500年後からの来訪者After Future10-8(163-39)

Last-modified: 2017-03-17 (金) 22:59:21

概要

作品名作者
500年後からの来訪者After Future10-8163-39氏

作品

小学校、保育園から帰ってきたあとはバレーと水泳三昧だった子供たちに、ダンスやカラオケ、図書館に行くなどの学習面での向上を考慮した企画を打ち明けた。アカデミー賞もノミネートした三部門で見事に入賞を勝ち取り、その夜はタイタニックの船上で祝賀会。ダンスの練習を予定していたみくるが真っ先にダウンしてしまったため、ダンスは取り止めになったものの、子供たちは客室でカラオケに夢中。英語の発音も出てくる度に教えていけばいい。水泳の方でも勝負をしながら勉強できるちょっとしたゲームを企画中だ。

 

 用意していたドーナツも尽き、満足気な表情で小学校と保育園に向かって行った子供たち。パンを目当てに出勤してきている社員たちに先ほどの連絡を伝えるべく、三人を追うように圭一さん達が降りていった。青ハルヒの不機嫌顔は納まらなかったが、時期が来れば異世界支部にも機会が訪れるときが来る。お茶を煎れ終えたみくるを連れて文芸部室前へ。俺の授業やバレー部のコーチのことがコイツ等に伝わっているかどうか、最初の反応で確認することにしよう。
『いらっしゃ―――――い!』
これは驚いた。てっきりブーイングの嵐だと思っていたが、前回と同じように歓迎されてしまった。
『キョン君、1-5で英語の授業してたんだって?』『僕はここからなら1-5が見えるから、キョン君が授業しているところを見てたよ!』『文芸部の子たちが自分たちのクラスでも授業して欲しいって言ってたよ!』『バレーのコーチにも来てたんでしょ!?』『みんな来てたのにここに寄ってくれないなんて寂しかったな……』『それより君、第七話を早く見せてもらえないかね?』
「部室に寄らなかったのは、第九話の謎が解けたら古泉を連れてくるっていう約束だったからな。それを確認していない状態で古泉がここに来たら、視聴者プレゼントにならんだろう?」
『犯人なら分かったよ!』『みんなで相談して、キョン君が言ってた証拠も三つ揃ったんだよ?』『俺からすればあんなトリックは朝飯前だ』
「嘘……たった一回映像を見ただけで全部解いたっていうんですか!?」
「なら、答え合わせをしてみようか。どんなトリックで密室を完成させたのか、それを実行に移した犯人とその証拠を全部聞かせてくれ」
小学生が会話しているのを担任の立場で聞いているような気分だったが、少しずつ、着実に事件の真相を語り、たった一回のあの映像だけで見事に事件の全貌を解き明かしてしまった」
「降参だ。みんなで意見を出し合ったとはいえ、第九話を一度見せただけで真相を解明されるとは思わなかった。約束通り古泉を連れてくる。いつになるかはアイツと相談することになりそうだが、ボードゲームを持って近日中に来ることにする。今日は第七話と……1-5での授業の様子、それにバレー部のコーチとしてどんな練習をしていたかを見せるってことでいいか?」
『問題ない』

 

 次に来るときは古泉や他のみんなも連れてくると約束して部室をあとにした。
「わたしも吃驚です。鶴屋さんでもDVDを何度も見返して、ようやく真相に辿りついたって言ってたのに……」
「みんなで相談しながら意見を出し合っていたのも一つの理由だろうが、文芸部室だからこそ……だろうな」
「えっ!?キョン君、それって一体どういうことですか?」
「まぁ、昼食時に話すことになるだろうし、そのときに一緒に話すよ」
気温マイナス五度の閉鎖空間に囲まれているというのに、どちらの世界も防寒対策を整えた報道陣で溢れていた。本社の方は金曜日に追い払うからいいとしても、異世界支部の方は荒療治をしてもいい頃だ。これ以上報道されても悪影響にしかならん。異世界支部の方も俺の作ったパンを目当てに平日でも行列ができるようになり、周辺のチェーン店が撤退していくのももはや時間の問題。いつまで営業を続けられるか楽しみだ。今夜はツインタワー周辺にもシートを被せに行く必要もあるし、今のうちに今週末のおススメ料理を仕上げてしまおう。
「人事部の社員に君から聞いた内容を伝えたら、活気が出ていたよ。普段はかかってきた電話に応対するばかりだからね。午前中の内にすべての世帯に連絡を取ることができた。データにまとめてあるから、指定してきた時間に向かうことになるだろう」
「分かりました。今夜熊本と大分のツインタワービル周辺にシートを設置してきます。これまでと同様、『ビルが建ったら使わせて欲しい』という内容の電話が来たら、どの程度のフロアが必要なのか詳細を聞いていただけますか?内装工事については向こうに任せることにします。それと古泉、平日の午前中で空いている日があったら教えてくれないか?」
「内容にもよりますが、一体何があったと言うんです?」
「視聴者プレゼントを渡しに行くことになった」
『はぁ!?』
「ちょっと待ちなさいよ!第九話もまだ放送していないのに視聴者プレゼントって、部室の連中が謎を解いたっていうの!?」
「ああ、たった一回第九話の映像を見ただけで真相に辿り着いたらしい。もっとも、全員で相談しながらだけどな。しかし、犯人もトリックも証拠もすべて言い当てられてしまったよ。これで約束を破るわけにもいかんだろう?古泉を連れてボードゲームをしに行ってくる」
「幼稚園児の集まりのようにしか聞こえなかったけれど、あんな難しいトリックをよく解けたわね」
「キョン君、さっき話していた『文芸部室だからこそ』ってどういう意味なのか教えてください!」
「有希があの部室に置いていた本の中に含まれていたかどうかは知らんが、長年あそこで過ごしていれば、推理モノを好む部員がいてもおかしくない。実家が推理小説で埋め尽くされているどこぞの名探偵ではないが、アイツ等も色んな推理小説を読んでいたとすれば、似たような事例があってもおかしくないし、死後硬直や返り血のことに関しても詳しくて当たり前だ。たった一回で全貌を語られたときは俺も驚いたが、そう考えれば納得がいく。それで、いつ行けそうだ?」
「まさかこのような結果になろうとは、僕も想定外ですよ。テレポートでも十分可能とはいえ、このあと朝比奈さんともう一度文芸部室を訪れて、お茶を持って帰ってくることにします。お付き合いいただいてもよろしいでしょうか?」
「えっ!?あっ、はい!でも、ボードゲームの相手がわたしなんかでいいんですか?」
「ええ、未来の僕も朝比奈さんを相手に修行を重ねたと聞きましたし、皆さんからご指南もいただきましたので将棋で勝負していただきたいのですが、いかがですか?」
「くっくっ、彼らからの要望はキミがボードゲームで『負けるところ』なんだろう?一番得意なもので勝負して大丈夫なのかい?」
「心配いらん。それでも負けるのが古泉だ」
「くくくく……あっははははははは。一体どこからそんな自信が出てくるにょろ!?古泉君がみくるに負けると確信してないとそんなこと言えないっさね!ブッ!あははははははは……」
元機関のメンバーも前のように抱腹絶倒とまではいかないが、笑いを堪えるのに必死になっていた。
「わたしがあの部屋に置いていた本の中にも推理モノの本はいくつかあった。あなたの予想通り、一緒に読んでいたとしてもおかしくない。対局の様子はわたしが撮影する」
「わたしで相手になるなら、一緒に連れて行ってください」
「お手柔らかにお願いします!」
「これは困ったことになった。古泉の対局が終わらないと、私も夕食を食べられそうにない。ツインタワー周辺のビルの内装の件なら、君がシートを張ってしまえば明日以降連絡が届くだろう」
「分かりました。それと、青ハルヒ。そろそろ警察に威力業務妨害で通報しないか?集まってくる度に電話をしていれば、そのうち警察も呆れるし、通報もしていないのに俺たちが出向いて刑務所に直行しても不思議に思われない。どうだ?」
「ぶー…分かったわよ」

 

 青ハルヒが不機嫌そうにしているのは昼食時も変わらず。俺が異世界支部の件で口を挟んでいるからな。結局、古泉とみくるの二人で文芸部室へと向かい、俺とOG達は午後の練習試合。六人とも短パンだったが、大胆下着をチョイスしただけのことはあり、ショーツのラインが見えることは無かった。……まぁ、それはそれでそういう下着を着けているんだと妄想する奴が出てきそうだが、そこまで気にしていても仕方がない。Tバック系のショーツを選んだこともあり、普段よりも引き締まった感があるように見える。体育館に降りて客席を見ると、報道陣は何重にも重ね着をした上に手袋とマフラー、音声担当は別としてもアクリルの帽子で耳まで隠すくらいの防寒対策を整えていた。基本はバレーの取材で間違いないが、北高に出向いた件とアカデミー賞受賞を受けてのコメントを得るためと見て間違いなさそうだ。バレーのみの取材なら閉鎖空間はつかないからな。もっとも、それも無駄に終わる。とっとと体調でも崩して家でひれ伏していればいい。ついでに敷地外の満員電車の中に眼に見えない程度の大量の杉花粉を振りまいておこう。
「はい、テレビ朝日でございます」
「お忙しいところ恐れ入ります。SOS Creative社、社長のキョンと申しますが、遊戯○デュエル大会ご担当の根岸さんはお手隙でしょうか?」
「すっ、すぐに確認して参ります!少々お待ちください!」
たまに俺自ら電話をかけるとすぐこれだ。別に折り返しでも構わないし、そこまで慌てる必要もないだろうに。本体は練習試合に出ているんだが、その間も影分身でこういうやりとりができるところが影分身の利点だ。しばしの間をおいて、担当者に電話が繋がった。内容は先日の収録を受けて、こちらで新たにCMを作成したこと。DVDで送るので放送終了後、そのままCMとして使ってもらって構わないこと。本社の大画面でもそれを投影すること。TV局の方で作ったCMがあれば、それも投影することを伝えて電話を切った。CMの内容は、『光臨せよ!光の創造神ホ○アクティ!!………ついてこられるか!?これが俺の全力だ!!!』と武○遊戯に化けた俺が叫んでいるシーンが最初に入り、天空デュエルコロシアムで品○が召喚したオ○リスク、同様に佐野○なことオ○リスのシーンを挟んで、決闘闘技場を背景に『決闘王の称号は誰の手に!?三月二十五日(土)予選開始』の文字が現れ、最後に検索ワードと真崎杏○の『デュエルスタンバイ!』の音声を加えたもの。今夜にでもTV局にテレポートしておけばいいだろう。

 

 練習試合を終えていつものように報道陣に囲まれたが、第一声がアカデミー賞に関する内容だったので、
「では、失礼します」
と切り捨てて先に体育館をあとにした。本社81階に全員が出揃ったところで、対局の様子を撮影したモニターが現れた。古泉の実力を測るいい機会だ。高校生時代は将棋に関する本を読んでいなかったのか、美濃囲いで固めた古泉に感嘆していたのだが、ある程度の攻防が進んだところで、角道を防いでいた歩の前に桂打ちで王手をかけられ、とどめの金で撃沈。美濃囲いで守っていても、相手の持ち駒に金桂が入ったらヤバいことくらい小学生でも分かるぞ……テレパシーだから録音されてはいないが、詰んだ瞬間に部室の連中から
『おぉ――――――――――っ!!』
などと歓声を受けていたんだろう。バレーと違って、負けても悔しそうな顔一つ見せないところに憤りを感じてしまう。そんな初歩中の初歩で負けた古泉にハルヒや鶴屋さん達、元機関のメンバーが報復絶倒。やれやれ……
「古泉の影分身の使い道が決まったな。影分身でバレーや夜練に出ても、本体に何の影響もないが、対局で得た知識なら話は別だ。影分身を持て余しているメンバーを相手に将棋を指したらどうだ?それなら未来古泉も呼べるし、ジョンも参戦できる。朝倉も冊子ができたばかりだし、明後日あたりに機会を設けたらどうだ?ジョンも参加できるだろ?」
「僕にも参加させてください。影分身ではジョンや朝倉さんには勝てそうにありませんが、こちらの圭一さんも第二人事部の半分を埋める程にまで発展しましたし、影分身の修行を兼ねるというのであれば、黄僕相手に指導将棋というのも悪くありません」
「明日は楽団の練習もあるし、そうなりそうね。ジョンが参加するのなら、わたしも楽しめそうね」
「将棋盤が大量に必要になりそうだが、俺も混ぜてくれ。少しでも少ない意識でゾーンに入りたい」
「あっ、それなら私も入れてください!」
「では、将棋盤と駒は僕が用意しておきます。未来の僕にも連絡をしておきましょう。よもや、将棋を指すことで超能力の修行ができるとは考えもしませんでしたよ。自分の好きなことに集中しながら修練を積めるとは、本望といっても過言ではなさそうです」
「ふう、これでようやく夕食が食べられそうだ。ところで、男子日本代表のディナーの方は大丈夫かね?」
「ええ、プレートを持って練習用体育館に集まったところでタイタニックに案内しましたが、女子日本代表チームの監督やコーチ陣と同様、景色を一望してすぐに料理に手をつけ始めましたよ。料理の追加オーダーについては俺と古泉の影分身であたっています。青みくる達の演奏も一度通しただけで終わってしまいましたよ。ついでに、俺からいくつか報告だ。例の特番が放送された翌日から、先日の収録の映像を使って俺が作ったCMが流れる。大画面にも流してもらいたいのとTV局の方で作ったCMがあればそっちも流して欲しい。それから、報道陣への対応についてだが、マイナス五℃の閉鎖空間に加えて、眼に見えない程度のスギ花粉が舞うように条件を付け加えた。花粉症は一定のラインを越えてしまえば誰にでも発症するものだ。報道陣が花粉症になってしまえば、特にカメラマンは花粉症のせいで仕事ができなくなるだろう。そろそろ寒さで体調を崩す奴も出てきそうだし、特に報道陣に囲まれることの多いメンバーはうつされない様に注意してくれ。あと、別館三階に設置する予定の購買部だが、利用客が男子日本代表チームしかいないし、当分の間は契約をしないつもりでいる。男子日本代表には本社の購買部を利用してもらう予定だ」
「分かった。あなたが作ったCMを見せて。金曜にはこれまでのものと入れ替える」
全員の前に再度モニターが現れ15秒のCMが流れる。一度見ただけで納得の表情を見せているし、繰り返し見せる必要もあるまい。
「大会に参加するわけでもないのに無性に興奮してしまったよ。こんなCMが流れたらエントリーする人間が倍増しそうだ。またカードを巡ったトラブルに発展しそうな気がしてならないんだけど、大丈夫かい?」
「俺も収録が終わった時点で手札抹殺のカードは値段が高騰しそうだと思っていた。ここまで告知した一大イベントが一回で終わるとは到底思えないし、次の機会までにカードを揃えておこうと思える。夏休みあたりに第二回なんてことになりそうだ」
「私の方からも一件報告だ。ドラマの最終回直前の生放送番組が来週の木曜日に組まれた。金曜の予定だったのが別の局での生放送番組出演が先に入っていた関係で急遽変更になったそうだ。朝比奈さんと涼宮さんが出られなくなってしまうからね」
「視聴者プレゼントのこともありますし、ヒントを出してくれと迫られそうですね。どの程度まで伝えていいものか共通理解をしておきたいんですが、いかがですか?」
「問題ない。このドラマは最初から最後までランジェリーの宣伝だということだけで十分。死後硬直のことまで話す必要はない。ヒントの範疇を超えている」
「わたしも余計なことは喋らないようにします!」

 

「できた」
他に議題は無さそうだと勘繰ったところで有希のいつもの平仮名三文字。SOS団メンバーに楽譜が配られ、俺と古泉の前には歌詞が書かれた紙がおかれた。タイトルを見る限り、昨日美姫が歌っていた曲で間違いない。もし古泉が間奏のラップに参加できそうに無ければ、俺が出ることになると想定して俺にも配られたようだが、間奏どころか曲の最初から一緒に歌うらしい。Aメロの始めから古泉のソロパートが入っている。SOS団五人のソロパートも無いわけではないが、原曲のことも踏まえた上での采配らしい。しかし、夜練も男子の方もそろそろ変化球を投げ始めてもいい頃だ。変化球も投げるとなると、やはりゾーンは必須になる。影分身の修錬のことを考えると、木曜と言わずに明日から将棋に集中してもいいくらいだ。将棋で古泉より強い奴なら、子供たちを含めたここにいるほぼ全員だからな。
「やれやれ、これを金曜のライブでやるのかい?ダンスの方も不安だし、ディナーが終わるまでダンスの練習してきてもいいかい?子供たちの面倒も僕が見るよ」
「わたしもそれがいいです!ダンスフロアに居ますから、ディナーが終わったらテレパシーで教えてください!」
「先輩、私も製本作業の続きをしてきてもいいですか?」
「済まない、それなら報告を先にさせてくれ。今日、こちらの本社にデザイン課志望三名、社員志望二名から連絡が入った。電話の段階では特に問題は無かったし、彼とも話したんだが、社員二名の方は採用の流れになれば片方を編集部、もう片方を受付に配置するつもりでいる。ホテルがOPENすると、慌ただしくなりそうだからね。安定してくれば本店の店員としての経験も積ませながら、都内の店舗の店長を務めてもらうことになるだろう。デザイン課の三名についてはスケッチブックに描かれたデザインを見てもらいたいんだが、どうだね?」
「分かった。今回はわたしが面接に加わる。面接の時間を教えて」
「いつも通り、午後三時からの予定でいます。スケッチブックに描かれたデザインならサイコメトリーで瞬時に判断できるでしょうが、念のため社員志望二名を先に面接する予定です」
「そういえば、午前中に昨日採用した中学生の担任からお礼の電話がありました。ここでダメだったらどうしようかとずっと悩んでいたようですよ?」
「俺の言えたことじゃないが、必要最低限の一般常識と特化したセンスさえ持ち合わせていれば、頭が悪かろうが関係ない。それと、タイタニックの方と同期してみたが、当分終わりそうにない。向こうから連絡が届いたらテレパシーを出すから、それぞれでやれることに取り組んでくれ」
『問題ない』
とはいったものの、まだまだ続きそうに見えて、既に限界間近だったらしい。そこまで時間もかからず再集合をかけることになり、男子日本代表も各自で水着を選んで温水プールで泳いでいた。先週の教訓を活かして『シャミセンがやけどしない程度の熱さに急速冷凍する』と条件付けた閉鎖空間で囲った状態で渡すと、ミネラルウォーターで舌を冷ますことも無く、肉を食べるのに夢中になっていた。だが、男子日本代表チームでも食べきれない程の量を用意したとはいえ、有希だけでなくハルヒ達やエージェントの腹を満たすことも叶わず、材料を新たに情報結合して古泉と二人で作る羽目になってしまった。今後、男子日本代表の食べ放題ディナーのときは、普通に夕食を作った方がよさそうだ。

 

 翌朝、変態セッターを筆頭にOG達の活躍もあり、なんと二日で異世界用の女性誌240万部の製本作業が終了。みくる達もようやく10部単位で情報結合が可能になり、影分身習得まであと一歩のところまできていた。昨夜は熊本と大分のツインタワー周辺にビル建設のためのシートを張り、報道陣の眼もそっちの方に向くかと思いきや、二日連続で映画の件で一面を飾った。各国の新聞を翻訳したものをそのまま掲載しているところもあったが、他国の状況を見てから放映するかどうかを決めるやり方を批判する見出しで飾られていた。TV局の方もようやく告知のVTRを流し、俺の映画のCMが流れ始めたが、新聞さえ売れれば誰を敵に回してもお構いなしと言いたげな記事に呆れつつパンを振舞っていた。近隣の店舗の店長だけでなく、店舗のアルバイトまでパン目当てで本社を訪れるようになってしまったが、まぁいいだろう。その分一般客が入れなくなるだけで全体の消費量は大して変化がないからな。それに、北高前に蔓延っていた報道陣も消え失せ、本社や異世界支部前の連中もほとんどがマスクを装着し、常に誰かがくしゃみや咳をしている状態。『無理せず帰った方がいいぞ』とも思ったが、無理をして周りにウイルスを撒き散らしてもらった方が都合がいい。俺たちに害さえ無ければな。
「今日の昼食以降、タイタニック号に戻って食事をすることになる。でも、こちらの夕食の時間はシンガポールではまだ夕刻。昨日と同様軽食で済ませて、夜練終了後にシンガポールの夜景を見ながら出発式がしたい」
「では、軽食の方は青新川さんにお任せすることにして、パーティ用の料理は僕が作りましょう。夜練後ということであれば、セーブしなくて済みそうです」
「あ……キョン君、わたし、お酒に強くなってますか?古泉君みたいにセーブする機会なんてそんなに多くないのに、わたし全然変わってない気がして……」
「潰れるまでの時間についてはさほど違いは見られないが、みくるも随分変わったぞ?潰れた後も話しかければ会話が成立するし、自分のやりたい事もちゃんと言えるし、記憶が無いなんてこともない。以前は普段なら絶対に言わないようなことも喋っていただろう?記憶も無くなって、自分がどんなことを話していたかを聞いて顔を真っ赤にしていただろうが。今じゃそんなこともないし、話の内容によっては酔いが覚めることもあるくらいだ。ちゃんと成長しているよ」
「それは羨ましいですね。微妙な変化だとしても、僕にも成長が現れているといいんですが……」
「おまえの場合、園生さんに聞くのが一番手っ取り早いんじゃないのか?」
俺のセリフを受けて古泉が園生さんの方を向いた。どちらも克服したいという気持ちは同じらしい。
「一樹、あなたの場合は、自分がどれだけの量を飲めばダウンするかを見極めているせいで、ダウンするのが早くなった。でも、ジョンの世界に足を踏み入れることができずに朝を迎えたことも無いし、寝返りもあまりしなくなった。けれど、それではいつまで経っても成長できない。限界以上の量に慣れていかないと、自分はこの量でダウンしてしまうという認識だけで終わる。後のことは考えずにお酒を飲んでみなさい。彼が朝比奈さんを介抱してくれるように、一樹のことは私が介抱します。遠慮する必要はありません」
「くっくっ、そう言われてみれば、圭一さんやエージェント達のようにキミがフロアの床で大の字で眠っているなんて見たことがないよ。園生さんの言う通り、『自分の限界以上の量に慣れる』ことを念頭に置いてみたらどうだい?」
「なるほど、言われてみれば確かにそうです。ジョンの世界に足を踏み入れることを考えていられるうちに自らダウンしていたようなものでした。成長の兆しが現れない理由がこれではっきりしましたよ。今までもそうだったでしょうが、パーティの後のことは園生にお願いすることにします。しかし、パーティの度にジョンの世界での投球をあなたに託すことになりそうですね」
「それは別に構わんが、俺たちと同程度になるのにいつまでかかるか分からん上に、古泉に来てもらわないと今以上に困るときもある。ジョン、何か方法はないのか?」
『キョンが朝比奈みくるにしているのと似たようなことをすればいい。古泉一樹が酔い潰れた後、自室に連れて行って古泉園生に起こしてもらうだけだ』
『古泉園生!?』
「くっくっ、何をそんなに驚いているんだい?正式に夫婦になったんだから、苗字が変わって当たり前じゃないか。僕のようにキョンの側室という立場の方が例外なだけだよ」
「分かっていたことだけど、まだ慣れてないせいもあってフルネームで言われると驚いちゃうわね。相手のことをフルネームで呼ぶのって黄有希さんかジョンしかいないから……」
「他に議題が無ければこれで解散にしよう。報道陣も例の閉鎖空間で体調を崩し始めている。花粉が閉鎖空間外に放出されることは無いが、ウイルスは蔓延させて他にも影響を与えるつもりだ。体育館の客席を膜で囲って、エレベーター内はウイルスを吸着する磁場で対応するが、うつされないように注意しておいてくれ」
『問題ない』

 

 今週末はおススメ料理の火入れも含めて何かと忙しくなりそうだが、今日と明日は通常業務。明日の夜に遊戯○芸人の番組が放送されるのと、古泉の影分身の修錬、それに古泉が将棋指南を受けるくらいだ。古泉がどれだけの影分身を将棋に向かわせられるかで残りのメンバーの修行の進捗状況が変わってきそうな気がするが、足りなければ俺が電話対応にまわるだけだ。あとは古泉に一局終わるごとに同期しろとアドバイスをするくらい。そうでもしないといつになっても上達しない。男女両方の豪華客船ビュッフェディナーが終わり、タイタニックに81階のテーブルと椅子を移動して昼食。ようやく俺たちだけでタイタニックを占領できる。
「例の大会の担当者から連絡が入った。君の作った例のCMをそのまま流させて欲しいそうだ。向こうも別でCMを用意したから、本社の大画面でそちらの方も映して欲しいらしい。近日中にDVDが届くことになるだろう。それから熊本のツインタワー周辺に被せられたシートを見て、ビルが建ったら使わせて欲しいという連絡が入ったんだが、いつ頃ビルが建つのか知りたいそうだ。もう完成はしているだろうが、いつにするかね?」
「男子日本代表が別館に宿泊するのと同様、四月からで十分です。あまり遅すぎても住民が困ってしまいますからね。大体の予想はついていますが、何が入るかで多少変更する必要もあるので、まだ建設作業には取り掛かってないんですよ。もう何件か似たような電話が来たらまとめて教えてください。それを基にビルを建築します」
「では、今後も似たような連絡が来た場合は詳細を聞いておこう。午前中にかかってきた電話も折り返して四月から入れると伝えて、要望があれば聞いておくことにする」
シンガポールから南に約1km弱ってところか。夜景を楽しむには絶好の位置だと言えそうだ。今夜から世界一周旅行のスタートか。燃料切れや食糧難を気にする必要はないとして、いつまでかかるのやら。
「ところで古泉、今夜の出発式の料理はできたのか?他のメンバーの修錬も兼ねているからな。明日と言わず、今日の午後からでも十分可能だ。金曜から忙しくなるが、今日と明日はそこまででもない。電話対応なら俺が代わるが、どうする?」
「では、お言葉に甘えさせてください。料理はもうできていますので」
「ところで、ジョンは参加するのかどうか、聞いてもらえないかしら?」
『特に用があるわけでもない。俺も参加する』
「僕の方は面接もありますので、今日はそこまで影分身を割けそうにありません。今日面接した人間を全員採用したとしても、垂れ幕はまだ外せそうにありませんからね」
「人事部に社員はもう要らないんじゃないかしら?残りはこっちの圭一さんか古泉君が催眠をかけて埋めればいいわよ!」
「毎日のように出社してきたと演じる必要がありそうですが、それも悪くなさそうですね。今人事部にいる社員には、彼女を除いて受付や店舗の店員にまわってもらえば僕と圭一さんだけで対応が可能です。本人の希望も聞いてみることにしましょう。朝倉さんに言われるまで『人事部に社員は必要ない』という考えには至りませんでしたよ」
「黄キョン君、明日また未来に連れて行って欲しい。料理ができた」
「分かった。特に連絡事項が無ければこれで解散にする。夕方は軽食を摂った後、パーティまでに何をするかそれぞれで決めておいてくれ。それと、古泉は一局終わるごとに同期して得た知識を共有して、少しでも次の対局に活かせるようにすれば上達が早いはずだ」
『問題ない』

 

 まだ時間に余裕はあったが、体育館に降りようとしたOG六人を呼び止めて逆遮菌膜を張った。
「これで報道陣に近づかれても風邪がうつることも無い。インタビューで近寄ってきても気にせず応対すればいい」
『はい!ありがとうございます!』
それにしても、いくらショーツのラインが出ないためとはいえ、変態セッターより大胆な下着を選ぶようになってしまったな。もし濡れるようなことがあっても、トイレに入って磁場で吸着するか、ドレスチェンジすればいいと助言をしておいたが、どういうつもりなのやら。青有希の方も一日おきに支給する料理を未来へ持っていくようになったし、古泉の『料理はもうできている』というのは、週末のおススメ料理の含めてということだろう。俺が第三人事部に向かう頃には第二人事部はすべて埋まり、第三人事部の三分の一が圭一さんの影分身で電話対応にあたっていた。古泉も影分身を持て余すわけだ。こんな状態ではいくら電話対応+仕込みをしていても修行にならん。作業を中断していたパン作りも影分身を送って再開し、電話対応に加わった。本体は各スキー場のホテルへ出向き、北高や本社前と同じ閉鎖空間をホテルに展開。平日ということもあり、一人たりとも報道陣の姿を見なかったが『レストラン内の侵入を許可されていない報道陣に、本社に入ろうとする連中と同じ閉鎖空間をつける』と条件づけた。これで週末がどうなるか楽しみだ。体育館に赴くと報道陣のくしゃみや咳にファンが迷惑していた。『バレーのみの取材で訪れた報道陣以外』と条件をつけておいたはずだが、それで敷地内に入れず仕舞いになるよりはマシだと考えたらしいな。文句は言いたくても俺が姿を現した時点で脅えている。前に殺気を放った際に居合わせた奴と見て間違いなさそうだ。女子の方にもSPがいるし目くばせするだけで十分。俺たちの邪魔をした時点で出禁が確定する。
 個人的にはトラブルが起きてほしかったんだが、結局何も起こらず仕舞い。またしてもバレー以外のことで質問をぶつけてきた報道陣に対し、
「では、失礼します」
と、いつもの一言。俺と妻がタイタニックに足を運ぶ頃には青古泉と青圭一さん、古泉がにこやかな顔をしている。希望者全員採用と見てよさそうだな。
「それで、異世界支部の人事部の社員の希望は取ったのか?」
「ええ、元々編集部や経理を望んでいた社員もいましたし、先日からのホテル予約に関する電話でまいっていたようです。移動先の希望があった社員は本人の希望通りに、残りは受付や本店の店員に人事異動させました。これで専用エレベーター以外で二階に来ることは不可能。彼女のみ、階段で上がってドアを開けることができると閉鎖空間に条件付けをしましたのでご心配なく」
「愚妹がどうなろうと俺の知ったことではないが、報道陣からのスイートルームの予約の方はどうなんだ?少しはマシになったのか?」
「『これ以上かけてくるようであれば、あなたの会社からの取材は一切受け付けないと社長に伝える』と脅しをかけました。それでもかけてくる場合はこちらから社長に直接伝えてありますし、ようやく沈静化しましたよ。面接の方もデザイン課希望のうちの一人はこちらの社員の異世界人。顔パスのようなものです。デザインもこちらと同程度のものでしたし、他の四人も全員採用しました。明日受付に五人が出揃った時点で無料コーディネートと社則の説明をする予定でいます」
「こっちはほとんど俺に対するものばっかりだ。授業やバレー部コーチの依頼、アカデミー賞受賞の件で取材、パンの件での番組取材……食べて美味いとしか言わない番組取材なんて迷惑にしかならん。まぁ、自分で蒔いた種だし、明日明後日も俺が第三人事部に向かう。古泉は将棋に集中してくれて構わない」
「おや、それは嬉しいですね。今日一日だけでも皆さんから色々とご教授いただきましたし、明日の対局に活かせそうです」
「一つ聞きたいんだけどね、キミは今まで将棋に関する冊子を一冊でも読んだことがあるのかい?」
「ボードゲームに関する冊子は何冊も持っているんですが、いくら読み返しても実戦に活かせずにいる状態です」
「その本をサイコメトリーするのはキミにとっては邪道だろうし、部屋で冊子を読む影分身も作ったらどうだい?」
「おや?それはいいアイディアをいただきました。電話対応と料理だけでは影分身を持て余していたんですよ。明日から実行に移すことにします」
「明日からと言わず、今から向かわせたらどうかしら?少しでも少ない意識でゾーン状態になることが目的なんだし、あなたが強くなれば実力差はあったとしても面白い対局になりそうだわ」
「そうですね、彼のように時間と影分身を有効活用することを僕も考える必要がありそうです。すぐに自室に向かわせることにします。ありがとうございます」
「俺も黄俺や黄古泉のように影分身を有効活用して、少しでも修行を積みたいところなんだが……タイタニック号の修繕も終わったし有効活用できるようなものが思いあたらん」
「あら?キョン君にはウェディングドレスの情報結合と梱包があるじゃない!」
「それでもまだ持て余しそうなんだ。指定されたウェディングドレスを梱包された状態で情報結合して、宛名の書かれた送り状を張り付けるだけの作業なら、四か所にそれぞれ二体ずつで済むからな」
「では、店舗の商品が切り替わったところで新たに店舗をOPENさせましょう。影分身で店舗の店員役をおねがいできませんか?ヘアメイクについてはメイク道具をサイコメトリーするだけで十分です。梱包作業にも影分身を割くとして何体くらい店舗の方にまわせるのか教えていただけませんか?」
「ちょっと古泉君!店舗の新規OPENは本社が安定してからだって、あんた言ってたじゃない!」
「ええ、ですがそれは、店舗に向かえる人間が出てくるまでの話です。今夜シートをかぶせて一週間放置しますから、最低でも来週の水曜日以降。その頃には引っ越しも終えて、住民の面談が済んでいる頃です。一つの店舗につき二体ずつ影分身を送れば、ヘアメイクをしながらアルバイト達の指導、接客も可能になるでしょう。もう一度お聞きします。店舗に何体くらい影分身を割けそうですか?」
「とりあえず三店舗くらいから始めさせてくれ。ヘアメイクもすることになると、いくらサイコメトリーがあっても自信がない」
「分かりました。では、都内は中野店、地元は四号店、広島二号店の建設と内装工事、品物の陳列作業に入ります。涼宮さん、これまでと同様配置関連を見ていだだけませんか?」
「ちょっとあんた、本当に店舗を任せて大丈夫なんでしょうね!?」
「心配いらん。ハルヒだってさっさと次の段階に行きたいだろ?」
「それはそうだけど……とにかく、店舗の運営が出来ないなんて真似だけはしないでよね!!」
「ああ、分かってる」

 
 

…To be continued