500年後からの来訪者After Future3-18(163-39)

Last-modified: 2016-09-13 (火) 11:53:16

概要

作品名作者
500年後からの来訪者After Future3-18163-39氏

作品

いよいよバレーの女子日本代表との生放送五セット15点マッチ当日、朝から慌ただしかったのは異世界の方の電話対応。取材や勧誘は一切拒否をして、パート・アルバイト希望者と冊子の契約の件のみ受け入れた。昼の時点で現実世界と同じ四社から契約の依頼が届き、青古泉と青ハルヒが向かうことになった。昼食の後、伊織には零式は絶対使うなと念押ししてから、子供たち三人のユニフォームの洗濯乾燥をしに99階へテレポート。動き出したのを確認してから81階へと降りてきた。OG12人の話が終わりそうもないし、片付けは朝比奈さんがやってくれている。片付けを手伝いながらOGに声をかけた。

 

「異世界の六人に確認したいんだが、今日はパーティの後どうするつもりか決まっているのか?向こう世界の自宅へ戻るのか、それともここで泊っていくか?泊っていくなら明日の朝食も作る。大体七時半頃から食べ始めているんだが、それで間に合うのならスィートルームにでも泊って行くといい。もっとも、直接会社に送ることも可能だ。自宅で一旦着替えて会社に向かうこともな」
『本当ですか!?是非泊めてください!!』
「ところで会社のこと…どうする?」
「ん~正直、割に合わない。残業も多いし」
「もし転職してこの会社に移ってくるなら大歓迎だってキョン先輩が言ってた。いつからでも構わないって」
『ホントに!?』
「ああ、今そこにいる六人は明日の夜に日本代表と一緒に世界各国を回ることになるから、来年の三月末までは異世界の自分の部屋に住んで、異世界で本社が立ちあがったら82階以上のフロアを自室として使ってもらうことになる。食事はすべて新川さんが豪華な料理を用意してくれるし、衣類は我が社のものだったらすべてタダ。一月に一回フルコーディネート無料サービスなんてイベントもやってる。カシミヤ100%のコートでも0円だ」
『カシミヤ100%のコートがタダ!?』
「そうだ。試しに本店に降りてフルコーディネートしてくるか?すべてタダでいいぞ」
『是非見せてください!!』
「じゃあ、こっちのOG達はフルコーディネートしたあとは自室に連れて行って広さとか部屋のモノをどうするか自分同士で確認してくれ。ついでにスィートルームに案内してくれると助かる」
『問題ない』
「ふふっ……オフィスにかかってくる勧誘の電話じゃないですけど、キョン君異世界のOG全員スカウトするつもりなんですか?」
「できればそうしたいところです。今の仕事にやりがいを感じているのならスカウトは難しいと思いますけど、異世界支部もあとは信頼できる人材をより多く集めるだけですからね。こっちの六人とどんな違いがあるのか俺にもまだ分かりませんけど、エネルギーを渡したついでにサイコメトリーしてみましたが、何の問題もありませんでしたよ。そろそろ俺も電話対応に戻ります。すみませんがあとはよろしくお願いします」
「はぁい」

 

 異世界で電話対応を始めたのはいいものの、相変わらずロクな電話がかかってこない。ブラックリストは増える一方だったが、今のうちから消せるならそれで構わない。二時間ほどでディナーの時間になってしまったが、後は圭一さんたちに任せることにしよう。この時間じゃ古泉も戻って来られないだろうし、青ハルヒが契約を終えて戻ってくるまで一人で料理を作ることになりそうだ。有希と朝比奈さんを応援として呼んでディナー開始。遅れて青ハルヒがスーツ姿で現れた。スーツ姿の青ハルヒなんて久しぶりで新鮮だと感じたが、おまえはその格好で料理する気か?
『どうせこの後ユニフォームに着替えなくちゃいけないんだから面倒でしょ』
青ハルヒからテレパシーが飛んできた。どうやら俺の表情を読まれたらしい。ドレスチェンジできるんだから指鳴らせば終わりだろうに……やれやれ。日本代表選手や監督たちからも視線を浴びて、青ハルヒがどうしてスーツ姿なのかと頭を悩ませる選手もいた。恒例の疲れと眠気を取り、メディカルチェックで引っかかった部分を治療してディナーを終えた。81階に戻ると古泉と異世界のOGたちが夕食を食べている最中。あの六人は少しでもこの味に酔いしれたいってところか。明日のディナー後も居座ってそうだし、本マグロは五匹だな。青朝倉には前回より量増しして欲しいことと、午前中に届くよう伝えておいたし、あの六人も見送りのあと呼ぶことにしよう。
「すみません、今日は撮影に時間がかかってしまって」
「有希や朝比奈さんに手伝ってもらったから大丈夫だ。それより、サーブ練しなくても平気か?」
「青僕が出ている間は練習用体育館にいようかと思っています。ジョンが用意してくれたスカ○ターで状況を把握することができますから、出番が来るころには体育館に向かいますよ」
「ところで、異世界のOGから変な眼で見られなかったか?青古泉の例の視線のせいで、北高全学年女子の話題になっていたそうだからな。俺とOGでこっちの古泉は違うと言っていたんだが、まだ半信半疑ってところだろう」
「なるほど、彼女たちの視線が僕に向いていたのはそういうことでしたか。ようやく謎が解けましたよ」
俺も早く食事を終えて体育館へ出向くことにしよう。

 

 ユニフォームに着替えて体育館に降りると既に満席状態。異世界のOG達がどこから見るのか一目で分かる。すでに体育館に来ていたのは青チームと子供たち、それにOG六人、有希も来ていた。俺が出るのは最後のセットのみ。今からアップする必要はない。しばらくしてようやく異世界のOG達が現れ、指定された席へとついた。他の観客が傍にいる以上、この前の監督のようなことになりかねん。今回はどれだけ応援しようがこちらの耳に届かないよう遮音膜が張ってある。すまんが、今回は勘弁してくれ。定刻になり、スカ○ターからはアナウンサーの声が聞こえてくる。いつものようにアナウンサー、実況と元日本代表の解説の三人で試合を見ながらコメントしていくようだ。
「まもなく試合が始まろうとしております。バレーボール女子日本代表VS SOS Creative社の対決が始まって以来、初となる特別ルールが設けられました。五セットに変わりはありませんが点数は一セット15点マッチ。これまでの両者の練習試合をご覧になっていた方々にはお分かりかと思います。今シーズンになってSOS Creative社側の選手たちの飛躍的とも言える防御力の上昇。そしてブロックアウトを避けるため、ブロックにすら跳ばずにレシーブで勝負をかけるという異様な光景に我々だけでなく、日本代表や監督、コーチ達までもが意表を突かれたと言っても過言ではありません。そして、今シーズンから始まったSOS Creative社による夜練に日本代表が参加するという非公開練習。監督にキョン社長の承諾も得ずに公開していいと言える権利は自分にはないとまで言わせる程の練習。そして日が経つにつれ、日本代表選手たちの防御力まで眼に見えて上がりだしたこの成果。一体どのような練習なのか私には見当もつきませんが、いかがでしょう?」
「午前の練習風景は至って普通のバレーボールの練習でした。監督も仰っていましたが、精々スパイクレシーブ練習の時間が多い程度。僕にはあれを半年間やっただけでここまで違いが出るとは思えないですね」
「それより気になったのは、監督の『あの練習内容であれば、彼の許可が下りなくとも、今後、まったく別の形で皆さん前に現れることになるでしょう』という一言です。あくまで私の想像にすぎませんが、何かバレーボール以外のことをやっていて、近々彼らからのアプローチがあり、それが全国に放送される。そのバレーボール以外の何かをした影響であの防御力がついたと監督の言葉から私はそういう印象を受けました」
「その『バレーボール以外の何か』とは一体何だとお考え……おっと、ここで第一セット試合開始です」
ははは…ほぼ正解。アプローチなら既に送りつけているし、今頃野球好きの芸能人をかき集めているってところだろう。それが編集されて報道がいつになるのかまでは分からないが、録画し忘れの無いようにしないとな。日本代表の方はいつもと同様サーブ順はエースから。対する青チームは青朝比奈さん、青朝倉、青ハルヒ、青鶴屋さん、青佐々木、青古泉の順。青朝比奈さんと青鶴屋さんがメインで攻撃することになりそうだ。ブロックも飛ぶようだし、あとは連携封じやブロックアウト封じが使えるかどうかだ。

 

 相手エースのサーブは……セッター狙い!青古泉がレシーブを上げてセッターの真上にピンポイントでおちてきたのはよかったが、青朝比奈さんからあがったのは青鶴屋さんへのオープントス。これでは青ハルヒについていたブロックが追い付いてしまう。案の定、三枚ブロックが鶴屋さんの前に立ちふさがるものの、青鶴屋さんのブロックアウトが炸裂!得点につなげることはできたが……青チームも今のようなときのための対策を用意した方がいいんじゃないのか?青朝倉あたりが準等だろう。青朝比奈さんは攻撃役にした方がいい。日本代表も俺たちが二人ずついることを知っているしプレースタイルも違うからすぐにバレる。結局そのセットは青古泉を徹底的に狙われ、青チームの攻撃ができずに4-15で一セット目を終えた。実況や解説もツーセッターにした方がとかなんとか言ってたが、交代する気の欠片もない奴等ばっかりだからな。まぁ、それはどのセットでも変わらずだ。しかし、15点でも一セット20分以上かかるか……こりゃ俺は目立たせてもらえそうにないな。
「古泉、どうする気だ?OG達と同じようにスイッチ要因を作るか?作るなら朝倉あたりがいいと思うが……」
「そうですね。ここまで執拗に僕が狙われたのは初めてですよ。今後我々を相手にするときは同じ対策を取られるでしょう。朝比奈さんや鶴屋さん、それにあなたと有希さんには攻撃要員になってもらいたいところですし、僕も朝倉さんにセッターをお願いしたいんですがいかがですか?」
「涼子お願い!キョンや黄有希に入ってもらうより、あたし達だけの力で相手を倒したいの!!」
「うん、それ、当分無理。今日の夜練習して明日やれなんて言わないでよ?来シーズンまで練習させてもらえないかしら?」
「彼が狙われただけでここまで違いが出るとは僕も思って無かったよ。僕もスパイクの練習をしたかったんだ。一緒に入れてくれたまえ」
「こてんぱんにやられて終わりなんて納得がいかないにょろ!キョン君、明日の練習試合にあたしも出ていいっさ?」
「分かりました。こちらの鶴屋さんもドラマ撮影で朝からいますし、食事の用意は任せてください」
「よろしく頼むっさ!」
「わたしも黄佐々木さんと野球の練習って約束だったんですけど、今日だけはバレーの練習をさせてください」

 

悔しげな青チームがベンチに残り、さっさと始めろとばかりに子供たち三人がコート内ではしゃいでいる。さっきもサーブ順を1つ戻すことはなかったが今度はこちらのサーブからスタート。サーブ順は、伊織、青古泉、美姫、青有希、青俺、幸の順。親子連携が見られるかもしれん。零式は撃つなと警告したが、やはり伊織のサーブを撃つ姿に緊張感が漂う。通常のサーブだと分かった時点でホッとしたぞ。今度はさっきのセットのようなことにはならん。青古泉が狙われようがこのセットのセッターは美姫。青古泉も安心して連携やブロックアウト封じが狙えるってもんだ。センターに青有希がつき、レフトからの攻撃に青古泉が跳んだ。すでに青古泉の右腕に視線が集中している。次の瞬間、青古泉の右手が横に降りた。青古泉の右腕にあてるはずだったボールは当然当たる筈もなく、コート外にスパイクをしたと素人目には見えるだろうな。
「今のプレーは一体……日本代表チームがわざとコートの外へスパイクを打ったように見えましたが…」
「相手のブロックアウトを読んで、古泉選手が右手を下げたようです。腕にあたってアウトになるはずのボールが右手を下げたことによって狙いをそらされた」
「ですが、それをどこで判断しているのかが私にもわかりません。今後衛にいる彼もキョン社長も練習試合で似たようなことをやっていましたから、おそらく判断の方法をキョン社長から聞いたのでしょう。これで日本代表チームがブロックアウトを使えなくなってしまいました。SOS Creative社の防御力に対抗する術を無くしたように思えます」
その後、何度かブロックアウトを試みるものの、青俺、青古泉には通用せずこちらは青有希&青俺の連携や、青俺が前衛になってからは青俺&幸の連携プレーが見られた。青古泉にスイッチしたときの青有希の一人時間差、超高速とまではいかないが有希や朝倉を真似た双子の高速連携などなど。結果、15-3で今度はこちらの圧勝。さて、伊織が文句を言い出す前に逃げることにしよう。
『そいつはやめた方がいいんじゃないか?』
なんだ、いきなり。
『今キョンが81階へ逃げると、止める人間がいなくなって四セット目で零式を撃ってしまうぞ』
なんだ、そりゃ…じゃあ何か?OGが零式を撃ったときの言い訳でも考えておけとでも?
『逃げたってどの道そうなるんだから、零式を撃たれる前に止めておいた方がいいだろう?』
やれやれ……だったら一緒に考えてくれたまえ。僕もそれで困っているんだ。
『今度は俺が告げ口する番になりそうだ』
結局一人で考えろってことじゃねぇか。はてさて、どうしたもんかね。

 

 ここぞとばかりに伊織と美姫が俺の両隣に座って、もう逃げたくても逃げ出せそうにないな。OGたちに対しても一セット目と同様、狙いはセッター。だが、まったく練習をしていなかった青チームと違いオポジットにスイッチするとセッターを含めた全員攻撃。まともに使えるのはAと……Bはまだ難しいというレベルだが、相手に青チームと同じ手は通用しないと思わせるには充分だ。夜練をした日本代表同様、こっちだって成長しているってことを見せてやらんとな。ここでやられるようじゃ、監督に「この六人ではやはりダメか」と思わせる結果につながりかねない。再度スイッチしたところでAクイックからのリバウンドを使った連携攻撃が見事に炸裂した。そしてサーブの一番手は当然零式。零式を撃たないときはMBのポジションにいるからな。サーブ順を変えただけで相手にバレてしまう。
「おっと、日本代表がこの布陣を敷いたということは……撃ってくるか、零式!!」
「合宿二日目と同様でしょう。この六人で世界大会に出るというアピールだと思いますよ。一セット目と違ってこれまでこの六人で試合するときはセッターは一人だけでしたが、どうやらスイッチ要因を作ったようですね。自分たちの弱点をこの二週間、いやもっと前から気付いていたんじゃないでしょうか」
「二日目もそうでしたが、日本代表が取っている零式対策は世界各国と何の変哲もありません。これまでは『できない』ではなく『見せない』だと思っていましたが、もしかすると日本代表選手だけでなく、コーチや監督たちも零式の対処方法を知らないのかもしれません。知っているのは今コートにいる六人とSOS Creative社のメンバーだけに思えてきました」
「そもそもあの技に対処法なんて存在するんですか!?」
「相手のサーブが読めたり、仲間との連携があれば可能だとキョン社長がコメントしていたのは記憶に残っていますが……あのネットをつたう高速回転のボールに対してどう対処できるのか知っているのは全世界でこのメンバーだけということになりそうです」
「キョン!零式ずるい!!」
「すまん、伊織。今回だけは見逃してくれないか?どうしても見せたい人がいるからこのセットだけって約束でOKしたんだ。伊織だって絵や文字がうまく書けたときは俺やハルヒに見せたくなるだろ?書き初めにも書いたのわすれたのか?」
左上を見ながら記憶を探っている。頼むから思い出してくれ!
「わたしまた書き初めしたい!」
「じゃあ、また文字の練習しなくちゃな」
「あたしに任せなさい!」
なんとかしのぐことができたようだ。しかし、本当のことを知っていると実況や解説がどれだけ当てずっぽうなのかよく分かる。当たらずしも遠からずってところは認めるがとりあえず、アナウンサーたちが何を話しているかよりもこのセットがどうなるかだ。いまのところ7-0で零式は継続されている。相手の二段トスからのスパイクもセッター狙いではなくなってきているし、ラリーが続いてもOGたちの防御力には敵わず、結局15-0で幕を閉じた。これからもスイッチ要因はセッターの練習をしないとな。青朝倉と一緒に。

 

 満を持してエレベーターから降りてきたのは当然古泉。
「伊織、美姫が一回目を取ったらセッターはおまえだ。忘れるなよ?」
「問題ない!」
セッターのことで頭がいっぱいになっている間は零式のことは忘れてくれるだろう。それより問題なのはコイツだ。
「いやぁ、参りましたよ。先ほどのOGもそうだったでしょうが、直前になってこんなに緊張してしまうものだとは思いませんでした。ドラマ撮影をしていた方がどれほど楽なのかようやく実感できた気がします」
「おまえな、先にそんなことを言われたら、俺が『ミスするなよ?』と言えなくなるだろうが。零式のときの逆になるんじゃなかったのか?とりあえず、面構えを見る限り心配は無用のようだ。これで引きつったニヤケスマイルをされていると『ヤバい』と感じていただろうな。おまえのサーブで副審を二度見させてやれ。『今サーブ音鳴った!?』ってな」
「了解しました」
内心ビビっているようだが、古泉の目は真剣そのもの。ブロック要員が古泉しかいないのが難点だが、双子がボールを怖がることはまずありえない。サーブ順は古泉、伊織、美姫、鶴屋さん、幸、朝比奈さんの順。サービス許可の笛が鳴り古泉の新サーブ!「パッ」という音とともにボールが相手コートに向かってゆらゆらゆれながら進んでいく。威力は当然欠片もなく、「前!」という声が相手コートから響いてくる。ようやく白帯の少し上を越えたかと思ったところで落ち始めた。零式のネット際と稲妻サーブの性質を兼ね備えた古泉の新サーブだ。とりあえず初球は成功したようだ。レシーブの位置が微妙にズレて予想外の方向に飛んで行く。「カバー!」という声が上がったが、威力がほとんどないサーブなだけに大きく上がるようなこともなく、レシーブした選手のすぐそばにボールが落ちた。体育館中が静まり返っている。
「今のは一体何だったのでしょうか?」
「私もサーブを打つ音が普通のサーブと違っていて、一瞬『えっ!?』と思って古泉選手を見たんですが、古泉選手の右手の五本指が開いていたんです。通常のサーブであれば、じゃんけんで言うところのパーの状態で撃つことはまずありえません。そして先ほどの零式と同じく、ネット際に落ちてしまう。これは威力が弱いからですが、なぜ先ほどのように威力のあるサーブを打たなかったのか、なぜあんな単純な球を正確にレシーブすることができなかったのか、このあとの古泉選手の手に注目して見たいと思います」
解説が長々と話している間に古泉は二球目のトスを上げていた。さっきはストレートに放ったが、今度はセッターの後ろを狙ったクロス。この力加減を間違うと自らサーブ権を逃してしまうか良くて相手にとられるかのどちらか。できればネット際に落ちる球になって欲しいもんだが………クロスに来ると判断したセッターが一歩下がり、他の選手もそのままツーで撃つ準備を始めた。だが、トスを上げようとボールに触れようとしたその瞬間、ボールの軌道がわずかにズレて主審の笛が鳴った。主審の判定はホールディング。わずかにズレた球を修正しようとして持っていると判断された。四セット目にして初のタイムアウト。タイムアウトはいいが、この二球で監督が古泉のサーブの性質に気付いているのかどうかとそれに対応する策があるのかどうかだ。だがまぁ、まずは…
「古泉、ナイスサーブ!」
「ありがとうございます。ようやく日の目を見ることができたようです。やはり力加減が決め手になるようです。零式と同じくネット際に落とさないと難なくレシーブされてしまいますからね」
「このあとはサイドラインを狙えそうか?」
「えぇ、僕も次はそのつもりでした。どこまで続くか分かりませんがやるだけやってみます」
ようやく零式のときの会話ができたような気がする。そしてようやく実況たちも古泉のサーブに気付いたようだ。
「分かりましたよ!どうしてサーブ後の手がパーの形になるのか。古泉選手はボールを撃っているのではなく、指で弾いているんです」
「指で弾くと言えば……野球のナックルボールのようなことをしているということですか?」
「あっ!それだ、それですよ。超高速回転の零式と真逆です!彼は通常サーブの無回転を更に昇華したんです。四分の一回転すらしないくらいに。それでブレた球をレシーブしたから見当違いのところにボールが行ってしまったんだ。ナックルボールの性質とまったく同じものです。それをネット際に落とされたんじゃ、いくら丁寧にレシーブしようとしても触れる直前にズレてしまってはセッターに繋がりません。加えてあんなに威力の無いサーブを撃たれたんじゃ天井サーブとは違って、ただレシーブしただけでは高く上げることはできません。このサーブはあなどれないですよ!?レシーブを大きく上げる必要がある上に、直前でズレる恐れがあるんじゃセッターの真上にピンポイントで狙うなんてほとんど不可能です。二段トスを撃つようなことになったとしても一度返して、相手の攻撃を受けてからでないと日本代表チームは攻撃に入れないですね。いや、それにしてもこのサーブのストレートとクロスの使い分けはかなり難しいはずです。角度によって距離が変わってきますからね。力加減を少しでも間違えれば確実にネットに遮られてしまいます。これまで両チームが撃っていたような、わざと白帯にあてて相手コートに入れるというのもこのサーブでは不可能。あまりにも威力がなさ過ぎて白帯に負けてしまうはずです」
「しかし、このサーブ、力加減さえ間違わなければ誰にでもできそうなものですが……」
「いいえ、相当な修錬を積んでいるはずです。もし、この後サーブ権が移って彼のサーブの真似をするようなことがあれば、はっきりすると思います」

 

熱く語ってくれたのはありがたいが、もうタイムアウトはとっくに終わって両サイドを狙った古泉のサーブで既に4-0。ただでさえ15点マッチなんだ。これがもし俺とハルヒならハルヒに蹴られているところだ。流石にまずいと感じたらしいな。俺とアイコンタクトしただけで分かったらしい。五球目で通常サーブに戻したが、これが逆に意表を突かれたらしい。だが、それでも二段トスで上げてくる。やっと出番が来たとばかりに子供たちや鶴屋さん、朝比奈さんが構える。狙いは……美姫!
「伊織!」
声をかけるまでもなかったな。レシーブをするのが美姫だと分かった瞬間にセッターの位置についていた。美姫、鶴屋さん、幸とそれぞれ攻撃態勢を取っていたが、伊織の采配は古泉のバックアタック。青古泉がいなくなってセッターが一人に戻ったと思っていた日本代表選手たちのコートに叩きつけるには絶好の一手だ。美姫と鶴屋さんに一人ずつついていたブロッカーが仕事をさせてもらえず、その分空いたスペースに古泉がバックアタックを叩き込んだ。古泉が伊織とタッチする光景なんて初めて見た。それだけ美味しいところをもらったと思っているんだろう。
その後も古泉は通常サーブを撃ち、相手とのラリー。美姫のセッターとしての動きを見る限り一寸たりとも迷いが見られず、鶴屋さんが幸と連携ブレーをしようとリバウンドをしたが、タイミングが合わずに古泉のサーブ権が途切れた。ここぞとばかりに相手エースの口角が上がっている。ハルヒや有希、朝倉でも同じ顔をしていただろうな。相手エースの一球目、サーブを撃った瞬間に主審の笛が鳴った。判定はダブルコンタクト、要するに二回触ったってことだ。
「主審の判定がダブルコンタクトというのは一体どういうことなんでしょうか?私には普通にサーブを撃ったようにしか見えませんでしたが……」
「古泉選手のサーブを真似しようとして失敗したんです。主審もサーブ音で判断したようですね。『ドパッ』という音がしてましたから」
「私には意味が分かりかねるのですが、その音に一体どのような意味があるのでしょうか?」
「通常のサーブなら手の腹に当たって『ドッ』という音がするんです。それが『ドパッ』だったということは、手の腹にボールが当たってから指でボールを弾いた。つまり、手の腹と指先で二回ボールに触ってたんです。だから主審がダブルコンタクトをとった」
「人間の指でバレーボールを弾いたところで進む距離はたかが知れています。古泉選手は指でボールを弾く瞬間に全身の力をこめたんです。手の腹で撃ってしまわないよう細心の注意を払ってね。このサーブを完成させるためにどれだけの練習と苦労を重ねてきたかと思うと頭が下がりますよ。通常サーブとほとんど見分けがつかず、五球目で通常サーブに切り替えたときは日本代表チームも意表を突かれていましたからね。余程の修錬を積まなければ、このサーブは誰にもできないでしょう。それに、真似をしようと思うだけでは今のように撃った瞬間に失点です」
「それ程のものだとは思いませんでした。キョン選手が編み出した零式と同じレベルのシロモノと考えてよろしいのでしょうか?」
「僕はそれでいいと思いますよ」
「私も同感です。零式のように名前がついてもおかしくありません」

 

 5-1の状態から巻き返しを試みた日本代表チームだったが、15-13でこちらに軍配があがった。これで負けていたら子供たちからもう一度出せなんて言われかねんからな。ジョンの世界に行ったらハルヒからキツめに言ってもらうことにしよう。
「青有希、子供たちを連れて81階に行っててくれないか?子供たちにインタビューさせるわけにはいかん」
「分かった」
エレベーターに向かった四人の前にようやく黄チームの残りのメンバーが現れた。遅いんだよ、まったく。
「ようやくあたしの出番のようね!派手に暴れてやろうじゃない!」
「悪いが、このセットは俺が一番目立つと言ったはずだ。それだけは誰にも譲らん」
「では、どうやって目立とうというのか、じっくり拝見させてもらいますよ?」
「くっくっ、さっきのサーブを使うのはやめてくれよ?ただでさえ15点マッチなんだ。キミのサーブだけで15点取られてしまいそうだからね」
「問題ない。一番目立つのはわたし」
「だったら、明日の新聞の一面で勝負するのはどうかしら?」
『問題ない』
黄チームのサーブ順はいつも通り古泉、ハルヒ、有希、俺、朝倉、佐々木の順。相手エースのサーブからスタート。古泉のサーブの真似は出来ないとあの一本ではっきりしたらしいな。だが、そのサーブも俺たちには通用しない。
「有希、一歩下がって真上!そのままオープンでよこせ!」
OGは使ったが今回は俺たちが理不尽サーブを使うことは無い。相手が使ってこようとな。ブロックが俺に二枚ハルヒに一枚ついたが、有希の采配は佐々木のバックアタック。空いたスペースに佐々木が撃ちこんでまずは一点。続くハルヒのサーブ、レシーブが上がって……
「ブロード!佐々木、クロス注意しろ!」
ブロックに跳び上がりストレートへ撃たれるのを俺が阻止している間に、フェイントで落とされた球を有希が拾ってスイッチ。着地と同時に再度飛び上がると有希の上げたボールをそのままツーで叩き込んだ。2-0でハルヒの第二球、今度は……
「B、ハルヒ、一歩前!」
と指示した後にブロックアウトに切り替えやがった。さっきの青古泉のように右腕を下げてもいいが、このセットは俺が目立つ!俺の右腕目掛けて放たれたボールの角度を変えて相手コート内へ。ブロックアウトはもう通用しない。不機嫌オーラが後ろから漂っているが知ったことか。同じセッターだからな。相手の思考をサイコメトリーしなくてもブロード、Bクイックと来たら次は何で来るのか大体読める。………案の定!
「ツー、カバーつけ!」
朝倉、有希が駆け寄ったが強めに叩いたところに古泉が駆け寄る。
「寄こせ、有希!」
相手の注目を引きつけてハルヒのバックかと思いきや俺に上がってきた。若干意表を突かれたが、相手ブロックを利用してリバウンド。後ろから飛び込んできた古泉のバックアタックが決まった。監督が五セット目初のタイムアウトをとった。ハルヒに蹴られない様に注意しないとな。
「ナイスキープ、古泉!」
「あなたもナイスリバウンド!連携に跳んでいて逆に安心しましたよ。これで連携ミスをしてしまってはハルヒさんにどやされてしまいます」
「ちょっとあんた!ラリーが続いたら迷いが出て読めるんじゃなかったの!?どうして最初から相手の攻撃を見破れるのよ!!説明しなさいよ!!」
「流石にそれはカメラが近くにいる前では教えられん。ただ…『青ハルヒが初めてブロード攻撃を仕掛けてきたときと一緒だ。セッターじゃなくて他の選手の動きで判断している。だが、セッター一人を見ていれば分かっていた頃と違って、コート全体を見ていないとダメなんだ。さすがに何セットもやっていては集中力がもたんからな。だから今回は一セットだけ。そういうことだ』」
81階でモニターを見ているメンバーにも聞こえるようにテレパシーを飛ばした。俺の周りでは『なるほど!』と納得した表情を見せているが、カメラマンには何が『なるほど!』なのか分かってはいまい。タイムアウト終了後、ちょっとした指示ミスもあったが、圧勝で最終セットを終えた。

 

 インタビューはいつも通り監督からか。スタッフから今回は古泉とOGもと言われ、その中に子供たちが入って無かったことに一安心していた。スカ○ターをつけたままだったということに今気付き、監督のインタビューが聞こえてきた。
「監督、今日の五セットを終えていかがでしたでしょうか?」
「今日は、いや今シーズンは………彼らが我々を鍛えてくれたようなものです。正直、五セットすべて取られるだろうと、確信に近いものを感じていました。選手たちも私と同じものを感じていたんだと思います。セッターを執拗に狙っていたのも、『たとえ自分たちより強い相手でも絶対に負けたくない』という一心でプレーしていたからでしょう。相手の弱点を突くようなプレーは素人目で見ると『卑怯だ』と思われがちですが、相手の強さを認めているからこそ、今の自分たちにできることはないかと必死に考える。この合宿が終わった後も選手たちは考えていることでしょう。彼らに勝つにはどうしたらいいかとね。今日もそうですが、これで半年間、彼らとの練習ができないと思うと本当に残念です。我々だけでなく男子の方も是非とも混ぜてもらいたい。そんな気分です」
「三セット目の日本代表同士の戦いについてはどう思われますか?」
「この六人で世界大会へという彼女たちの気持ちがストレートに伝わってきた試合だったと思います。コーチたちとも話しながら来月の世界大会へとつなげていくつもりでいます」
「監督、ありがとうございました」
「キョン社長、今日の五セットを終えていかがでしたでしょうか?特に五セット目は相手の攻撃をすべて見切っていたようですが、もしよろしければそちらの方もお聞かせいただけませんか?」
「自分も含めて、まだまだ改善しなければならないところがあると実感させられました。来シーズンは東北地方でホテルやスキー場の運営も手伝いながらという形になってしまうので、日本代表の練習試合の相手が我々に務まるのかどうか疑問に思うところもありますが、短い時間の中でも日々精進していきたいと思っています。五セット目に関しては半分は閃きによるもので、何回か指示ミスをしてしまったところもありましたが、八割方上手くいって自分自身でも満足しています」
「ブロックアウトを阻止したことも含めて、どこで判断されているんですか?」
「ここで正直に話すと、今後の世界各国との対戦に影響してしまいかねないので、そうですね………ピッチャーのクセを見抜くよりキャッチャーの方を見ていた方が分かりやすいと例えるのがベストだと思います」
「映画の告知で男子の方の世界大会に出場できなくなってしまいましたが、それについてはどう思われますか?」
「あれだけ話題になっていましたから、告知より試合の方を優先したいくらいなんですが、既にスケジュールが組まれてしまい、どうにも動かしようがありません。監督や選手の皆様にはたいへん申し訳ない気持ちでいっぱいです。ですが、僕一人いなくなったところで、男子日本代表の強さは変わりません。これを見ている皆様から男子日本代表への応援をよろしくお願い致します」
「キョン社長ありがとうございました」

 

「古泉選手、今回は四セット出場されていましたが、やってみていかがでしたでしょうか?」
「ドラマの撮影もあり、今シーズンは練習試合にはほとんど出られない状態でした。ですが、周りからの配慮もあり、四セットも出場することができて満足しています。来シーズンは東北地方の復興支援で忙しくなりそうですが、出来る限り練習を重ねて日本代表に挑みたいと思っています」
「四セット目のあのサーブはどうやって生まれたもの何でしょうか?」
「彼の零式をきっかけに、自分にも特殊なサーブが撃てないものかと思案していたところに突如閃いたというのが表現として正しいかと思います。あとは練習と改良を重ねてようやく使いこなすまでに至ったものです」
「あのサーブに名前を付けるとするとどんな名前にしますか?」
「彼のようなアイディアが豊富に浮かぶ人間ではないので、『理不尽サーブ零式』のように名前をつけろと言われても正直困ってしまいます。もし、僕のサーブに合った名前をつけてくれる方がいらっしゃるのであれば、その中から一番しっくりくるものを僕が選んでサーブ名とさせてください」
「古泉選手、ありがとうございました」
「二回目の完封勝利おめでとうございます」
『ありがとうございます!』
「明日から日本代表としてここから去ることになりますが、今のお気持ちはいかがですか?」
「細かいことまで挙げていくと色々あり過ぎて複雑な気分なんですが、ようやく六人で日本代表入りができたことに嬉しさを感じています。今後は先輩たちから指摘された私たちのチームとしての弱点を克服して世界大会に臨みたいと思います」
「その弱点とは一体何ですか?先ほどの試合を見る限り、弱点になりそうなものは見当たりませんでしたが…」
「それは流石に……言えない……よ…ねぇ?」
周りのメンバーに確認をしながらコメントしていた。全国生中継の前で堂々と自分たちの弱点を言う奴がいるなら見てみたい。「弱点とは一体何ですか?」と聞く方がどうかしてる。
「それでは、今後の日本代表としてのご活躍を期待しています。ありがとうございました」
『ありがとうございました』

 

「よし、全員揃ったな?積もる話は後回しだ!さっさとテレポートして乾杯するぞ!異世界のOGたちにも天空スタジアムからの最高の夜景を見せてやるよ」
『最高の夜景!?是非見てみたいです!!』
それを聞いて天空スタジアムへとテレポート。指を鳴らすとスタジアムが少しずつ透明になっていく。俺たちは三度目だが、何度見ても癒される光景に違いない。
「満天の星空に綺麗な夜景をセットで見られるのはここしかないわよ。来年の四月になったら異世界でも見られるでしょうけど。それじゃあ、みんなで乾杯しましょ!バレー合宿、まだ一日残っ……」
「ちょっと待った。今日の乾杯の音頭を取るのは古泉だ」
「何であたしじゃダメなのよ!?」
「ハルヒはパーティの度に乾杯の音頭を何度も取っているし、この二週間一番苦労したのは古泉だ。ドラマの撮影で練習試合にもほとんど出られなかったのに毎日のようにディナーの厨房に入り、ジョンの世界では仕込みもしながら一人サーブ練習に集中して生放送で見事に成功させた。他のメンバーに申し訳ないと思って五本目で通常サーブに切り替えたんだ。乾杯の音頭くらいで等価交換できるようなものじゃなかったが、今回は古泉にやらせてやってくれ」
「ぶー…分かったわよ」
「では、改めて、あと一日残っていますが、今シーズンのバレー合宿お疲れ様でした!乾杯!」
『かんぱ~い!』

 
 

…To be continued