500年後からの来訪者After Future2-9(163-39)

Last-modified: 2016-07-30 (土) 19:48:42

概要

作品名作者
500年後からの来訪者After Future2-9163-39氏

作品

試合が終わったにも関わらず、ジョンの世界では野球の練習が続いていた。目的はレーザービームを一段階レベルアップさせた有希と朝倉による超光速送球の捕球とOG六人がW俺やジョンが投げる球を捕ること。日本代表になった二人はジョンの世界でしかこんな練習はできないだろうが、これが捕球できるようになれば、たとえ日本代表エースの渾身のスパイクであろうとレシーブを乱すことなく自分たちの攻撃につなげていけるはず。この夏のバレー合宿に向けた青古泉考案のスペシャルメニューが組まれていた。その間、ジョンが現実世界に戻り、俺の両親にW俺と同じ全身に低周波を送る超能力を備え付けていた。強さは俺たちの半分程度だが、朝の会議の様子を見る限りでは、多少の違和感は抱いているかもしれんが、本人たちも特に気にしてないようだ。ジョンの世界から抜けた後、三人で朝風呂に入っていた俺たちと、各府県をまわって昨日の試合を一面で飾っている新聞をかき集めてきた青俺を待っての朝食。圭一さんやエージェント達も試合内容が事細かに書かれた新聞記事が気になって文面を読んでいた。

 

 有希の一言で会議が終わるとすぐに古泉たちは福島のツインタワービルへとテレポート。俺たちも旅館のチェックアウトを終えてボックスカーで調味料の製造所を回りながら青有希のマンションへと向かっていた。移動型の閉鎖空間をつけてさっさと回ってしまおうかと思ったが、ドライブしながら双子に学習させるのも悪くない。
「二人とも、周りの景色も気になるだろうが、今日はちょっと曜日の勉強をしよう」
『ようび?キョンパパ、ようびってなあに?』
「例えば、ママや有希お姉ちゃんのライブが見られるのは何曜日だった?」
『ハルヒママと有希お姉ちゃんのライブ?………あっ、土曜日!』
「正解。じゃあ、野球の試合をするのは何曜日と何曜日だった?」
『野球の試合……』
「キョンパパ、わたし分かった!土曜日と日曜日!」
「そうだ。次の土曜日と日曜日も野球の試合をするから楽しみにしておくんだぞ?」
『問題ない』
「ちなみに今日は月曜日」
『げつようび?』
「そうだ。今は夏休み中だから関係ないが、バレーの合宿が終わったら幸は小学校、二人は保育園に行く。土曜日と日曜日は小学校も保育園もお休みだ。だが、俺たちは土曜日も日曜日も働いているから、俺たちの休みは月曜日。朝ごはんのときにおばあちゃんがいただろう?おばあちゃんが朝ごはんにいる日は全部月曜日だ」
「キョンパパ、おばあちゃん土曜日と日曜日休みじゃないの?」
「食堂にお客さんがいっぱい来る日だからな。だからおばあちゃんは月曜日がお休みだ」
「じゃあ、キョンパパ、明日は?」
大分使い慣れてきたようだ。土日と月曜日で終わらせるつもりだったが、一通り教えてしまおう。
「明日は火曜日。みんなで野球の練習をする予定だ」
『野球の練習!?キョンパパ、わたしも練習したい!』
「幸と三人でキャッチボールするところからやるぞ。その次の水曜日と木曜日も野球の練習をするからちゃんと覚えておけよ?」
『すいようびともくようびも練習…すいようびともくようび練習……』
「木曜日の次が金曜日、金曜日の次が土曜日だ。金曜日になったらこうやって五人で旅行に出かけるぞ。土曜日の試合会場の近くまで行くんだ」
「キョンパパ、キョンパパ!もう一回!」
ライブがあったり、野球の練習や試合をしたり、こうしてドライブをしたりしながら勉強をすると、もの覚えが早いもんだ。二人とも観点別評価の関心・意欲・態度の項目にはAをつけてやらんとな。外の景色が気になり始めたところで曜日の勉強はおしまい。製造所も3、4か所回ったが、結局来たときと同じような結果に終わった。

 

 有希が指定した最後の製造所を回ったところで時間も頃合いになり本社ビルへと戻ると、81階では古泉が昼食の支度をしていた。ハルヒと有希はそれぞれ自分の荷物を持って自分たちのフロアに戻り、双子は幸がきたらライブステージでダンスを踊るつもりだろう。アカペラで歌いながらフロアで踊っていた。
「すまん、古泉。すぐ俺も手伝う」
「いえいえ、お気づかいなく。それよりも、長旅おつかれさまでした。その様子ですと、あなたの舌を唸らせるようなものは見つからなかったようですね」
「まぁ、初回で見つかるようなものじゃないと思っていたし、唸らせるのは俺じゃなくて新川さんの舌の方だ。ハルヒも一緒に味見していたんだが、どれもクセがあって料理に応じて使い分ける必要があるものばかりでな。ここでみんなの料理を作る分には問題ないんだが、社員食堂で使うとなると母親と従業員が慣れるまでに時間がかかりそうだ。それに、今回まわったところの調味料だけで決めるわけじゃないからな。せいぜい、青俺たちと同期して使えそうなものは新川さんに情報を渡して考えてもらう程度だ」
「どうしたんです?有希さんや朝倉さんが関わっているわけでも無いのに、あなたから『同期する』などという言葉が出てくるとは思いませんでしたよ」
「確か……、ハリウッド映画のヒロインを連れてきた日の翌日だ。佐々木が『キミとゆっくり話せるように時間を止める研究をしたい』とか言い出したんだ。そしたらジョンが話に入ってきてな。『キョンと佐々木さんにそれぞれ催眠をかけてお互いどんな話になったか情報を共有すればいい。もう宇宙人と同等のことをやっているし今後は同期と言ってもいいだろう』というわけだ。もっとも、お互い催眠と分かっている以上本人と話した気には…ってこれはおまえも知ってるか」
「どうやらそのようです。ですが、ジョンの言う通り彼女たちのように各時間平面上の自分と同期することはできなくとも、我々であればお互い同期すると言っても過言ではなさそうですね」
「それで、ツインタワーの方はどうだった?」
「夕方の様子もうかがってからになるとは思いますが、我々が総出で手伝う程では無くなったといったところです。仕事に不慣れなのは当然ですし、その分を補うような形で支援するだけであとは現地の人々でやっていけるでしょう」
「なら、明日の午前中は野球に集中できそうだな」
『野球!?キョンパパ、わたしも野球の練習したい!』
「幸と三人でキャッチボールするところからだとさっき言っただろう。因みに明日は何曜日だっけ?」
『火曜日!』
「これはこれは……明日の回転寿司のことも含めて、良いお父さんではありませんか」
「来月からのことを考えればこのくらいはしておかんとな」

 

 古泉以外のメンバーはというと、青チームSOS団は自分の部屋で練習、青古泉は人事部、佐々木はデザイン課か。朝比奈さんも自室で歌の練習をしているようだ。古泉の言っていた通り、夕方の様子を見てからになりそうだが、ようやく俺たちがいなくてもツインタワーの住民で仕事を回せるようになった。ツインタワー周辺のビルや施設も既に建築して大手チェーン店と契約済み。内装の工事に入っている。まだ宮古市といわき市へと引っ越す住民が残っているが、有言実行、SOS City、盛岡、福島の三地区を復興させたんだ。俺たちに文句を言うのは精々元政治家くらい。青俺たちが戻ってきたところでハルヒを呼んで同期したが、お互い似たようなものか。
 お昼時、俺の母親が愚妹やシャミセンと降りてきたのを見た双子がさっき話していたことを思い出したらしい。
『おばあちゃん、月曜日お休みなの?』
「ええそうよ。それがどうかしたの?」
『さっきキョンパパが言ってた!』
「あんた、この子たちに何か言ったの?」
「曜日の勉強をしていたときに例として挙げただけだ。二人ともそれが確認したかったらしい。そこまで気にしないでくれ」
「キョン、そういえばこの子、夏休みの宿題まだ1つもやってない」
「有希は新曲の練習で忙しいだろうから、俺が面倒を見る。いい機会だから自分の机でやらせることにする」
『あ――――――幸パパ、それダメ!!三人でダンス踊りたかったのに!!』
「ならその代わりに、こっちのハルヒ達がライブの練習しているところを見たらどうだ?黄朝比奈さんと黄古泉も練習するんだろ?」
「そうですね、一度古泉君と合わせてみたいです。二人も一緒に歌いませんか?」
朝比奈さんのお誘いに双子がNoというはずもなく、三人でダンスを踊るという考えはどこか遠くへ行ってしまったようだ。テンポは若干違うが同じ曲だから問題ない。
「くっくっ、どうやら今日のヘリの運転は僕になりそうだね。黄チーム全員とOG四人にかかっている催眠を一度解いてもらえないかい?」
「黄佐々木もあまり古泉を甘やかさないでくれ。おまえがヘリの運転を名乗り出てしまったら、コイツは黄ハルヒにつきまとうだろうが。古泉がヘリで十分だ」
「そうかい?それならお言葉に甘えさせてもらうことにするよ。僕も来月号のデザインよりも一月号のデザインを優先したいからね」
「そんなに慌てる必要はないわよ。時期が来ればデザイン課全員で考えることになるんだから、そうやって一人で背負いこむこともないんじゃないかしら?」
「結局、僕がヘリの運転になりそうですね。まったく、少しは信用してもらえませんか?」
「残念だが、Wハルヒが関連することについてのおまえの信頼度は0%だ。周り全員認めているんだからもっと自律しろ」
「失敬な。それは少々言いすぎではありませんか?」
『(青)キョンの言う通りなんだから、あんたは黙ってヘリの運転してきなさい!』
「とりあえず、食べながらでも話せる。有希、佐々木が言っていた催眠をすべて解除してくれるか?念のため確認もしたい。青チームメンバーも含めて全員だ」
「分かった」
有希が手をかざすと、窓ガラスがマジックミラーに早変わり。とりあえずこれで、全員の催眠状態が解除されていることが確認できた。納得の表情を確認してフロアが元に戻った。

 

「それで、青チームもみくるちゃんも練習は順調なの?」
「有希も帰ってきたし、午後はライブステージで合わせてみたいな」
「問題ない。食べ終わったらすぐ準備する」
「僕はまだ自信がないんだけど、みんなと一緒に練習していた方が伸びしろが良さそうだね」
「わたしもそれで構いません」
「食材の注文をしなくちゃいけないから、途中で少しだけ抜けたいんだけどいいかしら?」
「それなら黄朝比奈さんたちと交代でやればいいんじゃないか?双子も見てるし、お互い客からどう見えるのか分かった方がいいだろ」
「それもそうですね。青キョン君の意見にわたしも賛成です」
「では、我々はその方向でいきましょう。それと、ビラ配りが終わった段階でハルヒさんたちも来ていただけませんか?率直な感想を聞いてみたいのですが、いかがです?」
「面白いじゃない!アンコール曲に相応しいものでなきゃ、あたしは一切認めないわよ!?」
「こちらの朝比奈みくるが歌詞を間違えなければ問題ない」
「あわわわ……有希さんにそう言われると、歌いきれるかどうか自信がなくなってきちゃいましたぁぁぁ」
『わたしもみくるちゃんと一緒に歌う!』
「くっくっ、身体は小さくても心強い味方の登場なんて羨ましいじゃないか」
「あら?確か、頭脳はハルヒさんじゃなかったかしら?二人からダメ出しされるかもしれないわね」
「ったく、味方を追い詰めてどうするんだ。とりあえず、青朝倉の食材の注文が終わり次第、古泉にはツインタワーに飛んでもらう。俺たちがそこまで手伝う必要がなければそのままライブを続けていてくれて構わない。折角の祝勝会なんだ。テンションガタ落ちで戻ってくるなよ?」
『問題ない』

 

「話が一区切りついたようなら、私からも一ついいかね?」
「圭一さんがそうやって話を切り出すのも久しぶりですね。何かあったんですか?」
「北区の中学校から連絡が入った。何でも二年生で職場体験というものをやるらしい。その体験先として我が社に生徒をお願いしたいそうだ。どうするかね?」
「くっくっ、そういえば僕も中学校でそんなことをした記憶がある。体験先は忘れてしまったけどね。その頃はまだキョンとは知り合って無かったんだったね。キミはどこに行ってたんだい?」
「中3の頃にさんざんおまえとその話をした記憶は残っているが、おまえと同様、どこに行ったか忘れてしまったよ。青俺たちは?」
「くっくっ、どうやらこっちも同じようだ。それにしても、僕たちが受け入れる側になるとは驚いたよ。どうするつもりなのか聞かせてくれたまえ」
Wハルヒは自分の興味の欠片もないところに行かされているはずだから聞いても無駄だとして、有希、朝比奈さん、朝倉は情報操作で北高生からのスタートだから体験しているはずがなく、W俺が入れ替わったあの事件の一年前からしか有希は改変していないから、青有希、青朝比奈さん、青朝倉にもそんな記憶は残ってないだろう。古泉は閉鎖空間関連でそれどころではなかったはずだし、W俺とW佐々木が忘れている以上、記憶に残っている可能性があるのは青古泉とENOZ、OG四人。愚妹はその当時はようやく精神年齢が5才くらいだ。聞くまでもない。だが……
「この様子ですと、体験した記憶はあっても、いつ頃、どこに、どのくらいの期間体験していたかまでは出てきそうにありませんね。圭一さん、学校側からは何と?夏休み中に依頼が来るくらいですから、九月下旬か十月頃だと思いますが…」
「ああ、古泉の言う通りだ。九月下旬の平日五日間、9:00~16:00頃の時間帯で頼みたいらしい。人数はこちらに任せるそうだ」
「有希、北区に我が社の店舗はいくつあるか分かるか?」
「王子と赤羽の二つだけ」
それなら久しぶりにあのイベントをやってみるか。一つの学校から依頼が来れば他のところからも来そうだしな。この電話が俺たちの会社のさらなる発展に拍車をかけてくれるかもしれん。
「よし、圭一さんが受けた学校の二年生が何人いるのかは知らんが、十人程受け入れよう。細かいことについても打ち合わせがしたいので俺が折り返し電話をします。圭一さんの名前をお借りしてもいいですか?」
『十人!?』
「私の名前くらいなら、いくらでも使ってもらって構わないが、そんなに中学生を受け入れて大丈夫かね?」
「圭一さんの言う通りよ。バイトの人たちもいるし、いくら店舗が大きくても十人なんて収まりきらないわよ」
「心配いりませんよ。圭一さんの名前を借りてまで『細かいことも打ち合わせをしたい』と言っているんです。その詳細を聞いてから判断しても遅くはありません」
「是非聞きたいものね。中学生を十人も呼んで一体何をするつもりなのかしら?」
「みんなが思っている通り、王子と赤羽の二店舗だけで十人も収まりきるわけがない。細かい割り振りから先に説明すると、王子と赤羽の二店舗に二人ずつ、本店に二人、残った四人がデザイン課だ」
『デザイン課ぁ!?』
「まったく、『やれやれ』と言いたくなるのを通りこして呆れかえりましたよ。たった一本の電話で五年後、十年後を見据えた計画を立てるとは………」
「呆れかえったのはこっちの方だ。なんでこういうときだけ頭が回るんだ?おまえは。少しはWハルヒのことにも頭を使え!」
OG達が青俺の発言に首を縦に振っている。まぁ、いつものことか。それにしても、青古泉の扱い方が最近どうも乱暴になってきているような気がする。青俺なりにコイツを是正しないといけないとでも思っているのかもしれん。それで青ハルヒとくっつくかどうかは分からんがな。
「とにかく!あんたもさっさと説明しなさいよ!デザイン課に中学生を入れるってどういうつもりよ!」
「青古泉の言った通りだ。五年後、十年後に社員として我が社に招き入れる人材を探すんだよ。確か、職場体験の前に職場の人間と事前に打ち合わせをしたはずだ。学校側が何人我が社に配置するかは分からんが、我が社での職場体験が決まった生徒全員を本社に呼んで、人事部で面接をする。当然、俺たちの会社はファッション会社だから、私服に着替えて来てもらう。アクセサリーをつけたいのならそれでも構わん。というより、つけてきてくれた方がこちらとしてはありがたい。面接は圭一さんと、催眠をかけたハルヒ、有希、朝倉の四人。中学生が持ってきた履歴書をサイコメトリーして本社まで来るのが厳しい生徒には王子店や赤羽店に入ってもらう。ハルヒたちには中学生のファッションと、サイコメトリーした情報を加味して、デザインに向いてそうな生徒をデザイン課に配置してもらいたい。体験中に生徒が描いたデザインの中で編集長のお眼鏡に叶ったものがあれば、書類を書かせた上で冊子に載せたいと思っている。報酬はでないが自分のデザインが冊子に掲載されれば、生徒の方も満足するし自信もつく。それから、我が社にくることになった生徒全員に本社設立時からやっていた無料コーディネートをさせてそれを仕事着にする。勿論一着で五日間は厳しいだろうから次の日に別のコーディネートをさせるまでだ。あとは………本社に来る生徒には交通費がかかる分、俺たちと同じカードを渡して昼食はタダにしよう。赤羽、王子の二店舗は弁当持参だ。今回はこの人数でいくが、噂が広がって他の中学校からも連絡が入るようになってくる。どうしても日時が重なってしまうようであれば、そのときに受け入れる人数を制限すればいい。それが広がって今の中学生が18歳以上になれば、履歴書に『中学校のときにここで職場体験をさせてもらった』と書くことができる。青古泉の言っていた五年後、十年後っていうのはそういうことだ。ファッションに関心があり、実際に体験したこともある人材を今から作っていくんだ。今のデザイン課が時代に乗り切れなくなったときに採用された新入社員が活躍してくれるんじゃないかと思っているんだが、どうだ?」
『面白いじゃない!』
「要は、素質のある子を集めて将来戦力になりそうな子をあたしたちで見つけるってわけね。あんたが日本にいないときに十人も受け入れるなんて……って思ってたけど、そういうことならあたし達の方が適任よ!」
「いくらなんでも細かすぎますよ。ですが、圭一さんに折り返しを頼まなかった理由がはっきりしました。中学生に無料コーディネートとは考えましたね。五年を待たずとも、我が社にとって更なるプラスになることに間違いありません」
「これは困ったね。僕たちも中学生に負けてられないよ」
「中学生のデザインを採用するかどうかはわたしと有希さんに一任してくれているみたいだけど、それに関しては他の社員と同じ扱いになるわよ?それでもいいのかしら?」
「問題ない。欠陥品を冊子に掲載するわけにはいかない。でも、スケッチブックを預かってアレンジしたものを出すことは可能。必要な書類はわたしが用意する」
「とにかく、話が長くなってしまった。午後の仕事の割り振りについてはさっき確認した通りだ。俺も折り返しの電話をいれたら今夜のパーティの準備にかかる。このあともよろしく頼む」
『問題ない』

 

 やれやれ…中学校への折り返しの連絡をしたあとは佐々木に片付けと仕込みを手伝ってもらおうと思っていたんだが…どうやらさっきの一件で、佐々木のやる気スイッチをONにしてしまったらしい。デザイン課に降りて行ってしまった。まぁ、ライブ会場の様子をモニターに映してくれと有希に頼んでおいたし、それを見ながら作業に取り掛かることにしよう。俺が圭一さんの名前で電話をかける件については人事部の社員も聞いていたし、周りで聞いていても驚くようなこともなかったが、中学校側は驚いてばかりだったな。話を聞くと一学年80人強の小規模校のようで、俺が「少なくとも10人以上」と言っただけで何分待たされたか……。時間はかかったが、その分我が社に来る人数が10人で固定されたようなもんだ。生徒の打ち分けを説明すると向こうも納得しているようだったから、まず間違いないだろう。加えて「ファッション会社なので、事前打ち合わせの段階から私服で」という内容と「アクセサリーを持っている生徒は私服に合ったものを身につけて来ること」に関しては強く念押しをしておいたから大丈夫だろう。「社長から」というフレーズも入れておいたしな。
 ライブ会場の方はドラマの主題歌になるバラード曲の方はもはや文句のつけようがなく、朝比奈さんと古泉の方も初めて合わせたとは思えない程の完成度を見せた。原曲のテンポで歌おうとした双子が逆に邪魔になっていたが、それ以降はW朝比奈さんの歌声に耳を傾けていた。かくいう俺も二人の美声に心を癒されていたのは言うまでもなく、これで朝比奈さんがマーメイドドレス姿だったら間違いなく朝比奈さんにファンの視線が集中する。青古泉のこととやかく言うことができなくなってしまいそうだ。ハルヒ達がビラ配りから戻ってきても、有希の「問題ない」の一言で終わるだろう。ハルヒや有希が入ったことで朝比奈さんが緊張しなければだけどな。青朝倉が食材を注文している間、青ハルヒにも仕込み作業を手伝ってもらい、祝勝会の準備は整った。ツインタワーに出向いた古泉からも「1つ1つの作業に手間取って時間はかかっていますが、我々が参戦するほどのことでもありません」との事。W朝比奈さんにW鶴屋さんを呼びに行ってもらい、
ENOZやエージェントも全員集めた。報道陣を敷地内に入り込ませない閉鎖空間のおかげで、今では入口を警備する必要がなくなったからな。その分各国に飛びまわって対応してもらっているが、時差ボケ等についてはすべて日本での生活リズムに合わせているから問題ない。全員揃ったところで、乾杯の音頭を取るのは今朝の新聞記事の一面を飾った精涼院ハルカ。
「それじゃあ、全国大会近畿地方予選の優勝祝いと、今週末の試合の勝利を祈って……」
『かんぱ~い!!』

 

「しかし、W鶴屋さんもお盆前で何かとお忙しいのではありませんか?明日以降の野球の練習や彼の映画の試写会も参加すると伺いましたが…」
『気にすることないっさ。毎年のことだから一人くらいいなくなっても周りがなんとかやってくれるっさ。正直言うと同じ事の繰り返しで飽きてきたところだったにょろ。ハリウッド映画の試写会も待ちくたびれたくらいっさ』
青俺が心配していた青鶴屋さんの声帯も至って普通。まぁ、地方を回って地元紙をかき集めてきた青俺と違って、青鶴屋さん宅に届いた新聞といえば、多くて2,3社程度。そういえば、こっちの鶴屋さんには新聞を見せてなかったな。
「青俺、こっちの鶴屋さんにも今朝の新聞を見せてもらえないか?」
「おっと、すっかり忘れていた。黄鶴屋さん、青チームの世界の今朝の新聞記事です。昨日の俺たちの試合の件が一面を飾ったんですよ」
「おぉっ!それは是非見てみたいにょろ!……プ、くくくく……あはははははは。これは一体誰っさ!?あっははははははは…」
「黄チーム全員に関係者以外からは別人に見えるように催眠をかけたんです。そこに写っているのは催眠がかかった状態のハルヒですよ」
「こ、これがはるにゃんっさ!?似てるところが一つもないにょろよ。あはははははははは…」
「ダメっさ、思い出しただけでこっちまで笑いそうになるにょろ。ちなみに他のみんなはどうなるっさ?」
「鶴屋さんは見ない方がいいと思います。多分ですけど、書き初めのときより声帯が酷くなるかもしれません。黄キョン君たちが回復してくれるとは思いますけど、声が出なくなるかも……」
「そんなに変わるにょろ!?じゃあせめて、黄みくるがどう変わるかだけでも知りたいっさ!」
「じゃあ…どっちの鶴屋さんも覚悟してくださいよ?3…2…1…0!」
『ブッ!あっはははははははは………これは傑作っさ!違和感の塊でしかないにょろ!くくくくく……あははははは……』
もう座席には座っていられず、文字通り抱腹絶倒。朝比奈さんについては全くの別人ではなく良いところをなるべく残した状態で残りを変えたからな。親友の鶴屋さんが二人で声を揃えるくらいなんだ。言葉通り今の朝比奈さんは違和感の塊でしかないんだろう。青鶴屋さんに未来の朝比奈さんを見に行く件を伝えるのは明日以降にしよう。
『キョン(伊織)パパ!わたしのドーナツは!?』
「これから作る。出来たての方が美味しいぞ。何が食べたいかは決まっているのか?」
『メニュー見せて!』
ようやく「メニュー」がインプットされたらしい。三人が睨むようにメニューを見ている間に、ドーナツ用の器具を情報結合。というより、いっそのことドーナツ用の器具一式をキューブで縮小してキッチンにしまっておくか?片付けはどうせ愚妹だしな。中途半端に洗って放置するようなら即地元に送り返すまでだ。油の温度が適温に達したところでタネを1つずつ沈めていく。子供たち以外にもドーナツが食べたいなんてメンバーもまた出てくるだろうし、明日の朝食の分も……まぁ、いつも通りだ。
「キョンパパ、わたし試食したい!」
「あ――――美姫ずるい!キョンパパ、わたしも!」
「伊織パパ、わたしも試食したい!」
へいへい。しかしまぁ、ドーナツに関連した用語はもうマスターしたようだ。
「ドーナツが食べたいメンバーはいるか?メニューもあるから好きなものを注文してくれて構わない」
それに反応したのがまたしてもいつものメンバー達。W有希、W朝比奈さん、青朝倉、W佐々木、OG、ENOZがアイランドキッチンの周りを囲んで作業工程を見つめていた。W朝比奈さんにはW鶴屋さんの分も選んでもらうことにしよう。本人は必死に笑いを堪えようとしているようだが、いつになっても状態が変わる気配がない。

 

「三人とも、ドーナツができたぞ。八等分するから一つずつ食べてみろ」
すでに用意していたフォークと椅子で小分けにされたドーナツを一口。三人とも出来たてのおいしさに満足しているのはいいが、こうしてパーティをするたびにドーナツを作らされていては、俺がパーティを楽しむ時間がない。ドーナツを作り終える頃には、朝比奈さんや古泉はいつものようにダウンしているし、W鶴屋がパーティに参加するときは、ハルヒは席を移して鶴屋さんと盛り上がっている。俺が映画の告知に出向くまでは『毎日夫婦の時間が欲しい』などと言っていたが、今日はその必要もなさそうだ。しかし、自分で蒔いた種とはいえ『パーティ』=『ドーナツを作ってもらえる』という脳内方程式をなんとか回避する方法はないものか……。
『パーティ以外でも作ってやればいい。曜日の勉強もしたことだし「○曜日はドーナツの日」にでもしたらどうだ?』
確かにそれも一つの策なんだが……映画の宣伝に出向いている間は古泉に任せることになってしまう。古泉の方もドラマの撮影が控えているし、あまり負担をかけるわけにもいかん。
『たまたま時期が重なっているだけだ。それに、今後は依頼が来ても断るつもりなら、宣伝や撮影が終わった後にいくらでもできる。どちらにしろ、そんな状態でパーティなんて当分の間は不可能だ』
それもそうだな。やるとしても野球やバレーが一段落した後に一回くらい。W朝比奈さんの誕生日祝いも年齢的にもそろそろ控えた方がいい。俺たちの結婚記念日もやらなくなったし、あったとしてもハルヒや青有希が子供たちに『パパの誕生日祝いをする』と企画をもちかける程度で、俺がドーナツを作ることはない。
「あんた、この子の片付けは今日はどうしたらいいの?」
パーティを一通り楽しんで、料理に満足した両親と愚昧が部屋へと戻るらしい。ジョンとドーナツの件で議論していただけでもうそんな頃合いか。やれやれ、またしても自分の蒔いた種でパーティ気分に浸ることができんとは……。『空いている皿を下げて、ドーナツの器具と一緒に片付けを』と思っていたが、それでは愚妹がこのフロアにいる時間が伸びてしまう。W佐々木の負担を軽減してやりたかったところだが、こればかりは仕方がない。
「空いている皿を下げるだけでいい。今後もパーティのときはそれで通してくれ」
ジョンと培った集中力で多少の違和感を感じる程度だが、低周波トレーニングの効果がもう出始めたようだ。この分だと一週間もしないうちに変化が現れるかもしれん。本人たちは『これまで通りに過ごしてきただけ』としか思わないだろうが、どの道こちらから理由を打ち明ける時期が来ることになるし、そこまで気にすることもないか。母親が愚妹と一緒に空いている皿を下げたところで85階へと戻っていった。それを見た双子が椅子から降りてハルヒの元へと向かう。
『ハルヒママ、わたしもう寝たい』
「先に99階に戻ってていいわよ。あんたたち、パパにドーナツ作ってもらったんだから、ちゃんと歯磨きしなさいよ?」
『あたしに任せなさい!』か『問題ない』が返ってくるかと思ったが、どうやら眠気に勝てなかったようだ。ハルヒの忠告……じゃないな、母親としての心配か。コクリと頷くと、とぼとぼとエレベーターに足を運んで部屋へと戻っていった。

 

「ようやくキミもパーティに参加できそうだね。彼は僕が部屋にテレポートするからこっちに来て座りたまえ」
古泉をテレポートするだけなら俺も……って、今回は佐々木の提案に身を委ねよう。考えることすら煩わしくなってきた。まったく、心労が絶えん。
「くっくっ、黄僕と二人でキミがいない間のことを話し合っていたんだ。キミが世界各国を回っている間、パーティなんてできそうにないからね。パーティ後のことも含めて、キミがいないパーティなんて僕には考えられないよ。こっちのキョンと話しているのも決して悪いわけじゃないんだけどね。やはりキミでないとダメみたいなんだ」
「それで、二人で話し合って何かいい案でも閃いたのか?」
「キミですら今後のスケジュールの詳細を知らされていないんだ。ヒロインのSPじゃないけど、キミのマネージャーとして交代でついて行くくらいしか思いつかないよ」
そう言えば、マネージャーから連絡が来たことはあったが、ハリウッドスターの来日にマネージャーが同伴したことはこれまで一度もなかった。ハリウッドスター一人につきSPが二人ずつとせいぜい通訳くらい。世界各国に宣伝に行くようなときは、一緒についていくより移動手段の手続き等で別行動をした方が効率がいいってことか。ハリウッドスターのそのときの気まぐれでどこに泊まるか変わってしまうくらいだからな。まぁ、その気まぐれでハリウッドスターたちが我が社に来てくれたんだ。今回の映画のヒロインと毎年俺たちを招待してくれる年越しパーティの主催者にはいくら感謝しても足りないくらいだ。
「すまないが、飛行機やリムジンの手配、ホテルの予約関連のマネージャーとしての仕事は向こうに任せることになるだろう。映画が完成する度に各国を回っていれば、いつ、どこで、何が必要なのかすべて掌握しているはずだからな。通訳が必要なときも出てくるだろうが、それ以外はマネージャーもSPも付くことなく俺とヒロインだけで告知に回りたいというのが、二人の共通認識なんだ。その方が俺も自由に動き回れるし、時間が合えばジョンの世界でも会える。流石にパーティは無理だろうが、おまえと話せる機会がゼロになるわけじゃない。古泉や青ハルヒと相談しながらになるが、俺が食事の準備や片付けをしているときはおまえと話す時間にしたいと思ってる。あとはデザインを考えたり、脚本を練ったり、研究に没頭したり……たまにはヘリの運転をすることだって気分転換にはなるだろう。個人的にもおまえとの時間が欲しいくらいなんだ。俺の方が強引におまえを誘う形になる方が多いかもしれんが、付き合ってくれるか?」
「嬉しいよ。キミから僕と話す時間が欲しいなんて言葉が聞けるなんてね。多少強引でも僕は構わない。そのときまでにキミと何を話すか二人で考えておくから、キミが各国を回ってどんな体験をしてきたのか是非聞かせてくれたまえ」
料理や酒に酔いしれながらようやく俺もパーティの気分に浸れる時間を持つことができた。乾杯直後から朝比奈さんがダウン寸前になるまで話してみたり、ハルヒと酒を酌み交わしながらゆっくりと話してみたりしたかったんだが、結局はコイツと眠気に負けるまでとことん話続けているのが性に合うらしい。しばらくして周りを確認すると、OGやENOZたちはエレベーターでそれぞれの部屋へと戻ったようだが、それ以外で俺たちを除いて起きているメンバーは一人もおらず、WハルヒはW鶴屋さんと肩を組んだまま眠っていた。双子と同様、幸も98階へと戻ったと思っていたのだが、青有希に頭を預けるように眠っていた。成長したと言ってもまだまだ小学生になったばかり。一人でいるのはまだ怖いのかもしれん。機会があれば双子と三人で寝たらどうかと提案してみよう。
「くっくっ、ようやく僕が待ち望んでいた時が来たようだね。『キョンが異世界に迷い込んだ事件以前の時間平面上の自分との同期を断った有希さんの気持ちがよく分かった』と黄僕から同期を断られたときは正直嫉妬してしまったよ。それほどの体験を僕より先に味わっているんだからね。これからキミにやってもらうことの内容は概ね掴んではいるけれど、黄僕の予想をはるかに上回るくらいなんだろう?すぐテレポートする。キミも早く準備したまえ」

 

佐々木とアイコンタクトをして後のことを任せると、それを確認した青佐々木がラボへとテレポート。数日前に見たばかりの美容院の内装を再現したセットが俺の目の前に現れた。しかし佐々木と同様髪を切るのは構わんが、ここまで酔いが回っている状態ではいくらサイコメトリーでも失敗するんじゃないかと、朝比奈さんが新生SOS団としてテレビ初出演、生演奏したときの記憶が脳裏によぎったのだが、青佐々木が抱きついてきたのと同時にその心配が払拭された。俺に触れた瞬間、眠気や疲労どころか、酔いまで全て拭い去ってしまった。やれやれ……心配して損をした上にほろ酔い気分まで台無しにされてしまうんじゃ、いくら青佐々木といえど苛立ちを隠せない。佐々木より数段上の辱めに陥れてやりたくなった。まさかとは思うが、今後もW佐々木のどちらかと二人っきりになる度に酔いを拭いさられてしまうんじゃあるまいな。
「キョン、キミが今何を感じているのかは私も分かってる。でも、パーティの後に髪を切るのはこれで最後にするから許して欲しい。黄私に嫉妬はしたけれど、その分、それと同等かそれ以上のものが味わえるんだって思ったら手段は何でも良かった。たとえ、キミを怒らせることになったとしてもね。だからお願いだよ、キョン。キミが望むならどれだけ恥ずかしい思いをしても私は構わない。私だけの時間を堪能させて欲しい」
「本当に何をされてもいいんだな?」
頭部を引き寄せて髪を撫でながら耳元で呟いた。瞼が重くなった双子と同じ動作が繰り返される。コクリと頷くと青佐々木の細い腕が俺の身体を更にキツく締め付けていた。

 
 

…To be continued