500年後からの来訪者After Future2-10(163-39)

Last-modified: 2016-08-02 (火) 18:42:38

概要

作品名作者
500年後からの来訪者After Future2-10163-39氏

作品

ついにW鶴屋さんが朝比奈さんからの難題をクリアして野球に参戦することが決まった翌朝、少しでも子供たちとの時間を作ろうと曜日の勉強をしてみたり、回転寿司の計画を立ててみたり、ドーナツを試食の段階から食べさせてみたりと色々と企画しては実践してきたが、来月以降のことを思うと心労が絶えない。ドラマの主演として撮影に赴く古泉にはなるべく負担をかけないよう配慮していきたいし、ハルヒの望んでいる「夫婦の時間」や子供たちとの時間、青ハルヒやW佐々木との時間も出来る限り作ってやりたいし、俺自身もそんな時間を持ちたいと思っている。青古泉主演のドラマも来月の初めに最終話が撮影され、これまで敬遠されてきたのかどうかは知らんが中学生の職場体験の依頼が今年度になって舞い込んできた。まぁ、これについては俺の出る幕はほとんどなく、どちらも俺はあくまで企画する側の人間だ。あとはハルヒ達に任せればいい。祝勝会を終え、周りのメンバーが泥酔したところを狙って青佐々木が動いた。カット&シャンプーに加え、佐々木にしたものと同等かそれ以上の体験をしたいという本人からの要望に応えた翌朝、どうやら佐々木が気を利かせて81階で眠っていたメンバーを全員自室にテレポートさせたらしい。まぁ、自室に戻そうが、フロアで熟睡していようが……と思ったが、どうやら朝食の匂いにつられて起きてくる可能性がある分フロアに寝かせたままではまずいと判断したらしい。もっとも、困るのは俺ではなく、俺の横で高校時代の制服を『着せられ』赤面を保ったまま、一向に喋りそうにない青佐々木の方だがな。

 

「いい加減その顔なんとかならんのか?ただでさえ制服姿で目立つんだ。そんな状態のおまえをハルヒに見られでもしたら、俺の方まで被害が及んでしまう」
「なんとかしたいのは私も同じなんだけどね。黄私にもこんなことしていたのかい?」
「ああ」
「私が今着ている制服も下着から?」
「そうだ。とりあえず、佐々木と同等かそれ以上のことをやったんだ。今なら二人で同期できるんじゃないのか?」
「キョン、キミは一体どこまで私を辱めれば気が済むんだい?恥ずかしくて出来るわけがないじゃないか」
「『どれだけ恥ずかしい思いをしても私は構わない』と言ったのはおまえの方だろう?」
「それでも限度ってものが……でも、カットやシャンプーも含めて至福の一時だったことは間違いない。サイコメトリーが加わっただけでこれだけ違いが出るなんて私も予想外だった」
「佐々木も似たようなことを言ってたな。『自分で立案をしておいて実験台になってみたけど…』とかなんとか」
「それで、今日のメインは捕れたのかい?」
「ああ、おまえの言う『至福の一時』の余韻を味わっている間に行ってきた。自分が捕えられたとも知らずにキューブの中の大海で悠々と泳いでるよ」
「今日の夕食が楽しみだ。朝食後は私も練習に参加したいから片付けの手伝いは出来ないかもしれないけど、昼食の後は手伝わせて欲しい。パーティってわけじゃないからできれば夕食後も」
「残念だが、夕食の片付けは愚妹にやらせることになっている。昨日も話した通り、俺だっておまえやこっちの佐々木との時間を大切にしたいんだ。さっきまでの件については同期できなくとも、それ以外なら情報の共有ができる。お互い、二度と話せなくなるわけじゃないんだ。そう慌てなくても機会はやってくる。それまでに自分のやれることをやっていればいい」
そこまで話したところでようやく青佐々木の顔立ちが変わった。これならハルヒが降りてきてもそこまで大騒ぎすることもないだろう。

 

 エレベーターが動きだし、続々とメンバーがフロアに降りてくると、OGは
「先輩たちばっかりずるいです!キョン先輩、わたしの髪もカットしてください!!」
などと、それぞれ似たような内容を告げ、青俺やハルヒからは
「やれやれ……今度はおまえか。しかし、もう制服姿になる必要は無いんじゃないのか?」
「あんた、いつから急進派の親玉みたいな思考回路になったわけ!?」
「それについては僕がキョンに願い出たんだ。『黄僕と同じ体験がしたい』とね。これ以上はキョンの面目にも関わってきそうだからそろそろ着替えさせてもらうよ。くっくっ」
おそらくそうなるだろうと予想はしていたが、案の定、W佐々木特有の微笑でドレスチェンジ。W鶴屋さんがテレポートを覚えたら似たようなことになるかもしれん。今後は、朝比奈さんたちが連絡するとW鶴屋さんの方からテレポートや異世界移動でこっちにきたなんてことになりかねんからな。W朝比奈さんがまだ降りてきていないところを見ると、W鶴屋さんは朝比奈さんたちの部屋で寝ているようだ。特にこっちの朝比奈さんは酔い潰れてジョンの世界にも行ってないだろうし、普段の生活リズムが整っているとはいえ、多少の誤差は出てくるだろう。四人を待ってから朝食を食べることになりそうだ。その間に子供たちにドーナツを選ばせておこう。
「それで、次は誰の髪を切ればいいんだ?今日は夕食の仕込みに時間がかかりそうだが、昼食の片付けが終わったら一人くらいはカットできる。明後日は試写会があるからそんな時間は取れないだろうが、明日なら2,3人は可能だ。OG四人以外に希望者はいるか?」
真っ先に手を上げたのがW有希。Wハルヒも髪型は今のままでいいがシャンプー&マッサージだけ体感してみたいらしい。この分だとW朝比奈さんも名乗りをあげそうだな。青朝比奈さんはいいとして、こっちの朝比奈さんはドラマの撮影が終わってからになりそうだ。

 

 子供たちが早くドーナツが食べたいからとW朝比奈さんの部屋の呼び鈴を鳴らしに行くと、四人揃ってようやく眼が醒めたらしい。大体の予測はついていたからジョンに詳細を聞くようなことはしなかったが、今回は青朝比奈さんも相当飲んでいたようだな。青鶴屋さんが来ているのと、土日の試合は喜怒哀楽が激しかったからな。これまでは翌日にドラマの撮影が控えていることを考えてセーブしていたんだろう。
「いやぁ、子供たちに呼び鈴を鳴らされるまで熟睡してるなんて思ってなかったっさ。みんなごめんにょろ」
「わたしもジョンの世界にすら行けなかったのは多分初めてだと思います。皆さんすみません」
「いくらパーティの翌日でも我々もそれぞれやるべきことがありますし、特に青朝比奈さんの場合はドラマの撮影が控えていましたからね。自覚は無くとも頭の片隅で次の日のことを考えていたのではありませんか?今回はそれを気にする必要が無くなった。そう考えればこれまで青朝比奈さんが担っていた役割がどれ程のものだったのか……謝罪すべきは我々の方です。この程度の言葉で表現できるようなことではありませんが、我が社の発展・宣伝活動に貢献していただき、本当にありがとうございました」
古泉の賛辞に自然と拍手が沸き起こり、青朝比奈さんは溢れ出る涙を拭っていた。
「まったく、同じ古泉でもどうしてここまで違うんだか……」
「失敬な。朝比奈さんに対する感謝の気持ちなら、黄僕に負けないくらい抱いています」
「あら?朝比奈さんの休日はお盆と正月くらいしか無いような発言を前に聞いた気がするんだけど、わたしの気のせいかしら?」
「そういえばそうだったわね。他の団員を更に追い詰めるような真似、団長として許すわけにはいかないわ!どんな罰がいいかしら…?」
「涼宮さん……それだけは勘弁願いたいのですが…」
「うるさいわね!どんな罰にするか考えているところなんだから、あんたは黙ってなさい!!」
『キョンパパ!早くドーナツ!!』
幼稚園児に「空気を読め」と言っても無茶な話で、双子のセリフを機に朝食に手をつけ始めた。
「しかし、彼が最も堪える罰なら眼に見えているじゃないか。そこまで考える必要は無いんじゃないかい?」
「愚問、涼宮ハルヒが全くの別人に見えるように催眠をかければいい。写真や動画も含めて全て。あとは期間を決めるだけ」
「決まりね。とりあえず、仕事に支障をきたすことの無いようにまずは一週間。黄有希、古泉君が自分で解除出来ないような催眠をかけて頂戴!」
「問題ない」
刑が執行され、青古泉が引きつったニヤケスマイルで固まったまま動く気配がない。まぁ、一週間くらいなら妄想でなんとかなるだろ。アホの谷口や藤原のバカの顔が脳裏をよぎったがどうでもいい。

 

「それより、W鶴屋さん。昨日のようなパーティをするわけではありませんが、今週末の試合終わるまでW朝比奈さんの部屋に泊っていきませんか?今日の夕食は子供たちの学習を兼ねて豪華絢爛回転寿司を古泉と二人で作る予定ですし、明日はそこまでの時間滞在することは出来ませんが、未来の朝比奈さんのところへ行くつもりでいます。金曜日まで午前中は野球の練習をするつもりでいますし、既に土曜日の試合のスターティングメンバーとして二人の名前も入っています。昨日古泉がパーティで確認していましたが、今週の予定はいかがですか?」
「未来のみくるに会いに行くっさ!?黄キョン君そんなこともできるにょろ!?是非連れていって欲しいっさ!」
確か『未来のみくるに会いに行くなんて言われたら、用事があっても飛んでいくにょろよ!』だったか。青鶴屋さんの方も家の用事があったとしてもこっちを優先しそうだな。
「ところで、未来のみくるは一体どうなっているっさ?」
「見た目だけなら青鶴屋さんも見たことがあるはずです。フレ降レミライを歌うときの衣装を羽織った青朝比奈さんとほとんど変わりませんからね」
イメージが湧かないのなら青朝比奈さんをドレスチェンジして…と思っていたが、どうやらライブでの衣装を覚えているようだ。思い出して大爆笑するかとも思ったが、それもハズレらしい。まぁ、実際に行ってみてどうなるかだな。
「それで、一体どんな目的で未来へ行くんです?今日からの練習メニューも土曜日の試合の打順やポジションも決まっていますし、土曜の朝まで未来の黄僕と久しぶりに将棋を指してきたいので僕も一緒に連れて行ってもらえませんか?」
「Wハルヒが見られないのなら少しでも別のことに集中していたいと顔に書いてあるぞ、おまえ」
「そのようね。彼と指すのも久しぶりだし、わたしも連れて行ってもらえないかしら」
「ったく、練習風景をまったく見ないで試合当日に顔を出す監督が一体どこにいるんだ?監督の任から降ろすぞ。とにかく、しばらく未来へ足を運んでいなかったからその様子見と、青鶴屋さんを連れて行きたかったのと、未来の教科書がどうなっているか確認に行く、この3つだ。それと、青古泉ならまだいいが、朝倉やW鶴屋さんには夕食までに戻ってきてもらわないと困る。超高速送球の練習が出来ないし、青鶴屋さんにも少しでも慣れておいてもらいたいからな。攻撃面でも活躍してもらいたいと思ってる。朝倉の方も将棋は精々一局か二局ってところか。『物足りない』で戻ってくることになるが、それでいいのか?」
「黄涼子も鶴ちゃんもキョンの言う通りよ。来月になったら今まで通り週末に未来の黄古泉君を呼んで将棋ができるわよ。鶴ちゃんもそのときになったら、また連れて行ってもらえばいいわ」
青ハルヒの言葉に朝倉も青鶴屋さんも納得の表情だ。明日連れて行くのはW鶴屋さんと青古泉で決まりだな。
「よし、なら今日の予定を確認して練習に向かおう。俺はここに残ってランチの仕込みと昼食の準備を終えたら練習に向かう。午後は各自仕事にばらけてくれ。OG四人はシャンプー&カットの順番を決めておくこと。昼食の片付けが終わり次第、最初の一人と一緒に佐々木のラボに飛ぶ。古泉はビラ配りに行かず、人事部で電話対応をしていてくれ。俺が戻り次第、夕食の仕込みを始めることにする。先日伝えた通り、それぞれで食べる量が変わってくるだろうから、満足したところで部屋に戻ってくれて構わない。それから、明日社員が出勤してきた段階でクジの入ったBOXを経理課、デザイン課、編集部に回す。中身は『社長の豪華絢爛寿司10貫セット』20枚と『社長の野菜スティック』や『社長のノンドレッシングサラダ』がそれぞれ10枚ずつ。ハズレでも社員食堂の通常メニューのタダ券が当たるシステムになっている。人事部の社員ばかりここで昼食を食べているからな。他の課の社員にもたまにはこういうイベント事があってもいいだろう。人事部の社員には今日は昼食と夕食を両方食べていくよう伝えておいてください。以上だ」
「本マグロ一匹丸ごと有希さんが食べてしまいかねないというのに、社員の配慮までされているとは……いやはや、おみそれしました」
「明日は注文する食材も増やす必要がありそうね。通常メニューの枚数は決まっているのかしら?」
「特別メニューの40枚を除いて残りは社員の人数分を均等に割り振るつもりでいるから、その分量増ししてくれればいい。っと、言い忘れていた。各課にBOXを回す仕事を朝比奈さんに頼みたいのと、野菜スティックとサラダは他のものと同じく3階で出すが、寿司については80階で出せるようにしたい。少しでも気分の出る方が社員も満足するだろ」
「わかりました。OG四人と違ってわたしは練習を見ているだけになりそうですし、わたしが皆さんに伝えてまわります。キョン君の食事のお手伝いもさせてください」
「寿司の件はわたくしがスタッフに伝言をしてまいります」
『キョンパパ!早く野球の練習がしたい!!』
「青古泉君の視線も気にしなくて済むようになったし、これで練習に集中できるわね。準備が出来次第練習に向かいましょ。絶対に西日本代表の座を勝ち取ってファイナルライブも成功させてやるんだから!」
『問題ない』

 

 81階に残ったのは昼食の準備をしている俺と、ハレ晴レユカイを鼻歌で歌いながら片付けをしている朝比奈さんの二人。W佐々木には練習に参加して少しでも逆回転のかかったバントができるようになってもらいたいからな。ファイナルライブが終わるのが16日の22:30。翌日にはバレーの女子日本代表が我が社を訪れ二週間の合宿に入る。初日は迎え入れるときだけ本社に戻ってあとは有希の選んだ製造所をまわりながら各家族でドライブ。練習試合はOG六人にすべて任せてあるから打ち上げが出来ないこともないんだが……流石にキツいかもしれん。それが終わり次第垂れ幕を垂らしてSOS交響楽団の団員募集。いつから撮影が始まるかは未だに不明だが、古泉のドラマの撮影、合わせて青古泉の方もドラマの最終話の収録もある。まぁ、古泉のドラマ撮影があったとしてもディナーには何の影響もないし、俺、古泉、青ハルヒで調理を担当し、朝比奈さんやENOZで接客すれば宣材としては十分。有希と青朝倉におでん屋を任せて…今シーズンは監督たちが何と言ってくるかだな。前回は毎食後におでんと酒を堪能して随分太ったなんてインタビューに応えていたくらいだ。初日と最終日の前日はまず間違いなく来るとしてあと数回ってところか。青朝倉や有希に『夏場に合った冷えたおでんはないか?』と聞けばすかさず作ってくるだろうし、今もおでん屋のメニューとして追加されていてもおかしくない。
「ふふっ、ハルヒさんもさっきは『ようやく解放された』って感じでしたね。ハルヒさんが集中できないなんてありえないと思ってました」
「これをきっかけに少しずつ青古泉がまともになってくれればいいんですけどね。期限が過ぎれば、またハルヒたちに視線が集まるでしょうし、少し強引でも何かしら理由をつけて同じ罰を繰り返していけばアイツも少しは懲りるかと。ハルヒが『練習に集中できる』と言ったときは俺も耳を疑いましたよ。もしかしたら、これまでの試合以上の活躍を見せてくれるかも知れません」
「あっ、そうだ。キョン君、わたしもシャンプー&カットをおねがいしてもいいですか?」
「朝比奈さんの頼みとあらばすぐにでも…と言いたいところですが、例のドラマの最終話の収録が残っていますから、今髪型を変えるわけにはいきません。でも、ハルヒたちみたいに髪型を変えずにシャンプー&マッサージなら可能です」
「じゃあ、わたしにも順番が回ってきたら是非お願いします!」
順番が回ってきたらも何も、他の奴等よりも朝比奈さんの方を優先したいくらいだ。ハルヒなら99階でいつでもできるし、双子の髪もそろそろ切ってやらんとな。来週以降はディナーの仕込みに時間がかかってしまうから土日の大会を早々と切り上げて空いた時間でやるのも悪くない。そう簡単に勝たせてはもらえないだろうがな。青ハルヒの投球も相手に通じるかどうかは試してみないことには分からん。青有希や青朝倉、W佐々木を相手にして、青有希たちに通常の球との違和感を持たせるわけにもいかないし、かといって有希や朝倉、ハルヒ、W鶴屋さんを相手にしては、青ハルヒの方が自信を失いかねない。外野から有希の采配がテレパシーで伝えられるとはいえ、果たしてどこまで通用するのやら。

 

 剛速球を真正面で受けるというOG四人の練習もあり、変化球を投げられないというのが玉に瑕だが、もはやパターン化されたと言っても過言ではない練習を終え、本社に戻ってくるなりOGの一人が真っ先に自室に戻っていった。昼食後にシャンプー&カットをすることになる一番手なのだろう。ここにいる四人の髪型が変わったら残り二人も朝比奈さんのように要望してくるだろうな。まぁ、合宿中に手の空いたところで一人ずつというのも悪くない。昼食の配膳をしていると、圭一さん達が人事部の社員をつれて81階に現れた。どうやら夕食の件は既に伝わっているとみて間違いなさそうだ。誰一人違うことなく歓喜に満ちた表情をしている。古泉がいるのを確認するやいなや圭一さんが午前中に来た電話のことを話し始めた。
「古泉が出演するドラマからの連絡が来た。お盆明けの来週月曜から撮影開始だそうだ。大丈夫かね?」
「日本代表合宿の初日からですか……。いやはや、何と言ってよいやら分かりませんが、ここは野球の大会と被らなかっただけでも運が向いていると思うべきでしょう。いつでも出られるようコンディションを整えておくことにします」
「それにしても、圭一さんもよく古泉二人の見分けがついたな。こっちの古泉にはWハルヒが見られない催眠がかけられてるっていうのに……」
「ああ、それなら、古泉がいつも座る席の近くにいたからそう判断したまでだ。今朝のやり取りも聞いていたからね。だが、今後はそううまくいかない場面も出てくるだろう。間違えていたら教えてくれると助かる」
「くっくっ、確かにそうだね。彼ら二人を唯一見分けられる方法がなくなってしまったんだ。二人の役回り上、髪型で区別をつけるわけにもいかないし…まいったね。この間の二人のようにバンダナで区別をつけるくらいしか思いつかないよ」
「ということであれば、すぐにでも催眠を解い……」
『あんたは黙ってなさい』
「とりあえず、改善策が見つかるまでは僕が身体の一部に黄色いバンダナをつけた状態で行動することにします。涼宮さんやハルヒさんが嫌悪感を抱くことなく、青僕の性癖を治すチャンスになるかもしれませんので」
「やれやれ…これで黄古泉がボードゲームに強ければ一件落着なんだが……」
「問題ない。バラエティ番組に出演するときはわたしが裏からテレパシーを送る。わたし自身にも催眠をかけて別人になりすませばいい。何か聞かれたとしても『古泉一樹のマネージャー』で話が通る」
「これは心強いですね。有希さんが来てくれるとなれば、まさに鬼に金棒。これなら僕もどんなバラエティ番組でも出演できそうです」
「ってことは、こっちの古泉君の髪型を弄っても大丈夫?」
「うん、それ、無理。ビラ配りで全国回ってるんだし、秋のドラマの撮影が終わるまでは厳しいわよ。今放映しているドラマのセカンドシーズンを撮ることになれば、美容師になっているわけだから、その撮影が始まる前ならいいんじゃないかしら?」
「ところでハルヒ、古泉がさっきみたいに『催眠を解いてくれ』と願い出るようなことがあれば、期間延長+一週間ってのはどうだ?」
「それいいわね!すぐにでも一週間延長しましょ!」
「ちょっと待った」
「いきなりどうしたのよあんた。折角皆で案を出し合っている最中なのに!」
「まず、さっきの一週間延長は取り消してくれ」
『はぁ!?』
「どういうことか、説明して欲しいわね」
「とりあえず、みんな席について昼食を摂りながら話す。午後のスケジュールだって詰まっているんだ。お昼時とはいえ、人事部に誰もいない状態を長続きさせるわけにはいかない」

 

「で?どういうことかさっさと説明しなさいよ!」
「この前話した有希の食欲と同じだよ。おまえら青古泉がどういう奴なのかまるで分かっちゃいない」
「あなたの意図していることが我々にはよく分からないのですが…一体どういう……」
「キョン先輩、いくらなんでもこれ以上はハルヒ先輩たちが可哀そうです!この機会に自粛してもらわないと!」
「それだよ。いくら周りが『自粛しろ』だの『自律しろ』だの『少しはハルヒたちのことも考えろ』だの言ったところでまるで聞く耳持たなかっただろ?一時は大学受験に失敗して危うく浪人生になるところだったが、青ハルヒから離れたくない一心で意地の補欠合格を勝ち取った。高校一年生のときからこれまで、青古泉の傍にWハルヒがいない生活なんて、コイツからすれば絶対にありえないものだった。だが、今朝の青朝比奈さんの寝坊の件をきっかけに、青古泉には『Wハルヒがまったくの別人に見える』という催眠がかけられた。これまでの人生で初の境遇に陥った青古泉は少しでも時間が経つのが早く感じられるよう野球の練習を投げ出してまで未来古泉と将棋をする方を選んだ」
「くっくっ、だからなんだと言うんだい?そんなこと、ここにいる全員が分かっているじゃないか」
「俺もハルヒの夫だからな。妻が嫌悪感を抱いているのならそいつを解消してやりたいし、青古泉を改心させることについても賛成だ。だが、『催眠をかけた状態をもう一週間延ばす』となると話は別だ。来週の火曜までなら、OG六人で日本代表と戦うから他に何の支障もない。しかし、それ以降も継続してしまっては、青古泉本人から要望があった青チームで戦うというのも出来なくなる可能性が高い。連携技どころか、通常のクイック技すらタイミングを合わせられなくなってもおかしくないんだ。客席には大勢の取材陣とW古泉目当てで観戦しに来るファンだっているはずだ。そんな中でミスを連発するような真似をさせるわけにはいかない。青古泉からすれば、一週間ですら精神が崩壊してもおかしくない程の時間なんだ。だから俺が未来へ行くと宣言したときに自分も行きたいと願い出た。青古泉、俺からの最後のチャンスだ。野球やバレーが終わるまでは継続して催眠をかけるようなことは一切しない。だが、その間ここにいる全員でおまえのことを監視させてもらう。もしそれで、再度催眠をかける必要があると判断されたのなら、来月以降おまえに催眠をかけ続ける。それでも駄目なら今青古泉に渡しているエネルギーを全てぶん獲り、移動型閉鎖空間と膜を解除しておまえを異世界に連れ戻す。もちろん青俺の実家や青有希、青朝倉のマンション、青鶴屋さんの家や、当然青ハルヒの家にも入ることができないようにする。おまえからテレパシーが届いてもすべて無視。どんなに叫ぼうが二度とここには戻さない。その判断はすべてWハルヒに任せる。青古泉の視線を感じたらすぐにでも自分で催眠をかけて構わないし、有希や俺に伝えてくれれば俺たちでやる。それだけの迷惑行為をおまえはハルヒ達にやってきた。これ以上続くようなら、もう容赦はしない」
昼食を摂りながらと自分で言っていたんだが、食べているのは子供たちと人事部の社員、エージェントが数名。それ以外は黙って俺の話に耳を傾けていた。
「いくら有希との連携技があっても、起点になる奴がいないんじゃ連携攻撃も難しくなってきそうだな」
「黄わたしや黄キョン君がセッターじゃ青チームの勝利とは言えない」
「野球のバントのように、僕にセッターをやれなんて言わないでくれよ?そんな大役、僕に務まるわけがない」
「社員食堂が終わる時間帯になったら、わたし一旦抜けなきゃいけないんだけど……」
「トスが乱れると、アンテナの横を通すスパイクは難しそうですね」
「今週はまだなんとかなるにょろが、来週以降も毎日と言われると来られるかどうか自信が無いっさ」
「青チームの主軸はこのあたしよ!あたしが攻撃しないで誰が点を獲るのよ!?セッターなんて冴えない雑用は誰か別の奴に回しなさい!」
「それで?他のメンバーからこれだけフォローされておいて、当の本人はどうするつもりなわけ?はっきり答えなさいよ!」
「………分かりました。涼宮さんも、ハルヒさんもこれまでのご無礼をお許しください。甘んじて受けることに致します」
「くっくっ、難しい言葉をあまり軽んじて使わない方がいい。『甘んじて受ける』というのはキョンが出した条件に対して『納得はしていないが我慢する』という意味だ。『自分を律する』と言えば聞こえはいいだろうけど、これじゃ、同じことの繰り返しになりかねない。今後どうするのか、此処ではっきりさせようじゃないか」
『催眠をかけるまでもないわ!一度でも視線を感じた時点で、二度と此処へ来られないようにするに決まってるじゃない!』

 

 Wハルヒの一言を機に、ようやく昼食にありつくことができた。結局あのあと、
「それなら、監督としての責務もしっかり果たしてもらわないといけないわね。話したい相手の方を向くのならまだしも、意味もなく二人を見つめているのならすぐにでも刑が執行されるわよ?野球の練習を放り出して将棋に集中するような真似はわたしが許さない」
怖がってはいるがOG四人は何度か朝倉の殺気を肌で感じているからいいとして、人事部の社員にまで朝倉の殺気を見せるわけにはいかない。当人もそれを承知で出さなかったのかどうかは定かではないが、これで監督不在の野球練習では無くなった。あと一つ、この件が解決してしまうと浮上してくる大問題があるんだが……まぁ、今後検討していけばいいだろう。今、俺の横には佐々木。昼食を終えて圭一さんや人事部の社員は仕事へと戻り、残ったメンバーのそのほとんどがビラ配りに回った。子供たち三人は99階で青有希が面倒を見てくれてる。
「98階で一人でいるのが寂しかったら99階に来て双子と一緒に寝てもいいんだぞ?」
と幸に話すと、双子の方まで喜んでいた。そして俺たち二人で81階に残り、昼食の片付け作業兼コイツとの時間というわけだ。
「しかし、さっきはおまえも随分冷徹だったんじゃないか?ボードゲームの強弱の違いはあるが、頭脳はどちらの古泉も同じだ。青古泉のセリフの上げ足を取るなんて、そう簡単にできるような技じゃない。おまえから説明されてようやく俺も納得したぞ」
「ニュースで事件がある度に使われる言葉だからね。それさえ言っておけばその場は凌げるという甘い考えを持った人間ばかりで呆れ果てていたんだよ。青チームのキョンが復興支援の話を切り出してから、辞職する政治家のほとんどがそのセリフを吐いていた。でもね、キョン。さっきの私はそんなに冷徹に見えたのかい?古泉君に嫉妬してしまったよ。互いの表情やしぐさだけで何があったか察知できるんだからね。キミとは親友以上の関係だと自負していたんだけど……私の単なる妄想だと笑うつもりかい?キミなら私のすべてを受け止めてくれると思っていたんだけどね」
「単なる妄想だったらOGを自室に待たせてまでおまえと二人っきりになったりしないさ。俺だって古泉のすべてが分かるわけじゃない。だから普段と違う言動に驚いて、本心はどうだったのかとこうやっておまえに聞いているんだ。そんな悲しそうな顔をするな」
「妙だね。私の方を見向きもしないで私の表情を言い当てるなんて予想外だよ。そこまで顔には出てなかったはずだ。どうやったのか教えてくれたまえ」
「親友以上の関係なら見なくとも自ずと分かる。おまえが先に言い出したことだろう?」
「キミにそう言ってもらえると私も嬉しいよ。そうだね、確かに冷徹だったのかもしれない。彼の行動には正直目にあまるものがあったからね。キミの発言通り、周りが何を言おうとも聞く耳を持つことなく自分のことだけを優先していた彼に……そうだな、しいて言うならお灸を据えたかったってところかな」
「もう、他のメンバーに対しても、一人称は『私』でいいんじゃないのか?今日の一件も、この前の野球の試合内容もみんなが一人一人のことを思ってくれているんだ。戸籍はどうあれ、このフロアに集まるメンバー全員で一つの家族のようなもんだろ?」
「それは興味深いね。キミが父親だとすると、私は何女になるのか教えてくれないかい?」
「長女が有希、次女が青ハルヒ、三女が朝比奈さんで……それ以降は分からん。ちょっと話が逸れたな。それで、どうするつもりだ?」
「確かに、デザイン課の社員と違って、ここに集まるメンバーは私にとっても家族のようなものだけど……やっぱりキミだけは特別であって欲しいんだ。私はキミのことをずっと思い続けている。それだけは変わらない」
「そうか。おまえの願いは叶えられないが、こうやって二人の時間を作ることはできる。これからもずっとな」
『出でよ神龍!そして願いを…』
やかましい!少しは場の空気を読め!

 

 ったく、このところ映画の撮影や野球でジョンと別れる機会が増えたからすっかり忘れていた。出入りするときも最近は何も言わないことが多かったからな。まぁ、この頻度で毎回というのもお互い面倒か。俺と佐々木の関係と同様、ジョンは俺の相棒だ。それ未満になることは生涯ありえない。とはいえ、ジョンの嗜好品のことをすっかり忘れて話していたのは否めないが、漫画どころか、アニメ、映画に至るまで精通してしまったコイツがどこでどのセリフを差し込んでくるのか分かったもんじゃない。
『キョン、精神と時の部屋の制限が二日間じゃなくなったのは知ってるか?』
あー…もう、夏休みに入ってからずっとアニメが放送される時間は俺も、ジョンも野球の試合をしているだろうが。ストーリーは別人が書いていてもキャラクター原案は原作者本人が手掛けているみたいだし、おまえの話に少しでも合わせようと録画はしているが、未だに見る機会が無い。それについてはジョンが一番よく知っているんじゃないのか?それと、おまえに先に話をされると、アニメを見るときの俺の楽しみがなくなるだろうが。
『来月に入ればいくらでも見る時間ができる。各局回っている以外は飛行機かホテルだからな。ここに戻ってきて少しでも周りの負担を…と考えるより、キョンも休んだらどうだ?多丸圭一たちのように日曜日は休みの日になったんだ。「頭も身体も休めてください」と古泉一樹に言われていただろ?少しは周りを信用したらどうだ?』
ぐ……それを言われると何も言い返すことができん。佐々木と話していたマネージャーの件ではないが、俺も全世界を回って映画の告知をすると言われても具体的なことは一切知らないからな。意外と自由に動き回ることができるかもしれないし、その逆だって十分ありえる。垂れ幕で楽団の団員募集をかけてどの程度の人間が集まるのかとか、古泉の昼食の弁当を自分で作らせるわけにもいかないとか、中学生の職場体験の進捗状況はどうなっているかとか挙げていったらキリがないが、とりあえず今は目の前のことに集中しよう。この後のスケジュールも詰まっていることだしな。
「お首は苦しくございませんか?」
「はいっ!えっと…あのー…キョン先輩……」
「口で説明しなくとも、どんな風にしてもらいたいかとか、細かい注文も含めてすべて頭の中にイメージしてみろ。それをサイコメトリーで読み取ってカットしていく」
「分かりました」
食器の片付けも終わり、佐々木はデザイン課へ降りた。自室に待機していたOGを呼んで、美容院のセットがあるラボへとテレポート。首回りを固定して「苦しくないか」と一応聞いたものの、そんな些細なことはサイコメトリーですべて読み取れる。その情報によると、来週からの合宿に向けて髪をいつもより短くしたいのと、量を軽くしたい…か。他のOG達も似たようなことを考えていそうだな。
「俺も今日は途中参加だったから、皆の練習の様子をそこまで見ることはできなかったんだが、やってみてどうだ?」
「大分目も慣れてきましたし、先輩たちもわたしが構えたミットの真ん中に投げてくれるので今のところは大丈夫です!」
「様子を見てと思っていたんだが、OGたちが慣れたところで一段階レベルを上げようと思っている。今度はストレートではなく変化球も交えて投げるつもりだ。青有希たちにも変化球に慣れてもらわないと、プロ球団を相手に打ち返すのは厳しくなってくる。それに、来週は野球の練習はほぼ不可能だからな。って、先にそっちの説明をするべきだったか。そんなに不安がらならなくても心配いらん。変化球に関する知識は六人全員に渡すし、バッターには秘密だが、青俺もジョンも、何の球を投げるのかOGたちに先にテレパシーで連絡する。合宿が始まって相手のスパイクのコースが読めても、移動する時間が無い場合だって当然出てくる。本来なら腕は動かさずに真正面でレシーブするのがベストだが、そう言ってはいられないときだって出てくるだろう?そのための練習だと思ってくれればいい。遅くとも木曜日にはその練習に入りたいと思ってるんだが、どうだ?やれそうか?」
「野球についてはほとんど知らないので……まだ少し不安ですけど、でも、先輩たちに教えてもらえるのならなんとかなりそうです!」
「最初はまた古泉たちに受けてもらって、それを後ろで見るところから始めよう。よし、カット終わったぞ」
バックミラーで後ろを見せると自分の思い通りの髪型になって満足気な表情をしていた。
「お流し致しますのでシャンプー台の方へどうぞ」
そう言えば、野球の件で聞きたかったこともあったせいか、空いた時間に読む雑誌のことをすっかり忘れていた。W佐々木には雑誌なんて必要ないからな。こっちのネタが尽きれば向こうから話のネタを提供してくれる。明日以降のためにW佐々木に雑誌をチョイスしてきてもらうか。夕食を食べ終えたところで異世界に連れて行くか、催眠をかけて本屋まで出歩けばそれで済む。いや、その前に本社に購買部があることをすっかり忘れていた…。とにかく、二人に雑誌を選んできてもらうことにして、こっちの仕事に集中しよう。サイコメトリーの真髄はここからだ。ゆっくり椅子を倒すとOGがぼんやりと俺を見上げていた。紅く染まった頬を眼と一緒に隠して余分な髪を洗い流す。お湯の温度調節、洗い流し足りないところやまだ痒みを感じるところ、髪の洗い方などなど髪の毛や頭皮から情報が全て伝わってくる。肩や背中を含めたマッサージ、ブローで髪を乾かしておしまい。このあとは子供たちにも夕食の準備を手伝ってもらわんとな。その前にお客様の声を聞いてみることにしよう。
「どうだ?シャンプー&カットの感想は」
「『超』気持ちよかったです!」
そういえば、前に流行ったな似たようなセリフ。発案は佐々木だが、本当にしばらくもしないうちに青古泉がトップスタイリストになってしまいそうだ。

 
 

…To be continued