500年後からの来訪者After Future3-20(163-39)

Last-modified: 2016-09-12 (月) 09:21:28

概要

作品名作者
500年後からの来訪者After Future3-20163-39氏

作品

バレーの生放送から一夜明け、九月に入ってから撮影しようと決めていたドラマのラストシーンも、丁度バレー合宿最終日が月曜日で新川さんが休みだからと撮影が決定。SOS団加入前の急進派に所属していた朝倉を思い出させる程の演技にハルヒも満足気な表情。青古泉演じるサイコメトラーとしての主人公を殺害しようとする組織との最後の闘いが、今始まる。

 

「あら?足手まといが二人もいたら、あなたも動けないと思っていたけど……なかなかやるわね。両目を使えなくするつもりだったのに、まぁ、いいわ。そんな状態じゃ、当分眼を開けていられないでしょうから」
青古泉の両眼を狙った朝倉の横薙ぎの一閃を紙一重で回避したものの、瞼が切り裂かれ流れだした血が止まりそうにない。
「一樹!」「一樹君!」
「ぐっ……」
「あっけない幕切れだったわね。もうちょっとあなたのやる気っていうのを見せてもらおうかと思ってたけど、これでおしまいにするわ。安心して。あなたの後ろにいる二人もすぐに同じところに送ってあげる」
「やめて――――――――――――!!」
青ハルヒの叫びも朝倉の第二撃を止めることは叶わず、今度は心臓を狙った一突きが繰り出される。
「なっ……」
「眼を開けていられないはずなのに、一樹君がナイフを避けた……?」
「何かしたようには見えなかったけど、次で終わりにするわね」
同じくナイフを心臓に付きつけるものの、青古泉がそれをかわしていく。狙いを首に変えてもナイフをかわす青古泉に朝倉が苛立ち始める。そして、ついに青古泉が反撃に出た。ナイフをかわした直後、朝倉の頬にピンポイントで青古泉の拳が炸裂する。後ろにずら下がり体勢が崩れかけたが何とか持ち直した。状況を把握できていないという周りの顔がモニターに映っていた。
「あなた、一体何をしたのか説明してもらえないかしら?死んでからじゃ何も聞けないもの」
「くくくく……ふははははは………はーっはっはっは!」
「何がおかしいのよ!!」
「くくくく……聞こえる、聞こえるんだよ。おまえの焦り、不安、苛立ち……俺を殺すんだろう?さっさとかかって来いよ。おまえの嘆きをもっと聞かせろ。ふははははは」
左腕につけていた腕時計をはずすと、指サックのように右手に付け替え時計を握りしめた。ギリッと歯軋りが鳴り再び朝倉が青古泉をナイフで切りつけようと目論む。さっきのカウンターをきっかけにナイフをかわしては殴り、蹴り、ナイフを持っている手を掴んで膠着状態に持ちこんだ。
「いや…いやよ……ねえっ!あんた、アイツを止めてよ!!アイツの暴走をなんとかしてよ!!」
「ハルヒさん、落ち着いて。暴走って一体何のこと?」
「昔のアイツに戻ってる。サイコメトリーが制御しきれなかった頃のアイツに戻ってるのよ!」
「サイコメトリーの……暴走?」

 

青ハルヒのセリフを聞いた朝比奈さんが青古泉を見つめる。
「くくくくく…こんな玩具に頼っているから簡単に避けられるんだ。ふはははは、今頃になってようやく恐怖心が出てきたか。所詮はその程度の女でしかなかったな」
ナイフを奪い、朝倉の腹部を蹴り飛ばして互いの立ち位置が元に戻ると、今度は青古泉の方から一歩ずつ近づいて行く。
「どうした?もっと聞かせろよ、おまえらの心の声をよぉ!泣き、叫び、喚き、恐怖のどん底までつき落としてから殺してやる。ふはははははは」
「このっ!」
「どきなさい!」
朝倉が攻撃を仕掛けようとしたところで森さんがそれを防いだ。一発の銃声と金属音が鳴り、フロアにいた全員の動きが止まった。森さんの持っている拳銃は勿論本物。青古泉に照準を定めて弾丸を放ったが、先ほどのナイフで弾道を変えられた。
「その程度で俺を殺せるとでも思ったか?さっきからそこの女がやられていく姿を見ながら焦っているのがよく聞こえたよ。『こんなはずじゃなかった』って何度も叫んでいたなぁ。少しはそこの爺さんを見習ったらどうだ?ジジイのクセに肝が据わっていやがる。おまえのような雑魚とは大違いだ。くくくく……この程度で苛立つようじゃまだまだ甘いなぁ?おまえが次にどこを狙っているのか当ててやろう。心臓だろう?ふはははは、自分の思考を読まれた程度で恐怖を感じたか。チッ、どいつもこいつも面白くねえ奴ばっかりだ。おっと、今撃とうとしたな?兆弾に注意しろよ?どこに飛んでいくかは俺の心持ち次第なんだからな。くっくっく、そんなに自分の脳が貫かれるのが嫌か?はーっはっはっは!」
まったく、タイミングが良すぎるぞ。青古泉のサイコメトリーの暴走じゃないが、二階の様子を見ながらエージェントと殺陣をやっていたらしい。エージェントを蹴り上げて天井に衝突させると、衝撃音が鳴り響き、二階の一部の床に亀裂が入った。

 

「あなたのお友達も頑張ったようだけど、ようやく決着がついたようね。一対一ならまだサイコメトリーで読み取れたでしょうけど、複数相手にあなたがどう立ち回れるか見物ね」
「ハルヒさん、下には誰が?」
「ジョンが『一人でいい』って大柄な男八人相手に……」
「それなら大丈夫よ!」
「ふふっ、どこが大丈夫なのか説明してもらいたいわね。たった一人を殺すのに時間がかかりすぎだけど、あなたたちには階段を昇ってくる音が聞こえないのかしら?」
「あなたはさっき『複数相手にどう立ち回れるか』と言った。あなたにはこの音の意味が分からないの!?『一人分の足音しか聞こえてこない』ってことが何を示しているのか」
「……っ!!たった一人相手に全員やられたって言うの!?」
『よう、終わったか?』
『ジョン!!』
階段を上がる音が止み、ジョンが姿を現した。
「ちょっとあんた!頭から血が出てるじゃない!」
『ああ、これか。鉄パイプで後頭部を殴られただけだ。これくらいで俺は死なない』
「『鉄パイプで後頭部を殴られただけ』って、普通はそれで死ぬわよ!?」
『じゃあ普通じゃないんじゃないか?そいつと一緒でな』
ジョンが青古泉を指差すと青ハルヒと朝比奈さんがハッとして相手を見据える。青古泉は突っ立ったまま何も喋ろうともせず、動こうともしていない。ただ、自分の間合いに入ってくる輩に神経を研ぎ澄ませていた。暴走状態になったアイツは誰であろうと容赦なく攻撃を仕掛けるだろう。敵味方の区別もできずに。

 

「もうあなた達に残された手は無いわ!諦めて投降しなさい!」
「自惚れるなよ、女。我々が何を生業としているか忘れたわけではあるまい」
『だったら聞かせろよ、クソジジイ。この状況をどう脱却するのか見せてみろ。まさか、尻尾を巻いて逃げるだけなんて言わないだろうな?』
「その男を呼び出すだけのために、組織の人間をすべて配置したとでも思ったか?儂を捕えようと組織が止まることはない。この意味が貴様らに分かるか?」
「……っ!!またあたし達を殺しに来るって言うの?」
「それだけじゃないわ。この男を牢獄に入れても、警備の人間がすべて殺され、他の犯罪者と一緒に脱獄される」
「あら?そういうところには頭が回るようね。敏腕刑事さん?こちらがいくら不利になろうとアドバンテージは常にわたし達にある」
『だが結局は、尻尾を巻いて逃げるってことだ』
「貴様らがどう判断しようと儂にとっては些末事にすぎぬ。我々はしばらく影を潜める。その間、貴様らには一切危害を加えぬと約束しよう」
「ですが、あの男を野放しにしておけば、今後の我々のビジネスが」
「ええい、黙らぬか!」
「しっ、失礼致しました」
「よかったわね。いつわたし達があなた達を殺しに来るか脅えながら毎日を過ごすことにならなくて済んで。でも、殺すのを諦めたわけじゃないわ。またいつか、あなた達にアプローチを仕掛ける。今度は完全犯罪を成立させる。それまで楽しみに待っていることね。ああ、彼が倒したエージェントは組織が雇った末端に過ぎない。わたし達の情報を引き出そうとすれば自害するような催眠を施してあるから、逮捕するならその後の取り調べに最新の注意を払うことね。わたし達は構わないけど、あなた達は自分が殺人犯になるようなことはしたくないでしょ?」
後ろに止めてあった黒い車の後部座席のドアを森さんが開け、新川さんが乗りこんだ。森さんも運転席に着くと車のエンジンの音がフロア中に広がる。
「じゃあね」
朝倉が助手席に乗り込む途中で車が急発進してその場を去って行った。車の音が段々と小さくなっていた。

 

『言うだけ言って逃げられてしまったな。だが、あいつらの提示した条件を受け入れた方がいいだろう。余計な犠牲者が出ずに済む。それで?さっきから微動だにしていないが、そいつは一体どうしたんだ?』
ジョンの言葉に呼応するように朝比奈さんが青古泉に近寄ろうとする。
「一樹君!」
「ダメッ!今のアイツは敵味方の区別がつけられないの!近づいただけで殺される」
『そいつは面白そうだ。暴走したコイツがどれだけ強いのか闘ってみるのも悪くない』
「あんた!それ以上動いたら出血多量で死ぬわよ!?」
『だからどうした?俺には関係ない』
「自分のことなんだから少しは考えなさいよ!」
「ハルヒさん、お願い、手を放して!!あたしのせいでみんな巻き込んでしまったんだから!あたしが彼を止めてみせる!!」
強引に青ハルヒの手から逃れると青古泉に向かって朝比奈さんが一直線。青古泉が迎撃態勢を取り、朝比奈さんにナイフを突き刺そうと腕を振った。
『おっと、矛先が違うだろう?おまえの相手はこの俺だ』
ジョンがナイフを持った腕を掴んでいる間に、朝比奈さんの全力のビンタが青古泉に炸裂。しばしの間をおいて、瞼から流れて固まった血を取り去ると、青古泉が眼を開ける。
「あ……朝比奈さん?」
「一樹君!!よかった……よかったぁ……」
朝比奈さんが涙を堪えきれずに青古泉に抱きついた。普段の朝比奈さんならありきたりな行動だが、この役を演じる上で果たしてそれでいいのか?まぁ、第一シーズンの最終回だし、多少そんな場面があってもいいのかもしれん。
「あいつらはどうした?」
「あんた何も覚えてないの!?車で逃げていったわよ!」
『こっちがどんな状況だったのかは俺も知らないが、下の連中だけでも逮捕するのなら早めに連絡を取った方がいいんじゃないか?』
「そうね……グス……すぐに連絡を取るわ。一樹君もジョンもそんな状態じゃバイクの運転もできないだろうし……あっ、警部ですか?朝比奈です。大至急パトカーと救急車の手配を……ええ、犯人には逃げられましたが末端の………」
「それで、俺は一体何をしていたんだ?あの女に瞼を切られたところまでしか覚えてない」
「あんた、自分が暴走したときのこと全然覚えていないっていうわけ!?まったく、呆れたわよ。それよりあんた、あんな連中から命を狙われるほどなんだから、どうせならサイコメトリー能力をフル活用できる職業に就きなさい!いつまでアルバイトで食い扶持を稼いでいるつもりよ!あたしも一緒に探してあげるから」
『コイツがそんな簡単に職業に就くとは俺には到底考えられないけどな』
「それもそうだ。俺に合った職業なんてあるのか?……まぁ、ハルヒも一緒に探してくれるようだし、気長にやっていくさ」
三人の笑い声と共にパトカーのサイレンが次第に大きくなっていく。ジョンと青古泉が救急車に乗り込み、手錠をかけられたエージェント達がパトカーで連れて行かれていく。因みにこのときパトカーや救急車を運転していたのは朝倉によって催眠をかけられて別人になっている朝倉、新川さん、森さん、そして撮影を見にきたW鶴屋さん、それにW佐々木。いつ止めるんだと考えていたところにようやく総監督がOKサインを出した。

 

『カーット、文句のつけどころが無いわ!!これで編集作業に入れるわね!有希、後は頼んだわよ!』
『問題ない』
「まったく、やれやれと言いたくなりましたよ。こんな長丁場の撮影でNGを出してしまったらどうしようかと思っていたくらいです。新川さんも森さんも組織のボスとそのNo.2にしか思えないほどの名演技でしたし、黄朝倉さんの殺気より新川さんの方が怖かったくらいです。最終回が放送された後、新川さんが社員から怖がられるなんてことになりかねません。ですが、これで午後の練習試合に出られそうですね。涼宮さんもよろしくお願いしますよ?」
「フフン、あたしに任せなさい!」
「あら、わたしの殺気より新川さんの方が怖かっただなんて、あなたも大層な口を叩いてくれるじゃない。ドラマの撮影じゃないけど、本当に命を狙ってみようかしら?」
「今まで、朝倉の殺気を一番浴び続けていたのは青古泉だからな。それに慣れていた分、普段とは違う新川さんに驚いたってところだろう。いくら演技とはいえ、俺だってこんな新川さんを見るのは初めてだよ。古泉や圭一さん達も似たようなことを言いそうだ」
「いやはや、まったくお恥ずかしい限りです」
「それについては私も同意見です。いくら脚本をサイコメトリーしたとはいえ、これだけの迫力が出るとは予想外でした」
『くっくっ、セリフを考えたのは僕たちだけど、ここまで見ごたえのあるものになるとは思わなかった。脚本を練りに練った甲斐があったよ。脚本家のやりがいってヤツが分かった気がする』
「黄キョン君、昼食はまだっさ?早く暴れたくて仕方が無いにょろよ」
「ラストシーンの撮影が一回で終わってホッとしたけど、午後の練習試合のことを考えると段々苛立ってきたわね」
「それもすぐに解消されるでしょう。最初のセットで圧勝しないと、黄朝倉さんたちにバトンタッチできませんからね」
「くっくっ、僕の出番もちゃんと作ってくれたまえ」
「あっ、キョン君、わたし昼食を先に食べてもいいですか?青チームのキョン君と交代してきます」
「分かりました。ところで有希、ジョンとエージェントの闘いを後で見せてくれないか?どんなアレンジが入ったのか見てみたい」
「わかった」
「じゃあ、さっさと撤収して体育館に乗り込むわよ!」
『問題ない』

 

 これでもうここに用は無いとばかりに、廃ビルやパトカー、周りの風景を写した板等々、情報結合で作ったセットをすべて情報結合解除。森さんが運転していた車とバイクくらいは取っておきたかったな。
「佐々木、バイクは第二シーズンで使うんじゃないのか?」
「いや、ちゃんとした職についたということで、新しいものに買い換えたという設定にしようと青僕ともう意見が一致しているんだ。ジョンの方は変わらずだけどね。キミもバイクに乗ってみたかったのかい?」
「まぁ、例の映画撮影でバイクのシーンがあるとばっかり思っていたんだが、結局一つも無かったからな。試しに乗ってみたかっただけだ」
「くっくっ、なら、そのときは是非とも僕を後ろに乗せてくれたまえ。キミの体感したかったものを僕にも味合わせて欲しい」
「また機会があったらな」
本社の81階へと戻ると、朝比奈さんはメイクを落としに、ハルヒや青チームのメンバーはユニフォームに着替えに自室に戻った。そういえば、ドレスチェンジができるくらいならメイク落としもテレポートで出来るんじゃないか?
『前にそんな話になったことがあったな。後で朝比奈みくるに伝えてみたらどうだ?』
ああ、そうさせてもらうよ。昼食を温めている目の前で有希が撮影した映像の編集作業に入っていた。足止めするはずのエージェントが逆にジョンに足止めされたところが映っている。
『おっと、誰がここを通っていいと言った?』
「構うな。どの道全員殺せというボスの命令だ。順番が変わろうと結果が同じならそれでいい」
『そういうことだろうと思ってたよ。少しは楽しませてくれるんだろうな?』
ナイフを構え、両手に指サックをはめ、転がっていた鉄パイプを握る。エージェントがそれぞれ戦闘態勢を整えるとそれに呼応してジョンが構える。まずは足止めされたエージェントとの一対一のバトルから始まった。どこのマフィアもそうだったが、「一人で八人を相手に何ができる?」という傲慢さが殺陣の中にも収められていた。ジョンを切りつけようとナイフで執拗に襲うものの、ジョンはナイフをただ避けるだけ。相手を苛立たせたところで、指でナイフを挟むと、油断したエージェントの腹部を蹴り飛ばした。
『こいつは返すぜ。俺には必要の無いものだ』
ナイフを持っていたエージェントの頬を掠め、血が流れる。二人目のエージェントに照準を定めたジョンに、怒りを露わにしたエージェントが再びナイフで襲いかかる。ナイフは避けるクセに、指サックを握った拳に対して真正面から拳を合わせる。ったく、これじゃどちらが指サックを持っているんだか分かったもんじゃない。互いにコーティングを施した者同士の戦いだからダメージはお互いにないが、これがただのマフィアのガードマン程度の男なら、ジョンは無傷、ガードマンの方が指サックでダメージを受けるだろう。見ているこっちの指が痛くなりそうだ。実際はノーダメージだが、ジョンと拳を合わせるたびにダメージを受ける演技をしていたエージェントが痛みを堪えきれなくなって一旦下がると、瞬時に間合いを詰めたジョンの正面蹴り。外そうとしていた指サックを狙った一撃がエージェントを襲う。

 

『そろそろ認めた方がいいんじゃないか?全員でかからないと俺を殺すどころか逆に自分たちがやられるとな』
「ふざけ……うぉっ!!」
ナイフで頭部を突き刺そうとしたエージェントの懐に入り、左のボディブローが炸裂。
『あんたとの遊びはもう飽きた。他の連中と遊んでいる最中に邪魔をされたくないんでね。そこでしばらくオネンネしてな』
右拳が使えなくなったエージェントを入れて残り七人。殺陣の練習風景も見ていたが、拳銃を持ったエージェントは一人もいない。こっちで使ってしまうと、森さんが発砲した弾丸を青古泉がナイフではじき返すシーンが映えないからな。「さっきのセリフ、後悔するんだな」と言わんばかりにエージェント達がジョンを囲む。少しずつ逃げ場が無くなってきたところでエージェント達が攻撃を開始した。真正面から右拳とナイフによる突きが繰り出されると、ナイフの届かないギリギリのラインまでバックステップを踏んだ。しかし、ジョンの背後を取ったエージェントに羽交い絞めにされると、サイドから頭部を狙った鉄パイプが降ってくる。上体を下げ、後ろのエージェントを腰に乗せると、そのまま前方へと背負い投げ。鉄パイプはジョンではなくエージェントの背中に当たり、エージェントをそのまま投げ飛ばした。ジョンの前方にいた二人も巻き込まれ一緒に倒れる。だが、その隙をついて死角からの回し蹴りがジョンの背中に当たり、四つん這い状態になったジョンに再度鉄パイプによる殴打。後頭部への一撃に頭から血が流れ落ちる。三度目の攻撃を試みようと鉄パイプ上げたそのとき、ジョンが鉄パイプを掴み、それを持っていたエージェントを睨みつけた。モニターでは殺気までは捉えられないし、朝倉や青古泉を含めて誰一人殺気を放ってはいなかったが、後頭部を抑えながら立ち上がるジョンに手出しできずにいた。逆遮殺気膜を張ってはいたが、殺気が漏れただけで朝比奈さんがNGを出してしまう。それでもなお、ジョンの鋭い視線に誰一人動けないんだから、流石だな。って、そういう演技か。

 

『くっくっく、やっぱ、このくらいじゃなきゃ面白くねぇよなぁ!』
エージェントごと鉄パイプを持ち上げ、他のエージェント目掛けて鉄パイプを振り回すと、ようやく起き上がってきた三人の横からエージェントが激突。ドミノ倒しのように崩れてしまった。倒れたエージェントの足元に鉄パイプを放り投げると、呼吸を整えたジョンが再度構える。前に出した左手の人差し指で相手を挑発している。野球でも同じことをしていたし、これが本来のジョンの構えなのかもしれん。遊びは終わりだとばかりに攻撃を仕掛けてくるエージェントにカウンター技を放ち、バトルの邪魔だと言わんばかりに倒れそうになったエージェントを回し蹴りで吹き飛ばす。他のエージェント達が立ち上がってくるのを待っているかのように一対一で互いに攻防を繰り返し、ジョンも何度もダメージを受けてはいたが、ナイフや鉄パイプによる攻撃はすべてかわしていた。隙あらばと止めの一撃で数を減らしていく。倒れていく他のエージェント達を見て、次第に不安が見え隠れし始めた。相手の一発をわざと喰らって、同じ攻撃で潰すジョンの戦いぶりを見ている俺まで戦慄が走る。最後の一人になっても、藤原のバカのように悲鳴を上げ、恐怖に慄くようなことは無かったが、このバトルのどこに時間を稼いでいる部分があるのかさっぱり分からん。無駄な要素を何一つ感じることなく、エージェントを天井に打ち上げ、ジョンが階段を昇っていった。
「流石ですね。どこでどう帳尻を合わせたのかまったく分かりませんよ。試写会で見せたあなたとのバトルのように人間離れした動きをすることもなく、一方的に圧倒するわけでもなく、避けられるところでも敢えてダメージを負ってまでドラマの設定とかけ離れることの無い闘いを見せるとは。これでは、一階と二階の様子をどうつなげていくのか編集に困ってしまいます」
「問題ない。このバトルシーンの中にもいくつかの切れ目が存在する。そこで切り替えればいい。それに最後のシーンはエージェントを蹴り飛ばして衝撃音が鳴った直後に二階の映像に戻す。衝撃音が繋がるように微調整するだけ」
いつの間にやらWハルヒや朝比奈さん達も戻ってきており、朝比奈さんに昼食を配膳するついでにメイク落としのやり方を伝えておいた。
「キョン君、これ……」
「この後もあのメイクが続きますからね。ドレスチェンジまで出来たのならメイク落としも可能なはずですよ?」
「キョン君ありがとうございます!」
って、ENOZにドレスチェンジを教えるのに古泉ではまずかったかもしれん。失敗して下着が見えたなんてことにならなければいいんだが。かといって他に説明が上手い女性メンバー……おらんな。青朝比奈さんがドレスチェンジ可能なら青朝比奈さんに頼みたいところだが、野球の練習をしたいと言い出すだろう。WハルヒとW鶴屋さんは
『イメージしただけでできるわよ!(っさ!)』で終わるからアウト。青有希は北高時代からコイツに説明させるのはまずいとクラス中の連中が思うくらいだから問題外。有希と朝倉は…テレポートというより情報結合を弄る方だからな。ドレスチェンジとは言えないし、何よりもジョンの世界だと周りから丸見えだ。ブラインドフィールドを張るにしても、基本のテレポートまでであとは個人で練習してもらうしかないか。それよりENOZの中からセッターを一人作った方がいいかもしれん。

 

 朝比奈さんが食事を終えたところでテレパシーを送ったらしい。青俺が戻ってきた。青俺から異世界移動をレクチャーされた朝比奈さんが倉庫に移動。念のためにと確認してみたが、どうやら上手くいったらしい。青鶴屋さんに急かされた部分もあり、今回は全員揃ってというわけにはいかなかったが、食べ終えた青チームが早々と体育館に向かっていった。ハルヒも既にユニフォーム姿だし、有希と朝倉も体育館に降りるまでにはユニフォームに着替えているはず。ビラ配りは勝ち星をあげて戻ってきた青チームになりそうだ。その後ハルヒ達と子供たちになるだろう。練習用体育館ではOGとENOZで問題ない。
倉庫に向かった朝比奈さんの代わりに佐々木に朝食の片付けを頼んで、俺はその横でディナーの仕込み。この時間帯からなら一人でも十分間に合う。本マグロはディナー直前に仮死状態にしておけばいい。あのパフォーマンスは二度も見せる必要はない。
「昨日の彼女たちじゃないけれど、キミも含めて七人もいなくなるなんてやっぱり寂しいよ。先に日本代表入りした二人が引退して戻ってくるものだとばかり思っていたからね。キミもできるだけ戻ってきてくれたまえ。さっき話していたバイクにも早く乗ってみたいんだ」
「それなら気分次第でいつでもいけるだろう。結局、研究の方はどのくらいからはじめられそうなんだ?」
「そうだね、中学生の職場体験が終わって……オーケストラの審査が終わってからになるかな。僕も聞いてみたいからね。次からはライブじゃなくてコンサートになりそうだ」
「色々と調べてみたんだが、コンサートホールをわざわざ抑えなくても音響に注意すれば天空スタジアムでも可能らしい。他の楽団も全国展開している様子もあまりないようだし、どこも近場でやることが多いのなら俺たちは天空スタジアムでと思っている。観客がそこまで集まるかどうかが疑問だけどな」
「キミが作ったあの仕掛けならまず間違いないよ。それに最初はSOS団の曲が多くなりそうだからね。一度見に来たらまた来たいって思うんじゃないかい?」
「ああ、そうだといいな」

 

 エレベーターの音が鳴り、青チームが満足気な表情で帰ってきた。
「圧勝したのは表情を見れば分かるが、何点に抑えたんだ?」
「OGのように0点とまではいきませんが、もう少し抑えたかったですね。25-6です」
「しかし、黄鶴屋さんのアイディア一つであそこまで上手くいくとは思わなかったぞ」
「皆さんのレシーブ力があったからこそですよ。そうでなければここまで大差にはならなかったでしょう」
「今日からわたしはセッターの練習ってことになりそうね。来シーズンまでに間に合うと良いんだけど…」
「ああ、その件で一つ頼みたいことがあるんだが、いいか?」
『頼みたいこと?』
「ENOZ四人の中で一番オーバーパスが上手い人をセッターにしたいと思っている。古泉から基本のテレポートだけ教わったらあとは各自で練習するだけだからな。ジョンの世界でブラインドフィールドを展開してまでやるほどのことでもないだろうし、テレポートさえマスターしてしまえば四人のうち一人をそちらに参戦させたいと思っている」
「朝倉さんにOG、わたし達の世界のOGにも二人練習してもらわないといけないし、ENOZまで入れると五人もセッターの練習をするの?」
「五人ともそれぞれレベルが違いますからね。すぐにクイック技の練習というわけにもいかないでしょう。バックトスの練習も必要でしょうし、まずはOGからということになりそうです」
「よし、着替えたら黄朝比奈さんと交代してくる。ビラ配り頼むな」
「あたしはあんたの手伝いになりそうね」
「ん、まぁ、俺一人でも十分間に合うと思っていたんだが、仕込みを名乗り出てくれるのなら、手伝いじゃなくて俺と代わってくれないか?異世界の圭一さん達の引っ越しの目途がついたのか気になるし、俺の母親がどうしているかも確認してくるよ」
「あ―――――――もう!こういうことに対するあんたの鈍感さは一向に改善される様子が無いわね。明後日の朝まで少しでもあんたの傍に居たいっていうのが伝わらないわけ?女のあたしに言わせるんじゃないわよ!」
「分かった。なら二人で仕込みをして、空いた時間で異世界の様子を見に行ってくる」

 

 ビラ配りを残りの青チームに任せ、俺と青ハルヒの二人で最後のディナーの仕込み作業。青俺と入れ替えで戻ってきた朝比奈さんが昼食の片付け作業をしていた。
「しかし、折角の書き初めの副賞も今年中に使えそうにないな。来年になってからでもいいか?」
「あ―――――――――――――――!!このバカキョン!なんで今更言い出すのよ!!あんた、覚えているんだったら、いつでも機会があったじゃない!」
「夏休みあたりに行こうと思ったら青俺が野球のチラシを持ってきて、おまえがアンダースローの自主練習に励んでいたから声をかけようにもかけられなかったんだ。まぁ、おかげでミスサブマリンなんて二つ名がつくようになったし、プロ球団戦に勝てたのも青ハルヒの活躍があったからこそだ。ところで、今年の年越しパーティで寿司を握ろうと思っているんだがどっちが行くのかもう決まっているのか?できれば青ハルヒに一緒に来て欲しいんだが」
「黄あたしが今年もあたしでいいって言ってくれたわよ。黄あたしもレッドカーペット歩くときは緊張してたからって。ところで、今年のパフォーマンスはジョンが何をやるか、あんた聞いてる?」
「ハルヒの承諾を既にもらっているのなら気にしなくてもよさそうだ。因みに今回はジョンじゃなくて俺がやる。やることももう決まっているんだ」
「じゃあ、せめて夜のパーティの方だけでいいから教えてくれない?去年みたいにその後興奮して眠れないのはちょっとね。まぁ、あんたと一緒に仕込みをしていればいいでしょうけど」
「すまんが、ヒント程度にしか教えられない。翌朝の方はタイタニック号を見に行こうと思ってる。映画の主役になった二人もいることだしな」
「それも面白そうね。また新聞の一面を飾れそうだわ。それで、夜の方は何をするの?ヒントだけでもいいから教えなさいよ!」
「絶対に大丈夫だといってもパニックになるだろうが、アメリカ支部の強度を見せてやるつもりだ。その方法はまだ内緒だけどな」
「ホント、あんたといると退屈しないわよ。やり方はどうあれ、桁違いのパフォーマンスをやってのけるんでしょ?」
「ああ、カレンダーにSOSとつけるための布石を打つ。しかし、今年はジョンの分まで招待状が届きそうな気がしてならない。披露試写会で見せたバトルなら去年だってやっているからな。影分身で出てきたのが実はジョンだったとバラすだけで終わってしまう」
「いいなぁ……わたしもお手伝いでパーティに参加してみたいです」
「寿司を振る舞うのなら黄みくるちゃんがお茶を煎れればいいわよ。キョンの上着のポケットにでも隠れていればいいわ!」
確かに、寿司とワインじゃいくらなんでも合わない。俺がおススメする絶品のお茶だと言えばハリウッドスター達も飛び付くだろう。念のため映画のヒロインにも伝えておくか。

 

 ディナーの仕込みを終えて一路異世界へ。サイコメトリーした情報によると、青チームの圭一さん達はエージェントに引っ越しを手伝ってもらって既に作業を終えている。夕食には顔を出すだろう。間仕切りや家具についてもすべてエージェントが情報結合したようだ。あとは母親を連れて帰るだけなんだが……オフィスに異世界移動すると案の定。愚妹と二人で電話対応をしていた。それ以外に電話対応に参加しているのは現実世界の圭一さんくらい。
「休みの日に電話対応なんてやってると、ストレスを溜めるだけだぞ」
「だってあんた、こんなに電話がかかってくるのに二人だけじゃこの子が可哀そうよ」
「そいつにはこれまで人事部がどれだけ大変だったのか知らしめるためにやらせているんだ。同じ対応をする人間が増えると報道陣も調子に乗る。サイコメトリー無しでの電話対応は逆効果なんだよ。今日はドラマの撮影があって、たまたま圭一さんとコイツの二人だけだったに過ぎん。周りから声をかけられなければ俺だってこっちで電話対応していた。これ以上は受けないでくれ」
「だったらこの子にも、その……サイコメトリー?で対応させてあげればいいじゃない」
「今説明しただろう。そいつにはこれまで人事部がどれだけ大変だったか知らしめるためにやらせていると。同じことを何度も言わすな。他に用が無いならと思って連れ戻しに来たんだ。それ以上電話対応しようとすれば強制的に本社に戻して、もう二度とここへは連れてこない。他のメンバーにもそう伝えておくが?」
「はぁ……分かったわよ。こっちのお母さんやお父さんにもあんたのことよろしくお願いしますって伝えておいたから、体調にだけは気をつけるのよ?」
「………うん」
愚妹がいくら涙を溢してようが、俺には関係ない。時間も時間だし、窯に火を入れて今シーズン最後のインタビュー対応だな。母親を本社の85階へ送り、ユニフォームに着替えて体育館へと赴いた。体育館ではコート内をハルヒ、有希、朝倉、子供たちが独占してベンチには誰一人として座っていなかった。目立ちたがり屋ばかり集まっていることもあり、全員攻撃&全員防御。ベンチに誰かいればミスした時点で即交代とでも言いたげだな。しかし、昨日ハルヒに頼んでおいた一喝が効いたらしい。子供たちも攻撃ばかりでなく防御にもしっかりと対応していた。ブロッカーはいないが、誰を狙おうとセッター三人態勢ではどこから攻撃がとんでくるのか分かりやしない。俺がベンチについても誰一人として「疲れた」と言いだす者もおらず、最終セットも圧勝で終えることができた。

 

「キョン社長、今シーズンを終えて一言お願いしたいのですが…」
「正直、ディナーの後のことを考えると複雑な思いでいます。九月の世界大会での活躍を期待していますし、彼女たちがこれまでずっと目指してきた日本代表になれたことは僕も嬉しく思っています。ですが、これまで一緒に闘ってきた仲間であり、社員として本当に頼もしいくらいに我が社に貢献してくれたメンバーだっただけに、他のメンバー達も今朝からずっと寂しいと言葉に出すくらいで、あの明るい六人がいなくなると思うと僕も寂しいという気持ちが隠せません。だからこそ、半年後、本社に戻ってきたときには『おかえりなさい』とみんなで迎えたいと思っています。それから、昨日の生放送後の古泉のインタビューを受けて、朝から『サーブ名はこれでどうか』という電話が多く来ています。我が社のサイトに古泉のサーブの名前について案を出し合うためのスレッドを用意しました。我々のバレーを見てくれている皆さんの『これだ』という名前を書き込んでいただければと思っています。よろしくお願いします」
「キョン社長、ありがとうございました」
昨日は生放送だったから、パフォーマンス等については聞けなかった分を今日聞いてくるかと思ったが何も無かったな。一番外側に張った閉鎖空間でふるいにかけられたのかもしれん。古泉のサーブの件もサイトに書きこむよう注意を促したし、あとは・・・
『ハルヒ、俺たちがディナーを作っている間にみんなで……………しておいてくれ。派手に盛り上げるぞ!』
『面白いじゃない!あたしに任せなさい!』

 
 

…To be continued