものをキャスト以外の全員で食べていた。総監督は映像の確認があるんじゃないのか?おい。

 

 ペンションには夕食作りをしている最中の星野朱里と、演技なのか本当に酔い潰れているのかどうかは知らんが、高いびきをかいて爆睡している難波の二人だけ。青古泉や青ハルヒ、みくるが安堵の表情を浮べていた。
「どうやら、彼はまだ解けていないようだね」
「皆さん、こんなに早い時間にどうされたんですか?」
「フフン、ジョンが暗号文を全部解いたのよ!誰かに先まわりされないようにここに来たってわけ。夕食のときに全員の前で発表して、狸ジジイやハゲの悔しげな顔をたっぷりと拝んでやるわ!!」
「えぇっ!?今まで誰も解けなかった暗号文を、たった半日で解いたっていうんですか!?」
『裕のサポートがあってこそだ。でなければ、俺はあの数字が何なのかずっと悩んでいたはずだ』
「ところで、彼は昼食後もずっとあの状態なのかしら?」
「私もずっとここにいたわけじゃないのではっきりしたことは言えませんけど、多分そうです。あの……夕食後も似たような状態が続くようでしたら、難波さんをコテージまで運ぶのを手伝っていただけませんか?」
「そこまで遠くなかったし、あのアホと二人がかりでなら何とか運べそうだが……星野さん、『ずっとここにいたわけじゃない』ってどういうことです?」
「このバカ一樹!星野さんだって、あんな狸ジジイ達の相手ばっかりしていたらストレスが溜まるに決まっているでしょうが!ジョンが暗号を解いたからよかったけど、あんな連中と何日も一緒にいなきゃいけないなんて、あたしなら真っ平御免だわ!!」
「いえ、真野さんのコテージの灰皿を取り変えに行っていたんです。昼食をお持ちしたときは、煙草でいっぱいでしたから。真野さんなら酔い潰れることはないかもしれませんけど、火事になったらコテージ一つじゃ済まないかもしれないので」
「星野さんも少し休んだ方がいいんじゃないかしら?夕食の支度ならあたし達でやっておくから、部屋で休んでて」
「フン、あんな奴等の食事なんてペットの餌で十分よ!!」
「ありがとうございます!じゃあ、お言葉に甘えさせてください!」

 

 父親の呪縛がこれで解けるということもあってか、ステップを踏むように階段を上がり、星野朱里が自室へと戻って行った。
「ところでジョン、誰もいないうちに財宝を確認してきたらどうだ?もし、全員の前で説明して失敗しようものなら誰に強奪されるか、分かったもんじゃない」
『今確認した。この床の下に地下に降りる階段が隠されている。あとはあの時計を暗号文通りに回すだけだ』
「確認した!?ちょっとあんた!透視能力でもあるわけ!?」
「そんなものが無くても簡単よ。つま先で床を蹴るだけで空洞があるかどうかくらいなら確認できるわよ」
「だったら俺も、あの連中の面がどうなるか、じっくりと拝ませてもらおう」
夕食の支度も済み、テーブルには青ハルヒとみくるで用意した料理が並んでいた。短時間ではあったが、星野朱里もようやく休みを取ることができ、表情が少しだけ穏やかになったようだ。全員が揃ったところで『暗号が解けた』と発表するはずが、なぜか真野の席だけは空席のまま。一人欠けていても自分には関係ないとばかりに夕食に手をつけ始めているメンバーがほとんど。難波は星野朱里が何度か声をかけてようやく意識を取り戻したが、
「もう、そんな時間か。譲ちゃん、ウィスキーを出してくれないか?俺は酒が無いと食が進まないんだ」
「難波さん、今日はもう止めにした方が……」
「本人がそう言っているんだ。出してあげたらどうだい?彼はもう、何をしにここに来たのか分かってないようだからね」
仕方なく冷蔵庫からウィスキーを取り出してグラスと一緒に難波の席に置く。
「くっくっく、財宝が手に入ったら、俺は一生酒に酔いしれながら過ごしていられる。くくくく……はっはっはっはっは」
「それで、真野とかいう女は一体どうした?爺婆が寝坊したなんて笑えない冗談だ」
「すぐ近くですし、私が行って確認してきます」
「あっ!俺も手伝います!」
確認する程度で何を手伝おうというんだか……本当にアホの谷口の考えが読めん。
『なら、その前に伝えておく。あの暗号文ならもう解けた。全員揃った時点でどんな馬鹿にでも分かるように説明してやる。こんな山奥まで来ておいて残念だったな。財宝はもうおまえらの手中に収まることはない』
『暗号文を解いた!?』
「どこだ!?どこにある!?財宝の在り処をさっさと説明しろ!!」
『「全員揃った時点で」と言っただろう。脳無しの狸ジジイじゃ、その程度も伝わらないか。それと、おまえに命令される筋合いは無い。少しは自分の立ち位置を考えて行動しろ、古狸』
「ぐっ……クソッ!!」
「とにかく、真野さんを呼びに行ってきますね!」

 

 星野朱里の後をアホの谷口が追うようにペンションを出ていった。ジョンの一言で難波の酔いが醒めたらしい。背筋を伸ばして座ったまま呆けた顔を見せている。辻村は立場的なこともあってか表情に大した変化は見られなかったが、島村と引地は明らかに苛立っている。
「プッ……くくくっ、あははははははははははは………」
『何がおかしい!!』
島村と引地が揃って青ハルヒに激を飛ばす。だが、そんなもの青ハルヒには通用しない。
「あんた達の悔しそうな顔を見ていたら堪えきれなくなっただけよ!そんなに悔しいのなら、あんた達も暗号文を解いてみなさいよ!もし解けたとしても、ジョンが宣言している以上、あんた達には一銭も手に入らないけどね!」
「僕の隣に座っていた彼もそうだったようだけれど、食事時以外は五人で相談していたんだろう?本当に抽選で選ばれたのか怪しくなってきたよ。辻村さん、こういうばあ……」
「きゃあああああああああああああああ!!」「うわああああああああああああああああ!!」
『やれやれ、解かなければならないものがもう一つ増えたらしいな』
「とにかく行くぞ!真野のコテージだ!!」
ペンションを出て100mもしないところにある真野のコテージに、一分とかかることなく辿り着き、コテージの前で腰を抜かしている星野朱里とアホの谷口。谷口の方は真野の……おそらく殺害された現場を見て、思わず失禁している。好みの女の前でこのヘタレっぷりじゃ、どうしようもないな。一番にコテージに辿り着いた青古泉がコテージの扉を開ける。コテージの扉のすぐ傍で心臓にナイフを突き刺された真野が仰向けに倒れていた。これで有希はお役御免となったんだが……みくるがこの殺害現場に入り込めるかどうかが問題だ。演出上、谷口も失禁しているしな。酔いが醒めたとはいえ、足取りは悪かったが難波もコテージのすぐ近くまで来ていた。
「……やっぱり、殺されているの?」
「ああ、心臓をナイフで一突きだ。ようやく服に血が滲み出ている程度だから、返り血を浴びることもない」
「おかしいね。君、美容院のトップスタイリストじゃないのかい?殺人事件を目撃して、どうしてそんなに冷静でいられるのか説明して欲しいくらいだよ」
「俺の職業は美容院のトップスタイリストで間違いない。ただ単に場慣れしているだけだ。職業を偽っているのは島村の他にもう一人。そろそろ本職を明かしたらどうだ?」
「そうね。暗号文を解読するまで、このペンションからは離れられないと星野さんから提示があったけれど、殺人事件が起こってしまった以上、改めてここにいる全員を拘束させていただきます。真野瑠璃殺害の容疑者として」
「おいおい、じゃあ譲ちゃんの本職は刑事だっていうのか!?」
「警視庁捜査一課、朝比奈みくるです。一樹君にはあたしが何度も捜査協力をお願いしているだけ。彼が美容師であることは間違いありません。これから現場検証に入ります。ハルヒさん達は他の人たちをペンションに連れて行って。星野さんは警察に連絡をお願いします」
「はっ、はいっ!」

 

『チッ……一足遅かったか。犯行に及ぶのなら今夜だと思っていたが』
「あたし達もそうだったけど、それぞれのコテージに籠って暗号の解読に必死になっていたから、外の景色なんて誰も見てなかったでしょうね。真昼間でも堂々と犯行に及ぶことが可能だった。今頃になってそんなことに気付くなんて、あたしも財宝と聞いて浮かれていたからかしら。一樹君、そっちの方は?」
「アイツの宣言通り、今回は殺害現場に乗り込まないらしい。アイツが情報を弄った形跡がどこにも残されていない。もっとも、特に弄る情報も無かったけどな。真野本人が犯人を迎え入れたところで心臓を一突きにした映像が見えたのと、ドアノブの指紋は、真野と星野朱里、俺の三人分ってことくらいだ」
「それだけでも十分よ。あたしもドアノブの指紋は確認しようと思っていたから。顎関節まで硬直しているし、死後二、三時間ってところだけど、昼食後は誰にでも犯行は可能だったし、何の参考にもならないわね」
『星野朱里に灰皿を変えに行った時間を確認したらどうだ?コテージ内に真野の分の昼食も見当たらない。灰皿を取り換えてしばらく経ってからってことになる』
「どうしてそう言いきれるのか、話してもらえないかしら?」
『取り換えた後の灰皿に煙草が数本残っている。鑑識を呼んで唾液を調べさせればいい。真野本人のものかどうかはっきりするはずだ』
「それで、『灰皿を取り換えてしばらく経ってから』という結論になったのね。でも、煙草だけ新しい灰皿の中に入れた可能性も否定できないはずよ」
『煙草の本数に合った灰が一緒に残っている。取り換える前の灰皿から煙草だけ移したのならこうはならない』
「単純に時間をおいてもう一度このコテージに来ることもできるけどな。だが、星野朱里が犯人だと決めつけるにはまだ早いんじゃないのか?このコテージの様子を見ていれば誰でも可能だろう?」
「とにかく、あたし達もペンションに戻りましょ。これ以上の捜査は必要ないわ」
『もう酔い潰れているかもしれんが、難波が漏らした「俺たち」の中に真野が入っていたかどうか確認する。それに、他に誰がメンバーとしていたのかも含めてだ。次のターゲットになる可能性が高い』
「それなら島村で間違いない。難波を背負ってペンションに入ってきて早々、怒鳴り声を上げていた」
「悔しいわね……殺人衝動に駆られるほどのことを彼らがやってきたのは事実だけど、狙われていると分かっていながらガードができないなんて……一刻も早く真犯人を探し出しましょ」

 

 青古泉たちがペンションに戻ると、戻ってすぐ夕食を終えた青ハルヒ、裕さん、上村、辻村、それに俺。難波は相変わらずウィスキーを飲みながら、夕食を酒の肴代わりに食べている最中。島村、引地、谷口の三人は食事に手がつけられずにいた。
「朝比奈さん、すみません!何度かけても繋がらないと思ったら、いつの間にか電話線が無くなっていたんです!!」
「大丈夫、辻村さんの車で携帯の繋がる場所まで行くことができれば十分よ。一樹君、申し訳ないんだけどボディガードとしてついてきてくれないかしら?」
「ああ、ここがどこなのか確認するには丁度いい。鶴屋さんと連絡を取るんだろ?」
「では、車を手配しますので、しばらくお待ちください」
「そんなことより、財宝の在り処の方が先だ!!さっさと説明しろ!!」
「全員の前で話すと言ったはずだ!真野とか言う女が殺されたのならこれで全員だろう!?」
「もうこんな殺人事件が起こるようなところにいられるか!暗号文を解いたのなら早く教えてくれ!!」
『やれやれ、「財宝の在り処が判明した時点で、それをすべて強奪して自分一人で逃げる」と揃って顔に書いてあるぞ。そんなに自分が殺されるのが嫌なら財宝は諦めるか、暗号文を解いて誰も気付かないうちに持ち出すんだな。おまえら三人は底辺にすぎない。もう一度地べたに這いつくばってみるか?残った毛をすべてむしり取ってやろうか?殺害現場を見ただけで失禁した奴に、今更偉ぶる権利があると思っているのか?』
「『暗号文を無くしたら相続の権利を失う』と辻村さんから聞いていながら、ドアを開けた瞬間に候補者を殺してしまうなんてありえないわ!真野さんと同様、あなた達にも殺されてしまいかねないような出来事があったのかしら?それを教えてもらえないと犯人像が見えて来ないし、応援を呼ぶことができたとしてもガードが甘くなってしまうわよ」
もはや、ぐうの音も出ないらしい。ジョンとみくるのセリフに沈黙して席に着く。ジョンが言った通り、三人とも『財宝だけ奪って殺される前にここから脱出する』計画を練っていたようだ。拳銃を見つけただけで強気になっているだけに過ぎん。だが、俺とジョン、古泉には通用しない。
「くっくっ、どれほどのものかは分からないけれど、三人ともリタイアはしないようだね。精々殺されないように対策を立てておいたらどうだい?次に狙われるのはこの三人の誰かになりそうだからね」
三人同時に上村を睨んだが、本人は半ばこの状況を楽しんでいるようにも見える。一段落したところで星野朱里が口火を切った。
「私も一緒について行きます。辻村さん、お願いします」
「かしこまりました」
「一樹、彼女のコテージで何か掴めたのかい?」
「ドアノブには真野と星野さん、それに俺たちがあのコテージに到着したときについた俺の指紋の三つ。星野さんが灰皿を取り替えに行ってしばらく経ってから犯行におよんでいる。あの殺害現場で分かったのはそれだけだ。星野さん、灰皿の取り換えは何時頃に行ったか覚えていますか?」
「コテージから戻ってすぐでしたから、時間までは分かりませんけど、真野さんが席を立たれてから二往復ですからそこまで時間はかかっていないと思います。一番近くのコテージですし……」
車のクラクションが鳴り、辻村の車がペンション前に止まった。ガソリンを抜かれるか、タイヤをパンクさせられているかと思っていたが、滞りなく青古泉、みくる、星野朱里の三人が車に乗り込み、アスファルトの道路を走って行った。ようやく食事にありつけるとばかりに、ジョンが夕食を摂り始める。残ったメンバーはみくる達からの吉報を待っているかのように、その場に座ったままコテージに戻ろうとはしなかった。
「それで、犯人の目星はついているのかい?今の件でこの三人が犯人で無いことは明らかだけどね。自分も殺されると思っている人間が犯人のわけがないよ」
『情報が少なすぎて特定ができない状態だ。今は互いに関係を切っているようだが、真野と行動を共にした連中に対する復讐か、ただ候補者を一人ずつ殺していく愉快犯なのかすら不明だ。もう一つや二つ殺人事件が起こってくれると犯人の特定がしやすい。それだけだ』
「確かに、君の言う通り情報が少なすぎる。誰にでも可能な犯行というわけだ。暗号文は君に解かれてしまったし、真野殺害の犯人の追求をしてみたくなったよ。そうだね、この三人のうちの誰か……あるいは三人とも殺されるようなことになれば、犯人も何らかの証拠を残すかもしれないね」
「うるさい!この俺様が殺されるわけがないだろ!!」
「安心しなさい!あんた達のようなバカな連中なんて、殺す価値も無いわ。こんな奴殺したって、あたし達に何の得も無いわよ!」
「くっくっ、そう言われてみれば確かにそうだね。でも、そうすると、あのおばさんを一番に殺害した犯人は一体誰になるんだろうね?ここに来て早々ビジネスがどうこう言っていたし、暗号文が解けるとは到底思えない。候補者を次々に殺していくと言うのなら、僕なら佐々木さんか辻村さん辺りを一番に狙うよ。もっとも、『殺しやすかったから』なんて理由で策も無く殺していく犯人に、ここにいる全員が殺せるとは思えないけどね」
「やれやれ、苛立つのか脅えるのかどちらか一方で統一して欲しいもんだ。食器が片付けられないだろう?最後の晩餐くらい味わって食べたらどうだ?」

 

 辻村の車が戻る頃には辺りも暗くなり、例の三人も食事に手をつけ始めていた。苛立ちは消え去り、脅えて手が震えているのがよく分かる。車を駐車しに行った辻村を除いた三人が俯いた状態でペンションに戻ってきた。
「どうやら、朗報は無かったようだね。こっちはこっちで一悶着あったけれど、全員揃っていれば犯人が動くことはないよ。そっちの様子も聞かせてくれないかい?」
「車で行くほどの距離でもない山の中腹で橋が破壊されていたわ。おそらく、プラスチック爆弾によるもの。星野さん曰く、あの橋を渡る以外に帰り道は無いそうよ。何度も携帯でメールを送ろうとしたんだけれど……結局、諦めて戻ってきただけで終わってしまったわ」
「ちょっと待ちなさいよ!冬場は近くにスキー場があって、このペンションも賑わうんじゃないの!?そっちの道から通ればいいじゃない!」
「熊も冬眠しますし、降り積もった雪を除雪して、スキー場への道ができるように造ったと父が自慢気に話していました。夏場は雪もありませんし、野生動物が道を阻むことも考えられます。不可能ではありませんが、いくらなんでも危険すぎます!」
「スキー場までの距離はどのくらいあるんだい?そこまで距離が無ければ、佐々木さんなら熊相手でも闘えそうな気がするんだけど……RMH(リアルモンスターハンター)なんてね」
「俺をあまり過大評価しないでくれ。熊相手に渡りあえるわけがないだろう。とりあえず、暗号文が解けるまでここに残らなければならない条件だったはずだ。食事の心配は必要ないし、今後は人数が減っていくだろうからな」
「それが……足りなくなった場合は買い出しに行く予定でしたので、今ある材料を確認することになるでしょうが、二、三日が限界かと」
「橋が破壊されていると誰かが気付いてくれるといいんだけど……今回ばかりは待つしかなさそうね。あたし達もコテージに戻りましょ」
「そうだな。どうやってここから脱出するのか、それに、どうやって財宝を運び出すのか考えることになりそうだ」
酔い潰れている難波をアホの谷口が運べるはずも無く、『自分がコテージに戻るついでに』と上村が運び役に名乗りを上げた。『ビビリ君や年寄りにはできなさそうだからね』と付け加えて難波のコテージへと向かって行った。
「ところでこのあとはどうするつもりだい?あんな話の後だからね。僕には彼のように自分のコテージに戻れる気がしないよ」
「犯人像もまだ分からないし、あたしも一人はちょっと……」
『俺はどちらでもいいが、コイツのコテージに集まったらどうだ?あの連中の前では話せないことがあったんじゃないのか?』
「流石、あの暗号文を解き明かしただけのことはあるわね。コテージに入ってから話すわ。誰かつけてきているかもしれないから」
「言っとくけど、コテージのベッドはあたしと一樹だけだからね!!」
「じゃあ、枕だけでも自分のコテージに取りにいってくるよ」
「あたしもそうするわ。念のため懐中電灯も持ってくるわね」
『俺は何も必要はない』

 

 枕を取りに行くだけでも危険と判断した青古泉が、裕さんとみくるのコテージに寄って自分のコテージに戻ろうと提案し、二人は勿論、ジョンもそれに応じた。
「それで、何があったのかさっさと説明しなさいよ!」
「なぁに、バスの運転手とバスガイドが、案の定、例の組織のトップとそのNo.2だっただけだ。どこぞの大泥棒よろしく、橋を通過している最中に顔のマスクを破いている映像が流れてきた。孤島と同じく、俺たちに殺し合いをさせるか餓死させるつもりらしい。鶴屋さんのヘリも今回は期待できない」
『なら、あの辻村も変装の可能性が高い。残りは確か、おでん屋を経営していた女だったか?』
「十分あり得るわね。あの男は私用だと言っていたけれど、このあとどんな行動に出るか分からないし、見とどけ人として朝倉涼子が紛れているかもしれないわ!」
「も~~~~っ!何なのよアイツ等!!またあたし達をへき地に閉じ込めて餓死させようってわけ!?」
『例の組織が関係していることくらい、俺たち五人に招待状が来た時点で分かっていたはずだ。あの孤島と同程度のことをやってきてもおかしくも何ともない。アイツ等の狙いはコイツを殺すことだ』
「孤島のときは冬の海を泳ぐわけにはいかなかったけれど、各コテージに隠されている拳銃を逆に利用すれば、熊が出てきても退けられるはずよ。ジョンやあの男なら素手で倒してしまいそうだけれど。それより、殺人事件が起こってしまった以上、刑事として見過ごすわけにはいかないわ!あの組織の完全犯罪を必ず覆してみせる!」
「でも、どうするつもりだい?さっきもジョンが話していたけど、もう一つや二つ殺人事件が起こらないと犯人の特定ができないんじゃないのかい?」
「財宝目当ての愉快犯でないことは間違いない。最初のターゲットが真野だったこと、ついでに、銃殺でなくナイフであの女の心臓を突き刺したまま凶器を残している。標的が他にいるのなら凶器は持ち帰るはずだ」
『拳銃に気付かずとも殺り方ならいくらでもある。悪いが、俺はあの連中をガードする気にはならない。何か起こったら教えてくれ』
「それもそうね。ジョンが財宝の在り処を探し当てた時点で銃撃戦になりかねないわよ!お風呂にでも入ってくるわ!あいつらがどうなろうがあたしには関係ないわ!」
「お風呂も広いし、あたしもハルヒさんと一緒に入ろうかしら?」
「さっき『刑事として見過ごすわけにはいかない』とか言ってなかったか?」
「気分を変えてみたくなったのよ。また何か閃くかもしれないでしょ?」
「ったく、なら俺はペンションの様子でも見てくるか。あの三人がこの時間になってもペンションに居座っていたら、星野朱里も風呂にすら入れない」

 

 ジョンはそのまま自分の腕を枕代わりに寝転がり、裕さんはトランプを見ながら暗号文の解読、みくるが入ってきたことに青ハルヒが驚いていたが、結局女二人で入ることになった。青古泉はコテージの鍵を持って一人ペンションへと向かっていたのだが、途中でペンション一階の灯りが消えていることを確かめてコテージへと戻っていた。
『カット。星野朱里を入れた三人のランジェリー姿はカメラに収めた。次は五人で眠るシーンから』
『あたしはキョンの腕枕じゃなきゃ嫌だからね!』
『僕もこれでお役御免ですか。撮影を見ながら事件の謎を解き明かすことにします』
『仕掛けは施した。すまんが少しの間だけ、星野朱里役は俺に任せてくれ』
『くっくっ、キミがどんなトリックを用意したのか見せてもらうことにするよ』
古泉の催眠をかけた俺の本体がコテージに入り、青ハルヒ達が風呂から出てくるところから撮影再開。青ハルヒが用意してきたドライヤーで互いに髪を乾かしていた。みくるの化粧が落ちているのはいわずもがな。裕さんがみくるのすっぴんに驚いていた。事情は……話してなかったのか?
「分かってはいたけど、どこの宿泊施設でもリンスインシャンプーで経費を削減するのは変わらないわね。旅行用のシャンプーやトリートメントを持ってきておいて正解だったわよ!」
「あたしもハルヒさんの持ってきたものを使わせてもらったわ。それに、今日一日で起こったことも整理できたし、事件については何も思い浮かばなかったけど、あたしにも暗号文が解けたわよ?」
「僕はジョンがみんなの前で説明するのを待つつもりだったんだけどね。もう一度最初から暗号文を解いてみたくなったよ。ジョンは寝てしまったようだし、一樹も一緒に風呂に入らないかい?」
「ん?ああ、そうだな。俺も今日一日の出来事を整理することにする。これ以上二人を待たせるわけにもいかない」
ジョンが本当に寝ているのか、横になった状態で考え込んでいるのかはともかく、青古泉と裕さんが風呂から出るとみくるは机に突っ伏し、青ハルヒはベッドで横になっていた。裕さんが持ってきた枕を手に取ったところで、二人でアイコンタクト。裕さんが照明を切り、青古泉がベッドに入ろうとしたその時、カーテンは閉まっていても、窓の外が明るく光っている。
「一体何の光だい?付近のコテージの照明にしては明るすぎる気がするけれど……」
裕さんのその一言で青古泉がカーテンを開けると、コテージの一つが轟々と燃えさかっていた。
「くそっ!ナイフを残した理由はこれか!!おい、おまえら起きろ!!今度はコテージごと燃やすつもりだ!さっさと消さないと他のコテージまで燃え尽きてしまうぞ!!」
「ハルヒさんは消化器を持って先に行って!一樹君、あたしのコテージの鍵を渡すから、その消化器も持っていって!!」
「どうやら僕もそうせざるを得ないようだね」
みくるの指示に青ハルヒがいの一番にコテージを飛び出した。山火事の危機にもかかわらず、化粧道具を取り出したみくるに青古泉の激が飛ぶ。
「……って、おい!今化粧なんてしている場合か!?」
『あのハゲと似たような事情があることくらい知っているだろう?消火は俺たちで十分だ』
女子高潜入捜査前のことを思い出した青古泉がようやくコテージから飛び出した。消化器を持って向かった先は難波のコテージ。青ハルヒ、裕さん、ジョンが消化作業にまわり、パジャマ姿でペンションからやってきたらしき星野朱里がコテージの扉周辺を集中的に消火し、持っていたマスターキーでコテージの鍵を開けようとしていた。
「駄目っ!ドアを開けたら大爆発するわよ!!」
「もう窓が割れている。バックドラフト現象は起こらない。もっとも、酔い潰れた男の生死は知らんがな」
「本っ当に使えない連中ね!少しは消化作業を手伝いなさいよ!!」
青ハルヒの言葉に反応してコテージに戻ったのは辻村と上村のみ。あとの3バカは両膝をアスファルトに密着させて呆けていた。ようやく化粧を終えてやってきたみくるを入れて、全員が難波のコテージの前に集まった。
「難波は……?難波は一体どうなったんだ!?」
「今から確認する。これ以上恥を晒したくなかったら眼を瞑ってろ!」
今頃になってようやく喋り出した島村を制した青古泉が、マスターキーを持ってコテージの扉に近づく。もっとも、扉としての役割を果たせなくなってしまった今、扉を開ける必要性はもう残っていない。天井が焼け落ちて難波の焼死体が木炭に埋もれていた。全焼してしまってはサイコメトリーすることすら叶わなかった。

 

「い……嫌だ……『俺』は死にたくない!!」
『どうやら、最後のターゲットが自ら名乗り出たようだ。クソジジイがいつ殺されようが俺の知ったことじゃないが、自分たちの犯した悪事くらい死ぬ前に懺悔しておけ。この事件の参考程度に聞いてやる』
「くっくっ、『最後のターゲット』ってことは、この二人は殺されることは無いってことかい?財宝に眼が眩んだ連中の末路を見てみたかったんだけどね」
「ざっ、懺悔だと!?ふざけるな、あいつが、あの男が、星野が、星野正治が!俺たちに何も告げずに財宝を隠したのがそもそもの間違いなんだ!!『時効を待つ』などとくだらない言い訳をして、星野の野郎が財宝を一人占めっ…………」
島村の懺悔が途中で止まったかと思いきや、焼け崩れたコテージから視線を反らし、星野朱里を見据えて立ち上がった。千鳥足で星野朱里との距離を詰めていく。
「きっ、貴様か?貴様が、貴様が真野と難波を殺ったのか!?このっ……星野の亡霊め!今度は俺を殺すつもりか!?」
両手で星野朱里の首を掴み、体格にしては予想外の力で身体ごと宙に浮かせて絞めつけている。
「亡霊はおまえだ、古狸」
肩をポンッと叩かれた島村に、青古泉の渾身の右ストレートが顔面に炸裂した。狸の象徴でもあった眼鏡もレンズが割れ、フレームが顔に埋められてようやくかけていられる状態にまで陥っている。
「ゲホッ!ケホッ、ケホッ……」
「星野さん!大丈夫?」
「な、なんとか。ありがとうございます」
「なんだ、三流企業の雑用係だと散々言われていた割には、そこにいるハゲと似たような経歴を持っているじゃないか。定年を迎えてから五年もの間、自分に何かしらの役職をつけて中学校の校長に居座った……か。こんな奴等が校長じゃ、さぞ生徒も教員も迷惑しただろうな。プライドを振りかざすだけが取り柄の単なる小物だ。生きている価値もない」
「な、なんだ……一体なんなんだ、おまえは!なぜ俺をそこまで知っている!答えろ!!」
「説明したところで、おまえらには理解できるわけがない。ついでに、おまえに命令される筋合いもない」
今度は島村の方が失禁してしまいかねない状況にまで発展したと思いきや、みくるの一言で違う方向にズレていたベクトルが元に戻った。

 

「一樹君、ちょっと来てもらえるかしら?」
島村のことなどとうに忘れた青古泉が消火作業を終えて現場検証をしていたみくる達のもとへと駆け寄る。ジョンたちも消化器と一緒に懐中電灯を持って来ていた。
「(全焼したものをサイコメトリーしたところで何も出て来ないぞ。俺に何をさせる気だ?)」
「一通り現場検証をしていたんだけど、いくつかおかしな点があるのよ」
「給油タンクに入れたガソリンを撒いて、火を放ってから逃げたんじゃないのか?」
「その給油タンクらしきものは見つかったわ。でも、このコテージに消火器がどこにも見当たらないのよ」
「そんなの、アイツに火を消されないように犯人が持ち出したに決まってるわ!いくら泥酔していても、自分の命が危ないと分かれば酔いも冷めるわよ!」
「そう、あたしもハルヒさんと同じ考えなんだけど……でもそれだと、一樹君がマスターキーを使って扉を開けたことの説明がつかないのよ。この部屋のキーはテーブルのすぐ近くにあったし、犯人は消化器を持ち出してどうやって鍵を元の場所に戻したのかしら?密室にする意図がまるで読めないわ!」
『たまたまテーブルの近くに落ちただけだ。こんなもの密室でも何でもない。鍵をかけたあと天井に鍵を放り投げて火を放てばいい。見ての通り天井は崩れ落ち、さも部屋の中にあったかのように見せられる』
「そのようだな。それで、他に気になっているっていうのは?」
「コテージ周辺の足跡よ。コテージの扉を集中的に消火していた星野さんの足跡は残っていないけれど、一樹君たちの足跡の他に、犯人らしき足跡がはっきりと残っていたわ。でも……」
犯人の足跡が残っているのなら、どうして躊躇う必要があるのかと周囲の足跡を見てハッとした。周りにいた全員の靴を確認して青古泉も気難しい顔になっている。
「おい、俺はあのハゲの監視員なんて役回りは御免だぞ?」
『同感だ。だが、現状だけで考えるのなら、そこのハゲに手錠をかけて閉じ込めておく必要がある』
「いくら刑事だからって、助けが来るまであの男と同じコテージで過ごすなんて、あたしも嫌よ!?」
「ちょっと!どうしてあのハゲに手錠をかける必要があるのか、あたしにも教えなさいよ!」
「辻村さんは仕事上そうならざるを得ないが、それ以外で使用するための靴も用意して今もそれを履いている。『ペンション』や『コテージ』と山道を歩くキーワードがチラシにあったにもかかわらず、見るからに高級そうな服装とこの場にそぐわないビジネス用の靴を履いた、あのハゲの靴跡が残っているんだよ」
「ちょっと待ちなさいよ!あたし達の手伝いもせずにアホ面をしていた奴の靴跡がどうして残っているのよ!?」
『だからあのハゲに手錠をかけようという話をしているんだ。暫定的なものでしかないがな』
「そう、あの男が犯人なら積極的に消化作業に尽力して、足跡が残っていても不思議に思われないようにするはず。それに、酔い潰れて殺害しやすかったとはいえ、その方法が銃殺じゃなくコテージの側面にガソリンを撒いた放火だなんてありえない。あの男ならジョンや上村、それに佐々木と名乗る彼を真っ先に殺害しようとするわ。矛盾していることが多すぎるのよ」
「要するに、彼が犯人だとミスリードしたってことかい?」
「どの道拳銃を発砲することだってあり得る。あのハゲのコテージのトイレに手錠を繋いで食事時だけ連れてくればいい。真犯人も今頃呆れているんじゃないか?どうやってあのハゲの靴跡を残したかまではまだ不明だが、『あんな奴に罪をなすりつけるんじゃなかった』とでも思っている頃だろうな」
『あんなハゲがいくら高級な衣装を身につけていても格好がつかない。あの短足であんな履き方をされてはどれだけの布地が無駄になったか分からんな。たとえカツラをかぶっていたとしても、「馬子にも衣装」にすらならない。アイツの服だけサイコメトリーしてくれないか?どう思っているのか聞いてみたくなった』
「とにかく、引地英雄を真野、難波殺害の容疑者として拘束するわ!面倒だけれど食事も毎食コテージまで届けることにしましょ。それなら、ペンションのトイレに手錠で繋いでおくだけで済むわよ」
『ここまで名前にそぐわない男に会うのはあのハゲが初めてだ。どこに英雄の要素があるのか教えてくれ』
「それがどこにも無いから、名前にそぐわない男なんじゃない!」
「なら、服のサイコメトリーはそのときだな。どうせ暴れ出すに決まっている」

 

 島村を除いた全員がハゲを囲み、みくるから現場の状況と靴跡から犯人は引地以外に考えられないと伝えられた。
「ち、違う!私は犯人じゃない!!靴跡が残っていたなんて何かの間違いだ!そっ、そうだ!そこの弁護士の靴跡ってことだって……それに、ペンションに私のものと同じ靴跡があるかも知れないじゃないか!!」
「あ~あ……唯一頼りになる弁護士の辻村さんまで敵にまわすとは思わなかったよ。君みたいな人間が中学校の校長を務めていて、よく定年まで学校崩壊せずに済んだもんだね。他の教員がどれだけ君の不始末を背負っていたのか、気苦労が絶えない毎日だったことが容易に想像できるよ」
「ペンションに置いてある靴についてはこれから調べます。あの島村という男が脅えている以上、容疑者を拘束する以外に手立てがありません。ですが、もしあなたが拘束されている間に殺人事件が起こってしまえば、あなたへの容疑は晴れることになります。納得がいかないかもしれませんが、真相が掴めるまでの辛抱だと思ってください。あなたのコテージの鍵はあたしが預かります」
「違うんだ!私じゃ……私じゃない!辻村さん!犯人扱いしたことは謝ります!私の弁護人になってください!!」
「申し訳ありませんが、今は星野正治さんの顧問弁護士です。それに関わる方の弁護に回ることはできかねます」
「くっくっ、面白そうだね。彼がコテージのトイレに拘束されるところまで付き合ってもいいかい?」
「コテージに拘束するまでの間に逃げ出そうとした場合に取り押さえてもらえるのなら構わないわ。一樹君もお願い」
「ったく、損な役回りばかり俺に押し付けるのはどうにかならないのか?」
「それだけ頼りにしているってことよ」

 
 

…To be continued