500年後からの来訪者After Future2-20(163-39)

Last-modified: 2016-08-17 (水) 16:15:46

概要

作品名作者
500年後からの来訪者After Future2-20163-39氏

作品

怒涛の一回裏コールド勝ちから一夜明け、現実世界では青朝比奈さんのアンコール曲で新聞記事の一面を飾り、消失世界でも青ハルヒのアンダースローでこちらも同じく新聞記事の一面を飾った。身支度を整え俺たちが本社へ戻る頃にはキッチンの周辺には古泉、朝比奈さん、過去朝比奈さんの三人。過去ハルヒたちも既に俺たちの時間平面上に来ていた。

 

「ジョンの世界で黄青両方の世界のニュースを見たと朝比奈さんから聞きましたよ。涼宮さんが新聞の一面を飾ったそうで僕も驚きました」
「ああ、生中継も確認したが、青ハルヒの球を見て実況が『俺も打ってみたい』なんて叫んでたよ」
「それはそれは…青僕も催眠をかけられた状態でもあの投球フォームを美しいというくらいでしたからね。今日の投球にも期待がかかりそうです」
「ああ、まだ試していない球もあるようだしな」
圭一さんたちが降りてくると青古泉が自慢気に異世界でのニュースや新聞記事のことを話していた。ま、そうでもしないと確認できんからな。だが、こうなってくると色々と面倒なことが起こりそうだ。朝食が出来上がり、箸を持ったところで口火を切った。
「すまないが、朝食後、青俺と、青鶴屋さんは一度自宅に戻って欲しい。あれだけ新聞記事の一面を飾ったんだ。取材の電話が何件も来ている筈だ。それと今日の試合は報道陣が多く駆けつけるだろう。過去ハルヒ達の席をどうするかで悩んでるところだ。映画のときのようにステルスを張ってもいいと思うが、場所をどうしようか困ってる」
「問題ない。取材陣の頭上にステルスと遮音膜を張れば特等席で見られる」
「実家に戻って早々、母親に怒鳴られるのが目に見えているな」
「こっちも連絡がきていてもおかしくないにょろ。でも、家の者が対応しているから大丈夫っさ!」
「本社設立当初の人事部のようにならなければいいんですけど……」
「ああ、鶴屋さんにエネルギーを渡して何かいい知らせが来たらテレパシーで連絡してもらうとか考えていたが、場合によっては家の人たち全員に渡してサイコメトリーしてもらう必要も出てくる」
「可能性は十分にありますが、こちらほどではありませんよ。対策は同じものを取るとしても、ただ女性中心のチームで勝ち上がって、涼宮さんのアンダースローが珍しいだけです。峠を越えればあとは静かになるはずですよ」
「だったら、あたし達で電話対応しましょ。古泉君はバレーにほとんど参加できないし、一週目はOGと子供たちがメインだから、鶴ちゃんが今までこうやって来てもらっていた分ちゃんとお礼しなくちゃ!バレーにだって参戦して欲しいし」
「そうだな。俺は実家の方になりそうだが…」
「子供たちの面倒はわたしが見る」
「わたしにもお手伝いさせて下さい」
「面白そうだね。僕も参加させてくれたまえ」
「みんながそう言ってくれると嬉しいにょろよ!すぐ家に戻って確認してくるっさ」
「で?古泉、おまえはどうするんだ?」
「僕も参戦したいのはやまやまなんですが…偽り電話のストレスで体調を崩しそうで…」
「じゃあ、今日の午後から青チームはそっちに向かってくれ。青古泉も今夜からはセッターとして動かないといけないんだ。足手まといにならないようにな。黄チームとOGは体育館でバレーの練習。ENOZもライブの練習が終われば是非参加してください。青有希と子供たちも一緒にやろう。身体を拡大するからレシーブ練習から徹底的にやるぞ」
『キョン(伊織)パパ、それホント!?わたし絶対やる!!』
「それで、今夜のライブについてだが、青チームが戻ってきて早めの夕食、二部構成で行うことになるんだが、今朝のニュースを見て他県からも『チケットを無くした』と言ってライブを見ようとする奴が出てくるだろう。今日会場の入り口で立ってもらうエージェントには他県から来た人間は基本的には入れないでください。一応サイコメトリーして本当にチケットを捨てた観客の場合は入れてもらって結構です。運転免許証等身分証明書を提示するように言えばすぐに分かるはずです。どんなに人が集まっても席が埋まった時点で第二部に入れなかった人間には帰ってもらいます。古泉、エージェントにあと何人くらい入れそうか随時連絡を取ってもらっていいか?」
「分かりました。では、僕は早めに夕食をいただくことになりそうですね」
「とりあえず、今日の懸念事項はこんなところだ。人事部にかかってくる電話も取材やCDがいつ発売されるのかとか音楽番組出演もあるかもしれないし、あとは俺とジョンの番組出演依頼くらい。明日から来る社員に任せればいいはずです。有希、SOS団のサイトに二部構成の件とアンコール曲は古泉のドラマの主題歌になることを明記しておいてくれ。それで電話の三分の一くらいはカットできるだろ」
「わかった。二部構成についてはUP済み」
「とりあえず食べ終わったから実家の方に様子を確認しに行ってくる。有希、時間がかかる可能性があるからそのときは黄俺に異世界移動してもらってくれ。鶴屋さんは状況を確認次第テレパシーをくれれば俺が迎えに行きます」
「わかった」「任せるにょろ!」

 

 青鶴屋さんも朝食を平らげると鶴屋邸へと戻っていった。午後からは青チームが虚偽の取材電話を一切カットしてくれることを伝えれば、午前中は電話線を切っておいてもいいはず。俺たちも双子が食べ終えたところで異世界移動。小バスで会場へと向かった。
『キョン、こっちに来る前にかけなくて良かったのか?』
あ……ジョンの「かけなくて良かったのか?」の一言で何のことかすぐに判明した。過去ハルヒ達がステルスで見るから俺たちやOGの催眠のことをすっかり忘れていた。俺とハルヒ、有希はここでかけて、あとは古泉に任せよう。
『古泉、すまん。黄チームとOGに催眠をかけ忘れていた。そっちにいるメンバーの催眠を頼めるか?』
『おっと、僕もすっかり失念していましたよ。あなたから連絡をいただいてようやく気付きました。こちらは僕の方でかけておきます。小バスが着いたら連絡をください』
『ああ、俺もジョンから言われて気が付いた。もうそろそろだから準備をして待っていてくれ。片付けも後回しでいい』
『了解しました』
ついでにハルヒの力は元に戻しておかないとな。交代で俺が出たらバックスクリーン直撃弾どころかバックスクリーン貫通弾になりかねん。昨日、有希と朝倉が壊したものは閉鎖空間を解除して直しておいたし問題はないだろう。
「ようやくだ。ようやく俺にも高揚感ってヤツが出てきた。俺が出る前に試合を終わらせるなよ?」
「相手がプロ球団と同等の投球をしてこようとあたしたちには関係ないわよ!生憎だけど、あんたの出番は作れそうにないわ!」
「わたしも同じ。あなたにレーザービームを投げるチャンスはない」
「俺の出番が無いとジョンもそうなりそうだな。そろそろ出てきたらどうだ?」
『悪いが今取り込み中だ。グラウンドで準備運動をする頃には俺も出る』
コイツ……ハルヒ達を信じていると言えば聞こえはいいかもしれんが、ゲームに没頭してやがる。最新のものから順番にやっていそうだし、話がかみ合うようになるにはもうしばらく時間がかかりそうだ。

 

 現地に到着してメンバーが異世界移動で小バスから降りてくると、その中に青俺や青鶴屋さんも入っていた。状況を把握して午後のことを伝えてきたんだろ。車をわざわざここに持ってくる必要もないからな。会場に入ったところで昨日と同様サイコメトリーが発動した。
「ちょっ、キョン、またなの!?今度は何!?」
「実況は昨日に引き続き国民的アイドルだとさ。自ら実況を名乗り出たようだ。ついでに大量の取材陣が既に集まっている。練習風景からすべて撮影されそうだ」
「それくらい驚くようなことでも何でもないでしょうが!さっさと行くわよ!」
「へいへい」
ジョンもいつの間にか影分身で現れ、後ろからついてきていた。ベンチに荷物を置いてグラウンドに出た瞬間にフラッシュの嵐。報道陣の上に過去ハルヒ達が座っているのが見える。これなら何か起きてもすぐに対応できそうだ。
相手チームも既に準備運動を始めていた。九州地方ではどんな報道のされ方をしていたんだか。
「昨日のようなこともありますので、念のため確認をお願いします。一番レフト黄有希さん、二番ショート黄佐々木さん、三番センター黄鶴屋さん、四番セカンドハルヒさん、五番ライト黄朝倉さん、六番ファースト朝比奈さん、七番サード朝倉さん、八番キャッチャー鶴屋さん、九番ピッチャー涼宮さん。今日は我々の攻撃からになるそうです。もう言う必要もないかも知れませんが、まずは相手投手を見定めるところからです。諸注意は昨日申し上げた通り変わりありません。西日本代表の座を勝ち取ってバレー合宿に臨むことにしましょう。よろしくお願いしますよ」
『問題ない』
青ハルヒ達が整列すると、体格差がここまで出るものだとは思わなかった。向こうもこうなることは分かっていたが苛立ちを隠せないって面をしている。睨んでいる奴もいるようだが、それに脅えるメンバーは……いそうにないな。青朝倉も佐々木も朝倉の殺気に慣れてしまっている。Wハルヒの怒気だけで相手が怯みそうなもんだが、それじゃあ面白くない。相手チームが各ポジションにつき、有希がバッターボックスに入る。バッターズサークルに入った佐々木も木製バットに切り替えた。昨日の練習で何かつかめたのかもしれん。佐々木ですら木製バットを持つようになったんだ。ちょっとは見習ってもらいたいね。これで金属バットを使うスタメンは青朝倉のみ。W俺やジョンが投げるような剛速球が放たれたが軽く見逃してボール。
「ところで青俺、指三本で放つナックルボールの練習はしているのか?」
「いや、他のメンバーのバッティング練習をするようになってからナックルボール自体投げてない。バレー合宿中に体育館下の練習フロアを使うかジョンの世界でやるかで迷ってる。黄俺が懸念していた電話の件が一段落したらと思っているんだが、黄有希がまた目立ちたがるだろうからな。古泉も明日まではあんな調子だし、時間が取れるかどうか……」
ははは……やれやれとしか言いようがないな。この際だ、古泉にセッターの練習でもさせるか?今夜はレシーブ練習だけといきたいところだろうがOG六人の連携技が完璧になるまでは黄チームと試合をしなければならん。俺はその間明日の昼食の準備と古泉の弁当づくり。青古泉がセッターとして機能しなければ有希を外すわけにもいかないだろう。

 

 ノーストライクスリーボールから一球見送ってストレートが一本入ったが、ヒットを打つより四球の方が精神的ダメージを与えられると判断したようだ。そのままバットを振ることなく有希が一塁へ。リードはしているが、牽制球をする様子もなく、サード、ショートも定位置から動く気配もない。相手投手の第一球に佐々木がバントに構えた。すかさずサード、ショートが動いたが、バットにあたる直前で避けミットに収まる。佐々木が以前の試合で一度見せたプレーだ。有希をより確実に盗塁させるための一手。キャッチャーの反応が遅れて投げようとする頃には有希は既に二塁ベースを踏んでいた。しかし、今のは見逃せばストライクだったから良かったものの、ボール球でバントに構えてしまうと一球損をすることになる。確実に盗塁させるためとはいえ、佐々木にとってはリスクが大きい。打てる球を待ってはいたが、ツーストライクツーボールまで追い詰められた。先ほどの四球がある分。ストライクゾーンを確実に狙ってくるだろう。
「ジョン、相手投手の球速がどのくらいかわかるか?」
『最初は155km/h程度だったが、今は150km/h前後に落ちている。フォアボールを怖がっている証拠だ。見逃してアウトでもいいが、昨日のプレーを見る限り、次で勝負をしかけそうだな』
「有希といい、子供たちといい、佐々木といい、どんどんハルヒに似てくる気がするのは俺だけか?」
「ハルヒさんだけではありませんよ。黄有希さんも、子供たちも、黄佐々木さんもみんなあなたに似てきています。ハルヒさんは勿論、あなたもここで見逃すような真似はしないでしょう?」
青古泉のセリフに反論しようかと思ったところで佐々木がバットを振った。快音とまではいかなかったが、打球は一、二塁間を転がっていく。ピッチャーが追うのを途中で諦め、ライトの選手に任せた。佐々木のナイスバッティングにチアガール五人も盛り上がっている。
「用意した一着とはまさにこのことでしょうね。昨日あなたが言ったプレーを最初の打席でやってのけるとは…可能性としては考えていましたがまさかここまで完璧なものに仕上がるとは僕も想定外です。また偶発的なプレコグでも見たんですか?」
「いや、アイツなら可能だとは想定していたが、失敗を重ねた上での成功で自信をつけていくもんだと俺も思っていた。一発目、しかも有希の盗塁をサポートしてまで成功させるとは思って無かったよ。二順目はアイツのバントが見られそうだ」

 

ノーアウトランナー一、三塁でバッターは三番鶴屋さん。ヒットで佐々木が動くだけならハルヒに満塁ホームランのチャンス。ツーベースヒットなら有希がホームベースを踏んで戻ってくる。だが、打球によってはダブルプレーに追い込まれることになるだろう。しかし、そのときは有希が走るか。何にせよ良い形になってきたことに違いはない。鶴屋さんも朝比奈さんより少しだけ身長が高い程度。ストライクゾーンの狭さは未だ健在だ。様子を探るかと思いきや、甘いと感じたんだろう。眼を光らせて初球を叩きに来た。打球はセカンドの右側を勢いよく通りすぎ右中間へ。鶴屋さんが二塁、佐々木が三塁へと到達。戻ってきた有希が双子とハイタッチをしていた。1-0で迎えたこの場面、昨日はハルヒを敬遠したせいで朝倉に火がついた。二日連続で敬遠されるとハルヒの怒気が相手チームを襲うことになる。ここで相手チームが最初のタイムを取る。勝負に出るか敬遠するかで迷っているらしい。こちらのベンチでも動きが出てきた。
「朝倉、ちょっとバッティング練習しないか?3,4球でも速さに慣れておいた方がいい。このあと黄朝倉に朝比奈さんじゃ朝倉まで出番が回ってきてもおかしくない。どうする?」
「そうね。少し練習させてもらおうかしら。ボール球も見極めたいからそれもお願いしてもいい?」
「ああ、構わん。というわけだから、朝倉の出番が来たら誰でもいい。連絡をくれ」
『問題ない』
青俺が青朝倉を連れてブルペンへと移動。バッターボックスでハルヒがイラついているのがベンチからでもよく分かる。
『ハルヒ、相手もおまえや朝倉の実力を認めた上で警戒しているんだ。こういうときこそ冷静にならないでどうする』
『分かっているわよ、そのくらい!あーもう!さっさと試合始めなさいよ!』
ダメだこりゃ。昨日180km/h台の球を打っていただけあって、初球から叩きかねん。ツーベースヒットでいいんだぞ。ツーベースヒットで。
「困りましたね、相手の術中に嵌りかけています。ボール球に手を出すようなことがなければいいのですが…もはやハルヒさんに誰が何と言おうと効果はないでしょう」
ベンチにいるメンバー全員、監督と同じ気持ちらしい。
「今の状況ならダブルプレーにはならない。ハルヒさんがアウトでも黄朝倉さんがツーベースヒット以上なら平気」
どう転がろうとハルヒが不機嫌な状態で戻ってくることに変わりはないだろうが。

 

 ようやく話し合いが済んだようだ。各ポジションに先ほどとの違いは見られない。少しピッチャーが落ち着いた程度。ハルヒへの第一球、試合開始直後と同様のスピードで内角高め……いや、その上を狙ったボール球が放たれた。ハルヒの抑揚が消え失せ、酷くつまらなそうな顔をしていた。
「あ~あ、どうなっても知らんぞ?」
「いくらなんでもわたしたちのこと甘く見すぎです!あんな球で臆するようなチームがここまで勝ち上がってこれるわけがありません!」
「問題ない。相手の次の球が判明したも同然。次で確実に打つ」
『ママのホームラン見られる?』
「ホームランは無理。でもチームに貢献してくれるはず。見ていればわかる」
第二球、案の定、今度はストライクゾーンに入る内角高め。すかさず左足を下げたハルヒがバットを振った。
「この臆病者が―――――――――――――――!!」
おそらく快音が鳴っただろうがハルヒの咆哮にかき消された。しかし、打球は三塁寄りの三遊間を抜け、ファールラインギリギリのヒット。佐々木、鶴屋さんがホームベースを踏み、ハルヒは一気に三塁まで駒を進めた。
「明日の新聞、ハルヒの咆哮がそのまま載りそうな気がしてならん」
「断固阻止したくなったわね。明日も新聞の一面はあたしで決まりよ!」
「この試合で一番目立つのはわたし。相手のあの体格なら、いくらアンダースローでも長打になる可能性も高い」
「佐々木、鶴屋さんナイスバッティング!」
ベンチに戻ってきた二人を全員で迎えて、青俺に連絡を取った。
「またキミに唆された気がしてならないんだけど、狙ったら本当にキミの言う通りになるんだから驚きを隠せないよ。次は木製バットでバントに挑戦するからキミも見ていてくれたまえ」
「言っただろ。おまえなら間違いないってな」
満を持して朝倉がバッターボックスについた。アイツならツーベースヒットでハルヒを戻してくれるはず。ここでホームランを打ってもほとんど意味がない。
「さっきの球でみくるが怒ってるっさ。何も無ければいいにょろが……」
「そう?あたしには全然怒っているようには見えないんだけど…」
「僕もです」「わたしも」
「唯一無二の親友だからこそだろ。たとえアウトになったとしても次の打順で巻き返せばそれで済む。もし朝比奈さんが申し訳なさそうに戻ってきたとしても、一つアウトを取られたくらいで何の問題もないと俺たちが迎えてやればいい」
「くっくっ、いつからキミはそんなに器が大きくなったんだい?もし僕が出場して失敗してもそうやって迎えてくれるのかい?」
「そのときになれば分かるさ」

 

 さっきのハルヒへの一球は朝倉をも冷徹にさせてしまったようだ。殺気は出てないが、ナイフでボールを真っ二つにしかねないバッティングで初球を叩きハルヒが帰還。朝倉も二塁へと駒を進めた。ドラマの撮影を見に行ったときは青鶴屋さんでさえ、青朝比奈さんの怒っているところを見たことがないなどと話していたが、青チームのSOS団メンバーですら気付かないほどの内なる怒りが果たしてどんな影響を及ぼすのやら…。てっきり初球を叩くのかと思いきや、小さく構えてさらにストライクゾーンを狭くしているような感じがする。相手投手もタイム後は剛速球を投げていたが、審判のボールの判定にイラつきながらストライクゾーンに入れようと球速がまた落ちてきている。ワンストライクスリーボール、ここで青朝比奈さんが動いた。狙ったのかどうかは定かではないが、打球は相手投手の下腹部に命中。悶絶しつつも一塁へと送球し青朝比奈さんはアウト。三塁へ送球される可能性もあったため、朝倉は二塁から動けず仕舞い。ベンチでは「四郎君」でも「亀島さん」でも笑わなくなったW鶴屋さんが満点大爆笑。
『あっははははははははははは………く、苦じい……でも、みくるナイスにょろ!あははははははははは……』
「みくるちゃん!」
ベンチで待ち構えていたハルヒと青朝比奈さんが片手でバチン!と手を合わせる。おいおい…故意だと判定されたら失格になってしまうぞ。
『そんな心配は必要ない。相手だって似たようなことをしているんだ。ピッチャーに打球が当たるなんて良くあることだ。朝倉涼子は二塁から動けず、青チームの朝比奈みくるがアウトになったんだからこれでお相子だよ』
大爆笑しているW鶴屋さんの声が届いているからか青朝比奈さんに対する恨みかは知らんが、こちらのベンチを睨んでいた。
「あんな眼で睨んでも俺たちには一切通じないが、睨み返してやりたくなったな」
「やめておきなさい。そんなことしたって試合がつまらなくなるだけよ!」
「そういうこと!最初の挨拶のときからずっと睨んできてるけど、あたしたちにそれをするとどうなるか野球で知らしめてやらなきゃ!」
「当然っさ!みくるがアウトになった分を取り返してやるにょろ!」
グラウンドでは今度こそ三塁への進塁を狙って朝倉がリード、バッターボックスには青朝倉が入った。先ほどの練習の成果からかノーストライクツーボールまでボール球を見極め、こちらの有利に運んだが第三球、青朝倉が動いた。相手が大きく振りかぶるとバントに構え、それを見た朝倉が走った。朝倉や佐々木のような逆回転はかけられなかったものの、サード目掛けてボールが弾む。朝倉が三塁に向かっている以上、サードは動けない。それを狙った青朝倉のバントだったが、ピッチャーが何とか追いつき意地の送球でボールの方が先に一塁へ。ツーアウトだが、状況を踏まえた上でのこの作戦、見事という他に無いな。
「涼子、ナイスファイト!!」
「ごめんね、わたしの足がもうちょっと速かったら…」
「問題ない。あの状況であなたの作戦が見事に決まった。これでこちらの朝倉涼子がホームに戻ればコールドまであと半分。五点目を獲得できれば、それはあなたの貢献によるもので間違いない」
「黄有希さんにそこまで言われるとわたしも照れちゃうわね。でも、鶴屋さんなら黄わたしを戻せるんじゃないかしら?」
「鶴ちゃんなら心配いらないわ!みくるちゃんのアウトの分を取り返すって言って出ていったんだから!!あたしもそれに続かなくちゃ!」

 

 青朝倉の活躍により、不機嫌オーラを醸し出していた青ハルヒが蘇った。青鶴屋さんがツーベースヒットで出塁すれば、青ハルヒがホームランを打ってもなんら支障はない。もし、青鶴屋さんがアウトになったとしても次の回でソロホームランを打つまで。青ハルヒの今の構想はおそらくこんなところだろう。朝比奈さんの応援にも気合が入る。
「鶴屋さん、頑張ってくださ――――――――い!!」
左右の胸が互い違いに上下してようが相手チームに朝比奈さんを見ている余裕はなくなった。三塁からリードしていた朝倉に牽制球が投げられたが、一度ベースを踏むと何事もなかったかのようにリードを広げる。ボール球を一度見送ると第二球で快音が鳴る。打球はライト前へと向かい朝倉は余裕でホームベースを踏んだ。これがW俺なら、打つ前に前進してフライに打ち取るか、敢えてレーザービームで仕留めるかってところだが、相手にそんな技量はない。しかし、それでもバウンドした直後にライト選手がボールをキャッチ。すかさず一塁へと送球した。微妙なところだったが……審判の判定はアウト。一回表打順を八番まで回して五得点なら何ら文句はない。一回裏それぞれ配置についたところで、有希からのテレパシーが全員に向けて送られた。
『昨日と同様、まずはボールの緩急とコースだけで相手の出方を見る。変化球はその後。内野ゴロの可能性もある。いつでも動けるように準備して。ソロホームランを打たれても取り返せばいいだけ』
『問題ない』
まさに有希がコートキャプテン…もといグラウンドキャプテンだな。ん?……グラウンドキャプテンで合ってるよな?フィールドキャプテンだとサッカーになってしまいそうだし…ま、何でもいいや。青古泉がまたしても監督としての威厳が無くなるとぼやきそうだ。体調不良の状態で監督の威厳も何も無いと思うけどな。昨日と同様、第一球から青ハルヒのアンダースローが冴えわたり、一番手を軽く三振に仕留めると、二番手はサードゴロで青朝倉が一塁へと送球、そして三番手、青ハルヒの初球をフルスイングで打ち返した。佐々木と青朝倉の間を通ってレフト前ヒット……と普通はいくだろうがそうはいかない。ハルヒが一歩前に出て塁から離れると、打たれた瞬間からニヤけていた有希の超光速送球!青朝比奈さんの方の捕球も問題なく、三者凡退に打ち取って戻ってきた。
「有希、青朝比奈さん、ナイスファイト!」
青朝比奈さんが今度は有希とハイタッチしていた。青古泉が九人を拍手で迎え入れる。
「お見事です。一番手からあの体格の選手が出てきて、一時はどうなるかと思いましたがソロホームランを除いて失点を許すことはどうやらなさそうですね」
「これであたしが一歩リードってところね。黄有希はもう一球投げないと報道陣も信じられないわよ」
「問題ない。さっきはフォアボールだったが、今度は仕掛ける」

 

 ここで、相手投手の交代を告げるアナウンスが入った。外野手と交代かと思ったが、流石に精神的ダメージは回復しきれまい。ベンチにいた控えピッチャーと入れ代わった。これであのピッチャーが戻ってくることはない。
「点差はすでに開いていますが、相手の出方をみるところからになりそうです。涼宮さん、頼みましたよ?」
「フフン、あたしに任せなさい!!」
「ん~~~~どうしようかな~~……」
「何を唸っているんだ、おまえは」
「あんたが昨日言い出したんじゃない!あたし達の世界でも芸能人チームと野球で戦うための挑戦状の内容を考えているの!ついでにその打順とポジションもね」
「え?ハルヒさん、あっちの世界でも野球やるんですか?中○君に挑戦状を送って?」
「キョンが提案してきたのよ!『俺が各国を回っている間のイベントとしてどうだ?』だって。他のメンバーはお互いにチェンジすればいいけど、青あたしを先発ピッチャーにするとあたしが出られないのよね。催眠をかけてもいいんだけどどんな催眠をかけるか迷ってるのよ」
「おまえ、頼むから大学の入学式のときのような文面はやめてくれよ?」
「おや?我々の世界であれば既に全国中にSOS団の名前が轟いているわけですから、逆にハルヒさんに考えていただいた方がいいのではありませんか?鶴屋さんに挑戦状っぽく書いてもらうのも悪くないと思いますよ?」
「古泉君、それよ!鶴ちゃん、文面考えたらお願いしてもいい?」
「任せるにょろ!」
「しかし、困りましたね。ハルヒさんに催眠をかけるとしても、彼ではどうして日本にいるのか?と問われてしまいますし、何より我々のチームの利点であるストライクゾーンが広がってしまいます」
それもそうだな……って、グラウンドに視線を青ハルヒが二塁に出塁してすでに有希の打順になっていた。
『なんだ、挑戦状の話につられてみてなかったのか?今度はボールコントロールの巧みなピッチャーのようだ。青チームの涼宮ハルヒもツーストライクワンボールに追い詰められたが、四球目で変化球を捕えてツーベースヒット。球速は140km/h程度だが、変化球も多彩でキョンたちのような集中力でもない限り何が来るか読むのは難しい』
「いいえ、その点に関しては既に対策は立ててあります。黄佐々木さんとジョンを交代させます。黄有希さんなら、悪くてもランナー一、三塁。ですが、それだと佐々木さんにとってあまり良い状況とはいえませんからね」
それでジョンでツーランホームランか。有希と青ハルヒが文句を言い出しそうだ。もっと出番をよこせってな。子供たちもホームランが出ればよろこ………って、
「閃いた!!」
高校時代の仕返しとばかりにハルヒの襟元を掴んでやった。ベンチの上に足を乗せてしゃがんでいたハルヒがバランスを崩してベンチから落ちてやがる。
「痛ったいわね!いきなり何すんのよ!」
「だから、いいアイディアが浮かんだんだよ!おまえ、拡大したときの美姫に見えるように催眠をかけろ!」
『はぁ!?』

 

 結局有希ですらツーストライクツーボールに追い込まれてやむなくのヒット。青古泉の予測通りランナー一、三塁で選手の交代が告げられた。バッターズサークルに鶴屋さん、バッターボックスに立ったのはジョン。いつものルーティンワークで左手人差し指で相手投手を煽っている。ジョンなら見なくとも問題ないだろう。最速で行くと、ハルヒがホームランを放って10点、青ハルヒが残り三人を押さえてこちらのコールド勝ちか。そんなにうまくはいかないだろうがな。
「パパ、ママがわたしになるってなあに?」
「それについてはお弁当を食べているときにでも見せてやる。とにかく、バレーで子供たち三人の新メンバー加入、野球の試合でさらにメンバーが増えたんじゃ子供たちが映えない。髪型もハルヒを真似たものになってるし、美姫にさらに注目を集める絶好のチャンスだ。これでおまえも青ハルヒも同時に出られるだろ?」
快音と共にベンチにいたメンバーがグラウンドに注目した。ジョンの放った打球は昨日の朝倉、有希と同様勢いが落ちることなくバックスクリーンに直撃。相手チーム名が表示されたところに命中した。ストラックアウトのバッティングバージョンか何かか?これ。
「まぁいいわ。確かにあんたの言う通り別人になるよりは身内に見えるような催眠の方がいいしね。とにかく、この回でとどめを刺せるかもしれないわね。あたしも行ってくるわ!」
張りきってグラウンドに出ていったハルヒとは裏腹に青ハルヒと有希の顔立ちは理不尽だと言いたげな表情だ。
「ちょっと、あんた!黄佐々木さんの代わりにジョンを出すってどういうことよ!?折角あたしが抑えのピッチャーの実験台になったのに!あたしの活躍が霞んじゃうでしょうが!」
「ジー……」
有希も青ハルヒと同意見のようだ。青古泉を見つめたまま視線を逸らす気が無いらしい。
「あの状況で佐々木さんでは良くてアウト、最悪の場合トリプルプレーだってありえたんです。有希さんがツーベースヒットならジョンと交代せずに済んだのですが……いずれにせよ、お二人の活躍の場面はまだまだあります。この試合も、今後の試合でもね」
そこまで青古泉が説明してようやく二人から難を逃れたらしい。相変わらず目立ちたがりが多いもんだよ、まったく。グラウンドの方は鶴屋さんがツーストライクワンボールまで追い込まれ、第四球で打ち返したものの内野ゴロ。続くハルヒも苦戦を強いられたがセンター前ヒットでなんとか出塁に成功した。
『わたしでとどめを刺してもいいのかしら?』
と朝倉の予告ホームラン宣言。一応全員に確認してはいるが、本人は打つ気満々だ。
『問題ない。二回裏も上位打線が続く。三回表に突入する可能性は十分にある』
『ちょっと黄有希、あんた、あたしの投球でホームランを打たれるっていいたいわけ!?』
『試合開始直後に話した通り。ソロホームランの可能性も十分にある』
『いいじゃない。わたしももう一度打席に立ってみたいし、それにあのピッチャーはストライクゾーンの狭さに対応できるみたいだけど、今までそれよりはるかにスピードも威力もある球を打ち返す練習をしてきたじゃない!打てそうなら初球からバットを振ってもいいんじゃないかしら?今後の試合のいい練習になるわよ』
テレパシーの間に一球見逃すことになってしまったが、「じゃあ、遠慮なく」と言わんばかりの朝倉の表情。一球ボール球を見送ると、ジョンと同じ軌跡を描いて今度はバックスクリーン直撃弾を三回裏へと突き刺した。プロ野球でも十分起こりえることとはいえ、二日連続でスクリーンを壊されたんじゃ、管理する側もたまったもんじゃないな。10-0で青朝比奈さんの二打席目。先ほど青朝倉が言ったことをそのまま実戦に移すらしい。ストライクゾーンの狭さは俺たちのチームの特権。加えて青ハルヒのアンダースロー。だが、それでも相手に通用しなかったときのためにW俺やジョンがピッチャーとして立ち、バッティング練習を積んできたんだ。あの程度の投手でアウトになっているようでは困る。しかし、子供たちは律儀に守ってくれているが、ベンチにカメラが一向に現れないせいか、いつも通りの呼び方で通っている。そういえば、プロ野球でも離れたところから監督を撮影するようなシーンはあっても、インタビュー以外でカメラがベンチに近づくというのはほとんどない。心配するだけ無駄だったのかもしれないな。

 

 先ほどアウトだった分のお返しとばかりに青朝比奈さんがツーベースヒットを放つと、青朝倉も今度は撃ち返そうとしたがショートの真正面。青朝比奈さんが動かなかったためダブルプレーになることは無かったがようやくこれでワンアウト。青鶴屋さんも持ち前のセンスで「ほいさっ!」と軽々打ち返して青朝比奈さんがホームベースを踏んだ。「ここまでくれば、古泉君の諸注意なんて無視よ無視!」と言わんばかりに初球を叩いた青ハルヒだったが、バックスクリーンには届かずセンターフライ。青ハルヒが落ち込んで帰ってきた分、有希がチャンス到来とばかりにバックスクリーン直撃弾。ジョンも難なくソロホームランを放ってみせた。鶴屋さんも負けじと出塁し、ハルヒも青ハルヒ同様にホームランを狙うも結局センターフライに終わった。Wハルヒにはバックスクリーン直撃弾は無理そうだな。14-0で迎えた二回裏。相手チームの主力が打席に立ったところで慌てて青古泉から指示が出た。
『涼宮さん、その選手は敬遠してください!アンダースローの投手にとって左バッターは天敵です!』
『あんた、あたしたちが何点取ったと思っているのよ!ソロホームラン一発くらいで慌てるような状況じゃないでしょうが!左バッターが天敵なのはあたしも初めて知ったけど、面白いじゃない。さっさと三人潰そうと思ってたけど、勝負し甲斐があるってもんよ!あんたは黙ってベンチで見てなさい!』
「青ハルヒのセリフを繰り返すようで悪いが、左バッターが天敵なんてのは俺も初めて知った。何で天敵になるんだ?」
「どのコースを狙ってもアンダースローの軌跡は左バッターにはどれも撃ちやすい絶好の球なんです。プロ野球界でも左バッターの急増により、アンダースローを投げる選手がどんどん減っていったとも言われています。涼宮さんは勝負すると言っていましたが、初球でソロホームランを許してしまうことだって十分ありえるんですよ」
アンダースロー投手の球が左バッターにとってはすべて絶好の球になってしまうのなら敬遠するのも無理はないか。プロ野球会にそんな歴史があったなんて知らなかったというか、興味が無かったというか……。いずれにせよ采配を決めるのは有希だ。多少の変化球で崩せるような相手でもあるまい。青ハルヒが第一球を投げたところで、いとも簡単に打ち返され、青古泉の予想通りソロホームラン確定。だが、左バッターも一人だけだったようで、残り三人を打ち取り、SOS団が西日本代表の座についた。さて、これで明日の新聞が誰の写真になるのか分からなくなってしまった。朝倉のホームランか、ハルヒのあの咆哮か、青ハルヒのピッチングか、はたまた有希の超光速送球か、楽しみが一つ増えたな。さっさと片付けて、朝比奈さんのお弁当とお茶にありつくとしよう。
「すみません、スターティングメンバーとして出られていた方に守備位置についてもらいたいのですが……中○さんがSOS団とエキシビジョンマッチがしたいと言ってまして……」
『エキシビジョンマッチ!?』

 
 

…To be continued