500年後からの来訪者After Future2-11(163-39)

Last-modified: 2016-08-20 (土) 11:12:43

概要

作品名作者
500年後からの来訪者After Future2-11163-39氏

作品

青朝比奈さんの寝坊をきっかけに、青古泉に対する制裁がついに執行された。当初は、写真や動画も含めて一週間Wハルヒが別人に見えるというものだったが、それでも弱音を吐いた青古泉に対して+一週間の期間延長が言い渡された。これまで誰が何と言おうとWハルヒに視線を向け続けた奴だ。たった一週間でも精神崩壊してもおかしくないというのに、バレー合宿の最中もその状態が維持されたままでは、セッターとして機能しなくなってしまうとして俺が待ったをかけた。佐々木も「お灸を据える」などと言っていたが、今後は意味もなくWハルヒに視線を向けるということもない。一度でもその疑いがかけられてしまっては、異世界に強制送還され、生涯Wハルヒを拝むことができなくなる。青古泉からすれば、そんなことになるくらいなら死んだ方がマシだと思うだろう。とはいえ、これまでずっとWハルヒに向いていた視線をどこへやればいいものやら本人も分からない状態に陥るはず。ある程度は容赦期間を設ける必要があるだろう。そのあとの青佐々木のシャンプー&カットは滞りなく行われ、雑誌を用意する必要が出てきたものの、幸先のいいスタートを切ることができた。

 

 本社81階に戻り、まずはテーブルとアイランドキッチンの情報結合を弄って某回転寿司チェーン店と同じセットを用意した。頼んでおいた魚介類も届いているし、古泉を呼んで魚を捌くところからだな。
『古泉、キリのいいところでいつものフロアに上がってきてくれ。夕食の準備をする』
『仕事が早いですね。美容院の方はもう終わりですか?』
『ああ、課題が一つ残ったが、本人は満足しているよ。明日は古泉も一緒にどうだ?どの道、第二シーズンではカットしなくちゃいけなくなるからな』
『分かりました。詳細は後ほどお聞きすることにしましょう』
相変わらず頭の切れる奴だ。ハルヒなら「課題って何よ!?」と電話応対中でも聞き返してくるところだが、後からいくらでも聞く時間はある。しばらくもしないうちにSOS団専用エレベーターが動きだし、古泉がエレベーターから降りてきた。目を見開いたまま、瞬きをするのも忘れてしまったかのような顔をしている。
「まさかこれほどとは……僕も驚きましたよ。ここまで忠実に再現されているとは思いませんでした。各テーブルでお湯も出るんですか?」
「ああ、ティーパックさえ入れればいつでも熱いお茶が飲め……って、しまった――――――――――――――!!あぁ…俺の人生で最大の失態だ………こういうときにこそ朝比奈さんのお茶が飲める絶好のチャンスだったのに……よし、今からでも間に合う。情報結合やり直すから、すまんが少し待ってくれ」
「そんなことをせずとも、一段落した後、我々が夕食を摂るときにでも煎れてもらえばいいでしょう。朝比奈さん一人でエージェントや人事部の社員までとなると、かなりの重労働を強いることになってしまいます」
そういえば、青ハルヒはどうか知らんが、出されたお茶をすぐさま一気飲みする奴が一人いたな。いくら愛情をこめても欠片も感じ取っていないだろう。青チームの北高時代は誰がお茶を注いでいたんだか……とりあえず、古泉の案に乗ろう。俺たち以外にも青俺やハルヒあたりは飲みたいと言い出すかもしれん。
「では、僕も魚を捌くところから始めることにしましょう。ところで、僕もカットをするのは構いませんが、先ほどあなたがおっしゃっていた課題とは一体何です?」
「ああ、俺も今日初めて気付いたんだが、セットや道具は出揃っているが、客が読む雑誌が一つも無いんだ。今日は野球の練習を一段階上げるための打ち合わせをしていたからまだ良かったが、話が途切れると客は暇になってしまう。W佐々木の場合、シャンプー&カットを終えても話が止まることは絶対にありえないからカットしていても気が付かなかった。二人には夕食後にでも購買部で雑誌を選んできてもらうつもりだ」
「なるほど。確かに、あなたと佐々木さんではいくら時間があっても話が終わりそうにありません。しかし、OGと野球の練習の打ち合わせというのは一体……」
「青俺やジョンが投げる球に慣れてきたら、変化球も組み込む話をしていたんだ。六人とも野球に関してはド素人だが、変化球の種類やどんな変化をするかさえこちらから情報を渡してしまえば、あとはテレパシーで確認し合うだけでいい。打つ側の青有希たちはあの球速のまま変化球の練習ができるし、OGたちは腕を動かさないと間に合わないスパイクレシーブの練習になる。100マイルのストレートを打つ練習だけで勝てるほど球団は甘くはない」
「それでOGに確認をとっていたわけですか。OGの動体視力を鍛えるために敢えてストレートのみを選択してきましたが、今後はそう上手くはいかせてもらえない。我々とOGたち両方の実力を上げるための練習メニューとはお見逸れいたしました。他のOGたちにも聞いて今晩から早速始めましょう」
「それについてなんだが、日本代表二人はまだストレートだけで精一杯だろうし、さっきカットしたOGも変化球の話をすると不安そうにしていたからな。最初は古泉たちが入って、後ろから見させてくれるか?ストレートのときと同じように」
「承知しました」

 

 古泉と二人で夕食に向けた準備も順調に進み、そろそろ社員食堂の大釜で焚いている米が出来上がる頃だ。焚き上がり次第加勢してもらうことにしよう。今までお手伝いなんてほとんどやらせたことなかったからな。精々、クリスマスパーティの飾りを作った程度。自分で料理を作ることも体験させてやらないとな。
『おーい、四人とも聞こえるか?』
『キョンパパ!………??キョンパパ、どこ?』
『今、みんなでご飯を食べるフロアにいる。こうやって遠くから話をするのをテレパシーって言うんだ。声に出さなくても考えただけで俺に伝わる』
『てれぱしー?』
『そうだ。今日は三人に夕食を作るお手伝いをしてもらいたい』
『キョンパパ「おてつだい」ってなあに?』
『他の人がやっていることを助けるのがお手伝いだ。ご飯をもっと美味しくするのに三人の力が必要なんだ。助けてくれないか?』
『キョンパパ、わたしお手伝いする!』
『伊織パパ、わたしも』
『じゃあ、四人で81階まで降りてきてくれ』
『問題ない!』
さて、三人が来る前にさっさと大釜をテレポートさせてしまおう。頃合いの米を寿司桶に移していたところに青有希と子供たち三人が降りてきた。
『キョン(伊織)パパ、お手伝い!』
「これはこれは…頼もしい助っ人の登場ですね。よろしくお願いしますよ?」
「黄キョン君これ………」
子供たちは新しく覚えた用語に夢中でこのフロアの変化にまだ気付いてないらしい。
「夕食用に作り替えただけだ。明日の朝には元に戻ってるよ。さて、三人とも、手伝って欲しいのはこれだ」
「キョンパパ、これなあに?」
移動型閉鎖空間で常時気温が一定に保たれているから、こんなもの持ったこともないだろうな。敢えて外して暑さや寒さを体験させた方がいいのかもしれん。やれやれ……育児放棄していたわけでは決してないんだが、まだまだ教えなきゃならんことが山のようにありそうだ。
「これはな、団扇って言うんだ」
『うちわ?』
「そうだ。団扇はこうやって使うんだぞ」
団扇で三人を扇いでみせると、どうやら風が気持ちいいらしい。
『キョンパパ!もう一回、もう一回!』
「一人に一つずつ渡すから自分たちでやってみろ」
団扇を渡されてすぐ、自分を扇いでみたり、他の二人を煽いでみたり…バレーボールやキーボード、ゴムボール等新しいおもちゃを与えたときと同じ反応をしている。団扇だけでしばらく時間が潰せそうなくらいだ。だが、ここでエネルギーを消耗してもらっては困る。
「三人とも、それを使ってお手伝いをして欲しい。そのうちわでご飯を扇ぐんだ。できるか?」
「ご飯をあおぐ?」
やって見せた方が早そうだ。美姫をテレポートさせて団扇を持っている手を掴むと、寿司桶に入ったご飯に風を送ってみせた。やる仕事が分かると美姫の表情が笑顔で満たされていく。
『キョン(伊織)パパ、わたしもやる!』
「じゃ、みんなでご飯を扇ぐ係な。夕食が美味しくなるかどうかは三人にかかっているんだ。頼んだぞ?」
『あたしに任せなさい!』

 

 最初は三人とも全力で扇いでいたが、次第に力が弱くなっていた。『あたしに任せなさい!』と言っていた元気はどこへいったのやら…まぁ、幼稚園児と小学一年生じゃこのくらいが限界か。
「どうした?美味しい夕食が食べられないぞ?」
「キョンパパ、まだ扇ぐの?」
「そうだ。毎日料理を作るのだって大変なんだぞ?三人が扇ぐのやめたら俺はもう料理しないからな」
「そんなの嫌!わたし、伊織パパのご飯がいい!」
双子も幸と意見が一致したらしい。扇ぐ力が増したものの、それも20秒もしないうちに力尽きていく。
「仕方がない、選手交代だ。幸のママに扇いでもらおう。しばらくしたらまた三人と交代だからな」
『問題ない』と言うだけの気力も無くなっていたが、青有希が団扇で扇ぎ、俺がシャリを作っていく様子をジッと見つめていた。古泉の方も魚を捌く作業はほとんど終わり時間的にも頃合いだ。古泉に寿司を握ってもらっている間に、次の大釜に移るとしよう。青有希と交代した三人が再び団扇でご飯を扇いでいたのだが、皿に盛られた寿司が自分たちの周りを回っているのが気になって仕方がないらしい。
「キョンパパ、あれなあに?」
「あれが今日の夕食だ。回転寿司って言うんだぞ」
『かいてんずし?』
「そろそろ皆も来る頃だ。三人ともお手伝いしてくれてありがとう。助かったよ」
『フフン、問題ない』
やれやれ、本当にハルヒに似てしまったな。ちょっと持ち上げただけですぐに調子に乗るところまでそっくりだ。お手伝いは疲れるものだとインプットされなかっただけ良しとしよう。今度はクリスマスケーキを三人に作らせるのも悪くない。そのときはハルヒや青有希にも手伝ってもらわんとな。俺が見本を一つ作って、一人につきホールケーキ一つ分くらいが人数的にも丁度いい。
メンバーが出揃う頃には回転寿司のレーンの上には何種類もの寿司ネタで埋め尽くされていた。以前も鉄板料理を楽しんだり、回転はしていないが寿司にしてみたりと何度かフロアを改装したことがあったせいか、そこまで反応を示すことはなかったが、古泉の握った寿司の豪華さや鮮やかさに興奮し、イクラやウニの軍艦撒きに至っては溢れんばかりのボリュームに感激していた。
「何よこれ……こんな回転寿司屋なんて見たこともないわよ」
「豪華絢爛回転寿司だと言っただろ?俺たちがやるからにはこのくらいでないとな。それに、これぐらいで驚いてもらっては困る。全員の目の前で本マグロの解体ショーをこれから見せてやるよ。とりあえず、好きなネタを取って食べてくれ。白い皿がワサビ入り、赤い皿がワサビ抜きだ。子供たちには赤い皿を頼む」
『ハルヒママ、わたしもお手伝いしたの!』
「じゃあ、美味しくできてるか確かめないといけないわね。あんたたちも食べたいものを選びなさい」
『これ!』
団扇で扇いでいる間にどれが食べたいか決めていたらしい。イクラの軍艦撒きやサーモンを指差していたが、それはワサビ入りの白い皿。ハルヒが同じ種類の赤い皿を取って二人に渡していた。
「みんな一皿ずつ取ったわね?せーの…」
『いただきます』
食通とまではいかないだろうが、ある程度世間の寿司の食べ方を知っているメンバーはアジ、鯛などの白身魚系を選び、それ以外は自分の食べたい物を選んだってところか。『寿司屋は玉子で決まる』などという記事を俺も見たことはあるが、玉子だけで勝負をするのなら、新川流の右に出る寿司屋なんて一体何件あるんだか。
「おいしい~!キョン先輩、これホントに食べ放題なんですか!?」
「ああ、食べ方にこだわる必要もないし、好きなものを選んで構わない。どんなに脂がのっていても、お茶やガリでリセットできる。だが、本日のメインを食べる分は空けておけよ?」
とはいったものの、これだけの人数だといくらレーンに入りきらないほどの寿司ネタを並べても一回で半分近く取られてしまう。古泉も予想はしていたようだが、表情が引きつったニヤケスマイルで固まっている。解体ショーで時間を稼ぐことにしよう。

 

「それでは、本日のメイン、本マグロをこれから捌いていきます。俺の右手にあるこのキューブ。捕れたてをすぐに捌いて食べてもらうために海水ごとキューブに縮小してあります。まずは海水を抜くところからご覧にいれましょう。余計な魚は海水と一緒にテレポートさせますが、寿司ネタになりそうなものは古泉に捌いてもらいます。新鮮さの違いをとくとご賞味あれ」
天井ギリギリまでキューブを拡大すると、下の方からテレポートで海水を太平洋のど真ん中へ。
「因みにこのキューブ、原寸大にすると……そうだな。このフロアの三倍くらいになるかな」
『このフロアの三倍ぃ!?』
「くっくっ、キミって奴は、相変わらず僕たちを焦らすのが上手いよ。それだけの海水をテレポートし終わるまで僕たちはメインディッシュにありつけないのかい?」
「あまり狭くすると本マグロにストレスを与えてしまって旨味が落ちてしまうからな。海水を抜くだけならそこまで時間もかからん。もう少しで今日のメインが姿を現すさ」
キューブを徐々に拡大して、ようやく原寸大の本マグロが姿を現した。キューブに手を入れて尻尾を掴んで全員にその大きさを披露。当然暴れ回り水飛沫が辺りに散らばろうとするが、そこは閉鎖空間を巧に使って、掴んでいる俺にすら水飛沫がかかることはない。
「今から電気ショックを与えてコイツを仮死状態にする。音と光で驚くかもしれないから、心の準備だけはしておいてくれ」
空いている方の手で指を鳴らすと、バチッという音と光がフロア全体に広がり、暴れ回っていた本マグロが身動き一つとらなくなった。いつぞやの藤原一派を襲撃したときの記憶がよみがえる。『今回はサイコメトリーだけで片付ける』なんて斬鉄剣を情報結合したのを思い出した。その頃はジョンも斬鉄剣を知らず話が全く通らなかったんだったな。今じゃ俺よりもジョンの方が漫画に精通していそうな気がするが、まぁ、それは置いといて、斬鉄剣より長い刀のような包丁を情報結合して本マグロの解体ショーが始まった。余計な内蔵を除外してまずは四分の一。一番おいしいところを切り裂いて周りのメンバーや社員に見せて回る。この人数だと…大トロは一人二貫ずつが限度かもしれん。喉を鳴らす音が何回も聞こえてくる。お楽しみは最後までとっておくとして、まずは赤身からだ。人数分の寿司ネタを用意して直接テーブルに配った。
「まずは本マグロの赤身からだ。新鮮さや本マグロの旨味もそうだが、皆を驚かせるある仕掛けを施した。ハルヒ、全員で一斉に食べてもらいたいから、さっきみたいな合図を頼む」
「じゃあ、いくわよ?せーの!」
『んん――――――――――――――――――――っ!?』
驚きつつも本マグロの旨味を堪能していた。さて、誰が最初に口火を切るのやら……
「これは一体どういうことか説明してくれないかね?確かに鮮度も旨味も抜群だったが、本マグロの踊り食いなんてこれが初めてだよ」
「そう、噛んだ瞬間に赤身が動き出した」
『くくくく……あっはははははははは……こんなお寿司は、あたしも食べたことがないっさ!(黄)キョン君、一体何をしたにょろ!?』
鶴屋さんが笑いだすのは想定内として、トップは圭一さんかW佐々木、青古泉あたりだろうと踏んでいたからこれも順等。しかし、青有希が二番目というのは俺も予想外。口の中で何が起こったのか理解するまで時間がかかると思っていたんだが……とりあえず、説明をしてしまおう。
「ハリウッドスターにもパフォーマンスとして見せた再生包丁という技を使ったんだ」
『再生包丁!?』
「確か…切り分けたはずの大根がくっついて元通りになるパフォーマンスでしたね。それと何の関係が?」
「食材をサイコメトリーして切り分けるのは今まで通りだが、今回はそれに加えて本マグロの細胞を一つも破壊することなく切り分けた。説明するよりも、一度見せた方が早そうだな。中落ちもカマも全て取り去って頭と骨しか残っていない本マグロに今から刺激を与える。どうなるかよーく見てろよ?」
先ほどと同様、尻尾の方を片手で持ち、パチンと指を鳴らす。
『ええええええええ―――――――――――――っ!?』
「そんな…頭と骨しかないのに動き出すなんて……キョン君、これ、どうなっているんですか?」
『も、もう無理っさ!そんなものを見せられたら堪えきれないにょろ。あっははははははははは………』
「キョン、もったいぶらずに早く説明したまえ」
「要するに、仮死状態にしてから細胞に傷一つ付けずに身を切り出したせいで、コイツの頭の中は『自分はまだ生きている』と判断したんだ。だから俺に捕えられている状態から逃げ出そうと必死に身体を動かした。身体と言ってももう骨しか残ってないんだけどな。今見てもらったのと一緒で、赤身が噛むという刺激によって仮死状態から目覚めて、そこから逃げ出そうとして動き出したんだ。細胞は一切破壊されていないから生きていると勘違いしてな。もう一貫の方も食べてみてくれ。口の中に入れるまでなるべく刺激を与えないように注意しろよ?」

 

 赤身一つで大分時間を稼ぐことができたようだ。既にレーンには乗せきれないほどの寿司ネタが並び、本マグロと一緒に捕えられていた魚もすべて古泉が捌ききった。こっちも赤身を全部出し終わったら、中トロ、大トロの作業に入る。未だに動く赤身に驚いている奴もいるが、一貫ずつ味わって食べている分青ハルヒに手伝ってもらう必要もなさそうだな。W鶴屋さんはもう一貫を口に入れたと同時に報復絶倒。朝比奈さんから出題された課題もそうだが、お家元の頭首として笑いの沸点の低さをなんとかしようとしているらしい。まぁ、もうしばらく治りそうに無いのはこちらも想定内だ。
「黄キョン君、赤身まだありますか?」
「キョン、あたしも!」
『ハルヒママ!わたしも食べたい!』
『僕も追加してもいいかい?』
「キョン先輩、私も食べたいです!」
赤身ならまだいくらでもある。寿司屋の大将ではないが何故か「あいよっ!」というセリフが口から飛び出た。赤身を十二分に堪能したところで中トロ、大トロと食べ進めていく。佐々木の言葉を借りるなら「至福の一時」ってヤツだろうな。その余韻に浸って他の寿司ネタに手を伸ばそうとするメンバーがほとんどいない。今のうちに日本代表二人の分や新川さんの分、人事部以外の社員達の分まで作ってしまうか。朝比奈さんのお茶を堪能するのはそのあとでいいだろう。
「ねぇ、これを日本代表にも出すのはどうかしら?黄キョン君のパフォーマンスも含めて」
「涼子、それいいわね!ワサビをどうするかは、あの二人に聞いてもらえばいいわよ!」
「俺もそれは考えていたんだが…管理栄養士からイエローカードが出てもおかしくない。野菜スティックやノンドレッシングサラダがあったところで、寿司のほとんどが炭水化物、タンパク質、脂肪だからな。それこそ、日本代表になったOG二人にこれまで寿司がでてきたことがあるか聞いた方がいい。だが、寿司の話をしたときのあの反応を見る限り、でてきたことはないんじゃないか?」
「でも、糖類は疲れなくするためには必要不可欠だし、タンパク質だって筋肉をつけるには必要でしょ?今夜にでもあの二人に頼んで、管理栄養士に相談させてみるのはどうかしら?一日くらいならOKするかもしれないでしょ?」
まぁ、青朝倉の提案通り、二人に聞いてもらってOKならパフォーマンス込みでやってみるか。玉ねぎのみじん切りと違って今回は報道陣には食べさせないけどな。子供たちも含めてこのフロアにいた大多数が満足気な表情。
「こんな豪華なお寿司、今日を逃したらいつ食べられるかわからないので」
とOGやENOZがここぞとばかりに食べていた。極端な話、やろうと思えば明日も可能だ。食べ放題と言われてもあまり嬉しくないという女性メンバーと言えば、精々森さんと人事部の社員くらい。残りの女性陣は毎日のようにバレーか野球をやっているから、脂がたっぷり乗った大トロばかり食べていたとしてもすぐに消化されてしまう。

 

「ご馳走様でした」
人事部の社員がフロアから去り大トロの余韻を堪能した後、未だに食べ続けているのは、双子の食事が終わって今度は自分の番とばかりに食べているハルヒと、大食い選手権の如く既に何皿も積み上げられている青ハルヒ。どうにか笑いがおさまったW鶴屋さんもそれを追い上げるような食いっぷり。エージェントもまだまだ足りないらしい。どっちの朝比奈さんもその様子を見て呆れていた。俺や古泉もそろそろ自分の食事がしたいんだが、夕食にありつける頃には朝比奈さんが部屋に戻ってしまいそうだ。今のうちに頼んでおこう。
「朝比奈さん、一つお願いしたい事があるんですけどいいですか?」
「キョン君、お願いしたいことって何ですか?」
「久しぶりに朝比奈さんの煎れたお茶が飲みたくなったんですよ。俺も古泉も一段落したところで夕食をと思っていたんですが、この様子だと当分ありつけそうにないので……青俺も一緒にどうだ?朝比奈さんの愛情がたっぷりこもったお茶だ」
「是非、お願いします!」
「みくるちゃん、あたしもお茶」
「はぁい」
「出されてすぐに飲み干していた奴にお茶の味なんて関係ないだろ」
「あたしが『お茶』って言ったらみくるちゃんのお茶に決まってるの。あんたには味わってないように見えてたかも知れないけど、あれがあたしの味わい方よ。そうしないと、温度によって味が変わってくるでしょうが」
あの熱湯をよくもまぁ一気に飲めるもんだと思っていたが、意外にも納得のいく説明が返ってきた。今頃になってそんなことが判明しても何の得にもならんが、料理が寿司でなくとも定期的に朝比奈さんのお茶を堪能できるよう進言してみよう。
「そういえば、青チームは誰がお茶を入れてたんだ?青有希か?」
「あんたね。今朝の古泉君の話じゃないけど、北高時代の有希がそんなことするわけないでしょうが!部室についてゲームを取りだしたら下校時間が過ぎても一向に止める気配がないんだから!こっちのキョンにそんな気配りができるわけないし、涼子は委員会で遅くなることが多かったし、結局こっちもみくるちゃんが煎れてたわよ」
「悪かったな。気配りができなくて」
「懐かしいですね。確かに高校二年生の頃の有希さんはずっとゲームに没頭していましたが、ゲームをしなくなったのは……高三のときの入れ替えイベントの後、黄チームとバレー対決をするようになってからだったような気がします。黄有希さんとの入れ替えで二人の距離が一気に縮まりましたからね。彼の受験勉強の手伝いをするようになったということもあるでしょう」
「それもあるけど、ハルヒさんから料理を学んでからだと思う。黄キョン君からもらったSDカードでハルヒさんの料理の研究をして、みんながわたしの部屋に泊まり込むようになってからは毎食作っていたから」
「たまにはハルヒさんと有希さんが食事当番なんていうのも悪くないんじゃないかしら?黄古泉君は来週からドラマの撮影があるし、黄キョン君も映画の宣伝で来月から各国回ることになるでしょ?涼宮さんにばっかり負担がかかるのもどうかと思うし、そういうのもありだと思うわよ。わたしはもうお腹いっぱい。おでん屋の方も心配だし、黄有希さんと交代してくるわね。ご馳走様!」
『ハルヒママのご飯食べられるの!?』
「ママ、わたしもママの料理食べてみたい!」
「わたしの料理じゃなくて、伊織ママの料理。でも、わたしも朝倉さんの意見に賛成。食堂の仕込みは涼宮さんしか出来なくなるけど、黄キョン君たちがいない間はわたしも作る」
「皆さん、お茶が入りました~」
長年忘れていた朝比奈さんのお茶の味にようやくありつける。しかし、納得できる説明だったが、どう見たって味わっているとは思えない。子供たちが真似しなきゃいいんだが……などと考えている間に
『わたしもみくるちゃんのお茶飲みたい』
と言う始末。青朝比奈さんも双子に便乗した。こっちの朝比奈さんのお茶の煎れ方が気になったらしく、キッチンの方へとやってきた。不思議探索ツアーでお茶の葉選びをしていた程だからな。青朝倉のおでんや有希の半熟卵に匹敵するものとみて、まず間違いない。……って、お茶葉の賞味期限大丈夫か?

 

「いやぁ、懐かしい味ですね。僕も高校時代を思い出しましたよ。このお茶を飲みながらボードゲームをしていたんでしたね。将棋でもオセロでも構いませんから一局やりませんか?」
「青朝倉と交代で有希が来るっていうのにそんな暇あると思うか?とにかく、伊織も美姫も熱いお茶だからハルヒママの真似だけはするなよ!?舌が火傷する」
『ぶー…分かったわよ』
エレベーターの音が鳴り、有希が現れた。新しいいたずらを思いついた子供のような面をしてやがる。ここにある寿司ネタを全部一人で平らげると宣言しているようなもんだ。すぐにでも本マグロの解体に取り掛かることにしよう。有希なら赤身が動いても驚かないだろうから時間を稼ぐことができない。俺の両親と愚昧は食べ終わり次第空いた皿をシンクに下げて部屋に戻り、圭一さんたちも満足したところで自室に戻っていった。有希も来たし丁度いいW佐々木が戻る前に明日の話をしてしまおう。
「W佐々木、すまないが食べ終わったら美容院に置く雑誌を購買部で選んで来てくれるか?明日の午後、OGのシャンプー&カットを三人同時にやる。古泉と二人でやるつもりだが、どうしても暇な時間ができるはずだ。そのときのための本を用意してくれ。目ぼしいものが購買部になければ自分で自分に催眠をかけて近くの本屋まで行って買ってきてくれ。これもセカンドシーズンの撮影に向けた実験の一つだと思ってくれればいい。そこに、ハルヒと有希も一緒に参加して欲しい。監督としてセットがどうか見てもらいたいのと、美容院のスタッフが何人必要か見極めてもらいたい。セットがセットなだけに角度によってはカメラが鏡に映ってしまう可能性もある。有希の小型カメラなら問題ないとおもうが一応確認して欲しい。OGが終わったら、時間を見て有希のシャンプー&カットとハルヒのシャンプー&マッサージもする予定だ」
「キミに言われてようやく僕も気付いたよ。確かにキミと二人じゃ暇だと感じることは一切無い。この会社の男性誌女性誌に料理本、他社の冊子を何冊かとあとは髪型の見本があればいい。さすがに髪型の見本は書店に見に行くことになりそうだけどね」
「問題ない。実験だけで撮影しないのであれば、古いものがデザイン課においてある。それを持っていけばいい」
「くっくっ、そういえばキミのその髪型も見本の中から選んだものだったのを忘れていたよ。お腹も膨れたし、黄僕と一緒に購買部に行ってくることにする。ところで、片付けはどうするつもりか教えてくれたまえ」
「今日使ったもののほとんどが情報結合したものだからな。洗うとしても精々箸くらいでそれ以外は情報結合を解除するつもりだ。こんな大量の皿をしまっておいても使う機会はなさそうだしな。来週以降のディナーで寿司がOKになればそのときに情報結合すればいい」
愚妹が部屋に戻り、洗い物が多くなりそうなら手伝うつもりでいたようだ。W佐々木との時間が取れるのなら俺も嬉しいが、今回は諦めてもらう以外に選択肢はない。社員分20セットと新川さん+OG二人分の分は作り終えたが、残った寿司ネタはすべて有希が平らげてしまうからな。加えてWハルヒやW鶴屋さん、エージェントもまだ食べている最中だ。さっさと作らないと「遅い!」と文句を言われかねない。

 

『キョンパパ、キョンパパ!』
「どうかしたか?」
『みくるちゃんのお茶もお弁当もおいしい!お弁当のときはみくるちゃんのお茶がいい!』
「二人にそう言ってもらえるとわたしも嬉しいです。でも、お弁当のときはちょっと難しいかもしれないです」
「双子に大いに賛成したいね。よし、今週の土日は黄朝比奈さんを入れて四人でここでお弁当を食べるってのはどうだ?」
『問題ない』
「問題ありまくりだ。ここに戻って来るんじゃ、お弁当の意味がなくなるだろうが」
「戻って来ざるを得ないとしたらどうです?我々のこれまでの勝ちパターンなら、午前中に勝負が決まってもおかしくありません。あとは涼宮さんが抑えるだけですよ」
「二人とも良かったな。ホームランを見られる上に、みんなでここでお弁当を食べることになりそうだ」
『幸パパ、それホント!?みくるちゃんのお茶も飲めるの!?』
「二人のママと、ここにいるハルヒが叶えてくれる……よな?」
『面白いじゃない!さっさと試合を終わらせて、二人の願いを叶えてやるわ!』
ははは……おい、ジョン。今回は神龍に頼まなくてもよさそうだぞ?
『それより、サ○ヤ人と同じような食欲の持ち主がどうやら三人に増えたようだ。文句を言われる前に作るんじゃなかったのか?』
有希は宇宙人だが情報統合思念体の末端じゃなく、実はサ○ヤ人だったとでも言うつもりか?例の球体の宇宙船がどこにあるのか聞いてみたいもんだ。ついでに朝倉の分もな。
 結局、最後まで食べ続けていたのはWハルヒと有希の三人。明日以降、三人の食事は分量を増やすことにしよう。引き金を引いたのは青俺だが、折角双子のためにやる気になっているんだ。少しでも力をつけてもらわないとな。81階にW佐々木が戻ってくることは無かったが、明日の練習が終わってラボへとテレポートすればセット内に雑誌が置いてあるだろう。シャリもネタも全て食べつくした後、情報結合を元に戻して部屋へと戻った。

 

 双子と約束した以上、夫婦の時間よりも野球の練習がしたいらしい。青俺の条件の中にホームランが含まれていたからな。やろうと思えば有希と朝倉が簡単にホームランを打ってしまうだろうが、どっちのハルヒも自分でホームランを打たないと気が済まないだろう。ジョンの世界に入って様子を見てみると、青ハルヒは青鶴屋さんとピッチング練習。ジョンがOG四人に変化球とその特性についての情報を渡し、古泉と鶴屋さんをキャッチャーにして捕球の練習が始まった。OGが二人ずつ後ろについて変化球の様子を見ている。
『キョン先輩!お寿司食べたいです!』
他のOGから夕食の話を聞いたらしき二人が俺のところへと駆け寄ってくる。ワサビ抜きのお寿司セット二人分ならキューブに縮小して俺の手の内にあるんだが、この二人が食べている間、俺にもやらなくてはならないことがあるし、提案してきた本人に任せよう。あとはキューブを拡大して手渡せばいい。
「青朝倉、二人にこれを渡して、さっき話していた件を伝えて来てくれるか?俺はその間に佐々木と青有希相手にレーザービームの捕球の練習をしないといかん」
「わかった」
「わざわざつける必要も無いんだが、これから青有希と佐々木にキャッチャー用の防具をテレポートで着せる。今日はその状態で俺の投げた球を受ける練習だ。バレーのスパイクレシーブの練習にもなるし一石二鳥だ」
「ちょっと待ちたまえ。確かに僕はキミの投げる球を受けてみたくなったとは言った。けどね、キョン。もう少し心の準備をする時間が欲しかった」
「だったら、青有希が先でいいか?勿論、最初からトップスピードの球を投げるつもりはない。ポジションの関係上、青有希には俺の球に慣れたら、今度は有希たちの超光速送球を受ける方に回ってもらう」
「黄キョン君、ポジションの都合上ってどういうこと?黄わたしの投げたボールを取るのは朝比奈さんやハルヒさんじゃないの?」
「ほとんどの場合は一塁や二塁で済むだろうが、ここまで勝ち上がってきたチームを相手に一、二塁だけで仕留められるとは到底思えない。いきなり有希の超光速送球じゃいくらなんでも無理があるし、OG二人が寿司を食べている間だけだ。そのあとは二人ともバッティング練習に入ってかまわない」
「わかった。わたしはキャッチャー用防具はいい。黄キョン君がつけてくれた膜があるし、わたしが構えたところにボールを投げてくれるから怖くない」
「青有希がここまで言っているんだ。おまえはどうする気だ?親友」
「まだ少し怖いけど、キミを信じるよ。僕もスパイクレシーブを安定させたいからね」
これでOG二人が食べ終われば、それぞれの練習に入ることができる。しっかし、スパイクレシーブの練習も兼ねているとはいえ、バレー合宿直前に、ここで野球の練習をしているなんて今回が初めてだろうな。初戦の最初のプレーで連携ミスしなければいいんだが……

 
 

…To be continued