500年後からの来訪者After Future3-7(163-39)

Last-modified: 2016-09-07 (水) 16:12:32

概要

作品名作者
500年後からの来訪者After Future3-7163-39氏

作品

この特番を見た全員が俺たちに味方をしかねないような生放送が放映され、青ハルヒもご満悦。決勝にはアンダースロー投手の天敵とも言われているらしい左バッターがいるものの、Wハルヒ、有希、朝倉、青俺でホームランを放てば三回裏で勝負が決まる。ハルヒが言っていたという圧倒的パワーには圧倒的パワーで対抗するのも悪くない。結局、青古泉が立案した打順とポジションは変わりなく決選に臨むことになった。先週の西日本代表決定戦では、折角高揚感が俺にも出てきたにも関わらず、俺の出番が訪れることは無かった。決勝も青ハルヒたちに任せておけば心配いらんだろう。それより気になるのは古泉の撮影や今後についてのこと。年代的にも身を固めるメンバーも出てくるだろう。その中でトップに立つのはおそらく古泉。森さんを含めたメンバー内での結婚なら何も問題はないのだが、それ以外の人間だと、俺たちと青チームがセットになった状況に耐えられるかどうかが問題だ。まぁ、パフォーマンスから少しずつ耐性をつけ、異世界の自分を見せるという段階を踏んでいけば何とかなるんじゃないかという、あくまで俺の予想だ。結婚指輪をつけてしまえば、青古泉がバンダナを巻く必要もなくなる。Wハルヒはどう感じているのかは知らんが、視線が向けられた段階で間違いなくWハルヒは気付くだろう。当然その後どうなることになるかは眼に見えている。それが無いということはWハルヒを見ることはあったとしても、意味もなく観察しているそぶりは見せていないってことだ。子供たちのデビュー戦を終え、今日がその二日目。ハルヒや有希も子供たちと一緒に闘うと宣言した。古泉が撮影のため、W古泉が戦うことはできないが、他のSOS団メンバーもそろそろ試合に出させて欲しいという希望もあり、ENOZにも試合経験を積んで活躍して欲しいと思っている。有希の発案で練習用体育館でも練習試合をという話になり、俺が監督に確認することになった。

 

「昨日までのような戦いを仕掛けてくる選手たちとなら、是非お願いしたい。君も一緒に頼むよ」
練習中の選手の様子を見ていた監督に進言すると快諾で返ってきた。すぐに練習用体育館にもネットを一面張り、俺と青ハルヒ、朝比奈さんは片付けとディナーの仕込み作業。残ったメンバーでビラを配り、時間になればツインタワーで食材や商品を並べる作業……というよりは、サポートと言える様な体制なってきた。船を出す漁師が多いせいか魚介類を捌く担当の希望者が少ないというのが悩みどころだが、今後、引っ越していくにつれて解消されていくだろう。昼食を摂りにみんなが戻ってくると、当然議題は午後の練習試合について。
「言っとくけど、あたしがコートに入るからには絶対に負けは認めないんだから!いくらあんた達でも、足を引っ張るようなら即交代よ!?」
『わたしは絶対負けない!!ハルヒママにも勝つ!』
「というわけだ。目立つことばっかり考えてセット取られるようじゃ、二週間ずっとこの三人に出てもらわんとな」
「愚問。わたしの采配にミスはない。それに、どんなに相手に点を与えたとしてもわたしが終わらせる」
「あら、有希さんにしては随分消極的ね。わたしは相手に点を与える気なんてさらさらないわよ?」
「問題ない。どちらも圧勝すればいい。この子たちならきっとできる」
「ママ、早く試合!織姫も早くして!」
幸の言葉に全員が急かされ、新川流料理をゆっくりと堪能しているのは人事部の社員だけだった。
昼食後、青俺が日本代表選手たちを練習用体育館に誘導。それに釣られて報道陣も下に降りてきた。体育館のでは子供たち&ハルヒ&W有希。俺は仕込み作業、青古泉は報道陣の前にでることができないためOGのセッターとオポジットを宮古市から呼び戻し、青俺、朝倉、OG二人、ENOZ二人の寄せ集めチームが急遽結成された。メインは体育館の方…にしたいんだが、目立ちたがりのメンバーだらけだからな。ディナーの仕込みが終われば俺や青ハルヒ、朝比奈さんも試合に出ることにしよう。ハルヒと青有希には社員食堂の全メニューの味付けを考えてもらわないといかん。みりん一つでどこまで変えられるかは分からんが、食べた人に美味しくなったと感じさせるようにはなってもらいたい。朝比奈さんには鶴屋さんにそろそろ試合に出てみないかとテレパシーを送るよう伝え、仕込みが終わったところで三人でユニフォームに着替えた。
『申し訳ないにょろが、先週そっちに行っていた分今週は行けそうにないっさ!都合がつくようになったらみくるに連絡するにょろ!そのときは宜しく頼むっさ!』
鶴屋さんからのテレパシーを俺達にも聞こえるように中継してくれた。しかし、こっちの鶴屋さんがこんな状態じゃ青鶴屋さんの出る余裕はあるのか?後で青朝比奈さんにも聞いてみないとな。

 

俺と朝比奈さんが体育館で降り、青ハルヒは練習用の体育館へ。得点は現在19-9。セッターは有希が務めていた。美姫に有希のトスを見せるいい機会だ。存分に学んでもらおう。伊織とハルヒの連携技が決まったところでメンバーチェンジ。今のプレーに満足できたようだ。快諾で交代してもらうことができた。ローテが一つ回ってサーブは交代したばかりの朝比奈さん。打てるようになったとはいえ、アップも何もしていない状態でいきなりジャンプサーブは厳しそうだ。
『朝比奈さん、久しぶりにアレやってみませんか?………』
『わかりました』
双子が朝比奈さんの立ち位置と構えを見て困惑していた。二人がこれまで見てきたサーブは全てジャンプサーブだったからな。一歩でも踏み込めばコート内に入ってしまうのに、どうして朝比奈さんがこんな場所にいるのかまるで見当もつかないらしい。高校三年生のクリスマスカップで青チームを混乱させたサーブだ。日本代表も朝比奈みくるはジャンプサーブという認識しかあるまい。サービス許可の笛が鳴り、朝比奈さんのサーブが天高く打ち上げられる。意表をつかれた相手コートに朝比奈さんの放った球が落ちた。
『キョン!みくるちゃん凄い!』
「サーブもジャンプサーブだけじゃない。今みたいなサーブを稲妻サーブっていうんだ」
『いなずまってなあに?』
「雷のことだ。この前お寿司を食べたときにも見せただろ?」
寿司を食べたことは覚えていても、本マグロを仮死状態にしたときのことはどうやら頭の中にないらしい。
「とりあえず、こんなサーブもあることだけ覚えておくといい。次は攻めてくるだろうからしっかりレシーブするんだぞ?」
『問題ない!』

 

『キョン君、……………』
『今の朝比奈さんなら心配いりませんよ』
双子にもう一度稲妻サーブが見られると宣言した直後に朝比奈さんからのテレパシー。これまでジョンの世界で散々練習を重ねてきたんだ。朝比奈さんの第二球、大きくトスを上げたジャンプサーブが放たれた。威力は青朝比奈さんのおよそ三分の一。だが、これも一つの武器だ。意表を突かれた日本代表が慌てて前に詰め寄り、セッターへとつながってしまったが、ネットに引っ掛かることなく相手コートに届いただけでも自信が持てるってもんだ。センターからAクイックで入ってくるMBに合わせてブロックに跳んだ。選択肢としては、指先を掠めるブロックアウトはある。だが、いくら日本代表とはいえ、女性が男性のブロックをぶち抜くだけの度胸はないはず。案の定、俺の左腕に視線が集中。そのすぐ左から後衛がスパイクのステップを踏んでの連携攻撃。読むだけじゃないってところを見せてやる。ブロックの状態から、俺の手の腹の部分が視線が集中していたところにくるよう左腕だけ下げて、リバウンドするはずのスパイクを、角度を変えて相手コートへと叩き落とした。朝比奈さんの三度目のサーブが見られると分かった双子が朝比奈さんに駆け寄る。
『みくるちゃん、さっきのサーブ、もう一回!』
そんなでかい声で注文すると相手にバレるだろうが……まぁ、もうバレているのと変わらないけどな。
「天井サーブのことですか?わたしのサーブで良ければ見ててくださいね」
『てんじょうさーぶ?』
「後で説明してやるから、とりあえず見てろ!」
稲妻や天井すら知らないことがバレたら大騒ぎになってしまう。朝比奈さんの二度目の稲妻サーブも今度は対策を取られ、さっきのお返しとばかりに中央から突っ込んできた。連携が通用しないことは分かっているはず。後はクロスに撃つしかあるまい。両隣から美姫と伊織がレシーブ態勢をとっている。この二人に関してはボールが怖いという感覚は持ち合わせておらん。顔面を狙われても安定したレシーブがあがりそうだ。こちらの予想通りセッターの美姫の方にクロススパイクが撃たれ、有希がセッターとしてボールの真下へ駆け寄る。
『有希!』
俺を含めた四人が自分によこせと主張。バレーでの呼び方にも慣れたらしい。一応朝比奈さんもバックアタックで攻めるフリをしたが、有希の采配は美姫のCクイック。ラリーは続いたものの、朝比奈さんのサーブ権が切れることなくそのセットを勝ち取った。

 

「黄キョン君、わたしにも黄キョン君が投げる球打たせてください!!」
「キョン先輩!わたしにその球受けさせてください!」
ジョンの世界に来て早々、青朝比奈さんとOGのセッターの子に駆け寄られ、詰め寄られ、Noで返したらどんな天罰が下るか分かったもんじゃない。「軽く肩慣らしくらいはさせてくれ」と伝えて二人の要望を受け入れ、OGの背中には閉鎖空間の壁が張られた。俺が投げる球の列に並んでいるのがWハルヒ、有希、朝倉、青朝比奈さんの五人。ハルヒは超光速送球の練習はいいのか?と、ふと疑問に思ったが、180km/h台の球を打っていれば捕れないことはあるまい。青朝比奈さんも同様だ。青ハルヒがバッティング練習をしている間に青鶴屋さんもバッティング練習に参加。明日の試合は出場ということで問題ないだろう。
「ジョン、九月に入ったら挑戦状と一緒に練習風景を撮影したDVDも送りたい。周りをSOSスーパーアリーナにすることは可能か!?」
「おや、それなら本社設立当初に忘年会のパフォーマンスであなたがやっていませんでしたか?六面に映像を映して、あたかもテレポートしたかのように見せていたではありませんか」
『古泉一樹に先を越されてしまったようだ。俺でなくてもキョンだって可能だ』
「そういうことならすぐにでも変えてしまおう。有希、撮影頼む」
「問題ない」
どこぞの狸ロボットの真似をして「立体○写機~」なんてポケットから出せば子供たちも喜びそうなもんだが、この殺伐とした空気の中ではできそうにないな。子供たちもちゃっかりとバッティング練習に参加しているし、他のOGやENOZも交代でキャッチャーを務めていた。明日はディナーを他の調理スタッフに任せて俺も古泉もいないことは伝えてあるし、ディナー後の片付け当番もENOZ二人がやることになっているから支障はない。因みに、ディナーで調理をしている三人とおでん屋の経営をしている二人を抜いたメンバーで片付け当番のペアを組むと、必ず一人余ってしまうのだが、その余った一人というのがなんと青佐々木。次々とペアが決まっていく中、朝倉、青古泉、青佐々木の三人が余ったところで青俺が名乗りをあげた。
「この三人のうちの誰かともう一回組まなきゃならんのなら、俺が佐々木と組む。話が盛り上がっている間に片付けが終わってしまうからそこまで負担にならん」
「では、僕は黄朝倉さんと目隠し将棋をしながら片付けに勤しむことにします」
「くっくっ、キミも嬉しい提案をしてくれるじゃないか。黄僕と同じ話にならないように同期しておくことにするよ」
「こっちのキョンも随分頼もしくなってきたわね。古泉君とは大違いだわ!」
青ハルヒのそのセリフにその場にいた全員が笑っていたのは言うまでもない。というわけで、昨日が朝倉&青古泉ペア、今日が青俺&青佐々木ペアということになり、一通り回ったら青俺&W佐々木以外のペアでという周りからの配慮がなされていた。

 

 全国大会決勝戦当日、朝の会議では練習用体育館での試合は行わず、当然夜練もなし。練習試合の後半は先に日本代表入りしていたOG二人とENOZ四人の編成で試合をすることになり、俺たちはW鶴屋さんと一緒に早めの夕食を食べてから異世界移動でドームへと向かうことになったのだが……
「まったく、こっちの世界なら、ここから東京ドームまでなら歩きでも行ける距離なのに!向こうの世界でもこの会社立ち上げようかしら」
「うん、それ、無理。わたしたちの負担が倍増しちゃうわよ」
「いえ、そうでもありません。半年ほど時間はかかってしまいますが、土地の交渉から始めて本社と西日本の作業場が整って人材さえ集まれば、店舗を構えなくともこちらと同じ冊子を異世界で売り出せばいいんです。あとは社員食堂でハルヒさんの味を出せるようにするだけです。野球で青チームのSOS団に焦点が定まっていますし、表紙を青朝比奈さんにすればすぐにでも全国に広がるでしょう。こちらより若い世代がデザイン課に入ることになりますから、長い目で見れば我々にとって大きな利点につながりそうです。本社が建てば、こちらと同じような手順を踏んでいけばいいわけですから、今度こそSOSの名の由来通り涼宮ハルヒのファッション会社になりそうですよ?」
「黄古泉君、それよ!今回は仕方ないとしても、もし来年も似たようなイベントがあるのならそのときに使えるわよ!」
「言っとくが、ビラ配りは当然できないし、店舗を建てるとしてもアルバイト達が慣れるまで最低一人は店長として向かう必要がある。それから、土地の交渉や業者との提携は全て青古泉任せになる。古泉の言う通りメリットは無いわけじゃないが、動機が不純すぎる。今ここにるメンバーにほとんど負担をかけずにやれると言うのなら俺は反対しない。どうするつもりだ?」
「分かりました。土地の交渉、業者との提携はすべて僕が引き受けましょう。青チームの世界でのSOS Creative社社長が涼宮さんなら、副社長は僕が務めさせていただきます。汚名返上のいいチャンスを頂きましたので、こちらでの失敗を繰り返すことの無いようご覧にいれましょう。試合に出られない分、そっちの方にやる気が湧いてきましたよ」

 

 結局、荷物はキューブに収めて東京ドームの死角に異世界移動。黄チームとOGにはこれまでと同じ催眠をかけ、一般客からはまったくの別人に見えるよう催眠を上乗せすることになった。ドームの控室についた時点で上乗せした催眠を解けばいい。午前中から青古泉が異世界に赴き独自に行動を開始した。過去のハルヒ達じゃないが、ここより広い土地を確保してきそうな勢いだ。汚名返上になるといいんだが。早めの夕食を食べようとメンバーが戻ってくると、青古泉から一言。
「W佐々木さんのラボが建っている土地を抑えました。本社設立の交渉をしながらあそこに最初の店舗を建てることになりそうです。そうでもしないと西日本の通販を一挙に担っている倉庫の告知ができませんからね」
「くっくっ、確かに他の時間平面上じゃ黄僕はあの場所にあれと同じタワーを建てたそうだけど、僕には必要ないからね。土地も広いし大々的に告知してくれたまえ」
たった半日でそこまで発展したか。この調子で行くと今年中に本社が建ちそうだ。だが、チームの監督としての任を忘れてもらっては困る。難なくドーム内に入ると控え室からベンチに出てグラウンドで練習開始。すでに会場の半分以上の席が観客で埋まっていた。青俺と青ハルヒはブルペンで投球練習。試合の流れによってはナックルボールも見ることができるだろう。遅れてやってきた東日本代表も練習を開始。あの特番の『せいで』と言った方が正しそうだ。用意されたバットはすべて木製バットに変わっていた。どれくらい圧倒的なのか楽しみだ。向こうの様子を見なくてもチーム全員で俺たちを睨んできているのが分かる。
『キョン、そろそろ時間だ』
「あんた何やってんのよ!さっさと戻ってきなさいよ!」
「ああ、すまんがあと三球だけ投げさせてくれ。俺流の圧倒的パワーってヤツを見せてやる」
『圧倒的パワー?』
俺の投球を受け止めていたOGに確認を取り、ハルヒの力を全身に行き渡らせた。スピードガンを用意するなら、さっさと用意しておけよ?何せ、制限付きの投球なんだからな。180km/h台の球を投げたところでベンチへと戻った。
「向こうが睨んできたんで、こっちも違うやり方で威圧してみた。これぐらいで逃げだすようなチームが決勝まで来るはずがない。こっちばかり睨まれてばかりっていうのも癪だしな。俺の投球で何か聞かれたら朝倉の言っていた制限について伝えておいてくれ。綿密なコントロールが可能なのは、一日につき三球まで。それ以降は暴投になるってな」
「あんたの気がおさまったのならそれでいいわよ。どの道、今日もあんたが出る幕は無いわ」
「今回は我々が後攻になりました。黄朝倉さんまでで先に四点獲ってしまいたかったのですが……まぁ、二回表以降は向こうが焦ることになるでしょう。打順とポジションの最終確認をしておきます。一番ピッチャー涼宮さん、二番セカンドハルヒさん、三番レフト黄有希さん、四番ライト朝倉さん、五番ファースト朝比奈さん、六番ショート佐々木さん、七番サード有希さん、八番センターを彼に、九番キャッチャー鶴屋さんです。相手も左バッターをどこに配置してくるか分かりませんが、今回は点獲り合戦になりそうです。よろしくお願いしますよ?」
『問題ない』

 

 互いに礼をしたあと青ハルヒ達が各ポジションへと散らばる。今回は青俺がセンターにいるし、誰のところに打球が行くか指示を出してくれるだろう。有希から采配を受けた青ハルヒの第一球、超低空から、そのままストライクゾーンに入ることなくボール。いくらアンダースローだと分かっていても、そう簡単にはバットは振らない…か。第二球、内角高めを狙った球を打ちに来た。内角高めは打ちにくいと聞いたが……対策をたててきたってことでいいか。すかさず青俺からの指示が飛ぶ。
『朝倉!前だ!』
「黄朝倉」とは呼ばず、バレーと同様最短で指示を出すつもりらしいな。どちらも出ているのは…WハルヒとW有希くらい。「黄ハルヒ」と「黄有希」くらいは呼ぶだろう。特に青有希はバント対策もあるしな。ライト方向へと打ち返された打球を朝倉が掴み、すかさずファーストへと送球。超光速を使う程でも無かったな。そして、二番手にして左バッターが現れた。
『涼宮さん、今回は敬遠してください。三番手も左バッターなら勝負をかけてダブルプレーにするまでです』
監督の指示に素直に従い、青鶴屋さんが定位置から離れた。フォアボールでワンストライクランナー一塁でバッターボックスについたのは右バッター。てっきり連続で出してくるものだと思っていたんだが、どういうつもりだ?
『セーフティバントの可能性もあります。有希さん、佐々木さんは前よりに構えてください。鶴屋さんも対応できるように準備をお願いします』
非の打ちどころがない監督の指示通り、相手のセーフティバントを捕る体勢を整えた。もし、二人の頭上を越えてライト前に打つのなら有希が阻止するはず。一塁に牽制球を投げてからバッターボックスに向き合った。青ハルヒのボールの握り方が変わったな。変化球を織り交ぜないと苦しい状態になってきていると有希が判断したということになる。2、3球様子を見ると、バッターがバントに構えた。すかさず青有希と青佐々木が近寄るが、バントした先は一塁方向へ。二塁への進出を許してしまったが、セーフティになることはなく、これでツーアウト。あと一人葬れば青ハルヒ達の攻撃力が存分に発揮できる。続く四番、先週の悪夢を思い出させるような左バッターが打席についた。青古泉も次は勝負をかけると言った以上、変更しても勝負に出るだろう。まずはリリースポイントから少し上がった内角低め。初球からフルスイングで来たが空振り。ボールが沈んだように見えたが……アンダースローで、落ちる系の球は無かったんじゃ?
「監督、今の球は何だ?アンダースローでフォークなんてあったか?」
「今のはフォーシームのジャイロボール。サイドスローやアンダースローの投手が投げやすい沈む球とされているものです。初速と終速がほとんど変わらないため、伸びのある沈む球とされています。これなら左バッターでも三振を狙えます」
青ハルヒの第二球。今度は外角低めからのカーブ。相手にバットを振らせるボール球だ。見事に四番手がこれに引っ掛かりストライクの判定。あとは監督の言っていたジャイロボールとやらで攻めれば0点で終えることができそうだな。だが、三球目は先週もソロホームランを打たれてしまった内角高め。ようやくバットにボールが当たり、打球はレフト方向へ一直線。有希もこれはホームランになるとふんで動いていない。
「妙ですね……先週といい、今といい、内角高めの球はボールの下を叩きやすくフライになりがちなんですが……木製バットに変わってもホームランを放つとなると、あの四番プロ球団からの誘いが来てもおかしくありません」
何にせよこれで0-2。五番手を三振に沈めて一回表を終えた。

 

「黄有希、左バッターに内角高めは投げない方がいいんじゃないの?」
「問題ない。さっきの球よりボール半分だけ上に修正すれば、フライにすることが可能。次の打順で確認すればいい」
「とにかく、取られた分の倍返しをするわよ!!」
「ちょっと待て。二人とも忘れてないだろうな?どちらかのハルヒがアウトになった時点で即ジョンと交代だ。ただでさえハルヒは先頭バッターなんだ。ホームランだけを狙うような真似をしてフライに終わるなんてことになるなよ?」
「涼宮さん、彼の言う通りです。ホームランを打たれたからといって相手の力を見極めもせずに本塁打を狙おうなど愚の骨頂。狙うなら次の打席にしてください。最低でもヒットであればいいんです。折角のアンダースローをたった一回だけで終わりにしたくありませんからね」
「二人揃って団長に刃向かおうなんていい度胸じゃない!いいわ、そこまで言うなら次の打席でホームランをお見舞いしてやるんだから!!」
ハルヒも似たような考えだったらしい。二人揃って象のような足取りでグラウンドに出ていった。
「くっくっ、団長に刃向かうというより、気を静めると言った方がよさそうだ。前にも似たような光景を見た気がするけれど、二人とも彼女のことを知りつくしているなんて羨ましい関係じゃないか」
「多分、鶴屋さんが言ってた。『ここまで団長のことを熟知している団員が二人もいるなんて羨ましい関係っさ!』って。涼宮さんがアンダースローの研究をしているときのこと」
「それもそうにょろが、あたしがそんな風に言ってたことあったっさ?このところ何かと忙しくてよく覚えてないにょろよ。でもみんなが電話対応手伝いに来てくれて助かったにょろ」
「そういえばそうでしたね。多分鶴屋さんも話の流れから思ったことをそのまま口にしたんだと思います」
『なら、さっさと相手の投球に集中したらどうだ?青チームの涼宮ハルヒが打席に立ったぞ』

 

ジョンの一言でベンチにいた全員の視線が青ハルヒに集中する。先ほどの青俺と青古泉のセリフを受けてか、ベンチに戻ってきたときの苛立ちを隠し切れてなかったのが今は至って冷静そのもの。球速は…俺たちよりちょっと遅いくらいか。なら、あとは変化球がどのくらい投げられるかとどんな采配で来るかを見るだけ。変化球なら全種類打ち返しているからな。二、三球様子を見ると、ようやく青ハルヒがバットを振った。打球は勢いよくバウンドしながら左中間へ。危うくショートにとられるところだったが、見事にツーベースヒット達成。これで次の回もアンダースローが見られそうだ。
「わたしの采配で取られた点はわたしが取り返す」
ベンチにいた全員にそう言い残して有希がバッターズサークルへ。ハルヒの方は相手投手が青ハルヒに投げた球で十分だったようだ。初球を叩き、打球はライト方向へ。ライトポジションにいた選手が球を追いかけたが途中で諦めていた。ったく、監督から初球を叩いてもいいと許可を得ているものの、もうちょっと後続に向けた配慮ってものはないのか?ピッチャーのボールコントロールがどれほどのものか計れやしない。一回表の真似をするかのようにランナー二塁の状態からのホームラン。2-2とイーブンに戻したところで、未だにノーアウト、バッターは三番有希。相手投手の球速はまだ下がる気配が無い。三球見送ったところでツーストライクワンボール。空振りを誘うボール球が放たれたがそんなもの有希には関係ない。ツーストライクツーボールでも若干相手にプレッシャーを与えられたようだ。第五球ストライクゾーンギリギリを投げたところで有希のバットがボールを捕えた。今度はどこを狙って撃ったんだか……打球は勢いを保ったままバックスクリーンへ。九回表の得点が表示されるところに突き刺さった。貫通弾で無かったことに正直ホッとしたぞ。
「どうやら、今回も打順を間違えてしまったようですね。黄有希さんと黄朝倉さんを先にするべきでした」
『有希お姉ちゃん凄い!』
ソロホームランを放った有希をみんなで迎えてハイタッチ。青古泉の言葉の意味がホームベース周辺を見ただけですぐに分かった。朝倉を敬遠するようだ。有希に続いて八回表のところに突き刺すつもりだったんだろう。殺気が漏れてるぞ殺気が。キャッチャーとファーストの選手が朝倉に脅えている。朝倉ならリードの必要はないが、牽制球は投げられそうにないな。

 

『朝比奈さん、ここは相手の打球を見定めることに徹してください。見逃しアウトでも構いません』
これまで俺たちがとってきた戦法で進めるのはここから。だが、青古泉は「アウトでもいい」と指示していたが、「アウトの方がいい」と言った方がいい。下手にヒットで出塁してランナー一、二塁で青佐々木に回すより、ランナー一塁のままセーフティバント狙いの方がいい。もしくはツーベースヒットでランナー二、三塁。青佐々木か青有希が出塁すれば青俺の満塁ホームランが待っているなどと考えている間に、ワンストライクツーボール。四球目で青朝比奈さんなら甘いと感じるであろう球が投じられた。球速も落ちてツーベースヒットも狙えたチャンスだったが、それを見送りツーストライクツーボール。ピッチャーも青朝比奈さんの見送りに安堵しているようだ。これならもう一度同じ球でワンアウトを取りに来てもおかしくない。第五球、こちらの予想通りの球に青朝比奈さんが動いた。打球は左中間へ。フライにはならず、朝倉は三塁、青朝比奈さんが二塁へと出塁。見事に俺達の不安を払拭してしまった青朝比奈さんにベンチからどころか会場中から賛辞が贈られる。今からでも朝比奈みくるファンクラブができそうな勢いだ。背中を見ただけでも不安気にしていたのが分かるくらいだった青佐々木が、バッターボックスに立って見せた横顔は真剣そのもの。ワンストライクスリーボールまで相手投手を追い込むとストライクゾーンの内側に『入れてきた』球に対してバントに構えた。俺たちは佐々木が何度もバントに構えているから青佐々木がバントに構えても何も感じなかったが、向こうからすれば青佐々木のバントは意表をついた一手。普通なら六番打者がバントを仕掛けてくることはほとんどない。今回は五番打者がこちらの一番手だからな。打球は佐々木のような逆回転は敢えてかけずに三塁へと向かっていく。少しでも打線がズレていたら、ホームへ走ってくる朝倉の邪魔になりかねない球だったが、今の状態ではサードとキャッチャーは動けない。ピッチャーがボールを捕った頃にはランナー一、三塁、朝倉がホームベースを踏んで4-2。未だノーアウトにしてバッターは七番青有希。ピッチャーが帽子を脱ぎ、汗を拭う。ここで内角高めを投げて青有希を脅かすような真似をすれば、次は青俺から殺気が溢れ出すことになる。タイムを取ることなくそのまま続投。青有希に対する第一球。球速が蘇りど真ん中のストレートがミットに収まる。バットを振る絶好のチャンスだったが、これはこれで逆に意表を突かれたようなもんだ。女性陣のストライクゾーンの狭さに真っ向から勝負を挑むという宣言とも言えるだろう。

 

「困りましたね……ここからはフォアボールを狙えそうにありません。我々の強さを認め、ここからが勝負だと言わんばかりのどストレートでした。ピッチャーを本気にさせてしまったようです」
「くっくっ、キミはこの打順にした目的を忘れてしまったのかい?相手を本気にさせるためにハルヒさん達を固めたんじゃないか。本気にさせた後の策を僕たちにもそろそろ教えてくれたまえ」
「フォアボールになる可能性が低くなっただけです。朝比奈さんと佐々木さんで相手投手を丸裸にしてくれました。あの球速以上の球を何百発も打ち返してきたんですから、手頃な球が来たら初球だろうと打ち返すまで。涼宮さんとハルヒさん以外はアウトになろうと関係ありません」
快音が鳴り青有希が走り出した。打球は…三遊間のサード寄り。青朝比奈さんも走り出していたが、サードの選手が飛び込んでボールをキャッチ。慌てて青朝比奈さんが戻ると、それを見た相手選手が二塁、そして一塁へと送球。青佐々木と青有希がダブルプレーでツーアウト。しかし、あの打球、西日本代表決定戦でハルヒが放ったものとほぼ同等。あそこで取られなかったら青有希の足でも二塁まで行けただろうな。殺気は漏れていないもののやり返す気満々の青俺がバッターボックスに立った。ベンチには青佐々木、青有希の二人が戻ってきた。
「二人ともナイスプレー!」とそれぞれが二人を賛辞で迎え入れる。
「やれやれ、やはり走力では他のチームより劣ってしまうのは否定できない。さっきの場面も朝比奈さんがアウトでもランナー一、二塁でこっちのキョンが打席に立つのならそっちの方がよかったかもしれない」
「どちらも大差はありません。もし青佐々木さんの仰る通り青朝比奈さんが走っていれば、トリプルプレーの可能性だってあったんです。このあとは我々のチームの攻撃的布陣が待っていますし、一点くらいで騒ぐようなことではありませんよ」
「フフン、そういうこと!今度はあたしがホームラン打ってやるんだから!」
その間に青俺が初球を打ち返して本日三本目の本塁打。打球の行方は言うまでもない。八回表の表示のところに突き刺さっていた。

 

 ツーアウトとはいえ、全国大会の決勝で、しかもたった一回で青鶴屋さんにまで回るとは思わんかった。個人的にはもうちょっと青ハルヒの投球だったり、朝倉にも超光速送球ができることを見てもらいたかったし、青俺だってレーザービームが可能だ。一旦青俺に変えて相手チームが慣れ親しんだ球を打ち返してもらった方が観客も喜ぶってもんだ。
「やれやれ、SOS団の名が廃るな」
「キョン君、それは一体どういうことにょろ?」
「得点が6-2で二回裏も一番手から回るとなれば、相手の攻撃を青ハルヒが抑えて二回裏でコールドもありえる。そんなんじゃ観客はつまらないだろうし、俺たちが練習してきたことの半分も出せないんじゃ面白くもなんともない。このままじゃ、青俺のナックルボールも練習するだけで試合では一切使わずに終わるぞ」
「それもそうですね。いいでしょう、ではここからは条件を付けさせていただきます。涼宮さんと黄朝倉さんを除いて、次のハルヒさんからホームランは一切禁止とします。無論ホームランを一本放った後はお二人も禁止。ヒットのみで点を獲りにいきましょう。プロ野球選手輩出校の名前を背負っているからには相応のプレーをしていだだきます。よろしいですね?」
『問題ない』
さっきは二回裏も『一番手から』と言ってしまったが、この回で青ハルヒがホームランを打つことだってありえる。青鶴屋さんは現在ワンストライクワンボール。青鶴屋さんなら初球を叩いてもおかしくないはずだが、何かあるのか?昨日はずっとバッティング練習をやっていたし。ブルペンで青ハルヒの低速投球を受けていたからってスピードに慣れてないわけでもあるまい。第三球でようやくバットを振った。打球はセンター前ヒッ……いや、セカンドの選手が飛び付いてボールをグローブに収められてしまった。
「妙ですね。またプレコグでも見たんですか?先ほどあなたは『二回裏も一番手から回る』と仰いました。青鶴屋さんがアウトになることを予測していたとでも?」
「いや、自分で『一番手から』と言っておいて、あとから間違いに気付いただけだ。相手もこのままじゃまずいと全員が感じ取っているんだろ。そろそろ他のメンバーにも活躍の場が欲しいところだったし、丁度いい」

 

 二回表打順は六番からだが、この前の特番では全員四番と言ってもおかしくないとゲストがコメントするくらいなんだ。それに相応しいプレーを見せてもらう。って……ん?
「そういや、来週は二日続けて生放送ってことになるのか!?」
「どうやらそのようです。土曜日はプロ球団戦、日曜日はバレー女子日本代表戦ということになりますね」
「だったら最終日は80階でディナーを堪能してもらおう。丁度月曜日で新川さんもお休みだ」
「くっくっ、面白いじゃないか。報道陣には内緒にして最初は景色を楽しみながら味わってもらえばいい」
バレーで思い出した。昨日センターならブロックアウトは無いだろうとブロックに跳んで連携を妨害したが、同じ理屈でブロックアウトをするときも腕のどこかしらに視線が集中するはず。W俺ならブロックアウトを阻止できるかもしれん。明日以降の練習試合で試してみることにしよう。すると、快音が鳴った後に『俺だ』というテレパシーが聞こえてきた。六番手の打球は先ほどの青鶴屋さんと同じセンター前ヒット。セカンドにいるハルヒがさっきのお返しとばかりにジャンプしているが流石に無理か。だが、順番がおかしい。青俺なら快音のなる前に自分のところに来ると気付けるはず。有希と同じことをするようだ。わざと一旦落としてから青朝比奈さんに向かってレーザービームが炸裂。相手のテンションを上げておいといて、上げる前よりも下げてどうするんだ。まったく。だがこれで有希と青俺のところに打つとレーザービーム以上の球が来るとインプットされた。
『有希!前に走れ!』
続く七番手、青ハルヒの初球をなんとセーフティバント。ボールをバットに当てる前に青俺からの指示が出たが、意表を突かれて0コンマ数秒出遅れ、キャッチはしたものの青朝比奈さんが一塁ベースから離れなければならない暴投。セーフティバントを成功させてしまったが、この程度で騒ぐほどのことでもない。
『ごめんなさい。次は必ず仕留める』
『問題ない』
『後ろには黄有希がいるんだ。佐々木や有希の頭上を越す球なら全部黄有希に任せて二人は前に集中してろ』
『頼りがいがあるのは嬉しいけど、次のバッターはどうする気だい?』
次のバッター……?青佐々木のテレパシーを受けてベンチにいたメンバーがバッターボックスを見る。『三人目の』左バッターがバッターボックスで構えていた。

 
 

…To be continued