500年後からの来訪者After Future2-5(163-39)

Last-modified: 2016-07-07 (木) 22:02:35

概要

作品名作者
500年後からの来訪者After Future2-5163-39氏

作品

県予選の段階から企画していた家族旅行にW俺の二世帯がそれぞれ別ルートで全国大会の試合会場へと向かった。予想はしていたが、家族風呂が満喫できる旅館を予約され、双子も入れて男1女4の構図ができあがってしまった。だが、家族旅行は子供たちも満喫したかったようだ。風呂からあがるのを我慢してまで俺たちと一緒にいることを優先したり、部屋でハルヒと枕投げをしてみたり、カラオケでマイクを握り締めたままずっと歌い続けていたり等々。天体観測をしたり、水族館に連れていったり、俺流の動物園に行ってみたり、81階のテーブルを弄ってお好み焼きや寿司、おでんを皆で食べたりしていたのだが、他のメンバーが働いているのに俺たちだけ家族で出かけるというのもみんなに申し訳ない気もして、そこまで旅行に連れて行けなかった。圭一さん達だけでなく、俺が休みの日も配慮してもらえたし、ハルヒや有希がそこまで忙しくなければまた家族旅行に行こう。お好み焼きや寿司なら昼食でも出すことが可能だ。

 

 全国大会初戦を終え、青俺の100マイルの投球、ジョンのレーザービーム、レーザービームからのダブルプレー等々、会場内にいるすべての人間に俺たちの強さをPRすることができた。まぁ、青ハルヒが相手のソロホームランを阻止できなかったり、青有希にボールが当たりそうになって青俺が逆上してドーム内を全力の殺気で満たされたりしたものの、ようやく練習での成果を試合で発揮することができた。明日の午前・午後の二試合について青古泉がどんな采配をするのかはまだ分からんが、この後の試合で様子を見てからだな。
「折角大阪ドームまで来たんですから、本社に戻る前に黄朝比奈さんのお弁当は観客席で食べませんか?先週も二日とも本社でしたからね」
「古泉君、『本社に戻る前に』って、この後の試合は見ないんですか?」
「そう、相手はわたし達のプレーを見てる。わたし達も相手の実力を知るべき」
「我々のプレーを見ていたからこそですよ。それぞれ練習の成果を試合で発揮したいという気持ちは分かりますが、彼のナックルボールを除いて、この試合ですべて見られてしまいました。ライト側からもレーザービームが来るとなれば、どう対処していいか僕にも見当がつきません。加えて、先ほどの殺気で次の相手も怖気づいているはずです。黄有希さんと将棋で勝負したときのことを思い出しましたよ。僕が攻撃を仕掛ける前に既に封じられているんですからね」
「くっくっ、キョン達のプレーを見せつけられて『この相手には勝てそうにない』と植え付けたってことかい?だったら、別の会場で試合をしている残りのチームの様子を見学しながら昼食というのはどうだい?この場に残っていてもあまりメリットがないんだろう?」
「わたし達の決勝の相手ってことになりそうね。でも、今夜はライブもあるんだし、あまり長居しないで欲しいわね」
「心配いらん。今まで何度も全国ツアーをやってるんだ。黄俺と黄有希が居れば会場設営も1分で終わる。どうしても確認しておきたいなら、古泉一人残せばそれで済む。もっとも、監督としての責務が欲望に勝てればの話だがな」
「失敬な。最後まで見ることができなくとも、明日の午前の試合が終わり次第もう一つの会場にテレポートするだけです。それで、結局どうするんです?黄佐々木さんの意見に異論なしということでよろしいですか?」
『問題ない』
「ちょっと待った」
『キョンパパどうしたの?わたしも早く試合見たい!』
「双子の言う通りっさ。キョン君、何か反論でもあるにょろ?」
「別会場の試合を見に行くのは構わんが、ユニフォーム姿のまま向こうへ行けば、今試合中のチームにもそれを見ているチームにも警戒されてしまう。一旦本社に戻って着替えてから向かった方がいい。それと、さすがにこのメンバー全員となると小型バスでも入りきらない。青俺の車の方に青有希と幸、他に誰か二人ほど乗って欲しい。子供たちはハルヒとW有希が抱えてくれ」
「それもそうね。じゃあ涼宮さんとわたしが有希さん達の車に乗ることにするわ。涼宮さんもそれでいいかしら?」
「そんなのどっちだっていいわよ!早く着替えて試合を見にいきましょ」
全員納得したところで、たむろしていた控室から本社へとテレポート。しかし、自分でドレスチェンジが可能なメンバーも随分と多くなったもんだ。エレベーターに乗って自室に戻ったのはOGと青朝倉くらい。まぁ、青有希は青俺が一緒に着替えさせたのかもしれん。俺と同様、子供たちの分も含めてな。早々と着替えを終えてメンバーが再び81階に集まった。決勝で戦うことになるであろうチームを拝見すべく、一路、別会場へと足を運ぶ。W俺が破壊してしまったバックスクリーンも、有事の際にと思って張っておいた閉鎖空間を解除したから午後の試合に支障をきたすことはあるまい。

 

「こっちにも人が大勢いるわね。そういえば、予選から全国大会まで全部主催者側が負担しているのよね?わたし達の会社じゃないけど、スポンサーもかなりの大金出しているんじゃないかしら?」
「日本のプロ野球会とフジ系列のTV局がコラボした一大イベントらしい。優勝チームでなくとも、有力な選手は球団からの勧誘があるかもしれん」
「くっくっ、それならどちらのキョンも球団からアプローチが来てもおかしくなさそうだ。試合も接戦のようだし、僕たちが座れるところを探してくれたまえ。ゆっくりと試合を拝見させてもらおうじゃないか」
青佐々木の言う通り、午前の試合は四回表の時点で1-2の接戦。このあとの試合を見てみないと分からんが、今のところピッチャーはさっきの相手とほぼ同等。飛び抜けて強い選手がいるわけでもない。九回裏までかかりそうだな。
『キョンパパ!みくるちゃんのお弁当食べたい!』
二人揃って朝比奈さんのお弁当をねだってきた。時間も小腹が空く頃だし、早いところ座れる場所を探すか。
 結局、試合を見るにはあまりいい位置とは言えない場所だったが、ようやく朝比奈さんのお弁当にありつけた。
『お弁当おいしい!』
「おいしいのは分かったから、食べながら喋るな。それと、もう少しゆっくり食べられないのか?夕食前にまた、お腹が空いてしまうぞ」
一応、注意したことは守ってくれたらしい。口の中に入れたものをすべて飲みこんでから自分たちの言い分を語り出した。
『だっておいしいんだもん。わたし保育園の給食不味くて嫌い!みくるちゃんのお弁当がいい!』
「じゃあ、お弁当が必要なときはわたしが作りますね。キョン君の料理を毎食食べているのに『お弁当おいしい!』って言ってもらえてわたしも嬉しいです。でも、給食はちゃんと食べないとダメですよ?」
『ぶー…分かったわよ』
俺のではなく、新川さんの料理なんだが……そういや、朝比奈さんと二人で温泉旅行に行ったときもこんな話になったんだった。あのときは「そこまで謙遜することもないと思いますよ」なんて言ってくれたが、あの時も、今になってもそれだけは譲れない。ついこの間もハルヒが他の国々の言語をマスターして渡してきたが、外国語は全てハルヒから、バレーのセッターは有希から、習字は朝比奈さんから、料理は新川さんから…。そしてそれを可能にしてくれたジョンがいたからこそ成せる技であって、俺自身でやったことといえば、受験勉強とバレー、あとは子育てくらいだ。早々と弁当を平らげた双子が目の前の試合に集中している。てっきり幸と三人でキャッチボールでもするかと思ったが…他の観客に迷惑をかけないのなら、まぁ、いいか。
「鶴屋さん、ちょっといいですか?」
「改まって一体どうしたにょろ?みくるがそんな風に言うからには、それなりに重要なことのようっさ」
「鈴木四郎君」
『プッ』
思わず青鶴屋さんと二人で口を塞いだ。どうやら克服するまでには至ってないようだ。
「み、みくる、それはまだ勘弁して欲しいっさ。プ、くくく……」
「鈴木四郎君に代わりましてバッター亀島さん」
『も、もう無理っさ。あっははははははははは……』
席についた時点で遮音膜を張っておいて正解だったらしい。俺の偽名についてはなんとか堪えられるが、自分の偽名もセットで言われるとダメなようだ。前にジョンが話していた年末の特番じゃないが、笑ったらハルヒが罰を下すってのも悪くないかもしれん。せめて、来週までには克服してもらいたいし、何よりも鶴屋さんにもグラウンドに立って欲しいからな。朝比奈さんも少し残念そうな顔つきをしていた。

 

 午前の試合は結局2-3という僅差で勝負が決まった。2-2に追いついたところでどっちが勝ってもおかしくないと思っていたが、こういう試合は基礎練習をより徹底している方が最後に勝つらしい。体力面も含めてな。全員分の弁当をキューブにおさめて本社81階のシンクへと異世界移動。引っ越しのときに出た話ではないが、朝比奈さんは全員分の弁当を持ってくるため、佐々木は現在停滞中の研究を進めていく上で今後必要になりそうだ。俺がWハルヒとバトルをしている日はジョンが教えてくれるか?青佐々木も含めて。青朝比奈さんは……使う機会なんてあるか?
『青チームの朝比奈みくるがそれ使う機会があるかどうかは俺も分からない。だが、この機会に一緒に覚えておけばいい。バレーの方は既に精練されているからな。今はそれを維持し続けている状態だ。それより、キョンが思い描いている構想よりも青チームの朝比奈みくるが日本代表に選ばれる方が可能性が高いんじゃないのか?』
青朝比奈さんの場合、モデルとドラマの撮影が続いていたからな。たとえ監督やコーチ陣が青朝比奈さんを勧誘したとしても断られると判断したんだろう。まぁ、あくまで俺の勝手な予想だけどな。俺がジョンと話している間に他のメンバーもそれぞれで試合を見た感想や明日の試合について話していた。
「ところで、先に聞いておきたいんだけどね。明日のスターティングメンバーはどうするつもりか教えてくれたまえ」
佐々木の一言で全員の視線が青古泉に集まった。
「そうですね……僕もまだ決めかねているんですが、それでもかまいませんか?」
「問題ない。今日とポジションが同じだったら、次は絶対に捕る」
『あたしのポジションは決まっているも同然よ!』
「では、僕が今から話す内容はあくまで暫定的なものとして判断してください。一番ファースト朝比奈さん、二番セカンド黄佐々木さん、三番キャッチャー黄有希さん、四番センター涼宮さん、五番ショート黄朝倉さん、六番レフト佐々木さん、七番サード有希さん、八番ピッチャーを彼に。九番ライト朝倉さん、以上です」
『ちょっと待ちたまえ(なさいよ!)』
明日の試合のスターティングメンバーを発表されてすぐ、W佐々木とハルヒのセリフが被った。当然、異論はあるもののW佐々木が一歩ひいた。
「あたしが控えって一体どういうつもりか説明しなさいよ!あたしの納得のいく理由じゃないと白紙に戻すわよ!」
「黄ハルヒも古泉が決めたポジションとメンバーをよく考えてから発言したらどうだ?古泉の采配は、結果がどうせ見えている試合なら、まだ試合慣れしていないメンバーを入れて打たせて捕りに行く算段だ。レフトが佐々木でライトが朝倉じゃ、黄ハルヒがセカンドにいてもレーザービームが飛んでくることはまずありえない。グラウンドに立っている方が退屈だと感じることになる。違うか?」
「青キョンにしてはマシなことを言うようになったじゃない。でも、キョンとジョンが出るときはあたしも一緒に出しなさいよ!?」
「『にしては』は余計だ」
「彼の言う通り、場慣れしていないメンバーを加えて女性主体のチームを構成しました。狭くなったストライクゾーンで相手の投球を制限させて、四球にリーチがかかったところで打ちにいきます。今回は彼の投げる球については黄有希さんに一任します。変化球を織り交ぜても構いません。それでも相手にリードされるような状況に陥るようであれば、ハルヒさんのおっしゃる通り控えメンバーと入れ替えますのでそのつもりでいてください」
「キミの意図していることは分かった。でもね、なぜ僕が二番になるのか説明してくれたまえ」
「彼の零式と同様、イチローの武器は何もレーザービームに限ったことではないということです」
「え、でもそれって……古泉君、わたしが盗塁するんですか?」
「ええ、そしてその成功率を上げるためにW佐々木さんには月曜からバントの練習をしていただきます。可能なら、黄朝倉さんと同じく逆回転のかかった球が出せるところまでお願いします。明日の試合では以前のように一度だけバントに構えてから打てそうな球を待っているだけで結構です。相手投手に『バントもある』と刷り込ませることで、よりヒットが打ちやすくなるでしょう。先ほども申し上げましたが、女性主体で構成されれば、投球が制限されて球速も落ちるでしょう。お二人とも貴重な戦力に違いありません」
「まったく、キミも人を持ち上げるのが上手いよ。僕たちが戦力としてカウントされているとは僕には到底思えないけど、何かあったらキミを頼ってもいいかい?親友」
「ああ、アウトになろうがダブルプレーをとられようが俺たちで取り返すだけだ。心配いらん」

 

 午後の試合も午前と似たような試合内容で、監督も「これ以上見る必要はなさそうですね」という発言を機に全員で本社へと戻った。
『キョンパパ!今日は土曜日!?』
「そうだ。これからママのライブが見られるから楽しみにしていろよ?」
『ライブ!ライブ!』
有希はライブ会場の設営に出向き、俺と古泉で仕上げた早めの夕食を全員で摂ってライブ会場へと足を運んだ。
レーザービームからのダブルプレーもようやく試合で成就することができたハルヒはノリノリだ。今度は青ハルヒの方が落ち込んでいるかと思いきや、青チームの出番になると満面の笑みで歌、ダンス共に完璧な仕上がりを見せた。朝比奈さんと古泉で演るハレ晴レユカイもそろそろ練習を始めないとな。
 その夜、ジョンの世界では、俺とジョンでW朝比奈さんとW佐々木を呼び出し、キューブの拡大縮小の修錬を開始した。俺の方はWハルヒに急かされてバトルにつき合わされ、残りのメンバーはバレーの練習。青朝比奈さんに続くようにOGもブロックとアンテナの間を抜くスパイクを見せるようになり、以前青チームが見せたリバウンドでの連携技やブロックアウトもすべて盗まれてしまった。半年ぶりに6人が揃うはずなのに練習試合最初のセットから連携技で先制点を取られては他の日本代表も監督やコーチも開いた口が塞がらんだろう。「夢の中で六人揃ってチーム練習していました」なんて言っても信じるわけがない。バレー合宿の二日目の朝はOG六人の記事で一面を飾ってやるさ。

 

 日曜日は俺が休みの日だからと、ジョンの世界から一番に抜けたのは古泉。青ハルヒと隔週で食事の支度をするようだ。ジョンの世界に残った俺は、いつも朝食の支度をしていた時間分、子供たちと一緒に遊んでいた。保育園に行かせてから、父親らしいことはほとんどしてやれなかったからな。今日は保育園での話をいくつか聞くだけで時間になってしまったが、キーボードの練習をしてみたり、アルバムで物心がつく前のことを話してやったりするのも悪くない。目を覚まして身支度をしていると洗面台に立った俺の両隣りに双子が立った。そういえば、高校二年生の頃までは俺の隣には愚妹がいたんだったな。身長はまだまだだが、精神的な年齢はあの頃の愚妹を上回っているだろう。バレー合宿が終わりを告げるとまたこんな機会が増えるだろうが、出来る限り一緒に居てやることにしよう。ハルヒとの時間も作らないとな。
「それで、スターティングメンバーはどうするつもりなのか教えてくれたまえ」
『いただきます』の後、今朝の議題のトップは午前の試合のラインナップ。レーザービームが来ないことに納得したハルヒが文句を言うことはないし、W佐々木と…ってこの二人しかおらん。
「昨日申し上げた通りです。相手も驚くでしょうね。全国大会での相手が彼以外女性なんですから。今日の試合の流れを見て、可能であれば来週は涼宮さんにマウンドに立ってもらうことになるでしょう。『女性主体の』ではなく『女性だけのチーム』で西日本を制圧するのも悪くないでしょう。その頃までには完成させてくださいよ?」
「面白いじゃない。今日の試合、キョンやジョンと交代なんて真似、絶対にさせないんだから!」
「涼宮さんじゃないけど、わたしもやられたらやり返す」
「有希さんも随分と頼もしくなっちゃったわね。わたしもちゃんと打ち返せるといいんだけど…」
「レーザービームを受けられないのは残念ですけど、わたしもやれるだけやってみます!」
「やれやれ…結局、僕の二番は変わらず仕舞いのようだ。たとえ僕がアウトになっても、青朝比奈さんには二塁を踏んでもらうことにするよ」
「黄有希からどんな注文がくるかは分からんが、俺も投球に集中していると指示が遅れてしまう。各自自分のところに来るものだと思って構えていてくれ」
『問題ない』

 

 メンバー全員を連れて別会場を訪れたため、旅館に停車してあるのは小型バスの方。まぁ、帰りだけボックスカーなら双子も満足するだろう。昨日と同様に小型バスに異世界移動してきたメンバーがどんどん降りてくる。W鶴屋さんは「鈴木四郎」と「亀島さん」に慣れるまで欠場だそうだ。一応、俺たちも練習には参加してコンディションを整えると、アナウンスが流れてきた。俺たちは後攻か。くくく…グラウンドの状況を見て観客がどんな反応をするのか楽しみだ。
「続きまして後攻 SOS団 一番 ファースト 朝比奈さん、二番 セカンド 佐々木紗貴さん、三番 キャッチャー長門さん、四番 センター 涼宮さん、五番 ショート 佐倉さん、六番 レフト 佐々木さん、七番 サード 有希さん、八番 ピッチャー キョンくん、九番 ライト 朝倉さん」
アナウンスだけでは実感がわからんようだ。さっさと各ポジションにつかせてもらうことにしよう。
『キョンパパもハルヒママも試合しないの?』
「途中で変わることがあるかもしれんが、スタートはこれでいく。今は幸パパと幸ママの応援だな」
『キョンパパ!幸パパ、ホームラン打てる!?』
「三人の期待に応えてくれるはずだ。しっかり試合を見ておくんだぞ?」
『問題ない』
 子供たちと話している間にバッターボックスには相手チームの一番手。青俺以外全員女性だということにようやく気付いたらしい。会場中がざわつき始めた。一番手だけでなく、相手チーム全員がこちらを睨んでいる。昨日の青俺の殺気ではないが、そういう眼で俺たちを見てくる奴は、完膚なきまでに叩き潰してやりたいところだが、いつも控えにいるメンバーの場慣れというちゃんとした目的があるんだ。俺たちのフルパワーが知りたければまずは目の前の壁をなんとかするんだな。
 両腕を高く上げて青俺の第一球。昨日と同様どストレートでくるだろうという目算が、有希の采配によって封じられた。青俺の投球はスライダー。初球を打ち返そうとして見事に空振りしてやがる。鶴屋さん達がいたら大笑いしているだろうな。第二球は一番手の顔面目掛けて球を投げた。咄嗟にしゃがんで回避しようとしたが、先ほどと同様、スライダーで球が変化してストライクゾーンに収まる。ストライクとジャッジした審判に異議申し立てをしているものの、これはこれで立派な戦略だ。最初にスライダーを投げたことを忘れてもらっては困る。三球目は外角低めギリギリを狙った。これなら打てるとバットを振ったものの、これは相手にバットを振らせるための有希の戦略。外角低めからさらにカーブして空振り。幸先のいいスタートを切った。

 

 ベンチには俺、ハルヒ、W古泉、子どもたちとついでにジョン。SOS団のマスコットキャラクター朝比奈さんを中心にOG四人もベンチのすぐ近くでチームの応援。監督がここまでの青俺の…いや、有希の采配について語り始めた。
「この三球で相手の戦略がすべて打ち砕かれました。160km/hの球を投げられる投手がいなくとも、マウンドとバッターボックスとの距離を縮めたバッティング練習をすることで速球への対策は可能ですが、あなたと同じ集中力を持った彼ならば、黄有希さんがどんな球を要求しても見事に変化させてみせるでしょう。ボールの握りはサイコメトリーで確認しているようですし、目立った癖も見られません。加えて、変化を始めてからバットを振り始めるのではあのスピードについていけるはずがありません。黄有希さんに読み勝つことのできる人物と言えば、精々ジョンくらいでしょう。相手チームに変化球もあると植え付けることができましたし、この後は打たせて捕る方向に進めてくれるはずです。まったく、指針を決めたのは僕ですが、もはや監督としての仕事をさせてもらえそうにありませんよ」
『俺を過大評価しすぎなんじゃないのか?プロ野球でもこれと同等か、それ以上の駆け引きをしてるはずだ』
「それなら、さっさと着替えてもう一つの会場にでも出向いたらどうだ?勝った方が午後の相手になるんだろ?」
「その必要はありませんよ。今の我々を相手にどうやって立ち向かえばいいやら、僕も見当がつきません。バレーの公開練習ではありませんが、今はこちらの武器をいくつも封印した状態なんです。九月以降、あなたのいない男子日本代表の世界大会を心配した方がよっぽどマシですよ」
そう言えば「九月から映画のヒロインと一緒に世界各国を回る」と自分で全国に情報をバラ撒いたのをすっかり忘れていた。だが、そんな心配する必要はない。たった一人抜けただけでここまで差が出るのかとマスコミに叩かれるような真似は日本代表としてのプライドが許すまい。それに、各国代表からすれば、零式無しの日本代表に勝ち星を上げたとしても、そういう気分に浸ることはできないだろう。どんな競技であれ、日本代表のメンバーの一人が映画の宣伝で世界各国を回るなんて前例、今までにあったか?
「ハルヒママ、九月ってなあに?キョンパパ、バレーしないの?」
「そういえば、この子たちに暦を教えたことなかったわね。あんたたち、保育園でまだ習ってないの?」
二人揃って視線を左上にズラしている。習ったことはあるようだが、それを使いこなすまでには至ってないらしい。幸も毎日黒板で月日や曜日を目にしているだろうが、九月を迎えていないからか、双子と揃って困惑していた。まぁ、曜日について教えたのもつい最近だからな。無理もないか。
「女子日本代表とのバレーの練習試合が終わったら、別の仕事でしばらく出かける。幸の夏休みが終わって、二人も保育園に行くようになったら九月。その間、バレーの試合に出られないだけだ」
試合が見られないことに対してなのか、俺がいなくなることに対してなのか定かではないが、二人とも残念そうな面持ちをしていた。後者でないことを祈りたいが、半年以上留守にすることになることに変わりはない。可能な限り戻るようにするつもりではいたが、こうやって双子の表情を目の当たりにすると、映画出演はすべて断るべきだったと思い知らされる。まぁ、親離れできるような年齢ではないし、逆にこの年齢で親離れされてしまうとこっちが寂しくなってしまう。

 

 ベンチでそんなやりとりをしている間に試合は既に一回の裏。バッターボックスには青朝比奈さんが立っていた。一回表の攻撃は二番手を佐々木がセカンドフライ。レフト、ライトにわざと打たせて出塁させてからのサードゴロで打ち取っていた。W佐々木、青朝倉、青有希に試合経験を積ませるための有希の采配も、ここまで非の打ちどころがないと逆に呆れてしまう。相手の主力打者も結局は有希の掌の上ってことだ。順等に一塁に駒を進めると、青朝比奈さんが今大会初のリード。それに呼応するように佐々木が初球でバントに構えたが……やれやれ、監督が引き篭もりになってしまうぞ。確かに「バントに構えろ」という指示は出ていたが、構えるフリをするだけで後は自分の打ちやすい球を待っているだけでよかったはず。少なくとも青朝比奈さんにはテレパシーで伝えていたらしい。佐々木が初球をバントで叩いた。青朝比奈さんが投球と同時に走ったが、佐々木の打球はピッチャーの真正面。難なくダブルプレーを取られてしまった。どんよりとしたオーラを放ちながら戻ってくるかと思いきや、青朝比奈さんと二人で声をかけあっている。ベンチに戻った佐々木が俺たちに向かって一言。
「僕がバントをするのなら相手の初球を狙うのがベストだと思っていたんだけどね、どうやら有希さんの采配のように上手くはいかないようだ。みんなにはすまないことをしてしまったよ」
「いつものおまえからすれば、積極的で良かったんじゃないか?ダブルプレーになってしまったが、そこまで落ち込んでいる様子もないようだし、その程度のことでおまえを責めるような奴はこの中にはおらん」
「どうやらそのようですね。ここは、佐々木さんの一歩前進に賛辞を贈るべきでしょう。今後のご活躍をお祈りしていますよ」
「黄僕のプレーを見た僕の方がプレッシャーを感じてしまったよ。ツーアウトでも黄朝倉さんまでは出塁しそうだし、僕は一体どうしたらいいのか誰か教えてくれたまえ」
「問題ない、古泉君の指針を貫くだけ。打てる球が来なければアウトでいい。この回で得点できなくても、相手の投球を制限することができれば、十分次の回につなげられる」
「あら?わたしはただ出塁するだけで終わるつもりはないわよ?」
「僕にも一体どうしたらいいのか教えていただきたいですね。監督としての役割を果たしているとは到底思えません」
「アメリカ支部の初回発注も、会社経営ができる人材の育成も、野球のポジション決めやその指針も、ことWハルヒ『以外』に関してなら充分役割を果たしているだろうが。古泉の采配を受けて各々が自分のやるべき仕事を考えているだけであって、別に無視しているわけじゃない。それより、指示されたことしかしない奴の方がよっぽど問題だ。各支部の人事でも、そんな奴らには不採用通知を送りつけてきたんじゃなかったのか?」
「あなたの口癖ではありませんが、『やれやれ』と言いたくなってしまいましたよ。どんな反応を示していいのやら分からなくなりました。涼宮さんやハルヒさんのことに関しては僕が一番だと自負していたのですが…」
「青キョンの発言にみんな納得してるんだから、少しはあんたも自重しなさいよ!まったく…」
青古泉からの視線についてはもう慣れてしまったが、未だに嫌悪感は抱いているらしい。コイツの言う通り自負するよりも自重すべきだな。毎日のように朝比奈さんの胸の大きさをチェックしていた頃のハルヒとまるで変わらん。今もなお、朝比奈さんのバストは日々成長し続けているわけなのだが、それについてはほとんど触れなくなったしな。

 

 快音と共にベンチにいたメンバーの視線がグラウンドへ向きなおる。ワンストライク、スリーボールで四球を待っても良い場面だったが、朝倉と同様、この回を無得点で終わらせるつもりはどうやら無かったようだ。三遊間を抜いたツーベースヒットで有希が出塁すると、青ハルヒ、朝倉もそれに続いて一挙に二点を勝ち取った。続く青佐々木も四球を待たずして打ちにいったが、惜しくも外野フライとなった。二回裏以降、青俺は当然敬遠されるだろうし、青有希か青朝倉のどちらかがヒットを放てば、ハルヒやジョンが代打として出ることだって十分ありうる。その辺りの戦略については、自信喪失気味の監督に任せることにしよう。青俺の言う通り『各々が自分のやるべき仕事を考えて』行動に移せばいい。
 二回表、青俺の投球に対して若干タイミングが遅れたものの、初球をライト前ヒットで打ち返して出塁を許した。いくら100マイルの剛速球でも、その一辺倒では下位層の打者にすら通用しないレベルにまで達していると見ていいだろう。午後の決勝も同程度か、あるいはそれ以上の相手に違いない。青ハルヒが抑えとして入らなければならない日も間近に迫っているらしい。だが、そんな俺の目算すら嘲笑うかのように次の打者に投じられた球は、トップスピードの半分を下回る程のチェンジアップ。青俺の指からボールが離れるのとほぼ同時に振り始めたバットをもはや止めることなどできん。インコースを狙った球がバットの芯から大きくズレた位置に命中すると、打球は青有希めがけて一直線。待ち望んでいたボールではなかったようだが、ワンバウンドした球をグローブに収めるとすかさず佐々木へと送球。そのまま佐々木から青朝比奈さんへと渡り、先ほどのお返しとばかりに見事にダブルプレーを勝ち取った。ベンチからは青有希の表情は見えなかったが、佐々木と青朝比奈さんは満足気な面持ちをしている。
「ここまでくると、今のチェンジアップは黄有希さんの『用意した一着』だったと言わざるを得ません。朝倉さん、有希さん、黄佐々木さんは試合経験値を獲得し、先ほどのダブルプレーの報復、悔しくもバウンドしてしまいましたが、有希さんに向かって勢いよく飛んで行った打球………。この試合が終わったら、僕は青チームのメンバーに謝罪しなければなりません。同じセッターでも、これだけ次元の違う相手と対峙していたことに今頃になって気づいたんですからね」
「『用意した一着』って何よ?」
「『あらかじめ想定しておいた局面が来たときに放つ一手』を指す将棋用語です。要は、先ほどのダブルプレーと、昨日の青有希さんにボールがぶつかりそうになった件の雪辱を晴らすために放たれたチェンジアップだったというわけです。やり返すことは僕も聞いていましたが、まさか二つ同時にやってのけるとは思いませんでした。その上、ダブルプレーを取られた本人たちに報復させるんですから、僕も何と言っていいのか分かりませんよ」
俺も今日初めて聞いたが、実力は青古泉に及ばずともボードゲームに精通しているだけのことはあり、古泉もその用語を知っていたようだ。SOS団結成当初から古泉とは千局以上将棋を指してきたが、『あらかじめ想定しておいた局面が来たときに放つ一手』が指せるほど先読みができるのなら、ここまでボードゲームに弱くはない。古泉もことボードゲーム『以外』に関してなら、十分過ぎるくらいの頭脳の持ち主なんだが……未だにその謎が解き明かされていないのはどうしてだろうな。初球からバントを当てにいったのは佐々木の独断だし、その後考える時間は十分にあった。だが、青朝比奈さんや佐々木、青有希のポジションを加味した上でのこの采配。何か一つでも抜け落ちただけで、このプレーは完成しない。W古泉が呆れるほどなんだ。有希以外には到底思いつかないものであったことに違いはない。アホの谷口のような頭脳では、「ダブルプレーをやり返された」としか認識できず、W古泉が何に対して呆れているのかまるで分からないだろう。その後も出塁は許したが、打たせて取るプレーで残りの1アウトを獲得して二回表を終えた。

 

「黄有希さんの采配で大分試合に慣れてきたけど、バッティングの方はまだ自信がないわね。キョン君は敬遠されるでしょうし、得点につなげられるといいんだけど…」
「心配いりません。わたし達だからこそ可能なプレーを古泉君が提案してくれました。打てる球が来たときだけバットを振るだけです!」
「僕たちのような女でも野球で勝ち上がることのできる戦略を立ててくれたんだ。存分に使わせてもらえばいい」
「あたしや有希の身長じゃ無理かもしれないけど、涼子なら平気よ!あのピッチャーを徹底的に困らせてやればいいわ!」
「それもそうね。やれるだけやってみる!」
「青チームの力の見せ所ってところか?おでん屋の仕込みもあるし、さっさと終わらせてしまおうぜ」
『問題ない』
青有希、青朝倉、W佐々木はまだ金属バットだが、それ以外のメンバーは全員木製バット。青朝比奈さんですら木製バットなのに、これまで戦ってきた相手は全員金属バットを使用していた。相手の下位打者はまだ見ていないが、主力級でさえ金属バットなんだ。まったく、少しはこっちのチームを見習って欲しいもんだ。試合を観戦しにきた人達に俺たちはどう映っているんだろうな。応援しに来た人たちは自分のチームの勝利を願っているだろうが、例えば雑誌記者や取材陣、生中継をしながら実況しているアナウンサーはこの試合を観て何を思っているかだな。生中継は試合が終わり次第有希に見せてもらうとして、青俺に明日の新聞を大人買いしてもらうことにしよう。そういえば…
「なぁ、幸。おじいちゃんとおばあちゃんはこの会場に来てるのか?」
俺の素朴な疑問を耳にしたメンバーが視線をグラウンドから逸らした。これからパパとママの応援をしようとしていたところに俺が話をもちかけたせいで幸も混乱している。
「え…っと、パパとママの応援に来るって言ってた。わたしも今探しているところ」
『キョンパパ、幸のおじいちゃんとおばあちゃんってどんな人?わたしも一緒に探したい!』
「二人のおじいちゃんとおばあちゃんにそっくりだから、すぐ分かるんじゃないか?」
『そんなに似てるの!?』
「ああ、幸が何度も間違えていたくらいだ。俺にも区別がつけられん」
「しかし、ここまで広い会場では、いくら子供たちの眼でも捜索は困難では?」
「あるいは、このベンチの真上にいるかのどちらかだろうね。透視能力で二人を探すより、サイコメトリーの方が早いかもしれない。交代しない限りキミには出番は回ってこないんだし、キミが彼女を連れて行ってくれたまえ」
『わたしも行く!』
話しを切り出したのは俺自身だが、その後どうなるかまでは考えていなかった。しかしまぁ、わざわざ大阪まで足を運んでくれているんだ、そのくらいの雑用なら造作もない。古泉たちの言葉を受けて会場中をサイコメトリーすると、青佐々木の予想通り、このベンチの上で見守ってくれているようだ。青俺たちの活躍を見てから子供たち三人を連れて行くことにするか。そういえば、俺も結婚式以来会ってなかったし、この機会に挨拶しておこう。異世界人とはいえ、自分の両親に向かって敬語で話すのもどうかと思うけどな。まぁ、それがこれまで会いに行くのを躊躇っていた大きな要因の一つなんだろう。

 

『(幸)ママ頑張って――!』
子供たちの声援の先にはツーストライクツーボールまで追い込まれた青有希が立っていた。ようやく相手投手にも若干の余裕が出てきたらしい。試合開始直後にチーム全員で睨んでいたのはどこへ行ったのやら…。しかしまぁ、俺たちを倒すべき相手として認識した証拠とも言える。監督からは「相手の投球を見逃してアウトになったとしても構いません」と言われていたが、さっきのプレーの影響か、青有希から漏れ出ているオーラからは「簡単にアウトにはさせない」という強い意志が感じられた。相手の繰り出す打球をファールでしのぎ、三振を誘発するボール球をきっちりと押さえてツーストライクスリーボール。相手投手についさっきまでの余裕の表情が消えた。次に控えている青俺を敬遠するつもりなら、ここは押さえておきたいところだが、ストライクゾーンに入れなければならないというプレッシャーが襲いかかる。四球で出塁させても結局同じだからな。青朝比奈さんから始まり、有希、朝倉、青佐々木と相対してきたんだ。これまで経験したことの無い重圧に飲まれそうになったところでストライクゾーンど真ん中の直球を投げた。直球とはいえ、これまで練習してきた球よりも大幅に下回る球だ。ものの見事に青有希が打ち返し、センター前ヒット。子供たちも拍手したり飛び跳ねたりと喜んでいる。青朝倉も青有希の出塁に感激してバッターズサークルへと飛び出して行った。ただ一人、青有希のファインプレーを見ても表情を変えなかった奴が重い腰を上げた。有希ですら口角が上がっていたのに、一体何をする気だコイツは……
「さて、朝倉さんには申し訳ありませんが、ここで選手交代です」

 
 

…To be continued