500年後からの来訪者After Future2-7(163-39)

Last-modified: 2016-07-20 (水) 20:50:49

概要

作品名作者
500年後からの来訪者After Future2-7163-39氏

作品

全国大会地方予選、近畿地方代表をかけた最後の戦いが始まろうとしていた。青俺の超高速ナックルボールを除いて、宇宙人、超能力者としての力は一切使わず、俺たちだからこそできる戦術で勝ち上がってきた。決勝戦のラインナップは女性だからこその特権を最大限に活かした采配となり、ジョンや青俺に打順が回って来る頃には、相手投手の持ち球は全てこちらの手中に収めているという筋書きだ。午前の試合でとどめの一発を放ったはずの朝倉から「そろそろわたしにも出番が欲しいわね」などと「もっと自分を出せ」と監督に進言していたが、W佐々木ですら「僕まで回してくれないかい?」などと発言する始末。国木田やアホの谷口、愚昧をいれてようやくメンバーが揃うような頃とは雲泥の差だな。青古泉もWハルヒの妄想よりも、この試合で誰をどこに配置することの方が重要らしい。スターティングメンバーとしてあだ名をコールされることはなかったが、これだけのメンバーが揃っていれば、この試合で俺がグラウンドに立てる可能性は無いに等しい。どうしてかは分からんが、悠々とベンチで皆の活躍している姿を見ていられる気がする。まぁ、Wハルヒがいるから、そう思えるのかもしれん。
『このあたしがいて敗れるなんて絶対ありえないんだから!!』
そう言いたげな背中を向けて青朝比奈さんの打席を見守っていた。一回表、俺たちの先攻で試合が始まり、チアガール五人と二番手の青佐々木を除いたメンバーがベンチに集まっていた。決勝戦くらいはベンチにもカメラが入り込むかと思ったが、どうやら杞憂に終わったらしい。だが、懸念事項は今のうちに払拭しておかないとな。まず一番に俺をあだ名で呼ぶであろう二人を呼び集めた。

 

『キョンパパどうしたの?わたし、青みくるちゃんが打つところ見たい!』
「それだよ。いいか、野球の試合をしているときは『キョンパパ』じゃなくて『パパ』、それに『ハルヒママ』とは呼ばずに『ママ』と呼ぶこと。幸と一緒だからそんなに苦労はしないはずだ。それが約束できなければ、今度から野球の試合には二人は連れていかない」
『嫌!わたしはキョンパパって呼びたい!試合も見たい!』
「じゃあ、来週の試合は、二人はおじいちゃんたちと留守番だ。野球の練習をする日は二人は保育園だな」
『どうしてキョンパパ、ハルヒママじゃダメなの?』
「大人の事情ってやつだ。野球の試合以外なら今まで通りで構わない。それができないなら二人は連れてこられない。どうだ?約束できるか?」
『ぶー…分かったわよ』
拗ねて俺から視線を離すと、青朝比奈さんの応援に戻っていった。俺と双子のやりとりを聞いていた青俺が申し訳なさそうに振り返った。
「提案した俺が言うのもどうかと思うが、黄チームには何かと迷惑をかけてしまったな。すまん」
「試合に負けたわけでもないのに失格になるより断然マシよ!絶対に全国大会で優勝して、野球で日本代表と勝負するんだから!こんなところで負けてなんかいられないわ!」
「僕は名前が変わるだけで苗字は同じだからね。日本代表と戦うなんて言われると、まだ怖くて震えが収まりそうにないけど、一打席くらいは出てみたくなった。キミもそんなに気にしないでくれたまえ」
「問題ない。本名を少し弄っただけ。間違えても報道陣には気付かれない」
「あら?長門さんにしては消極的ね。バレー合宿みたいに毎朝報道されるようになったらどうするのかしら?」
「困りましたね……僕の場合は漢字の意味を逆にしたり、読み方を変えたりしていますし、もし間違えるようなことがあればすぐにバレてしまいます」
「だから今のうちから慣れておく必要があるんだよ、今泉。野球をしている間は俺が古泉と呼んでも反応するなよ?」
「くっくっ、キミも人のことは言えないんじゃないのかい?僕やハルカさんが『キョン』と呼んでも反応しないでくれよ?四郎君」
やれやれ…佐々木が俺を「四郎君」と呼んでもベンチにいるメンバー全員何の反応も示さなくなってしまった。喜ぶべきところなんだろうが、あまりの素気なさに何と言っていいのか分からん。
「この様子ですと、残るは鶴屋さんと亀島さんだけですね。来週にはお二人にも出場してもらいたいのですが…」
「ハルヒや佐々木と同様、二人ともイベント事には必ず参加してくるからな。それまでには間に合わせるだろ」
『そんなことより、朝比奈みくるに指示を出すんじゃないのか?』
『指示!?』
何を言い出すんだコイツは。Wハルヒ同様、今の青朝比奈さんに指示したところでそれに従うわけがない。
「そんなことしなくても、みくるちゃんならクリーンヒットで出塁してくれるわよ!大体、指示を出すのなら試合前にだっていつでもできたじゃない!」
「いくら昨日の試合を見ていたとはいえ、狭くなったストライクゾーンでも、精密なコントロールでこちらの戦略が通用しない可能性がありますからね。そのために1、2球様子を見る必要があったんです。朝比奈さんには、この打席をフォアボールで出塁していただきます。要は、相手のピッチャーにプレッシャーをかけて佐々木さんや朝倉さんがより打ちやすくするための一手。今後…特にプロ球団を相手にするときは、女性主体で固めてもそこまで大きな利点にはならないでしょう。朝比奈さんには次の打順で打ってもらいます。涼宮さんのおっしゃる通り、朝比奈さんならクリーンヒットで出塁するでしょうが、ツーベースヒットで二塁まで出られてしまっては、佐々木さんがバントに構えると逆効果になってしまいます。今見逃した球でノーストライク、ツーボール。そろそろテレパシーで連絡をしておきましょう」

 

『朝比奈さん、この後スリーボールになるようなことがあれば、今回は一球見送ってください。勿論、ツーストライクの場合はバットを振ってもらって構いません。相手投手に重圧をかけて球種や球速を制限させます。打ち返して出塁したいところだと思いますが、こちらから条件をつけるのは今回だけです。次の打席からは朝比奈さんの力を存分に発揮していただいて結構です。それと、佐々木さんが初球のみバントに構えますので、出塁したときはある程度リードしてください』
『……分かりました』
監督が指示を出してからOKの返事が返って来るまで少しばかり間があったが、どうやら聞き入れてくれたようだ。しかし、テレパシーで連絡を取り合うのも一長一短だな。監督がテレパシーをしている間にワンストライク、スリーボールになっていた。詳しく指示が出せて会話も可能だが、それに集中してしまって周りが見えなくなってしまう。だが、これで青古泉が想定していた条件が整った。確か「用意した一着」だったか?これまでに何度も見てきた局面だが、試合開始直後に相手の牙城に綻びを入れるには充分すぎる一手だ。第五球、外角下のストライクゾーンギリギリを狙った球が投じられる。球速が落ちていないところを見ると青朝比奈さんに振らせるつもりか?………案の定、ストライクゾーンギリギリからさらに外側に変化したカーブ。監督の指示を守った青朝比奈さんにフォアボールでの出塁が言い渡された。ヒットを期待していた子供たちが残念そうに振り返る。
『パパ、青みくるちゃん打てなかった』
「打てなかったんじゃない。打たなかったんだ」
『どうして?』
「作戦ってやつだ。今の球を打っていたらアウトになっていたかもしれないだろ?」
『作戦ってなあに?』
「つまり、相手を困らせて、俺たちが有利になるようにするんだ。俺たちが勝つためにな。三人とも、俺たちが負けるのは嫌だろう?」
『絶対嫌!わたし試合に勝ちたい!』
「だったら一生懸命応援しないとな」
『応援って?』
「『みんな頑張れー!』って言われると元気が出る。俺も、ママも、お姉ちゃんも全員だ」
『みんな頑張れー!』
「このあともその調子で頼むな」
『あたしに任せなさい!』

 

 応援のことは、前に教えておいたはずだが……まぁ、繰り返し練習しないと身につかないのは勉強もスポーツも超能力もどうやら同じらしい。だが、俺との約束は守ってくれているようでなによりだ。これならベンチにカメラが入っても心配いらん。フォアボールのお返しとばかりに牽制球が放たれたが、相手をよりかく乱するための一手に過ぎないリードには通用しない。ボールが投手のグローブへと収まると、再度青朝比奈さんが一塁から離れる。そして投じられた第一球、球種が何だろうが関係ない。バントに構えた青佐々木を見た内野手が前傾姿勢を取ったが、ボールがバットに掠ることすらないままミットに収まった。青古泉の思惑通り、先ほどのバント練習も含めてバントで来ると相手に刷り込むことができたようだ。サードとショートが持ち場よりも前に出ると、「バントをするなら、いくらでもどうぞ」と青佐々木を煽るようなストレート。それを「用意した一着」はこの局面の方だと言わんばかりに青佐々木がバットを振った。持ち場を離れたサードの頭上を突き抜けたツーベースヒット。これで青朝倉もダブルプレーを取られる心配をせずに済む。鼻息を荒げたハルヒがバッターズサークルへと向かっていった。こうも簡単に満塁ホームランのチャンスが巡ってくるとは思ってなかったからな。
「見事としか言いようがありませんよ。試合前の練習の段階からバントの刷り込みをしていましたが、良くてノーアウト、ランナー1、2塁。それ以上になることはないと疑いもしませんでした。後ほど佐々木さんにはお詫びをしなければいけませんね。バントを誘発する投球に対して、待っていましたとばかりに空いたスペースに打ちこむんですから。ですが……」
自分で仕込んでおいたものに青佐々木のファインプレーが加わっただけでそこまですることもないだろうに…と考えていたのもつかの間、青古泉からのテレパシーが全員の脳裏に響き渡る。
『佐々木さんの活躍で朝倉さんが断然やりやすくなりました。ですが、この打順の本来の目的を忘れてもらっては困ります。先ほどの佐々木さんのときのように打てそうな球であれば構いませんが、そうでなければ安易にバットを振らない様に注意してください。見逃しでアウトでも構いません。ハルカさんも、満塁ホームランのチャンスが巡ってきて興奮するのは分かりますが、くれぐれも初球でホームランを狙いにいくような真似だけはやめてくださいよ?』
『ぶー…分かったわよ』
本家本元のセリフが飛び出した。バッターズサークルで残念そうに首を垂れると、チラッとベンチにいる監督を見ていた。青古泉の言葉通り、初球をホームランにするつもりだったらしい。
『パパ!ママのホームラン見られるの!?』
「ああ、その可能性が高くなってきたし、ママもやる気満々だ。でも、あまり『ホームラン!』って叫んだらダメだぞ?相手に気付かれる。こういうのも作戦のうちだ」
『作戦?むプ…作戦、作戦………』
どうやら『作戦』という一言がツボにはまったらしい。両手で自分の口を塞いでグラウンドに背を向けた。

 

 青朝倉がバッターボックスについてからも、監督の方針は初志貫徹。狙いを定めた位置に打てそうな球が来るまで一切バットは振らず、相手の采配が空回りするばかり。結局2回目の四球で青朝倉を出塁させたところで相手チームがタイムの申請。半日どころか数時間もしないうちに、こうも同じ局面を迎えることになるとはね。頼むからハルヒを落胆させるような真似だけはしないでもらいたい。もっとも、敬遠しようとしても何がなんでも出塁かホームランにしようとするに決まってる。相手チームが各ポジションに戻っていったが、守備位置はさっきと変わらず。何一つとして思い悩むことは無いとばかりに、ピッチャーが両腕を大きく振り上げる。第一球内角低めを狙ったストレート。第二球外角低めからさらに外へと変化したが、どちらもハルヒはバットを振ることなく見逃しワンストライク、ワンボール。第三球、ストライクゾーンのど真ん中からボールが落ちるフォークだったが、ハルヒならそのくらい読めている。ボールが落ち始める瞬間を捉えた。
『まずい!』
W俺の声がテレパシーで届いたのかどうかは定かではないが、状況を瞬時に把握した青朝比奈さんと青佐々木がすかさず走る。それにつられるように青朝倉も2塁へと向かったが、ハルヒの打球はバットがボールの上から当たってしまったことによるショートゴロ。宇宙人的、超能力的パワーを使わないのであれば、俺たちは走力ではどのチームよりも遅い。ホーム、3塁、2塁と送球され三重殺が確定。一回の表、俺達の攻撃は無得点に終わった。次に控えていた有希も含めて5人でベンチに戻ってくる。出累していた三人がハルヒに声をかけると、
「みくるちゃん!」
と青朝比奈さんの豊満な胸に顔を埋めて抱きついた。さすがのハルヒも自分のせいで3人の活躍を無碍にしてしまったことを悔やんで涙を流している。子供たちまでハルヒの涙を見て号泣。ママの満塁ホームランの期待が高かったことも含めてだろうな。
「ハルカさん、まだ負けと決まったわけじゃありません。一回の表が終わっただけです。今までの試合も、ハルカさんの活躍があったからコールド勝ちすることができました。ハルカさんのホームランでわたしも自分がホームランを打った気分になれました。多分、古泉君が10倍返しにする策を練っているはずです。わたしもその任務を果たせるように頑張ります。だから、またハルカさんのホームランを見せてください」
何も言えず、涙を流し続けていたハルヒだったが、青朝比奈さんの言葉に一度だけ小さく頷いた。
「長門、ハルカもあんな状態だし、他のメンバーには悪いが、俺たちだけでさっさと三人潰して二回表を迎えたい。采配はすべて任せる。頼めるか?」
「問題ない。でも、冷静さを欠くと力がボールに伝わらない。気をつけて」
「心配いらん。最初は相手の出方を見て来週の試合の参考にするつもりだったが、気が変わっただけだ。一人につき3球で終わらせる。昨日のように逆上しているわけじゃないから安心してくれ」
「分かった」

 

 有希がキャッチャー用の防具をつけ終わる頃にはハルヒの涙も止まっていた。いつまでも泣いているような女々しい女を妻にした覚えはないし、今頃、さっきのトリプルプレーを100倍返しにする案でも考えているに違いない。グローブをはめて颯爽を持ち場に向かっていった。ハルヒを囲んでいた青朝比奈さんや青佐々木、青朝倉、それに朝比奈さんやOGを除いて、先ほどの青俺と有希のベンチでのやり取りを周り全員聞いている。監督もそれに対して何か制限するようなことも無かったし、この回は二人に任せるようだ。その間にさっきの仕返しをどうしようかと考えているのかもな。俺も何かアイディアが浮かんだら誰かと交代してもらおうと思っていたんだが…これまでの試合で色々とやってしまったせいか、いい案が出てこない。青俺の第一球は、ストライクゾーンど真ん中からのフォーク。「おまえらとは球速が違うんだよ」とでも言いたげなフォークボールに対して一番手がものの見事に空振り。先ほどのハルヒを仕留めたボールだったがこの程度では気がおさまらん。
「163km/h」
おそらく有希が球速を告げたんだろう。バッターボックスに立っていた奴が有希の方に勢いよく振り向いた。最初は有希が嘘をついているものだと考えているだろうが、この回を終える頃には有希の言葉が真実だと理解せざるを得ない。青俺の宣言通り、他のメンバーが誰一人としてボールに触れることの無いまま一回裏を終えた。
「キョン、少しは僕らにも仕事をさせてもらえないかい?悔しいのはハルカさんやキミだけじゃないんだ。一人占めしないでくれたまえ」
「だったら攻撃面で活躍すればいい。この回で20点取ったら、あとは俺のナックルボールで試合終了だ。午前の試合と同様、三回表を迎えることはない」
「20点とはあなたも大きく出ましたね。ですが、そのくらいでないと僕も満足できそうにありません。打順が一回りしたら、控えメンバーにも出ていただきます。それまでにコンディションを整えておいてくださいよ?」
『問題ない』

 

 2回表の打順は有希からのスタート。てっきり初球を叩くものだとばかり思っていたが、相手投手を執拗に苛立たせる作戦のようだ。しかし、一回表でストライクゾーンの狭さに慣れたのか、ツーストライクツーボールまで追いつめられた。ボール球を一球見逃すと、その次の球でようやくバットを振った。打球は相手ピッチャーの顔面を狙ったかのような……もとい、有希なら狙ったに違いない。グローブで顔面直撃は防いだものの、その間にボールがダイヤモンド上を転がり、球を拾った頃には既に有希が一塁へ。故意でなかったとしても、投げたボールがそのまま跳ね返ってくることなんて十分にある。ガードせずに避けていたら有希のソロホームランが成立するところだったんだ。有希に対する苛立ちを隠せないようだが、ホームランになるはずだったボールをただのヒットにされて、文句が言いたいのはこっちの方だ。
「ハルカ、ブルペンでアップしたいから付き合ってくれるか?二回裏はナックルボールで仕留めるらしいが長打の可能性がないわけでもない。監督の言う通り俺たちも全員出るのなら、佐々木と代わることになりそうだからな。レーザービームを受ける練習も兼ねて相手してくれ」
「分かった」
「やれやれ、僕の出番はもう終わりってことかい?20点取るつもりでいるのなら、もう一回くらい僕にも打席に立たせてくれたまえ」
「来週になれば、存分に大暴れすることができます。以前、佐倉さんが見せたような逆回転のかかったセーフティバントを引っさげてね。ですから、今回は彼に譲っていただけませんか?一見冷静そうに見えますが、妻を泣かせた相手をのさばらせておくような人間でないことはあなたが一番良く知っていると思っていましたが、違いましたか?」
「そうだね、そうであって欲しいし、僕もそうありたいと思うよ。ライバルは多そうだけどね。ハルカさんや今泉君、それに、今バッターボックスに立っている異世界の自分かな」

 

 俺とハルヒがブルペンに移動している間に、グラウンドでは既にワンストライクスリーボール。先ほどの苛立ちがコントロールを乱していた。この試合では使わないが、相手に「バントもある」と植え付けるべく、一塁にいる有希がリードしていた。牽制球も勿論投げられたが盗塁するつもりの欠片も無いリードに、牽制球が効くわけがない。そういや、県予選で宇宙人的な速さでホームに向かって走ってたな。あのときも有希のファインプレーがなければ三重殺になっていた。さっきも誰かが言ってたが、一番ファーストは青朝比奈さんでほぼ確定だが、有希をトップにして盗塁するというのも悪くない。今度監督に進言してみよう。人間離れしない範囲でな。三度目のフォアボールにリーチがかかったところで佐々木が動いた。何もしなければ出塁できたかもしれないのに、バットを振るわけでもなく、バントに構え、バットをボールに当てた。バントに構えた時点で有希は二塁に向かって走る。佐々木の打球は、見事に三塁に向かって転がっていく。朝倉のような逆回転はかけられなかったものの、見事にセーフティバントを成功させ、ノーアウトランナー1、2塁。やれやれ、W佐々木の成長ぶりには感嘆したいところだが、また監督が拗ねてしまいそうだ。文句を言われたとしても「敵を騙すには…」だな。青俺がこの回で20点獲ると豪語していたにも関わらず、バントが失敗してアウトになったり、ボールに当てられなかったりすればツーストライクで後がなくなる。その状態でも打ち返せる自信があったとは到底思えないが、あいつの性格を考えれば、練習してきたことを実戦で試してみたかったってところだろう。その後ジョンが初球を叩き、バックスクリーン直撃のツーランホームラン。相手ピッチャーの手の内は十分見せてもらった。代投がこの中にいたとしても2回表で変えるわけにもいくまい。青ハルヒと青俺がそれぞれソロホームランを放ち、青朝比奈さんも二順目はフォアボールを待つことなく塁に出た。
『今泉、俺がツーベースヒットで一塁を空けておくから、出塁してくれるか?いわゆるお膳立てってヤツだ』
『なるほど、言い方としては適切とはいえませんが、先ほどの失態を本人に償わせるというわけですか。ですが、それなら本人もやる気が出るでしょう。ランナーが僕しかいない状態でホームランを放っても彼女の気が晴れることはありませんからね』
ハルヒが逆襲の満塁ホームランを放てばそれで9点。佐々木と朝倉が代わってジョン達が続けば青俺の提示した点数までとどくだろう。ここから先は催眠でもなんでもない、現実に起こる無限ループだ。仮にも全国大会地方予選の決勝まで勝ち抜いてきたんだ。簡単に心が折れるような真似だけはするなよ?

 

 伝えることは伝えた。あとはハルヒに任せるだけだ。だがその前に、俺の分の気晴らしをさせてもらう。いつもと同じように必要の無い情報が闇に沈み、俺自身とピッチャーだけが残る。球種が何であろうが関係ない。初球を打ち返すと先ほどと酷似したデジャヴが投手を襲う。俺の打球はピッチャーの帽子を掠め、センター方向へ。フェンスに当たってセンターポジションの選手がそれを補球。その頃には古泉に伝えた状況が出来上がっていた。有希や俺と同じく、古泉も投手の頭部を狙った打球で出塁してくれると面白いんだが、それで投手が脅えてしまっては、ハルヒからはこんな張り合いの無い相手に自分は三重殺を取られたのかと逆に落胆させてしまう。俺の思考を読んだのかどうかはわからんが、セカンドの右側を勢いよく打球が飛んでいく。青朝比奈さんにも3塁で待っていて欲しいと連絡しておいたし、これで準備が整った。
「自らの意志で行動したと言えば聞こえはいいですが、優希さんの投手を狙った打球から始まって、紗貴さんのバント、投手の頭部を掠めたツーベースヒット、それに続くヒットでも朝比奈さんがサードから動く気配がまるで無いとは…。僕の理想形の一つではありましたが、まったく、僕抜きでこういう状況を作り出すのはこれで最後にしていただきたいですね」
「いいじゃない!それだけSOS団の結束力が強いってことよ!みんな、黄あたしのことを思ってくれているんだって………グス…」
「涼宮さん、野球をしている間は…」
「うっさいわね!それぐらい分かってるわよ!」
「そうだね。でも、こういうときくらいは偽名でなくてもいいんじゃないかい?」
「それでも名前で呼んだわけじゃないけどな」
『ハルヒママ頑張れ――――!!』
今回くらいは勘弁してやるか。2塁にいる俺にも双子の声が聞こえてくるんだ。ちゃんと期待に応えてやれよ?

 

 一回表では、ノーアウト満塁からの三重殺だったが、さっきと違い相手チームに覇気がまるで感じられん。文字通り前回と同じ状況を迎えた感想を聞いてみたいもんだ。もっとも、これで終わるつもりはさらさら無いけどな。もはや相手の牙城は崩れた。これならハルヒが初球を叩いても監督も文句を言うことはないだろう。フォアボールが怖くて球速が落ちている今なら、どんな変化をしようがハルヒには関係ない。第一球、どストレートからのフォーク球がストライクゾーンを通過。ハルヒは……バットを振りもしていない。当然審判の判定はストライク。どうかしたのか?相手を煽って試合開始の状態まで戻してから勝負をかける気か?第二球、戦略の欠片も感じられないフォークがまたしてもストライクゾーンを貫く。3塁から青朝比奈さんが心配そうに俺を見ていた。1塁に視線を移すと古泉も俺の視線に気付いたらしい。「やれやれ…」と言いたげな表情だ。どうやら、考えていることは同じらしいな。アイツが自分にかけられた条件をさらに厳しくするのはいつものこと。そのついでに「フォーク以外の球が来たときにのみバットを振る」と相手に植え付けやがった。第三球、ピッチャーの投げた球は当然フォーク。一順前と同じタイミングでハルヒがバットを振る。バットの位置を微調整するくらい、コイツには造作もない。打球は内野ゴロになることなく、レフト方向へと一直線。
「自分のそのときの気分だけでバックスクリーン直撃弾を狙うのは禁止します」
という青古泉の言いつけを守った……?わけないよな。青朝比奈さんとの約束を果たしたってところか。ダイヤモンドを一周して戻ってきたハルヒが、再び青朝比奈さんに抱きついた。
「みくるちゃん、今どんな気分?」
「はい、わたしもホームランを打った気分になれました。ハルヒさん、ありがとうございます」
「今はハルカでいいわよ。それに……あんたたち、パパとの約束破ったわね!?どんな罰にしようかしら……?」
『ママのホームラン凄い!わたしもホームラン!!』
「わたしもホームランを打った気になった」と青朝比奈さんの真似をしたかったようだが、まだまだ言葉を覚えないとな。来週の披露試写会のときに英語の知識を二人に渡そうと思っていたが止めておいた方がよさそうだ。有希に「直訳したものを二人に伝えてくれ」と頼みたいところだが、今回ばかりは有希も嫌がるだろう。アクション映画だし、バトルシーンが見られれば満足するだろう。今はハルヒに抱きついたまま離れそうにないけどな。

 

 双子がハルヒに抱きついている間に、ピッチャー交代のアナウンスが流れた。ホームランを四本も打たれて9-0じゃ当然か。ベンチに下がるかと思ったが、今回は外野手との交代。場合によってはもう一度マウンドに…なんて筋書きだろうが、もう二度とマウンドに立つことはあるまい。相手の動きを見て、即座に監督からのテレパシーが届いた。
『どうやら、また1からやり直しのようですね。長門さんと紗貴さんで相手の手の内を探ってください。佐倉さんとの交代をと考えていましたが、もう一順後にします。三重殺の報復はこんなものでは済まないことを見せてやりましょう』
『問題ない』
ハルヒも子供たちもようやく満足したらしく、有希と佐々木、チアガール5人を除いた全員がベンチから様子を伺っていた。ピッチャーが誰であろうと有希や朝倉なら間違いなく出塁するだろうし、タイミング的にも丁度いい。監督に進言してみるか。
「監督、俺から一つ提案なんだが…いいか?」
「急にどうしたんです?相手の投手が変わったばかりですし、可能でしたら試合終了後にしていただきたいところですが……」
「今話すのが丁度いいんだよ。すぐにでも実践可能だからな」
「すぐにでも実践可能って、一体あんた何するつもりよ?」
「結論から先に言うと、来週以降の試合は優希を一番手にして盗塁をさせる」
『盗塁!?』
「なるほど、彼女が出塁すれば、あなたのおっしゃる通りすぐにでも実践可能。それでこのタイミングで提案してきたわけですか」
「ああ、今ここにいるほとんどのメンバーはトップバッターは朝比奈さんしかいないと思っているだろう。だが、走力に関して言えば、俺たちがこれまで戦ってきたどのチームよりも劣っているのは確かだ。前にも三重殺になりかけたところを、優希がそれを阻止した。あのときは宇宙人的パワーが混じっていたが、それを使わずともこのメンバーで最速は優希と佐倉の二人でまず間違いない。丁度今、優希がバッターボックスにいて次に佐々木が控えてる。アイツのバントを鍛えて戦力として組み込むなら、セーフティバントだけでなく、盗塁をする役割を担う奴だって必要になると思うんだが、どうだ?」
「相手がどんな奴でも一番手で出塁できて、なおかつ足の速いメンバーと言ったら、確かに長門しかいないな」
「わたしも同意見です。さっきもそうでしたけど、ハルカさんの打球が内野ゴロになりそうだって気付いて動いてもわたしの足じゃホームまでは遠すぎます」
「くっくっ、どうやらその方向で固まりつつありそうだね。僕もさっきのプレーで、いくら気付くのが早くても足が遅いんじゃ話にならないと痛感したよ」
「試してみる価値は十分にありそうです。優希さんが出塁したところで二人に指示を出すというのはいかがです?」
「面白いじゃない!出塁したらテレパシーで盗塁のこと伝えましょ」
「最終的な判断を下すのは監督であるこの僕なんですが…まぁいいでしょう。今後の試合に向けた一つの戦略として組み込むのも面白いかもしれません。やってみましょう」

 

テレパシーではなく、ベンチで直接会話をしていたから、控えピッチャーの投球を見ながら会話することができた。フォアボールへのプレッシャーをかけるのは先ほどと変わらずだが、四球にリーチがかかった段階で有希がバットを振って出塁。すかさず監督の指示が飛んだ。
『お二人にやってもらいたいことがあります。紗貴さんは先ほどの打席でバントがあることがバレていますので、初めからバントに構えて待っていてください。勿論構えるだけで当てにはいかず、そのあと何球か様子を見てもらいます。長門さんにはその初球で盗塁を試みてください。この結果次第では、今後はお二人が一番手、二番手を務めていただくことになります』
『分かった』
『くっくっ、ちょっと前の僕なら、「そんな大役、務まらない」なんて言ってたと思うけど、面白そうだね。上手くいくかどうかは別として、試してみたくなったよ』
確かに、佐々木なら「そんな大役、僕に務まるわけがないじゃないか」なんて言いかねないが、さっきのバントで自信がついたのかもしれん。バッターボックスに立ってすぐにバントに構えた佐々木を見て、抑えの投手が1塁に牽制球を投げた。まぁ、このくらいは当たり前。さらにリードを広げる有希を確認しつつも投手が大きく振りかぶった。サードとショートの選手は先ほど佐々木に裏をかかれた分、前に出ることなく前傾姿勢を保っていた。相手投手の第一球、まずは構えるだけのバントだったが、ボールをギリギリまで待ってから佐々木が避けたため、キャッチャーの反応が遅れた。セカンドに送球しようとする頃には有希は既に2塁。わざわざそんなことをしなくとも、有希なら余裕でセーフだと思うんだが……とりあえず、当初の目的は達成できた。ワンストライクから始めなければならないのがネックだが、それも今回限り。ツーストライク、ワンボールに追い込まれたところで、再度佐々木が動いた。第四球、先ほどと同じバントに構えると、今度は1塁側に方向を変えて転がっていく。佐々木自身も1塁を目指すが、流石にセーフティとはいかずアウト。だが、その間に有希が3塁へと駒を進めた。ベンチに戻ってきた佐々木に周りから称賛が送られた。
「あなたの活躍には、見事としか言いようがありませんよ。ポジションについては追って連絡をすることになりそうですが、これで次の試合の一番、二番が確定したようなものです。そうですね…長門さんと佐倉さんでレフト、ライトについてもらうとして……キャッチャーを誰にするか………」
「おい、古泉。次の試合のことより、目の前の試合に集中しろ!」
「ああ、それについては何ら問題はありません。『ここから先はわざわざホームランを狙う必要はありません。手頃な球を打ち返して、彼の掲げた点数まで稼ぐことにします。紗貴さんと交代した佐倉さんがホームランを放てばそれで丁度20点です。ジョンと涼宮さんはピッチャーゴロを打ったらそのままバットを持ってベンチに帰ってきてください。たとえ相手が途中で負けを認めたとしても容赦は一切なしです。よろしいですね?』」
『問題ない』
バットを肩に担いだジョンが、またもや相手投手を人差し指で煽る。イチローと同じ、これがジョンのルーティンワークになりそうだな。

 

 ハルヒには「長打もありえる」とは話していたが、結局レーザービームを使う機会は訪れず20-0で近畿地方代表が決定した。監督も青ハルヒに勝利者インタビューが来ると断言していたが、試合の内容が内容だっただけに俺たちに取材をしようとする報道陣は現れず仕舞い。やれやれ…来なくてもいいときに来るクセに、来て欲しいときに来ないなどと、相変わらず俺たちをイラつかせることだけは一人前の報道陣を後ろ目で見ながら会場をあとにした。まぁ、最後に青ハルヒが有希の真似をして、相手投手目掛けて打ち返したというのもあるのかもしれん。W俺の二世帯を残して異世界移動させると、俺たちは旅館の風呂で、他のメンバーは自室や本社の大浴場で身体を癒して夕食。青朝倉はおでん屋へと向かった。有希と交代で夕食を摂るらしい。俺の両親には古泉が事情を説明してくれていたらしいが、いくら青いバンダナで区別がつけられるとはいえ、ここまで瓜二つの夫婦が並ぶと呆れるというよりもある種の怖さを感じる。早々に低周波トレーニングをさせて服もすべて新調してしまうことにしよう。折角ドラマに出演するんだ。見栄えがいい方が母親としても喜ぶだろ。
「おじいちゃん、おばあちゃんご飯おいしい?」
「あんたたち、こんなにおいしい料理を毎食食べていたの?結婚式のときに食べた料理よりおいしいわよ」
「会社に辞表を出してくるからこっちで働かせてもらえないか?」
青俺と二人で溜息をついた。会話をしているうちにその話が出るとは思っていたが、一口食べただけで辞表まで出すと宣言するとは……やれやれ。
「出来るわけあるか。ただでさえバンダナをつけてないと俺たちでさえ区別ができんのに、どうやって社員に紹介すればいいんだ!?昼食は人事部の社員もここにくるんだぞ!?大体な、結婚式の頃ならまだしも、毎日食べている食事に雲泥の差があるのに、何でここまで似通っているのかこっちが知りたいくらいだ」
「くっくっ、それなら僕たちだって似たようなものじゃないか。髪型や身長で違いが分かるメンバーはいるけれど、朝比奈さんや古泉君は区別がつかないだろう?」
確かに、佐々木はついこの間シャンプー&カットをしたばかりだから、W俺、W朝倉、W佐々木は髪型で判別が可能だ。朝倉も情報統合思念体との対決があってから他の同位体とは髪型を変えている。加えてWハルヒ、W有希は身長で判別がつく。それに…
「簡単、涼宮さんやハルヒさんをずっと見ている古泉君がこっちの古泉君」
「みくるちゃんなら声をかけてみればその反応で分かるわよ」
「とにかくだ。たとえ違いがはっきりするようなことがあったとしても、社員が混乱することに間違いはない。俺は人事部の人間じゃないが、二人とも不採用だ」
「では、お二方に催眠をかけて別人に見えるようにするというのはいかがです?」
「黄古泉、すまないが、その案ならとっくに却下されている。『俺たち三人以外は別人に見える』という催眠をかけたとしても、幸からすれば何かしらの印がないと区別がつけられん。まったくの別人を自分の祖父母として認識させるわけにもいかないし、毎日のように同じバンダナを巻いているわけにもいかんだろう。それに、俺や有希まで混乱してしまう。たまにこちらに来て一緒に食事するくらいが関の山だ」
解決する方法が無いわけでもないが、ここは二人に引きさがってもらった方がいい。
「そうね、あんたの言う通り、今度からはあんた達が家に来るんじゃなくて、こっちに呼んでもらおうかしら?あんた達の住まいも見てみたいし」
「ママ、わたしおじいちゃんたちと一緒に寝たい!」
「今日は無理。わたし達はこのあと旅館に戻る。一緒に寝るのはまた今度」
「ぶー…分かったわよ」
「それでは、お二方の本社への就職の話も一区切りついたようですし、来週のスターティングメンバーを発表してしまいましょう。お二方にはそのときにまた来て頂くということで折半しませんか?」
「それは別に構わないけど、古泉君、あんたもう決まったの!?」
「ええ、これまでの試合での経験を考えれば、そこまで時間はかかりませんでしたよ。一番レフト黄有希さん、二番ショート黄佐々木さん、三番ファースト朝比奈さん、四番セカンドハルヒさん、五番ライト黄朝倉さん、六番キャッチャー鶴屋さん、七番サード有希さん、八番センター黄鶴屋さん、九番ピッチャー涼宮さんです。ハルヒさんの宣言通り、女性のみでチームを構成しました。もっとも、W鶴屋さんが例の件をちゃんと克服出来ていればの話ですが…」
「それなら、この後わたしが鶴屋さんに連絡をとってみます。『四郎君』と『亀島さん』で笑わないかどうか確認してきますね」
「じゃあ、わたしもこっちの鶴屋さんに確認してきます」
「では、練習日程も伝えておいて下さい。特にこっちの鶴屋さんには涼宮さんとピッチング練習をしなければいけませんので。もちろん黄有希さんや黄朝倉さんの超光速送球を受ける練習にも加わっていただきます」
「とりあえず、この後有希がおでん屋から戻り次第俺たちは旅館に戻る。青俺たちも一度98階を見せてから旅館に戻ってもいいはずだ。鶴屋さんの件についてはW朝比奈さんにお任せします。ついでに、映画の披露試写会の件も一緒に連絡をお願いします」
『分かりました』

 
 

…To be continued